なんともやりきれない事件が多すぎる。
親が子を殺し、子が親を殺す。談合が続いたと思ったら、今度は飲酒運転。
しかも、まるで連鎖でもしているかのように、似たような事件が続発する。

これは、ある程度、メディアのせいなんじゃないかと思う。
本来は警鐘を鳴らすべき報道が、あまりに安易に他人事として流されすぎているために、感覚が麻痺してしまうのだ。
親が子を殺すなんてのは、例外の例外だ。何百万件に一件とあってはならない事件。
それが連日報道されるうちに、「なんとなく当たり前のこと」のように思えてきてはいないか?
気に入らないから、しつけだから、軽々に暴力を振るう。
感受性の低い人間にとっては、「前例」であっても「悪例」とは受け止められないのかも知れない。

報道の重要性はあるが、あまりに「負の報道」に偏りすぎている気がする。
一件の事件の裏には、必ず百万の平凡な幸せがあるはずなのだ。
かつて、情報が村単位、町単位でしか共有できなかった時代には、
「誰それの家に初孫が生まれた」
「どこそこの家の娘が嫁に行った」
「隣村の婆さんが米寿を迎えた」
なんてのも、重要なニュースだったに違いない。
そういった、良いニュース、当たり前だけれど幸せなニュースが報道されない、というのは、メディアの片手落ちのような気がする。

新宮様誕生という、久しぶりに「平凡で幸せ」なニュースに接して思ったこと。