唇からナイフ もしくは余計なお世話

イヤなものは嫌。御迷惑と知りつつだいたい毎日、憎まれ口満載でやらせて貰います (ほぼ古本状態だったが気が変って少しずつ書き足すことにした/13年9月)

すてきな老人でいたい(笑)


『すごいトシヨリBOOK』をきっかけに老人について色んなことを書いてきたが、ちょっと前、中日新聞の発言欄にこんな記事をみつけた。
投稿は62歳の男。年金受給年齢に入り、ふと自分は若い人から尊敬されるような人物だろうかと悩み、このように生きたいと高らかに宣言するのである。

――常に明るく健康で笑いを忘れず、譲られるよりも遠慮の心を持ちたい。人の話や意見を聞き、悪口は言わない。何事にも興味を持ち、清潔で簡素なおしゃれを心がけてダンディーでありたい。(略)『嫌老』の風潮が広がらないよう自らがすてきな老人でいたいと考えている――

まあそう思うのは勝手だが、無理だぞと言いたい。老人はどこをどう切っても醜いのである。そこから入らなければ「改善」の余地はない。
なにをやっても、なにを言っても己は醜悪であると考えて、やっとスタートラインに立てる。

元気な老人ほど醜いものはない、と考える。

分別ある老人ほど勘違いな人間はいない、と考える。

若者に理解を示す老人ほど欺瞞的なやつはいない、と考える。

話はそこからだ。

(to be continued)

もの喰う映画(15)ジロール

クロード・シャブロル『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇(1995)』より

日本でも仏や伊の料理店に行くとジロール茸が出る季節である。
出るといってもちょこっと付け合わせで出るくらいなんだが、マットな黄色が白い皿に良いアクセントだし、強い味もメインの魚や肉と対決しているようで面白い。
このキノコで思い出すのがこの映画である。
イザベル・ユペールがサンドリーヌ・ボネールに――ちょっと待ってて――とか何とか言ってクルマをとめ、やがてスカートを買い物袋よろしくジロールいっぱいにして戻ってくる。
で、アパートでそれをさっとソテーして、冷蔵庫の白ワインといっしょに二人でむしゃむしゃ喰うわけなんだが、ジロールというのは実は猛毒のアマトキシン類が極僅かだが含まれていることをシャブロルは当然知っていて、やがて起こる惨劇をこの妙に不安定なシークエンスが予言していると俺は勝手に読んだ。IMG_1492
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この映画にはもうひとつムール貝のシーンがあって、そっちも捨てがたい。
ジャン=ピエール・カッセルとジャクリーン・ビセットの夫婦、娘のヴィルジニー・ルドワイヤンと息子の四人がムール貝を喰うというそれだけのシーンなんだが、さんざん喰ったとみたビセットが皿を片付けようとすると、――ちょっと待て、まだスープも楽しむから――みたいなことをカッセルが言う。
このセンスがシャブロルなんだな。喰うことと死が、ほら、すぐ隣り合わせにあるだろと彼は言っているのである。IMG_1491

樹木希林の死


樹木希林は当分死なないと思っていたが、死んでしまったのが意外だった。
一寸前、さくらももこは自分の病についてものを言わなかったところこが偉いと書いたその意味は、あまりに喋りすぎる人が多いと言いたかったわけで、例えばがんに罹っていることを「宣言」する有名人がいかにも多いのが俺には鬱陶しいのである。
自分で言わない者も、周りに喋らせたりする。あえて言えば、そう宣言することでタレントとしての価値が高まるのであろう。
樹木希林もそうだと思う。全身がんだとか、骨折したとか、危篤だとか、いちいち周囲が発表する。本人は、病を自然体で受け入れ、飄々と生きている雰囲気を上手くだしているのだが、黙っているわりに雄弁なのである。静かでありながらその実極めて饒舌なのである。
――いや私は喋らしてはいない、周りが勝手に喋っているのだといってもそれは違う。知られたくないなら黙らせないといけない。嘘をついてでも隠さないといけない。そうしないのは自分がペラペラ喋っているのと同じだ。そこが残念だった。

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ルキウス

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