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I'll Be There

with L.O.V.E. 愛だよ 愛!

未出のインクロ映像

 自称 ”MJの彼女だった ” シャナ・マンガタルさんが

「In The Closet」撮影時の秘蔵映像をUpしてきました


・・・いろいろと言いたいことはあるんですが…置いといて

マイケルのキュートな姿をありがた~く 拝見させていただきましょう~~



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Valerie Carter 亡くなる

    ヴァレリー・カーター( Valerie Carter )が2017年3月3日頃亡くなったと
トトのスティーヴ・ルカサーらが明かしているそうです。
ここ数年、体調を崩していたとのこと詳細は不明。
64歳。 sourcegoo.gl/sIq3o7 
シンガー、ソングライター 77年「ウー・チャイルド」などのヒットがあります

まだ若いのに・・・   ご冥福を祈ります
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この Ooh Child って曲が大好きで・・・・どうぞ聴いてみてください

Valerie Carter - Ooh Child


オリジナルはこちら
The Five Stairsteps - O-o-h Child



聴いたことあるでしょう?
そう The Jackson5 も カバーしているんですよね
ジャーメインのボーカルなのですが・・・ Youtubeにない(泣)


こちらのサイトでも過去にこんな記事で載せていますが・・・
Ooh Child ♪


She's Out Of My Life (Melodic Session #1 )

  Demoか? リミックスか?

いずれにしても いい感じの音源が出てまいりました~


She's Out Of My Life [Melodic Session #1 Full]



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パリス またファッション雑誌の表紙に

先日RollingStone誌の表紙を飾ったパリス・ジャクソンが
またまた ファッション雑誌の表紙を飾っています
「CR Fashion Book Issue 10」
0222 CR Fashion Book Issue 10 Paris_Jackson0222 CR Fashion Book Issue 10 -1











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下記より 転載致します
Source: http://www.hollywood-news.jp/news/gossip/73458/ 文:馬場 かんな

歌手マイケル・ジャクソンさんの娘パリスが、ファッション誌「CR Fashion Book Issue 10」でインタビューに答えた。

先月、ファッションブランドCHANEL[シャネル]のキャンペーンの撮影をし、Foxのテレビドラマ「Star」にゲスト出演することが明らかになった18歳のパリス。そんなパリスは同誌で「Star」のクリエイターのリー・ダニエルズから曲作りについて聞かれると、「私は自分のために音楽を書くの。発散する方法として使っているわ。キャリアとしては見ていないけどね。私の家族にはたくさん素晴らしいアーティストがいるのよ。キャリアとしてやるなら、自分が音楽について感じることが変わるかもしれないわ。だから、そうなってほしくないの」と語った。また、いつ、どこで曲作りするかと聞かれて、「計画して書いてはいないの。車の中にいて、歌詞を考えて、書き出して、あとでメロディーにするわ」と答えている。

現在はモデル業に集中しているというパリス。女優業については「私はいつも演技に挑戦したいと思っていたわ。でも、たぶん2年以内にね。行動主義を本当に信じていて、もっと大きなことがしたいわ」と明かした。

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Thriller 33プラチナディスクに

RIAA(全米レコード協会)が
全米でのセールス&ストリーミングが3,300万枚(回)に達したとし
マイケル・ジャクソンのアルバム『THRILLER』を
「33×プラチナ・ディスク」と認定しました
0216 Thriller 33xプラチナディスク認定





すでに全世界では累計1億1千枚超セールスのギネス記録をもっています

0216 Bad ダイヤモンドディスク(1000万枚セールス)









また、同時に
同『BAD』も全米でのセールス&ストリーミング1千万超を記録したとし
「ダイヤモンド・ディスク」に認定しました。

source:http://www.billboard.com/articles/news/7693419/michael-jackson-thriller-highest-certified-album?utm_source=twitter&utm_source=Direct

93ビデオの完全版公開

  以前、こちらのサイトでも紹介した93年のプライベート映像
参考:93ホームビデオ
これは一部でしたが
オークションにかけられた映像の完全版がUpされています
この出展者が落札したのでしょうか

1993年9月2日 エリザベス・テイラーや3T、スタッフらと
ツアー中のホテルの滞在の様子が見られます
930902 liz-taylor_home movie- (1)930902-6







Michael Jackson rare video w/ Liz Taylor & 3T
from auction at GOTTAHAVEROCKANDROLL.COM {In Full}  



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ハーフタイムショーはGAGAたん

  今年も スーパーボウルがやってきました

試合の方もすごかったのですが・・・!! 置いといてw 
当サイトでは毎年話題はハーフタイムショーw

すぐに動画がUpされたり削除されたりの攻防ののち
やっと公式の動画が出ましたので 貼っておきます

今年はレディガガ!! 改めてヒット曲が多い彼女
圧巻のパフォーマンス そして 案に秘めた今のアメリカへのメッセージも盛りだくさん!

Lady Gaga's FULL Pepsi Zero Sugar Super Bowl LI Halftime Show


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パリスのRollingStone誌記事 (転載)

マイケルの娘パリスがRollingStone誌の表紙を飾り
ロングインタビューに答えています 
その内容が26日載っていたので転載させていただきます

0126 paris-jackson-rolling-stone-cover0126 Rollingstone-1-1










マイケルの娘、パリス・ジャクソンが沈黙を破る:父の死、自殺未遂などを初告白

ローリングストーン日本版 1/26(木) 13:45配信

父・マイケル・ジャクソンが永遠の眠りについてから8年、成人した一人娘が沈黙を破る。パリス・ジャクソンが、父の死、そして薬物中毒と心の傷からの回復について初めて明かす。

パリス・マイケル・キャサリン・ジャクソンは、ある有名な遺体を見つめている。そして「あれはマリリン・モンローね」と、壁にかけられた惨い解剖写真を前に囁く。「あっちはJFKだわ。ネットでもこんな写真見つけられない」。11月下旬のある木曜日の午後、パリスはハリウッド・ブールバードに建つホルムアルデヒド臭漂う小迷宮『ミュージアム・オブ・デス』を訪れていた。頭蓋骨を切り開いた写真やスナップフィルム、殺人鬼ゆかりの品などを展示するこのミュージアムでは、来館者が気絶したり嘔吐したりするのはよくあることだ。しかしティーンエイジ前半にゴスとエモに夢中だった部分が抜けきっていないパリスにとっては、展示品の数々はどうやらクセになる類のもののようだ。なにしろ彼女にとってこれが9回目の来館である。「素晴らしいわ」、コースの終わりに近づいたころ、彼女はそう言った。「本物の電気椅子と本物の頭まであるんだもの!」。

パリス・ジャクソンは2016年4月に18歳になった。大人びた面を見せるときもあれば子どもっぽい面を見せることもある彼女だが、人生において大きな浮き沈みを経験してきた。彼女のヒッピーとパンクのミックス・ファッション(今日はタイダイ染めのボタンダウンにジェギンス、ハイカットのコンバースを合わせている)、そしてボーダレスな音楽のテイスト(彼女の今日のスニーカーはモトリー・クルー、アークティック・モンキーズ、アリス・クーパー ー彼女は特に彼の大ファンであるー そしてシンガー・ソングライターのブッチ・ウォーカーの曲の歌詞を入れてリメイクしてある。ちなみに彼女はニルヴァーナやジャスティン・ビーバーも大好きだ)は、まさに彼女が21世紀の申し子であることを物語っている。しかしながら、それ以上に、彼女はあの父親の娘なのである。「性格的には、彼女はほとんど父親そのものだよ」と彼女の兄プリンス・マイケル・ジャクソンは語る。「違うことといえば年齢と性別くらいのものさ。彼女の長所も、そして短所もすべて父親譲りだ。とても情熱的なところ、そして判断を曇らせるほどに感情的になりすぎてしまうところも」。そう彼はパリスとマイケルの共通点を説明した。

パリスは驚くべきペースでタトゥーを入れている。未成年時には数個だったのが、今ではその数50個以上である。そしてそのうち9個は、彼女が11歳の時に他界したマイケル・ジャクソンに捧げるものだ。あの時から彼女とその弟のブランケットは、かつての守られた美しい小さな世界から連れ出されることになった。「"時が癒してくれる"とよく言うけれど」と彼女は語る。「でもそんなことはない。ただ慣れていくだけ。"オーケー、たしかに私は大切だった唯一のものを失った"と割り切って生きているだけなの。そうすれば、これから起こるどんなに悪い出来事も、それほど悪くないと思って前向きに対処できるから」。マイケルは今でも彼女の夢に現れるのだそうだ。「いつも父が私と一緒にいると感じる」と彼女は語った。

自分をピーターパンだと捉えていたマイケルは、よく娘をティンカーベルと呼んでいた。彼女の鎖骨付近には"FAITH, TRUST AND PIXIE DUST"(信じる心と妖精の粉があれば)というタトゥーが刻まれている。また前腕には父のアルバム『デンジャラス』のカバーアートからの絵が、手には『バッド』のロゴが、そして左手首の内側には父の手書きの手紙からとった"QUEEN OF MY HEART"の文字がそれぞれ刻まれている。「父の存在は私にとって喜び以外のなにものでもなかった」と彼女は語る。「その喜びをいつでも思い出せるようにしておくのに理由なんて要らないわ」。

パリスは自身を"精神麻痺"だと説明する。

またジョン・レノン、デヴィッド・ボウイ、そして父のライバルでもあったプリンスへの敬意を示すタトゥーや、ヴァン・ヘイレンのタトゥーも刻まれている。そして唇の内側には"MÖTLEY"の文字が入っている(そしてボーイフレンドの唇の同じ位置には"CRÜE"と刻まれている)。右の手首には、マイケルがアフリカで購入した翡翠つきのブレスレットを着けていた。彼が亡くなったときに着けていたもので、彼女の世話を担当していた使用人が彼女のために取っておいてくれたそうだ。「まだ父の残り香がするの」とパリスは語った。
160416ZVVV 755











 彼女はまったくひるむことなく、その青緑の大きな目でミュージアムの展示品を見つめていた。しかしペットの剥製の展示スペースに来ると、様子が変わった。「この部屋はあまり好きじゃないの」と彼女は鼻にしわを寄せながら言った

「動物はダメなの。他とは違うのよ。心が折れる」。彼女は最近、異常興奮状態にあったピットブルの混血犬"コア"を救ったことがあった。家には父が連れてきた人懐っこいラブラドールの"ケニア"がいたが、コアとは仲が悪かった。

パリスは自身を"精神麻痺"だと説明する。人間の死にまつわる品々をまざまざと目の当たりにしても、それは変わらないのだ。2013年6月、うつ状態にあり薬物中毒でもあった当時15歳の彼女は、手首を切り、20錠のモートリン(解熱鎮痛剤)を飲んで自殺を図った。「自己嫌悪に陥っていた。自分を大切に思えず、何もできないように思えて、生きている価値なんてないと感じたの」と彼女は語った。彼女にはもともと自傷癖があり、しばしば自らの体を切りつけていたが、家族にはなんとか隠していた。タトゥーが今ではその傷と薬物使用の痕跡を覆っている。また彼女は「たまたま、あの1回が公になっただけ」と言って、それ以前に自殺未遂を複数回していたことも、話題にはとても釣合わない笑顔で明かした。治療を受けた病院には"3ストライク・ルール"があり、もし彼女がもう一度自殺を図り病院へ戻ってきて、その後も同じことが再び起こったなら、彼女は収容療法プログラムに参加しなければならないことになっていた。

父の死以前には自宅学習だったパリスだが、その後は私立学校に7年生から編入することになった。しかし彼女はまったく馴染むことができず、自分を受け入れてくれた友人とだけつるむようになった。「上級生たちがいろいろなクレイジーなことをやってたわ」と彼女は語る。「早く大人になろうとしすぎて、13、14、15歳の子どもがやってはいけないことをいろいろやってた。いい人間ではなかったわ」。また彼女はネットいじめにも遭い、ネット上での書き込みで受けた心の傷に今も苦しんでいる。「言論の自由には大賛成。でも、アメリカ建国の父たちが権利章典を憲法に加えていた時代には、ソーシャルメディアの存在は予測できなかったのよね」と彼女は語った。

彼女がこれまで決して公にしなかったトラウマがもうひとつある。それは彼女が14歳の時、自分よりかなり年上の"見知らぬ他人"に性的暴行を受けたことだ。「細かいことは話したくない。でも悲しい体験だったことはたしか。とても辛くて、誰にも言えなかった」と彼女は語る。

このカリスマ性に溢れ、美貌も兼ね備えた、世界で最も有名な人物の娘は、一体どのような道を選んでいくのだろうか?

彼女の最後の自殺未遂の後、彼女は10年生と11年生の前半をユタ州にある治療施設の学校で過ごした。「とても充実した時間だった。私はあの時とはまったくの別人だわ」と彼女は語る。そして、控えめに笑いながら「クレイジーだったのよ。実際、私は狂っていたの。ティーンエイジャー特有の不安みたいなものをたくさん抱えてた。そして誰の助けも求められないまま、鬱や悩みと戦っていたの」と続けた。彼女が言うには、彼女の父も生前は鬱に苦しんでおり、彼に処方されたのと同じ抗うつ剤を処方されたという。なお、現在では精神疾患用の薬は一切服用していない。

当時の悪行で今も続いているのはメントールタバコくらいのものであり、今は人生で一番まともでハッピーな時期を過ごしているパリス。彼女は18歳の誕生日のすぐ後、それまで住んでいた祖母キャサリーンの家を出て、昔のジャクソン家の屋敷へと向かった。現在、彼女はそこでボーイフレンドのマイケル・スノディと暮らしている。スノディはStreet Drum Corpsの一員として活躍するヴァージニア州出身の26歳ドラマー。子犬のようなあどけなさの残る顔立ちだが、明るい色のモヒカンスタイルの髪型、そしてタトゥーと大きくズレ下がったズボンはいかにもバンドマンといった感じだ。「音楽を聞いているときのような感覚にしてくれる人に初めて出会ったの」とパリスは語る。出会った当初、彼の体には南部旗のタトゥーが刻まれていたため(現在は隠してある)、ジャクソン一家に彼が人種主義者なのではないかという疑念を持たれた。「でも彼を知っていくにつれて、彼が本当にクール・ガイだってわかっていったの」と彼女は語る。

パリスは2015年に高校を卒業、通常より1年早くコミュニティ・カレッジに入学したが肌に合わず、すぐに中退した。なにしろ、彼女は莫大な遺産の相続者なのである。マイケル・ジャクソンの家族信託に残された資産は推定10億ドル以上と見られており、段階的に子どもに支払われることになっている。しかし彼女は自分で稼ぎたいと思っており、また現在成人となった彼女は今、"セレブリティ"という名のもうひとつの遺産を自由に用いることができる。

このカリスマ性に溢れ、美貌も兼ね備えた、世界で最も有名な人物の娘は、一体どのような道を選んでいくのだろうか?現在においても彼女はモデル/女優として活躍中であり、その可能性は未知数である。彼女は今、あごひげを大きくたくわえた彫師の仲間に入れるほどフレンドリーな立ち位置に自分を置いているが、望むならばいつでも、そのキングの血筋をカードとして使うこともできるのだ。実際、彼女は非常にしっかりした所作を身につけており、育ちのよさが滲み出ている。映画監督/プロデューサーで、パリス・ジャクソンの女優としての資質を見出したリー・ダニエルズは、最近彼女のマネージャーと会い、自身が監督するFOXネットワークスのテレビシリーズ『スター』での彼女の役について話をした。それに彼女はいくつかの楽器を演奏でき、作曲もできる。歌もうまい(アコースティック・ギターを手に取り、私に何曲か披露してくれた。歌手としても見込みはある。ただ、スタイル的はMJよりもローラ・マーリングに近い)。しかしレコーディング・アーティストとしての道を目指すかは定かではない。

パリス・ジャクソンにとってモデル業はとりわけしっくりくるものであり、またセラピー的な意味も持つ仕事でもある。「自分を好きになれない時期が本当に、本当に長かったの」とパリスは語る。彼女は12歳の時に彼女の容姿に関するインターネット上の書き込みを初めて見た時から、父が整形手術を選択した理由を深く理解できるようになったという。「私をブスだと思っている人がたくさんいる。そう思っていない人もたくさんいる。でもモデルの仕事をしている間は自分が嫌いだったことを忘れて、カメラマンが言ってくれることに集中するの。そうすると、自分がかわいいんだって思える。そういう意味では、自己中心的な理由だけど」。

しかしそんな自己中心的な部分はむしろ稀であり、本来の彼女は父親譲りの"ヒール・ザ・ワールド"的な衝動で動くタイプの女性である(「グレート・バリア・リーフのことを本当に恐ろしく思う。だって、死んでいってるのよ。この惑星全体が。なんてかわいそうな地球なの」と彼女は語っていた)。また彼女は、名声を意義ある目的のために用いられるべき道具だと捉えている。「そういうことができる立場に生まれてきたんだもの」と彼女は語る。「それを使わないで無駄にするのか、それともより大きな名声を得てそれをもっと重要なことに使っていくのか、ということよ」。

スタジオを見ると、そこにはマイケルの好みが至る所に反映されていた。

彼女の父親もその考えには反対しないはずだ。「もし僕よりもさらに大きな名声を得たいのなら、それでもいい。もしそうじゃないなら、それでもいい。君がただ幸せであればそれでいい」。そう言うだろう。

現在、彼女はマイケルが『今夜はビート・イット』のデモを録音したプライベート・スタジオに住んでいる。ロサンゼルスのエンシノ地区にあるジャクソン家の敷地には、まずチューター調のデザインが目を引くメインの屋敷がある。1971年にジョー・ジャクソンがジャクソン5最初期の印税で購入し、80年代にマイケルによって再建されたものである。主が住んでいないこの家は、現在改築中だ。そしてそのメインの屋敷から中庭をはさんだ位置に、マイケルが建てたレンガ造りのスタジオがある。サイズはキッチンとトイレ付のまともなマンハッタンのアパートほどだ。そのスタジオを、パリスは温かなバイブスの宿る部屋にアレンジして使っている。

スタジオを見ると、そこにはマイケルの好みが至る所に反映されていた。入り口には額縁入りのディズニー・スタイルの絵が飾ってあり、そこには丘の上の城を背景にアニメ風に描かれたマイケル、そして彼の寄り添うブロンドヘアの少年が描かれている。その絵の下には"子どもたち、城、そして王"と書いてあった。中に入ると、絵が壁じゅうに描かれていた。そこにもアニメ風のマイケルの絵がコーナーに描かれており、"The Secret of Life"と書かれた本を手に、窓から花を見ている。そしてたくさん咲いている花の中心部には頬の赤い少女の顔が、やはりアニメ風に描かれている。

しかしパリスの好みは、父のそれとは幾分異なっている。トイレにはカート・コバーンの写真、壁にはスマッシング・パンプキンズのポスター、ラップトップにはアゲインスト・ミーとネバーエンディング・ストーリーのステッカー、そしてサイケデリックなペイズリー柄の壁掛けとたくさんのフェイク・キャンドルが飾ってある。アナログ・レコードの盤(アリス・クーパー、ザ・ローリング・ストーンズ)は壁飾りとして使われていた。カジュアルなカウンター・スタイルのキッチンの飾られているのは、クインシー・ジョーンズからマイケルに送られた額縁入りのプラチナ・レコードだ(「屋根裏部屋で見つけたの」とパリスは肩をすくめて言っていた)。

隣接のガレージの上はミニ・ミュージアムになっている。これはマイケルから家族へのサプライズ・ギフトであり、壁そして天井いっぱいに家族史を記録した写真が飾られている。ここではかつてマイケルがダンス・ムーヴを練習していた。今ではパリスのボーイフレンドのドラムキットがここにセットアップされている。

近くの寿司レストランに出かけながら、パリスはネバーランドでの暮らしについて語ってくれた。

近くの寿司レストランに出かけながら、パリスはネバーランドでの暮らしについて語ってくれた。彼女は7歳まであのアミューズメントパークと動物園、そして映画館つきの広大な夢の国に住んでいた("子どもの時にできなかったことのすべて"とマイケルはこの場所を呼んでいた)。当時は、彼女はまだ自分の父がスーパースターであることはおろか、父の名前がマイケルだったことすら知らなかった。「父の名前はただ"パパ"だと思っていたわ」と彼女は語る。「彼が誰であるか、本当に知らなかった。でも父は、私の世界そのものだった。そして私たちも、父にとって世界そのものだったのよ」(ちなみに彼女は、ヴィゴ・モーテンセンが子どもたちのために理想の隠れ家を作ろうとする風変わりな父親を演じた2016年米公開の『はじまりへの旅』を"今までで最高の映画"だと言っていた)。

「いつでも好きなときにドライブに行ける、というような環境ではなかったわ」とエンシノの屋敷近くの暗い道端を歩きながら彼女は回想する。彼女は歩道と車線の間に引かれた境界線に沿って歩くのが好きなため、車が彼女のすぐ横を通り抜けていく。ボーイフレンドはそのことにいつもイライラするというし、私にとっても気分のいいものではない。「けっこう普通の生活を送ってたんだから。毎日学校に行って、よい子にしてなくちゃいけなかったし。もしよい子でいられたら、2週間に1度とかそのくらい、映画館とか動物園とか、好きなところに連れて行ってもらえた。でももしよい子にしていなかったら、どこにも行けないの」。

2011年に出版された回顧録で、マイケルの兄ジャーメインはマイケルについて「父親とはどうあるべきかということの模範だった。彼は私たちの母親が注いでくれた愛を心に刻み込み、そして私たちの父親が与えることのできなかった(それは彼自身の責任ではないが)父親としての愛を、子どもたちに与えていた。マイケルは父と母のそれぞれの役割を一人でできるような存在だった」と書いている。

マイケルは子どもたちに普通の学校に行く選択肢も与えていた。自宅学習を選んだのは子どもたち自身だ。「家にいると時々ね、私が誰よりも愛している父が勉強中に入ってきて、"いいよ、もう今日は勉強は終わりだ"と言って、それから私たちは父と遊ぶの。私たちは"友だちなんかいらない。パパがいて、ディズニー・チャンネルがあるんだもの!"と思ってた。彼女自身も、その点について「すごく変な子どもよね」と自覚していた。

彼女がソウルフードの作り方を学ぶとき、そこにいたのはほとんど場合父だった。「父は素晴らしいコックだったの。父のフライドチキンは世界一よ。あと、さつまいもパイの作り方を教えてくれたわ」。キャサリーンおばあさんの感謝祭のために4つのパイを焼き、傍らでガンボも作りながらパリスはそう言った。ちなみにこの感謝祭はキャサリーンのエホバの証人の信仰のため、実際には感謝祭の日の前日に行われた。

マイケルは自分が受け入れられるジャンルである限り、パリスをあらゆる音楽に触れさせた。「父がヴァン・ヘイレンと仕事をしていたから、私もヴァン・ヘイレンにハマった」と彼女は語る。「父がスラッシュと仕事をしたら、ガンズ・アンド・ローゼズを聞いた。チャイコフスキー、ドビュッシー、アース・ウィンド・アンド・ファイアー、ザ・テンプテーションズ、2パック、ランDMCも父が教えてくれたの」。

多くの人が自分の血統について疑っていることもパリスとプリンスはわかっていた。

マイケルは広い心を持つよう、パリスにいつも言い聞かせていたという。「何事にもオープンな環境で私を育ててくれたの」と彼女は語る。「私が8歳の時、雑誌の表紙の女性がものすごく好きだったの。恋に落ちたという感じで。でもそんなときも、多くの同性愛を嫌う両親のように怒鳴ったりはせず、いたずらっぽく"なに?ガールフレンドができたのかい?"と言ってくれたの」。

「彼が最も重要視していたことは、教育だった。私たちを愛すること以外ではね」とパリスは語る。「しかも父は"父なるコロンバスがこの地にやって来た!"という感じじゃなく、"コロンバスは原住民を虐殺したクソ野郎だった"って感じだったの」。本当にそんな言い方をしたのか?と訊くと、「そういう言葉使いはよくしていたわ。海兵隊ぐらい汚いわよ」。しかしその一方で、彼は"とてもシャイであった"とも彼女は語った。

多くの人が自分の血統について疑っていることもパリスとプリンスはわかっていた(末っ子のブランケットは色黒だったため、それほど疑われることはなかった)。パリスの母親は、マイケルの皮膚科医だった故アーノルド・クラインのもとで働いていた看護婦のデビー・ロウだ。2人の3年にわたる結婚生活はなんとも型破りなものであった。ロウが明かしたように、彼らは同居していなかったのである。またマイケルは、ロウが子どもをマイケルへの"プレゼント"として授かりたいと思っていたと言っていた(パリスの名前は、授かった場所の名前からとったとロウは言っている)。パリスの血のつながる父親だと疑われていた人物は何人かいた。ロウの雇用主であったクラインもそうだし、1968年の映画『オリバー!』でタイトル・ロールを演じたマーク・レスターもそうだった。

小エビとサーモン・ロールを食べながら、パリスは1回しか話さないという条件で、この話題に触れることを許してくれた。彼女は、マイケル・ジャクソンが父親であろうが、あるいはたとえそうでなかろうが、そのことは自分に関係がないことをはっきりと論理的な答えで示すこともできた。実際、"パリスよりも客観的な人間"と自分を形容する兄プリンスはそのようにしている。彼はこう言うのだ。「誰かがそのことについて質問してくるときは、"それで、何なの?"と訊き返す。"わかったところでどうなの?"とね。自分の人生と関わりのない人に対しては特にそう。たとえ彼が父でないとしても、そのことであなたの人生に何か影響が?私の人生には、まったくない」。

パリスは、マイケル・ジャクソンが自分と血のつながった父親だと確信している。彼女はそのことを熱く信じており、その熱は筆者である私の心を動かし、そして説得力を持って迫るものだった。「マイケルは私の父よ」パリスは鋭い目つきで語った。「これからもずっと、私の父親。そうでなかったことは決してないし、そうでなくなることも絶対にない。彼をよく知る人たちは、私が彼から受け継いだものを持っていると言うわ。それは少し怖くもあるけど」。

「私は自分を黒人だと思ってる」。そう彼女は語り、そして「ある時、父は私の目を見て、そして私を指差して"君は黒人なんだ。自分のルーツに誇りを持ちなさい"って言ったの。だから私は"父がそう言うんだもの。父が嘘をつく理由なんてない"と思ってる。私はただ父に言われたことを信じているの。なぜなら私の知る限り、父が私に嘘をついたことなんてないから」。

「私のことを知らない人のほとんどは私が白人だと思うわ。色白だし、金髪にしているから特にそうね。フィンランドとかで生まれたように見えるかも」とパリスは認める。そして彼女は人種ミックスの子どもが自分のような容姿の特徴を持つことは別段珍しいことではないと指摘する。実際、彼女の肌のトーンと目の色は、黒人の父と白人の母を持つテレビ俳優のウェントワース・ミラーのものと極めて似ている。

最初、パリスとロウの間には交流がなかった。「私が本当に小さい時には、私の中に母は存在していなかったの」とパリスは回想する。しばらくして、彼女は"男性は子どもが産めない"ということに気づく。そして彼女が10歳くらいの時、プリンスに「私たちにはお母さんがいるはずだよね?」と訊いたという。そして父親に尋ねてみた。「すると父は"そうさ"という感じで、私が"名前は?"と訊くと、父は"デビー"と答えた。私は"そっか。うん、名前はわかった"って感じだった」。父の死後、彼女はインターネットで母親について調べはじめ、13歳の時に実際に会っている。

世間が見ている父の姿が、自分が見ているものとは違うことにパリス・ジャクソンが気づいたのは、彼女が9歳くらいのときだった。

ユタの施設での治療をきっかけに、パリスはまたロウに連絡してみることにした。「パリスには母親的な存在が必要だった」とプリンスは語る(プリンス自身のロウとの関係 ーあるいは関係のなさー についてのコメントを拒否している)。しかし「母親的な存在ならたくさんいるわ」とパリスは祖母や自分の養育を担当したジャクソン家の使用人などを挙げて反論する。「母が私の視野に入ってきた時、それは"ママ"としてではなかった。むしろ、大人どうしの関係だったわ」。パリスは乳がんの化学治療をやり通した母親の中に、自分が受け継いだものを見たという。「彼女も私も、とても頑固者なのよ」(パリスのマネージャーはロウへの取材を取り付けることを拒否し、ロウ本人にも取材を申し込んだが返答がなかった)。

パリスはマイケルがロウのことをどう思っていたかについては確信がない。ただロウのほうはマイケルを「深く愛していた」と語った。そして、マイケルはリサ・マリー・プレスリーを確かに愛していたとも語った。「『ユー・アー・ノット・アローン』のミュージックビデオで彼女を見る父は、完全に彼女に目を奪われていたもの」とパリスは大きく笑いながら語った。パリスが生まれる2年前にマイケルとプレスリーは離婚している。


パリスと、彼女の母親のデビー・ロウ。ロウは乳がんと戦っている(2013年)。パリスはマイケルが死亡するまでロウにあったことがなかった(Blue Wasp/Splash News)

世間が見ている父の姿が、自分が見ているものとは違うことにパリス・ジャクソンが気づいたのは、彼女が9歳くらいのときだった。「夜に父が私のところに来て涙を見せるの」、12月中旬にニューヨークのコーヒーショップで小さなスプーンをその手に持ちながら彼女は語り始める。そして、涙が彼女の目に浮かんできた。「想像してみてよ。両親が、実際にしていないことで世界から憎まれている悲しみで泣いているのよ。私は悲しくて、父にこんなことをする世界を憎み始めたわ。あの父の姿は、私にそうさせるのに十分だった。"どうしてみんなそんなに意地悪なの?"と思って...」と語り、そして言葉を詰まらせた。「すみません、感情的になってしまって」。

パリスとプリンスは、彼らの父親が受けた複数回にわたる子どもへの性的虐待疑惑が、事実無根であることを一切の疑いなく信じている。そして彼らは本当のマイケルを知る人物でもある。もう一度言うが、彼らの主張には非常に説得力がある。もし彼らが世界中の一人ひとりとこのことについて話すことができたなら、世界のマイケルへの見方は変わるはずだ。「寝る前に私たちに『A Light in the Attic』を読んでくれた父を知るのは、父の子どもである私たちだけなの」とパリスは語る。「他の誰も、父親としての彼を知る者はいない。もし仮に人々がその姿を知ったなら、父への見方は完全に、そして永遠に変わるわ」。マイケルが9歳のあなたに言ったことはとても重かっただろう、と私が言葉を選びながら彼女に尋ねると、「彼がひどいことをしたということではないの」と彼女は答えた。「子どもには最善のものを与えようとするでしょう。でも、この醜い世界で生きていく準備もさせなければいけないの」。

2005年、性的虐待をめぐる裁判でマイケルは最終的に無罪となったが、彼の社会的評価は傷つき、それは家庭生活にも影響することとなった。そして彼は、ネバーランドを永遠に去ることを決めた。マイケル一家はその後4年間をかけて世界を旅し、特にアイルランドの田舎町や、バーレーン、ラスヴェガスで長い時間を過ごした。パリスは家が恋しいとは思わなかった。むしろ楽しかった。父がいる場所、そこが家なのだから。

パリスは、予定されていたTHIS IS IT公演のプロモーターであったAEGライブに対し、拭いきれない嫌悪感を抱いている。

2009年からロンドンのO2アリーナで行われる予定だったカムバック公演に向けて、マイケルは準備を進めていた。「父は興奮した様子で私たちにそのことを語っていたわ」とパリスは回想する。「"そうさ、ロンドンで1年間ライブをやるんだ!"という感じだった。私たちもすごく嬉しかった。ロンドンで住む家だってもう用意してあったのよ」。しかしリハーサルが始まると、マイケルはひどく疲れていた様子だったという。「"昼寝をしたら?"と父に言ったわ」とパリスは語る。「疲れているように見えたから。私たちが学校にいると...つまり自宅1階のリビングルームだけれど、天井から埃が落ちてきて、床を鳴らす音が聞こえてくる。2階で父が練習をしていたの」と彼女は当時を思い出して語った。

パリスは、予定されていたTHIS IS IT公演のプロモーターであったAEGライブに対し、拭いきれない嫌悪感を抱いている。マイケルの死をめぐる不法死亡訴訟で陪審は"マイケル死亡の責任はマイケル本人にある"とするAEGの主張を認め、マイケルの遺族は敗訴した。「AEGライブのパフォーマーの扱いはおかしい」と彼女は主張する。「健康管理をろくにせず、死ぬまで働かせるのよ」(AEGの広報はこの発言に対するコメントを拒否している)。また彼女は、最近のジャスティン・ビーバーのツアーを見て「怖くなった」と語っている。「彼は疲れていて、パフォーマンスに熱が入っていないように見えた。チケットを見ると、AEGの名前が入っていた。そこで、父がいつも疲れていたのに寝ることができなかったことを思い出したの」。

またパリスは、マイケルに対する過失致死罪で有罪判決を受けたコンラッド・マレー医師にも非難の目を向ける。麻酔薬であるプロポフォールの投与に過度に頼った彼の処置がマイケルの死を招いたからだ。皮肉を込めた仕草をしながら彼を"ドクター"と呼ぶ彼女は、父の死について深い疑念を抱いていると語った。「父は自分を殺そうとしている人たちについて匂わせていたわ。ある時には"いつか彼らに殺される"と言っていたわ」(マイケルの元妻リサ・マリー・プレスリーも、同様の会話を彼と交わしたとオプラ・ウィンフリ(米人気番組の司会者)に語っている。マイケルは自身の所有する数億ドル相当のソニーATVミュージックパブリッシングの版権の半分を手に入れようとしている集団がおり、彼らが自分を狙っていると恐れていたという)。

父は殺されたのだ――パリスはそう確信している。「もちろんそうよ」と彼女は言う。「そんなの目に見えているじゃない。全ての出来事がそのことを物語ってる。こう言うとくだらない陰謀説やトンデモ論に聞こえるかもしれないけど、本当のファンや家族ならみんな知ってる。ハメられたのよ。最悪ね」。

しかし、誰がマイケル・ジャクソンの死を望んでいたのだろうか?この問いに対してパリスは数秒の沈黙をした後(おそらく特定の人物を挙げようとしたのだろう)、ただ「多くの人たち」とだけ答えた。パリスは復讐を、少なくとも公正な裁きを望んでいる。「当然よ」と、目を光らせながら彼女は言った。「絶対にそうする。でもこれはチェスのように戦略的に動かなければならないことなの。そして私は正しい手を打っていこうとしている。今言えることはそれだけ」。

マイケルは公の場で子どもたちに仮面を着用させていた。

マイケルは公の場で子どもたちに仮面を着用させていた。この子どもたちを守るための行動を、最初パリスは"ばかげている"と思ったが、後になってその意図を理解した。そしてこのことは、2009年7月7日、テレビ放映もされた父の公開追悼式で、いたいけな少女が大胆にマイクの前に立ち、「私が生まれたときから、パパは他の人が想像できないくらい最高の父親だった。そして今はただ、父を心から愛していることを伝えたい」と残したあのスピーチへとつながっていくのだ。

当時彼女は11歳だったが、自分のしていることの意味はわかっていた。「あの後、父を批判し、父の子育てを批判する人々がたくさんいることを知ったの。あの時はじめて私は公に父を弁護したわけだけど、絶対にあれを最後にはしないわ」と彼女は語る。一方プリンスにとってはあの時が、妹が「兄弟の誰よりも強い人間だった」ことを示した瞬間だった。

ミュージアム・オブ・デスを訪れた翌日、私はパリス、マイケル・スノディ、そして髪を後ろに束ねたモデル級にハンサムな31歳のマネージャー、トム・ハミルトンと共にヴェニス・ビーチに向かった。遊歩道を散歩していると、スノディが最初にロサンゼルスに移ってきた時の、ストリート・パフォーマーとして切り詰めた生活をしていた時のことを回想し「まぁ悪くなかったよ。1日平均で100ドルくらいは稼いでたよ」と私に教えてくれた。

パリスは髪にエクステンションをつけ、ポニーテールにしている。丸いレンズのサングラスをかけ、チェックのシャツとレギンスを着ている。背中にはラスタカラーのバックパックだ。今日の彼女はやや気分が沈んでいるようだ。口数が少なく、袖なしのウィリー・ネルソンTシャツを着たスノディにずっとくっついている。

我々は超現代的な家が立ち並ぶヴェニス運河へと向かうが、パリスはその場所が好きではないという。「お高くとまっていて、優しさが感じられないんだもの」とパリス。「ご飯を食べにいらっしゃい!っという感じじゃないじゃない」。その後、アヒルの群れを見つけた彼女は楽しそうにしていた。「ハロー、フレンズ!一緒に遊ぼう!」彼女はそう叫んだ。群れの中に、近くで泳ぐカップルのように見える2匹のアヒルがいた。彼女はそれを見て、ほっとした様子でスノディの手を強く握り、「ゴール」と言った。「ハッシュタグ、"ゴール"」。

彼女の気分も上がってきたところで、我々は日が沈むのを見るためにもう一度ビーチへと向かった。雄大に輝くオレンジの光を見ながら、パリスとスノディはコンクリートの防護柵の上を歩く。ほのぼのとする瞬間だった。するとそこに、ネオンカラーのジョギングウェアにひざ丈のソックスを履いた中年女性が歩いてきた。彼女はパリスとスノディににっこりと微笑みかけると、腰につけた小さなスピーカーのようなもののスイッチを押して、いかにも昔風のトランス音楽をかけ始めた。パリスは笑い、ボーイフレンドに顔を向けた。そして日が沈むと、2人はダンスを始めた。

Translation by Yu Sekine

BRIAN HIATT

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阪神大震災に寄せたMJの2曲

  阪神大震災から22年経つ今日
震災にあわれた方々に今一度思いをはせるとともに・・・

0117阪神大震災から22年




われらがマイケル・ジャクソンがJ-Friendsのために書いた2曲にも
敬意を表したい気持ちになります

思えば 日本全国の人たちにとどまらず
世界各国から支援や献金 温かい言葉が寄せられたのはこのころからでよね
世界中の方々にも感謝いたします
情報が早く伝わるようになったからもありますが
遠く離れた人でも 力になれるという意識を持つことができるようになった気がします
マイケルは ずっとずっと前から
こうした意識を持ち続けていたからこそ
いち早く行動に移すことができたんですよね
そういう意識を 私たちに教えてくれたマイケルに改めて感謝します

0117神戸三宮にあるJ-Friendsの記念碑
←これ知りませんでした
神戸にある
J-Friendsへの感謝のプレート
(写真お借りします
https://twitter.com/human_nachan



あれから日本には数々の災難がやってきました
東日本大震災や熊本・・・被害にあわれた方々お見舞い申し上げます
マイケルが生きていたなら 必ずや手を差し伸べたでしょう
微力でもマイケルの精神を少しでも受け継いで 行かなければ・・・ね!

だらだら 書くより
曲を聴きましょう

J-Friends  People Of The World


マイケルのデモ
Michael Jackson - People Of The World



第2弾の
J-Friends Children`s Holiday



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※参考:過去のJ-Friendsの記事
People of the world(MJ Demo Full)

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ジャネット 男児出産!

【1月4日 AFP】米ポップ歌手のジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)さん(50)が3日、第1子となる男児を出産した。米メディアが伝えた。

 カタール人の夫、ウィサム・アルマナ(Wissam Al Mana)との間に生まれた男児は「イーサ(Eissa)」くんと名付けられた。

 ジャクソンさんの広報担当者はピープル(People)誌に、「ジャネットはストレスなく健康に出産し、快適に休息している」と語った。(c)AFP
Source: http://www.afpbb.com/articles/-/3113020


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0103 男児イーサ出産 janet-jackson











おめでとうございます!!!!

キャサママも おめでとうのツイートしてます

名前は 一時、男児ならマイケルにすると言っていたジャネたんですが
(ミドルについているかはわかりませんが・・)
母子ともに無事ということで いーさ~ 
(こんなところでダジャレすみません!!汗)


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