またもや、内田先生のプログに面白いことが載っていた。内田先生は文系の先生なので、自分が行っていた工学系とはいささか違いがあるが、非常に参考になる。というよりも、自分もその手のことをしていた。
教師の要らないゼミについて
である。自分が2年ほど所属していた3流大学でゼミをしていたのであるが、良くも悪くも非常に素直な学生が多かった。つまり、先生が何かをいうと素直に聞き入れるというものである。大学教員を絶対神のように思い、何でも言うことを聞いてしまうのである。
一方、自分が所属した大学では、どうにか先生を乗り越えようと必至であった。知識も経験も多い先生を如何に論破していくか。到底敵わない山に登っていく。先生はそれを非常に楽しんでいたように思う。
自分としては、その3流大学の学生に、大学の先生もよく間違えること、そして「正しさ」を自分自身で検証するということを教えたかった。
そこで、ゼミで何をしたか。というと。自分で選んで論文を読ませ、各自がそれを自分のことのように発表する。まず、自分で選ぶので、他の人は誰も知らない。発表者が一番内容を知っているという優越感を与えるためである。先生が与えると、わからないことを全て先生に聞きに来る。要するに、自分で選べば頼るのは自分以外にはいない。研究の所有は、先生にあるのではなくて、学生にあるということをわかってもらいたかったからである。
学生の発表後、まずは同学年のものからわからないことはどんどん質問していく。質問する側としては、相手は自分の知らないことを発表するので、内容は知らなくて当たり前であり、質問すること自体に抵抗感がない。
ルールその1.下の学年が質疑応答しているときに、絶対に上のものは発言しない。この序列が崩れると下のものは絶対に喋らなくなる。
ルールその2.上のものは、絶対に間違っていると言わない。発表者は質問されて、答えられないことは翌週までに調べてくる。上のものが間違っているというと、下のものはそれを信じる傾向があるので、吟味すべき内容以外は言わない。
最後に、自分が聞くことは、どうしてその文献を選んだかとどういうことに興味を持ってその文献に手をつけたかである。細かな内容は学生達が勝手に質問するので、あえて聞く必要がないし、学生のしたいことと行く道をちゃんと見ているかということを確認するだけである。
教師が質問をしないというのは、非常にフラストレーションがたまる行為であるが、これをしない限り、その当時の学生は教師の顔色を伺い、活発な議論ができない。教師は、間違っていたことなどについては、一番上の学年の生徒にだけ話して、レフリーの仕方を伝授していく。この方法は、学生が議論をするということに関しては非常に有意義であったと思う。
この手法での学生の進歩はめざましく、わかることとわからないことの区別がつき始める。わからないことを発表すると相手から突っ込まれるので、あえてそこは発表しないようになる。小ざかしいが、それはそれで重要なことである。「小ざかしさ」を発見するのは、教師の役目で、彼が選んだ文献に目を通して、抜け落ちている議論に関しては質問する。逆にこれができなければ、教師と生徒の関係において、教師側に本質的なアドバンテージがないのに等しい。教師には、内田先生の言葉を借りるならば、与えられた知識から論理的に文脈を作る能力と、学生とともに切磋琢磨することが求められている感じている。知識を教授することではないのではないかと。
このようなゼミを通して、一年経つ頃には、彼らは自分の正当性を先生に臆することなく主張できるようになる。でも、そのころには、教師は容赦なく学生の理論を論破するのであるが。
このような、ゼミの進め方をしたのは、まさにゼミに集まった学生の質に因るところが大きいと思うし、反骨精神が強い学生が多い場合はあえてこんな進め方をする必要がない。教授が知識をひけらかせば、学生はそれを超えんとばかりに勉強してくるものである。ただ、自分が見てきた限りでは、3流大学ほど「教師」と「生徒」という関係が著しく、1流大学では「研究員」と「プチ研究員」という関係になってしまうのはなぜだろうか。
このゼミを通して感じたことは、「質問する」という行為が実に難しい行為であるということ。議論が前に進む質問と、議論が後退する質問とがある。工学系であれば、工学の本質に関わる重要な質問と、単に数値が間違っているなどのあら捜しに近い質問である。これは会議でも一緒だと思うが、議論を前に進めるための質問をするかどうかは、まさに人間性によるものなのかもしれないと思うときがある。
質問の仕方ということで、いろいろと見本を見せるものの、それらに感受性があるかどうかは、個々の差であり、教育では如何ともしがたいと思うときがある。