#たしかに電力に限って言えばわが世の春だろう

米国のブッシュ政権が誕生したとき、ネオコンとともに大々的なロビー活動を再開したエネルギー業界、クリントン政権の末期から原子力エネルギーの浮上が予想されていた。もちろん、需要逼迫による原油高を予想してのことだ。スリーマイル・チェルノブイリ・東海村と、原子力の大事故を経て、原子力業界では80-90年代は「核の冬」と言われていた。

だが、東電・関電の統計数値を見る限り、全電力に占める原子力発電の割合は歴史上(原子力発電開始以来)一度も下がったことはない。全電力消費量が右肩上がりに増え続けているかぎり、原子力発電所も稼動を止めるわけにはいかないのだが、それだけではなく、全電力に占める原子力の割合は一方的に増え続けているのである。

「核の冬」時代には、原子力の批判者そして当事者ともども、原子力はなくせないけどもほそぼそと続ければとか、環境保護派は原子力族にはあまりに冷たいとか、さんざん被害者意識を増長させてきた。本人達も、原子力が社会に受け入れられないのは3Eトリレンマ(エネルギー・エコノミー・エコロジーが三つ巴状態で負のスパイラルを描くこと)が悪いのであって、原子力技術自体のせいではない、といい続けてきた。

そして、この3Eトリレンマは、皮肉なことに環境破壊という「人類社会の努力」により、「温暖化ガス排出枠取り引き」なるヴァーチャル経済を導入することとあいなり、また原油の一方的な価格高騰をもってして、トリレンマの連鎖がすこしづつ途切れかけてきた。トリレンマの負のスパイラルが続いている状況では原子力も価値を高めようがないが、スパイラルのバランスが崩れてきたことで原子力の価値にブレークスルーのきざしが見えるようになった、というわけか。ところが、原子力技術自体のブレークスルーはまだ何にも起こっていない。世の中なんでもイノベーションでかまびすしいが、核燃料サイクル技術や核廃棄物処理技術が画期的に成功した、というような事実はどこにもない。

つまるところ、核のゴミはあてどもないまま出し続けるのであるが、アメリカの原子力ロビーイストたちは、この20年ほどの様変わりをシナリオ的に読んでいた節がある。もちろん技術的な進歩以外の社会的要因の変化のほうをである。日本では原子力悲観論一色だった頃に、着々と日米の原子力業界再編をすすめ、アメリカの核関係者に根強かった日本の原子力排斥を180度転換させ、東芝・三菱といった原子力重工業に米国の原子力企業との合併再編をもちかけて次々と成功させている。

これをアメリカの粘り腰といわずしてなんと言おう。もちろん、台頭してくる中国のエネルギー市場をにらんでのことだ。日本であれだけすったもんだした高速増殖炉もんじゅ級の原子炉を中国は今後30基程度必要とする。それも一気にそろえなければ原油他の天然資源危機に対応できない。まさに「核の春」到来であろう。