映画「蓮の花」

映画「蓮の花」の宣伝ブログです

映画「蓮の花」ができるまで…5

外は嵐だ。

やるべき事はいっぱいあるというのに、
ざわざわした外の風と雨に…なんとなく
心がざわざわとする。

意味はわからない…。

なので落ち着く迄
「蓮の花」が出来る迄の続きを書こうと思う。

自分は映画を作りたかったのだ…。
と、気がついた。
映画を作ろう。
どうやって?
映画を作る為の生活を考えた時に
朝から晩迄働き続ける
今のOL生活では無理だと思った。

会社での落ち込みもたくさんあったが
それから逃げるようにやめるのは
なんとなく嫌で…思い切りがつかなかったが
映画を作る為にやめるという決心は、
私の心をすっきりとさせた。 

上司にその事を告げるともちろん引き止められたはしたが
なんだか、今迄の会社での嫌だったことが
なんでもない事に思えた。
人間関係も仕事についても自分が悩んでいた事が
嘘のようにすっきりと好転した。

そのまま、続けてもよいくらいに
気持ちも環境も変わったが
引き継ぎやらなんやらを含めて
辞めるといってから
半年後に会社をすっきりとやめた。

仕事を辞めるのが怖かったのはやはり生活の事を
心配していたからだ。
長い事同じ仕事を続けていたので
いつの間にやら重要ポストにつかされていて
派遣とはいいながらいい給料は頂いていた。

お芝居をしながらバイト生活が長かったので
不安定な貧乏生活が多く
その仕事を始めてからは
いろいろ頼りにされる事が楽しくて
仕事を楽しんでやっていたら
なんだかか色々まかされて
それも楽しくて…という
気がついたら派遣とはいえ
普通のOL生活となっていた。

週末の休みに好きな映画のDVDを大量に見たり
するのが楽しみだが
何もものを作らなくなっていた私は
何の為に東京にいるのか?
何の為に生きているのかもわからない
日常を淡々と過ごす人になっていた。

何かを誰かと遊ぶこともなく
仕事場での会話はあるが
誰かと話すとか遊ぶとかも
全くなかった。
人とご飯を食べるのも嫌だったし
何を話せばいいかもわからないし
休憩時間のとりとめのないTVやら人間関係の
話も…何が面白いのか全くわからないので
適当に相づちはつくが
そういうシチュエーションにはなるべく
ならないようにしていた。
自分の事を聞かれていちいち話したり説明したり
するのが嫌いだったので
誰かと仲良くなるとか仲良くなりたいとかも
思わなかった。

ただ、いつも派手な格好で会社に行っていたので
とても浮いているというか
目立ってはいたと思う。

それが私の唯一の表現だったのだろう。

どんな映画をつくるのだと考えた時に
自分が死にかけた(落ち込みのマックス)
を様々な人の助けで生きる事をまた考えだす事が出来たので
それを同じような人に伝えたいと思った。
それが、わかりやすいシチュエーションを想像した時に
自傷系の人の話を作ろうと決めた。
私は自分の身体に傷をつけた事はない。
ピアスとかも怖くて出来ない。
傷もつけるのも怖くて出来ない。
でも、自分をとても嫌いで憎む気持ちは知っていた。
自分を殺したくなる衝動は知っていた。
自分自身を愛せない人の為の映画を作りたいと思った。
生きている事はすばらしいと思える映画を作ろうと思った。

そんな決心をすると
なぜか、まわりに身内の方が自殺された人や
自傷系の彼女にふりまわされてしまう人が
身近にたくさん現れて
そんな方達のお話を聞く機会を得た。

そういう方達を探した訳でもなんでもなく
そんな人達がそばにたくさんいたのだ。

そしてその人達は、私が自傷系の方の映画を作りたい
というと、その自傷系や自殺にまつわる経験を私に
話してくださった。

自傷系の彼女に四六時中、携帯で死ぬというメールを
貰っては、その彼女を心配して駆けつけたり
探したりしていたという方のお話は
「あれが愛だったのかどうかもわからない」
という言葉とともに、深く胸に残り、
自傷系の女の子の為に
ひたすら走り続ける男を映画に登場させたいと思った。 

そして、自傷系である女の子にも
お話を聞かせて頂いたが、
その明確な理由。
それは、その感情を掘り下げるのは
無意味だと感じた。
衝動は衝動なのだ。
自分の身体に傷をつける事。
血が流れる事。
男と寝る事。
死にたい衝動の中で生きている事を
確認したい。
その衝動だと感じた。
それは、個々のトラウマもあるだろうが
そのトラウマを積み重ねて表現するのは無意味に思えた。
全ては自分を愛せないというただ一つの結果から
産まれた衝動だと感じたからだ。
誰かに愛される事で補おうとする。
でも、自分で自分を愛せる迄は
その衝動は止める事はできない。
どうやって?
愛された存在であると気づく迄は
止められない。
どうやって?
自分自身が生きている事がすばらしいと
思えない限りは映画が完成しないと思えた。
でも、続けなくてはならない。
そしてその時は、夢を思い出した喜びで
この夢を叶える為に生きる事で
自分は生きて行く事ができると思っていた。
それを伝えよう。
どうやって?

夢に向かって動き出した自分は
なんらかのきっかけになるかもしれない。
そう思って自分の日常にカメラを回し始めた。

今迄も日常を撮影していたが
それは映画をつくる目的ではなかった。
カメラで遊ぶ事が楽しみだったのだ。
そして、映画を作る為に
さらに意識をしてカメラを回しはじめることとなる。 

映画「蓮の花」感想

映画の感想いただきました。
40代埼玉県在住男性


こころに潜む「臆病さ」を作品から垣間見ました。 
俺には公園のペインティングの針金みたいな棘棘感が突き刺さりました。 
あの絵は思わず息を止めました。胸が痛い。 

蓮の花と蝶の「共存」という 
異物との接触によって互いに補っている関係性。 
それは万物の共通のルーツからのいにしえの約束事のような 
または仏教画に描かれている蓮の花の意味の様な 

独りでは生きては行けない 
蓮も 
蝶も 
そういうメッセージが込められていると思いました。 

カフェで出てくる人の顔がみんな素敵で 
みんな笑顔で、あったかいと思いました。 
演じている俳優さんと女優さん以外は、みんな素人さんですよね。 
その笑顔が良かった、その時のピンキーさんの笑い声も素敵だった。 

麦藁帽子の絵描きのシーンと部屋着のシーンも素で良かった。 

ネイキッド、赤裸々だったと思う。 
フィクションだとしてもドキュメンタリーだとしても 
伝えたいことと伝わったことがイコールなら 
メッセージとしての成功だと言える。 

芸術性は、見た人に委ねるしか無いとも思った。 
商業的か?と聞かれたら、時代がまだ追いついていないと思う。 

自主製作映画「蓮の花」上映会終了

無事「蓮の花」上映会が終わりました。
ご来場いただきありがとうございました。
さそり監督とのトークショーの模様はWebTVで、また放送させていただきます。
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