旧・他人の不幸は蜜の味

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2004年10月

4cc76de9.jpg まあ研修においての常套句「変化を恐れるな!」
 はいはい。
 人間が変化を容認するためには「現状の3倍の利益が得られるという確証」が必要だといわれているらしい。

テレックスのモスコウディスコウを口ずさみながら東京に来ました。
生きてますけど、元気ではないです。
志ん朝師匠のCD3枚買いました。
みんなといる時は大騒ぎするのですが、まあいつもこんな感じです。
僕が一番好きなあの子には、僕の思いは通じない、というような当たり前のことに、僕はいつ気付くのでしょうか。
それはどういう時なのでしょうか。
そんな感じです。
好きでいる状態から脱却する瞬間というのは、どういうものなのだろうか。多分それは無意識ですね。
にゃう。

さて、すんげー若い処女と出会いがあって偶然することになったセックス、と、好きな女の子と休日の昼下がりいちゃいちゃしててナリユキでするセックス。
ぼくは後者が好き、なような気がする。
いちゃいちゃしたい。

しゅごくしゃびしいの。お前だけなの。涙なんて出ないくらいに泣いてるの。

 すきすき。もうどうしていいかわからないよ。なんかブハッと気持ちが決壊。
 赤瀬川源平はいつも注釈なしに「トマソン」と言うけど、それは意図がみえみえで嫌い。
 トマソンっていう野球の外人選手が語源らしいよ。鳴り物いりで入ってきてなんの役にもたたなかった=無用なもの、らしい。

 やはりあいつがいなければ生きてゆく積極的な意味を確認できない。
 仕事と酒と水曜どうでしょうで気を紛らわして生きてくだけ。
 泣く元気も死ぬ元気もない、そんな時間。だから幸せなんてものを一回でも感じちゃダメなんだよ。失くしたときにヒドいめにあうから。
 とても寂しい。

 たぶんもうあいつ以上の女は現れないだろうから、僕はごまかしながら生きてくしかないのだろう。

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