aamall

May 27, 2010

○○だけど、夢はあきらめない

占い師なんぞをやって世の中をいろいろ見ていますと「○○だから、△△できない」と仰る方が結構います。

よくあるのが「お金がないから、進学できない」。

まぁ、確かに一理はある。

…が。
それで諦めるなんて、ホントもったいない。

世の中には、お金がなくても進学した人はたくさんいるんですよね。
例えば奨学金をもらったり、働きながら学校に通ったり。

かくいうkinaも、短大は通信制で、働きながら通ってたんですよ。
そんで、保育士の資格をとったの。
だから「お金がなくて、進学できない」なんていう人は「何言ってんだ?」って思います。
「いくらでも方法はあるだろうがよ」って。
確かに、学校と仕事を両立するのはものすごく大変でした。
お金がないのを恨んだこともある。
だけど、今はあの時がんばって、本当に良かったと思ってます。
勉強は面白かったし、いい仲間にもめぐり合えたしo(^-^)o

本当にかなえたい夢があったら、絶対に諦めないで、何か方法があるか探してみたら良いと思います。
その人に本当に必要だったら、絶対になにかしらで情報は入ってくるから。
時には、むちゃくちゃありえない方向から入ってくることもあるから(体験者は語る、だけど)、焦りたくなる気持ちはわかるけど、焦らず、アンテナを張っておくといいよ。
かなわない場合は、大抵がタイミングが違うか、その人にとって必要ではない場合です。

そして、気をつけてほしいのが…「夢を諦めた人は、他の人の夢も諦めさせようとする」傾向が強いんですよ。
本人は全く意識ないんですが、「自分は諦めたのに、あいつが夢をかなえるのがくやしい。だから邪魔する」という部分があるのはどうしても否定できないんです。
だから、大切な夢はかなえましょう。
他の誰かのために、そして自分自身のために。

luna_mercy at 22:10|PermalinkComments(0)エデュケーション 

May 25, 2010

歴史上のあげまん・さげまん

「史記」を読んで、「日本の妖婦って誰だろう?」からあげまん、さげまんの考察になりまして。

妖婦は崇徳ままだと思いますが、これはまた後日(^-^;

最強のさげまんはやっぱり淀殿かと。
理由は言わずもがな…(^-^;
武田さんとこの湖衣姫もさげまん系かと。
でも、これは湖衣さんのせいだけでは決してなくて、信玄にも責任の一端はある。

…となれば、やっぱり淀さんが最強かも(ぉぃ)。
淀さん、ごめんね。

じゃ、あげまん。
これまた秀吉さんとこのおねさんすよね(o^-')b
あと、対抗できるのは…北条政子かしら。
一介の素浪人?頼朝を天下人に押し上げましたものね。
彼女も子供運はなかったけど…。

あとは、誰があげまん、さげまんかしら?
誰かいたら教えてね♪



luna_mercy at 09:23|PermalinkComments(0)エデュケーション 

May 22, 2010

アウトサイダー in History

最近、某宗教団体が母体の政治団体が街頭演説してて。
もちろん、とっても耳障りがいいことを宣伝している。
でも、kinaは(もちろん)この団体は未来をリードすることはできないだろうと思ってる。

今は春分点が魚座から水瓶座に移る時代なんだけど、こういう時って必ずといっていいほど大きな変化があるんです。

※春分点:春分の日の夜明けに東の空にある星座のこと。

2,000年前は中東のベツレヘムにヨシュアという子どもが生まれて、どうやらメシア(救世主)だったらしく、成長すると「悔い改めよ」ってことで、彼の教えは全世界に広まった。
「ヨシュア・メシア」をラテン語読みすると…「イエス・キリスト」。
そして、彼の教えだとされるキリスト教の精神が西洋文化をリードしている。

それが次の概念に移っていくのがちょうど今の時期なんですな。

…で、さっき言った団体が「未来をリードすることができない」根拠ですが。

国家(組織)の危機には2通りのパターンがあるの。
手直しができるものとできないものなんですが。
手直しができるものは、きちんと国家を運営する誰かが気づいて、手が打ててるものなんですよ。
この場合の変革者は、国家を運営する人たちから出現する。
今の日本だったら、国会議員とか官僚ね。

ただ、手直しができない場合。
これはその組織(国家)の制度的欠陥とか、構造の欠陥になってしまうことが多いです。
だとしたら、その組織からは変革者は出てこない。
となれば、組織を変革するものはかなりの確立で外部から、ってことになります。
鎌倉幕府創立も、室町幕府の設立も、織田信長もそうだったでしょ?

そして…変革者の面白いもうひとつの特徴は…
「自らを既成の変革者になぞらえない」ってこと。

信長は「自分は神だ」と言ったけど「○○のように社会を変革する」とは言ってないはず(kinaが良く知らないだけかもしれないけど)。
たとえば、今は坂本龍馬が取り上げられているけど、龍馬の時と今とじゃ状況も考え方も全然違うんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど、既成の変革者に自らをなぞらえても、全く意味がないんだよね。

…このふたつの理由から、その団体は真の変革者たりえない、変革者の前座に終わってしまうなぁとkinaは思っているわけですよ。
その団体は、自らを既成の変革者になぞらえ、そして今の権力の象徴に割り込もうとしているから。

本当に時代を変革するものは、今の概念をすり抜けて新しいものを構築していくから。


luna_mercy at 20:41|PermalinkComments(0)エデュケーション 

May 21, 2010

SMキリスト教(^-^;

道を歩いていたら、キリスト教を宣伝する車が「キリストは愛です」なんてほざいておりました。

…キリストが愛なのは認める。
でも、それを言う人間がキリストの愛を理解できなかったじゃないか…ってすんごく思いました。
本当にキリスト教の「愛」が実践されていたら…古くは十字軍、近くではイラク戦争もなかったと思いますけど。
キリスト教徒って、自分たちは必死こいてごまかしてるけど根本的な認識不足があるよね。

まぁ、そんなことはいいとして。
キリスト教には「鞭打ち派」と呼ばれる、SM大好きな人なら喜んで反応しそうな一派がありました(^-^;
ええ、実際「キリストの痛みを体感する」ということで…ムチでぶたれるんですよ。
SM大好きな人には、まさにうってつけの教義だったと思います♪
帝政ロシアの末期に活躍?したラスプーチンもこの一派だと言われています。
ほんで、この時期のある種の宗教画には十字架のそばに、拷問具が添えられているような絵もあったりします。
あ、kinaは宗教画について語っているのであり、決して変なことについて書いているのでありません。

…これで「キリストは愛です」って言われてもねぇ…。

だから、SM好きな人は、実はその行為によって神の思いを感じる修行をしているんじゃないか?という解釈も成立しますよね。
少なくても、キリスト教徒のみなさまは「こんな行為をする人を神は許さない」なんて言っちゃいけませんね。

kina、いつもキリスト教徒に絡まれたら「右のほっぺを殴らせて~o(^-^)o」と言って退散させてますが、今度からは「キリスト教ですか?ムチでぶたれることを快感にしてるんですよね?o(^-^)o」とか「愛って言っても、結局はSMするんでしょ?」って聞いて退散させようかしら?

キリスト教信者でSM大好きな人は、もっと胸をはっていいと思うんですよ。
「わたしは、キリストの痛みを感じる素晴らしい修行をしているんだ。口先だけの奴らとは違う」ってね。

luna_mercy at 07:33|Permalinkボウリャク 

May 16, 2010

楊貴妃は傾国の美女か?

楊貴妃と言えば、言葉はとっても悪くて申し訳ない気分なのですが

「玄宗皇帝をたぶらかして唐の国を滅亡の淵まで追い込んだ傾国の美女」

というイメージがあると思います。

傾国の美女=君子を色香で惑わして、国を滅亡に導く原因を作る美女のことっす。
殷の紂王+妲姫、周の幽王+ホウジなんかが有名かな?


でも、歴史をつぶさに見ていったら…決して楊貴妃は傾国の美女ではありません
傾国の美女は「武恵妃」という女になります。
まぁ、順をおって話しましょう。

玄宗皇帝、若いときの名前は隆基さんは、本来皇帝になれる人ではありませんでした。
能力はもちろんあったのですが、いい意味で「当時の唐王朝の意に沿うような人物」ではなかったんです。
彼は専横を続けた当時の皇帝の皇后、そして則天武后の娘(玄宗にとってはおばに当たる人物)、太平公主を失脚させて皇帝になりました。
…っていうと、聞こえは悪いかもしれませんが、彼がやったことは、唐王朝にとってはとってもいいことだったんですよ。
若いときの玄宗さんは、政治的手腕に溢れた、非常に優秀な君主でした。
詳しくは歴史書読んでね(^-^;

「英雄、色を好む」とはよく言ったものですが、彼も「英雄、色を好む」を地で言ったような人で…「あんた、奥さん何人いるのさ?!」ってくらい、側室が何人もいたんですよ。
その中に武恵妃がいたんです。
玄宗は武恵妃をとても愛していたのですが、彼は則天武后の親族でして、当時、則天武后、そして武氏の再台頭を怖れていた朝廷は、武恵妃の皇后擁立はかなり難しいものでした。
そこで武恵妃は自分の息子、寿王を立太子させようとがんばっていたのですが、その最中に亡くなってしまいます。
武恵妃の死を嘆き悲しんでいた玄宗皇帝に宦官の高力士がささやきます。
「寿王の正妃、楊氏は武恵妃にうりふたつだ」と…。

その楊氏こそ、楊貴妃のことです。
後はそれこそみなさまもよくご存知の通りになります。
楊貴妃は記録を見る限りでは、則天武后のように政治に口を挟んだわけでも、贅沢三昧で唐の財政を傾けようとしたわけでもありません。
むしろ、きっかけを作ってしまったのは武恵妃といえるのではないでしょうか?と思ったりします。

いえ、そもそも災いの種は太宗、世民さんの時にすでに撒かれていました。
ひとりで唐という国を興し、そして滅亡につながる種まで撒いていた世民さんはとんでもない偉大な人だったかもしれませんね。

…いや~、何にしろ隆基さんの一生には、ホント女性がつきまといますよね。

最後に、別に玄宗皇帝、隆基さんのことをかばうわけではないのですが、寿王は皇帝に選ばれず、おそらくその時、皇帝に一番相応しかった粛宗を選んだのは…玄宗の目の確かさだとkinaは

…思いたいです。

luna_mercy at 07:30|PermalinkComments(0)ミチナラヌコイ | メイヨカイフクノタメニ