こらむ〜ん!?

こら!と怒ったり、む〜ん?と唸ったりするコラムです

コラム

この国の未来?

年末からこっち、忙しさに追われて「書きたいのに書けない」状態が続いていた。
何しろ、毎日毎日、「これはひどすぎる」と思う事件や問題が勃発し続けているのである。
ひとつの問題を真剣に分析して、さあ書こう、と思ったら、たちまち次の事件が起こり、古いものはどんどん押し流されて忘れ去られていく。
きちんとした分析も、何の解決もなされていないのに、である。

・国会議員の旦那方は、腐ったカネ集めに奔走し、己の身を正すことさえできない。
(すごいのが、某大新聞は、この手の記事をほとんどおシルシ程度にしか掲載していないことだ。取り上げはするが、たちまちしぼんで、まるで「万事解決」したかのような錯覚に陥らせる編集方法である)

年末に友人達にも話をしたのだが、政治に関するこの国の若者の興味と知識の不足には、致命的なものがある。
知り合いのAくんは優秀なエンジニアで、頭もいいのだが、以前、政策の問題について話をしていたら、こんな風に答えるのだ。
「政治のことは政治家に任せておけばいいんじゃないですか? コイズミさんだって、よくやってると思いますし…」
「うーん、具体的にどんなことをよくやってると思うの?」
まぁ、「郵政民営化」というコトバが出てくるのだろうと、私も思っていた。
前内閣のお題目であり、この一言で他の全ての政策があいまいなまま流されてしまった「マホウのコトバ」だ。(ちなみに、現内閣のお題目は「美しい拉致問題ニッポン」だっけか?)
ところがAくんは平然と答えた。
「…それは評論家に聞いてくださいよ、オレらが知るワケないじゃないですか」

断っておくが、Aくんは非常に優秀で、思いやりもあり、礼儀もわきまえている若者だ。決して、私をバカにしたり、いい加減な気持ちで答えたのでないことは保証できる。

つまりこの国は、すでに頭の良い愚民を作ることに成功しているのだ。

「知らなくて、任せちゃって大丈夫なわけ? 憲法変えて、防衛庁(今や防衛省に格上げですか…)が変わったら、もしかしたらAくんの子供の世代には徴兵制度が復活したりしちゃうかも知れないよ?」
「いや、そんなことはないですよ」
「なんで?」
「んー…なんとなく…だって、そんなバカなことしないでしょ?」

そんなバカなことを政治家がやりだしているから、今のこの国はおかしくなっちゃっているのだ。

Aくんのような人間は良民であり、愚民である多くの人々の代表のような存在だろう。
性善説を信じている、という良き日本人の慣例を踏襲している、といえるのかも知れない。
だけど「いくらなんでもそこまでバカじゃないでしょ、きっと大丈夫」と信じ続けた結果が今の状態なのだが…。

以前にも書いたが、現内閣の政治目標は「美しい国づくり」だそうだ。
が、この「美しい」って形容詞、ものすごーく胡散臭いのよ?
まず、「美しい」というのは、具体的かつ明確な目標設定ではない。しかも、「表面的な美しさ」を追求したら、人間というものは必ず誤魔化しをするものだ。
化粧をするのか、整形するのか、はたまた、醜を美と言い換えるのかはわからないが、「美しく見せる」ために、内実では「美しくないことを平気でやっちゃった」りはしないか?
元来、「美しさ」なんてのは、目標に定めるコトバじゃないはずだ。
誇りを持ち、正しく生きる方法を模索した結果が「美しさ」につながるはずなのだ。
「美しさ」を目標に掲げてしまった時点で、「土曜スクールは落ちこぼれの救済方法ですから、落ちこぼれのいない我が校では、土曜スクールに集まる子供はほとんどおりません」と明言し、参加希望者に難癖つけて不参加の用紙を出させた某中学校長と同じことになってしまう。

そして、残業代ゼロ政策だ。
これは「頑張った人が報われる社会」ではない。
「報われた人=儲けた人が頑張ったと褒めてもらえる社会」づくりだ。
「報われないのはあなたの自己責任だ。儲からないのは頑張りが足りない」と切り捨ててしまえる社会構造にしよう、という話なのだ。

夕張市の財政破綻だって、他人事ではない。
地方都市の切り捨てが、弱者である住民にどんな結果を及ぼすか。
子供、お年寄り、病人の保護をカットすることが財政再建の最善策だとでも言うのだろうか?
若者だって、未来のない町と言われたら、そこでどれだけ頑張れるだろう?
もう一度言う、夕張市は他人事ではない。

郵政民営化も音頭ばかりは大音声だったが、それ以降は水面下で何が行われているのかわからない。
肥大した国営事業を民営化するという流れに異論はない。
だが、郵便サービスや医療サービスなどは、元来儲けを考えない、弱者保護のための政策のはずだ。ビジネスレベルで儲けを追求してはいけない業種だからこそ、国が運営していたはずなのだ。それが全ていきなり民営に切り替わったら、「カネの払えない弱者はサービスを受けられない」状態になってしまうのではないか?
その懸念を払拭しないまま、具体的な方針を公表しないまま、「官はよくない、民が良い」という都都逸みたいなノリに乗せられて、決定してしまった。
その予兆を感じさせるのが、介護保険の縮小だ。
言っておくが、徴収される介護保険料が減るのではなく、受けられるサービスが薄くなるだけなんだよ?

そして、数の暴力で押し通してしまった教育基本法の改正。
改正、と言うと正しいように聞こえるから、とりあえず、「改変」としておく。
だって、具体的には何をどう変えるか、はっきり決まっていないんだもん。
「古い法律で、現在の状況に即していないから変える」 これはわかる。
だけど、今の「改正案」は穴だらけで、半数が無記名の封神傍と同じだ。(わからない人は封神演義を読んでみてね)
「目障りな相手の名前を書き連ねた殺しのリストだ」と思っていたら、空欄の部分に、いつ自分の名前が書き加えられるかわからない、恐ろしい「白紙委任状」の状態で可決してしまったのだ。
何故、みんなこれで不安を覚えずにいられるのか、とっても疑問。



いい加減、怒れ、日本人!



総理がテレビ画面に映ったときの、最近の我が家のお遊び。
娘「何はなくても、拉致問題」
私「ニャんで?」
息子「そんニャに?」
娘「拉致問題」
私「ニャんで?」
息子「そんニャに?」
娘「拉致問題!!」
三人「美しい拉致問題ニッポン」

嗚呼、この子たちの未来は、どーなっちゃうのさ??

これまた、1月半ばに書きかけたものでした…。

いまや都知事は激しくカンチガイしたまま三選しちゃうし、もはや日本の政治局面は末期症状だよ。
どうすれば変えられる?
真剣に考えなきゃ。

教育?

近頃、あまりに阿呆(アホ、ではありません、あえて、アホウ、とはっきり発音してください)なニュースが多すぎて、どこから突っ込んで良いやら迷っているうちに新しい問題が発覚して…という繰り返しで、突っ込み損ねていたのだが。

必修科目未履修事件、またの名を、内申書偽装事件

とでも言うのでしょーかね…。

起こるべくして起こった、と感じます。
詰め込み教育がよろしくない、という判断から始まった「ゆとり教育」なるもの。
学校五日制、って何故、休みを二日に増やしたといえないのか?
それでいて履修する内容ってのは刻々増えていく、変わっていく。
特に歴史なんか顕著なもんでしょ。毎年一年ずつ確実に積み重なっていくんだもの。
その上、「歴史上の新たな発見」「新解釈」が付け加えられていく。

やるこたぁ増えていくのに、時間減らして


足りるわけないじゃん!!


サルでもできる算数です…。

その結果が、「(大学)受験の結果重視=いらないものは後ろへポイ!教育」だったわけで。
これは、生徒も教師もみーんな制度の被害者と言えるでしょうね。続きを読む

家族というもの?

家族という概念が変わってきているように思えてならない。

一方で、代理出産を選択してでも我が子が欲しいと願う親がいれば、実の子であろうと内縁関係の相手の子であろうと、虐待の末、殺してしまう親がいる。
子連れ再婚同士で仲良くやっている家族もあれば、傷ついた子供を養子として引き取り、大切に養育している家庭もある。

今、家族は「それぞれの努力によって作っていくもの」なんじゃないかと思う。
血のつながりがあろうがなかろうが、自分自身ではない他者と一緒に生活していくのだから、当然に意見の衝突はある。思い通りにならないことばかりかも知れない。
でも、自分のおなかを痛めて産もうと、好きになった相手の子供であろうと、親の側からすれば「自分で選んで一緒に暮らすことになった」家族なのだ。
そう考えることができたなら、たかがおむつや夜泣きでヒステリックになることはない。(もっとも「しつけ」を虐待の理由にする親は、実際にはそんな理由など関係ないのだとは思うが…)
もっと家族というものが、柔軟にとらえられて良い時代に差し掛かっているのかも知れない。

ということを、昨年の10月末ころに下書きしかけていた。
未提出の宿題っぽいので、いちお、あげとく。

日本の片隅で死ぬなと叫ぶ?

言いたいことは沢山あるけど、取り急ぎ、自殺を考える人たち、特に子供たちに言いたい。

人間、誰しも一度しか死ねない

たった一度の死を、キミをいじめたヤツらのためなんかに使うな!


本当は誰も死にたくなんかないんだ
誰でも幸せになる権利がある
そしてキミだって幸せになれる

あきらめるな
足掻け
声を上げろ

キミはこの世界に必要だ
キミは必ず笑うことができる



空耳アワー〜きっと気のせい?

最近、トシのせいか空耳が激しいのだ。


1,壊れてください…

某政党の政見放送をぼーっと見ていて、

「…頑張った人がぶっ壊れる社会を…!!」

ほへ? あ、鼻声なのね、そうよね、報われるはずよね、うんうん、格差拡大してぶっ壊そうなんて意図は決してないはずよね?


2,査察って…

いじめ自殺のあった県へ文科省のお役人が査察のために直接出向く、という。
うむうむ、水戸黄門も暗行御史も、みーんな現地へ出向いて行政改革してるもんなぁ…と納得しつつニュースを聞いていた。

「…調査官は県庁で当該学校の校長及び保護者から事情を聞く方針で…」

えええーっ!?
いや、まさか、学校に直接乗り込んで、他の生徒や教師の話を聞いたりしないってハズはないよね?
県庁の応接室で胡坐かいて、校長が「これが報告書でございます」ってうやうやしく差し出すのを「うむ、ご苦労であった」なんて受け取るだけで監査も調査もあったもんじゃないよね?
いや、これは空耳、きっと空耳…?続きを読む

新内閣?

見ていて寒気を覚えるのは、私だけなのだろうか。
仲良し新内閣。
純粋培養の新総理は、うまく転がれば、確かに一所懸命やってくれるのかも知れない。
しかし、内閣の顔ぶれを見ている限り、反論の入る余地を与えない馴れ合い所帯のように思えてしまうのである。

「○○に賛成のひとー!?」
「はーい!」
「じゃ、全員一致で可決ね」
「わーい!」

ってのが、私の新内閣に抱くイメージだ。
「はーい!」はまだしも、「わーい!」がとてつもなく怖い。
見たくないものは見ない、見えてない雰囲気がプンプンするのだが…。

子供の頃からヘソ曲がりで、クラスで全員賛成、全員同意見というものには、絶対的に疑問を持つようにしてきた。
たとえ自分も同じ意見だとしても、全員が「賛成!」と叫んだら、あえて反対票を投じるくらいのヘソ曲がりなのである。
「全員賛成なら、とりあえず疑え。誰かが後ろを向いてる限り、暴走することはない」
と思っていた。うむ、イヤな小学生だった。(笑)
杞憂であれば、それでいいのだ。ただ、流される前に一度踏みとどまって考える余地が絶対に必要だと思っていた。続きを読む

竹の子?

最近、子供たちの成長に目を見張る思いだ。

夏休み前、私と肩を並べていた息子は、夏休みの終わりには誰が見ても私より大きくなり、今もまだぐんぐん伸びている。
この二ヶ月だけで私の目線が顔から肩に移るようになってきた。

学校見学に連れ歩いている娘は、まだ私より小さいが、洋服のサイズはほぼ一緒。虎視眈々と私の服を狙っている。
残念ながら胸とお尻がキツくて、私が娘の服を狙うのはもうちょっと先のことになりそうだが…。

そして、お米の減りの早いこと!!
一週間でだいたい五キロがなくなる。
私はおかず食いの上、ごはんの代わりにおちゃけをいただいてしまうのだが、連中はモリモリ食べる。
私に似ておかず食いの息子は放って置くとおかわりもしないのだが、その代わり茶碗に山盛りに出しても、全く気にせず全部食べる。逆に茶碗に半分しかなくても、絶対おかわりしない。
娘のほうは明らかにごはん食いで、気がつくとおかずに一切箸をつけないまま、ごはんだけが後一口、なんてこともよくある。

いずれにせよ、小さいとき、お茶碗を持って追い掛け回した子供たちが食べるようになってくれたのはとても嬉しい。
現在は文字通り竹の子のように、身も心も成長中なんだろうなぁ、と、ちょっと感慨にふけってしまう。

体の栄養は引き受けた。
しかし、心の栄養は家庭だけでは与えられない。
学校や社会や色々な人やモノと触れ合って学んでいく。周囲のオトナたちに、その意識はあるのかなぁ…と、学校からの、かなーりマトはずれなプリントを眺めながら、思わずため息をついてしまう今日この頃。

食の好み?

我が家の料理番として、困ってしまうのが子供たちとの食の好みの違いだ。

カレーについては、必ず二種類作らなければならない。
甘口でないと「もーダメ、死ぬ!!」と泣き喚く息子用と、激辛でないとカレーを食べた気がしない私。娘はそれをミックスして「オレは中辛だぜぃ」とほくそえむ。
息子の年齢を考えれば、もういい加減中辛程度にはなってほしいものだが、なにしろ、本来子供が大好きなはずのカレーをうちで作ると「うちのカレーは辛いからヤダ」とのたまう。
ん? 甘いのは私か??

朝食も結構面倒くさい。
パン食派で、目玉焼き二つに厚切りベーコンの好きな息子。
ご飯でないと食べた気がしないという娘。とはいえ、焼き鮭に味噌汁でもつけようものなら「多い!」とブーイングが来る。朝は時間がないからと、生卵かけご飯命な娘…。
一方、私は海苔の佃煮か、辛子明太子か、イカの塩辛でもあれば充分なほう。
しかし、佃煮を除いた二つは、子供たちは食べられない、と言う。
息子を説得して米飯にしても、納豆を食べるのは私と息子で、娘は「口がネバネバするからヤダ」と拒絶。一人でお茶漬けをかっこんだりしている。
忙しい母に協力する気なんて、さらさらないらしい。続きを読む

Dash or Down?

良くないことだと思いつつ、再び「Dash or Down」の生活に突入してしまった。
二時間半睡眠を四日続けて、五日目にダウン、気がついたら18時間寝てたとか…。

30年続いているこち亀作者の生活を見習いたいものだ。
やはり規則正しい生活に勝る健康法はないのだろう。

…しかし、予測のつかないこの仕事。
どこで折り合いをつけるかが問題。

メディアというもの?

なんともやりきれない事件が多すぎる。
親が子を殺し、子が親を殺す。談合が続いたと思ったら、今度は飲酒運転。
しかも、まるで連鎖でもしているかのように、似たような事件が続発する。

これは、ある程度、メディアのせいなんじゃないかと思う。
本来は警鐘を鳴らすべき報道が、あまりに安易に他人事として流されすぎているために、感覚が麻痺してしまうのだ。
親が子を殺すなんてのは、例外の例外だ。何百万件に一件とあってはならない事件。
それが連日報道されるうちに、「なんとなく当たり前のこと」のように思えてきてはいないか?
気に入らないから、しつけだから、軽々に暴力を振るう。
感受性の低い人間にとっては、「前例」であっても「悪例」とは受け止められないのかも知れない。

報道の重要性はあるが、あまりに「負の報道」に偏りすぎている気がする。
一件の事件の裏には、必ず百万の平凡な幸せがあるはずなのだ。
かつて、情報が村単位、町単位でしか共有できなかった時代には、
「誰それの家に初孫が生まれた」
「どこそこの家の娘が嫁に行った」
「隣村の婆さんが米寿を迎えた」
なんてのも、重要なニュースだったに違いない。
そういった、良いニュース、当たり前だけれど幸せなニュースが報道されない、というのは、メディアの片手落ちのような気がする。

新宮様誕生という、久しぶりに「平凡で幸せ」なニュースに接して思ったこと。
月の守人の
ぷろふぃ〜るっ?
月の守人
正体不明生物、月の守人です。
喋ったり書いたりして、食っているらしいです…。所謂、口八丁手八丁ってヤツだな。
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