7d0a4ae8.jpg 5000円あれば、樋口一葉は助かったんじゃないか?
 とか思いながら。
 お金というのは紙切れです。
 その紙切れが、なんでお金としての効力を持つのかというと、そこに「信頼」があるからです。
 それは「国家への信頼」ですね。
 伊丹十三のエッセイの中に、戦後、日本の列車でお金を数えていた米兵の話が出てきます。
その米兵は、日本のお札を数えているのですね。
 で、一円札が見つかると、列車の窓から、その一円札を投げ捨てるのです。

 小額紙幣は持ってるだけ無駄、ということです。

 例えばですな、道ばたに一円玉が落ちています。
 これを拾うと、一円相当分以上のカロリーを消費するので、拾わない方がましらしいですね。
 カロリーを金額に換算する方法がわからないのですが、、、例えば、私は会社で働いているわけですが、だいたい時給に換算すると1200円くらいなものです。1分で20円、3秒1円ですね。
 だから、拾って一円玉をしまうまでに3秒以上かかれば、損がいくというものです。

 さらに言えば「一円落ちてるけど、拾おうかどうしようか」なんて考えている時間や、その間、脳みそが消費するカロリーやストレスを考えるならば、一円なんて無視するべきものです。

・格言「一円を笑う者は百円に大笑い」

 しかし、我々は一円を拾い、一円のおつりをありがたく頂く。一円を捨てることができないのです、少なくとも私は。

 一円を捨てる、というのは非常に合理的だと思います。しかし、それは犯罪なのです。別に誰にも迷惑かけないのに、何で犯罪になるのかというと、たとえ一円といえども、それが「国家の権威」だからですね。

 通貨を捨てる、という行為は、国家を愚弄する行為に他ならない。

 千円札も一万円札も、どっちも紙であって、10倍の価格差なんてあるわけがない。それが千円であり一万円であるという理由は、「国がそう言ってるから」だけのものです。

 千円に千円分の価値があるってのは、私たちにとって当たり前のことになっていますけれど、実はそんなものはマヤカシで、ただ単に国が「この紙には千円分の価値がありますよ」って言ってるだけです。

 今回も当たり前のことを書いていますが。

 そんなことを考えていて、ユーロってなんだべ?と思いました。あの思想は共産主義ですよね、たぶん。