August 28, 2006

「夏は北へ 2006」〜長野〜4

前回出撃の小海線攻略をもって山梨県が完了したことにより、首都圏の鉄道路線は、現時点で営業している旅客路線は全て完了した。
今後は、事前のプランニングが結構重要となってくる。「思い立ったらホイっ」とは気軽に行ける距離でなくなってきているからだ。

今回は、4年前の中央線攻略完了時からの懸案であった、長野県攻略へと出撃した。

朝一番の長野新幹線「あさま」で軽井沢に降り立つ。
プチブルジョワな方々は軽井沢軽井沢と騒ぐが、別に軽井沢に何があるかと言えば何があるわけでもない。一番困るのが「銀行が無い」ことだ。あーそうか。ここは「現金など必要が無い」方々のための町なのだ。越後湯沢が新潟県の僻地であるのと同様に、「長野県の僻地」だ。山深いイナカなのである。新幹線の駅と高速道路のICの開業が、この山間の僻地をリゾート地に変えた。

そして、この新幹線開業の裏でJRから切り離され、JRの幹線の一つであった信越本線から、地方の一ローカル線に成り下がってしまった鉄道が、今回の攻略対象の一つである「しなの鉄道」だ。営業開始は長野新幹線開業と同時であるにもかかわらず、駅も車両もボロいのはこのためである。
しなの鉄道の主要な駅で降りてみると目に付くのが、若い女性駅員である。しかも、美人で声も綺麗である。

前回の小海線攻略時に、小諸〜軽井沢は乗っているのだが、今回のルートの都合上、新幹線を軽井沢で降りて、軽井沢からは「しなの鉄道」で長野を目指すことにする。

上田で降りて、上田電鉄別所線に乗る。「上田電鉄」は、かつては「上田交通」だったのだが、2005年10月3日に鉄道部門を「上田電鉄」として分社化し、「上田交通」は持株会社となった。このため、案内表示も「上田交通別所線」から「上田電鉄別所線」に変更となっている。この鉄道は東急の系列会社であることから、上田駅周辺には東急の物件がチラホラ散見される。車両も、以前東急で使っていたモノを持ってきている。つり革には「ながの東急百貨店」の広告が入っている。
しかし、この路線、とにかく面白くない。魅力が全く無い。乗っていて「面白い」と思えるものが何も無いのだ。年々利用者が減っていると嘆いているようだが、抜本的な対策を施して、魅力溢れる路線にしないと、早晩廃止に追い込まれるだろう。東急の系列なのだ、出来ないはずが無い。
あまりのつまらなさに途中で寝てしまった。気づけば終点、別所温泉。これがまた温泉街の入口かと呆れるばかりのみすぼらしさ。これが「上田クオリティ」なのか。

上田に戻って、再びしなの鉄道。屋代で降りる。今度は長野電鉄屋代線に乗る。この長野電鉄は、もともと路線系統が異なっていたのだが、信州中野〜木島間の通称「木島線」の廃止により運行系統の実態に合わせた路線名称に再編された。かつては、この屋代から信州中野を経て木島に至る「河東線」が本線級の扱いだったのだが、現在では長野から信州中野を経て湯田中に至る「長野線」が本線となり、屋代〜須坂は支線「屋代線」となっている。ちなみに「河東」は千曲川の東岸を走ることから付けられている名称で、もともとは「河東鉄道」という鉄道会社であった。昔は長野電鉄オリジナルの車両が走っていたのだが、現在では首都圏で走っていた車両の中古で運用をまかなっており、オリジナル車両は長野〜湯田中を走行する特急のみである。その特急も、小田急から購入した車両(ロマンスカーHiSE)を充当する計画となっており、オリジナル車両が運用から外れるのも時間の問題となってきた。主力は営団地下鉄日比谷線で走っていた3000形で、これがよく目にする車両である。今年に入ってから東急田園都市線で走っていた8500を導入し、運用に就かせている。首都圏で使用していた車両を地方鉄道に転用する場合、原車の形状やカラーリングをとどめないまでに改造を施すものだが、この長野電鉄に転用された小田急10000形や東急8500系はほとんど原車の姿をとどめており、この2列車が並んで駅などに停車しているシーンなど、首都圏では絶対に見られなかった光景である。地方鉄道の面白さは、こういうところにもあるだろう。
屋代から須坂まで40分。片道\880。聞きしに勝る高さである。さすが「日本一高い運賃」と言われているだけのことはある。
ここで、湯田中に向かうか長野に向かうか悩んだのだが、他路線の攻略状況も勘案して、無駄な行路とはなるが、一旦屋代に引き返すことにした。

屋代に戻って、再びしなの鉄道。篠ノ井まで乗って、しなの鉄道は攻略が完了した。ここからは、正規の信越本線となる。

長野からは長野電鉄で湯田中まで、ちょうどいい列車が無かったため、1時間ほど長野市街地をブラブラして時間を待つ。

長野電鉄の長野駅は、ながの東急百貨店脇を通っている道路の地下にある。駅のカラーリングや照明の少なさもあって、なんとなく薄暗い感じを受ける。地下に駅がある地方鉄道は、他にはあまり例が無いため(神戸高速鉄道くらいか?)比較のしようがないのだが、毎日、こんな薄暗い駅を使うとなると、ちょっと気が滅入りそうだ。

長野から特急で湯田中に向かう。全線通しで運転される列車は本数が限られているため、途中で乗り換えるか、この特急を使うしかない。特急を利用すると別途特急料金が必要だが、特急料金は\100なので、積極的に利用したほうがいいだろう。もともとの運賃が割高なので、逆に安く感じる。
善光寺下駅を通過すると地上に出る。信越本線を跨ぎ越し、長野新幹線の回送線をくぐり、千曲川を渡る。朝陽駅までは複線で、朝陽駅を出ると単線となる。このあたりから人家の数が減ってくるので、輸送量に見合った設備となっているのだろう。須坂を出ると畑の中を走る。りんごの実をつけた木々が目に付く。1つ1つ丁寧に袋がかぶせられており、もうすぐ収穫の時期だろうか。いかにも長野っぽい風景である。
信州中野を出ると、ものすごい勢いで山を登っていく。車窓の風景がまっすぐになることが無く、終点の湯田中まで斜めっている。まさに登山鉄道だ。しかも、こんな勾配を、専用車両ではなく普通の通勤型電車が登っていくのだ。この山岳路線、信州中野駅の構造から、支線のような雰囲気である。それもそのはず、かつて信州中野〜湯田中は「山ノ内線」という支線であり、信州中野〜木島の通称「木島線」が本線級の河東線だったのだ。木島線が廃止となった現在、こちらが本線「長野線」となっている。スキーが好きな人ならご存知かと思われるが、木島とは、あの「木島平」の木島である。

信州中野から180°方向転換するように山を登り、終点の湯田中に到着。この駅は、南側に分岐器、北側に踏切とで挟まれた構造のため、ホームの有効長が2両分しか取れない。そこで、南側に突込線を設けることで、3両編成の列車を停車させることが可能となっている。このため、到着時と出発時には、一旦分岐器を作動させるために、スイッチバックをさせる運用になっている。飯田線の鼎駅にも、かつては同じ設備があり、同じ運用が行われていた。
ところで、この湯田中駅は、9/1〜9/30の間、1ヶ月をかけて駅構内の改修工事を施すという。工事期間中は、上条〜湯田中間の全ての列車を運休させるということだ。列車を運休させてまでの工事。おそらく、元小田急10000系の入線対応として、この分岐器移設と突込線の廃止を行うのではないかと考えている。そういえば、写真を撮影する人たちの姿を、妙に至る所で見かける。現行で使用している特急列車も廃車となるのだろうか。情報を入手してこなかったので詳しいことはわからないが、状況から判断すると、どうもそのように思える。
帰宅後に情報を入手したところ、はたしてその通りであった。
工事完了後に、また改めて訪れたい。

帰りの特急、須坂に到着すると、ながでんテクニカルサービスの保守員が乗り込んできて、自分の座っているスグ脇のドアをドアコックで数回開閉した後、なんとドアの靴摺部分の金属板を金槌でガンガン叩き出したのだ。ひとしきり叩き終えた後、機械油をスプレー塗布し、何度か開閉動作を行い、「ああ〜これでいいじゃないですか〜」と満足そうに乗務員に告げ、保守員は去っていった。列車は何事も無かったかのように、長野へ向けて走り出した。
そういえば、信州中野駅で乗務員がしきりにこのドアを眺めていたのを思い出した。どうも、ドアの開閉時に引っ掛かりがあったようで、それを無線で通報していたのだろう。

こうした、応急措置をちょいちょいとやってしまうあたりが、なんとも地方鉄道っぽくて面白い。
コレだから、旅はやめられないのだ。


■長野県の完了路線
□東日本旅客鉄道
・長野新幹線
・小海線
・中央線(東線:「辰野線」含む)
□東海旅客鉄道
・中央線(西線)
・飯田線
□しなの鉄道
・しなの鉄道線
□上田電鉄
・別所線
□長野電鉄
・屋代線
・長野線

■長野県の未完了路線
□東日本旅客鉄道
・飯山線(豊野〜県境)
・信越線(長野〜県境)
・大糸線(松本〜南小谷)
・篠ノ井線(篠ノ井〜松本)
□西日本旅客鉄道
・大糸線(南小谷〜県境)
□松本電鉄
・上高地線(松本〜新島々)

上田丸子電鉄〈上〉

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July 22, 2006

京浜急行横浜駅下り新ホーム供用開始1

横浜駅総合改善事業の一環として工事が進められていた、京浜急行の下り新ホームが、7/22の始発より供用開始となった。ところが、この新ホーム、とても横浜駅の実情を知っている人間が設計したとは思えないほどヒドイ構造なのだ。いくら設計が古いとはいえ、その後の設計変更は出来なかったのだろうか。

・改札口(「みなみ」「中央」「きた」の全てにおいて)からホームに至る動線がメチャクチャ。人の流れが交差しまくっていて、とてもまともに歩けない。
・ホームが狭すぎる。タダでさえ手狭だったホームがより一層狭くなった。
・階段やエスカレータの配置が逆向き。ホームに出てからの移動を余儀なくされる。

休日のデータイムですら人が溢れているというのに、夕方のラッシュ時ともなると、どうなってしまうのだろうか。間違いなく接触事故や転落事故が発生するだろう。予告しておく。

これに加えて、

・方面案内表示に「新逗子」が無い。「上大岡」「横須賀中央」「浦賀」「三浦海岸」のみが書かれている。逗子線を廃止にするつもりなのだろうか。

かねてより、ヘンな日本語を使ったり、不便なダイヤを強いたり、吹きっさらしのホームに乗客を長時間待たせたりと、利用者を愚弄しまくってきた京浜急行。この先、どこまで利用者を愚弄するつもりか。
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June 29, 2006

パンの缶詰

東京駅の地下をうろうろ探検していたら、「パンの缶詰」なるものを発見した。自動販売機で売られていて、1個\350とかなり高い。
気になる味は、とても缶詰に入っていたとは思えないほど、ふっくらしていて美味しい。
ただ、普通に食べる分には、値段が値段だけに、缶詰にしておく理由が見当たらない。話のネタか、非常食用にするのがいいかもしれない。
メーカのサイトを見に行ったら、やはり、はじまりは非常食用として開発されたものだった。
http://www.nasuinfo.or.jp/FreeSpace/aki_pan/
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May 31, 2006

神戸線系統〜阪急電鉄乗り潰しツアー(その3)5

再び宝塚線に戻って宝塚で今津線(北線)に乗り換える。宝塚を出ると、宝塚市内を一望できる。さすが、宝塚歌劇の本拠地。ヨーロッパ調の街並みがとてもきれいで、日本とは思えないような趣がある。かと思えば、今津線沿線には阪神競馬場もあってギャンブル路線の趣もあり、なかなか面白さに溢れた路線となっている。ただ、ギャンブル路線とはいっても、武蔵野線や京浜急行・京成電鉄・阪神電鉄のようなドンくささは無い。さすがは阪急クオリティ。品格がある。
今津線とは言いながら、宝塚から今津までは直通することができない。「今津線(北線)」と書いたのはこのためだ。これは、西宮北口で路線が分断されているためである。今津線は、かつては西宮北口駅で神戸線と平面クロス構造となっており、今津まで直通していたのだが、神戸線の輸送力増強の一環で、駅改良と橋上駅舎化工事が行われ、1984年3月25日に南北の線路が分断されてしまった。今津線を高架化して神戸線を跨ぎ越し、直通させる計画もあったようだが、西宮北口駅周辺に高架化工事の用地が取れないことや、今津駅が高架化された際に4両対応の駅にシュリンクされて(北線は最大8両、南線は4両)しまったことなどから、直通化は困難となってしまった。西宮北口駅のコンコースがやたら広いのは、この高架化の空間を確保していたためである。
西宮北口で今津線(南線)に乗り換える。住宅地内を走行する北線と違い、こちらは商業地や工場地帯などを走行する。中間には、とても阪急の駅とは思えないほどボロい阪神国道駅があり、終点は新しくなった今津駅。これで今津線は完了した。

京都線系統以外の阪急電鉄各路線は、基本的には運行系統が分断されていて、支線分岐駅は直通を考慮した構造になっていない。このため、本線〜支線の直通運行は設定されていない。ただし、分岐駅には列車回送用として急カーブの連絡線が設けてあり、朝夕のみこれを利用した直通列車が設定されている路線もある。西宮北口駅も同じで、宝塚から今津線・神戸線経由で十三・梅田へ直通する列車が設定されている。ただし、西宮北口駅構内にホームが無いため、同駅は通過となっている。
ちなみに、京都線系統の嵐山線・千里線は、京都線との連絡を考慮に入れた構造となっているが、これはもともと別会社だったことと、嵐山線の場合は京都側ターミナルとして建設されたことなどが理由である。このため、京都線には梅田〜十三間に中津駅が無かったり、京都線の車両は車両規格が大型だったりと、神戸線・宝塚線(両線を合わせて「神宝線」と呼ばれる)とは多少異なった性格の路線となっている。

細かい乗換えが続く。西宮北口に戻り、神戸線で夙川へ向かい、夙川で甲陽線に乗り換える。夙川〜苦楽園口間は夙川公園に沿って走る。車窓の雰囲気はなかなか良い。さすが「お屋敷街」と謳われている高級住宅街である。阪急電鉄は、本線だけでなく支線沿線のクオリティ向上にも神経を使っていることが見て取れる。右に左に学校が連続する脇を通過すると、終点の甲陽園に到着。これで甲陽線は完了した。

伊丹線に乗るため、神戸線で塚口へと向かう。「神戸線で塚口へと向かう」とだけ書くと、JRなのか阪急なのか区別がつけにくくなる。関西は、路線位置も駅位置もまったく離れていながら、鉄道事業者が違えば路線名も駅名もまったく同じものをつけてしまったりするからだ。最近はJRの側が頭に「JR」を冠して区別をしているが、国鉄時代かそれ以前に付けられた駅名はそのままである。
そういえば昼食をまだとっていなかった。塚口駅構内の喫茶店で軽く昼食をとることにする。といっても、この時点で既に1500を回っており、かなり遅い昼食となった。メニューを見ると「パニーニセット」なるものがある。パニーニを出している喫茶店などなかなか見かけないので、迷わず注文。しばらく待たされたが、焼きたてアツアツのパニーニを食することができた。これはなかなかウマい。
伊丹線は塚口を出るとすぐにR60の急カーブで進路を北に変え、伊丹へと向かう。この急カーブは京急蒲田の空港線に匹敵するかそれ以上である。住宅地の中を走行し、新伊丹を出ると高架へと駆け上がる。クイっと北西方向に進路を変えると、まもなく終点の伊丹となる。
阪急伊丹駅。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で全壊した駅である。電車の重みで潰れてしまった駅の映像は、まだ記憶に残っている。もはや、この震災で駅の再生は不能となったため、3年かけて駅を再建することとなり、その間、仮駅での営業を余儀なくされた。再建された駅ビルは昔の面影をまったく残さず、まるで震災など無かったかのようにそびえ立っている。旧駅は駅の外から電車を見ることができたのだが、新駅は完全にビルで覆われ、駅の外から電車を見ることはできない。被災から仮営業を経て新駅舎OPENまでの間、利用者はどんな不便を強いられたのだろうか。想像するには頭が追いつかない。複雑な思いにかられながら、阪急電鉄全路線乗り潰しは完了した。


今回の出撃で完了した路線・・・
■阪急電鉄
・箕面線
・今津線
・甲陽線
・伊丹線
神宝線の2本線と京都線系統は既に完了していたため、以上で阪急電鉄は完了。
■能勢電鉄
・妙見線
・日生線
ケーブルとリフトは含めず。以上で能勢電鉄は完了。


帰りは、東海道新幹線「のぞみ50号」で帰還。車両は500系。
この車両はほとんど円筒形状のため、「窓側席は圧迫感を受ける」と、特にビジネスマンからは不評である。乗ってみると確かに圧迫感を受ける。
しかし、航空機のエコノミークラスの狭っ苦しさに比べると、かなり広くてゆとりがある。圧迫感などどこへやら、である。

改めて新幹線車両の素晴らしさを認識した。

新幹線がなかったら

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宝塚線系統〜阪急電鉄乗り潰しツアー(その2)5

駅数4駅、延長わずか4.0kmの阪急箕面線は、阪急電鉄の創業路線である。阪急宝塚線とともに1910年の3月10日に開業している。当時の社名は「箕面有馬電気軌道」といい、その名のとおり、宝塚線は宝塚からさらに西へ、神戸の有馬まで敷設する計画だった。
箕面線開業当初は途中に駅は無く、1ヵ月後の1910年4月12日に桜井駅が開業、11年後の1921年12月30日に牧落駅が開業している。
阪急電鉄の支線分岐駅に共通しているのが扇形のホーム配置。箕面線分岐駅の石橋駅も、やはり扇形配置となっている。日中は線内折り返し列車のみ設定されているが、朝夕は梅田方向との直通列車もある。
大阪空港からモノレールで1駅、蛍池で阪急宝塚線に乗り換え。蛍池からさらに1駅の石橋で箕面線に乗り換える。石橋駅到着時、箕面線の列車がちょうど出てしまっていたので、ここで朝食をとることにした。駅構内にある「阪急そば」でかき揚げそばをすする。つゆの色が薄い。ようやく、関西に来たことを実感する。ここのそば屋は、まるで寿司屋のカウンターのような趣がある。カウンターの前にはガラスケースがあって、中にいなり寿司やおにぎりが置いてあるのだが、どう見ても寿司屋のネタケースそのままである。
箕面線の沿線は、車窓からは特にこれといった目を引くものがなく、淡々と住宅地の中を走行する。6分ほどで終点の箕面に到着。ハイキング基地や箕面温泉へのアクセス駅となっているようで、多数の観光客を見かけた。これで箕面線は完了。

再び宝塚線に戻って川西能勢口で能勢電鉄に乗り換える。今回の乗り潰しツアー最大のヤマ場だ。そして、そのとおり妙見山へと山を登っていく山岳路線だ。阪急電鉄の子会社である能勢電鉄は自前で車両を用意することはなく、全ての営業用車両が阪急電鉄の中古車両である。2003年に阪急電鉄の支援を受けて、阪急路線の一部という位置付けで運営一体化が図られることになった。これに伴い、以前はオリジナルの塗色を身にまとっていたのだが、現在ではメンテナンスコスト削減のために全て阪急マルーン1色に統一されており、車体に貼付されたロゴのみが阪急と異なっている。このため、外見的な差異はほとんど無く、阪急電鉄の支線の趣がある。連絡駅の川西能勢口駅はラッチ内連絡(中間改札が無いこと)となっていたり、駅名表も阪急タイプの色違いを採用しており、阪急電鉄と一体化している。
妙見線に乗っていると、富士急行の路線に乗っているような感じを受ける。駅の前後は平坦な路線だが、駅間はひたすら坂を登るような線形となっている。急峻な地形を縫って線路が敷設されたため急曲線が多いのだが、これでも開業当時からはかなり改良されてきたものだという。敷設の苦労はいかばかりだったのだろうか。
山下を出ると単線となる。突如、山奥に新しい団地が目に飛び込んでくる。まったくこんな山中には不釣合いな団地なのだが、こういうところはいかにも関西的である。関東ではまずお目にかかれないだろう。これだから旅はやめられないのだ。そして、その団地を抜けると、終点の妙見口駅に到着する。駅前には数軒の土産物屋と食堂があるだけ。駅前の細い道路にはバスも走っている。しかし、そんな駅の木造駅舎に自動精算機・自動改札機・自動券売機が設置されている。さすが、阪急と一体化している路線だけのことはある。

妙見ケーブルは、能勢電鉄が運営するケーブルカーである。正式名称は鋼索線だが、国土交通省監修の『鉄道要覧』に路線名称は記載されていない。このため、乗るかどうかで迷ったのだが、せっかくここまで来たのだから、乗ることにした。
妙見口駅前から妙見ケーブル駅方面へ向かうバスが出ているのだが、時刻表を見ると平日・土曜は1日に10本程度が運行されているに過ぎない。ところが、休日ともなると20分おきにバスが出ている。この輸送差はいったい・・・。休日に来ると、この閑散とした駅前も、人の賑わいで溢れるのだろうか。ともかく、バスがない以上、歩いていくしかない。乗り物が無ければ歩く。それが旅の基本。20分ほどひたすら坂を登っていく。ケーブルカーへのアクセスは、どこもこんな感じである。高尾山口駅からすぐにケーブルカーに乗れた高尾山などは、例外なのだ。
ふもとの黒川駅に着いてレールを見ると、ケーブルカーとしては妙に広く感じる。帰宅後に調べてみたら、案の定「標準軌」ということだった。ケーブルカーで標準軌を採用しているというのは珍しい。何も特徴がないケーブルカーだと思っていたのだが、こんなところに特徴があった。ケーブルカーでケーブル山上駅へ。ケーブル山上駅で降りてさらに山を登ると、リフト乗り場とシグナス森林鉄道のベガ駅がある。事前調査では、シグナス森林鉄道は土日運行のはずだったのだが、なぜか日曜祝日のみの運行となっていた。鉄道事業法などに基づく鉄道ではなく、遊園地にあるようなトロッコ列車なのだが、ここまで来て乗れないというのはなんとも悔しい。また乗りに来るか。後ろ髪を引かれながら、下山することにした。

山下まで戻って、日生線に乗り換える。わずか1駅2.6kmのこの路線は、日生ニュータウンへのアクセスために建設された路線。その「日生ニュータウン」は、名前のとおり日本生命保険が開発したニュータウンである。路線距離を短くするために、山を迂回するというルートは取らず、トンネルをぶち抜いている。このため、路線のほとんどがトンネルの中である。ニュータウンへのアクセスルートなど、どこも似たような線路の引き方をするものだ。乗車時間わずか2分。これで、阪急電鉄グループの能勢電鉄攻略は完了した。そろそろ昼で腹もすいてきたので、食事をするところを探したのだが、駅前にはショッピングストアと銀行以外は何もない。駅構内にあるローソンで、とりあえず腹の足しになるものはないかと物色をしていた。さすが関西。普通に「ぼんち揚」や「おにぎりせんべい」などが売っている。これらを購入して駅構内で食べることにした。ニュータウンの終点駅は、昼間は閑散としているもので、心置きなく食事ができる。

阪急電鉄

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雲海を行く〜阪急電鉄乗り潰しツアー(その1)5

乗り潰しツアーのときは、早起きして始発列車に乗る。少しでも行動の制限を取り払うためだ。首都圏では、10分程度の遅れは気にもならないが、地方へ行くと、たとえ都市部であっても、10分の遅れは致命的な結果となって跳ね返ってくる。行動の制限に打ち克つには、早起きして早いうちに行ける所まで行く。これしかない。
さらに、早起きすれば、格安の航空便を利用できるなど、副次的なメリットが生まれる。

5/27、600、羽田空港。今回も朝早くからこの場所に居る。新幹線より安く速く行こうとすると、もはや航空機利用しか手段が無い。航空機への移動手段のシフトが、3ヶ月連続関西行きという移動を可能にした。この先も、しばらくは航空機のお世話になるだろう。しかし、航空燃料の高騰、格安航空会社の相次ぐ不祥事と経営悪化など、いつまでもこの安い運賃体系が維持される環境が存在するとは限らない。いつまでこの安い運賃で航空機が利用できるか、先行きは見通しが悪い。

5/27は朝から雨だった。過去に何回か航空機を利用してきたが、雨天のフライトは初めての経験となる。700発大阪伊丹行きNH013便は、テイクオフして台場・有明を眼下に見下ろすと、180℃旋回。そのあとはもう雲の中に突っ込んでしまい、窓の外は真っ白となった。一面真っ白な風景は、雪国を走る列車の車窓に似ている。テイクオフ後20分すると雲の上に出る。太陽の光が燦々とボーイング777-300型機を照り付ける。雲の上と下とでは、まるで別世界である。雲の上をすべるように飛ぶ様は、さながら雲の海を行く船といった感じだろうか。最初に言い出したのは誰なのか、「雲海」とは、なかなかおしゃれな表現ではないか。ただ、下界の風景を楽しみにしていた自分にとっては、雲しか見えない風景はいささか退屈である。どこを飛んでいるかもまったくわからず、テイクオフからの経過時間でおおよその位置を推測するしかない。やはり、フライトは晴れの日に限る。

750、着陸態勢に入る。機体はぐんぐん高度を下げ、再び雲の中へ突入。機体が大きく揺れる。気分は大気圏突入である。雲間を抜けると視界が広がった。既に奈良県上空。眼下には関西線・近鉄線の線路や王寺駅などがハッキリと確認できる。前回とは逆サイドの窓側席をチョイスしたので、風景はまるっきり別である。生駒山地を飛び越え、大阪港が見えるあたりで、機体は北へと旋回。大阪環状線のサーキットがハッキリと視認できるあたりから、さらに機体は高度を下げる。大阪の天気は曇りの予報だったが、時折薄日が差してくる。東京の天気がウソのようだ。そしてランディング。今回は着地時の「ドスン」が無く、軟着陸に成功。ただ、滑走路の舗装が悪いためか「ガガガガガガ」の振動は相変わらずだった。

エアラインハンドブックQ&A100―航空界の基礎知識

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April 25, 2006

あの事故から1年〜JR宝塚線(福知山線)脱線衝突事故2

しかし、JR西日本という会社の体質は相変わらず変わっていない。変わっていないどころか、鉄道好きなら知っていることの基本的なことすら、知らない社員が居るのには驚いた。鉄道に携わっている人間として、コレは結構恥ずかしいことなんじゃないだろうか。

捜査を担当している尼崎東警察署は、いまだに責任の所在が明確に出来ていない。航空・鉄道事故調査委員会は、事故の詳細について報告が出せるのは、来年の春だという。つまり、いまだ事故の全容が明らかになっていないのだ。

昨年は、事故についていろいろコメントしたが、今しばらくは事故の全容が明らかになるまで、コメントは差し控えようと思う。言いたいことは山ほどあるのだが。

なぜ福知山線脱線事故は起こったのか

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April 22, 2006

ん?まだ先に延びる?4

22日に入っていた仕事が29日に延びたので、乗りに行くことにした。

ゆりかもめ豊洲延長部に。

本当は、先週に乗りに行く予定でいたのだが、体調不良で出かけることもままならず、さらに4/14、船の科学館駅付近で豊洲発新橋行車両が脱輪事故を起こし、その後丸2日間に渡って運休を余儀なくされたのだ。ゆりかもめにとっては書き入れ時の休日に丸々運休に追い込まれたのは何とも痛い話だろう。何しろ、その走行する路線の特性上、平日よりも休日の方が運行本数が多いという希少な鉄道路線である。さらに全線運休となった挙句、さらにその後2日間は全車両の緊急点検のため、通常の2/3程度に減便したダイヤでの運行となった。ダイヤが正常に戻ったのは5日後の4/19のことであった。

このゆりかもめ、正式な路線名称を知っている人はどれくらい居るだろうか。おそらく、大半の人が愛称名しか知らないだろう。
正式名称は「東京臨海新交通臨海線」という。
そう、もともとはこちらが「臨海線」だったのだ。ただし、この路線は「臨海線」ではなく「東京臨海新交通臨海線」が正式名称。現在の運営事業者は「株式会社ゆりかもめ」なので、「東京臨海新交通」と「臨海線」は分けて呼ぶのは正しくない。もっとも、「株式会社ゆりかもめ」は、開業時は「東京臨海新交通株式会社」を名乗っていたので、「東京臨海新交通」の「臨海線」と考えたくもなるのだが。この会社は、1998年4月1日に現在の社名に変更した。愛称名に会社名を合わせた形となったのである。

ゆりかもめは、1995年11月1日に新橋(仮駅)〜有明間が開業。2001年3月22日に新橋(本駅)が開業。今年の3月27日に有明〜豊洲間が延長開業。11年ぶりに路線が延長された。この延長開業用にカラーリングを変えた2編成が増備されている。

今日は、乗り降りを繰り返すため、1日乗車券を購入した。ゆりかもめのイメージキャラクターとして「ゆりも」なるキャラクタが描かれたカードなのだが、これがまたとにかく「かわいくない」。JR東日本のSuicaペンギンといい、どうしてこう首都圏の鉄道事業者のマスコットキャラクタはかわいくないんだろうか。この「ゆりも」のごときに至っては、まったくセンスを疑うようなキャラクタだ。

路線が豊洲まで延長したため、ほとんど全ての列車が豊洲行きとなった。終電近くの数本しか有明行きが設定されていない。駅にある表示板の「有明 豊洲方面」の表記が新鮮である。また、駅ナンバリングが導入され、全ての駅に駅番号が付与された。新橋駅はU01、汐留駅はU02といった具合である。「U」なのは「ゆりかもめ」だからだろうか。
ふと気がつくと、ホームドアの上部に何やらランプが取り付けられている。ドアが開いているときは緑点灯、ドアが閉じているときは橙点灯となっている。その形状といい色といい、まるでQB HOUSEに取り付けられている混雑を示すあのランプに似ている。

さて、新橋から乗り込み、一路豊洲を目指す。有明までは、何度も何度も乗車した路線である。

有明を出るといよいよ新線。開業区間のタイムラグが10年ほどしか無いため、それほど新旧の差が激しいわけでもなく、列車は淡々と走行する。神戸新交通のポートアイランド線が、ポーアイ環状部と神戸空港延長部とでは、まるで別路線のような設備だったのとは全く対照的である。
ただ、ゆりかもめの新線区間は、列車のスピードが多少速いような気もする。

・有明テニスの森・・・テニスの森は駅から450mも離れている。駅名にするのはちとつらい気がするが。
・市場前・・・駅前周辺には何も無い。コンビニすら無く、ひたすらだだっ広い空き地と工事車両が居るだけである。まるで、開業当時の汐留駅。そういえば、汐留駅は開業当時は需要が無いとして駅の扱いをせず、全列車が通過となっていた。汐留駅はこうした扱いをしたのに、なぜこの市場前駅は営業をしているのか、全く不思議である。駅のゴミ箱にはゴミ1つ入っていなかった。ちなみに、なぜこの駅が市場も無いのに「市場前」かというと、東京中央卸売市場豊洲市場が2012年に供用開始する予定だからである。築地市場がココに移転してくるのだ。それまでは、この駅周辺もこのまま。
・新豊洲・・・かつて、ココには東京電力新豊洲ガスタービン発電所があった。現在は、東京電力所有の変電所敷地にデータセンタが鎮座している。駅から見える円形の建物がそれだ。今後は、仕事でここにちょくちょく来ることになるらしい。しかし、ココもこのデータセンタ以外は周囲に何も無い。
・豊洲・・・東京メトロ有楽町線との結節点となる。よく見ると、駅北東方向にレールが伸びているが、晴海通りから北西方向に向かって路線が曲がっているのだ。ん?この先まだ延びるのか?

調べてみると、東京都港湾局による『まちづくり推進計画』では、豊洲〜勝どき間が整備され、勝どきで都営大江戸線と連絡することになっている。ただし、利用状況を考慮した上で整備時期を検討するとしている。なるほど、そういうことだったか。

まだまだ、ゆりかもめは延びるようだ。

今回の延伸で、各駅の駅案内設備音声に声優さんが起用された。各駅によって声優さんが違う。ただし、列車の案内などは行わない。このため、声優サウンドを堪能したければ、精算機や構内案内図などまで足を運ばなければならない。ゆりかもめのサイトへ行くと詳細が掲載されている。
http://www.yurikamome.co.jp/outline/voice.php
「また、沿線地域での大規模イベント時にはイベント用の音声を使います。」・・・どう考えても「コ○ケ」しか考えられませんが(笑)


(写真は後日)
lsmaster70 at 23:03|この記事のURLComments(0)鉄道 | 音と映像

April 21, 2006

しばらくは10分早く出ないとアカンなぁ3

出勤時、横浜→東京は、いつも横須賀線740S列車を使っている。この列車は、横浜を844に出発し、東京に915に到着する列車である。
横須賀線(厳密に言うとこの新川崎回りの区間も「東海道本線」なのだが、便宜上東海道線と区分しているため、この名称で呼ばせて頂く)だと、横浜→東京の所要時分が東海道線より5分ほど長くなる上に(総武)地下ホームへ到着するので、東海道線利用の場合と比べると、10分ほど余計に通勤時間がかかってしまう。しかし、3分おきに列車が出ているにもかかわらず、メチャクチャ混みまくりの東海道線では、出勤前に体力のほとんどをムダに使ってしまうため、あえて横須賀線を利用することにしている。こちらなら新聞が読めるほど余裕があるし、場合によっては座れてしまう。体力は通勤で使うのではなく、仕事で使うべきだ。

ところが、今週に入ってから、この列車は東京駅手前のトンネル内で停車するようになった。原因は東京駅の地下ホームが全て塞がっていて、場内信号が開放されるまで東京駅に進入できないためである。4/20のごときに至っては、ついにトンネル内停車を避けるため、1つ手前の新橋で運転調整に3分ほど停車することとなった。このため、東京駅到着は5分遅れ。遅延証明発行となった。
ホームが列車で塞がることにより、後続列車が遅れてしまう原因は、もちろん、この時期特有の乗降客数の膨れ上がりである。
(これは、東京駅地下ホームの構造の悪さもかかわっているのだが)

ゴールデンウィーク過ぎまでは、10分早く家を出て、1本前の770S列車に乗らないとアカンなぁ。


折しも、この列車の中で
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101183414/
なる本を読んでいた。
定刻どおりに列車が運行されるのは、実は鉄道発祥から今日に至るまでの長い時間をかけて培われてきたノウハウ、つまり、鉄道事業者の不断の努力と、知恵と技術の結晶なのであって、決して「『当たり前』なことなのでは無いのだ」ということがわかる。
この本は、通勤に鉄道を使う人なら絶対に読んでおくべき1冊である。

定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?

lsmaster70 at 00:40|この記事のURLComments(0)鉄道 | 生活

April 11, 2006

大阪と奈良と京都と5

今回は出発前からトラブル続出。そして行きと帰りで、激しい落差。帰りはまだ夜行バスのほうがマシだっただろうか。
しかし、今までの自分の経験から、これだけは確実に言える。

「トラブルのあった旅ほど、鮮明に記憶に残るものである」

さて、今回のツアーは、今後どんな記憶として残っていくだろうか。

■今回はANA便で飛ぶ(羽田→伊丹)
前回の大阪行きはJAL便(B747-400)で飛んだため、今回はANA便を使うことにした。普段から航空便を使う普通の人は、こんなことはしないだろう。ポイントやマイルが分散されて、あまりトクではないからだ。しかし、国内線で貯まるマイルなどはたかが知れているし、そんなに頻繁に航空便を使う予定も当面は無いので、とりあえず今回の措置とした。
それと、今後、頻繁に航空便を使うことになるかもしれない状態になったとき、参考のためにJALとANAでサービスなど比較しておくのも悪くは無いだろう。何事も初めのうちはコストがかかるものだし、それなりに試行錯誤は続くものなのだ。

しかし、本音は「ANAを使ったことが無かったので、ANAに乗ってみたかった」わけなのだが(^^;;

JALのクラスJに比べると、ANAのスーパーシートは余りにも高く、スーパーシートを利用するくらいなら、新幹線のグリーン車の方が劇的に安い。しかも、わずか1時間足らずのフライトにスーパーシートを使う理由は無い。Signetラウンジを使えるとか、優先搭乗があるとか、機内サービスが充実しているとかなど、せいぜいエコノミークラス利用の人に対して優越感に浸れるくらいであろうか。ただ、自分的には、フライトが2時間を超えるとなると、エコノミークラスではちょっとつらい。航空機のエコノミークラスは、シートピッチやシート形状など、新幹線の普通車に比べると確実に劣るのだ。対福岡や対札幌を飛ぶ場合などは、ちょっと考え物だ。もし、利用できるのなら「スーパーシート」は利用してみたいと思う。特に、対北海道路線ならば、スーパーシートで飛んでも、鉄路利用よりも安くなることが多い。

今回は、ANA0013便に搭乗。今年の3/31まで、この便にはB747-400が充当されていた。ところが、今年の4/1から、大阪伊丹空港は大型機の着陸が全面禁止となったため、使用される機材はB777-300となった。ボーイングの中型機とはいえ、やはりジャンボと比べると狭さを感じる。

トラブルは、早くも出発保安検査場で発生した。携帯電話が検査機を通過した途端、日付も曜日も時刻も表示されなくなっていた。日付データがリセットされてしまったのだ。「データが全部飛んだか?」とヒヤリ。搭乗口近くのオープンラウンジへと急ぎ、すぐさま内容を確認する。とりあえず、アドレス帳やメール・画像といったデータは大丈夫だった。原因は何だったのだろうか。

羽田空港第2ターミナルは、ありていに言えばANA専用ターミナルである。第1ターミナルより設計が新しい分、開放感と清潔感に溢れている。しかし、第1ターミナルにあるような高級感は無い。さらに言うと、供食設備も簡易なものしかなく、ちょっと食べたいと思ったら、ファーストフードのようなものしかない。ANAはEdy陣営のため、全ての店舗でEdyが使用可能となっている。しかし、第2ターミナル内にある自動販売機は現金のみしか使用できない。自動販売機もEdyに対応させて欲しいと思う。

さて、今回はいろんな人に会うため、手ぶらじゃ申し訳ないと思い、お土産を持参することにした。できれば東京限定のモノがいい。羽田空港限定の「ばな奈黒べえ」も考えたのだが、甘いお菓子は意外と人を選ぶので、今回会うメンバーの属性を考慮に入れて、半分ネタとして「ANA制服コレクションフィギュア」をチョイスした。61番ゲートショップの「ANA制服コレクションフィギュア」が置いてある前で女性が二人して「うわぁ〜コレかわいい〜欲しいなぁ〜」としゃべっていた。その中を6箱セット(\400×6=\2400)を手に取りレジへと持っていったため、この二人からは羨望の眼差しで見られることになった。1箱なら\400なんだから買えば良いじゃんよ(^^;;


羽田から大阪へ向かう航空機は、そのまま南へとは離陸しない。わざわざ北へと離陸した後、羽田空港上空で180°旋回し、三浦半島の付け根部分を横切って西へと向かうルートをとる。なぜこんな飛び方をするかというと、直線ルート上の神奈川県には、馬鹿でかい米軍横田空域が存在しているからだ。
http://www.chijihon.metro.tokyo.jp/kiti/kuiki/kuiki.htm
この図を見てもわかるとおり、羽田から西へ向かう民間機は、横田空域を避けるために大回り&急上昇を余儀なくされている。このため、余計なフライト時間がかかっている上に、ムダに燃料を消費させられているのだ。段階的に空域返還がなされてはいるようだが、まだまだといった感じである。

自分がチョイスした座席は19Kという窓側の席。航空機は躯体強度を高めるため窓が小さく、窓側席でもないと外を眺めることが出来ない。国際線と違って国内線は高度が低いところを飛ぶため、景色を楽しむことができる。こうして上空から地面を眺めると、人間って本当に小さい存在なんだなと、改めて思う。

そして、今回知った事実。自宅の真上が航空路になっていた(^^;;
窓から真下を眺めると、見知った地形に見知った形状の建物。通過時刻から考えると、毎朝出勤のために家を出る時刻と重なっているハズなのだが、気にもしていなかった。今後は、ちょっと気にしてみようと思う。


前回は出発の遅れから羽田→伊丹を40分で飛んだが、今回は予定通り50分のフライトとなった。三重県上空で着陸態勢に入る。三重県から大阪府まで10分で飛んでしまう速度なのだ。機体は、予定通り800に大阪伊丹空港へ到着した。
機内アナウンスも航空会社によって差があるようで、
JALは「東京国際空港」「大阪国際空港」
ANAは「羽田空港」「伊丹空港」
と言う。正式名称で言うか通称で言うかの差で、どちらも同じものを指しているのだが、こうした違いも面白い。JALは国際線メインに軸足を置いているので、こういう言い方になるのだろう。

着陸時の「ドスン。ガガガガガガン」は、何度経験しても気分のいいモノではない。「いや、これが航空機の面白さだ」という人も居るのだが、自分はどうにも好きになれない。新幹線のブレーキングがいかに優れたものであるかを、改めて認識する。


当初予定では、大阪空港から直で本町へ向かうことにしていたが、待ち合わせの都合で、京橋経由に変更。阪急で梅田に到着した後、大阪環状線で京橋へ向かう。ちょうど京橋行きが来たのでこれに乗車。天満〜桜ノ宮間の桜は満開。花見客でにぎわっていた。


■なのはFestival(大阪)
ここでまた予想外のトラブルに見舞われた。なんと「カタログが売り切れ」ていたのだ。ANA0013便での大阪空港到着が800。そこから京橋で友人と待ち合わせたのが845。JR東西線で大阪天満宮。南森町から地下鉄堺筋線で堺筋本町。900ちょっと過ぎには会場に着いていた。開催2時間前にして、既にカタログが売り切れていたのだ。即席で作ったような整理券を渡されたが、入場できるのが4時間30分後の1330からとか言いやがる。一気に気分が急降下。先に近鉄けいはんな線攻略へと赴くことにした。思いがけずカタログ購入費\700がまるまる浮くことになった。近鉄けいはんな線攻略から帰ってきて、1330になってもまだ入場できない状態となっていた。実際に会場に入れたのは1400近くになってからだった。

「なのはFestival」参加の皆さん、お疲れさまでした。
自分個人的には、往復\20000以上も出して参加するほどのイベントではなかった、というのが感想。
運営については、いろいろ言いたいことがありすぎて・・・。
特に、憤慨したのは、同じ建物の3Fで試験が行われていたこと。そんな建物でイベントを開催する無神経さに呆れた。しかも、その試験が何であるかすらを全くわかっていないのだ。スタッフがしきりに「3階で何かの試験が行われているので、移動は静かにお願いします」と注意するのだが、こんな人数で階段を上り下りしただけでも、相当な雑音になるだろう。静かに移動する以前に、こんな建物で開催すること自体、全く配慮が足りていないと言わざるを得ない。
Googleで検索すると、実はこの会場となった建物、国家試験クラスの試験会場として使われている。それもかなりの頻度だ。
現地状況もマトモに把握していない。こんなひどい話がありますか。会場周辺の情報収集は、イベント開催するにあたって、基本中の基本なのではないだろうか。周辺環境に配慮できないようなイベントなら、開催しないほうがマシだ。コミケがイベントを開催するに際して、周辺にどれだけの気配りをしているか。見習って欲しい。

まぁ、今回の「なのはFestival」は、近鉄けいはんな線攻略ツアーのダシなので、今回のツアーはダシの取り方が良くないスープみたいなものだろう。ツアー全体で見れば、素材の良さと料理の腕前でカバーといったところか(^^)


■今回の乗車で、以下の路線が完了となった(奈良・京都)
・近畿日本鉄道けいはんな線(長田〜学研奈良登美ヶ丘)
・阪急電鉄嵐山線(桂〜嵐山)

近鉄けいはんな線の各駅、周辺にはまだほとんど何もなかった。終点の学研奈良登美ヶ丘の駅近くにはAEONが建設中であったが、OPENはまだまだ先。まぁ、開業したてのニュータウンの路線なんて、どこもこんな感じ。予想通りで嬉しかった。やはり、「鉄道は裏切らない」の(^^)
路線はほとんどがトンネルで、景色を楽しむにはつまらない。最高速度が70km/h→95km/hに引き上げられたため、既開業区間では所要時分が短縮された。
このけいはんな線開業に合わせてか、各駅の駅名標は緑色ベースの近鉄らしくない意匠のモノに交換され、ホームの端には事故防止のための検知センサが取り付けられていた。これからの近鉄は、こんなスタイルになっていくのであろうか。

「なのはFestival」の入場に際して大きく予定変更を余儀なくされ、攻略路線も変更がかかった。当初は近鉄生駒線と近鉄橿原線を予定していたが、午前中に生駒に出てしまったため、また生駒まで足を延ばすのはさすがにかったるくなり、直接大阪から京都へ向かうこととした。大阪からJR京都線各駅停車で高槻へ。快速や新快速よりも先に高槻へいけるとあったので、この列車をチョイスした。車両はJR西日本最新鋭の321系。内装はA-trainそのもの。ただ、207系がベースとなっているため、首都圏で走り回っているA-train各車のような安っぽさは無い。相変わらず、デザインセンスに長けた、すばらしい車両に仕上がっている。集電装置も、シングルアームパンタグラフではなく、下枠交差型パンタグラフを採用するなど、見かけのデザインには気を配っているのが随所に見て取れる。
残念なことに、この321系の設計に尼崎事故での教訓は生かされていない。ある程度の製造開始から変更できるような、モータを先頭車に搭載したり、ボディのカラーリングを変更したりという後ろ向きな処理しかなされていないのは、まことに残念である。これは事故のタイミングがとても悪く、大きな設計変更が施せなかったためである。このため、自分はこの321系については、良い車両ではあると思うが高い評価を与えない。やはり、207系こそが「究極の通勤型電車である」と言いたい。
高槻で終点となったため、列車を降りる。対向ホームに207系がやってきた。やはり、通勤型車両としての全体のバランスは207系が優れているように見える。製造から10年以上経った現在でも、古さをまったく感じさせない。JR東日本の209系など、陳腐化老朽化がとても酷く、見るに耐えない車両となっている。何とも対照的だ。

高槻市駅から阪急京都線で桂へと向かう。やってきたのは、こちらも阪急電鉄の最新鋭車両9000系だ。昔から京都線特急には、阪急電鉄の技術とデザインの粋を集めたハイクオリティな車両が優先的に投入されてきた。今回の9000系とて同じである。一番目に付くのは側面窓である。天地方向に拡大され、ドア間の窓は4連窓となった。このスタイルは阪急電鉄では初めてではないだろうか。既にアルナ工機が車両製造をやめてしまったため、この車両は日立製作所が製造を担当している。日立製作所の製造となれば、当然、A-train仕様となっている。しかし、エクステリアだけでなくインテリアも阪急独特の格調高い仕様となっているのだ。木目パネルは健在で、この木目パネルにあわせるため、手すりは茶色になり、窓上から空調までは流れるようなラインで構成されている。あの鎧戸のような日よけが廃止され、窓にはロールカーテンが採用され、落ち着いた優しい雰囲気を持つことになった。
桂で嵐山線に乗り換える。嵐山線は単線ながら、全線に渡って複線用地が取られている。基本的に線内折り返し運用しか無いため、行先表示は「桂⇔嵐山」となっている。各駅とも桜の木が植えられており、満開の時期ともあって、見事な彩を添えていた。これが阪急クオリティ。京都の雅やかな雰囲気の駅舎と沿線の雰囲気に加え、この時期だけに添えられる桜の彩り。予定は変更を余儀なくされたが、これはこれで良かったかもしれない。

ただ、あの清掃作業員みたいな駅員の格好は何とかならないだろうか。阪急の格調高いイメージを、見事に台無しにしている。あのマルーン色の車両に、あの駅員の格好は全く似合わない。妙に浮いていてダメである。


■アイマス(アイドルマスター Idol Master)にハマる(京都)
http://www.idolmaster.jp/
これは面白いですね〜(^^)b
京都在住の友人の案内で、ラウンドワン京都河原町店にてプレイする。アイマスといえば、首都圏ではかなりの人気を博しており、プレイまでに順番待ちなどザラなのだが、ココではなんと店の隅に追いやられていたうえに、レーシングゲーム機の裏面の袋小路に配置されていた。プロモ映像を流すアイマスサーバとなっているタワーも横を向いており、むしろ誰にも気づかれないように目立たないように「そっと置いてある」といった感じであった。ここまでアイマス機の扱いが酷い店舗は初めて見た。他府県では「アイマス難民」と呼ばれる現象まで発生しているというのに、これは一体どういうことなのか。アイマス難民が見たら大騒ぎになるであろう。

まずは新規プレイとして\600を投入。これは初回1プレイ(3プレイ分)の料金と、プロデューサカード・ユニットカードの料金が込みとなったもの。カードが1枚\200であるから、カード2枚で\400の1プレイ\200の合計\600が内訳なのだろう。

筐体構成は、
座って左手にカードの挿入・吐出口がマウントされ、システムの要となっている。「765プロ・P&Uカード磁気認証システム」と命名されている。ああ、この2枚のカードは磁気カードなんだ。
右手にヘッドホン端子とコイン投入口がマウントされている。ヘッドホン端子はゲームの音に集中できるようにするためだ。大抵のゲームセンターは、他の機械の音が大きい上に店内に流されているミュージックの音量も大きいため、これらの音が混ざり合って環境音源となり、自分のプレイしているゲームのサウンドが聞こえないことがほとんどだろう。そして、この位置に料金投入口がマウントされている機種は珍しい。たいていの場合は足元近くにマウントされるものなのだが。この位置にマウントされることによって、快適に継続プレイが出来るようになっている。しかし、この快適さが「アイマス破産」を生み出している一因とも言える(笑)。ヘッドホン端子は「765プロ・ステレオフォニック風サウンドシステム」、コイン投入口は「765プロ・ハイブリッド料金回収システム」と命名されている。ハイブリッドなのは、\100硬貨と\500硬貨が使用できるからであろう。
そして、この筐体最大の特徴にして重要なインタフェースが、中央にマウントされたタッチパネル。全ての操作はここで行う。このため、この筐体にはボタンやレバーといったインタフェースデバイスが一切装備されていない。コマンド選択や操作などは、このタッチパネル上で全て行う仕組みとなっているのだ。「765プロ・フィジカルタッチフィーリングシステム」と命名されている。しかし、「フィジカルタッチフィーリング」を名乗るなら、人肌タッチを再現して(以下略

ゲームのシステムや進行は今更ここで言うまでもないだろう。どちらかと言えば、自分は遅れてきたプロデューサだからだ。
ゲーム進行は基本的には同じことの繰り返しなのだが、飽きが来ないよう工夫が随所に施されている。1時間ほどのプレイですっかりハマってしまい、時間的金銭的制約が無かったら、いつまででもプレイできるだろう。このゲームシステムが「アイマス破産」を生み出している一因とも言える(笑)。

さらに、携帯メールシステムやらアプリやら、ゲームと密接にリンクしたコンテンツ配信も行われており、ゲームプレイ時以外も楽しめるような設計となっている。さらにメールに配信された指示によってゲームをプレイすると、ゲームの進行に有利になるような設計となっているのだ。この筐体外のコンテンツ配信システムが「アイマス破産」を生み出している一因とも言える(笑)。

さすがに1時間のプレイではアイマスのさわりの部分だけしか楽しめなかったが、友人の手ほどきを受けながら堪能した。その後、京都市内を見物し、食事をしてから帰途に着いた。



自分ともあろう者が、帰りの新幹線、指定席確保しておくのを忘れていた。このため、メチャクチャ混みまくり自由席車両のデッキで京都→新横浜を2時間座り込むハメになった。うっかりしていた。最終列車の座席には気をつけよう。みんな乗りたがる列車なのだから。
lsmaster70 at 02:48|この記事のURLComments(0)鉄道 | ゲーム

March 18, 2006

ダイヤ改正と懸案事項の解消と3

午前中:すき家新杉田店でハンバーグカレー大盛り。店員の女のコがとにかくすごいアニメ声だったので、笑いをかみ殺すのに必死だった。

京浜急行横浜駅の南改札口が供用開始となった。コレにより従来の「相鉄連絡改札口」は閉鎖された。懸案となっていたJRとの乗換が便利になったが、相鉄との乗換は不便となった。
南改札口で定期券を購入。何と、券番号が000004だった。まだ、この券売機で定期券を買った人は4人しか居ないということか。さすが新しい改札口(^^;;
JR横浜駅の東海道線・横須賀線のりばでSuicaグリーン券販売機が供用開始となった。東海道線・横須賀線のグリーン車でSuicaシステムが運用開始されたことによるもの。これも懸案事項だった、「湘南新宿ラインはSuicaで乗れるが、それ以外は磁気券購入」という不便さが解消された。
ダイヤ改正は、運転列車が変わるだけでなく、付帯設備の更新もあったりするので、いろいろと楽しい。
新宿〜東武線経由〜日光の列車も運転開始となった。列車は新宿駅3番線から発車する。1日4本と少ないが、利用客の動向次第では増便もありうるかもしれない。

昼:新宿行き。
新宿TSUTAYAでCDを返却。で、またCDを借りる。ここのアニメフロアの店員さんの中にかなりかわいいコが居るのだ。
LUMINE2の6Fにある無印良品でボディソープ詰め替えパックを購入。しかし、この「詰め替え」って言葉、よくよく考えるとオカシイ。無くなった分を「補充」するのであって「詰め替え」るわけではないだろう。しかし、「パックからボトルに移し替える」という意味でなら「詰め替え」で正しいのか。

夕方:上大岡行き。
UNIQLO上大岡店でチノパン2本購入。懸案だった服装の老朽取替がこれでようやく完了した。

雨が酷くなってきたので、今日の外出はこれまで。

帰宅したら、ANAから「ANA MILEAGE CLUB CARD」が届いていた。今後は空路を積極的に活用したい。

ダイヤ改正の話―宮脇俊三対話集

lsmaster70 at 19:13|この記事のURLComments(0)鉄道 | ショップ

March 15, 2006

またSuicaカードが2

ええ、出ルンですよ。

こんなヤツ↓
http://www.jreast.co.jp/press/2005_2/20060307.pdf

みずほ銀行のICキャッシュカードは既に持っているし、定期券機能付きVIEW・Suicaカードの切替については、その顛末を日記に書いた。

矢継ぎ早に次々とSuicaカードシリーズを発表するJR東日本。

一体、どこまでやれば気が済むのか。

電子マネー戦争Suica一人勝ちの秘密―魔法のカードの開発秘話と成功の軌跡

March 14, 2006

こうして、列車は遅れた。1

横浜から1740E列車に乗車。鉄道に詳しい人なら、この列車番号を見ただけで何の列車かわかるだろう。そう、湘南新宿ラインの列車である。
新宿に向かおうと宇都宮線直通小金井行きに乗車。予定通りなら、この列車は1830に新宿に到着するはずであった。


1800 横浜駅を定刻どおりに発車。快調に飛ばしていく。

1805 鶴見駅手前でEB(非常ブレーキ)が作動。鶴見駅手前の踏切上で緊急停車した。タダでさえラッシュ時は「開かずの踏切」と評判の悪いこの踏切。本当に「開かずの踏切」となってしまった。車内アナウンスが流れる。「この電車で人身事故が発生しました。お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけ致しますが、しばらく停車致します。なお、危険ですので車外にはお出にならないようお願い致します」・・・乗っていた電車が踏切手前で人と接触したのだ。アナウンスから防護無線が発報された信号音が聞こえてくる。これにより、横須賀線・東海道線・京浜東北線の上下線が運転抑止となった。

総持寺踏切

1815 警察と救急が到着。現場の状況把握が始まる。この間、踏切真上の高架を走行する鶴見線と京浜急行の電車が何本も通過していく。

1830 レスキュー隊が到着。どうやら、車両の下に巻き込んでしまった模様。救出作業が開始された。

1840 救出作業終了。救急車が病院へと搬送していく。警察による現場検証が開始された。

1853 現場検証が終了。警察により運転再開のGOサインが出たため、運転再開。列車は約50分遅れとなった。停車中、携帯電話で連絡を取る人、メールで連絡を取る人、様々だったが、特に車内が混乱することも無かった。

下り線は事故の影響で列車が詰まり、各駅で運転抑止状態のままなのだろう。成田エクスプレス1本、普通列車3本とすれ違うが、「何で上りは動いているんだ?」という目線が、自分の乗っている電車に注がれる。


1922 ようやく新宿に到着。

影響は、埼京線、りんかい線、宇都宮線、高崎線、東海道線、横須賀線、京浜東北線、横浜線にとどまらず、振替輸送を行った京浜急行などにまで波及していった。
新宿で用事済ませた後も、25〜30分の遅れで、影響をそのまま引きずっていた。終電まで、ダイヤの混乱は続くのだろう。

(写真は、レスキュー隊が到着したときの様子)

鶴見での事故1

鶴見での事故2

鶴見での事故3


定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?

lsmaster70 at 00:24|この記事のURLComments(2)鉄道 

March 08, 2006

さよなら113系近郊型電車3

朝、横浜駅北改札から7・8番線ホームに上がると、TBSのカメラマンが何やら撮影している。何かと思っていると、113系が入線してきた。しかも「さよなら113系」のヘッドマークを取り付けている。
そういえば、今月の18日に行われるダイヤ改正で、東海道線から113系は全車撤退することになっている。
もう、東海道線でこの車両に乗れるのも、あと10日ほどなのだ。

電車に乗っていると、並走している京浜東北線の各駅ホーム端に、三脚を立てて陣取り、電車に向けてシャッターを切るカメラ小僧をたくさん見かけた。

思えば、自分が鉄道好きになったキッカケも、この113系電車だったと思う。幼少の頃、両親は揃ってクルマが嫌いだったため自宅にはクルマが無く、どこへ出かけるにも電車利用だった。東海道線は結構な頻度で利用していたので、次第にその魅力に取り憑かれていったのだ。
当時は、その駅間距離の長さから利用客には忌避され、沿線開発も進んでいなかったことから、113系のような車両でも充分にその機能を果たせていたのだ。

しかし、時は移ろい、東海道線の利用客は爆発的に増加。設計の古い113系では、この混雑を捌くには限界があった。何しろ、東海道線という路線は、データイムには10分おきに列車が運転される路線なのに、通勤ラッシュ時間帯ともなると2〜3分おきでも乗客を捌ききるのが困難になるほど、輸送段差が激しい特異な路線である。このため、JR東日本は、ドア数を増やし座席数を減らした(逆にグリーン車は座席数を増やした)大量生産設計によるE231系を大量に投入。増備に次ぐ増備に伴い、E231系は必要な数が揃ったため、今回のダイヤ改正で113系は引退することとなった。

2006年が始まったとき「3/18なんてまだ先だよな〜」と思っていたが、気がつけば、もうスグそこにあるタイミングなのだ。

さよなら。113系。

旧国鉄形車両集 113系115系近郊形直流電車

lsmaster70 at 01:10|この記事のURLComments(2)鉄道 | 生活

March 02, 2006

運転免許証更新2

の期限が近づいてきたので、最寄の警察署へと足を運ぶ。
区役所・保健所・消防署・普通郵便局などが近接している区域の一角にあるのだが、ここは駅から遠く、とにかくアクセスの悪い最悪の場所だ。

そしてお決まりの文句「車での来署はご遠慮ください」。

こんなクソ不便な場所にぶっ建てておいて、あんんまりな言い草である。これだからイナカは嫌なんだ。
青葉警察署も青葉区役所も市が尾駅から歩いてスグの場所だったというのに。

まぁ、愚痴っていても仕方が無いので、\2800払って印紙を買い、申請書を作成して受付に提出する。
適性検査を受けるよう言われるので、検査を受ける。適性検査といっても、何のことはない。要は視力検査である。受けた結果、問題はなかった。実は、ココ最近右目の視力低下が顕著で(健康診断の結果は「0.5」だった)、ヤバイかなとも思ったのだが、何とか右目で記号の視認が出来たので一安心である。
更新手続きが出来るまで、警察署1Fの一角に設けられた講習エリアで講習を受ける。講習といっても、何のことはない。流れている交通安全のビデオをぼーっと見ているだけである。が、コレが結構タメになって面白い。
30分ほどしたら、更新手続きは完了。新免許証の受け取りについて、警察署に来るか郵送かを選択するのだが、郵送料を聞いたら\900などと言いやがる。書留での郵送となるとはいえ、そんなカネ払えるか(^^;;
迷わず警察署での受け取りを選択した。

ちなみに、新免許証が交付されるのは3/30・・・1ヶ月近くも待たされるのだ。・・・バカげている。

神奈川県では、新免許証が即日交付されるのは二俣川試験場で手続きを行った場合に限られると思われているが、実は特定の警察署では即日交付が可能となっている。この即日交付警察署では写真の持参も必要ない。免許証発行に当たって、新機材を導入している警察署だからだ。

ココも導入しろとか思いつつ、警察署を後にした。
lsmaster70 at 00:09|この記事のURLComments(0)地域 | ドライブ

March 01, 2006

メインドライブがそろそろ寿命を迎える3

メインドライブが異音を立てはじめるようになった。気がつくと回転が停止していることもある。そろそろヤバイか?

http://shop.vector.co.jp/service/catalogue/sr075862/
を紹介されたので、早速体験版をDLしてインストール。再起動の後、測定を開始した。

案の定、エラーだらけとなった。しかし、寿命までは、あとわずかだが猶予があるようだ。このため、早急なHDD交換計画を立てることとなった。そういえば、メインドライブは前回の交換から3年は経過している。よくここまで引っ張ってきたものだ。

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February 27, 2006

どきっ!女だらけの帰路〜神戸空港見学ツアー(その5)4

阪神電車で大阪に戻り、大阪在住の友人と待ち合わせる。なんばへ移動して食事となった。大阪の街は、いつも活気に溢れている。この雰囲気はとても好きだ。大阪まで格安で来る手段が発見できた以上、大阪へ来る頻度が増えそうだ(^^)

鉄道好きな自分としては、大阪行きに新幹線以外の手段はあり得なかった。鉄道の欠点、それは決められたレールの上しか走行できないということ。しかし、この制限があるがゆえに、その安定感は他の交通機関とは比較にならないほど高いのだ。まさに、「欠点も見方を変えれば最大の武器になる」わけだ。道路はハンドルを握る運転手の腕に全てが託される。航空機は何重もの保安装置にガードされているとはいえ、地面に足が付いていないことの不安定さは、飛んでいる以上絶対に付きまとう。このため、常に鉄路をチョイスし続けてきたのだった。今回は、財政状況から、やむをえず行き空路、帰り道路をチョイスした。しかし、このことが、現地滞在時間の延長という副次的な効果をもたらし、行動範囲を広げることが出来たのである。また、鉄路の良さを再認識することとなった。

帰りは、高速夜行バス「青春ドリーム大阪4号」。大阪駅桜橋口のバスターミナルから発車する。2320に発車し、明朝723に東京駅八重洲口(とは言いながら、正確には日本橋口)に到着する。グレードの低い車両での運転となるので、乗り心地はあまり良くない。しかし、片道\5000という安さに惹かれて、チケットを購入した。途中、多賀SAで休憩、三ヶ日BSで運転停車、東名御殿場BS、東名江田BS、東名向ヶ丘BS、霞ヶ関に停車する。

それにしても、目に付くのは女性利用客の多さである。大阪駅桜橋口BTでバスを待っている間に、別のバスがどんどん出発していく。どのバスも客の7割が女性だろうか。中には女性専用バス「レディースドリーム」まで存在する。

2300 「青春ドリーム大阪4号」東京駅行きが到着。乗車口で改札を受けた後、乗り込む。予約できたのは2Fの7C席。階段脇の通路側席という、ロケーションとしては最悪の位置だ。しかし、予約時点で残り4席だったため、これは仕方の無いことか。そして、女性比率が異様に高いこのバス。男性の利用客は数えるほどしか居ない。夜行高速バスは女性利用客が圧倒的に多いのだ。この点、ちょっと興味をそそられる。利用客に女性が多い理由。研究課題にしてみようか。

2320 定刻通り、大阪駅を発車。しかし、カーテン締め切られた上に、通路側なので、どこをどう走っているかも、さっぱりわからず・・・。目隠しで護送されている気分である。前後の席も隣の席も座っているのは女性ばっかり。なんか場違いな乗り物に乗っているようだ。そして、そんな状況なので、周りの迷惑顧みずべらべらべらべらしゃべっているバカ女どもが1グループ。寝たくても寝れず。

2/26(Sun.)
058 多賀SAで休憩。特にすることも無く、駐車場で軽くストレッチしたら、車内に戻る。
120 多賀SAを発車。相変わらず、周りの迷惑顧みずべらべらべらべらしゃべっているバカ女どもが1グループ。寝たくても寝れず。多賀SA出発1時間経ってもひたすらしゃべっている。迷惑なことこの上ない。罰が当たりますように。

しかし、多賀SA出発2時間後、記憶が無くなった。記憶があるのは「霞ヶ関到着」のアナウンスからだった。いちおう、寝ることはできたようだ。

もう、二度と「青春ドリーム号」は使わない。しかし、行きに使わなくて正解だったかもしれない。

723 定刻通り、東京駅日本橋口に到着。26時間にわたるツアーはここで終了。いつになく貴重なデータが数多く得られたツアーだった。


そして、東京駅到着時に、大変なことに気がついた。


トリノオリンピックのフィギュアスケートエキシビション、録画予約を忘れていた。


・・・アニメならともかく、これ録画している人って、どれくらい居るんだろうか。もしいらっしゃったら、是非とも貸して頂きたいのだが・・・。



さて、次回は、来月開業する「近鉄けいはんな線」乗り潰しツアーに出撃する。そろそろ近鉄の全線攻略も本格化させたい。

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いざ、空港島へ〜神戸空港見学ツアー(その4)5

三宮に到着。JRの駅名標の表記は「三ノ宮」であるが。ま、そんな細かいことはどうでも良い。

北側の階段を下りて、ポートライナーのりばへと向かう。

ポートライナーのりばからフラワーロードへと向かうペデストリアンデッキがある。震災後、復旧したポートライナーを乗りに来たときにここを訪れたのだが、そのときは崩壊の危険性があるとして立入禁止になっていた。現在では補強工事がとっくに終わっており、何事も無かったかのように人が通行していた。ただ、舗装面のゆがんだタイルは、確実に震災があったということを、静かに物語っていた。

ポートライナーのりばは、神戸空港直通に向けて、リニューアルされていた。自動改札機はPiTaPa対応準備工事が施されていた。時と共に、こうした部分はどんどん変わっていくものだ。1度訪れて「はい、それまで」ではなく、何度も何度も訪れたくなるのは、こうした変化を見ることが出来るからでもある。都市部において、人に魅力をアピールするために必要なこと。それは、「変化し続ける」ということだろう。人は飽きる。飽きるからこそ進化してきたと言えるかもしれない。
それにしても、空港見学目的の人出でごった返していた。ポートライナーの社員が一生懸命拡声器片手に乗客の誘導を行っていた。雑踏対策のために警察官も投入されていた。時刻表にない列車も発着している。空港見学客を捌くための臨時列車だろう。
列車に乗り込んで、一路、神戸空港を目指す。もともとポートライナーはポートアイランドを周回する単線鉄道であったが、神戸空港アクセスのために複線化され、ポーアイの周回部分東側のみ単線のまま残された。既存の線路は震災の影響でガタガタ、複線化のため新規に敷設された線路形状との差が顕著だった。こんなところにも震災の爪痕は残っている。

市民広場駅を出ると、今回の新規開業区間となる。神戸空港見学ツアーとは言いながら、今回の本当の目的は、このポートライナーの新規開業区間を乗るためのツアーであった。ポートライナー完乗のタイトルホルダー(笑)としては、当然乗っておかなければなるまい。25年ぶりの新規開業区間ということもあって、駅の構造などは既存駅とは全く異なる考え方で設計・建設されている。乗り心地も良くなった。ただ、システム自体が旧設計のため、最近の新交通システムと比べると、やや見劣りする部分があるのだが、それは致し方のないことか。

神戸の中心街、三宮から20分足らずで神戸空港(通称「マリンエア」)に到着。このアクセスの良さは、羽田空港並みだろう。当時の神戸市が国際空港建設に反対した経緯を思うに付け、もったいないことをしたのではないだろうか。当然、阪神高速がココまで延び、アクセス鉄道も整備されたに違いない。どう考えても、国際空港アクセスにポートライナーでは非力すぎる。神戸の街にもカネがたくさん落ちたに違いない。

神戸空港駅駅名標

神戸空港駅を降りると、搭乗客と見学客に通路を振り分けられる。搭乗客はそのまま2F出発フロアに誘導されるが、見学客は一旦1Fの到着フロアに誘導された後、それぞれのフロアに誘導される。1地方空港に過ぎない神戸空港。その構造は小ぢんまりとしたものである。そんな小さな空港に、自分のように新しもの好きが大挙して押し寄せているのだ。とにかく、やたら人が多い。どこのフロアも人だかり。展望デッキも人人人・・・。レストラン街にあるどこの店舗も長蛇の列。出発フロアにはみやげ物の販売を行う店が2店舗あるのだが、レジにも長蛇の列。これでは買い物も食事もスムーズに出来ない。しばらくはこんな状態が続くだろう。が、1日20便程度が発着する空港である。開港ブームが去った後、どれだけの人を取り込めるか。ただ、このアクセスの良さである。大阪空港の大型機規制や関西空港2期工事など、注目するべき要素も多い。神戸空港の立場は、大阪空港や関西空港を無視して考えることはできず、この両空港の今後次第ではどうにでも変わってしまうのだ。今後の推移が気になる。

展望フロア・レストラン街・出発フロア・到着フロア・駐車場・神戸空港駅と一通り見学を終え、三宮に戻る。当然のことだが、搭乗券が無ければ、保安検査場と出発ロビーは見学できない。

前菜の大阪空港と大阪モノレール、そして、メインディッシュの神戸空港とポートライナーが終わり、あとは、デザートとして、未乗路線を次々と乗りまくる。

いや、違う。あくまで「鉄」分補給が、メインである。メインディッシュはポートライナーの新規開業部分であり、神戸空港はダシである。

今回のツアーで、以下の路線が完乗となった。
■大阪高速鉄道
・モノレール線
・国際文化公園都市線(彩都線)
(大阪高速鉄道完乗。ただし、来年、彩都線が延伸する)
■神戸新交通
・ポートアイランド線(ポートライナー)
・六甲アイランド線(六甲ライナー)
(神戸新交通完乗。ポーアイ環状部は既に完了済みのため)
■神戸市営地下鉄
・海岸線
(神戸市営地下鉄完乗。西神・山手線は既に完了済みのため)
■神戸高速鉄道
・東西線
(神戸高速鉄道完乗。南北線と新開地以東は完了済みのため)
■阪神電気鉄道
・武庫川線
・西大阪線
(阪神電気鉄道完乗。本線は完了済みのため)

関西空港戦争―悲劇を克服した神戸空港の物語

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February 26, 2006

事故の追憶と〜神戸空港見学ツアー(その3)5

エスカレータの左側で立ち止まっていたら、後ろから「ちょ、どきーや」言われてしまった。あぁ、アカン、ここは大阪やった(^^;;

どうも東京から40分で大阪へ来てしまうと、距離感や土地感覚が狂う。新幹線の2時間30分という時間は、頭の中を東京モードから大阪モードに切り替えるに充分なのだが、40分では、日々の通勤時間より短いため、モード切替まで行かない。今後は財政的時間的理由から航空路の積極的利用を考えているため、こうしたモード切替にも慣れておかなければならないだろう(苦笑)
文化や言語体系すら全く異なる世界の鉄道に乗ることも考えているため、なおさらである。

それと、首都圏の駅に設置されている自動券売機は、先に料金キーを押してからお金を投入するということも可能なのであるのに対し、こちらでは、先にお金を投入しないと絶対にキー操作を受け付けてくれない。ただ、駅構内の至る所にICOCAとPiTaPaのチャージ機があるのはとても便利だ。首都圏でもぜひやって欲しいところだ。

大阪空港から大阪モノレールに乗る。当初予定では、蛍池で阪急宝塚線、梅田でJR、三宮でポートライナー、と乗り継いで神戸空港へ向かうことにしていた。ところが、大阪モノレールに乗った瞬間、方針を変更。まずは大阪モノレールの全線完乗を目指すことにした。
万博記念公園駅で国際文化公園都市線(彩都線)に乗り換える。阪大病院前までは2駅2.6km。これで、国際文化公園都市線は完乗。しかし、この路線は来年の春に彩都西駅まで延伸される予定。また乗りに来ることになる。休日なのにやたら高校生が多いと思ったら、今日は大阪大学の入学試験がある模様。そういえば、そんなシーズン。
折り返して再び大阪モノレール線。門真市まで乗車して大阪モノレールは完乗。ギネスブックでも認められた世界最長の営業距離を持つモノレールは制覇した。路線は、すべて大阪府道の区域内上空を走行し、中国自動車道や近畿自動車道とも並走するため、眺めは非常にダイナミックだ。関西圏はこうした構造物が幾重にも折り重なる光景が随所に見られるため、ただでさえ非常に刺激を受ける。この刺激が、さらに刺激を呼び、大阪人のダイナミズムへと繋がっているのであろうか。首都圏ではこうした光景はまずお目にかかれない。

門真市から京阪で京橋へ向かう。列車種別は区間急行だったが、なんと、特急型車両でやってきた。

京橋でJRに乗り換える。環状線で大阪へ向かい、大阪からJR神戸線(東海道線)で三宮へ・・・と考えたのだが、京橋到着時に、またも方針変更。伊丹へ寄り道することにした。昨年の事故現場をこの目で見ておきたかったからだ。環状線ホームへ運んでいた足をJR東西線ホームへと振り替える。207系電車の塗色変更工事はほとんどの車両で完了しており、旧塗装の車両は、この日はついにお目にかかることは出来なかった。JR東西線の各駅、ホームですら携帯電話が使えないのには驚いた。地下区間で携帯電話が使えないのは致し方ないにしても、駅ですら使えないというのはどうなんだろうか。そんなに古い路線ではないハズだが。そして、京橋で地下にもぐった電車が再び地上へ顔を出し、尼崎に到着。


いよいよJR宝塚線(福知山線)に入る。尼崎〜塚口間は急カーブの連続。レールと車輪がこすれて軋み音を上げる。そして、勾配を降りて高架区間が終わり、踏切を通過すると、問題の場所となる。そう、忘れもしない、2005年04月25日、9:20頃に発生した、JR史上最悪の事故現場である。
主の居なくなったマンションは寒々しく、電車が衝突したときの傷跡のみが生々しく残っている。車窓からであったが、無くなった方への冥福を祈ると共に、鉄道事業者は安全第一で運行して欲しいということと、我々利用者も鉄道事業者の安全に対する取り組みに協力するべきであるとの思いを、一層強くした。
なお、現場を通過した時刻は、期せずして事故発生時刻とほぼ同じとなった。伊丹で折り返し、再度現場を通過。視点を変えてもう一度ハッキリとこの目に焼き付けておく。建物に残った傷跡は、電車が突っ込んだときの衝撃の激しさを物語っていた。確かにこのカーブはきつく、この部分の線形は「マンションが急に目の前に迫ってくるからカーブでよける」ような感じを受け、目の前に迫ってくるマンションに圧迫感を感じる。この区間を担当する運転士の大半も、目の前に迫ってくるマンションに圧迫感を感じると言う。こんなカーブに、制限速度をはるかに上回る100km/h超で突っ込んだわけである。なんとも背筋が凍る話だ。

姉歯物件であったら、倒壊していただろうか。そうなると、さらに悲劇を生んでいたかもしれない。ついでではあるが、改めて、姉歯氏の罪の重さを感じた。

レール間に設置されたATS-P地上子が真新しく、陽光を受けて光っていた。


尼崎に戻り、新快速で三宮へと向かう。この列車は最高速度130km/h。いつ乗っても気分が良い。首都圏の通勤電車でこの速度を出しているのは、つくばエクスプレスと常磐線特別快速だけである。

なぜ起こる鉄道事故

lsmaster70 at 23:57|この記事のURLComments(0)鉄道 | 地域

ランディング〜神戸空港見学ツアー(その2)5

離陸して30分経ったころ「10分後に着陸します」のアナウンスが入る。わずか40分で大阪・・・。前面のモニタを見ると、巡航速度は500km/hを超えている。新幹線の開業が、航空路線を廃止に追い込むことはよくあるケース。かつては、東京〜名古屋、東京〜仙台といった、航空路線もあったのだが、これらは新幹線の開業で廃止に追い込まれた。リニアの時代が来たら、東京〜大阪という航空路も廃止となるのだろうか。

着陸。ドスンと最初の衝撃のあと、ガガガガンと強い振動。自分の姿勢を保つのですら大変な状態だ。滑走路の舗装状態が良くないのか、それとも着陸とはこういうものなのか。前回乗ったときの記憶が無いので、比較のしようがない。
空を飛んでいる最中は、揺れが全く無く、実に快適なのだが、この着陸時の衝撃はどうもいただけない。

7:40 大阪空港に到着。機内アナウンスで思い出した。そういえば、ここは「大阪国際空港」だったのだ。国際線が関西空港に移ってしまった現在、もはや国内線専用空港となったが、それでも、この空港の正式名称は「大阪国際空港」なのだ。

空港内を見学する。羽田・関西・新千歳と新しい空港を見てきたためか、陳腐化老朽化が随所に見られ、痛々しいまでにボロである。関西空港とのからみで施設の更新もままならない状況か。そういえば、何年か前に台風による大雨の影響で、地下にある電気設備が水没。予備電源も使えない状態となったため、空港全体が停電するという事態に陥ったこともある。

そして、この大阪空港は、これから見学する予定の神戸空港と、密接なつながりがある。

高度経済成長期、大阪市の近郊に都市が拡大。大阪空港の周辺も宅地化が急速に進む。時を同じくして、大阪空港への離着陸数の増加や航空機の大型化・ジェット機化が進み、1970年には3000mのB滑走路が供用開始となる。しかし、これが、次第に騒音問題を深刻化させ、夜間の飛行禁止などを求める住民訴訟や、大阪国際空港の廃止などを求める公害等調整委員会に対する調停を開始させるに至る。1973年には、伊丹市が「大阪国際空港撤去都市」を宣言。大阪空港を取り巻く状況は険悪化していく。国を相手取った住民訴訟は、長期にわたる裁判の結果、1981年に最高裁で住民側が勝訴。大阪空港は「欠陥空港」の烙印を押され、国は損害賠償を命じられることとなる。

1960年代後半から大阪空港の移転が検討されはじめ、1974年には候補地として播磨灘と神戸沖と泉州沖が選定される。実は、京阪神都市圏とのアクセスから神戸沖が最有力視されていたが、当時の神戸市は猛烈に反対する。

1980年、新空港建設地が泉州沖に決定され、1987年に着工。1994年9月4日、関西国際空港(関西空港)が開港する。
当初は関西空港の開港にあわせ、大阪空港を閉鎖する予定であった。しかし、関西空港が完成し大阪空港の廃止に向けて動き出すと、多くの周辺住民は経済的な問題から廃止反対に回り、1990年12月、関西空港開港後も大阪空港を国内線限定で存続させる方針に転換される。これには、関西空港のみでは旅客機を捌ききれないという国の思惑や、対新幹線需要に対抗するには関西空港では京阪神都市圏から遠すぎて競争力が低下するという航空会社側の思惑も絡んでいる。

ところが、1982年、自ら空港に反対した神戸市が、突然、一転して空港推進の立場へと変身、住民を巻き込んだ紆余曲折を経て、空港建設が決定。1999年9月、神戸空港島埋立が着工。2006年2月16日、神戸空港は開港する。

2004年9月29日、国土交通省は、騒音対策として大型機の乗り入れ規制を段階を追って強化し、2006年4月以降は、エンジン3基以上のジェット機について大阪空港への乗り入れを全面禁止すると発表した。しかし、国内線需要は依然として大阪空港が関西空港を上回っているということと、「大阪空港の騒音が改善された」として民家防音対策工事の対象エリアを大幅に狭めた事実があることから、今更騒音対策を持ち出すというのは、明らかに矛盾している。また、将来的に、JR伊丹駅から大阪空港まで鉄道で繋ぐ構想をぶち上げているが、大阪モノレールと阪急宝塚線でアクセスが可能であることから、この構想に対しては疑問を提起せざるを得ない。言っていることとやっていることに、全く整合性がないのである。
さらに、関西空港は2期工事の最中である。関西近畿圏の3空港は、この先、どんな迷走劇を演じていくのだろうか。

関西国際空港旅客ターミナルビル

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