2017年05月29日

こかげ

祖母が亡くなった。
気にかけてくれた方々ありがとうございます。
3月くらいに転院先の病院で。もってあと半年ですよと言われていたので、準備はしていた。が、よく考えると心なんて準備できたことないなとも思った。

着いてすぐ葬儀屋さんと打ち合わせで。分厚いカタログを広げられ、こんなときに骨壷の色を青にされますか白にされますかとか。香典返しはタオルにしますかお菓子にしますかとか。正直しんどいけども、やることが多く慌ただしいことにやはり救われもする。

家族は誰かが泣き出すと誰かが泣き止んだりと。お互いに気を使っていて。妙に美しく思えた。一番泣いてたのはおかんけど。姑さんて、もともとは他人やった人にここまで深い涙を流せること。とても立派に思えた。
こどものころから同居してて。変な家庭で。色んな場面を見てきた。今の仕事に転職しようとしたキッカケも祖母にある。とても感謝してる。

火葬場のレストランで食事をし、父は炒飯、僕はカレー、女性陣はミックスサンドを食べ。よくしゃべる親戚のおばちゃんは、パート先に僕の高校の同級生がいて。30過ぎた男けど社員にもなれず、ずっとパートで。おそらく発達障害があり、ミスばかりしても反省もせず。おまけに自信過剰。まわりに嫌われてる話を楽しそうにしていた。
自分にとっちゃ仲良くもなかったしどうでもいい話題やったけど。黙って食うよりましで、その同級生に感謝の気持ちが生まれた。
10くらい焼き場があり。番号札をわたされて。変な気持ちではあった。
次々と放送で番号が呼ばれ。当たり前けど。1日にこんなにも亡くなるのだなと。これがどこの骨でこれがどこの骨ですと。説明するお姉さんはやはり毎日してるからとても手慣れていた。
熱がこもって、やわらかくなった骨を一つずつつまんで骨壷へ入れた。慣れなくて手が震えたが、箸の正しい持ち方、子供の頃に教えてもらってよかったと思った。帰りのマイクロバス。とても晴天で。今日はほんとに天気がよくてよかったと。みんな口にしていた。



******

霊感のある母の友人は電話で、祖母はお祭りの日を選んで旅立ったと話した。
楽しい日なので、しんみりもせず。毎年思い出してくれやすいから、この日を選んだと。

地元では公園でお祭りが行われており。お祭りと言っても小規模で。過疎化少子化ばりばり進んでるから年々屋台の数は減ってきていて昔ほどの活気はないが。ヤンキーだけは張り切る。
さっき一人で歩いてきた。賑やかな雰囲気と焼き鳥やクレープがまじった匂い。
子供の頃のことを思い出した。














1:37

looseness at 01:38│Comments(0)TrackBack(0)

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