新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
前回申しましたとおり一昨日(30日)の夜から今日の朝まで第42回釜ヶ崎越冬闘争のお手伝いに行って参りました。ものものしい名前のイベントですが過激な抗議行動などを行うわけではなく、釜ヶ崎に集まる大勢の野宿者の方々の年末年始における生活を支援し、貧困・格差社会からの脱却を釜ヶ崎から訴えていくという趣旨のものです。
年明け早々恐縮ですが、今回の日記はほぼ全てがこの体験のリフレクションになるかと思います。かなり長くなりますので以下は興味のある方だけご覧いただければと思います。
釜ヶ崎(別名「あいりん地区」)とは大阪市西成区にある、日雇労働者と路上生活者でごったがえすドヤ(格安の宿泊施設)街で、日本最大の寄場として長い歴史をもつ地域です。域内には救急車と消防車の年間出動回数日本一の消防署や、何度もその前で暴動が発生したことのある警察署があり、また非常に多数の暴力団事務所も存在します。簡単にいえば日本一治安が悪く、衛生環境もきわめて劣悪な地域です。
釜ヶ崎には2年前にフィールドワークで訪れたことがあり、「現代日本にこんな場所があるなんて」と強い衝撃を受けたのを覚えています。二度目の訪問となった今回も実にたくさんの発見がありました。
今回私が参加するきっかけとなったのは、越冬闘争の実行委員会の一角をなす学生団体の方々が作られた立て看板を百万遍交差点の南東角で発見し、偶然にもその週にあった夜回りでその団体の代表さん(別の大学の同回生の方)とお会いできたことです。冬休みの短さ(6日間)やアルバイトなど諸々の事情で帰省を断念していたこともあり、単独ながら参加を決心いたしました。
以下、各日の活動の詳細。
【12/30(木)】
午後にアルバイトがあったので、「夜7時から参加させていただきます」と連絡しながら、大阪市営地下鉄御堂筋線「動物園前」駅を出てから道に迷って25分遅刻。炊き出しの配食に間に合わず。
炊き出しの余り物をいただいてから2種類の夜間パトロールに参加。地元の労組やNPOの方々、高校生など他の学生団体とも一緒に、総勢50~60人でいつもの夜回りのようにカイロや毛布などをお配りしつつ健康状態等をうかがって回りました。歩きながら地元の方々に生々しい釜ヶ崎の実情をお聞かせいただくことができました。
パトロール終了後は学生団体の拠点となっている古アパートの一室で改めて顔合わせ。大阪・京都の大学生や韓国からの留学生の方など総勢13~14名で深夜2時半頃まで自己紹介を含めて楽しく真面目に語り合いました。うちの大学の学生も私の他に2名おられました。
3~4名が自宅や大学の研究室に帰った後、男部屋は布団をぎゅうぎゅうに敷き詰めて雑魚寝。2年前は1泊千円のドヤに宿泊したなあとしみじみ思い出しつつ、大勢の仲間と寝る幸せを感じながら浅い眠りに就きました。
【12/31(金)】
8時半ごろ起床。3時間くらいしか眠れなかったので頭が痛かったです。起きたはいいものの活動がお昼過ぎからだったので午前中は他の皆さんとひたすら語らいました。そして夜行バスで13時間かけてきたという山形大学の学生4名も加わりいっそう賑やかに。1名が前年の越冬闘争経験者だったとはいえよく仲間を3人も集めていらっしゃったものです。
お昼過ぎからNPOの施設で炊き出しの準備が始まりました。皆でおびただしい量の野菜の皮むきや漬物づくりなどをする中、私は里芋の皮むき中にまさかの負傷退場。食材に触れなくなったのでやむなく他の負傷者とともに、野宿者の方々にお配りするこれまたおびただしい量の資料の製本作業を2時間ほど行いました。
夕方からはイベントが行われている公園の一角で炊き出し会場の設営。バケツや机を持って東奔西走しながら何度も野宿者の方々に声をかけられました。応答に窮することもありましたが元気にお答えするよう心がけました。
18時からの配食の前に、屋外宿泊所の布団敷きと18時半から24時までの夜警に当たる学生スタッフを募られたので志願して参加させていただくことになりました。急いで炊き出しの料理を先にいただいた後、地元のNPOの方々と共に作業にあたり約50名ぶんくらいの寝床を設置できました。夜警は喧嘩や外からの襲撃を防ぐほか、野宿者の皆さんの体調の悪化などに対応するのが目的です。寒さや持病の腰痛との戦いが予想されましたが椅子やストーブを交代で利用できましたし、予定より早く11時頃に終われたのでさほど苦しい仕事ではありませんでした。某学会員の方から1時間ほど勧誘を受けて精神的に少々疲労しましたが。
終了後に学生陣がアパートに再集結し、前日とメンバーの入れ替わりもあったので再び自己紹介タイム。広島から大学1年生の女性が1人で参加してこられ、しかも31日から最終日の1月6日まで残って働かれるというのを聞き驚かされました。そして、そうした学生たちの受け皿としてこの団体が素晴らしく機能しているということに改めて感心。これもリーダー格の皆さんの努力の賜物に他ならず、同年代の学生として頭が下がる思いでした。参加者は初めから「反貧困社会」という意識でいくらか繋がっているところはあるかもしれませんが、特定の思想や価値観を決して押しつけることなく、とにかく「体験」を共有しようと広く門戸を開いている点で非常に好感が持てる組織です。創設2年目でメーリングリストの登録者が100人を超えるというのも素晴らしい実績であると思います。
そうこうしているうちに時計の針が24時を回り、釜ヶ崎の古アパートの一室で2012年を迎えました。上述のとおり実家に帰れなかったのは残念でしたが、非常に思い出に残る年越しを経験できて2011年の良い締めくくりとなったように思います。
【1/1(土)】
午後から用事があったので何もせぬまま午前中で帰宅。当初は31日の夜帰宅予定だったので余分に一泊させていただきました。色々と予定があって6日までに再び馳せ参じることができるかは微妙なところですが、少なくとも次の年末年始はもう少し長い日数を釜ヶ崎で送りたいと思っております。
最後までご覧いただきありがとうございました。釜ヶ崎に興味を持たれた方は私にご連絡をいただければ安心して活動できる学生団体を紹介いたしますのでよろしかったらどうぞ
- カテゴリ: