【硝子の壁8】約束

あの後、三浦くんと電話をして、気がついた時には朝だった。

彼にバツイチを打ち明けてガードが緩んだのか、
それとも真夜中のテンションのせいなのかはわからない。
私は『私の話』をした。
久々にしたプライベートの話。

そもそも、彼は私のことを知らな過ぎた。
既婚か未婚なのかはともかく、
年齢、本名さえも。



自分でも異様だと思っていた。
12歳も年下の男の子との長電話。
その状況もおかしいけど、あまりにも普通に話を続ける彼のほうが変だ。
「三浦くんさ・・・私の歳、知ってるよね?」
恐る恐る尋ねてみると、すぐに返事が返って来た。
「いえ、知りませんけど」
「え”!?」
予想外の返答に声が裏返った。

・・・てっきりもう誰かから聞いたと思っていたのに。
私は彼の歓迎会を思い出した。
だって年齢とかって一番始めに気になるもんじゃないの?
ということは、ミチのことは女性として興味がない証拠なのかもしれない。
わかってはいても、ちょっと面白くなーい(笑)

「いくつだと思ってるの?」
悔しいからちょっと意地悪な質問をしてみる。
「え、最初はほんとに大学生かと思ってたけど、どうやら卒業されてるみたいなので、20代半ばくらいかと」
「・・・」
絶句。

20代半ばって彼と数歳しか変わらないじゃない!
今までちょっと年上のお姉さんと思って話してたわけ?
純粋というか鈍感というか、
とにかくなんて良い子なのー(笑)!!

「あのね、三浦くん・・・」
居たたまれなくなって切り出したミチの真実に、彼が驚いたのは言うまでもない(笑)。


翌日三浦くんからメールが来て、無料通話のアカウントを教えてくれた。
また話せるんだ、と思うと胸が弾んだ。
誰かと仲よくなることは素直に嬉しい。

早速インストールをして設定した。
三浦くんのIDはこれでいいのかな?不慣れでよくわからない。
色々いじってると、突然画面が変わった。
「あれ?」
え?なんかこれ電話かかっちゃってる?やだ、どうしよう!!
バタバタと終了ボタンを押す。

・・・着信残っちゃったかな?
さすがに連日の電話はウザがられるに違いない。
てか、これってワン切り状態になってる?なんか余計気まずいんだけど。
画面を見て固まっていると、すぐに三浦くんから着信があった。
とにかく出ないと!

「ごめん!間違えて電話かけちゃって」
言い訳っぽく聞こえるのは承知で謝ると、三浦くんは特に気にする様子もなく普通に話し始めた。
・・・ウザがられてはないみたい。

その日は趣味の話なんかをした。
三浦くんは映画が好きだという。
ミチは「どんな映画が好きなの?」とか、「今どんな映画がやってるの?」とか、
そんな単純な質問をした。

ミチも映画は好きだけど、映画館に足を運ぶことはここしばらくなかった。
そう伝えると、驚いたように彼は言う。
「え、ミチさん、映画行く相手いないんですか?」
「だからこの前、フリーだって言ったじゃん!」
「あの場ではそうでしたけど・・・だって、いないわけないじゃないですか?」
「・・・いないんだよね〜(苦笑)」
『いないわけない』・・・か。
周囲にもよく言われるけど本当にいないのだ。
恋人がいらない訳じゃないし、恋愛だってしたい。
むしろパワースポットに行ったり、怪しいおまじないをするくらいウェルカムだ。

聞くと三浦くんも今は彼女がいないという。
モテるのに意外だな。
彼みたいな人はどんな女の子を彼女にするんだろう?
きっと小さくて可愛くて女の子らしい子だろうな。
守ってあげたくなるような。

そんなミチの想像は、三浦くんの思いがけない言葉で打ち消された。
「じゃあ・・・誘ってもいいんですか?」
「・・・え?」
一瞬、意味がわからずに聞き返す。
「一緒に行きましょうよ、映画」

どういうつもりで彼が誘ったのかはわからない。
気まぐれ?親しみ?好奇心?
いやいや、きっとミチが誘わせてしまったに違いない。
つい、正直に『最近映画行ってない』なんて言っちゃったから!
三浦くん、若いのに意外と空気読めるし、
この流れで誘わないのは失礼だとか気を使わせちゃったのかもしれない。
「う、うん!行こうよ」
なるべく間を空けないようにそう答える。
どうせ休日は暇だし、ここで断るほうが失礼すぎるでしょ。
でも、いいのかなー?

「マジっすか!?生きてて良かったー!!」
電話の向こうから大袈裟な声が聞こえてきた。

→【硝子の壁9】へ続く

【硝子の壁7】着信

ここ数年、誰かと必要以上に近づくのはずっと避けていた。
私には触れられたくない過去や見られたくない傷があり過ぎる。
傷が癒えるまでは思いのまま一人で居たかったし、
無防備に人と向き合うことは恐怖でしかなかった。

たとえそれが信頼する相手でも、逆にどう思われても構わない相手でも、
親友でも、ずっと年下の後輩でも。



翌日の仕事帰り、ミチは三浦くんに1件のメールを送っていた。
『来週みんな大丈夫だって!遊びましょー!』
お誘いメール、というより企画メールだ。

翌週は全社で研修が予定されていて、同じ会場に参加する三浦くんとは再び顔をあわせることになっていた。
他にも顔馴染みが数名いるらしいので、「終わった後にみんなで集まろう」と昨日話していたのだ。

『とりあえずご飯食べてからビリヤードに行きます?』
まだ家につかないうちに彼から返信があった。

昨日のダーツバーにはビリヤード場も併設されていた。
三浦くんから「次はビリヤードを教えてください」って言われてたんだっけ?
こう見えて(?)、ミチは学生の頃ビリヤードに嵌まっていた時期がある。

ダーツはとても楽しかった。
ルールをほとんど知らないミチに対して、彼らは色々アドバイスしてくれた。
「きゃー!今真ん中当った!」
「ミチさん、上達早いっすね!」
何度も的を外しているのに大袈裟に褒めてくれることが嬉しくて、
年甲斐もなくはしゃいでしまったのだ。

最近はずっと家と職場の往復だったしな。
あんな風に羽目を外したのはいつ以来だろう?

楽しかったひと時に想いを馳せながら、携帯の画面を見つめる。
三浦くんとのメールのやり取りは深夜になっても続いていたけど、内容は当たり障りのないものだった。
お店の場所とか研修についてとか。

もう1時だしそろそろ切り上げようかと思っていると、
また三浦くんからメールの着信があった。
『実はさっき終電逃して、これから一時間歩くとこなんです』

えーーー!?
そんな状態でメールしてくれてたの??
てか、こんな時間まで遊ぶなんてさすが若者!(笑)
『えぇ?大丈夫!?なんか大変な時にごめんね!』
そう伝えて今度こそ切り上げるつもりだった。
でも、彼からの返信に目が釘付けになる。
『いえ、誰かとメールでもしてないと暗くて怖いんですよ(笑)ほんとすみません!』
・・・
なんか可愛いな(笑)いつもクールな感じなのに。
三浦くんの意外な一面が垣間見えた気がして微笑んでしまう。

『大丈夫?歩きながらメールすると危ないし、電話しようか?』
思わずそう送ってしまっていた。
・・・けど、送った瞬間に後悔する。
ミチが電話してどうなるというのだ。
そもそも、三浦くんと何を話せばいいの(笑)??

彼も同じことを思ったのだろうか?
『いいですね(笑)』
何なの?その含み笑い!

まあ、とりあえずそういう返答が来たのでかけてみることにした。
心配になったのは事実だし、三浦くんだって一人で長時間歩くなら話し相手がいたほうがいいのかもしれない。

どことなく緊張しながら、彼の番号をコールした。

→【硝子の壁8】へ続く

メモとキットカット

連載は一時中断して、最近の恋愛ネタでも
(実はうまくまとめられてない・・・)

ここ半月ほど彼が忙しいということもあり、実はあまり会えてません。
まあ、彼にとってはとても大事な時期で仕方がないのはわかっているので、
なんとかして彼を励ませないかって考えたわけ。

 はじめはメール(ミチはiPhoneなのでメッセージだけど)で「頑張って!」って応援してたんだけど、
なんかそれも回を重ねると同じ言葉の繰り返しになっちゃうよね。
もちろん、心から「頑張って」って思ってるのは事実だからそれでいいんだろうけど、
なんか単調というか、気持ちが伝わりづらいというか。

なので、メモに手書きで「頑張って!応援してるよ」とイラスト付きで書いて、写メにして送ってみることにしました。
これが意外と喜んでもらえて、それからは時間があればちょっと長い文章を手紙に書いて送っています
彼からも手書きで返事が来たりして楽しい。

彼はミチの字を好きでいてくれてるらしく、
だったらそれを利用しない手はないよね?(笑)

この前久々に少し会えたので、それまで書いたメモとキットカットをまとめて渡してきました。
・・・って高校生か(笑)!

あ、キットカットって今はパッケージにメッセージが書けるようになってるんだよね
ミチは職業柄この時期は受験生にキットカットを配ることが多いので、
これって普段も使えるんじゃん?と思いついての実行。

頑張ってる彼や旦那さんを励ましたい時に渡してあげると、キュンとさせちゃうこと確実です。
うふふ(笑)

っていうか、(大人の)キットカットのCM自体に毎回キュンとさせられちゃってやばいわー
恐るべし、後輩男子!
なんとなく自分と重ねて見てます(笑)


傷つかないための準備

特に大きな問題を抱えてるわけじゃないのに、漠然とした不安感に襲われることがあります。
というより、最近そういう不安定な状態がずっと続いてる。

そして気がついた。
「ああ、これは癖だわ」って。

もともとミチは考えすぎるところがあるのかもしれない。
そして、準備をしてしまう。

傷つかないための準備。

まだ問題は起きていないのに、起きたと仮定して勝手に不安になって、悲しくなっているのだ。
そして、実際にその問題が起きたら「やっぱりね」って納得しようとしている。
全て自分が傷つかないため。
その時をいかにスマートに乗り切れるかって。

だけどきっと、どんなにシミュレーションしたって傷つくときは傷ついてしまうのだ。
どんなに準備をしたって悲しい時は悲しんでしまうに決まってる。
だったら余計なことは考えず、今を、ありのままを、受け入れようって思ってはいるんだけどね。
なかなか難しいわ。

こういう時、話し相手がいたらまた変わってくるのかな?
純粋に、色々話せるお友達が欲しいです。


【硝子の壁6】真実

18時すぎに職場近くのコンビ二へ向かうと、三浦くんとけんやくんが揃って待っていてくれた。

「本当に待っててくれたんだね!ありがとう!」
そう笑顔で声をかけると、二人ははにかんだような表情を見せた。
ーーほんと可愛いなぁ♪
ひと回りも年下の男の子達を前にして、心からそう思ってしまう。

道を歩く時、二人は自然とミチを挟んで歩いてくれた。
三浦くんとけんやくんは正反対のタイプだけど、二人とも背が高いのは共通してる。
ミチもどちらかといえば高いほうなのに見上げるくらいだ。

正直とても誇らしかった。
慕われてるなんて、そんな図々しいことは考えない。
でも、構図だけ見れば若い彼らに守られているようで、
自分がほんの少しだけ価値のある女性に思わせてくれたから。



ミチは異動前も異動後も自分のプライベートについてほとんど語らなかった。
もちろん聞かれれば答えるけど、不思議と聞いてくる人もいなかった。
知らず知らずにできていた硝子の壁。
バイト歴が長い講師の中には知っている子もいたかもしれない。
ミチの歳とか、結婚のこととか。

どこに行こうか迷った挙げ句、結局私達は居酒屋に入った。
3人で飲み始めて(けんやくんはお茶だけど)2時間ほど経った頃、ふと三浦くんがこんなことを言い出した。

「ミチさんって実家暮らしなんですか?」
「そだよー」
軽い感じでそう答えると、一瞬の間があった。
「・・・先輩達が『ミチさんは結婚してる』って言ってたんですけど」
おー、とうとう来たよ。核心につく話題が。

「あー、それね。正確には『結婚してた』だよ」
ミチはできるだけ、さらりと聞こえるように答える。
三浦くんの表情がちょっとだけ変わった。
「え?じゃあ、その指輪は?」
彼の目線はミチの右手のリングにあった。
「これはファッションだよ。今私フリーだもん(笑)」
「そ・・・そうなんですか?」
彼はどこか納得のいかなさそうな、不思議な顔をしていた。
「なんか意外です。ミチさん、すごく綺麗だから」
同情なのか、励ましなのか、彼はそう言ってくれた。
けんやくんは何も言わず、相変わらずの温かい表情でこちらを見ていた。
「・・・まあ、色々あるよね。結婚は二人だけの問題じゃないし(笑)」
少し恥ずかしくなったミチは、もっともらしいことを言ってその場を濁した。

嘘はついていない。
ミチはこの1年半ずっとフリーだ。
指輪はその前に付き合っていた男性からのプレゼントだけど、
気に入っているブランドのものだし、ファッションに変わりはないはずだ。

バツイチなんて今は珍しいことじゃないだろう。
でも、ミチにとっては大きな十字架だった。
一生をかけて守ろうとしたものを守れなかったこと。
幸せを誓ったのに終わりにせざるをえなかったこと。
隠すつもりはなくても、わざわざ自分から言うようなことではないとも思った。

三浦くんもけんやくんもまだ若いから、「結婚」というワード自体、ピンとこないはず。
そこにはただ「夢」があるだけで、結婚生活の幸福さも色々なしがらみも、
語ったところでなんとなくしか思い描けないだろう。
そして、今はそれを知る必要も、理解する必要もないのだ。

ミチはなんだかきまり悪くなって、
「このあとどうするー?」と二人を促した。
そして、ほんの少しだけ不安になった。
このバツイチ女は、彼らの瞳にどう映るんだろうって。


「ダーツ行きましょうよ!ミチさん時間大丈夫ですか?」

てっきりお開きの流れかと思ってたのに。
三浦くんの予想外の返答に、ミチは驚いて顔をあげる。
「え?うん」
「けんやくんも大丈夫でしょ?」
三浦くんはどんどん話を進めていく。
・・・もしかして少し酔ってる??
「はい!大丈夫です!」
さっきまで明日の朝のことを心配していたけんやくんも、今は上機嫌で場所を変えることに賛成だった。
・・・てか、けんやくんは飲んでないよね(笑)?

そして、伝票を取り上げる三浦くんを目で追いながら、
ミチも慌てて席を立ったのだった。


→ 【硝子の壁7】へ続く

【硝子の壁5】再会

再会は突然やってきた。

夏の終わりの暑い日だった。




異動から半年ほど経って、新しい職場にはだいぶ慣れていた。
それでも以前と比べれば数倍の規模の校舎だ。
夏期講習真っ只中のこの時期はやはり忙しい。

その日も朝から人の出入りが激しかった。
近隣でミチの教室を中心とした大掛かりなイベントがあったため、
本部や他教室から集められた職員達が、一斉に会場へと向かっていた。
教室の管理を任されていたミチは、心から彼らに同情していた。
こんな炎天下の中、ビラ配りをするなんて!

ミチにとってはいつも通りの一日。
ただ一つを除いては。

昼をだいぶまわった頃、仕事を終えて帰って来た職員達の中に彼がいた。
彼はミチの顔を見た瞬間、満面の笑みを浮かべてくれた。
その笑顔の懐かしさに、思わず駆け寄って声をかける。
「久しぶりー!暑い中、こんな遠くまで大変だったでしょ?」
「ミチさん、お久しぶりです!」

三浦くん。
彼もビラ配りのヘルプで招集された一人だった。

そしてもう一人、三浦くんの後ろでペコリと頭を下げる人物がいた。
「けんやくんも久しぶりだね!」
けんやくんはミチの異動前に採用された新人講師で、三浦くんよりちょっと後輩になる。
名字は須藤くん。同姓のスドーくんと紛らわしいから下の名前で呼んでいるのだ。

二人とも全然変わってない!
三浦くんはちょっと髪が伸びたかな?
けんやくんの『笑うと目がなくなる感じ』は相変わらずだ。

「あ、疲れたでしょ?座って座って!!」
立ち話に気づいて、あわてて二人に休憩スペースの席を勧める。
少しはしゃいだ声になっていたかもしれない。
「なんかオープンな教室でいいですね」
三浦くんが教室を見渡して言った。
「うん、前よりも生徒たちとの距離が近い感じかな?」
その点はミチの理想だ。
受付にいるといつも生徒が寄って来るし、みんな人懐っこくて可愛い。
ミチが今いる環境を共有してもらえたことが嬉しくて、にっこりと彼を見つめる。

異動後も前の職場のメンバーと連絡は取り合っていたし、
飲み会に呼んでもらったこともあった。
今の職場について聞かれもしたし、話したこともある。
だけど、実際その場を知ってもらうのはやはり別だ。
戦場に突如味方が現れたような、どこか心強い気持ちになる。

同じエリア(県)内とはいえ、ミチの教室と彼らの教室は片道一時間以上はかかる距離だ。
今回みたいな大きなイベントがなければ、ヘルプがかかることは稀だろう。

ひとしきり雑談をした後、彼らに尋ねる。
「二人ともこの後の予定は?」
「今日はこれで終わりですね」
時間を確認するとまだ14時前だった。
「私これから授業で、終わるの18時なんだよね。時間があえばご飯でも一緒にしたかったんだけど・・・」
残念そうにそう告げると、三浦くんの表情が変わった。
「マジっすか。・・・じゃあどこかで待とうかなー」
「え?」
久々の再会からなのか、何気ないミチの一言に三浦くんは珍しく乗り気な様子だった。
「けんやくんも待とうよ。せっかくミチさんと会えたんだし、なかなかこういう機会ないよ」
「僕、明日朝から用事なんですよー」
渋るけんやくんを一生懸命説得しようとする三浦くんが可笑しくて。
でもなんだか嬉しかった。

「まあ、随分遅くなっちゃうしね。でも、もし近くにいたら連絡ちょうだい」
そう言って笑顔で彼らを見送った。


→ 【硝子の壁6】へ続く


メリークリスマス!

クリスマスイブですね
皆さん、どのようにお過ごしでしょうか?

ミチは夕方まで仕事予定ですが、夜はなんとか時間が取れそう!
ツリーぐらいは見れるかな?なんて思ってます

さてさて連載の方ですが、とりあえずは前半終了ってとこかな。
これから年末にかけてまたしばらく忙しくなるので、ここでちょっと小休止
年内にまた一度UPできたらいいな

それではみなさま、良いクリスマスを
寒い日々が続いているのでご慈愛くださいね

【硝子の壁4】送別

異動の話はとても急だった。
「ウチの教室に来てくれませんか?」
県の教室を統括するエリアマネージャー直々の依頼だった。 

条件的にもありがたい話だったし、
多少なりともミチの能力が評価されたわけなんだから、
本来は喜ぶべきなんだろう。
でも、

「・・・少し考えさせていただけませんか?」
でも、即答できなかった。

「・・・はぁ〜」
電話を置くと、大きな溜め息がもれた。
今までずっとこの教室でやってきて、愚痴も言ったしイライラしたこともある。
正直、「辞めてやるー!」と後輩を巻き込んだこともある(笑)。
それでもミチは、仲間と生徒達がいるこの教室が好きだった。

教務室で頭を抱えていると、授業の準備に三浦くんがやってきた。
彼を見上げ、ふと言葉をもらす。
「三浦くん・・・私、異動になるかも」
「マジっすか」
彼はミチに視線をあわすと、一言だけそう呟いて去っていった。

え?それだけ??
ミチは唖然として、彼の背中を見ていた。
彼にとっては、ミチの異動なんて驚くことですらないのだろうか?

“なんか寂しいーっ!!!”
そう叫びたい気持ちになるものの、どこかそういうものなんだろうなって納得してる自分がいた。

状況は常に変わるものだ。
自分の意志や都合にかまうことなく。
そしてみんな順応していく。今までだってそうしてきたように。

“よし!”
そう考えると徐々に気持ちの整理がついてきて、
ミチは潔く異動を決めた。
時機が来た時に、道はおのずと前に開かれるものなのだと信じて。


ちなみにスドーくんに報告した時の反応は、三浦くんとは正反対だった。
「ええ!!何でですか!?もうやだ、俺泣きそう・・・」

期待通りの反応をしてくれちゃうんだから、可愛いやつめ(笑)



異動の一週間前には、後輩講師達が送別会を開いてくれた。
「ミチさんにはお世話になったから」
口々にそう言ってくれるのが嬉しかった。
私もみんなの助けがなかったら、満足に仕事なんてできなかったのに。

その日もなぜか三浦くんの隣で、ふと初めての彼の歓迎会を思い出した。
あれから半年で、今度は私の送別会かぁ。
なんだか実感わかないな。

三浦くんとは最近のスマホとかFacebookの話をした。
彼は不思議だ。こういう場ではすごく近い。
普段はそっけないのに、決して嫌われてるとは思わないのは、
この距離感のせいなのかもしれない。
「Facebookなら私もやってるよ、じゃあ三浦くん友達登録しようよ」
「はい、お願いします!」
「今申請したよー」
「あ、来ました」
「よろしくねー」
そう言いながら彼の手元を見ると、彼はじっとミチのプロフィール画像を見ていた。
「ちょ、そんなに見ないで!それしか写真なかったのー!」
恥ずかしくなって思わず両手でそれを隠した。
そんなミチに対して、彼は真顔で言う。
「え?なんで?めっちゃ可愛いじゃないですか」

!!!
一瞬にしてミチの顔は真っ赤になったと思う。
か、かわいい??
ひと回り年下の子にそんなこと言われるなんて!!
本気で照れるからやめて!!

残りのカクテルを一気に飲み干して、顔の赤さを誤摩化す。
そんな時、幹事の女の子から声がかかった。
「ミチさん、これみんなからです。今までありがとうございました!」

手渡されたのは可愛いラッピングのプレゼントと一枚の色紙だった。
色紙の真ん中には矢野ちゃんの描いてくれた少女漫画風のミチの似顔絵があって、
まわりにはみんなからのメッセージが溢れていた。
「その絵、ミチさんにそっくりですね」
隣の三浦くんが覗き込んで目を細めた。

『ミチさんは完璧な憧れの女性です♪ 井田』
『みんなミチさんが大好きです!! スドー』
『ミチさんのおかげで楽しい教室でした♡ 矢野』

みんなの温かいメッセージに涙があふれてきた。

「やだな、私こういうの・・・泣いちゃう」
三浦くんは一瞬こっちを見たけど、すぐに目を逸らして何も言わなかった。
その隙にミチは立ち上がりトイレに逃げた。
戻って来ても結局また泣く羽目になったけど(笑)


『また他教室で会う時はよろしくお願いします。 三浦』

三浦くんのメッセージだけは、なぜか別れを感じさせなかった。


→ 【硝子の壁5】へ続く

【硝子の壁3】追憶

今でも三浦くんがミチに好意を持っていたなんて、思い当たる節がどこにもない。
普通なら「そういえばあの時」とか「あれはああいう意味だったんだ」とか、
少しくらい思ってもいいはずなんだけど。

彼は一貫してミチの後輩という態度を崩さなかった。
スドーくんみたいに懐いてる後輩というわけでもなく、
かといって全然接点がないわけでもなく。

飲み会はしょっちゅう開かれていたし、
仕事後に後輩を連れてご飯を食べにいくことも多かった。
その中に三浦くんがいることもいないこともあった。

結局、連絡は社内メールが常だった。
彼は常にミチから微妙な距離の場所にいた。
どんなに回想、追憶しても。



あの歓迎会から3ヶ月。
年末には井田さんは三浦くんにつきまとうことをやめていた。
あ、恋が終わったんだなってぼんやりと理解した。
その頃には三浦くんも以前より洗練されている印象で、
どうせ彼女でもできたんだろうと、ミチは勝手に思っていた。

年末最後の出勤日、サボり癖のある室長は相変わらずいなくて、
ミチは通常業務に加え、年末業務の締めと教室の大掃除などでばたばたしていた。

廊下を急ぎ足で歩いていると、そんなミチをスドーくんが呼び止めた。
「ミチさん、今日飲みに行きません?」
「あれ?このあいだ教室で忘年会やったじゃん」
「今日は『リアル』忘年会っスよ♪年末最後だし」
「あは、いいねー!!」

何だか嬉しくて途端にやる気を出してしまう。
よし!気合いを入れて仕事終わらせるか!
とりあえず講師室のゴミをまとめようと、奥の部屋へと急いだ。

講師室の扉を開けると、ある光景が目に入った。
壁を背に座り込んだ三浦くんの姿。
「みう・・・」
声をかけようとして、思わぬことに気づく。
「・・・」
ね、寝てる・・・??

相変わらずキレイな顔をしてるなーと思ってまじまじ見てしまう。
てか、寝てるんだよね?・・・ま、まさか倒れてるとか?
「・・・三浦くん?」
彼の前に座り込んでそっと声をかける。
声が届いたのか、それとも気配を感じたのか、三浦くんの目がうっすらと開いた。

「・・・!ミチさん!?」
彼はミチの顔を判別するとはっとしたように身体を起こした。
「大丈夫?寝不足?」
「すみません、昨日徹夜で・・・」
「今日、飲みらしいけど三浦くん行く?」
「はい、今スドーくん待ってて。ミチさんは?」
「行くつもりだけど、まずは片付け終わらせないとね」
そう笑って立ち上がると、合わせるように彼も立ち上がった。
・・・別に寝てていいのに(笑)

「ミチさん、手伝いますよ」
「え、重いよ?」
彼はゴミ出しをしようとするミチの手から大きな袋を一つ取り上げてくれた。
「・・・ありがとう」
「・・・いえ」

優しいんだな。

ふとそう思った。
この子は不器用だけど優しいんだ。



年が明けて、彼の成人式には教室からお祝いとカードを送った。
『成人おめでとうございます。
三浦くんの真面目さと誠実さはこれからの人生できっと大きな力になるはずです。
素敵な道を歩んでください。ミチ 』

なんか偉そうだなって思いつつも、
手書きでそんな感じのメッセージを書いた。

後日、同じくカードを送ったスドーくんや矢野ちゃんからはお礼の言葉があったけど、
三浦くんからは特に反応もなかったし、ミチもそれを気にすることはなかった。

その後は入試シーズンで、慌ただしく日常は過ぎて行った。
ミチの提案でみんなで合格祈願の千羽鶴を折ったり、生徒の合否結果に一喜一憂したり。

千羽鶴が完成した時は心から嬉しかった。
良い先生でも先輩でもなかったけれど、想いを形にしたかったのはどこかでこうなることがわかっていたからなのかもしれない。


ミチの異動が決まったのはそれからひと月後だった。


→【硝子の壁4】へ続く



【硝子の壁2】記憶

彼、三浦くんは講師デビューするやいなや、
女子生徒からは指名まで入るほどの人気ぶりだった。

「三浦くん、頑張ってるね」
ミチはガラス張りの指導ブースを覗きながら、そばにいた後輩講師のスドーくんに話しかけた。
後輩って言ってもずっと年下の大学生だけどね。
ミチの仕事は今では教務と講師育成がメインだ。
時々こうして新人さんの様子を見ることにしている。
「ウチはホストじゃないっスよ」
「あは、スドーくん、嫉妬?」
そんなやり取りが可笑しかった。

でも、三浦くんが真面目で努力家なのはみんなが認めていた。
いつも一時間以上早めに来て授業の準備をしてたから。
同時に面白い現象も起きてた。
先輩(女子)講師達が我先にと彼に話しかけたり、コピー機の使い方を教えたり。
それに、彼の帰る時間に合わせて仕事を終えたりね。
そんな様子をミチはいつも微笑ましい気持ちで見てた。
若いっていいなぁ。わかりやすくて・・・なんてね(笑)。

中でも特に熱心にアピールしてたのは、女子大生講師の井田さんだった。
「ミチさーん、三浦先生の歓迎会なんですけど〜♪」
ほんと実にわかりやすい。
だって、この前の新人さんの時は誰も歓迎会なんて企画しなかったじゃん?
多分作戦なんだろうな、きっかけさえあれば連絡先も交換できるし。
さすが難関大学に通う才女!
彼女の行動力に呆気にとられながらも、素直にそう感心していた。

そして、三浦くんの歓迎会当日。
女性陣はお互いに遠慮しあったのか、牽制しあったのか、
競争率が激しいはずの彼の隣をゲットしたのは、なんとミチ!
今回の主役の三浦くんと最年長のミチが上座ってことなんだろうけど、
さすがにちょっと、いやかなり申し訳ない・・・。
まあ、年齢も離れてるし、ミチならいいやって空気だったんだろうね。

そこで初めてミチは彼と連絡先を交換した。
ぶっちゃけ彼のメアドも電話番号も、職務上すぐにわかるんだけど、一応形だけはね。
「私の連絡先はみんなに教えてるし、何か困ったことやわからないことがあったら気軽に連絡してね。」
そう言葉を添えると、三浦くんの視線が一瞬彷徨った気がした。
あれ、ちょっと社交辞令っぽく聞こえちゃったかな。

その日の会話も正直あまり覚えてない。
そう、いつも通りだったから。

ミチはいつものように職場のお姉さん的ポジションで、
スドーくんあたりが「ミチさんは一番頼れる!」なんて持ち上げてくれてて。
上司の愚痴なんかを散々みんなで話した後は、
誰かがネタで「ミチさんは大学生」って嘘ついて。
「そうそう、大学3年生♪」
ミチがそう答えるのもいつも通り。
わーって爆笑が起きて、一瞬盛り上がるだけのはずだった。

すると、

「え、大学どこなんですか?」
隣から遠慮がちな声が聞こえた気がした。
顔をあげると三浦くんがじっとミチを見つめている。

え?ちょっと待って・・・この子天然?
もし本気で信じてるとしたら、逆にミチはイタいんですけど。
まるで30過ぎても若作りに必死な女みたいじゃない。

“どうしよう、なんて返事しようかな。”
一瞬のうちに頭をフル回転させる。
回転させすぎて「これがネタにマジレスってやつなんだな」って、余計なことまで考える始末。

みんな盛り上がってる中、今更真面目に説明するのもなんか変な空気になるだろうし、
三浦くんもミチもちょっと気まずいよね。

幸い、三浦くんの呟きは他のみんなには聞こえていないみたいだし・・・

もういいや、そのうち誰かが教えてくれるでしょ!(←結局、面倒になった)


ミチは三浦くんを見つめ返すと、にっこり笑って口を開いた。
「三浦くん、もう仕事慣れた?」
そしてさっきの質問には気づいていないかのように、話題を濁したのだった。



→ 【硝子の壁3】へ続く


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