ガダラの豚 (1)

 朝、ちょっとだけ書いたんですが、再度。
 GoGoMonkeyさんのこんな記事を読んで感じたことがあるので。
 中島らもの「ガダラの豚」は、氏の他のエッセイが私にとってそうであったように、一種の実用書であるといえる。

 そこに書かれていることは

■人は何にだまされるのか

 ということ。結論として、人は

■『そんな馬鹿なことはあるまい』と思っている馬鹿みたいなもの

 にだまされるのだが。

 この本に書かれているのは「そんな馬鹿なこと」と思ってしまう危険性であると思う。
 「非科学的現象」、「オカルト」、そして「超常現象のタネ」あるいは「いんちき」、それら全てについて

■『そんな馬鹿なことはあるまい』

 と思った時点で、だまされるリスクは格段に高まる。

 つまり、「前提を持つこと」そのものがリスクであるともいえる。前提は多くの場合、過去の経験に基づいている。過去の経験を判断に生かす、というのは、ある面ではリスク軽減に役立つが、逆に取り返しのない事態を引き起こす原因にもなり得るということだ。

 アタリマエのことですね、相変わらず。
 しかし、全ての人間、最長寿の人間にとっても、経験は完璧なものではない。地球上全ての人間の経験を足したとしても、それは所謂「神」を凌駕できないだろう。 

 私たちが生きている一瞬一瞬。そこには絶えず、経験以外の、あるいは経験以上の何物かが潜んでいる可能性があるのだ。
 そんなことを思い返してみたり。

 カタいこと言いましたけど、それは例えば恋愛やセックスに関してもいえることなんですよ、、、次の投稿に続く


ガダラの豚 (2)


ガダラの豚 (3)