Dob(notPOP) あ、一応書いておきますがここでの「良いブログ」というのは「定期的に見てくれる固定読者がつきやすい」という意味です。だから、私が思う「本当に良いブログ」とは、実は違うのですが、わかりやすくこう書いています。

 話題が豊富なブログ、魅力的です。でもね、
 ここでは、二つの矛盾した前提を踏まえておく必要があります。

1.読者は、あなたが取り上げる多くの話題の内、一部にしか興味を示さない。
2.読者は、あなたの全体像、あなた自身に興味を持っている。


 まず1.についてですが、これは当たり前でして。
 例えば私のブログを読んでくれる方にしても、映画・音楽・お笑い・どうでしょう・恋愛・ブログといった中で、一つ、多くても二つ三つの事にしか興味はないと思うのです。

 もっと言えば、音楽の中でもソウル系の話題にだけ興味がある、YMOだけ興味がある、という風に。
 話題がマニアックになればなるほど=細分化されればされるほど≒話題が増えれば増えるほど、ツボに入った時の共感度は高くなりますが、ツボに入る確率は低くなります。

 で、音楽に興味がある人にとって、その他の話題は「じゃま」です。音楽記事だけ取り上げられていれば「面白いブログ」ですが、その他の興味のない記事が多くなればなるほど、その面白さは希釈され「退屈なブログ」になります。 個々の記事が良いか悪いか、ではなくてですね。パッと表示された記事の中で、当該読者にとって興味のあるコンテンツ、「一目見て興味あるな、と思える記事」が何%あるか、という問題です。

 「そのためにカテゴリ分けがあるんだろ」と思う方、心配しなくても、誰もサイドバーなんて見ませんから。
 他人のブログのサイドバーに興味を示す人なんて、一握りだと思います。
 例えばあなた自身、はじめて覗いたブログのサイドバーを上から下まで見た事がありますか?
 カテゴってみた事はありますか?
 他人のこうさぎをクリックしてみた事は?

 当然、話題が豊富になればなるほど、当該読者にとって興味のある記事が出現する確率は低くなります。
 ということは、話題が豊富になればなる程、そのブログは退屈になってゆく、というわけです。

 そして、矛盾する2.

 私は、ブログを読むという行為は「人間ウォッチング」だと思っています。
 ブログとは個々の情報を得るための物ではなく「個々の情報の集合から想像される作者本人を覗き見るための物」だと。

 そういう楽しみ方をする場合、作者の人格というものがある程度分かっていなければ、読者は魅力を感じません。
 「この作者はこういう人だ」という固定概念がなければ、ウォッチしていても面白くないものです。
 全くつかみ所のない、何を考えているか分からない、意見がコロコロ変わる人をウォッチするのも楽しいですが、それはとても疲れます。そこまで体力を使ってブログを読む人は珍しいでしょう。
 ですから、作者はある程度、自分のキャラクターを固定した方が得策です。

 話題が豊富になると、まず、なんというかブログが「複雑」になります。
 音楽にしても恋愛にしてもそうですが、一つの話題について書かれたブログでは、読者は作者の人格を容易に想像する事ができます。
 たしかに、それは飽くまでも「一面から見た人格」に過ぎない。しかし、読者が「この人はこういう人なんだ」と想像しやすい、思い込みやすいというのはブログにとって大切な要素です。
 話題があちこちに飛ぶブログというのは、そういう点で不利です。
 例えば、音楽に関しては前衛的であり、恋愛に関しては保守的な話題が展開されていたら、どうでしょうか?さらにその人にSM嗜好があったら?
 そのように、人間というのは多面的な物ですが、その多面性を提示する事は「ブログにおける人格の決めつけ」の大きな障害になります。 
 それは、ブログを安心して、無責任に楽しむことを阻害するわけです。

 さらに、話題が多くなるに伴って、先に書いたように「当該読者が読まない記事」が増えます。
 それもまた、個々の情報の集合から作者本人を想像するにあたっては障害になりますね。

 長いな、長すぎますね。では。