凛音天昇~リンネテンショウ

日常の中で、生きていく中で、小さな「生まれ変わり」を繰り返してゆきたい。脱皮を繰り返しても、今度こそはって思っても、まだ芋虫のまんま。だけどいつかはモスラになってやる!

プロフィールや連絡先とか

葉月凛の名前は、踊り子のときしか使ってないので、そこんとこよろしく
2008年DX歌舞伎町にてデビュー、1985年2月17日生まれ 静岡出身
お裁縫が趣味、エログロサブカル大好き。
自律神経が良くなくて、よく体を壊します。昔からなので、気長に見守って下さい。
ファンレターはlovemiasama@gmail.com によろしくね。

どうしても話したい方は
090
木星は太陽から数えて何番目?
蛸の脚の数
カブトムシの脚の数+1
キリスト教の考え、○位一体
(27+9)-(12×3)
法隆寺の塔は何重?
1+2+3+4+5-14
福岡の有名なお茶は○女茶
にリンリンしてくり 非通知不可能


pure.trance-xxx5724 あっと DOCOMO でも可能ですが、携帯アドレスいがいは受信できません


ポラロイドの返却、写メで送るのも可能です
諸事情で取りにこれないかた、問い合わせて下さい
全く劇場に来ないのに、馴れ馴れしく連絡をするのはやめてね
行けないけど行きたいです。もやめてね

昨日のバタバタ花電車の話と不眠症

いやー、昨日は、わざわざ「百ねこ」を観るために来て下さったお客様方のために、あわらで初めて百ねこをやって、百ねこプレッシャーが半端なかったです。

あわらミュージックで初めてやる演目だから、前回の大阪 晃生さんと劇場の造りも違うし、投光さんの指示書も伝わるか不安だったし…最後、まだ暗転させちゃダメなとこれろで暗転され、「消さないで!」と叫びました。

挙げ句、相変わらずの不眠症でいま飲んでる薬、悪夢を見やすいらしいんです。
百ねこでめちゃくちゃ失敗する夢まで見てしまいました。

二回目のアイドルダンス&花電車では、一見さんを盛り上げなきゃ盛り上げなきゃって、それはそれでプレッシャーが酷くて。
気が休まりません。

ステージにたいするプレッシャーのせいで不眠症が酷いのかもしれません。
でも私 踊りたいんです。
それでも踊りたいんです。

さて。

笑える話。

昨日の二回目の花電車のとき、いつもの花電車の道具を入れたバッグに、タコ糸を結びつけたタンポンがない。さっきまであったのにない。

めちゃくちゃ焦って、順番を変えて先にラッパとタバコ飛ばしをして。
そこから楽屋戻ったら、樹音姐さんが

「私の机にタンポンあったよ」と。

なんと。

今週ご一緒している後輩 玉ちゃんが連れてきた犬が、私が出番の準備している間にカバンからタンポン咥えて、樹音姐さんの机に置いちゃったみたいなんです。


もしかしたら、これで激怒する踊り子さんもいるかもしれません。

でも私の性格上、そんなことはなく。
むしろ、出来事が面白すぎて。

話のネタが増えてラッキーなんてかんじです。

でわでわ。

大阪公演

晃生ショー5日間だけでしたが、ありがとうございました。

初日から、不眠症のために飲んだ睡眠薬が体に残ったまま熱海から移動して、健忘酷くて、頭が回らずステージも楽屋の挨拶も全てボロボロで。

初日のステージは本当に申し訳なかったです。

メンタルは回復しているのに、なかなか不眠症が治らず、睡眠薬が体に合ってないせいで、眠れないために量を増やすと翌日に影響が残る 

こんな人生楽しんでるのに、、、
メンタル病んでないのに、うまく寝れないです。

晃生の楽屋は、約八年ぶりのいずみちゃんと、約四年ぶりのうさぎちゃんとご一緒でした。

いずみちゃんには、過去に「姐さんは(良い意味で)変わっていて、漫画に出てきそうな人ですね」と言われてますが、更にぶっとんだ姐さんになってからの再会

うさぎちゃんには、過去に野獣先輩、じゃなくて 真夏の夜の淫夢
の演目を観てもらっています。

うさぎちゃんにも、過去に「姐さん面白すぎる」と言われて、更に今回の再会では面白がられてると思います。

とにかく楽屋が楽しすぎて!
いずみちゃん、うさぎちゃん、話聞いてくれて本当にありがとうね。

また、いずみちゃんとは上野でご一緒です。
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私の波乱万丈人生の幕開け3

さて、原因不明の体調不良が治らないどころか、それを誰に話しても理解してもらえず精神病扱いされて辛い毎日を送っていた私。

ある時、自分のことを理解して貰う人を増やしたくて、魔法のiらんどでホームページを作りました。

ホームページでの交流、楽しい。

楽しくなりすぎて、徐々に自分のエロ画像をアップするようになりました。
反応が楽しいから。

そして、 アダルトネットアイドルひなた
が爆誕しました。

この頃、私は男性恐怖症でバイセクシャルでした。

男性とコミュニケーションをとって、男性恐怖症を治したいという希望もありました。

病気発症して半年後には、男性経験全くないのに、体の症状が辛くて普通のバイトが出来ないのと、スカウトされて勢いでピンサロデビューしました。

初めての風俗、ピンサロは自分にとっては衝撃的だったけど、男性恐怖症を治せるチャンスと思ったし、お店の女の子たちとも仲良くなり、居場所になったんです。

ピンサロデビューとアダルトネットアイドル活動の二本立て
これが今の私の活動に繋がります

そもそも病気発症してなかったら、今の私はなかったかもしれません。

母とのいま

母は、凄い潔癖で、それこそ「結婚するまでキスも駄目」くらいの考えの人間です。

小さい頃から私は過保護過干渉に育てられた上、男関係にも口うるさく言われました。

大学時代の女友達と私、その女友達の友人の男子二人、計四人で飲み会するのも、反対されました。
結局内緒でやったし、全員セックスにかんしては未経験なので何もなかったですが。

大学の社交ダンスインカレサークルの練習合宿も、いい顔されませんでした。
実際、そっちも死ぬほど練習!練習!で、変なことなんて一切なかったんですが。

でね、私、潔癖症な母に、ストリップも風俗もAVもバレました。

母、凄い悩んだと思う。

けど、母は私に歩み寄ろうとして下さいます。
「色々考えたけど、AVも風俗も男性にとって必要なものかもしれない」
「ヨーロッパの性教育は日本よりずっと進んでいる」
「江戸時代の日本はもっと性にたいしておおらかだった」 
「風俗もAVも多くの人が嫌な顔をする今の日本が他国より遅れているかもしれない」等々。

潔癖すぎて、私の父親とも三回しか関係を持ってないくらいで、私はその三回で出来た子供だそうです。

妊娠してからは父親に指一本触らせていないくらいで、
そんな性にかんしてタブーという考えがある母親が、必死で必死で私を理解してくれようとしている。
現在進行形で。

私の波乱万丈人生の幕開け2

続きです。


突然、自律神経失調症になってしまった私。青春まっさかり19歳なのに、体がだるくてだるくて、常に微熱がある感じが治らない。
おかげでダンスサークルもとてもじゃないけど出来なくなって辞めたし、階段を登ることも辛くてなるべくエレベーターを使っていたし、まともに生活することすら難しくなってしまいました。

精密検査もしました。異常はない。精神科に回されうつ病だと言われる。
パキシルを処方される。
「うつ病の原因は必ずしも嫌なことが原因ではないんですよ。結婚とか引っ越しとか、環境が変わっただけでなることもあるんですよ」と言われる。

真にうけてパキシルを飲んだら副作用の離脱症状が出て怖い思いをする。

結局、独断で「私はうつ病ではない。未知のウイルスに感染したんだ」
そう思いパキシルは2週間分飲んだだけで辞めました。

しかし、その、たった2週間分のパキシル、生まれて初めての抗うつ剤のおかげで、しばらく副作用に悩まされました。

ただでさえ辛い体なのに、加えて、自分が自分でないような、「え、これ夢?現実?わからない、怖い。」
そういう思いをしてしまったのです。

さらに、まず「体の症状が辛い」が先で、そのせいで心も病んでしまって、本当にうつ病一歩手前状態になってるのに、「あなたは心の病気だ」と言われる
正直、体の辛さよりも、理解してもらえないこと、心の病気だと思われること、そっちのほうが辛かったです。

私の波乱万丈人生の幕開け

19歳の夏のことです。

その時、私は女子美術大学の2年生でした。

一年生のときは実家から杉並キャンパスに片道二時間かけて通っていました。

二年からは相模原キャンパスになったので、海老名の学生会館で初の独り暮らし。
門限23時という制限はありましたが、真面目に大学に通いながらも夕方からは社交ダンスのインカレサークルで必死にダンスを習い、サークルがないときは新宿のオカダヤ手芸店に頻繁に足を運んで布やレースを買って服を縫い、大学の図書館で服飾や美術や料理の本を読みあさり、まめに自炊をして、パンやお菓子作りにもはまり、
とにかく、人生を謳歌していました。

それはもう、文章では伝えられないくらい、凄く楽しく生きるエネルギーに満ち溢れていた、その最中のことです。

夏休みに、社交ダンスサークルで、どこか田舎に三泊四日してのレッスンがありました。

泊まって2日目の朝、唇付近に大きな水ぶくれが出来ていました。
ヘルペスなのでしょうか。
気持ち悪くて、潰してリンパ液を抜いてしまいました。

約一週間後。
過酷な泊まり込みレッスンが終わり、夏休みも終わり、大学に普通に通い始めたある日。

高熱を出し喉が腫れ、唾液を飲み込むのも辛い、そんな状態が5日ほど続きました。

そこからです。

喉は良くなり熱も下がったのに、常に熱がある感覚。
だるさ、倦怠感が常にある状態。
その状態で何年も生きていかなければならなくなったのです。

結局、20年かけて少しずつ良くなり、ここ7.8年くらいは普段は日常的には微熱感、倦怠感はほとんど感じなくなりましたが(あくまでも、ほとんどです)
年に数日、スイッチを押されたかのように、突然ガクンと酷くなることがありますね。

最近だと、今年のゴールデンウィークに熱海銀座劇場のお仕事をしていたとき。
2日目の一回目のステージを終えて休憩中、なんとなくだるくなりました。

そこから、あれよあれよと具合が悪くなり、二回目のステージからは立って踊るのが辛く、座ったり寝た状態で踊る時間を増やすしかなくなってしまいました。

全力で踊れなくて、悔しかったです。

そして、その状態が1ヶ月以上続いてしまいました。

毎年、何故か決まって4月か5月にガクンと症状が出ますが、大抵一週間くらいで治ります。

今年は、1ヶ月以上。

毎日寝たきりで必要最低限の動作しか出来なくて、もう一生治らないのか、20年前の、あの発症した時の振り出に戻ってしまったのかと絶望しました。

1ヶ月以上かけて、無事に治って良かったです。


今はコロナの後遺症で私と似た状態の人が増え、精神的な病気ではないと理解して貰いやすくなりましたが、当時は、うつ病、精神的な病気と見なされ、理解して貰えないことに苦労しました。

病気は、自分では勝手に自律神経失調症と名付けています。
風邪がきっかけで、その風邪はセブ島に定期的に通っていた父親からうつされたものでした。

なので、コロナ後遺症と似たものだと思っています。

状況を考えれば、青春真っ盛り、人生謳歌の最中。
うつ病のはずがない。

むしろ、病気になりやりたいことが思うように出来なくて、うつ病っぽくなってしまいました。

ちなみに、当時私は男性との性的接触は一切なく、キスすら経験なく、ヘルペスは粘膜接触でうつったわけではありません。


しかし、色々あって、この病気がなかったら踊り子葉月凛も、猫柳ひなたとしてのアダルト活動もしなかったわけで。

何故かは、また書きますね。

バリバリ現役の踊り子時代にやったこと

こんな踊り子いる?な話。

行く先々で釣り。

あわらでアジとキス

道後でアジとイカとクロダイと鯉とウシガエルとあと色々

道劇行く前にスカイツリー前でハゼ釣り。終演後に野川でウシガエルとスッポンとナマズ捕獲。

東寺で終演後に鴨川でスッポン、開演前に琵琶湖でギル。

晃生で手長エビ。

ミカド開演前に東京湾でサッパ釣り。

大和開演前に江ノ島で釣り。

一時期荒川ぞいに住んでいたときは、睡眠時間3.4時間で、早起きして手長エビ釣ったりバスやギル狙ったりしてからデラカブ行くとか。
いちど、アリゲーターかかったことあったなあ。
針外れちゃったけど。

とにかく、狂ったように釣りにのめり込んでいたので、眠さも疲れも気にならなかったです。

以上、こんな踊り子いる?シリーズその1でした。

画像は、道後で人生初のクロダイ。

そういや、クロダイ50センチ釣ったら踊り子辞めるとずっと思ってたら、数年後にまさかの50センチ釣れちゃたなあ、すぐには辞めなかったけど。

私を正しい人間にさせてくれてありがとう、お母さん2

本題。

何が正しい人間かというのを掘り下げると難しいから、そこは無しで。

けど、「人に迷惑をかけない」これは、最低限の条件ですよね。

今日母親と晩御飯食べていて、母親からそういう話を持ちかけられました。

「私ね、なんだか最近、人が変なところにゴミを捨てるのが目につくのよ。」

「この前も、イオンの駐車場に飲みかけのカップのドリンクが置いてあったし」

「トイレ内にゴミが放置されてるのも見たし」

立て続けに、そんな話をされました。
さらに、

「誰がそれを片付けるのよ。誰かが必ず片付けなきゃならない。捨てた人は、自分さえ良ければと思ってる。」

確かに。さすがに、それは良くないことです。

人に迷惑をかけてはいけない。ボランティアまでしなくても、最低限自分の後始末は自分でしろ。

それは、100%同意しました。
ただ、私は母親ほど出来た人間じゃない。

例えば、ファミリーマートのコンビニのゴミ箱に、セブンで買ったもののゴミを捨てる、みたいなのは、良くある。
分別はしてますよ。

母親は、そういうのも許せない人で。
人に迷惑をかけないどころか、人が良すぎて、積極的に募金や人助けをする生活で。

だから私も、少なくともゴミのポイ捨てはしないし、財布拾ったらどんなにお金が入っていても交番に届けるし、白杖をついた人がいたら困っていないか少しの時間見守る。

そういう人間に育ったのは、母親のおかげです。 母親もまた、お母さんのお母さん、ようは私のお婆ちゃんからそういう教育を受けている。
お婆ちゃん、もう亡くなっちゃったけどね。

お婆ちゃん、お母さん、ありがとう。
お母さん、産んでくれて、きちんと育ててくれてありがとう。
 
では、明日に備えて、そろそろ、寝ます。

お休みちきうに住む全ての猫科動物及びジャコウネコ亜科。

私を正しい人間にさせてくれてありがとう、お母さん。

はい、というわけで、早速復活記念記事書いてみます。

第一話は、母親の話。

えーとね、私、ちょいちょいツイッターで愚痴っていたんだけど、昔から母親からの過保護、過干渉が酷かったのよ。

子供のころはそれが普通だと思っていたけど、大人になるにつれ、それが苦痛で。
二十歳くらいかな?かなーりかなり、だいぶ遅れて反抗期も来ちゃったし、うまくいかない時期も長かったし。
昔された嫌なことを思い出して、突然悲しくて悔しくてしょうがなくなったり。

例えばね、小さい頃、「子供はきちんと寝ないと成長に良くない」という理由で、夜になると二階にある私と母親共同の部屋に上がってきて、私が寝てるかチェックする。
幼い私に狸寝入りなんて無理で、起きていたら怒られる。
この部屋には本も漫画も一切ない、ネットなんか昔だから当然ない。
夜更かしできる環境じゃない。
たまたま早く寝付けなかった、それだけで怒られる。

大人になってから、それが急にトラウマになり、今でもたまに階段を登る音がすると、心臓バクバクしてパニック一歩手間になることもあります、毎回じゃなく、ほんのたまに、ですが。


とにかく大人になるまでの私は、檻の中のハムスターでした。
籠の鳥ならまだ、目線を合わせて貰えます。
私の場合、上から覗きこまれているみたいだったから。

けど、今は許せます。

いっぱいいっぱい口論したけど、母親がいくら謝ってもあの時の恐怖感は消せないけど、今はもう、大丈夫。

ありがとう、お母さん。

では、ここから本題に入りますね。

今日お母さんが作ってくれたご飯。

あ、今は、釣りのために実家に来ています。
旦那と、他の釣り仲間は、小田原のキャンプ場に泊まってます。
 
明日こそは…マグロ…釣りたい…
ボウズは、嫌だあ!20230929_191425
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