今週終わる朝ドラにも出ているし、オモテナス司会でも活躍する有田哲平、初めは上田晋也の方がずっと売れていたけど、今じゃ有田の方が少し上だよね。そうやって相方双方が売れるのはいいことだよ、あのオードリーだって最初春日ばかり目立ち、後に若林が急に人気でたしね、ビートきよしの様な事ない。

国際社会的な動向に於いては如何に国内で批判多い大統領でも任期を全うした方がいい。もし万が一でも弾劾され大統領が変われば、それは志らくの言う様に北朝鮮外交が頓挫し、日米ともやり直しにならざるを得ず、安倍総理の地位も盤石でなくなり、政変の可能性は世界で沸騰していってしまおう。

報道プライムサンデーでは平井文夫の意見も、片山義博の意見も、立川志らくの意見も、司会のパトリック・ハーランの意見もそれぞれ納得の行くもので、意外と前の番組より面白い。でもアメリカと日本の意識の違いはある(政治家の立ち位置や文化が日米で違う)。トランプ不人気と弾劾可能性も見物だ。

日本ってさ、どこへ行っても全部ホームなんだよね(女性が他の国の女性と違って全員男子の母親なんだ)。アウェーが物理的存在しない。だからアメリカでもブラジルでもタイでもフィンランドでもいいよね、拳銃持てるんだから。そうして初めて個が自立できるし、警察を信用しないでも済むしね。Liked in Twitter

イランの軍事パレードのテロ殺害首謀者は誰だろう?イラク人だろうか?イランという国は、どうしてこうも周囲に敵ばかりなのだろう?彼等に一定程度味方できるのはロシア、トルコ、ブラジル、キューバとか極限られている。でもこの一連の国々のネットも意外と魅力はある。中国、マレーシア、パキスタン、ベラルーシ。Liked in Twitter

もうかなり長く芸術家達と交流を絶っているけど、芸術家って登山家に似ている。最終的に僕は発明家、投資家、起業家しか感性的に尊敬できないところがある。芸術家や登山家よりはずっと政治家の方を信用するし、教育者もジャーナリストも信用できないし、官僚も研究者も官だから信用できない。

結局日本の自然を愛する登山家とかって、敗戦国の領土拡張を断念した人達のオナニズムなんでしょう?マッターホルンやチョモランマ目指したって同じだよ。だって人間界に限界を感じているって、それ敗者でしかないんだから。何処歩いていても登山家だけは直ぐ分かる。彼等は違う次元で生きているから。

御厨貴が呼ぶゲストって、いつも思想的傾向が決まっていたんだよね。こういう人が日本国体を決めて影で糸を引いていると思うと、本当に日本って自由主義じゃなく社会主義、国家神道文化社会主義だって、そう思うよ。でも時事放談最終回だって。良かったね、こういうタイプの番組はもう時代遅れだから。

日本には聖地が多過ぎる(やれ屋久島の神木だの何と)。それは個がなく集団しかない証拠だ。世界文化遺産がどうのこうのなど個とその自由と何の関係もない。文化最優先という思想以上に個と自由にとって危険なものはない。要するに日本の文化とは全部アニミズムに過ぎない。滅んでも悲しくない。

国でも文化でも何でもないのだ、最も大切なことっていうのは。大切なのは個(人)と自由、それだけだ。

倫理は恐らく全人類に求められているけれど、政治的野望はやはり決定的に持たざる者の思想であり、公平性とは無縁である。公平とは資本主義ルールだけでいいのであり、個人主義がそれで保証される。従ってあらゆる正義思想面をしたもの全ては所詮プロパガンダと言っていい。個人だけが全てだ。

テレビを見ていると、あたかもメディアや世論が国を動かしているかの幻想を誰もが得てしまうが、実際は経済活動自体が国を支えており、全ての政治思想とは、そちらに動かされている。結局投資家こそが世界経済の操縦者であり、経営者がその仲介的に重要な創造者であり、それ以外は惰性的存在だ。

石破茂の発言は社会主義的だと直ぐ分かった。安倍勝利は社会主義に対する自由主義の勝利だったのだ。確かに森加計問題は尾を引くだろうが、それは資本主義社会の一つの盲点なので、修正していく必要はあるだろう。でも今後リベラルがどれだけ躍進しても、日本は社会主義化だけはしないだろう。
以上21日、以下20日。
いつも外へ出て、全ての他者へオープンな人、世界を広げる人は逆に世界を制覇出来ない。彼は恐らく生涯籠の中の鳥で終わる。逆に常に何かに縛られ隷従し、狭い空間しか与えられない者のみ世界を制覇出来る。支配者とはそういう人達だけである。解放されてある事は籠の中の鳥で居る事だ。

テレビに登場する人達、メディアで名を売る人達全般に言える事は、彼等は既に何かを全て諦め、その代償として報酬を得ている事だ。その何かとは真の自由の追求である。従ってメディアだけ一日追えば誰しも、それが籠の中の鳥の憩いでしかないと気づく。彼等は一般市民の代弁者ではない。

日本社会でテレビや新聞等メディア・マスコミ関連の人達もそうだし、職業研究者・学者・大学教育者達もそうだが、彼等の流布し提唱する全ては籠の中の鳥で居る事の幸福だ。官への絶対的信頼とはそういう事だ。だが本来自由とはそういう内側に寄り添って得る憩いではない。でも彼等以外は違う。

以上23日、以下22日。

アメリカにも共産党はあるし、ロシアにもプロテスタントは居るっていうことだ。パキスタンには親インド派の人は居るし、インドにも親パキスタン派の人は居る。又イスラエルには親パレスチナ派の人は居るし、パレスチナには親イスラエル派の人は居る。台湾にも親中国派の人は居るし、中国にも親台湾派の人も居る。

事実的にはかなり重要だが、イランには親イラク派的考えの人は居るし、イラクにも親イラン派の人も居て、香港にも親中国派も居るし、中国にも親香港派の人も居る(澳門も同様)、ロシアにも親アメリカ派の人、アメリカにも親ロシアの人も居る。でもそれらは一切メディアで報道されないという事である。

香港、澳門への中国の介入と一帯一路政策推進への世界警戒感で、アメリカはロシアと巧くやっていくことが最も有利且つ合理的政策だ。となればFBI問題を巡る司法長官と大統領の闘争が大統領側勝利に収まる事が結局世界へも日本へも利益を運ぶ。クリントン氏やオバマ氏はどういう態度を取るか?Liked in Twitter

かなり未来でも可能性は低いが、仮にロシアが北方領土を返還したとしよう。そうすればただちに米軍は北方領土にも駐留をするだろう(だからそうならない様にロシアは絶対北方領土は返さない。因みに韓国も竹島は返さない)。従って世界構造で米ロ接近と友好以上に今世界を変えることはないとは言える。

日本国政にかなり大きな影響を与えることとして、沖縄県知事選があることだけは間違いない。米軍基地問題それ自体が憲法改正他と関連するからだ。沖縄の国際的プレゼンスが今後の日本政治に大きな影を落としていくことは必至である。

安倍政権さえ支持率が維持されれば、恐らく自衛隊明記憲法改正は進むだろう(国民は自然災害救助で自衛隊に対しては一定の信頼を持っているからだ)。従って安倍総理が危機的状況に見舞われるのは、消費税10%アップ決定等、それ以外の要因に拠ってだろう。そうなれば政局は混乱する。

安倍総理が凄くいい実績さえ積めば、次期総理(恐らく岸田氏)は短い。そうなれば、全く誰も予想も尽かない政局的展開が起き(例えば自民党が6:4の割合で分裂、保守野党と連立する二つの大きな政党になる可能性はある)その時玉木も枝野も何等かの関わりを持つだろうし、小池は国政復帰するだろう。

ま、凄く下世話な話ではあるが、恐らく三年後に安倍総理が任期を全うすれば、後継総理は岸田氏になる可能性は高くなった。尤も石破氏は安倍総理が途中降板した場合のみ最有力候補である事は変わりないが、三年全うすれば、恐らくそれはなくなる。岸田の次が小泉という様になるとは勿論限らない。

今の世界とはアメリカが滅べば世界も滅ぶというものだ。従って英国は精神的に世界を象徴的に指導し、アメリカが実践する、ドイツと日本が技術で貢献し、フランスが思想で世界の混乱を整える。インドとインドネシアが文化的経済的発展の指針となり、中国とロシアは旧世界としての役割を発揮していく。

世界でどんなに中国やロシアが成長し、経済的政治的力を増しても(前者はかなり可能だが、後者はそうでないが)アメリカが世界支配する図式は恐らく後数百年は変わるまい。となれば最終的に個人主義と自由競争社会だけは変わらないという事だ。インドネシアは発展し、アメリカの良きワイヴァルとなる。

現代社会の素晴らしい所はその気になりさえすれば(それが意味ある行為か否かは別として)個人的怨恨がある相手を完全抹殺をウェブサイトだけでも可能だ。でもどんなにトランプ大統領をFBIが殲滅を図っても、もしそれに成功した時こそアメリカの民主主義の終焉を意味する。従って必ずFBIは負ける。

日本の同調主義を最もよく体現しているものこそ休日趣味の登山だ。日本の国体への愛着や憩いは、既にそういう場だけでしか実現しない。従って日本は文化的愛着の神道が仮に永遠に残っても、社会全体を動かすのは経済である。政治さえその手助けに過ぎない。従って官僚の改革だけは絶対必要だ。                     

世界は既に集団協調性でなんて動いていない。個の発想(あらゆる意味での)プログラムの競争だけで動いている。場と一期一会性だけを残し、それ以外の愛社精神とかそういう事では既に経済自体が動いていない。だから同調的空気は抹殺する以外の対象ではない。世界は既にそれに同意している。

生まれてから一度も日本社会の(どんな権威に対しても)ちょっと合わせておけばいいという事だけは絶対しなかった。だから自分に金はないし、出世とも縁がなかった。でもその事で神にだけは誠実で居られた。日本のなし崩し的同調主義は必ず数十年の間に滅ぶ。何故なら世界全体がそう志向していないからだ。

白鵬が大記録で優勝したが、彼の表情(優勝インタヴューで答える時など)長嶋茂雄の表情の取り方を思わせるところがある。似ている。彼は素朴な性格の人だという事がよく分かる。稀勢の里は十勝遂げたことで復活だけは印象づけられたのは良かった。高安も栃ノ心もカド番脱出だけは良かった。
以上22日、以下21日。

日本の未来でアメリカと対立していく可能性はかなり低いがなくはない。でも恐らくそれよりも日本人全般の意識の試金石とは中国人、韓国人(いずれ北朝鮮と統一されるだろう)、ロシア人、インドネシア人、フィリピン人、台湾人、とその国家群と如何に協調し、しかも彼等を尊敬できるかにかかっている。

日本には全てに於いて二者択一がある。天皇制や神道文化遺産継承し続けるには余りに(例えば昨今のスポーツ指導を巡る旧式の観念論に弊害等)日本はグローバル社会で成功し過ぎた。つまり今の日本人に戦前戦中の修身的教育は不可能だ。でも神道と天皇制にはそれを奨励する要素があるのだ。

私の予想では東京五輪とパラリンピックは無事終了し、素晴らしい成績と共に日本の新しい幕開けに相応しい時代を迎えるに違いない。だがそれから暫く経済的低迷に日本は苦慮し、逆にその事で東北被災地他出身の偉大な思想家(右翼、左翼他全てで)大勢輩出し、日本思想文化史上凄い時代になろう。Liked in Twitter

大坂なおみ、ケンブリッジ飛鳥等大勢の日本を代表する人達が益々ハーフやクォーターとなってきている事実と新宿区新大久保や表参道に溢れ返る外国人と居住者の多くが、潜在的に外国人と巧く立ち会える市民と、苦手な市民を分けている(尤も前者だけいい生活をしている)。事は日本に一つの影を落としている。

昨今の警察内不祥事の多くや、青年世代の警察への挑発的殺人事件等の全ては、実は日本人の誰しもが潜在的に持っている天皇制や年号等の制度への何らかの畏怖的感情と、国際社会で純粋日本的なるものへの喪失への暗黙の危惧が深層心理的に齎している、と見る事ができる。

日本歴史教育は尊王攘夷と討幕を完全正当化する様にだけなされている。完全天皇制肯定、王政復古是論だ。でもそうすればする程日本では攘夷思想外起業家を多くし、且つリベラルを過激化させる。在日米軍駐留だけが日本の和平を長期化させてきた。従ってその離反思想こそ再度日本が革命的空気になる時だ。

日本警察の生みの父は川路利良だが、彼は江戸城明け渡し迄、西郷腹心だったが、徐々に大久保寄りになっていく。最期まで西郷に就き従ったのは人斬り半次郎こと(中村半次郎)後の桐野利秋である。日本右翼は警察組織と対する過激派(5.15, 2.26等を起こした人達)に代表されるものとに跨っている。

日本右翼に最も近い組織が今の日本の警察である(自衛隊は戦後創設された<米軍主導>故自衛隊は違う)。そして西郷の戊辰戦争での江戸城明け渡し迄の自己演出と軍事的成功こそ日本右翼が軍事(テロ)で革命成就させる思想を植え付けた。5.152.26両事件の持つ右翼革命性の父である。

『西郷どん』でもよく描かれているが、明治維新は西郷による軍事クーデター成功が齎したと分かる。龍馬は軍事クーデターを望まなかった(故に薩摩藩士による殺害説も未だ有力)。日本右翼の現在の形の源流は明らかに西郷隆盛にある。朝敵を演出する事で大政奉還以後王政復古迄成し遂げたからだ。

北方領土は今後三年間に安倍政権でも返還されまい。不可能だ。米軍撤退を望まないアメリカが日本の軍事的保全を見放す事であると同時に、ロシアが北方領土返還により日ロが親密化する事への恐れがある限り、アメリカは日本に完全軍事独立自体望まない。故に総理選以上に沖縄知事選結果が重要となる。

未来の日本の岐路は駐留米軍撤退の時である。因みに北方領土全面返還はその時のみ実現する。だがそうなるにはまず日本に軍事力を明確に規定し、軍事的独立をアメリカとの間で果たさねばならぬ。だがアメリカは日本のプルトニウム保持とそれによる核兵器製造を一番恐れている。故に米軍は撤退しない。

石破茂の最大の敗因は憲法九条二項復活案に尽きる。戦力保持否定する事を否定する、それは軍事的独立を意味する。だが、それは仮に駐留米軍が完全撤廃した時には現実となる。だが未だそうなっていないし、アメリカにとって日本への駐留は最大メリットだし、日本の軍事的独立阻止になる故好ましい。

石破茂の善戦というメディアの意見に対し麻生副総理兼財務大臣は、どこが善戦だと言った。正しい。完敗である。又橋下徹の日テレでの意見、小泉進次郎が何故もっと早く石破支持を示さなかったか(小泉が穏便に自分の総理の番を確保したいから)という意見も正しい。でも石破茂の最大の敗因はある。

何かを理解すること、真実に大きな出会いとすることは、とりもなおさず他の何かに対しては理解せず無視し否定する事を必然的に意味する。そうでないなら、その者は二つとも全く理解していないという事だ。だが、その対立し相矛盾する者同士を何とか一致させる努力とは一体報われるものだろうか?

戦後大勢文化人が輩出したが、野坂昭如の存在は後世に大きなものを残した。大島渚、ビートたけしといった逸材が、この野坂の戦後理念と同一線上に位置する仕事である。今も大勢の作家や批評家や詩人が居るが、なし崩し的に現代社会は理念を持ち難い様に錯綜している。でもきっと誰か凄い人は居る。

子供の時に東大を受験し合格一流企業に就職するとか学者になるという発想で成長する子供もいるし、警察官となり正義の味方になろうという子供もいるし、NHKのアナウンサーになろうという子供もいる。その全てへ私はどうしても全く尊敬できないし、軽蔑さえしたくなるという性向で生まれついている。

インターネットはどの国で生まれた人も、どうしてこの国に生まれ生涯過ごさなければいけないのだろうという疑問を持った人達に拠って作られた。従ってどの国にも、その国固有の矛盾した様々な慣習や制度があり、それへの疑念を持つ市民とは一定数居る。でもそれ等全てが結束する事を権力は恐れる。

日本は一方では戦後憲法で信教の自由を保証しながら、同時に天皇制は完全な強制だ。つまり官憲自体が日本の場合完全に天皇制に依存しており、その存在理由自体が国体護持的意味合いがある。従ってそれへの疑念を抱くのは市民の自然な感情だが、それへの抵抗として警察権力の発動が存する。

世界に存在するどの民族にも必ず一定数全体的統括の犬になる官憲的行動に憧れる成員が、恐らく一割程存在する。日本ではそれが警察官になる。だが彼等が狂って一般市民へ発砲しないという保証がやはりない。つまりその事への日本でのやっと覚醒した事こそ昨今の警察関連の事件を引き起こしている。


論語と中庸は一時期熟読したので、孟子は読めるだろう。老子・荘子もそれ程難解と思えない。白居易(白楽天)を李白との違いで理解するのもそう難解とも思えないが、寧ろ有坂秀世や井筒俊彦の考えを理解するのは、そういうのと違い、イスラエルとパレスチナ問題の理解に近いのと数学的理解だ。

ずっと気にかかっているのは有坂秀世と井筒俊彦で、読破出来ずに終わっている『ドン・キホーテ』『神曲』『リヴァイアサン』『荀子』『教行信証』だが、恐らく全ては読めまい。ラッセルやムーアを理解できる事とエマソンやデューイやパースを理解出来る事は近いが、有坂秀世や井筒俊彦は少し遠い。

ここ十年の間に最近はルターとカルヴァンを最も読んだが、6-4年前まで最も西田幾多郎と田辺元を熟読した。この二つは生涯の私の財産となるだろうが、人生の危機の時期、ビートたけしの本が私を救ってくれた事とそれらがどう繋がっているのかの解明が一つの私の研究も命題である。でも、それは楽しい。

これからは絞って表現していくこと、十年やってきたことで最も得意なことだけすること(尤も得意でないことを人はできない様になっている)、それが大事だ。でも今もビートたけしと中島義道と永井均はどこかずっと引っかかっていて、何度も読み直し新しい本も読んでいる。それはきっと生涯続くだろう。

映画監督でも他種職業もプロで多才な人は居る。でも僕は田口トモロヲの映画が凄いと思う。松尾スズキも多才な天才だけど、映画は余り感動しない。作詞家としてスガ・シカオとは天才だと思うし、宮藤官九郎や佐藤二朗、リリー・フランキーも凄いし、日本は天才的表現者にはこと欠かない国だと思う。

英語詩で今も好きなのはギンズバーグとディランとバイロンとエリオットだけど、若い時に出会ってればきっとシェリーは好きになっていたろうと思うけど、熱狂する程でない年に彼と出会った。ホイットマンもディキンソンもいいけど、関心あり翻訳したいのはイェーツだ。アイルランドの表現者は凄い。

女性も実は最も合わないタイプの女性とも何度もデートしたりしてきた。でもよくしたもので、異性だけは合わない女性とだけは肉体関係まで決して行かないものである。異性だけは友達で居たって、だからどうだってことはない。女性とは男性にとっては男性同士の友人とは全く違った関係の存在である。

私は若い頃最も自分の人生にとって非有益な人を一時信用し、しかし最も自分と合わないと分かり、離れていくというものだった。それがほぼ30数年続いた。嫌いなタイプの年配者から好かれるという事だが、この10年実はすっかりそういう人を巧く割ける術だけは身に着けられた。それだけは良かった。

映画監督とは人生の要所要所で何人か出会い話しもできた。鈴木清順と二度お話しできたし、その後も山本晋也、榊英雄、松居大悟とも話しをする機会が持てた。榊と松居は今もっともときめく監督である。他に関心ある監督は塚本晋也、白石和彌、大森立嗣、瀧本智行、立川志らく、瀬々敬久だ。

日本の詩人で僕が直に話しをしたのは有名な人では高橋睦郎さんだけだ。でも関心ある詩人は何人かいる。好きなのは百田宗治で、それ以外は寺山修司、まどみちお、坂村真民(彼は英語、ドイツ語、ハングルでも書いた)、辻井喬、古い人では与謝野晶子、金子みすゞだ。僕は百田に最も影響を受けた。

僕には芸術の世界の人達だけが最も僕の人生全体の思想に合わなかった。かなり大勢と出会ったが、やはり僕の生き方や考え方と違った。池田満寿夫とも何度か出会い話したが、彼は画家や芸術家仲間では違うタイプだった。エッセイや小説も書いたくらいだから。絵も描ける文章家っていう感じだった。

実は一作連載で英語ブログと日本語ブログ(時々英語もアップする)で同じ内容の国際小説を書いている。大体頭にあるのだが、細かい所を調べなければ書けないので難航している(でもそれは進められそうだ)。小説は詩と全く違った発想と技術が要る。でも、詩で培ったものは小説で活かせるのが面白い。

詩は日本語で500作、英語で400作程作った(尤も英語の半分は日本語詩の翻訳だ)ので、詩は粗方思い通りにやれた。長く書いたのに小説だけ思い通りに行かなかった(思ったより小説は僕には難しかった)。どうしても日本語で二作、英語で二作、アラビア語で一作書きたい小説があり、それだけ仕上げたい。

私は1959年生まれなので丁度昭和を30年、平成を30年生きた。従って来年五月からは還暦になる年を境に違う年号を生きていくことになるが、後30年生きるだろうか?前の二つの30年よりは過酷であるだろうとだけは想像できる。でもどうせ一回の人生だから楽しく過ごし、気楽に死んでいきたい。

一つ重要なことは虐げられ、敗北や挫折を味わった人の味方だからと言って、それは共産主義や社会主義的立場にあるのと全く違う。寧ろ僕は積極的に自由主義者だ。日本社会で一番嫌いな要素は社会主義的な要素だからだ。この権威追随的な同調主義が僕の最も憎む日本人の差別的感情なのだ。

僕は全く文学部を出ていない(芸術学科出身)ので、国学や大学研究者的な文学研究とは無縁の人生だった。でもだからこそ書ける詩だけ書いている。敗者的人、被差別者、苦悩に苛まれている人達に向けた言葉を中心に詩を書いている。自分自身が社会的にはそういう立場だから声をかけやすいのだ。

私の人生はプロとしてやっていくだけの才能が全く無かったのに、何人かの思春期から青年期に出会った教師に感化され美術を目指した事で全てが狂った、そういうものだった。それ以前英語が最も得意だったが、当時英語から離れた。アートの人は語学の世界と全く縁はない。だから今それを取り戻している。Liked in Twitter

よくテレ東でアメリカ映画を副音声で見るが、かなり内容が悲惨な銃撃シーンの多い映画がメインだ。視聴率対策でもあるだろうが、ああいう米映画が多いということは、それだけアメリカ社会が過酷な競争で生存が脅かされている人が多い証拠だ。でも彼等は何かあったら日本人よりずっと結束する。

横田基地で話した青年兵士より地位の高そうな30代前半と思しき青年将校は、テキサス出身と言っていた。彼はペンス副大統領とマイケル・フリンを足して二で割った面立ちだったが、昨日イーサン・ホークの映画(主演はデンゼル・ワシントン)『ザ・トレーニング・デイ』をテレ東で見たが彼もオースティン出身だ。

横田基地トップは黒人(かプエルトリコか、それらの混血)だ。白人青年にとって日本人は他の外国人より英語の巧い人は多いけど、俺達の事をよく知りもしないのに、という意識は強い。尤もそれは日本人の青年もアメリカ人や他所の国の中年を同じ日本人の中年より信用できないという態度はあるだろう。

今新大久保ではネパール人が、新宿ではミャンマー人が激増している。中国は今もトップだが、アメリカ人の在住者よりはミャンマー人の方が多いかも知れない。でも結局これだけロシア語も長く学んできたのに一度も会話してこなかったのはロシア人だけになった。今日ペルー人と高麗川で少しだけ初めて話せた。

日本人にとって理解しやすい外国人は英国人とオーストラリア人だが、アメリカ人は人口が多いので、そういう人とそうでない人がいる。しかしいずれにせよ、日本人にとって直面する試練とはアメリカ人、中国人、韓国人、台湾人、ロシア人等の存在は他国人より圧倒的に出会う確率が多いので試練である。

僕は若い頃から大勢アメリカ人とは付き合ってきたので、大体分かるし、韓国人もハングルを交えて会話した人、英語で話した人も含めて大体分かる。でもそれと同じ位には中国人もロシア人も分からないが、ロシア語はかなり学んだので何となく分かるけど、中国人は今凄く多いけど、やはりよく分からない。

数日前に横田基地で20人以上のアメリカ兵士と会話したが、中年以上の米兵は僕位の年配者へ気を遣うけど、青年下士官米兵は疑ぐり深い。プエルトリコ系青年米兵と女性米兵は人種に関わらず友好的だが、中年白人以外の白人青年米兵は日本人を知らない人達という意識は強かった。

日本で必死なのは映画界とお笑い界位じゃないかってさえ思える。学界は必死なのと違う。彼等は全員国家公務員的人達だからだ。必死と手続きに従っているのとは違う。そういう完全なる民でない所が日本に固有の特色だ。それはきっと日本にしかなく、九割の日本人はそれに憩う。でもそれが致命傷だ。

日本人は皆楽しんでいる。でもどこの国もそうなのでない。アメリカ人は日本人よりいつも必死だ。中国人も韓国人も。だからその分日本は立ち遅れつつあり、滅亡へ向かっている。ちょっと合わせておけばいいという正義は日本でしか通用しない。そしてそれこそが最大の日本人の選択ミスだ。その内分かる。

今日日高市の巾着田で曼殊沙華を堪能してきたんだけど、高麗川の川縁で遊んでいた米国人の友達のアジア人にどこから来たのと聞くとモンゴルだと。そう言えば彼女の顔、白鵬に似た顔立ちの女性だった。モンゴル人と話しをしたのは初めてだった。温厚な感じの印象を受ける民族だけど、芯は強そうだ。

僕は御嶽海も凄く好きだったので応援もしたけど、やはり大関は甘くない。一つに彼はあの時横綱や大関が軒並み休場だったことだ。寧ろ栃ノ心がカド番脱出だけして欲しいのと、高安に躍進して欲しく、白鵬が優勝は間違いないだろうけど、一番だけでも誰かが土をつけさせられないかっていうところだな。

『イニョプの道』もかなり面白い。史実がどうあれフィクションとして面白く書き換える韓流ドラマのドラマツルギーの優れている処はまず主人公が完全でなく寧ろ悪を備え、その因果応報も描く処だ。日本のドラマでは『半分、青い。』のヒロインも悪だが、からっと描き過ぎる。それが日本人の能天気を象徴する。

警察に殺して貰いたいという青年が問題を起こした。昨今警察を巡る大きな動揺が青年の心をき乱している。それもこれも警察組織自体の矛盾が警察以外の一般市民から警察官自身へも動揺させていると言える。今一度国体と警察の在り方を市民・国民全体が考える時期だとは思う(けど無理だろうな)。

警察官が上司を射殺する事件、富山元自衛官警察官警護官殺害事件、或いは今日の仙台大学生巡査殺害事件全てで言える事は警察組織自体の不安定化と国民からの信頼の失墜であろう。提案の一つだが憲法改正され自衛隊が明記されれば、警察を自衛隊による監視対象にすべきでは?日本警察は腐敗温床故だ。

仙台市青葉区の交番巡査警察官に対する21歳大学生による殺害事件では、駆け付けた上司警察官が三発撃って一発だけ当たり致命傷である事から察するに余りに突発的で焦って巧く的中させなかった(本来なら致命傷にならない程度に一発で頽れさせるべきだが)と青年のこの種の犯罪の増加を物語る。

以上19日、以下18日。

世界一般のかなり普遍的法則だけど、純血的なことやものは絶対いつか絶滅するっていうことさ。そして日本とは国家も民族も考え方もそういう方法へ常に向いているのだ。これはもう否定できない。世界がそう思っているのだから。だから僕はこの国で成功なんてしたくないし、出来ないし、それでいいのだ。

イスラエルとパレスチナの混血、インドとパキスタンの混血、アメリカ白人と中国人の混血、日本と中国、韓国と中国、日本と韓国、イラン’(ペルシャ人)とアラブ人の混血、人類が本当に絶滅危機となった時、そういった人達だけが選ばれ地球外に脱出するエリートへ選ばれる可能性は断然高いのだ。

俺の親族の中でも俺だけだった。楽しく幸福な人生でなく、後世に如何に優秀なDNAを繋ぐかだけを考えてきたのは。たとえ俺自身が不幸でも、俺が誰かと残す子孫だけが繁栄すればいい。対立し合う民族の混血だけが生き残る可能性に俺は賭けたのだ。日本人同士や韓国人同士とは不利なのだ。

国内で活躍する女性ではMay.J、サラ・オレイン、ローラくらいだ、三つ以上のエスニシティを一人で所有する人は。世界ではSHAKIRA、ナタリー・ポートマン、ケイティ・ペリーといった人達だ。それ以外のハーフも関心なんてない。世界へグローバルにコスモポリタンにDNAを繋げ、創造性を発揮させるには。

結局日本人は日本だけを愛し日本でしか生きられない。だから俺は配偶者も恋人も(要するに俺の子を産んでくれそうな女子は)ユダヤやアラブかラテンかスラブと決めていたし、実際そうしてきた(これからも一人は巡り合うだろう)。彼等なら世界のかなり多くの国や地方で渡り歩き生存を後世に繋げる。

たった一言か二言だけでいいから、存命中にどうしても一度だけはお会いして声をかけて何か仰って頂きたい方はジャン・リュック・ゴダール氏とボブ・ディラン氏だけだ。僕の精神の四割位はこの二人の思想と理念とクリエイティヴィティで成立している。表現の思想に於ける20世紀以降はこの二人に集約される。

俺は殺せても、俺の詩は誰にも殺せない。死ね、善良な市民、お前達は只ちんまりと暖かい家庭にだけ収まって未来に何も残さず、後世からは誰もお前達を振り返りはしない。3liked in witter

死ね!協調性、阿り、忖度、謙虚さ、慎ましさ、節度!死ね!日本の腐ったことなかれ主義、阿吽の呼吸、八百万の神、行儀、個の無さ!死ね、善良な市民、活性化せよ、アナーキズム、エゴイズム、神への信仰、破壊的革命精神、自由、慣習打破、性愛の自由、あらゆる差別と偏見の撲滅!Liked in Twitter

日本で慎ましく他人に迷惑かけず、協調性と謙虚さだけ持って生きる、その何が価値って言うんだ。全てを否定したいし、誰からも好かれなくていい。俺の書いた詩が後世に残りさえすれば、その頃、例えば俺が凄く生意気って事で殺されても、俺の詩が誰かを癒す。それ位の覚悟でなければ生きていけない。Liked in Twitter

昔俳優で映画製作者マイケル・ダグラスが「地球という星に貢献しているか、それが問題だ」と言った。日本や自分の家族を養うとか貢献だけの人が多いが、後世に何か残す事が大事だ。出世や協調性より。ワット、エジソン、フォード、ディズニー、ゴダール、キューブリック、スピルバーグ、北野、梶田隆章の様に。

うたコンのも最後に出てきたけど、WANIMAって聴くだけで直ぐ分かる。あらゆる意味でここ十年以内に出てきたユニットの中で彼等とSHISHAMOは音だけで直ぐ分かる。それはこれまでのどんな音とも違う性質の今の若い人達だけが作り上げた世界だ。だから星野源や高橋優の様なソロとは違う世界で素晴らしい。Retweeted and liked in Twitter

日本もアメリカも都会の会社や組織以外では皆愛想良くしなくても充分生活していけると思うね。でも一日中愛想良くしていないと社会が活性化しないと思っているのは日本人とアメリカ人に特に強いんじゃないかね。韓国や中国もそれ以外の小さい国の大半は日本程営業的じゃないと思うね。

日本は今後かなり衝動的感情的突発的犯罪は多発していく様になると思うね。これはストレス社会っていう意味でもあるし、一部の凄く世渡りの巧い人だけが常に甘い汁を吸って、真に実力が認められないって意味だけど、要するに営業的態度を重んじ、内容を重んじない体質がある限りそうだと思うね。

日本社会での努力とはいつも目立たない様に殊勝な態度でいることだけだ。だから一切自己アピールはできない(する者は排他される)。芸人や一部専門職だけがそういう努力で報われているが、一般職は圧倒的に権威者を敵に回さない人だけが得をしている。日本はどんどん衰退すると思うね。

日本では反権力的な人(左翼、要するに実力主義批判者、そして努力しない人)だけがいつも威張っていて、俺は社会の為に働いてやっているんだ、という態度で、いい仕事をし優秀な人だけが異様に謙虚でなければこき下ろされるそういう世相だけが支配した異常な国である。日本に階級もエリートもない。

日本が非常に特殊な国と思える処は、優秀な人、いい仕事する人が常に矢面に立たされこき下ろされ、いつも謙虚で小さくなっていなければならず、逆にさして有能でない市民が(バスの運転士やタクシー運転手等も)かなりでかい態度で、皆から嫌われない気を遣う人だけが天下で、そういう所が社会主義なのだ。

日本社会はほぼ一日営業だけに全てやされ、だからその渦から自由になるには金をかけて自分で自由なスペースを作るしかないのだが、凄く他国ときっと違うのは、決められた連動しかなく、静かに流れる時間が持てない事だろう。サーヴィスやおもてなしは常に祭り的陽気さが強制される。日本人はロボットだ。

日本ではどの社会も不動の権威者がでんと座っていて、それがなかなか変わらず延々同じ媚び諂いだけが維持され、忖度や配慮だけで全てが動いていく。これは他のどの国にもない空気であり、明治維新の立役者達が概ね作った制度だが、それへの批判は一切許されない。故に日本は先進国ではない。

昔は一つのユニットや一人の作曲家の曲全てを聴こうとした。だがピンク・フロイドでもクィーンでもレッド・ツェッペリンでもワム!でもいい曲・好きな曲だけ聴けばいい。ローリングストーンズも数曲だけ好きだし、ディランもだ。一人に数曲だけいい。ビリー・ジョエルもビートルズもだ。それでいい。

私にとっては(だが)ベートーベンもワーグナーもさして重要ではない。全てが創りものという感じさえするし、同様のことはビーバップ等全てのジャズにも言える。癒しや真に美の結晶である様な重層性はそれ等の音楽から聴こえてはこない。ストラヴィンスキーもオルフもショスタコヴィッチも要らない。

今でも私の心を真に打つ音楽はスメタナ『我が祖国より モルダウ』、ドヴォルジャーク『新世界より』、ニーノ・ロータ『ゴッドファーザーPartⅡ』テーマ音楽、エンニオ・モリコーネ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』テーマ音楽である。もうこの四つだけ生涯繰り返し聴ければ他全て聴かなてさえいい。

ジャズやボサノヴァ、多くラテンは魂の活性化だ。従ってフラメンコ等もだが、多くのジャズ・ラテンは飲酒とダンスと音楽のユニゾンだ。だがそれは魂の鎮静化に繋がらない。言ってみればそれ等は全て享楽だ。そうでない音楽、純粋に魂の鎮静化と癒し(エンヤ的なタイプでない純粋な)が求められている。

最終的に作曲だけしたいという思いも強い。その際に思う事は、ロックやラップ等の時代は徐々に引いてゆき、最終的に純粋な歌曲(欧米ではかつて讃美歌や民謡がそうであった様な意味で)、斉唱的歌曲の時代の到来を私は予想する。つまり世界がデジタル化しスマホ等が乱用されればされる程そうだ。

西郷隆盛は晩年に近づくにつれ裸の王様化していった。それが西南戦争とその敗戦だ。大久保も同様の要素がある。そして今まさに安倍晋三がそうである。安倍暗殺計画すら右翼が画策している可能性はある(右翼とはその都度敵対者を変えてきた歴史がある)。国民もいい加減うんざりし始めている。

かなり過激な仮想だが、余り安倍総理が拉致家族問題に肩入れし過ぎた場合次第に国内で拉致家族問題を切り捨てよという世論が潜在していき、安倍総理並びに拉致問題活動家の暗殺さえ可能性としてあり得る。何故日本全体が彼等の為だけに犠牲にならなければいけないのか、という憤りである。

例えば凄く極端な仮想を言えば、新大久保、表参道等が個々異なった治外法権エリアとして(欧州のサンマリノやバチカン、アンドラ、バスク等の様に)小国として独立を図るという事は可能性としてゼロでない。新宿区自体が外国人人口が半数で、それが八割にもなれば現実性も帯びて来る。

アフリカ等を除けば、今のところアジア近海で最も新しい独立国は東ティモールだが、日本でも実質的に沖縄と北海道はあらゆる意味で本土と異なった事情のエリアであり、独立可能性は高い。同様に日本国内でも必ずしも日本人同士だけで全てビジネスも居住もしたいと思っている人達ばかりではない。

トランプ大統領はピョンヤンにトランプタワーを建造する事すら考えている。又拉致家族でも早々と処刑された人と、重用された人との間には距離があり、特権的に優遇された人が今日本人としての意識を保持しているか、それも問題である(何組かの日本家族には気の毒だが、今も日本を愛しているかもだ)。Retweeted in Twitter

アメリカの立場になって考えれば日本の拉致家族問題への憤りでアメリカ迄巻き込まれたくはないが本音であり、且つ北朝鮮がアメリカに反抗的でない限り全てを黙認したい、だろう。必然的に韓国は北と懐柔したいのだから、日本だけが孤立する。又国内で拉致家族問題だけを優先する事の是非の問題もある。Retweeted in Twitter

ロシアと中国は北朝鮮による日本人拉致の完全解決自体を望まないから、必然的に日本が米国他と共同で北の拉致自体にメスを入れようとすれば、必ず北へ入れ知恵する。北朝鮮はソ連の作った国で、中国共産党の戦争の成果でもある。安倍外交でも決着しないだろう。北はでもアメリカとは巧くやりたいのだ。Retweeted in Twitter

テレ朝の後藤・小川からの質問で安倍晋三は少し話し過ぎるな。この対論を聴いて石破茂支持へ移る人はきっと居るだろうね。でも何としてでも安倍氏は例えば北方領土返還も目指していると思うけど、恐らく無理だ(と言って拉致家族返還も無理だ)。憲法改正もかなり梃子摺るだろうね。現実的には。Retweeted in Twitter

凄く簡単に言えば肌を密着させることで安心と憩いを得るアジア人に対し、肌と肌を密着させることが異様に嫌いな白人と考えていい(これは本番ポルノ動画を見ても明瞭に理解できる。性や肌の密着感や距離感自体が異質なのだ)。そしてその相互の憩いの在り方の距離は恐らく未来永劫縮まるまい。

白人一般とアジア人一般の最大の差は、その行動半径もさることながら、距離感の問題だ。赤ん坊を愛す仕方でもアジア人とはスキンシップ的で、肌と肌を接近させる事に憩いを得る様に進化してきたが、白人は違う(ユダヤ人は又違うし、アラブ人も違う)。故にラテン系(インディオDNA保持者)は中間的だ。

これは全ての基地で言える事だが、基地の端は必ず道路か芝生になっている。もしそこに林や森を設けていたら、そこに隠れ潜み侵入する者が居たとしても発見し難い。つまり基地とは外部侵入者を防ぐ為に端は必ず道路か芝生にして、且つ監視カメラを潜ませている。この工夫はどんな基地でもそうである。

横田基地も入間基地も、基地内には必ず一定の割合で芝生等が植えられ、滑走路や軍用車滑走道路以外の直の土のエリアを設けている。もしこれら緩衝地帯がなければ、土壌が痩せ、コンクリートやアスファルト自体に亀裂が入るだろう。その点では両基地共に巧く緩衝地帯で土壌を堅固にしている。

音楽は確かに世界共通言語だが、歌詞は言語なのでアメリカ人が知る日本人ミュージシャンは殆ど居ない。YOSHIKIは天才(ロス在住)だが(恐らく節税対策だろう)、彼のTwitterフォロワーは大半日本人だ。アメリカ人は日本語が分からない。又日本人はアメリカ人のラップや多くの音楽の歌詞は分からない。

日本は敗戦国なので平和という観念を常識に考えるが、事実として戦後日本が73年平和でいられたのは米軍駐留によってである。もしそれがなく且つ自衛隊もなく(ま、警察予備隊は米軍指導だったのだが)、軍部解散された侭であったなら日本はとっくにソ連に占領されていた。これも良し悪しの問題でない。

日本は列島へと移住した歴史は遥か古代に遡り、文化・風土(生活史)は多様だ。北海道~沖縄まで全く異なった地域の接合だ。アメリカは広いが民族移住し作った時期からそう時間が経ってないので、大半の住民の歴史は辿れる。アメリカが異様にいざとなったら全土で軍隊的になれるのは歴史の浅さからだ。

昨日の放映でもよく描かれていたが西郷隆盛とは勤王の志士で、軍人政治家だったのだ。坂本龍馬は実業家であり、ビジネスパーソンだった。その違いは、現代社会でもある。その点ではトランプ大統領は他の人と違って本来ビジネスライクである筈だ。だからアメリカでも実業家と政治家の意識は違うのだ。

横田基地の友好祭には全国の自衛官が動員されていた(軍用機も愛知等全国から搔き集められていた)。だが案内をする自衛官は多くが横田基地に近い入間基地隊員達だった(因みに入間基地は私の自宅からも歩いて行ける距離だ)。基地のある町は道路だけは広く作られている(所沢は特にそうだ)。

昨日は横田基地内の写真を数百枚撮ったが、OSPLAY他の離陸する滑走路脇にはコンクリートでまるで刑務所の塀の様に固められた遮蔽壁が建造され設置されている。離陸する際の突風を隣接芝生緩衝地帯を荒らさない為と防音的意図に拠るものだろう(近隣住民の騒音被害を未然に防止している)。

横田基地は補給物資輸送目的に特化され、当然潜水艦も魚雷も運べる軍用機も発着陸しているものの、自衛官が常に米軍以外常駐し、協力体制も緊密だ(米軍退役軍事指導の下統括されている)。米兵宿舎が基地内16号添いに建造されているが、個室は狭そうで、かなり米兵には過酷に思えた。

昨日横田基地で写真撮っていたら電池が切れ福生の百円ショップに買いに行く為一度基地から出た時に牛浜駅近くの公園でOSPLAY反対集会の朗読と演奏と合唱会が開催されていた。だが道行く人大半は横田基地に向かい素通りしていた。沖縄と福生の違いがそこにある(それは良し悪しの問題ではない)。

『米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー』で描かれた瀬長亀次郎とは元沖縄市長もされた方で、その娘さんもメディアでは有名だが、この映画に登場した元警察官の方が最初は亀次郎を取り締まる側だったのに、彼の演説を聴いて感銘を受けて行動を変えた事だ。亀次郎がイエスなら、この方はパウロである。

今日市民ホールで見た『米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー』は素晴らしい記録映画だった。TBS製作、監督・佐古忠彦、音楽・坂本龍一他、ナレーター・大杉漣他。佐古監督はニュースキャスターとしても有名である。続編も楽しみだが、この映画の素晴らしさは元警察官や元米軍関係者にも取材した事である。

北海道アイヌ民族差別史の中で日本で初めて参議にまで登り詰めた萱野茂氏の存在は大きかった。同様に沖縄から初めて国会議員となった瀬長亀次郎の存在理由は凄く大きい。沖縄の米軍と住民の闘争史に於いて、本土と米軍の協定と米軍兵士と住民との二重の困苦がずっと横たわっている。

日本の在日米軍基地のある町でも沖縄の歴史が最も悲惨だ。それに比べればずっと横田基地は町全体が米軍のプレゼンスへの抵抗感は少なく、村上龍デビュー作の地でもあるせいか、ロック演奏を英語で横田基地内、周辺で楽しむ余裕がある。やくざもかなり多いが、沖縄と全く違った日米友好の姿がある。

昨日福生横田基地の友好祭に半日参加し楽しんだ(日本人見物客とも十数人、アメリカ人兵士や関係者とも二十人程会話した)。そこでかなり大勢の黒人と結婚した日本女子とそのハーフの子供達も居た。インターレイシャル(異民族間の)結婚や恋愛も多かった。第二の大坂なおみも直ぐ登場するだろう。

沖縄で米軍の犯罪がずっと多かったのは、単純な理由だ。最前線の戦場へ駆り出される直前に駐屯するのがずっと沖縄の基地だったからである。従って日本のどの他の米軍基地とも異なったプレゼンスが沖縄にはある。沖縄に配属される米軍兵士メンタリティは他基地とは比べものにならぬ程過酷なのだ。

例えば治安自体が常に警察にだけ安定化を委ねられている事自体はそう健全とは言えない(例えばアメリカは圧倒的に軍人の犯罪より警察官の犯罪の方が多い)。従って自衛隊に治安安定化を一元化させてさえいいのだ。又警察を唯一完全壊滅出来る組織とは日本では自衛隊だけなのである。

あくまで理論上であるが(かなり可能性として)、完全に国体全てを革命的に変える唯一の方法とは、自衛隊と警察の両組織を思想的に完全に二分し、その二つを闘争状態(つまり内乱)へ持ち込ませる事である。又それは思想的に(法学的にも)最も実現可能性が高いやり方である(勿論理論上だ)。

自衛官は何らかの非常事態以外で銃を携帯する必要はないが、警察官は勤務時間内は必ず携帯する。又自衛官は日本のブラックワールド自体の取り締まりに関わらないが、警察官はあらゆるやくざ組織、反社会的勢力との付き合いも欠かさない。従って最も犯罪する側に近いのは常に警察なのだ。Liked in Twitter

簡単に言えば自衛隊は拷問をする可能性はゼロに近い(その必要がない)。だが警察は常に時の権力の犬でしかあり得ない(沖縄史のアメリカ政府追随もそうだし、戦前戦中本土陸軍指導迎合史もそうだ)。要するに自衛官は一定程度信用していいけれど、警察官は全くそうでない、という事を忘れるべきでない。

率直自衛隊を合憲としても全く日本は今と変わることはない。日本史から言って、自衛隊はあくまで戦後GHQが朝鮮戦争の際に作った組織であり、戦後日本の同意の下で活動し始めた。だが警察は薩摩閥の川路利良が大久保の指導の下で作った組織であり、戦後憲法遵守精神自体が内在しない。

逃走犯が昨今派生し未だ捕まっていない犯人も居る。だがその犯人が何人も殺人を犯し、次の犯行が繰り返される可能性がそう高くない場合は、その事(逃走中)を国民の多くが忘れても、それだからどうだってことはない。それを血眼になり過ぎると警察は必ず増長し右傾化する。警察を英雄にすべきでない。

重要な事は犯罪被害に遭わない様に注意すべきはあくまで個人レヴェルでの自己責任であるべきで、国家や地域や地方公共団体全体が犯罪を未然に阻止する事だけに血眼になると、必然的にその厳しい取り締まりの空気(世相)こそが新たに犯罪を誘発する。従って集団で犯罪抑止に熱中すべきでない。

異様に犯罪発生を憎み警察への依存が強くなればなる程世相は右傾化するし、又警察権力が増長し、必然的に警察内部でも賄賂も横行する様になる。つまり摘発件数の競争激化が組織を次第に腐敗させる。故に異様に一般市民が犯罪を憎み過ぎても、それはそれで歪な世相と警察国家を構築する。

中国もインドも多少又人口増加が上向きになったとしても、もう過剰に上昇する訳ではない。でも人口が多くなるという事は犯罪発生率も上昇する事を意味するが、犯罪が多発しないで済む政治や経済の条件はやはりあるとは言えるだろう。でも残念ながら外交的に対立軸がある方が犯罪発生率は低下するのだ。

アメリカも中国もインドも少しずつ人口増加している(比率は当然小さくなりつつある)。どんな国でも経済発展と生活レヴェルの上昇に伴い必ず人口増加率は低下する。それは悪い事でないばかりか、そうでなくては困る。実際或る時期(数十年)は人口は世界で増え続けるだろうが、その後少しずつ減っていく。
以上17日、以下16日。
ヴァイオレンス映画の巨匠になっている北野武だが、本来彼は純愛路線ものも得意だし(沢尻エリカはきっと起用する)、そういう映画も暴力映画もやめはしなくても必ず撮るだろう。だが、同時に彼は必ずお笑い(落語や漫才を大きく取り上げた)映画も撮るだろう。その際には永野芽衣を起用するだろう。

『半分、青い。』は脚本がコメディタッチにしてあるのも手伝ってか、永野芽衣はすっかりコメディ女優向きでもあると判明している。寧ろ(広瀬アリスもそうだが)いっそお笑い芸人に転身してもかなりの処迄きっと行くだろう。そういう資質を脚本家の北川悦吏子は察知し、ああいう本を書いたに違いない。

樹木希林氏(75)が一昨日死去。彼女の遺作は来年公開、又じき10月公開未公開作が後二作待機中だ。死去前の最後の公開作は『万引き家族』(是枝裕和監督)だった。映画でも癌で余命幾ばくもない老婆役だった。希林さんの出た映画は数えきれぬ程鑑賞したが、昭和風情を強く残した女優さんだった。

軍鶏鍋を待っていた処を襲われ脳をやられ絶命した龍馬は、薩摩藩士、新選組等数多くの暗殺者説を生み出した。だが必ずしも彼等敵対する勤王の志士達や幕藩者達とも限らず、海援隊経営を巡る敵対的実業家達も多かった(そこら辺は同じく大河『龍馬伝』でも描かれていた)。彼等の刺客脱藩浪士かも。

今日の『西郷どん』は鬼の大将としての西郷を描いていた。勝てば官軍とは彼が中心の新政府軍の事だ。西郷には初期から策士策に溺れる的側面もあり、才谷梅太郎こと龍馬は早くから見抜いていた。龍馬は実業家だったのだ。彼は事業の司法勝利でも恨みを買って敵が多く、賊軍とも薩摩とも対立していた。Retweeted in Twitter

声優小林清志と言えば映画俳優ジェームズ・コバーンの声だったとは我々世代なら全員知っている。ところでコバーンと小林という響きが似ているけど、その時点でコバキヨさんにとってコバーンとの出会いは運命的だったに違いない。ルパンの次元大介自体がコバーンのイメージでモンキー・パンチが描いた。

ルパン三世はテレビも映画も変わっていない声優はコバキヨこと御年85歳の名声優、小林清志だけだ。彼以外の主要登場人物の吹き替えは全部何回か交代した。従って小林の次元大介役吹き替えは正式連続ドラマ化としては71年だが、その前にパイロットフィルム吹き替え担当が69年なので、49年に及ぶ。

アメリカギャング映画選。『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーPart』『バラキ』『アンタッチャブル』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『コーサノストラ』『ファミリー・ビジネス』『シカゴ』『バクシー』『ザ・ディパーティッド』。コッポラ、テレンス・ヤング、ブライアン・デ・パルマ等皆それぞれ懐かしい監督達である。

今見るとそれ程でもないが『アンタッチャブル』の銃撃殺人シーンは当時はショッキングだった。でもそれもコッポラの『ゴッドファーザー』二部作からの影響があった。北野武はそれ等全てを熟知して尚固有の暴力描写を開発した。処女作から『ソナチネ』迄に定型だけは確立させ、アウトレイジシリーズで応用した。

映画で殺人シーンだけで衝撃を与えた人は最初はフランシス・フォード・コッポラ、次に北野武だろう。香港映画はかなり過激だが、北野以降の映画は彼からも影響を受けている。映画の世界でギャング(マフィア、コーサノストラ)ものややくざものは、映画表現全体へかなり大きな影響を善きにつけ悪しきにつけ齎した。

世界言語でネイティヴ最大数が中国語だが、二位が英語、三位がヒンディー語、四位スペイン語、五位アラビア語、六位ベンガル語、七位ポルトガル語、八位ロシア語、九位日本語、十位ドイツ語、十一位フランス語だ。尤も9-11位は殆ど大差ない。ヒンディー・ベンガル・ポルトガル以外は一応当たっている。LIked in Twitter

もしトランプ大統領が国内で様々な実力者や権威者、エリート達がかなり槍玉に挙げても尚失墜しないのなら、彼はきっと持ち前のユーモアと気遣いで通訳や外交官や、要するに語学堪能者達にだけはかなり神経を使っているからだ。語学だけが今後世界全体を動かしていく。科学でも哲学でも宗教でもない。Liked in Twitter

世界を動かしているのは政治家でも科学者でも文化人でもなく、語学堪能者である。もうこれだけは絶対そうだ。それをあたかも各国首脳の面子を立てる形でメディアが演出しているだけだ。交易と外交と通信関連のエリート達だけである。だから結局彼等にそっぽを向かれた権力者とは脱落せざるを得ないのだ。Liked in Twitter

日本もアメリカも二重国籍を認めていない。故に大坂なおみもそろそろいずれかに決めなければいけない。でもこの二重国籍を認めない国家主義(日米ともそうだが)自体、もうそろそろ時代遅れになっていくのではないか?国籍等その都度簡単に変えられる様にしなければ世界全体は衰退する。これは事実だ。

石破茂はもし安倍総理の憲法改正案にほぼ賛成の意を示した上で地方創生他の独自政策を訴えていれば或いはかなり得票はしたかも知れないが、憲法改正に及び腰的発言が目立ったので、かなりの大差で安倍に敗北を喫するだろう。石破は魅力的だが、今一つ策士的な策謀には弱い所がある。

I’m not interested in Japanese women, coz they say so unnecessary matter to men, traditionally, and I don’t believe nor trust Japanese as national character, despite of that I’m too, then I have no idea to marry Japanese woman for my precious children’s happiness.

昨日アップした二つの英語詩は後でアイルランドの閲覧者とアメリカ人の閲覧者に読んで貰えた。もう一作英語詩を更にアップしたが、それもアメリカ人に読んで貰えたので、まあ良かった。久しぶりに今日は連載小説をアップするけど、よく調べてから書かなければいけないので今日の深夜までかかるだろう。

以上16日、以下15日。

今日英ブログで二作立て続けにアップしたが、初めて英語圏の人から閲覧されなかった。これまで完全無視された詩は二作(削除した)が、今回は削除しないで置いておこうと思う。余程関心を誘わない作品なのだろう、彼等にとって。でもこれからは自分で気に入っているものは削除しないでおこうと思う。

岡田結実、井上咲楽が昨今異様にカミングアウトしてきている。共に18歳だ。岡田はあの漫才師のますだおかだの岡田の娘だと言う。兎に角特定の人にだけ常にスポットライトが当たる様に最初から出来レースって言うか、示し合わされている処はところで日本固有なのだろうか?そんな気はやはりする。Liked in Twitter

佐藤健より若い世代で今最も旬でスター街道爆走中の最大株は山﨑賢人(24)だろう。彼が演じたコミ障の医師役『グッド・ドクター』は前作『トドメの接吻』と全く違った役柄を巧く演じ好感を持たせた。前作で共演した志尊淳(23)と新田真剣佑(21)が彼の最大のライヴァルだろう。直ぐ彼等の時代になる。

以上15日、以下14日。

僕は理念的にはかなり過激思想を持っていて、本当はそれが全て実現されれば、人類は今よりもっと幸福になれると信じているけど、それを実行すると日本人も四分の一程犠牲を払う事になるだろう。でもそういう思想を持っていても、それを実際実行しなければ僕は決して罰せられないという部分も興味深い。

もし今の日本にとって北方領土返還等国土の回復だけを至上命題とするなら今のところ安倍晋三しか総理適任者はいない。石破が総理になれば経済政策や自然災害対策他はより発展するだろうが、北方領土返還は頓挫する。従って今の総理に何を求めるかで選ぶ相手も変わってくる。

日本からNHKなるものを完全消滅させれば、例えば芸能界もジャニーズ事務所ばかりが話題となり、国全体で重宝される様な贔屓的扱いも消滅し、たけし軍団であれExileファミリーであれ何であれその時々の実力主義になる。結局NHKが宮内庁も経団連も遺族会も芸能界の歪な構造も全て作っている。Liked in Twitter

メディアで言論が自由なのはテレ朝だけだ。それ以外全て自由に発言できない。例えば朝生くらいが天皇制是非さえ論じられる。とどのつまり日本人の意識を180度変えるにはNHKを憲法違反にし廃止へ追い込む以外ない。でもそれは常に誰かに阻止されるだろう。故にテロ以外の方法で今の日本は変えられない。

日本語は馴れ合いだけで成立している。従って人間関係が全て内輪とそれ以外という発想しかない。だから日本の女な馴れ馴れしい。寄って欲しくない。俺はここに日本の女、中国の女、韓国の女、アメリカの女、ロシアの女がいたとして、一番いい女を抱きたい。そこに一切民族や国民の一致を望まない。

日本では人を信用する。考えを信用しない。それはかなりそうだ。欧米は考えを信用する(ドイツには日本と近い所はフランスや英国より残存するけど)。私の場合は通常の日本人と違うのは、日本語は信用する。だから考えも信用する。でも人は信用しない。個人も集団も信用しないで言語と思想だけ信用する。

今日から『イニョプの道』が始まったが、朝鮮王朝初期が舞台の両班と奴婢の身分差を描いている。実は日本も江戸期迄はそうだった。でもそれを現在の様な(皇室を除く基本的に身分が平等な世界観)は、やはり勤王の志士達やその後の自由民権運動(板垣退助や福沢諭吉)が作ったと言える。

My dream of making Beat Takeshi Kitano’s biography movie has a plan to offer directors as success story after Manzai comedian to Hideo Sakaki until Friday attack event, after it with motorcycle accident and success in films directing and artist to Kazuya Shiraishi.

If my dream of making Beat Takeshi Kitano’s biography movies(part1-4) could realize among his alive periods, I ask him to write the scenario with him. I suggest four directors, childhood ages in Shiraku Tatekawa, youth ages in Daigo Matsui.

My dream is the first, making publishing company to publish my poetry anthology, and with its success making movie company produce Beat Takeshi Kitano’s biography movie, needing investors in abroad not Japanese and employing Japanese superior directors.

 こんなのはどうだろう?今月から三か月間は詩人や作家だけが内閣を担当、次のクールでは哲学者、神学者、思想家だけが担当、その次のクールでは映画監督、舞台演出家、漫画家だけが担当、更に次のクールでは発明家、実業家、投資家だけが担当とか、そういう風に順繰りに担当させる内閣っての。

一度スポーツアスリート出身者だけで内閣を作ってみたら面白いとか思えるんだよな。橋本聖子みたいに既に与党で役職経験のない、鈴木大地、為末大、室伏広司、北島康介、野村忠宏、高橋尚子、増田明美、有森裕子、野口みずき、伊達公子、杉山愛、宮里藍とかだけ使って。なーんちゃって。

稀勢の里、鶴竜、白鵬、高安、御嶽海のみ五連勝無敗で終えた。稀勢の里を我慢の相撲だって。まるで大坂なおみだな。でも栃ノ心がどうも調子良くない。下手するとカド番で陥落する可能性はある。そうなるとやはり何か寂しい。魁聖辺りも踏ん張って欧州勢の底力見せて欲しいとも思えるよね。

安倍が再選されれば戦後最長九年の任期の政権となる。これは二期務めるアメリカ大統領より長い。そしてこの六年日本は完全に民主的国家から国粋主義的封建国家へと変貌した。これは野党の無策と言うより、寧ろ経済界が怠惰な商習慣依拠的態度を一切変えてこなかった事も起因する。

戦後日本は或る時期まで必死に欧米に追い付け追い越せでやってきた。でもこの十数年明らかに日本人はそれを完全に放棄し出している。とりわけアメリカに合わすのは経済的同盟関係以外では精神的に拒絶している。と言って中韓と親しく出来る程一部外交貿易関係者以外完全に希薄である。

たけしの本は個人主義的生き方レヴェルでは欧米人にも共感を得るだろう。でも固有の義侠性は少なくとも欧米人には理解し難い所がある。或いは韓国人かイタリア人なら或る程度理解するかも知れない。でもやはり彼の正義感はかなり独自なので、一般的に理解を呼ぶ事はできないだろう。

中島義道は倫理に全く関心がない。だがキリスト教神学に抵触する様な哲学理論は提出しない。だから職業分担モラルだけは守っている。でも欧米哲学に比した場合特筆すべき一点は見出せない。永井均はキリスト教神学を無視している。従って欧米人(もモスリムも)は彼の本をきっと読まない。

ビートたけし=北野武、中島義道、永井均の著作を計画的に読んできた。紛れもなく現代日本で一つのレヴェルには充分達している三人で、或る部分極めて欧米的でもある彼等だが、共通して言える事は欧米人は理解できないだろうという事だ。つまり別の面では日本人にしか理解できない事だけ書いている。

大坂なおみがすっかり日本国内はもとより世界的大スターとなったが、彼女の抜群のスタイル、長身のスラリとした美、茶目っ気は、世界を魅了するに余りあるが、モデルとしても活躍できるだろう(そこはシャラポワと存在理由も似ている)。凄い神々しい女神の化身の様な人が現われたものである。

イ・ヨンエが韓国でトップクラスの大女優なのは周知だが、サイムダンの恋人役イ・ギョム役のソン・スンホンは以前『男が女を愛する時』の影の或るヤクザ青年役が凄く決まっていた。凄くイケメンで今韓国ではその点の人気者トップを走っているに違いない。又違ったタイプのドラマで彼を鑑賞したいものだ。

『師任堂・サイムダン』韓流史劇と現代劇平行ドラマが最終回を迎えたが、本ドラマはサイムダンとウィソングン(イ・ギョム)の恋の成就を視聴者が願うと同時に、彼等のエゴに翻弄されるフィウムダンとチン・ミヒョンへも同情を寄せてる様に仕向けている脚本が素晴らしかった。安藤サクラそっくりの下女役も登場した。Liked in Twitter

以上13日、以下12日。

若い頃俺の最高のオカズって言えばアリッサ・ミラノだった。若い頃が最高だった。イタリア系米国人って言えばマドンナ、ジェニファー・アニストン、ポルノ女優大御所のジェナ・ジェームソンだ。確かにイタリア系アメリカ人女優はスゲー美女が揃っている。男優も有名な人がずらりと揃っているけどね。

テータム・オニール、ブルック・シールズ、ジェニファー・コネリーと言えば、可愛いとかぐっとくる美少女だったが、ああいったタイプの思春期から極初期青年期に最高に可愛く美しい女優は、少し年とると次代へ明け渡さなければいけなくなる。その点がアイドル的女優の悲しい所である。Liked in Twitter

俺達世代の米国女優は演技とカリスマ性ではジュリア・ロバーツとウーピー・ゴールドバーグだが、セクシーさと身近さから言えばデミ・ムーア、フィービー・ケイツ、クリスティーナ・マクニコルだった。あの頃彼女達抜群に可愛かった。ドクター・クインでは最初のコリーン役エリカ・フローレスは可愛かった。

或る時代ハリウッドやアメリカ資本映画で工藤夕貴が齎したインパクトはアジア女優として大きかった。彼女が先鞭をつけたからこそ桃井かおりや菊地凛子が伸び伸びと演技できた。俺達世代には彼女とタムリン・トミタと故モリユキ・パット・モリタが忘れられない。千葉真一、ショー・コスギ、ケイン・コスギもだ。

新世代映画監督達に三池より年長の若い阪本順治の生き様がインスパイアしてきた事もきっと大きい(原田芳雄が最後の映画に阪本を選んだ理由も分かる)。豊田利晃も阪本と因縁ある監督だ。黒沢清も塚本晋也も是枝裕和も深田晃司も凄い監督だし、日本映画界はドラマと違い未だ韓国より大分上だ。Retweeted and liked in Twitter

映画監督豊田利晃はイメージとしては破滅型天才の感じがあるが、だから映画はいつもスリリングだ。松田龍平も藤原竜也も永山絢斗も豊田演出だといつも抜群に魅力的だ。或る意味で三池崇史と豊田利晃が彼等より若い白石和彌、熊切和嘉、呉美保等世代の監督達をインスパイアし続けてきた。Retweeted and liked in Twitter

『泣き虫ショッタンの奇跡』はいい映画だ。松田龍平の瀬川五段役にまず称賛の言葉をあげ、第二にRadwimpsの野田洋次郎の存在感が素晴らしい。他にヴェテラン、國村隼、イッセー尾形、小林薫、松たか子、美保純、三浦誠己、桂三度、山本亮、妻夫木聡、大西信満、早乙女太一等全員いい。

藤原竜也も綾野剛も蜷川幸雄の洗礼を受けている。だから語り方の演劇新劇調から自由になれない。ムロツヨシもそうだし、瑛太もそうだ。山田孝之が中では演劇だけでない映画やテレビにも順応できる演技だ。映画だけでのカリスマ性から言えば浅野や染谷、新井浩文だろうが、佐藤健はどれとも違う。Liked in Twitter

役者には色々タイプがある。映画でこそ魅力を発揮するタイプが浅野忠信、染谷将太だが、彼等は主演が特にいい(けど、今後は助演や脇もやるだろう)。でも妻夫木聡、浅利陽介、佐藤健は映画もいいが、ドラマも(その気になればかなり舞台も)巧いだろう。演技という意味でかなりのレヴェルにある。Liked in Twitter

綾瀬はるかはモデル時代にかなり早々と処女を捨て、以後全く男との付き合いを絶ってきた松島菜々子タイプなのか、はたまた処女なのか、それは知らないし、どうでもいい。だが彼女が現在日本を代表するトップ女優である事だけは間違いない。竹内結子も吉田羊もいいけど、綾瀬は確かにいい。

確かにTBS『義母と娘のブルース』が高視聴率な事は理解できる。とりわけ主演の綾瀬はるかの堅物的知的女性の母性と竹野内豊の前半の娘の為に綾瀬の愛に託す死ぬ夫、後半の佐藤健の義母綾瀬と娘を守ろうとする男気は凄く感動的だ。そして佐藤健時代はかなり長く続くと思わせる。3liked in Twitter


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