月刊楽天koboちゃん 2013年09月号 -一周年休刊号-ボーナス支給額から見る産業・地域格差

2013年10月02日

高齢者にも使いやすい携帯電話といえば、富士通のらくらくホンシリーズが有名だが、総務省のICT超高齢社会構想会議第4回WGにて、富士通研究所の石垣一司氏が高齢者のICT活用について 富士通(研究所)の取組ご紹介と題し、同社の取り組みの紹介を行っている。

非常に示唆に富んだ良い資料であるので、本エントリでは同資料を引用して、高齢者に使いやすいUIの勘所について考えてみたい。本エントリ内の図表は同資料からの引用である。



加齢に伴う身体機能の低下

加齢に伴い身体能力が低下することは誰もが体感することだが、具体的には次のような形として現れる(高齢者にとってのユーザビリティ)。

  • 視覚機能の低下
    • 老眼による近視力の低下
    • 暗順応の低下
    • 視野の狭まり
    • 短い波長の色(青、緑)の感度低下
  • 聴覚機能の低下
    • 高い周波数帯の感度の低下
  • 知覚機能の低下
    • 奥行き知覚の不正確さ
  • 反応時間の低下
    • 全般的な遅延
  • 注意機能の低下
    • 選択的注意機能の低下
  • 記憶機能の低下
    • 作業記憶能力(認知的処理能力)の低下

上記と項目は若干異なるが、労働科学研究所の調査によれば、若い時の能力との対比としては次のグラフのようになる。UIと強く関連する項目の中では、視力、聴力、記憶力、学習能力、運動調整力などの低下が大きいことが分かる。高齢者向けのUIの設計においては、この事実を強く意識する必要がある。

視覚機能の低下への対応

高齢者用のインタフェースでは文字サイズを大きくしなければならないということはすぐに思いつくが、ではどの程度の大きさがあればよいのか、また、文字を大きくすればそれで良いのか、という問いに対しては答えが用意されている。

年齢を問わず最小可読文字サイズの2倍あれば読みやすく、2.5倍ほどあれば非常に読みやすいことが実験的に知られているが、高齢者の場合には、若年層に比べてさらに2倍の文字サイズが必要となる可読文字サイズ推定 - 高齢者・障害者の感覚特性データベースでは、スライダを操作してターゲットの年齢層における読みやすい文字サイズを示してくれるので一度試してみると良いだろう。

文字サイズだけではなくコントラストや文字間隔、行間なども若年層の感覚とは異なってくるため、十分なコントラスト、余白が必要となる。上図にあるように、高齢者が見ると細かな文字はぼやけて知覚されるので、コントラストが失われて、文字間隔が狭くなってしまう。若年層には全く気にならない背景色や文字詰めが高齢者の利用の妨げになっていることもあるので、デザイン時には十分な配慮が必要だ(色覚異常に対する配慮も別途必要となる)。

先ほど挙げた高齢者・障害者の感覚特性データベースでは、視覚、聴覚、触覚などにおける高齢者・障害者の感性特性をインタラクティブに調べられるようになっている。関心のある方はご参照頂きたいが、普通は「2倍の文字サイズではっきりくっきり見えるように」と意識しておけばだいたい間違いない。

聴覚機能の低下への対応

現状のGUIにおいてはあまり音声によるインタラクションを重視しないので、インタフェース設計において音声が課題になることはあまりないが、携帯電話であるらくらくホンにおいては聴覚は極めて重要である。高齢者の聴力低下という課題に対して、らくらくホンでは1)受話音声の強調、2)雑音の除去、3)話速の調節という3つの対策を講じている。前者2つは通常のスマフォにおいても広く利用されている技術であるが、話速の調節を行うゆっくりボイスはらくらくホンの特長機能と言えるだろう(HDDレコーダの高速再生機能などでお馴染みだが)。

デザイン上の工夫

らくらくホンではこれら以外にも随所に高齢者が使いやすくなるような工夫を盛り込んでいる。キーデザインは識別性が良く、押したフィードバックがしっかりと得られるようになっている。高齢者が簡単に自局番号を知ることができるよう、予め通話中の画面に自局番号を表示する。ここで自局番号という名称を使ったが、よくよく考えるとこれは電話の専門用語だ。らくらくホンでは「自分の番号」という簡易な表記になっている。

ワーディングの工夫は電話全体で徹底されており、着信履歴は「電話してきた相手を見る」、リダイヤルは「電話をかけた相手を見る」から行うようだ。ただ、ここで取り上げられているF884iESの取扱説明書を見ると、リダイヤルという表記は残っており、機種ごとに徐々にワーディングを調整しているのだろう。

スマートフォンにおける工夫

ガラケーからスマートフォンへの移行はらくらくホンにおいても進行しており、最近では従来のガラケータイプに加えてスマートフォンタイプのらくらくスマートフォンが投入されている。らくらくスマートフォンにおいても上記に上げたような工夫は踏襲されているが、スマートフォンならではの対応もなされている。

スマートフォンの特長であるタッチパネルだが、高齢者の操作においては次の3つの課題があるという。

  1. ボタンを押した感覚がない不安
  2. 知らないうちに画面を触ってしまう
  3. 確実に押そうとして長押しになる
3つ目などはiPhoneを触らせると、アイコンがふるふると震えだしてつい消してしまうミスが発生する様子が目に浮かぶようだ。これらの問題に対して、らくらくスマートフォンでは、1)ボタンを押した感覚をフィードバックするらくらくタッチパネル、2)端末を握る指が画面に触れても誤反応しないうっかりタッチサポート、3)ユーザが押したい箇所を自動検知するおまかせタッチの3つの技術を投入している。

実際はこうした技術の搭載は特にらくらくスマートフォンに限ったものではなく、一般向けのスマートフォンにも搭載されているが、特に高齢者の利用においてより高い効果が期待できると考えられる。一番上の図を今一度確認してもらいたいが、高齢者の皮膚感覚は若い時の僅か0.35と最も低下する能力なのだ。

文字入力キーボードはAndroidの標準ではなく、押しやすく見やすい独自UIに変更されている。情報量の多さや一覧性、タッチ回数などを犠牲にしても、高齢者が画面を識別できるように、誤操作を少なくし、操作をわかりやすくすることが重要だという判断だ。

また、ガラケーにおけるUIの要であった、どんな状況からでもホームに戻るホームボタンを引き続き用意するなど、何か起こっても分かるところまで戻れるようにしている(フリック入力は難しいと思うが)。マルチタスクは便利な機能だが、やはり高齢者には便利さよりもシンプルな操作系のほうが重要だという判断だ。

これらの割り切りにはデメリットも存在するため、らくらくスマートフォン以外のスマフォには搭載されていないが、今後十分なリテラシをもたない層においてもスマフォへの移行が進むことを考えると、このような操作モードはより広い端末で利用できるようにすべきかもしれない。現状のUIはITリテラシの高い層の利用に最適化されすぎてはいないかと、立ち止まって考えることも必要だろう。

高齢者が使いやすいUIとは

展示会などで高齢者に配慮したシステムとして紹介されているものに対して、高齢者に対してどのような配慮をしたのか?と尋ねると、文字やボタンを大きく、UIをシンプルにした、というような回答しか返ってこなくてがっかりすることがある。

確かにそれらは重要な要素だ。ほとんどすべての場合において単純に信じて良い基本的な原則と言っても良いだろう。しかし、それだけでは足りないはずで、高齢者のもつ背景知識、使い方の状況、身体機能の特性、ユーザが真にやりたいこと、ユーザモデルなどを考慮すると、彼らに使ってもらえるUIを実現するためには、より突っ込んだ検討が必要になるはずだ。

その検討には、UIデザインの原則が役に立つだろう。椎尾先生のヒューマンコンピュータインタラクション入門から引用すれば、注意すべき点は次のとおりだ。

  • 直接操作:外観の表示、メタファー、アフォーダンス(シグニファイア)などで、操作の手がかりがわかりやすく示されているか。ユーザの操作に俊敏に応答し、直接操作している感覚を提供できているか。
  • メタファー:ユーザが持っている実世界での知識が適切に利用されているか。メタファーが利用されている場合、ユーザの経験、宗教、国籍、文化的背景などのより誤解されることはないか。
  • やりなおし:ユーザが操作ミスを行った場合や、様々な操作を試したい場合のために、技術的に可能な場面では、やりなおし(undo)機能が提供されているか。
  • モード:安易にモードが使われていないか。
  • 統一性:メニュー、ボタンなどの名称、表示位置、使用フォント、用語などが、ガイドラインで指定されたとおりに統一されているか
  • ターゲットユーザ:システムを利用するユーザが定義されているか。そのユーザに合った説明がされているか。
  • エラー等のメッセージ:ユーザに合わせたメッセージが用意されているか。例えば、一般ユーザ向けのシステムでは、専門用語を避けて、平易な言葉で表現されているか。

本エントリで紹介した富士通のらくらくホン、らくらくスマートフォンの開発においては、高齢者の携帯電話の使い方を深く学び、長年かけて培われてきた工夫を随所に見ることができる。こうした細やかな心遣いが、らくらくホンの好調な販売を支えているのだろう。

一方で、ターゲットとなるユーザのニーズや、ターゲットへのアプローチもまた重要なファクターだ。

実は、海外でも以前、ユーザの携帯電話の利用方法を徹底的に解析して問題点を洗い出し、ユーザのよく使う機能を簡単に使えるらくらくホンのような携帯電話を開発し販売したことがあったという。それは、通常よりも大きく、電話をかける、アドレス帳、めざましの3つの機能しか持たず、大きなボタンをもつ、まさに海外版らくらくホンと言えるものだったが、残念ながらビジネス的には大失敗におわったらしい。原因は販売員に売ってもらえなかったということだが、端末が格好良くなく、あまりにシンプルで、カメラさえ無かったことから、多くの人に手にとってさえもらえなかったそうだ。

このように高齢者にとって使いやすいUI、高齢者がほしいと思う端末は、様々な要因によって大きく変化する。企画・設計時には最大限の配慮を行うとともに、できる限りユーザヒアリングやテストを繰り返して、ターゲットユーザにとって魅力的で使いやすいものになっているか確認しながら、地道に改善を重ねていくことが結局は一番の近道なのだろう。



lunarmodule7 at 23:48│Comments(3)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 介護人   2013年10月05日 04:44
4 富士通のらくらくスマホにして失敗だったこと…

年寄りは携帯やスマホを落とさないようにしっかり握る。
その結果、横の音声ボリュームのマイナスボタンを長押しし、マナーモード状態に。

当然のことながら復帰作業は本人には不可能。


画面が大きいから見やすいだろうと思ってスマホを与えましたが、画面は永久に使わないであろう様々な機能のアイコンに邪魔され、とてもらくらくとは言えない、と実感しています。

マナーモードになっていることがトップ画面に大きく表示され、復帰する手順が示されれば、親と通話が可能になるのに。

父のスマホは今日もただの時計(笑)

2. Posted by りゅう   2013年11月10日 13:20
ある程度の年齢になれば聴覚が衰える
実は自分はある薬の副作用から かなり前から軽度の難聴で 片方に音声を拡大するオムロンの古いAK21を使用している。これにさらに携帯のイヤホンを使うと両耳がイヤホンになり自然な音が聞こえない。携帯のイヤホンがマイクと軽度難聴補聴器を兼ね、それなりに電池が長持ちすれば最高なのだが、メーカーさんは開発しないだろうか?イヤホンはオプションでもいいだろう。 
3. Posted by あろ   2015年05月13日 10:33
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