唇からナイフ もしくは余計なお世話

イヤなものは嫌。御迷惑と知りつつだいたい毎日、憎まれ口満載でやらせて貰います (ほぼ古本状態だったが気が変って少しずつ書き足すことにした/13年9月)

口直しの『無頼』


 口直しと言っちゃあ井筒和幸に失礼だが怪物なる愚作の口直しに『無頼』を観直した。泣けた。初見時よりもっと泣けた。何だかしらんが可成り佳かった。
 人間が違うんだな人間が。是枝の何がイラつくかと言って、そうか、あの正義感然とした作風と、弱い者の味方でございという顔付に尽きると思った。
 気色が悪い。何が坂本龍一だ。こちとら泉谷しげるに小林旭だよ音楽。あゝすっきりした。お、ポスターのコピーがええのう、正義を語るな、無頼を生きろときたか。
 前言を少し修正する……と、井筒和幸が生きている限り、井筒的な監督が出てくる可能性がある限り、まだ日本映画にも未来がある。くどいようだが是枝的な物は要らない。
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おこちゃまの『怪物』


 是枝裕和の『怪物』はちょっと前にカンヌで脚本賞を貰っておって大層な題名と相まって一回見て置くかという心になって居、今般観た。
 呆れた。出来の悪い只のおこちゃま映画ではないか。あらためて怪物というタイトルを眺めて嗤った。これが怪物かよ。
 冒頭からピアノの優し気なBGMが流れてきて、あざとい演出だなあと斜に見ていたわけだが、エンドタイトルで坂本龍一の音楽であることを知って悲しかった。悲しいという意味は、こんな無味乾燥な音楽しかつけれなくなった坂本に、是枝やスタッフは録音スタジオで絶賛し拍手をおくっていただろうと想像したからだ。
 これが日本映画界の現状である。世界の映画水準もだいぶ落ちているが、日本は更に低いところを飛行している。

ほぼ革命という感じ


 オストルンドの『逆転のトライアングル』を観た。前作『ザ・スクエア』、前々作『フレンチアルプスで起きたこと』の完成度に比べるといささか散漫ではあったが、ヒエラルキーの一瞬の逆転は非常に痛快。
 超豪華クルーザー内の不条理性はブニュエル演出を彷彿させるし、一寸前まで下層で虐げられた者が力を持って暴力性をフル稼働させる展開は、最近感心したメキシコ映画『ニューオーダー』(文字通り「新体制」)を思い出すに足る。
 ただし『ニューオーダー』で描かれた革命が、一切の政治性を視野に入れぬ言葉を発しない一直線な暴力であるのにくらべ、『逆転のトライアングル』は若干甘い。
 甘さの意味は、漂着した島で権力を掌握する中年アジア人女性(クルーザーでは最下層のトイレ掃除人)が、食料分配やベッドの確保等でルール作りをする政治性を発揮する点にある。
 エンディングの、成る程なと思いつつもあやふやなトーンダウンも、彼女の行動は中途半端な革命であって、真の革命に政治は向いていないことを期せずして予感していた。まあその意味での発見はあった。

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『逆転のトライアングル』2022年

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『ニューオーダー』2020年

無名の享楽


 同級生のなかには五十、六十の時分から歳を隠したがる奴らがいた。若く見られたいのである。トロい奴めらが。
 以前から書き続けているとおり、俺は二十代の頃から老けて見られることに尽力し続け、四十、五十、六十と徐々に理想に近づいて来たには来たが、悔しいかな七十代の大人達の前で小さくなってしまう己に極めて慊らなさを感じていた。かなわんなと。
 特に店屋なぞで、早晩死ぬという雰囲気を無理なく漂わせながら酒を嗜む粋さは、中年風情ではどう足掻いても出せぬ。
 それが一昨年やっと七十歳になり、凡そ一年、古稀たる悦びを噛みしめながら行動し、あらためて歳を喰うのは良いものであると感慨一入であったものだが、本年は堂々足る年男。ほぼ恐いものなしとなった。なにせ、何処の店に行っても大概最年長なのだ。
 髭などたくわえ相当に老けた雰囲気を作っている隣客が還暦なりたてのトーシロー老人と知り思わず吹き出したり、食の蘊蓄を語り、和合や三好がどうしたこうしたとお喋りする若いのか老けているのかよく分からぬ男女らを眺め、呵、江上トミも土井勝も、『パーマー・プレーヤーのチャレンジゴルフ』も知らんガキめと心で嗤う権利を得たのである。
 但しだ。かかる横着を愉しむには不可欠の条件がある。
 先ずは社会的に無名であることだ。無名であり、何の役に立つこともなく、己の基準で過不足なくゼニがまわっていることが肝要である。畢竟、我儘に上手く歳を喰いたくば名や顔を売らぬことこそが大切なのである。名や顔が知れていることほど不自由はない。あああの人だと指を指される事ほど不幸な老後はない。
 人生終盤をそれなりに良く生きたくば、セネカが教える通りあらゆる役職(同窓会幹事やら町内ボランティアなども含む全ての社会的に有益とされる仕事)から手を引かねばならぬ。社会貢献など生への未練から来る無粋な行いであると心得るべきだ。
 言わずもがなSNSやネットに顔を晒すなど論外中の論外。己を縛ると戒めよ。
 このようにあらゆる面倒からせっせと逃げ続け、精々苦労は約束した床屋か店屋へ行く程度の面倒臭さに留めねばならぬ。
 この様にマイナスの努力を凡そ六十歳からの10年間必死で積み上げ、やっと先人たちの世界に一歩足を踏み入れることが出来るのである。


 何度でも載せるが人生はこれに尽きる。文字通り尽きる。

――もうすぐ死んでしまうあなたは、すべての仕事からでなく、社会的に有益な仕事から手をひくべきである――(セネカ)

SNS詐欺というやつ


●小田原署は16日、小田原市に住む70代の無職男性が女をかたる人物から投資を勧められて約2億4千万円をだまし取られたと発表した。署は交流サイト(SNS)で架空の投資話を持ちかけるSNS型投資詐欺事件として調べている……

●交流サイト(SNS)でジャーナリスト池上彰さんをかたる人物から投資を持ちかけられた京都府の70代女性が、約2億3千万円をだまし取られたことが23日、府警への取材で分かった。詐欺事件として捜査している……

 2億4千万と2億3千万。どうやらこのくらい払ってどうも変だなと我に返ったということか。
 俺と同世代の男女が揃って2億円強の詐欺にあっているわけだが、見方によっては元気があってよいと思った。そんなにささっと動かせる現物を持っていて尚且つ増やそうとする心意気やよし。
 それなりに頭も回転しておる。回転しておるから騙されるのである。健康な証拠である。
 自分の代で、残り少ない人生で、パーっと使い切ってしまおうとはせず、更に増やして子孫に残そうと考えたか。或いは、人生は永遠に続くからもっと蓄えねば足りぬとの不安にさいなまれておったか。
 どちらにせよ古希を過ぎて尚、SNSの夢と現実を愉しむ事の出来る前向きな人達である。

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ルキウス

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