March 21, 2004
いつだって歌がある−第17回「ムラサキツユクサのあやまち」
<課題曲「いつも何度でも」作曲、歌:木村弓、作詞:覚和歌子 TOKUMA JAPAN COMUNICATIONS TKCA−72166
(2001年11月2日)
梅雨の晴れ間にはケヤキの新緑からぽたぽた落ちる水滴。 校舎の裏で花をつけたムラサキツユクサを切り取る。雄しべを水に浮かべて、ピンセットでそっと一本引き抜き、プレパラートに載せて顕微鏡にセットする。ツユクサの雄しべ細胞はとても大きく、面倒な切片作りが不要で、高校生が「裸の生き物」をのぞき見るのにちょうどいい。
レンズに当たる光を調節すると、視野に広がる一面の青。細胞の中の澄んだブルーの流れが、小さいつぶつぶをゆっくり運ぶ。これが「原形質流動」。生きている不思議の原点かもしれない。
でも、組織から切り離されたツユクサは延命できない。数十分後、流動がゆっくりと停止した瞬間、青が消える。無色の細胞壁だけが残る。
顕微鏡をのぞかなくなって20年近くが過ぎたが、いまでも透き通った青い光が消えさる場面を薬品臭のただよう理科室で凝視する夢を見る。「ぼくの最期もこうなるのかな」と感じた一瞬。
恥ずかしながら生物学者を志した時期がある。「おまえには理科系の緻密さはない。あるのは文化系の粗放さだけ」という担任教師の警句を無視して進学してみたものの、ホルモン物質抽出のため356匹目の虫の頭を切り落とした時に「あー、こりゃいかん」と気付いた。「なにやってんだ、キミは」と言われれば一言もない。先生のおっしゃる通りでした。
「千と千尋の神隠し」の主題歌の「繰り返すあやまちの そのたび ひとは ただ青い空の 青さを知る」という詞に理科室を経由した誤りだらけのぼくの人生を再確認した。
でも、人生には救いがある。「探しているものは自分の中にあった」という発見。この歌は終句がすてきです。
