2008年08月19日

無料なディス

カリフォルニア大学バークレー校は同校で開発されたUNIX用のPASCALコンパイラやエディタなどの配布活動を行っていた。これが、BSD (Berkeley Software Distribution) の始まりである。1980年ごろ、DECのスーパーミニコンVAX-11のリリースにより、ミニコンは32ビットの時代に突入した。LISPやリレーショナルデータベースなど大規模アプリケーションのため32ビット仮想記憶対応のUNIXが求められていたが、AT&Tから提供された UNIX 32VはV7を32ビット対応にしただけのもので仮想記憶機能を持っていなかった。そこで、カリフォルニア大学バークレー校ではV7と32Vをベースに仮想記憶機能の追加を行い、バークレー版のUNIXを開発した。これによりBSDはUNIXオペレーティングシステムそのものを含む大規模なものとなった。 さらに同校はDARPAよりUNIXにTCP/IPネットワーキング機能を追加する研究プロジェクトを受託し、BSD UNIXは、TCP/IPネットワーク機能を持つことになった。特にTCP/IPがBSD UNIXに標準採用されたことは、インターネットの創生期の発展に大きく寄与した。BSD UNIXはAT&Tから公式に配布許可を得たUNIXのバリエーションであり、入手のためにはまずAT&T UNIXのソースライセンスを得た上でバークレー校とのあいだでライセンス契約を結ぶ必要があった。当時はUNIXのライセンス費が教育機関向けには非常に安く、また同校のライセンス費も実費程度であったのでBSD UNIXは広く普及した。BSDベースの商用UNIXも登場したが、これはAT&Tからバイナリ再配布ライセンスを得て販売されていたのであり、ソースコードは付属しておらず、カーネル再構成用にリロケータブルオブジェクトファイル(.oファイル)が添付されていた。なお、BSD開発の中心となったのが、後にサン・マイクロシステムズの設立メンバーとなるビル・ジョイである。その後、1995年まで同校のCSRG (Computer Systems Research Group) でBSD版UNIXの開発が続けられた。4.3BSDの出荷後、CSRGではAT&T由来のソースコードの分別と除去を推し進め、AT&T UNIX由来ではないソースコードを無償公開した。これがNetwork Release 1 (NET/1) やNET/2である。特にNET/2ではカーネルのソースのほぼ全てが含まれており、欠落した数個のファイルを開発することにより動作するカーネルを作ることができた。 しかしUNIXのソースコード、特許等のライセンスを管理してきたAT&Tは、BSDに対して快く思わなかった。特に、BSDiがNET/2を商用化してソースコードを販売したことがきっかけとなり、USL(当時UNIXを保有していたAT&Tの子会社)はBSDi及び、BSDを開発したカルフォルニアバークレイ校に対し、BSDによるAT&Tが保有する特許及び、著作権の侵害に対して訴訟を起こす。この訴訟の和解の結果、1994年には、NET/2の公開を取りやめることととなったが、4.4BSDからAT&TUNIXに依存した部分を取り除いた4.4BSD-Liteを同校が公開できることになった。しかし、裁判の間BSD系のオペレーティングシステムは急激に開発のスピードが落ちたとされる。最後に出荷されたBSDは4.4BSD encumberd(フリーではない)と、そのフリーなソースコードだけを抜き出して作られた4.4BSD-Lite2である。こうしてAT&Tとのライセンス問題を回避したBSDは後に述べるオープンソースUNIXへとつながっていく。商用UNIXには、V7→32V→4.xBSD→SunOS(サン・マイクロシステムズ)という流れと、V7(→32V)→System-III→System-V (AT&T) という流れがある。なお、System-IVは開発に失敗して出荷されなかった。その後、AT&Tとサン・マイクロシステムズによって、BSD系の機能を追加した統合UNIXが System-V Release4 (SVR4) として開発された。その後、AT&TはSVR4をノベルに売却した。なお、ノベルはこれを基礎にUNIXwareを開発し、マイクロソフトのWindows NTに対抗しようとした。1994年にノベルはUNIXの標準規格を確立するために設立されたX/OpenコンソーシアムへUNIXの商標を売却した。その後、X/OpenコンソーシアムとはOSF/1(SVR4との競合規格)は統一化され、この規格の管理を目的としてThe Open Groupが設立された。V7系UNIXの系譜はUNIX V8につながる。UNIX V8は一般に公開されることはなく、ベル研究所内で研究用途にのみ使われた。ベル研究所ではUNIXを開発した同じチームによって、UNIXの思想を受け継ぎ、分散環境上におけるUNIXの問題点を解消したPlan 9が作られ、2004年現在も開発が続けられている。なお、Plan9は組込み向けに再構成されインフェルノ (Inferno) として通信機器に使われている。1983年にリチャード・ストールマンはFSF(Free Software Foundation/フリーソフトウェア財団)を設立し、GNU(Gnu's Not Unix)プロジェクトを開始した。このプロジェクトの目的は、再配布自由・改変自由なUNIXクローンのOSを作成することであった。このプロジェクトにより、多くのUNIXシステム上で動作するソフトウェア、例えばemacsやgcc等が作成され、これらソフトウェアは多くのUNIXシステムで使用されるようになった。しかしながら、OSの中核をなす“Hurd”の完成に手間取った(Hurdは2006年現在も開発中)。1991年にリーナス・トーバルズがLinuxのカーネルを開発した。Linuxカーネルの特徴として、POSIXに準拠するように設計されたこと、GNUプロジェクトによって開発された様々なツールが動作するように作成されたこと、またライセンスにGPLが採用されたこと等が挙げられる。その結果、GNUプロジェクトの開発したソフトウェア等と共に、完全フリーのUNIXクローンとして利用されるようになった。有名な商用ディストリビューションとして、かつて Red Hat Linux が存在し、現在では Red Hat Enterprise Linux や SUSE Linux等がある。なおLinuxという名称は本来カーネルのみの名称にすぎず、OSとして完成させるための他のシステムの多くはGNUプロジェクトの産物である。そのためFSF側ではOSとしての名称は「GNU/Linux」とすべきだと主張しており、この名称を採用した最も有名かつ完全無料なディストリビューションのひとつとして「Debian GNU/Linux」がある。4.3BSD Network Release 2 (Net/2)に起源を持つのがFreeBSD・NetBSD・OpenBSD・DragonFly BSD・PC-BSDのいわゆるBSD系UNIXである。FreeBSDは安定性重視、NetBSDは新機能対応と移植性に優れ、OpenBSDはセキュリティを重視し、DragonFly BSDはマルチCPU構成での高性能という特徴を有し、PC-BSDはカジュアルユーザにおいて簡単に導入して使えることを目指しており、特にFreeBSDはウェブ・ホスティングなどで標準的に使用されている。USLとの和解以降これらBSD系UNIXはライセンス問題を排除した4.4BSD-Lite2をベースに移行し、いずれもフリーなOSとなっている。
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