#彼の出口はこれだったのか?

三面記事ネタは言い出すときりが無いのであまり書かないことにしているが、やはり、どの新聞記事を読んでもやりきれないので、ひとつだけ書くことにしよう。それも、まじめに考え出すとたいへんなので、醜悪な記事を相手にするのがよい。

というわけで、ゲンダイをえらんだ。

「殺人鬼」という言葉を選ぶのにこういう編集者なら躊躇は無いだろう、たしかに殺人鬼になってしまったわけだ、彼の場合。「凶暴な一面が見え隠れしていた」というのは、前科があるならそれに言及すれば十分である。いかにも主観的な筆の運びようで、ゲンダイらしい。

「捜査事情通」というのは、誰のことか?捜査当局者でもない関係者が事情をぺらぺら話しているのは「ただの噂」と世間では言う。伝聞形式で書くともっともらしく聞こえるが、ひょっとすると、この事情通というのは「筆者自身」のこと?つまり、取材に基づかない創作、かも。本当に取材しているのかなあ、と思わせるこの記事の書き方からして、ありうる。

「人生に疲れた。生活に疲れた」というのは、話のオチとして理解できる。まあ、いずれにしても、迷路に入り込んでしまった人の人生に出口を見つけるのは容易ではない。こういう事件を企図して、殺人犯として自身の人生にも終止符を打ちたかったのだろうが、巻き添えになった犠牲者の方々にはご冥福お祈り申し上げるしかない。


秋葉原無差別殺害 殺人鬼を育てた“崩壊家庭”
(ゲンダイネット - 06月13日 10:00)
 白昼の東京・秋葉原で大量殺人に走った派遣社員の加藤智大(25)。近況を知る人は「おとなしい」「マジメ」などと一様に口にするが、地元・青森では凶暴な一面が見え隠れしていた。
 加藤の実家は、青森市の中でも公務員などが多く暮らす比較的裕福なエリアにある。市内の小学校に通い、市の陸上競技大会で入賞したり、卒業アルバムには明るくひょうきんな姿でおさまるなど活発に過ごしていた。市内ではエリート校で知られる市立佃中に通い、成績は学年トップ。太宰治や寺山修司を輩出した県内屈指の進学校・青森高校へ進学した。順調に人生の階段を上がっていたように見えるが、そのウラで家庭は次第にグチャグチャになっていったようだ。
「加藤は地元金融機関に勤める父親、職場結婚した専業主婦の母親、3歳年下の弟の4人家族。幼少時代は絵に描いたように幸せそうな一家だったようですが、成長するにつれ変わっていった。両親とも教育熱心で、特に父親は兄弟ともにスパルタで育てた。その反抗心が母親へ向かい、高校時代には弟と一緒になって母親にしょっちゅう暴力を振るうようになった。自宅から大声が聞こえることもたびたびあったようです。加藤は高校にはマジメに通っていたが、表の顔と裏の顔は別人だった」(捜査事情通)
 同級生の大半が東大や京大などの有名大学へ進む中、加藤は中日本自動車短大(岐阜)へ進んだ。同級生で短大へ進学したのは加藤を含めて2人だった。
「青森高出身の母親もまた教育熱心で、弟も青森高に入れようとしたが、受験に失敗。ますます家庭内はギクシャクし、家族の不和が深刻になった。とうとう母親は昨年家を飛び出してしまったようです」(地元関係者)
 母親が、高校時代の加藤について、97年に起きた神戸連続児童殺傷事件を引き合いに出し、「『酒鬼薔薇聖斗』と同じ年なんだよ。怖いんだ」とおびえていたとの報道もある。
 加藤に「人生に疲れた。生活に疲れた」と言わせたのは、こうした家庭環境だったのか。
【2008年6月10日掲載】