私の母が先週金曜日に急逝しました。知ったのは一昨日、ロードトリップから戻ってきた翌日の夕方。姉と弟が、旅行中の私と娘を気遣い、また知ってもコロナ渦で帰国することも出来ないからと、旅行が終わるまでふせていたようです。

知った時はお通夜も葬式も全て終わった後でした。

今年はじめ帰省した時、心不全で入院したのでてっきり心臓かと思いましたが、脳卒中だったようです。脳幹での出血だったようで、苦しまずに一瞬で逝ったのがせめてもの救いです。

私の両親はとうの昔に離婚していて、それでも同じ市内に住んでいるし、父も母も一人住まいなので、父母交えて一緒に食事に行ったり、年末年始の集まりも一緒で、世間から見るとなんとも風変わり、でもお互い歳だし、一人だし、みんなで楽しく仲良くすればいいじゃない?という感じ (^^)。でも、住まいは母一人で、私の姉が色々世話を、と言っても寝たきりとかではなく普通に生活していましたが、気をかけてしょっちゅう訪ねていました。

携帯についている生存確認(独居老人が無事であることを知らせるやつ)がその朝はなかなか連絡がなく、電話にも出ない、不安になった姉と義兄が駆けつけた所、ベッドの中で既に亡くなっていました。眼鏡も着衣も乱れておらず、検死の医者が言ったように本当に一瞬のうちに苦しまずに亡くなったようで、それだけでも良かったと姉と語らいました。

葬儀場の方に綺麗にしていただいた後、姉が母に化粧を施し、母がいつも着けていたダイヤのネックレスとピアスを着け、最近買った中で一番気に入っていたであろう白いレースの服とペパーミントグリーンにシルバーの縁取りのシフォンのスカーフを着せました。

また、棺には沢山の花と共に、私達子供三人の写真と私がこちらに越して来た年に送った写真付きのクリスマスカード、そして今年の母の日に花について来たメッセージカードを入れてくれたようです。メッセージカードですよ、手書きでもなんでもない、アマゾンで頼んだ花屋さんのプリンターから打ち出された小さな名刺型メッセージカード。そんなものを後生大事に取っていたとは!姉によると、この時の花束が本当に嬉しくて、こんな花束をもらったのは人生初めてと言っていたようです。贈ってよかった。でもこんなことなら、いくらいらないとは言われても毎年贈ってあげればよかった(涙)。

母は8人兄弟の一番末っ子、しかも女一人ということでとても甘やかされて育った分、明るく、心根が優しく前向きで、お節介。また、当時では珍しかった人前で自分の子供たちを褒めるという性格は今も変わらず、「自分の子供や孫を人前で褒めると引かれるよ」と言うと「本当のことやからいいわ〜、何がいかんと?」と言う始末。

また、とてもお洒落でもありました。街には行きつけのお店があり、ただの店員と客という垣根を超えて仲良くしていただいた店員さんも少なくなく、お茶したり食事したり。またテレショップでの買い物も好きで、亡くなった時もテレビはQVCチャンネルが点いていたようで、姉と「お母さんらしいよね」と笑いました。

本当ならこの時期は宮崎にいます。母とのお別れもちゃんと出来たはずと思うと、改めてこのコロナが憎いです。いや、コロナもだけど未だマスクもせず、コロナは妄想と言い放ち感染を広げる奴らがいなければ、ひょっとしたら入国帰省もこれほど厳しいものではなく、帰省できていたかもと思うと、こういうバカなアメリカの民に腹が立ちます。

あらら、また脱線。母の話に、こういうバカ民の話を持ち出すのさえ無駄ですね。
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母と二人で写った写真はあまりなく、これまた後悔。でも数年前、母と姉と私で天草へ旅行した時の写真がありました。海と空がきれいで、いい写真です。現像してフレームに入れました。私が乳がんになって、口では「大丈夫」と、全く心配してない風で敢えて何もきかず、でも本当に心配を掛けたと思います。これからもずっと一緒に居てくれると思います。

今日もご訪問、有難うございました。良い一日を。



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