こらむ〜ん!?

こら!と怒ったり、む〜ん?と唸ったりするコラムです

2006年01月

IP電話がキライだ!

正確に言うと、IP電話そのものが嫌いなのではなくて、IP電話を売りつけようとする電話会社代理店が大っキライ!!!なのだ。

第一にしつこい。
各社競ってセールスしてくるもんだから、毎日、とは言わないが、週に何度も電話を受けるハメになる。家で、職場で、忙しい仕事をいちいち中断されるのだからたまらない。
当初は、様子を見て、良いようだったら入れてみようかとも思っていたが、ここまであちこちからしつこく勧誘されると、「もうIP電話はいりません!」という気分になってくる。

第二に詐欺まがいだ。
素直に「IP電話に変更されませんか?」などと言って来る代理店は、まずない。
「IP電話の工事が完了しましたのでお知らせします」とか、「このたび、おたくさまの電話料金がお安くなることになりました」と、まるで、既成の事実であるかのように言って来る。
「なにもしなくて結構です。後ほど確認書をお送りします」なんて言われたら、よくわからないお年よりの家庭なんか、「おや、また値下げかな。ありがたいねぇ」なんて、簡単にひっかかってしまう。
実際には、契約する電話会社が変わってくるから、気がついたら、数ヶ所から請求が来る、なんてこともあるのだ。合計金額としては安くなっているのかも知れないが、確認するのも面倒だし、月3000円に満たない電話代の我が家としては、大きな違いが出るとは思えない。続きを読む

責任ってナンだ?

気が滅入りそうなニュースばかりが続いている。
建築士や建設会社が設計書を偽造して、いつ崩れるかわからない建物を建てて売る。
実業を持たない会社が決算を粉飾して、さも儲けがあるように見せかけ、金をかき集める。
ホテルが建築基準を無視して、収益率の良い客室に勝手に改装し、よそもやっていることだと嘯く。
全頭検査なんかできない、危険部位は混入させないから、とっとと輸入を再開しろ、という大国の圧力に簡単に屈して、しかも必要な検査官を派遣しないでいた政府。
更に、どういった「手違い」からか、除去するはずの部位を平気で送りつけてきて、「危険性は交通事故より確率が低い」と開き直る大国。

どうなってるんだ、この世の中は?

欠陥マンションが倒れたとき、責任を取るのは誰だ?
ホテル火災でもあったとき、宿泊客が死んだりしたら、責任を取るのは誰だ?
輸入牛肉食べてBSEを発症したとき、責任を取るのは誰だ?
バブルな株式に踊らされて、儲けた・損した連中は、まぁ自己責任というものだろうけど、株式交換で傘下に引きずり込まれた会社こそいい迷惑だ。その責任は誰が取る?

壊れても、怪我しても、病気になっても、死んでも、覆水、盆に返らず。
決して元通りになることはない。
イヤなことだが、この世の中では、唯一の代替手段が金銭補償だ。
だが、その金は誰が出す?
個人には支払いきれない多額の賠償は、結局国が補填するほかなくなる。
国が起こした問題であるなら、当然に国の金が差し出される。

が…国の金って結局は税金、一般市民のものではないか?
被害にあった立場を考えるとやむをえないとは思うものの、結局、ことを起こした張本人たちは、何らの責任をも負ってはいない。
こんな状態が納得できるはずがない。
責任というのは、一体ナンだ?

金で買えないものはない、と豪語した人物であるなら、やはり自分の責任も金で購うのであろうけれど…。

技術が折れる?

巷はデジタル製品が花盛りである。
あらゆるものがデジタル化され、アナログが存亡の危機に瀕しているといっても良い。
かつて働いていたカメラメーカーも、とうとうカメラ・フィルム製造から撤退を決めたという。仲良しだった工場のおじさんたちはどうしているだろうか?
デジタルが便利なのはわかる。簡単で軽量、使うための知識もほとんど要らない。
必要なものは、内蔵されているICが考えてくれるから、スイッチを押すだけだ。
だが、デジタルの中身は素人にはブラックボックス。
どういった原理、どういった構造でそういう働きがなされているのか、判別することはできない。

写真、アマチュア無線と、およそ女の子らしくない趣味を持っていたせいもあるだろうけれど、現在の状況は非常に心配だ。
こういうアナログ技術は、使われなければ消えていってしまう。
簡単便利に流されて、全てを機械・コンピュータ任せにした結果、いざ機械が止まると何もできない。
SFにあるような機械の叛乱、とまで大げさなものではなくても、ちょっと何かが狂っても誰にもチェックできない。しかも、それなしでは過ごせない、なんて時代が、すぐそこまで迫ってきているのではないか?
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散歩?

用事があって、八重洲口から水天宮まで歩いた。
日中、ぽてぽてと外を歩くのは久しぶりだ。
いつも目的地に常に最短距離・最短時間で到着することだけを念頭において移動しているので、少しばかり時間に余裕があるときには、できるだけ、きょろきょろしながら、のほほんと歩くようにしている。

今回のルートは、日本でも中心的なビジネス街から、江戸時代から続く商業地区を抜け、日本のウォール街を通って、安産祈願で有名な神社へ至る道である。
東京駅の正面玄関、八重洲口の通りは、片側三車線の道路に車がひっきりなしに通っている。東側から見る丸の内北口方向には巨大なビルが立ち並び、八重洲南側は再開発途中である。
古くからある大丸が悄然と見えるほど、周囲の雰囲気が変わってきている。
ポケモンセンター、平日だというのに、小さな子供連れの客で賑わっている。
高島屋、祖母が大好きだった百貨店だが、周囲のインテリジェントビルに比べて、老朽化の印象がぬぐえない。日本の文化は「古き良きもの」を残すのが苦手なのだろうか。
なんでも水に流しちゃう民族性だからか。
その一角だけ変わっていないように見える日本橋たもとの布団屋を横目に、永代通りを東に向かう。

兜町に入ると、周囲は証券会社が格段に増えてくる。日本のウォール街と呼ばれるこのあたり、昨年末から騒然とした雰囲気が漂っている。
みずほ証券の時は、東京証券取引所の前は自衛隊が囲んでいたし、空にはヘリが飛び交っていた。今回は、ライブドア証券前にカメラを持った報道陣が数人佇んでいたし、ジャスダックの前では、サラリーマンが心配そうに電光掲示板を見つめていた。
一見経済最前線のビジネス街だが、一歩入るとそこには区立の小さな小学校がある。
パブリックコメント?で書いた教育委員会の報告書の通りに行政が進むと、通学者が減って統廃合になってしまう可能性のある小学校だ。続きを読む

パブリックコメント?

最近、パブリックコメントづいている。
友人の声かけでPLCのパブリックコメントに考え込まされたのが皮切りで、今度は学校教育討論会に関する報告書についてのパブリックコメントに頭を悩ませているところだ。

そもそもパブリックコメントというのは、文字通り「大衆の意見」というわけだが、これが存外わかりづらい。以前は公聴会で直接対話していたはずのものだが(時間と場所を限られるという性質はあったが)、近年は手紙もしくはメールになっている。手軽さは増したが、「自分以外のパブリックコメントは、行政側が公表しない限りわからない」という欠点がある。自分の意見は主張できても、それでは他の人たちが何を考えているか、が見えてこないのだ。一部は行政から公表されることもあるが、それが偏った意見でないかどうかは、大衆には決してわからない。
第一に、行政側のパブリックコメントを求める資料そのものが、偏っているのではないか?と思える節が多々あるのだ。

最初に書いたPLC(高速電力線通信)が良い例だ。
まず、一般の人でPLCと言われて、ピンと来る人がどれだけいるのか?
私は知らなかった。高速電力線通信、と説明されてやっとわかったけれど、次にこれを調べてみると、たいていの場合、推進協議会のHPに行き当たる。それをつぶさに読んでみたが、通信技術の知識のない素人には、絶対にわからない。
いや、「へー、そうなんだ、便利そうじゃん」と思うだけで、問題のパブリックコメントで問われている「問題点」が全く見えてこないのだ。

そりゃそうだ、推進協議会は、この計画を「推進」したいわけだから、自分たちの計画に不利な情報は、握りつぶすとまでは行かないが、さも問題なぞなさげに、さらりと流してしまう。細かく読み、尚且つ、相応の知識を有していないと、どこにあやふやな記述があるのかわからないように出来ているのだ。続きを読む

株?

まだ決して景気の高揚感は感じられないのだが、株式市場が空前の活況を呈しているという。個人投資家による株の売買が流行っているらしい。
株式の小口購入が可能になり、インターネットによって、素人でも即時に変動が見え、売り買いの注文が出せるようになったためだというのはよくわかる。
短い時間の間に、ちょこっとクリックすれば、身体を動かさずして、数十万、或いは、数百万の利ざやを稼ぐことができることもあるとくれば、猫も杓子も(ん、これも死語か?)株に飛びつくのはよくわかる。

私も興味がないわけではないが、先日、元旦那が「株を始めました」と得々と報告してきたのを見て、はっと気づいた。
つまり…だ。

胡散臭い



…死語ですか? えっと、なんだろう、「怪しくて信用ならない」というのとは少しばかりニュアンスが違うのだが。

ともかく、鼻持ちならず信用できない、といったところか。(え?鼻持ちならないって、どういう意味だって?)

理屈はよくわからないが、ともかく今の株式投資過熱状態は「健全な経済活動」には、到底感じられないのだ。
事業を起こすに当たって、資金の確保が最初の難関であることはよくわかるし、それを株式という形式にして、一般にも分配し、公募する形にしたのは非常に良い方法だと思う。
経済の発達発展のためにも、偏りのない投資は必要だし、起業者にはチャンスが、投資者には見返りが与えられるシステムはもちろん不可欠だ。
が、しかし、それを誰もが同じようにやる、となるとわけが違う。
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ああ息子・ああ娘

最近、友人が愛娘のご乱行(?)を投書するのにハマっているらしい。

ああ娘(MSN)

わかってるようでわかってない。わかってないようでわかってる。
そんな子供たちの頓珍漢(死語らしい。今ならさしずめ「ちぐはぐ」か?)で微笑ましい言動には、思わず吹き出してしまう。
一方で、それを見つめる親の(場合によっては親バカの(^-^;)暖かい視線もそこにはある。
子供を気にかけている存在があるから、そういった子供の何気ない一言やしぐさが伝えられるのだ。

ニコンがフィルム式カメラから撤退するという。
写真もまた、かつては、「画面に顕われぬ視線」あってのものであった。
写真には様々な想い出が込められているが、その時シャッターを切った人間は、その写真には写っていないものであったのだ。
想い出の写真を見るとき、その写真のためにカメラを手にしていた人物がいたということに思いを馳せることは少ないのではあるまいか?

まぁ、今は、タイマーもリモコンも当たり前の時代。
ファインダーの反対側に存在した「暖かい視線の持ち主」のことを考えることも必要なくなるのかもしれない。
なんだかちょっと寂しい気がする。

再春

8db435d5.jpg殿さま、こと、ぴきちゃんがまた卵をうんでしまった。
今回はなるべく刺激しないようにしていたのだが、娘が電気のコードに結び付けて遊んでいた毛皮のキーホルダー、通称コンキーを見上げているうちにイッちゃったらしい。(^_^;)
かくて再び春はめぐり来る。

奇跡も運も偶然もマグレもマグロも自分でつかむ!byボン

マグレもマグロも
以前からお気に入りのちびぎゃらりーから、今年の一言を選びました。

「うらやむのはもうやめた。奇跡も運も偶然もマグレもマグロも自分でつかむ」

夢があります。そしてそのために、自分にとってどういう環境が望ましいのかと思ったとき、いろいろな要素が重なって、望んだとおりに道がひらけはじめてきました。
偶然? 奇跡? 運?
どんな言葉で言い表しても、説明はつきませんが、それを「必然」に変えるのは、結局は自分の意志なんじゃないかと。

多分、普通に結婚してたままだったら、そんなことはできなかったでしょう。
今ですら、二人の子供をかかえて飛び込むのは、勇気ではなく無謀なのかも知れません。
多くの人は「このトシになって!?」と思う頃です。
でも、一番、自分にとってやりたいことを考えたとき。
目の前に差し出されたカードを、引いてみずにはいられない自分がいました。
結果は多分、今年中には出ます。

一度きりの人生なんだもん。
思い切りやってもいいんじゃない?

子供達にはちょっとだけ謝っておきます。
「ごめんね、夢に向かって突っ走るだけのママで」

アフレコ

久しぶりのアニメのアフレコでした。
滅多にない(笑)健全な子供向けのアニメでした。
内容的にもなかなか良い話だし、完成したら、是非、宣伝させていただきたいと思います。
今はナイショです。
でも、全52話、頑張るぞ!

ただ、個人的にはまだまだだぁ〜。><
言い訳はいろいろできる。
当日まで二晩、ほぼ徹夜で台本の全体直しをしていたこと。
年末年始、粗く日本語に翻訳された台本の「お化粧直し」から始まって、つきっきりでやっていたのだが、なんとて時間には限りがある。
日本語の会話として不自然でないかどうか、内容が日本人に理解できるように翻案されているか、口パクの尺のチェックなどなど。
あっちの発音では一音にしかならないものを、日本語では「同じだよ」と言うのは、神業、ってか無理です。言えても雰囲気が破綻してしまう。
これを、どうやって入るように、理解できるように修正するか…なんてほうにばかりアタマを悩ましていたために、「何でも屋」ならではの仕事の請負ぶりっちゃーそうなのだが、そのため自分の配役のところを細かくチェックということがどうしてもできなかった。
うーがー。言い訳にならぁぁぁん!
二回目の収録は必ず!
と思いつつ、まだ今現在、口パクの尺を画面と翻訳台本、原語台本とにらめっこで修正中なのだった…。
し、集中だ、集中…。
月の守人の
ぷろふぃ〜るっ?
月の守人
正体不明生物、月の守人です。
喋ったり書いたりして、食っているらしいです…。所謂、口八丁手八丁ってヤツだな。
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