唇からナイフ もしくは余計なお世話

イヤなものは嫌。御迷惑と知りつつだいたい毎日、憎まれ口満載でやらせて貰います (ほぼ古本状態だったが気が変って少しずつ書き足すことにした/13年9月)

二度目のハナレ 3


 さてさて、粗びき太打ち蕎麦を喰い終えたあとは残った湯にかえしを混ぜて飲むわけだが、かえしの、これは何と言えばいいのか、密度の差というのか比重の差とでもいうのか……要は、普通の蕎麦つゆの様に容易に蕎麦湯に混ざらぬところが中々の景色で、味わいも口にあたる部分でまるで違って来て無二の感あり。
 で、これも実に酒に合う。
 と、此処で思うのは、酒好きを自認する店主と内儀の意図である。堂堂たる蕎麦をいきなり先付と称して出す考えや如何に、である。
 ひょっとすると彼らは蕎麦そのもので酒を旨く飲ます方法を日々練って居るのではないかと思った。そこで其の日の品書きを見直せば、

 先付:粗びき太打ち蕎麦の釜揚げ 
 前菜:八寸様の酒肴色々 
 椀:そばがきと牛肉 
 焼物:野菜達と鴨ロース 
 季節そば:かけ蕎麦に自然薯と有明海の海苔 
 揚物:海老と野菜(芽キャベツ、海老芋、下仁田ネギ)の天ぷら 
 おそば:更科と引きぐるみ何れも十割のつめたい蕎麦におろし添え 
 甘味:そば大福 

 なんと五回、六種の蕎麦を出している。
 ふつう「そば前」というのは、つまみと酒を締めの蕎麦の前にやるからそう呼ぶ訳だが、この家の酒肴は品書きの通り完全に蕎麦に包囲されて居る。
 蕎麦にはじまって蕎麦を喰いつづけ蕎麦に終わるのである。酒肴は蕎麦の間に出てくるイメージである。詰りこの家の酒肴はそば前ではなく「そば間」となって、逆に言えば主人公足る蕎麦料理の引き立て役になっている。
 舌が鋭敏なうちに蕎麦本来の味を味わってもらいたいという考えは、最近の「越乃」が、其の日飛び切りの白身をつまみの前に握りで出すことにしているのと共通する。
 蕎麦屋はそばを、鮨屋はすしを喰ってもらいたいのである。
 では六種の蕎麦が酒に合うかという問題である。ここでもはっきり言おう。合う、と。
 この日は前回書いた通り「作」の極熱燗で太打ち釜揚げ蕎麦を喰い、
すき焼仕立ての牛肉を添えたそばがきにはやや温くなった同酒とビール、自然薯と有明海の海苔が入ったかけ蕎麦からは「作」純米吟醸の冷酒を合わせ、最後のそばである二種の十割には同じ冷酒を続けた。
 すべてがピタリとはまったが、取り分けトリを飾るふたつの蕎麦と「作」の相性は素晴らしかった。蕎麦は更科が白い碗、引きぐるみが黒い椀で供されるのを見ても分かる通り水切りは完璧でありながら実に瑞々しい。
 数十秒でしか味わえぬ、正に一瞬芸の極みである。
 まずは白い蕎麦。軽く咀嚼し、飲み込むことに留意し鼻で香りを抜き、「作」純吟で追う。舌の付け根に蕎麦の芳味と酒の清廉が重なって得も言われぬが味わいが現れ余韻を引く。
 次にそばかすが見える濃いグレーの蕎麦。思わず噛みしめ、いかんいかんとごくりと飲み込む。このざらつき感の気持ちよさはどうだ。間髪を容れず酒を含む。言葉にならぬ。良い体験が出来た。
 BGMはキャロル・キング~ナット・キング・コール~ジョアン・ジルベルト~ロバータ・フラックだった。皆、俺がガキだった時分の大人たちだ。懐かしかった。

 
(追記)この家は今年から夜の「次回予約」は一切やめ、一定のルールに基づいた電話予約のみにした。多くの方に自分の蕎麦を味わって貰いたいという考えからである。彼ららしいと思った。

誰かが何とかしてくれるさ


 おそらく現在只今の状況をして世界大戦状態と言うんだろう。戦争拡大を止める政治家もいないし思想家も居らん。
 今朝の新聞コラムで池内了が取り上げていた原発防衛に関する政府文書の一部を読んでも、言って見ればヤケクソ状態であることがわかる。
 池内言う通り何を言っているのかさっぱりわからん。誰かがなんとかしてくれると思っているんだろう。馬鹿の集まりだ。

池内了記事

二度目のハナレ 2


 さて、一品目「先付」と称して出た『粗びき太打ち釜揚げで』なるものが「作」純米飛び切り燗に合うのかという問題であるが、まずは結論から言おう。
 頗る付きだった!と。
 太さ5ミリはあろうかという蕎麦を静かに引き上げ口に含み、少しを噛みきり出来るだけ咀嚼せず飲み込んでみればその喉越しに感嘆の声が出た。
 ピュアさと、もちもち感と、野性的なざらつき感という複雑な味わいに加え、釜揚げの熱々な汁で供される其れは、誰が異を唱えようが酒の為に生まれて来た逸品であると俺は言う。可成り純な、或る意味無味にちかい其れを芳醇な酒が包み込んで胃の腑に送り込むとき、太打ち麺の奥に隠された蕎麦の香りが目覚めるように鼻から抜けるのである。
 更にだ。この料理には「かえし」が添えられている。
 横着を赦してもらい箸先で舐めてみた。そうして即、酒で追いかけた。如何なる醤油がベースになっているかは知らないが、たっぷりと時間をかけて熟成した、濃厚という概念を数十倍辛くした醤油の「芯」ともいえる其れを、針の先ほど舌に載せ燗酒で追うのは、桝酒に粗塩という古い飲り方があるけれど、それ以上に十二分に正当であると感じた。それくらい合う。
 となれば、かえしに熱々の太打ちをちょっと付けてやるのが合わぬ訳がなく、実際、
旨いのなんの。
 よくぞつながって居るわいという蕎麦の先を慎重にかえしに付け、10センチほどを口中に含む。一本めは噛みしめることを許して貰う。すると、かえしの辛さが、なんと甘みを帯びて来て、口一杯に蕎麦の味と風味が拡がった。
 ここで酒だ。
眩暈がするほどの豊味。
 更に蕎麦湯を加え濃さを増した釜揚げの汁を追いかけるように服す。喉と胃が歓喜の声をあげるのが聞こえる。
 又ここで酒だ。熱い湯に熱い酒だ。この繰り返し。堪らんよ、君。

(もう一寸続く)

やっぱ焼肉か 笑

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 ――来日2日目の22日夜に、(立浪監督から)夕食に招かれて焼き肉に舌鼓。
「22年間、現役だったと聞いた。人間的にも素晴らしい方の下で、プレーできるのはとても光栄」とアキーノは振り返った。『しっかり練習すれば、もっと良くなる』という言葉をいただいた。アドバイスに感謝――

 ニッポンプロ野球はやっぱり焼肉だなと笑った。或いは鍋だ。
 立浪は、ひとつの網や鍋をつつきながら交流するのが俺達の流儀だと教えた訳だ。不思議なクニに来たもんだと思っただろうな。
 ま、よろしく頼むぜアキーノ。
 昨日昼頃栄を歩いていたかな?だとすればものすごくいい奴だな。

二度目のハナレ


「手打ちそばハナレ」二度目の訪問は厳寒一月の夜。食卓は椅子席にかわっており、黒い錠が残されたままの赤茶けた光を放つ蔵扉がテーブルになって居る。迎えるBGMはキャロル・キングの『タペストリー』だった。
 初訪問の一年半前はコロナ対応で酒の販売を止めていたが今回は在る。
 地酒は「睡龍」生酛純米、「日置桜」生酛、「作」純米、同純吟の四本。他サッポロ黒ラベル、ハートランド、焼酎、梅酒等も在る在る在る。
 これは蕎麦前が楽しみじゃ、と舌なめずりしつつコースの品書きに目を移せば、一品目に先付と称し『粗びき太打ち釜あげで』とあった。蕎麦そのものを中々思い切ったやり方でどかんと出す趣向と読める。
 先付としては迫力がありすぎではないか、粗びき太打ち釜揚げなる蕎麦の料理がいきなり出てきてしまっては俺の酒はいったいどうなるのか、という極めて情緒不安定な精神状態にまずは追い込まれたものの、めげることなく「作」純米を野暮は承知の飛び切り燗で頼みそれをやりながら先付を待った。
 やがてお内儀がしずかに現れ其れを折敷に置いた。
 見込み漆黒朱塗りの椀に白濁の汁が張られ、そばかすを垣間見る5ミリはあろうかという相当に太い薄グレーの蕎麦切が隠れ見して居り、小さな
猪口が添えられている。
 内儀は、粗びきにした太打ちを釜揚げにしそこに蕎麦湯を足したこと、蕎麦はぷつっと切れやすいこと、猪口にはそばつゆに調合する前の「かえし」がそのまま入れられていること、蕎麦はかえしにつけて頂いても良いし、残った汁にかえしを入れて飲んで頂いても良いこと、を説明した。
 いったいこの先付なるもので酒がやれるのだろうか。

(続く)
ハナレ品書き

夜は一日一組4人まで それでいてこの内容が5,500円とは感服せざるを得ぬ

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ルキウス

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