April 17, 2006

移動しました

RO日記は下記に仮移転しました。
ブクマ・リンク張ってくださった方は変更をお願いします!

http://lucia-ro.jugem.jp/
(お手数ですが/を半角に書き換えていらしてください!不正アクセス防止のためご協力お願いします)

January 09, 2006

3連休のRO総括

まともにROにどっぷり使った気がするるちです、コンニチワ。

この3連休でひっさびさにROやった!っていう気になりました。
お正月休みもなんだかんだROやってなかったし(年末は掃除したりウチにヒトが着てたりだったし、年明けはROなんて気分じゃなくて)

7日:亀とお城に行く
8日:廃屋に3時間半篭る→ジョブアップ
9日:お城に行く

結果、転生83の85%まで着ました。
最初は85まで頑張るとか宣言したんだけど無理だったー。
84にはするつもりだったんだけどちょっと時間がなかったー。

今週末84になるかな??

一旦ステ的には完成しているけど、生体来るし、やっぱり行ってみたいジャン。
いつ実装かもわからないし間に合うかどうかすら怪しいけど出来る限り頑張りたい。
ってことでちょいモチベがあがりました。

だけど、相変わらず仕事&遊びが優先なのは変わらず。
ゲームばっかりやっててもしょうがないし(笑)

学生時代はゲームにどっぷりで誰に何を言われようとやっていたけど、(それこそプリが97〜99は自分でも廃だったと思う)、今はそれよりやらなきゃいけないこと一杯あるしね〜

PC新しくしたし、来週はどこかGvに行ってみようかな〜とおもいつつ、遊びの予定が入るかもしれないし〜なんて。

やっぱりGvギルドにはもう戻れないかな(笑)
椅子やれるキャラいるわけじゃないしね〜。あーあもったいない

January 06, 2006

落ち着け

落ち着けアタシ。

深呼吸だアタシ。

プライベートで問題をいくら抱えていても、
仕事がどんなにうまくいかなくてイライラしてても、
それを知らないヒトに言葉で当たったら意味がない。

落ち着けアタシ。

毎回毎回、後になって後悔する事ばっかり。
そんなつもりじゃなくても受け取る側が意図したとおりに受け取らなきゃ、
受け取り手がいくら違うといったところで印象は変化しちゃう。

ホントはアタシは、上に立つべき人間じゃないのかもしれない。
参謀的役割が一番しょうにあってるのかも。

ホントになんでもポンポン言い合える友達って、いない。
アタシはなんでもポンポン言って言い合っていかないと駄目。

取り合えず言っちゃう。それで後悔をする。
毎回毎回。進歩なさすぎ。

いつも思うのに進歩がない。

成長してないなー。
いつか自滅する。
独りになるのが怖いくせに。寂しいくせに。
だからってヒトに合わせて自分を抑えるものいや。

駄目すぎだ。
新年早々なにやってんだアタシ。
落ち着けアタシ。

January 04, 2006

家族って何だろう。

ココ最近ずっと考えていること。

「家族」ってなんだろう。

母親が発した言葉
「所詮夫婦は他人。だからココ(父の実家)に来ると否が応でも他人を認識させられる」
「子供は親を選べないからかわいそう」
「私にはもう帰る場所がない」(母は父の家の養子に結婚と同時になってます)

アタシは子供が生まれることで他人同士だった夫婦が親となり子供に成長させられてそして家族になっていくもんなのかなとか勝手に思っていた。
けど、結婚30年になろうとしてる母でさえ、そういうことを言う。

結婚に対して憧れを抱いていないといえばうそになるけれども、身近なヒトの衝撃的な発言だったからそれなりにあたしにはショックだった。

父に対してもそう。
「お芝居」で片付けるには母の気持ちを無視しすぎているんじゃないかってずっとおもってた。
母のあの発言を聞くと、「他人」だからいいや。なのかなとか。
勝手に凄く色々考えちゃって、どうしても娘のアタシは母親の味方をしてあげたくなる。

父の言っていることや父の理想、父の考え方を否定することはもちろんしないけれど、でもアタシは受け入れられない。
そうやって考えるヒトは世の中いっぱいヒトがいるんだから、そういう考え方をするヒトがいるんだってことは理解できる。
けどそれを受け入れられて同意できるかどうかはまた別の問題で、少なくとも今のアタシには無理。

そんなわけで、今はどうしても父を許すことが出来なくて、実家にも帰りたくない、父の声を聞きたくない、同じ空間にいたくない。
だけど母親が心配で様子を見に行ってあげたい、電話もしてあげたい。
そういう気持ちのハザマで揺れて、結局父がいやという理由で電話もしない、実家にも帰らないあたしはひどい娘なのかな。
苦しくて苦しくて、眠れない。
誰かに縋りたくて、抱きしめてほしくて、慰めてほしくて、間違ってないよと受容してほしくて。

そんな感じで仕事をしていた今日のこと。
同じ部の同じチームで仕事してる同期からの一本の電話。
彼のお父様がお亡くなりになったそうです。
・・・そういえば彼は、毎週のように家に帰っていたし、年末は半休を撮ることが多くなっていて、電話の向こうの彼はとても悲しそうな声をしていた。

本当に、お父さんのことを心配して、大事に思って、いなくなってしまって本当に悲しんでいて・・・でも社会人としての責任をきちんと果たそうとしているその彼の姿に触れて、自分を思わず振り返っちゃった。

彼のお父さんは本当に幸せなお父さんなんだよね、きっと。
こんなのろくに事情も知りもしないあたしの勝手な想像だけどさ。

アタシは父に、再びそういう感情をもつことが出来るのかがとても不安。

この先、もし結婚したいヒトができて、もし反対されたりとかそれ以外でも否定されたり反論された時、今までのようにぐっとこらえたり、大人の対応が出来るのかどうか、とか。

仕事しなきゃいけないのに考え込んじゃった。

大きな驚きと、ショックのなかで彼の直属の上司がそっと、同期に連絡するならしてあげてと詳細をこっそり教えてくれた。

あたしたち、もう「親がしんでしまう」っていう世代にはいってきちゃったんだな、っていう実感もちょっと感じたり。
・・・彼の場合、アタシとは年が3つ違う上に、彼の上に兄弟がいるらしいので親の世代が違うのかもしれないけれども、うちは結婚が早かった割りに子供が生まれるの(あたし)が遅かったのでそれなりに年が行っている。

そんなこんなで再び不安定になっているアタシでしたとさ。

仕事があるんだからさっさと寝ろよ自分と思いつつblogに向かっているのでした。

January 02, 2006

一晩すぎて+今年の目標

昨日の出来事が、全部夢だったらよいのに。
何度も無理なことを思った。
やっぱり現実で。

実家に何度電話しようとしてやめたことか。
・・・実家から電話がないって言うことはあれから状況が良くも悪くも変わっていないっていうことなんだろうけれど。

昨日の出来事を文章にしてきれいに整理して、自分の中で折り合いをつけようとしてみたけれど、何度やっても同じ場所で止まってしまう。
そして泣いている自分がいる。笑おうって決めたのに。

今までそれなりに修羅場を潜ってきたと思ってたけど、それは思い上がりだったことに気づかされた。

今まで23年生きてきた中で、一番の家族の問題。
いかにおかーさんが凄い人なのかに気づかされた。

そんな中でも確実に時間は進んでいて。
高校のときの同期との飲み会のお知らせが舞い込んできたり、こんなときでもおなかはすいて(食欲はない)、機械的に食べ物詰め込んでみたり、里見八犬伝見たり(本は読んだんだ)。

ぼーっと今年の目標明確にしてみようかと思って考えたり。

立ち止まっている時間はない。
時間は今この瞬間にも過ぎて、今が過去へとなり、未来が今になっている。
その瞬間瞬間で、そのとき考えねばならぬことを考え、行動を起こし、あたしたちは生きてるんだ。
それが喜怒哀楽どの感情から起こっているかはさておき、喜怒哀楽を表現してあたしたちは生きてるんだ。

そのことに気づけただけでもアタシは幸せものなんだ。
心配して声かけてくれる友達がアタシにはいる。
アタシは一人じゃない。幸せものなんだ。
そう思わなきゃやっていられない。

元旦にあの事件が起こったのも何か意味があるんだと。

で。
そんなこんなで今年の目標

「カッコイイ大人で色気のある女性になる」

その1.公私のけじめをつける
→仕事をするときは仕事に集中、遊ぶときは思いっきり遊ぶ
・・・あ、仕事中のmixiやメッセは息抜き!頻度を減らすよう努力します(笑)
その2.お金の使い道を把握する
→将来を見据えた貯蓄計画!まずは毎日の家計簿から。
3ヶ月ごとに見直しを!
その3.仕事のやり方を確立する
→○○のことならアタシに聞け!といわれるようなものを作るための礎をつくる。それにはアタシ流の仕事のやり方やアタシが得意とすることを見定め、伸ばす努力をする
その4.自分を磨く
→ファッションや化粧といった外見努力ももちろん、内面を磨く!読書したり、芸術作品に触れたりといった人間そのものもそうだけれども、知の部分も磨きたい。
ベンダー資格(Oracle)、公的資格(情報処理)を取得する。
その5.彼氏をつくる
→これはもう縁としか言いようがないけれど(笑)
その6.人間関係を広げる
→mixiの1982や、同業者との交流を深めていきたい。
その4と意味は同種かもねっ(笑)

3ヶ月目標
・1月〜3月
<仕事>
新人の特権を使える最後の3ヶ月。
多くのことを学び吸収し、自分の仕事の礎となるように頑張る。扱ってるシステムの特性を理解し、業務知識を身につける
<プライベート>
4月の情報処理試験に向けて遊びもそこそこ、勉強を頑張る。

☆3ヶ月目標は今後、4月、7月、10月に更新しまっ

久々の狩り。

久しぶりに狩りをしたLuciaです、こんばんわ。

夕方5時くらいからお城にHiwizさんといきました。
ノートだったがゆえに、ファンクションキーの押し間違え多発でSPが。。。。
ヒールの隣にブレスを置くのが悪いんだろうということが明白なんだけど、いまさらSC構成変えたところでさらに混乱して押し間違えるんだよね。

だれかファンクションキーのリハビリしにつれていってください><。

ファンクションキーの押し間違えであわあわしてたら深遠のBDSが2連続でほぼ来て死んだしね><
1回なら耐えるんだけどね〜・・・ちょうどアスムが切れた瞬間だった。
せつな過ぎる。

そういえば、昨日、新年初箱オープン(青)をやったんだけど、結果はニンジンでした。
び、微妙すぎる…。もちっといいもの出てもばちあたらないでしょーっと叫びたくて仕方がなかった、うん。
一緒にやってたうには、ローヤルだった。
コメントしづらいものだった。
南無ってほど南無でもないし、箱ってことを考えると南無かもしれないし・・・。

ある意味アタシよりも微妙なものが出たのかもしれない(笑)

笑おう

つらいときこそ、人間試されている気がする。

アタシが泣いていたら、おかーさんはもっとつらいとおもう。

だからアタシは笑おう。

おかーさんが泣けるように、笑おう。

そのことに気づかせてくれたmirai、ありがとね。

でも、今日だけは、泣かせて。

明日からいっぱいいっぱい笑うために。

笑う門こそ福が来るって言うものね。

話を聞いてくれたゆーりとめいにゃんありがとう。

でもね、やっぱり泣きたくなることもあると思うんだ。

そういう時は泣いてもいいんだよね?

January 01, 2006

最悪の一日

新年早々、物騒なタイトルでごめんなさい。

でも今日一日を言い表すのならば最悪の一言しかありません。

今日は実家に帰ってすぐに、父の実家に帰りました。
色々と会が始まる前からひと悶着あったのですが、何とか滑り出し、みんなわいわいやっていました。

ただ何かいつもと違ったのが、父+叔父たちの会話の内容。穏やかではないことはなしているなぁ、とは頭の片隅で思っていたんです。

案の定…よくないことが怒りました。
うちの父が親戚が全員いる中で爆弾発言を。
うちの父はプライドばっかり高くて、意固地になるし、自分が法律で常に自分が正しいと思っている人です。

母が一番ショックだったろうし、傷ついただろうし。
何よりその場にいた人全員がそれを感じただろうけど一番深かったのは絶対に母です。

私自身も衝撃的で、ショックだったし傷ついたし、どうしていいかわかりませんでした。
ただ思ったのは、母の前でアタシが泣いちゃいけないってこと、ただひとつだけ。

それ以降、その発言をした本人は行方不明になり(後で家に様子を見に行った弟から、変な置手紙残していなかったと報告が)、その場の話題は父の発言から派生した話題だけになりました。

私はその場にい続けることが出来ませんでした。
テレビを見る振りして聞いていたけど耐え切れませんでした。

そして、爆弾発言から5時間で、いきなり家に迎えに来いと電話をかけ、迎えにいった車に乗った瞬間、
「あぁー今日は面白い一日だった。ぜーんぶお芝居だよ」
と一言。

母の気持ちを思うと、父がとても許せません。
あれだけ色々な人の心を乱し、心配をかけた張本人なのに。

母のそばに今夜はいてあげようと思っていたけれど、父と同じ屋根の下にいたくなくて帰宅しました。
母には、「家がつらかったらいつでも来ていいよ」っていって。ひどい娘だね。
もっと大人になればいいんだけど、そこまで大人になれなかった。

もう純粋に、両親を見れないなぁ。
社会人になってしまったことによっていろんなことが理解できてしまって・・・。

あの、何気ないことで幸せだった日々
くだらないことを一緒にやっていた日々

家族ってなんだろう。
すごく考えさせられちゃった…。

元旦から暗い日記でごめんなさい><。

そんなこんなで、実家から逃げてきた(…、はいいけれど、一人でいたくないそんな夜。
気を抜くと涙が出て仕方がない。

あと休み2日・・・
誰か遊ぼうよー><。

December 31, 2005

今年もお世話になりました。

2005最後の晩餐。

さて、2005年も残すところ1時間15分あまりとなりました。

29日の日付で一年を事細かに振り返ってみたけれど、やっぱり今年は色々と変化のある一年だったなぁと思います。

まず、学生から社会人へという大きな変化。
実家暮らしから一人暮らしへという大きな変化。

この2本の大きな変化を軸に、さまざまな人との出会いがたくさんあって、この一年間すごく自分が成長することの出来た一年だったと思います。

相変わらず色恋沙汰ではまったく成長がないように見えるけど、一つ一つの恋愛で何かひとつはすべて学んでいるので、私がこれから先、恋愛をしていくために必要なことだったんだと思ってます。

この世で自分に起こるすべてのことが、いいことでも悪いことでもすべて何かしらの意味を持っていて、それを学んでほしいからおきているんだと思っています。

もちろん、凹んだり泣いたり怒ったり笑ったり寂しかったり悲しかったりすることもたーくさんあるけど、振り返ってみればこういうことだったんだなと理解できる。
理解できないことはひとつもない・・・といいたいとこだけど、たまにそういうこともある。

この地球上で、日本で、私と出会ってくれたすべての人とはとてもすごい運命の糸で引き寄せられたんじゃないかなと思ってます。
何億人って言う人が地球にいて、1億2000万という人が日本にて、その中でであったんだからなんらかしらの運命や縁がなければ出会わないと思うんだ。

どんなに嫌な人でも、何かしらの意味を持って出会うんだと思う。
反面教師にして自分が成長していけばいいんだと、そういう風に考えるようにしています。

何が言いたいのかさーっぱりわからなくなっちゃったけど、2005年を言い表すならば、
「変化と出会いの一年」
だったと思う。

出会いは、同期、先輩、1982の仲間、ROの仲間。いろんな仲間とであった。
今の私がいるのはみんなのおかげ。
本当にありがとう。

こんな私に今年一年(一年じゃない人もいるけど)、付き合ってくれてありがとうございました。2006年も懲りずに付き合ってくださるととてもうれしいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

皆様よいお年を☆

…写真は今夜の晩餐。
ワイン、シチュー、ゴハン、冷奴。
こっから、スイーツ食べながら杏露酒になる予定(笑

December 30, 2005

大掃除第二弾と料理(追記完了

30日の日記。

・最後の可燃物ごみの日、8時までに出すとこを7時55分に目覚める。
目覚ましに気づかなかったのに、自力でおきる。
あーよかった、大量の可燃ゴミとともに年越しせずにすんだよ。
(今週、1回目のゴミの日は風邪で寝込んでそれどころじゃなかった)
そんでもって、出した後は二度寝(笑)
幸せじゃw

・起床後布団を干す。
11時ごろ起床。
ちょっと布団の中でうだうだして、えいやっと起きて布団を干す。
やっぱり、布団は日に当てたいよね(笑)
そんでもって布団カバーをひっぺがす。洗濯じゃっ

・雑巾がけ、上から下にホコリを落とす。
テレビ、パソコン、棚、コンポのホコリを雑巾で拭きながら落とす。
お掃除の鉄則、上から下にです(笑)
大掃除最終章ですな。
・・・実家にいるとやる気がまったくしないけど、自分の城となると掃除してきれいにしたくなるのはどうしてだろう(笑)

・加湿器設置
きれいになった棚のうえに加湿器を設置。
これでお部屋が潤うわvvうれしー(笑)

・床を一気に掃除する。
クイックルワイパーとコロコロ。
うちには掃除機がありません。・・・掃除機を使うほど広くないって言う説もあるんですけどね(泣
そんで布団を取り込んで布団カバーをつけているときに友人から電話。
そう、今日はシチュー作るから食べにおいでっって誘った友達が着てくれるわけで、待ち合わせして電話を切る。

・DVD返却、無印へ買い物、友人回収
渋谷へ行き→ツタヤで返却+新たに借り(友達と合流)→無印→晩の買い物→帰宅

・料理
今日の晩御飯はビーフシチューですっ。
準備を始めてから1時間ちょいで煮込みに入れた。自分エライ。
っていうか、待たせてごめんでしたよ(T▽T)

・イマイさんはすごい
架空請求の番組。
あのリダイヤルっプリはすごかった(笑)

ご飯作りながらでちゃんとみれなかったから再放送してくれないかなっ(爆)

・大奥を見る
9時からは私の希望で大奥を。
楽しかったー。

きんぱちもみたかったけど、実家でビデオをとっているらしいので見るのをやめたw

・新PCに色々とソフトをDLする
友達に協力してもらって色々プレイヤーとかソフトをDL。
やっと使えるようになったノートPCでしたっ。

残すところ2005年もあと2時間。
31日に追記しましたっっとな。

December 29, 2005

今年を振り返るPart1

1月
・2004年末に当時付き合っていた彼氏に振られて、引きずってどん底のまま新年を迎える。その元彼もいた忘年会に無理やりいったことで浮上のきっかけを掴むも、グダグダっぷりは見事。そのまま風邪を引いて寝正月。
・学校が始まって数日、友人から彼氏と別れたメールが入る。なんとか表面上取り繕っていた私も、その友人の様子を見に行き慰めながら自分も再度どつぼにはまり、その友人宅からの帰宅後再び風邪を引く。
・中旬、女だらけの新年会のゴハン会のときに次々と明かされるさまざまな新事実。その中には元彼のこともあって・・・再び荒れる。
・下旬、卒業試験、卒業レポートにおわれてそのことを無意識に心の奥底へしまう。無事、それらをクリア→卒論モードへ。

<感想>
本当に、1月は落ちまくっていた月で、今まで生きてきた中で一番最悪な精神状態で新年を迎えた2005年でした。失恋引きずったまま年越しだなんて。
今は割りと笑い話にできていますができていない部分も多分に…ちょっとしたことでフラッシュバックを起こします。トラウマじゃないと思いたい。
元彼は中部地方で同業者やってるので、たどっていけばどっかで接点がありそうな予感が勝手にしてますが多分、あっても仕事の人という認識はできる位には自己完結できてます、ハイ。

あとは、一応学生生活最後の試験ってものを乗り越えた月で感慨深い月でもあった。
だからこそ心の奥底に元彼問題しまいこんでまい進してたなぁ、忘れるために。

2月
・卒論月間開始。上旬は週に3日くらい学校に行って作業。3人の共同研究だったためさほど一人当たりの作業量の負担はなかった・・・はずだったんだけど!
(それ以前のデータ整理で私は就職が決まっていなかったが故に友達に迷惑をかけていたのですが)
・中旬に胃を壊して家から出れなくなる。
・下旬に一人で卒論発表会。友達が全部やってくれてました・・・私は友達と先生に足を向けて寝れません。卒業できたのは彼女たちのおかげですから。

<感想>
本来なら卒論がりごり月間だったんでしょうが・・・
無意識に心の奥底にしまっていたことがストレスになっていたんでしょうか、胃を壊しまして…。極端に外に出ることが出来なくなってしまったのでした。
人と会うのも嫌っていうか、口を利くのも嫌って言うか、完璧引きこもりに近い状態になっていたような。胃を壊していたけどそれ以外は元気(体的には)だったからネットとかやっていたし。(いや出来る部分の卒論はやっていたのよ?)
現実からすごく逃げていました。

3月
・卒業確定者発表→卒業確定。ほんっと先生と友達のおかげ。単位ギリギリ(−−;
・大学卒業式。はかま着たよ〜。携帯かえちゃったからはかまの写真がない。
・入社後新人研修のため富山へ。3/30に私は移動したのだけど、上越新幹線で越後湯沢手前のトンネルを抜ける前は快晴、抜けた後そこは雪国でした。
どこぞの文豪の小説の書き出しのような世界がそこには広がってました(笑)
・このころ彼氏が出来る。

<感想>
3月は一番身辺がゴタゴタとあわただしかった。上旬は大学の荷物の片付けとかしながら思いっきりネットゲームやってて(ヲイ、中旬からは部屋の片付けや卒業式に向けていろいろ準備したり、下旬は研修に向けて荷物作ったり、お買い物したり、富山に行ったり。いっちばん忙しかったかな。
んでもって心の奥底にどろどろを抱えたまま新しい彼氏が3月入ってすぐ出来た…のですが…。
このときは本当に好きで好きでたまらなくて、心の奥底のどろどろがこのままなくなると思っていたのですが、大学を卒業して私が社会人になる準備をしだすころからどこか何かが違うと私が思い始めて、早くもギクシャクしだしたのでした。

以下4月を待て。

2005年を振り返るPart2

4月
・入社式→某独立系企業にSEとして入社
・入社後新人研修のため、富山の会社の研修所に軟禁。まさに軟禁という言葉が似合った。
・かけがえのない同期と出会う。(北海道・仙台・富山・名古屋・大阪に散らばってる)
・出身地を間違われるくらい関西弁が達者になる。
・行動をアルゴリズム化すること、会話の端々にJava言語をちりばめることが流行る
・卓球が流行る
・ちぃぃぃぃぃぃすっ♪が同期の間の合言葉というか挨拶言葉になる。
・研修後半のクラスが、28人中女子2人とかいうすさまじいクラスに割り振られてなきそうになる。
・研修の打ち上げパーティの委員になって、思い出を残すためのCD-ROMを必死こいて作る。・・・パソコン6台くらい並べて夜を徹してCD-ROM焼いたのは良い思い出だ。
・研修へきて、決定的に何かが違うと思い始めた何かに気づき、彼氏と別れる決心をする。
・同期(♂)の相談に乗っていたらいつの間にか私がその同期のことが好きだといううわさが流れていた。笑った。

<感想>
良くも悪くもいろいろな物事の見方や考え方、価値観なんかが一気に変わった。
すべて変わったわけじゃないけど180度変わったのもあるし90度変わったのもあるし、ぐるっと回って前と同じだけどでも微妙に違うかもな、とか。
それがあって彼氏と別れる決心っつーか分かれようと決めた。
これは、割と早い段階で心に決めてて、今言ってもお互い心が乱れるだけだとおもい、研修に集中したいからと彼氏からの連絡を一切無視した私。
今考えるとまったく良いことではなかったなぁと反省。

会社に入ってその仕事をして、お給料をもらう以上、私はその仕事に対してプロでなければいけないし、責任や義務がもちろん生じる。
それを全うするために何をしたらいいのか、何をすべきか、何を優先すべきか。
ということにものすごくとらわれる様になった。むしろとらわれすぎて今後いっぱいいっぱいになるんだけれども・・・。
そのことに気づいた1ヶ月だったとおもう。

学生と社会人の違いというものを入社までに嫌というほどいろいろ見たり聞いたりしてきたけれども、実際その立場に自分が立たないとわからないことってたくさんあるし、人それぞれに違いって言うものが出てくるんだなっていうのがすごく感じたこと。

同期との出会いはとてもかけがえのないもので、同期との出会いや会話からもたくさんのことを学んだし吸収した。
女子校育ちの私にとって、同期の2/3が男の子って言う環境もまず新鮮だった。
こんなに男の人がいる環境って小学校以来なんだもん・・・(笑)

やっぱり今年の4月っていうと振り返るとたくさんいろいろなことが出てくるなぁ。
思い出したらまた書いていこう。

2005年を振り返るPart3

5月
・富山から帰宅
・叔父が亡くなったことを知る
・配属部署決定
・寮への引越し、一人暮らし開始
・ネット断絶
・部署研修
・彼氏と別れる

<感想>
5月もまぁなんだかんだとゴタゴタした一月だったかなぁ。
3日に富山から戻ってきて、GW。即美容院に行って髪を切り、携帯を買い替え、洋服を買ったのは言うまでもない。
7日に本社へ初出勤、3日間本部研修。その後配属先決定、東京勤務決定。
それに伴って入寮許可が下りて、引越し準備。
配属先研修を受けつつ引越しの準備をして、22日あたりに引越し。一人暮らし開始。
すっごく一人暮らししたかったから、うれしかった〜。
ご飯造って食べるのとか、自分のペースで何でも出来るのがうれしい。
それとともに、時間を使うことに対してすごく過敏にどんどんなっていっていっぱいいっぱいになりかけていたかもしれない。

毎日覚えることがたくさんあって、毎日が楽しくて、仕事が楽しい♪って思っていたなぁ。仕事が楽しいって思えることってすごくいいことなんじゃないかなぁっておもった。

あと、彼氏と別れるときにひと悶着もふた悶着もあってかなりグロッキーになった。
当人同士の問題に他人が出てくるのはやめてほしかった・・・。
失ったものもたくさんあったけどそれ以上に自分が得たものは大きかったな〜と思う。まだ得てないけどこれから得るだろう物の大きさにかけた別れだったな。
完全にアタシのわがままだったし。
彼のことが嫌いなわけじゃないけどこのままじゃ自分がだめになると思った。
だから純粋に今でも彼には良い男になってほしいなぁとかげながら思っていたり。
もう会うことはないだろうけどね(笑)

6月
・誕生日を迎えて23になる。
・初PJT参加
・毎日やることすべてが新しいことで、いろんなことを毎日吸収していた。
・服にお金をかけだす
・ネット復帰

<感想>
特段何かがあったわけでもなく毎日が同じような日々。
とりあえず、11日に誕生日を迎えて23歳に。
土曜日だったためにほとんど誰にもお祝いしてもらえなかった記憶が(笑)
でも、気づいた同期が翌日にワインもってお祝いに来てくれました。えぇプチ宴会。

仕事のほうでは部署研修が終わって、初PJTに参加。
ほとんど開発が終了していてテストフェーズだったのだけれども、テストであがったバグをつぶして修正していく作業や、テーブルから自動生成して画面を作ったりとか簡単なことをしていたけど、わからないこともやっぱり多くて15分に1回は聞いていたなぁ。

あとお給料をある程度自由に使えるようになったから何に使うかといえば服!
服を買って幸せになってました。

今年を振り返るPart4

7月
・SSSの初オフ
・先輩に言葉遣いが汚いと怒られる
・毎日覚えることがたくさん
・13年上の先輩にこんなことも出来ないのかといやみを言われて毎日泣く

<感想>
毎日同じことの繰り返しで、特になんかあったあああ!!っていう1ヶ月ではなかった。
やっと、落ち着いたといえば落ち着いた月といえるかも。

自分で自由に使えるお金がある程度できたことで、ある意味においてはとても充実がしていた。
いつ寝ようが、いつおきようが、いつ何を食べようがいつ帰ろうか。
何も文句を言われない生活っていうのは私にとってかなりいい。

ただし、仕事に影響を出さないことっていうのは本当に徹底していた。

毎日4時ごろまでおきてたあたしが1時になると遅くなっちゃった〜なんておもってたなんて奇跡よね(爆笑

で。
敬語の使い方とかそういうのが間違ってないけど、何か言葉尻が汚いよ。
ってこっぴどくしかられた。
うぅーむ、その辺ですっごく悩んだかなぁ。

8月
・先輩におんぶにだっこ、で仕事をせずに住むことが増えてくる
・色恋沙汰のすったもんだ
・親戚からのプレッシャー(謎
・先輩が一人7月末で退社したことで新人の割には仕事の密度が濃い

<感想>
この月も、特に何かがあったわけではないんだけど・・・。
特筆するなら色恋沙汰だろうな。
何度か考え方は今までに書いているけれども、あまりにも仕事をこなす責任ってものを第一に考えすぎているらしく、ほかの事に気が回らない。
そんなわけで恋愛すること自体がものすごく負担になっていて。
そんなこんなないざこざがありましてくっついたとおもったら別れたりなんてことを…。
家に帰ってからの時間をどう使うかを帰宅中にすでに考えているので、それ通りに行かないとものすごく気分が悪くて機嫌が悪くなるんですね。

平日→仕事、休日→恋愛とはっきりこのころは別れていたきがするなぁ。
激しく自分中心にしか恋愛に関しては考えられずに相手を思いやれなかった期間。

そんな状態であるわけなんですが、お盆に実家に帰って親戚の家にいったら、
「結婚はまだ?」
なんて・・・・
「いつごろなの?」
とかね。
相手すらいませんが何か!?っていうかんじでした。

うちの母親が22で結婚したもんで、えぇ、母親の年を越しましたよ(笑)

時代も違うし、母親は高校でて就職したんだし、状況が違うでしょうと小一時間(ry

今年を振り返るPart5

9月
・休みが多かった
・初有給取得
・下旬からやたらと忙しく(当社比(ぇ

<感想>
割とこの辺から、仕事を振られて必ず技術的なことを聞かなきゃ仕事を始められない、ということはかなり少なく。
その代わり、別の意味で深い質問をするようになりました。
先輩からも、この数ヶ月ですごい変わったね〜と褒められました。

9月は3連休が2回あったこともあって割と余裕がある1ヶ月だったなぁ。
そんで、3連休に1日有給をくっつけて4連休にしてまったりしたり。

あと台風のせいで、会社が早く終わったりしたりとか!
あれは会社でもそういうことがあるのかとすごくびっくりした記憶があるな。

下旬から、カスタマイズを入れた(私はパッケージソフトを扱っていて、お客さんのニーズや運用にあわせて新たに作成することをカスタマイズという)帳票類(注文書とかそういう類のもの)をすべて、仕様どおりになっているか、仕様どおりになっていないものはなぜなのかを調査して、修正できるものは修正、打ち合わせが必要なものはどれで、お客さんに対応してもらわないといけないことは何なのか、というのを洗い出す、という作業に入って、それまで定時帰りがデフォルトだったのに(うちの会社は新人は9月までは残業代を出さない代わりに定時で帰れる仕事を与えてさせる決まりになっている)、突然9時前後まで残らないと終わらなくなるなんてことになって、あわあわしだした感じ。

ま、別によかったんだけどね(笑)

10月
・有給が増える
・残業代がつくようになる
・配属後初参加したPJTから抜ける
・別PJTに参加する
・7月にいやみを言われた先輩と再び仕事をするようになりたくさん地雷を踏まれる

<感想>
入社後半年を過ぎて、いよいよ本採用。
有給が+8日され、残業代がつくようになり、仕事も増えた。
9月末からの仕事が引き続いて忙しく、初めて打ち合わせにいったりそれを反映したり、任される仕事の責任の重さをより実感するように。

帳票類の仕事を終えた後そのPJTを抜けて新しいPJTに参加。
大阪で動いているPJTの開発しきれない分を開発することになり、なんと仕事を振る人が7月に散々悩まされた相性の会わない先輩。

どうしろっちゅーねん。
前途多難だと思ってたけど、やっぱりものすごく地雷を踏まれてストレスがすごくたまって体調を崩すことが多くなる。

この辺は日記を参照してもらえるとよりわかってもらえるんじゃないかな(笑)

今年を振り返るPart6

11月
・PJT3つをあっちこっち掛け持って訳がわからなくなりそうになる
・その割りに比較的暇で、月の2/3は割りと定時過ぎで帰宅できる
・mixiにどっぷりつかり始める

<感想>
都合、PJTを3つ掛け持ちしていたとはいえ、割と暇だった。
それは、締め切りが長かったり、さほど難しいものではなかったり、資料を見てひたすら入力するだけだったりとか、そういうものだったから。

そんでもって、このころから本格的にmixiにはまりだして仕事中も良く見ていた(笑)

11月はすごく穏やかだったなぁ。

それで、このころからすごく仕事とプライベートのスイッチの切り替えとか心に余裕を持てるようになってきた。
mixiをはじめてはまったのがまさにそれを如実に表している気がする。

そんで、恋愛なんか・・・と思っていたけれども、恋愛したいなぁって思い出すようになったのもこのころ。

そんでもって1月から押し込めてふたしてた元彼とのことをフラッシュバックして思い出してしまった。
精神的にぐだぐだで波のある期間の始まり。

12月
・新PJTに参加する
・プログラミングから離れる
・生産管理、販売管理の再勉強
・パッケージソフトのマスターの勉強
・mixi1982オフ参加
・飲み会や遊びの嵐
・色恋沙汰

<感想>
新しく立ち上がったPJTに参加したことで、いろいろなことを再勉強したり新しく勉強したり、お客さんのところに言ったりと今までとは違うけど、今までがあるから楽しく今仕事が出来ている感じで、忙しいながらも仕事は充実。

プライベートは、1982オフに参加して友達がめっちゃくちゃふえる。
そんでもってmixiにどっぷりはまりすぎるほどはまる。
やっぱり持つべきは同い年の友達だ!!

今までいろんな世代の友達はたくさん作ってきたけれど、同い年の友達って少なかったんだよね。
これからも輪を広げて生きたい!
一期一会の円を大事にしたいなぁって。
そんで、飲み会や遊びを今月はしたなぁ。

そんでもって色恋沙汰。
今朝舞い込んできた一通のメール。

8月にすったもんだした相手からのメール。

年の瀬も迫って迫りすぎてるときにかい!っと突っ込みを入れてさて返事をどうしようかとそのまま。
レコ大と紅白と格闘技をみて現実逃避してます。

あぁどうしよう・・。

December 28, 2005

☆要確認☆mixiニックネーム変更。

いよいよ今年の仕事も残すところ@1時間半になりました。
るちです、コンニチワ。

タイトルの通り、mixiのニックネームを新年から本名のあだ名に変えることにしました。
それによって、今迄mixiの日記のリンクはこのブログにしていたけど、mixiの日記します。

同じ内容をblogにも転載するから、mixiが見れなかったりするヒトは今までどおりblog見てね。
あと、ROの話題も必然的にこのblogにかくし、blogでは今迄どおり「るち」を名乗りますのでご了承下さい。

あと、料理カテゴリは今迄どおりブログに記載するから、mixiにこのblogのアドレスはちゃーんとのせます。
だから、blogはやめませんよ〜。

ただ単に、なんとなくmixiの友達に「るち」と呼ばれることに違和感を感じ始めてきただけだし、mixiにいるROの友達も最早なんか普通にリアルの友達っていう雰囲気が漂っているしね。

ROだけでしか付き合いのないヒトも、blogをよんでくれているみたいだし、blogを辞めるつもりは毛頭ないわけでして、ハイ。

ただ、内容は今迄どおりリアル:RO=9:1とかそういう割合になっちゃう。
まぁ、そこはログイン率が落ちているわけでして、ご了承下さいってことでひとつお願いします。

んでもって、mixi繋がりの友達(特に1982のヒト)、るち→新ニックネームへ呼び名を変えてください+私と認識してください(笑)
RO繋がり+mixi繋がりのヒトは今迄どおりるちでおっけぃですよ。
まぁ、新ニックネームでも良いけどどっちでもー。
RO繋がりのヒトは今迄どおり、るーしあやるちでOK。

あ。kocつながりでリアル繋がり濃くないヒトはそれぞれの大陸の呼び名でお呼びくださいませ(笑)

December 27, 2005

微復活

やと熱が下がったるちです、こんにちわ。

やっぱり薬の力は偉大ですな。

風邪薬とロキソニンだけでかなり楽になりました。
朝おきて、微熱状態だったので会社は大事をとって休みましたが(本当は休みたくなかったんだけど)、今熱はかったら平熱に戻ってました。

まだ喉がだいぶおかしいのですがとりあえず復活です。
晩御飯、どうしようかなぁ〜。
なんて、ご飯の心配をするぐらいには元気になりました(笑)

とりあえずご報告まで。
詳細はまたあとで。

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さて、振り返って今回の風邪闘病記(笑)

26日午前1時過ぎ
昼寝したこともあって、フィギュアスケート全日本選手権のエキシビを見ながら布団の中。何かのどの調子がおかしいことに気づく。
まぁエアコンつけていたから乾燥してるからだろうとおもい、お茶を飲む→寝る

26日午前7時20分
目が覚めて(既に寝坊なんだけどまだ間に合う時間)、なーんとなく体の調子がおかしいことに気づく。
取り合えず熱でも測ってみるかと思って体温計をゴソゴソ探し当てて(基礎体温を測る癖があるので(これも大学時代の名残だな(この話は後日)、熱を測る事しばし。
ピピピピッの音でうつらうつらしていたものの目が覚め、見てみるとそこには、
『37.76℃』の表示が!!

そこで会社に行く気が大分失せていたのだけど、仕事でどーしても気になる事があったので気力で布団から這い出して、最低限の化粧とウィダーインゼリーを食べてあったかい洋服をセレクトして家を出る。

そして家を出て駅まで歩く途中にお弁当と定期を忘れたことに気づく。
ショックを受けつつもそのまま駅へ向かい会社へ。

いつもと同じルートをたどっているはずなのにやたらと長く感じた。
座れないし。いっそこのまま倒れた方が楽なんじゃとおもったくらいには(爆)

で、なんとか出勤して最後の気力を振り絞って午前の業務。
段々と寒気が増してくるわ、節々が痛いし頭がガンガン。
耐え切れなくなって以下の行動は昨日の日記参照で。

26日PM5:00過ぎ。
帰宅して熱を測ったら『38.32℃』の表示が!!
卒倒しそうになりつつ布団にもぐりこむ。
でも、起きて薬を飲んでご飯を食べなきゃいけないから、このあたりに一度日記を更新していたらしい(あんまり覚えてないのよね)

26日PM7:10
やっとご飯を食べようと思い、風邪薬の漢方薬を飲む。
空腹時のほうが効果があるらしく、ご飯を食べる30分前に飲んでくれと薬剤師さんに言われたのでした。
そこから30分も気力で戦って、やっとご飯。
ご飯っていってもレトルトのネギわかめスープとレトルトおかゆ。
レトルトは嫌だったんだけど台所に立って作るのが既に無理で。
火にかけてもかけたことを忘れそうなくらいぼーっと。

で、やっとこ食べて、ロキソニンを飲む。
ここでやっとほっとした。
1時間くらいたったらロキソニンが効いてきて、痛みが消えてうつらうつらと寝る。

26日PM23:00
はっと目が覚める。
熱を測ったら7度8分。思ったより下がっていなかったので、頓服で貰った解熱剤を飲む。
ちょっと寝付けそうになくてPCぽちぽち。
mixi見たり・・・。DVD借りてきて見てないのがあったから見ようかと思ったけど気力がないのでやめておいた。

27日AM0:20
エルギスから電話がかかってくる。
どうやら残業を終えて地元に着いたとこだったみたい。
反射的にお帰り〜といってしまった。
一人暮らしだと、ドア開けても何も返してもらえないのって寂しいからね〜。
つい一人芝居でただいま〜おかえり〜とかやっちゃうことが・・・(爆)
エルギスも一人暮らしだし、なんとなーく。
そしたらただいま、って帰ってきたよ(笑)
10分弱くらい電話して切って、その後は寝付けなくて雑誌をぱらぱら読んでて。

27日AM1:30
寝る。
熱下がるかな〜という淡い期待を抱いてw

27日AM7:30
取り合えず目覚める。
薬が切れてて喉がMAX痛い。
節々の痛みは消えていたから熱がある程度下がっているのは実感できたけど実際どうなんだ?と思って熱を測る。
『37.30℃』との表示。

微熱か・・・行っていけないこともないけど無理したらまたバーンと跳ね上がるだろうと思って休むことを決意して、職場にヒトが現れる時間を待つ。
と思ったら寝ていたらしい。

27日AM9:45
目が覚めて職場に電話したっけかなと一瞬考える。
電話をした記憶があったんだけどどうもあやしいので携帯の履歴を確認。
したら電話してないじゃん・・・。
どうやら、夢の中で職場に電話をしていたらしいアタシ。なんて器用なんだ。
あわてて職場に電話して熱が下がらないので休みますと一言。

そこから即薬を飲んで、PC立ち上げてmixi徘徊。
喉が辛いのと微熱だったので割りと元気だったのですよね。

それから30分後にご飯を食べて、キンパチの再放送を見終わってから寝たらしい。

27日AM3:00
目が覚める。どうやらまた寝ていたらしい。
テレビつけるとまたキンパチの再放送が。こんど特番やるからそのための再放送なのかな?でももう終盤で結構見ているとぐっと来てしまうシーンの連続。

・・・そういえば本放送の頃見ていたとき精神的にいろいろあったなぁなんてフラッシュバックを起こしかけてたり。

27日AM4:30
熱を測ってみる。
『36.60℃』との表示。
やったー、熱が下がったー。
元気復活(笑)

それ以降はずーっと起きててmixi徘徊したり、DVD見たり。
薬の感覚考えてご飯食べないといけなかったから、エアコンつけてお風呂入りに行ったり。テレビ面白いのやってなかったしね〜。

そんなこんなな風邪闘病記。
インフルエンザじゃなくても今年の風邪、他のウィルスのせいでどどーんと熱が上がったりする事があるみたい。

ちょうどインフルエンザの流行期に入ったとニュースでもやっていたし、インフルエンザの予防接種受けた方がよさそうです。

アタシも体調が良くなったらワクチン打ってもらおうかなと本気で考え中。

熱でぼーーっとしているときにメッセして相手してくれたエルギス、さっちゃん、ぺんちゃん、ありがとうでした。
心細かったんだよぅ(T▽T)
とってもありがたかったです。

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December 26, 2005

発熱+頭痛+関節痛+喉リンパ腫れのカルテット。

惨憺たるタイトルどおりの状況にもかかわらず出勤しているるちです、コンニチワ。

会社に来てメールチャックしたら、来年初回の打合せ日程が変わっていた・・・。
なんだ今日休んでも大丈夫だったんじゃんと軽くショックを受けつつ。

そして金曜日にわけのわからないエラーが発生していたものの原因を突き止めようと現象再現してデバックしてたらいきなり更新が出来ていたりして。
もうどうしたらいいんだヽ(`Д´)ノ

9:35現在、頭痛MAX、寒気少々、ひざとひじが痛い。
さぁてどうしようか(我慢できないほどじゃぁないのが曲者)

***********************************

午後休とって病院いって帰ってきたるちです、コンバンワ。
11時半ぐらいに会社を出て、銀行にまずいったら(だってお金がなくて)、銀行が鬼のように込んでいて・・・
何とかやり過ごして病院いったらまたも込んでて診察始まったのが2時とか。
死ぬかと思いました。

なんと人生初点滴をするほどまで具合は悪化していたのでした。
幸いインフルエンザではなかったのですが、血液検査の結果ウィルス性の風邪と判明し水分いっぱいとって体休めてねとのありがたーいお言葉。

えーっと、仕事が・・・orz

そんでもってレトルトのおかゆとぽかりとヨーグルトとスープを買って先ほど帰宅したわけですが。
帰宅して熱を測ったら38.3度とかね。

あははははは、もう笑うしかない。

ご飯を食べるにはまだ少し早くて薬が飲めないので、しばらくもだえようと思います。

December 25, 2005

寝過ごしたクリスマス

クリスマスの本日、目が覚めたら16時だったるちです、コンバンワ。
11時にメールが来ていて、開いてみた形跡があるのですがまったく覚えがありません。
あああ、なんだかここの所日曜日は無駄にしているような…。

そんなわけで、結局今日の予定は何も入らなかったので寝坊したところでなんら問題はなかったわけですが(それももはや何か悲しいものがあるのはこの際おいておいて)、妙に切ないむなしいやるせない気になったのはこれはもう必然?

そんなわけで、おきてからもそもそとラーメンを作って食べ(時間がおかしいのは気にしちゃいけない)、ROにちょっとログインするも臨時があるわけでもなく2PCで狩りに行く元気もないので、DVD鑑賞。

今日はショーシャンクの空にを見ました。
今まで見た映画の中で一番の秀作だと思う私。
見たきっかけがリアルタイムじゃなくて大学の憲法の授業のとき。

それで自分が裁判官だったらどういう判決を下すかというユニークな試験だった記憶があるこの授業ですが、たしか犯罪法だか冤罪だかのテーマの部分を習っているときにこの映画を2週にわたって見た覚えがあります。

大学の授業=寝るだった私にとって最初は寝る気満々だったのですが、作品に吸い込まれてしまいまして。
大学の授業だったから席の関係もあってよく見えなくてもういっぺん見たいみたいと思い続けて4年がすぎちゃったんですけどね。

ようやっと見ることができました。

やっぱり大好きだ、この映画。
機会があって何見よう?って悩んだときぜひ見てくださいな。

モーガン・フリーマンやっぱすごいや。

で、その後はフィギュアの全日本選手権を見てました。
やっぱすごいやね。
うっかり放送見る前にyahooで結果を見ちゃったんだけど、それを差し引いてもすごかった。
村主選手の演技を見終わって得点が出たときにアタシも涙が出た。感動した。

4つ巴の代表争いだったけれど、全員が全員すばらしい演技ができてよかったと思う。

代表選手になった人にはがんばってもらいたい、純粋に。
選考に関していろいろ意見が出るのはどの競技でもそうだと思うけど。
(特にメダルが期待できたり実力が拮抗している協議ならなお)
今回も出ているようだけど賛否両論、決まったことに対してごちゃごちゃいってもしょうがないとおもうのだけどね。
ちょっと見苦しく感じちゃう。

そんなわけで、今ご飯が炊けるのを待っていたのですが、ニュース速報で東北の電車の脱線事故で亡くなった人がでたそうな。

クリスマスに痛ましい事故がまた起こってしまったのか・・・

今年は痛ましい事件や事故がとっても多かったように思う。

犠牲者の方のご冥福をお祈りいたします。

・・・さぁて、ご飯食べよう。