〇中国がアジアでは圧倒的に思想的にもリードしていく時代は近い。自分達だけで考えているからだ。中国共産党一党独裁体制・全人代構造も、或る時期大きく変革していく可能性は高い。台湾と香港が重要な役割を担うだろうし、新疆ウィグル等も大きな役割を担うだろう。北朝鮮はその時中国に呑まれるかも。 Retweeted in Twitter

〇日本人の表情をじっと電車の中で見ているが、本当に自分達だけで考えた通りに社会や国家を動かした経験がなく(事実日本を文明化させたものは中国、アメリカ発のものが圧倒的に多い。神道さえ道教の模倣だ)、借り物だけで済ませて金だけ裕福になった民族固有の虚ろさ、空しさだけが漂っている。

〇日本では自分自身だけにとって大切な価値は一切認められない。だが大半の外国では(欧米もだし、タイでもマレーシアでもインドネシアでも韓国でもヴェトナムでもフィリピンでも何処でも)自分にとってだけ大切な何かだけお互いに尊重する。そういうものは日本でだけは自分勝手な事になる。珍しい国だ。Liked in Twitter

〇かなり以前からずっと思ってきたが、評論でも哲学でも日本人の書くものはやはり海外のものより余り面白くない。何故だろうと考えてきた結果一つの結論に到達した。それは個と内的な対話が日本にはないからだ。日本人とは世界でも稀な人間同士だけの絆社会なのだ。それはだが日本でだけ通用するのだ。2retweeted and 11liked in Twitter

〇個人主義というものが全く成立していないという意味で日本は戦時中の隣組心理でバケツリレーしていた時とメンタリティはそう変わらない侭ではないか?戦後72年の間に何か進化したことがあったろうか?どこかの民族が多数侵略し占拠すれば面白いだろうし、そうなっても自分だけサヴァイヴァルする自信はある。 Liked in Twitter

〇兎に角自分はどうも一般的に人へ親切な人が全般的に全員嫌いだ。親切というものが日本では重苦しい。何もかもセッティングされ過ぎていて、何の感動もない。だから技術的には日本映画は高度だが、描かれる人間が形式的過ぎるし、ヒューマニズムを感じ取れない。ドラマも韓国の方がずっと面白い。 Liked in Twitter

〇大学時代の学友で親しくしてきた人は一人も居ないし、当時親しかった人と再度交流したいとも思わないし、当時の知人の消息もできるなら生涯知らずに居たい。親しい人は一人20年程交友した友人以外全員ここ1,2年の間に知遇を得た人だけだ。それで良かった。詰まらぬ大人になっているに違いないから。

〇趣味の世界で世話好きな人は本業が優れている人は少ないのではないか?つまり社会で自己能力を発揮できないから、余暇での過ごし方に於いてだけお山の大将で居ることに満足しているという訳だ。夫婦仲とかも余り良くなく、妻や夫からも信用されていず、子供からも尊敬されていないのだろう。

〇人と話していて、自分しか信用しない人の話し方は直ぐ分かる。人をまず上下関係でしか見られない人だ。相手が自分より上か下かだけで判断する。対等に扱うならいずれかの選択をそもそもする筈がない。学者でも作家でも芸術家でもそういう人は少なくない。彼等には中世徒弟制度的社会が理想なのだ。

〇誰でもいいが一言だけ話せば、その人が自分の頭だけで考える習慣の人とそうでない人かが直ぐ分かる秘訣をお教えしよう。後者の人とは、まず自分で判断しようとする全てへ教え諭す態度を即座に取る人なのだ。それは話し方から何から何まで、~は~だと決まっているという態度で臨む。これは確かだ。

〇国民の全ての行動や思考自体が、粗方こうするだろうとか、こう考えているだろうと容易に想像がついてしまう。一体どうなるのか全く分からないということが極めて少ない。全てが相場的に展開し、処理されている感じだ。前例踏襲だけが幅を利かせている感じもする。意外な展開を見る日が来るだろうか?

〇尊敬、親切、そういった全ては人へ絶対強制できない。それが本来の在り方だ。だがそういうものこそ強制できると考える人が圧倒的に日本は多い。だから本質的に自由な発想も殆ど無ければ、自由にする様に小さな頭を必死に回転させて考えるという習慣も身に着いていない。国全体がそういう感じだ。

〇何とか自給自足できるなら、人が少ない所に住むのが理想だ。荒涼とした大地のどこかシェルター的場所でもいいし、山奥に庵を構えるのもいい。要するに都会というものに率直飽き飽きしてきている。郊外も面白くない。自然だけが生き生きとしている場所がいい。生活していけるなら、それが理想だ。

〇人の身になって考えられないことはいけないことだ、と真剣に教育しているのは日本だけではないか?人の身にはなれない、だから交渉や論議が必要だと考える国の方が多いだろう。人への配慮が日本では固有だと、来日する外国人だけでなく、日本人でもそう思う人は多くなっているとは言えないだろうか?

〇世界とは(宇宙とはと言ってもいいが)本当に誰もが知りたい事は全く何も解明できない(例えば神が居るかとか、自分の妻や夫が本当は何を考えているかとかを解明できない)様に成立している。つまりさして知った処でどうにもならない事ばかりが多く分かるという仕組みにだけなっているとしか思えない。

〇安倍総理への国民の不信は高まっている。端緒となったのは国会答弁での野党議員への対応の仕方とあの応援演説でのあの人達という侮蔑的発言だ。支持率回復はかなり難しいかも知れない。総理が短気で非理性的という印象が定着してしまっているからだ。と言って代わり得る人は?同じ繰り返しという気も。

〇人から教わった通りに全てすべきだと考えている人がまずかなり居る。その人というのも親なら未だ分かるが(最終的には当然親も相対化すべきだが)、そうでない人が多い。権威とかそういう事だけが指針なのだろう。自分の頭で考えることがない人が圧倒的に多い。危機感もなければ創意工夫もない訳だ。Retweeted and liked in Twitter

〇半世紀以上の時間の中で率直尊敬でき、言うことが尤もと思える年配者には一人も出会わなかった。そう多く居るとは思わぬが、中にはそういう凄い方もおられるのだろう。だが総じて自分より若い人の言い分に分があると思ってきたし、今もそうだ。日本の大人は魅力がない。青年はそうでなく生きて欲しい。

〇中島義道はヒトラーが好きだ。ヒトラーの青春期に就いての著作も書いている。要するに彼は訳知り顔の大人が嫌いだから、そういう人を纏めて世界から抹殺しようとしたヒトラーが好きなのだろう。分かる部分はあるが、抹殺することを決定する権利を持つ人は世界に一人も居ない。ヒトラーはそれを犯したのだ。


〇訳知り顔の人は確かに居る。その人と話しているとまるで自分が何も知らない様に思わせる人は時々居る。だがよく観察していると、そういう態度を人に取れる人が一番何も知らない。全く何も知らない愚者だからこそ、人に誰にでも知らない事があるのに、そんな事も知らないのかと容易に教え諭せるのだ。


〇どんな生き方をしていても、生涯深く関わる人は限られている。最終的に生涯関わらないで済ます方がずっといい人達もかなり大勢居るという意味で全ての人間は平等である。だが最も近づくべきでない人とは、こういう人達とは関わるべきでないとアドヴァイスする人である。こういう人が最も信用出来ない。


〇どんなことでもそうだと決まっているとしか考えていない人が最も自分には合わないし、そういう人は全員世界から消えて無くなって欲しいとさえ思う。それは教条的な考えだけで生きていける人達である。かなり多い。だから結局話せる人とは常に限られるし、それでいい。そうでない人に不気味さを感じる。

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〇今着々とこの国で教条的人間が跋扈し始めている。安倍総理の街頭演説で安倍やめろコールしていた人の中にも、その本意も思想も理解できる人も居るだろうが、かなり危険で率直抹殺された方がずっと世界の為にもなると言っていい人も混じっていただろう。それは政府もどの官庁(宮内庁を含む)も同じだ。


〇先日数十年ぶりに人からアドヴァイスされた。これは一つの驚きだった。人にアドヴァイスすることは一切ないし、人からも一切されたくない。第一国家という語彙も反吐ができるくらい嫌いだ。何故他人と家族の様な意識を共有しなければいけないかが理解できない。と言って全人類にアドヴァイスしたい。

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