2017年12月04日

バスリコーダーで通奏低音

前の記事で書いたように、今度の12月8日の「小さな室内楽」では、斉藤文誉氏がゲストです。

斉藤くんが小さな室内楽に出てくれるのは、今度で3回目なのですが、前回はおよそ2年前、2016年の1月15日でした。そのときは、バスリコーダーによる通奏低音がやってみたくて、斉藤君にソロのリコーダーをやってもらい、僕がバスリコーダーで通奏低音を吹くというコンサートをやったのです。チェンバロは超若手の中川岳くんでした。

そのときの模様を昨日youtubeにアップしたので、どうぞご覧ください。バスリコーダーによる通奏低音もなかなか面白い効果になると思うのですが、いかがでしょうか。バスリコーダーを吹かれる方は、このような形もどんどんやってみられるとよいです。


12月8日は、バスリコーダーは使わず、対等な2重奏曲ばかりですが、そちらも是非ご期待ください。
案内ページ、少し更新して、各曲集からどの曲を選曲したかも載せました。どうぞお楽しみに。
http://mutsuyukimotomura.com/171208/index.html  
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2017年11月30日

小さな室内楽 第27回「テレマンの2重奏ソナタ」

前回「テレマンのヘ短調で使うつもりのリコーダーについて」書くと宣言したまま、どう説明していいかがなかなかわからず日にちが経ってしまいました。171208

そうこうするうちに小さな室内楽第27回が来週金曜(12月8日)に迫って来ています。今回のゲストはリコーダー製作家・演奏家の斉藤文誉です。案内は下記ページをどうぞご覧ください。
http://mutsuyukimotomura.com/171208/index.html

斉藤君がアムステルダムにいた頃からの僕の盟友で、僕がコンサートやCDで使っている楽器のほとんどが斉藤君の作った楽器だということ、ご存知のかたは多いことと思います。斉藤君は、今もアムステルダムで工房を構えているのですが、1年ぐらい前から東京にも工房を作って、日本での活動の方が多くなって来ています。

というわけで、リコーダー2本のコンサートもこれからいろいろ一緒にやっていきたいと思っているのです。今回のプログラムは、テレマンの2重奏ソナタ集にしました。テレマンは今年が没後250年にあたるのですが、年末になってようやくの「テレマン特集」です。テレマンの2重奏ソナタ集はいろいろあって、そこから1曲ずつ選曲すると、いろいろなテレマンが聴こえて来るのではないかと思います。

テレマン自身が出版したのは1727年の2重奏ソナタ集(実際は1726年らしい)と1738年のカノンによるソナタ集、あと1728-29年の「忠実な音楽の師」にも2重奏ソナタが1つとカノンによるソナタがあります。他には、1752年に当時のフルートの巨匠ブラヴェがパリで出版したのが2巻あります。さらに、2002年になってから筆写譜が発見された9つの2重奏ソナタ集があります。テレマンがリコーダーでも演奏できると明記しているのは、1727年の曲集と「忠実な音楽の師」の中の曲だけですが、他の曲集のものも短3度上げるか4度上げることでアルトリコーダーで演奏できます。先週、斉藤君と曲選びをやったのですが、候補曲のいくつかを吹いてみるだけで時間があっという間に経ってしまいました。どれをやることにしたのかは、当日のお楽しみでどうぞ。

あとそれから、最初に書いた前回のテレマンのヘ短調ソナタで使った楽器についてですが、それを今回も使います。しかも同じタイプのを2本使います。それについても、やっぱりいつか書こうと思っています。要するに、それは、斉藤君が「概ねオリジナル通り」に作ったヤコブ・デンナーのコピーなのですが、現代的にアレンジしてコピーしたデンナータイプとずいぶん違います。「現代的にアレンジしてコピー」というのと「概ねオリジナル通り」とどう違うのか?というのも製作家でない僕が説明するのもなかなか難しいところです。後者の「概ね」は、そもそも博物館に残っている楽器は数百年を経て変形しているので、ぴったりオリジナル通りということはありえなくて、どう作るにしても現代の製作者の判断が入るということなのです。なのでどれもが大なり小なり「現代的にアレンジしてコピー」ということだろうといえばそうなのかもしれないのですが、その程度の違いで、だいぶ違う感じの楽器になってしまうのです。どう説明すればよいか、もうちょっと考えます。それともちろん、今度のコンサートではそれだけでなく違うタイプの楽器も使います。そういう楽器のこともどうぞお楽しみに。

それでは、12月8日、東京にいらっしゃれる方は是非是非お待ちしています。斉藤君も日本メインになったので、各地への出前コンサートも出来るかもしれません。関心ある方はお声がけください。  
Posted by lusthofmeester at 14:14Comments(0)コンサートやCDについて

2017年10月24日

小さな室内楽 第26回「悲しみ、祈りと慰め」

171031小さな室内楽 第26回は、来週火曜10月31日、場所はいつも通り東京中野のSpace 415で、朝夕夜の3回公演です。
http://mutsuyukimotomura.com/171031/index.html

実はこの「悲しみ、祈りと慰め」と題したコンサート、共演のチェンバロ岡田龍之介さんと今月8日に、愛知県にある芳友寺でやって来たものです(ほんとは、事前にそのお知らせを書くべきでしたが、、)。芳友寺では、年2回、初夏と秋に「やまでら音楽会」というコンサートを開催されていて、昨年が第50, 51回でしたから、長く続く行事になっています。岡田さんはもう20年ぐらい初夏のコンサートを企画されていて、3年前からは僕も秋の企画をさせていただいています。ところが、今年になってご住職の奥様がご逝去され、初夏のコンサートは中止、秋に岡田さんと僕とで追悼コンサートをやりましょうということになりました。それが今回だったのですが、ご住職も相変わらず朗らかで、コンサートの運営を支えてくださる皆様もますます張り切って動いてくださるご様子だったので、ほっとしました。

そういうわけで、追悼のプログラムはどうすればよいだろうと夏頃から考えていました。チェンバロやリュートの独奏では、トンボー(墓碑)とかラメント(悲しみ)と題された追悼の曲は数々あるのですが、リコーダーとチェンバロのアンサンブルでやるような追悼曲はあまりありません。そんな中で、ルイ14世のギター教師だったド・ヴィゼが書いたトンボーは、いくつかリコーダーと通奏低音で演奏できる形で出版されています。そこから、コルベッタ氏のためのトンボー、デュビュのトンボーの2つを選びました。リコーダーでやるのはハ短調で、その2曲と合わせて、同じド・ヴィゼの曲集からハ長調の舞曲を選んで組曲にすれば、2つの沈鬱なトンボーに対比した慰めの表現になると思いました。

他に、テレマンのヘ短調のソナタを選びました。この曲は追悼曲ということではないけれど、第1楽章にAdagioでもLargoでもなく、ソナタとしては例外的なTriste(悲しい)という指示があり、特別に悲しみを表現する曲に思えるのです。

岡田さんが選んだチェンバロソロ曲は、フローベルガーの「フェルディナンド4世の悲しき死に捧げるラメント」を含む組曲とシャンボニエールのパヴァーヌ。このパヴァーヌもトンボーに類する性格を持った曲です。

ここまで、ド・ヴィゼのハ長調の舞曲やテレマンの楽章の一部、フローベルガーのラメント以外の舞曲を除くと、悲しい曲ばかり。他に、追悼にも相応しい明るく楽しい曲があればよいのだけど、どうしようかということも考えていました。フローベルガーの「フェルディナンド4世の悲しき死に捧げるラメント」は、調性は長調で、最後が天に昇ることを表す上昇音形の連続で終わるので、リコーダーの曲でも上行音形が多用されているよう曲を見つければ良いかなと思っていた矢先、ある生徒さんがレッスンに持って来られたのが、ペープッシュのソナタ(第1巻第4番)でした。第1楽章の冒頭がバスの1オクターブ上行で始まるし、終わりあたりではリコーダーが次々に上行のモチーフを続ける部分があります。そう思って見てみると、終楽章の急速な16音符分割を含むジーグも天上での愉楽のようだと思えて来ました。チラシの案内文に「魂の喜びを感じさせるようなペープッシュのソナタ」などと書いていますが、そういう見方でこの曲を自分でも吹いてみているうちに、実際そのように感じられて来たのです。一種のこじつけなのかもしれませんが、そういう風に何かの視点を導入して曲の中に入って行くとイメージが膨らむということもあるわけですね。

そのようにして、この追悼のプログラムを組み立てました。芳友寺ではもう1曲、やはり長い上行音形で始まって愉悦感で終わるヘンデルのヘ長調のソナタもやったのですが、休憩なし60分の小さな室内楽では超有名曲のこの曲を省くことにしました。超有名曲は、東京では今後もやる機会はあると思いますので。東京でのコンサートは、もちろん、追悼コンサートではありませんので、どうぞお気軽に悲しみと喜びのストーリーをお楽しみください。

14-108-1右の写真は、芳友寺と、そこでチェンバロを弾く岡田さんです。考えてみれば、魂が天に昇るなど、キリスト教的なイメージと結びついた曲をお寺での追悼コンサートとしてやるのはどんなんだろうなどとも思いましたが、ご住職は大らかに全然構わんよとおっしゃるし、写真を見ての通り、本堂に「だいじょうぶ」という書が掲げてあるお寺なので、だいじょうぶだったようです(笑)。

あと、今度のテレマンのヘ短調で使うつもりのリコーダーについても是非書きたいところですが、長々となるので、また後日。  
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2017年10月06日

第6回長岡リコーダーフェスティバル

この前の日曜、10月1日に第6回長岡リコーダーフェスティバルが開催され、演奏して来ました。(ほんとうは、開催前にお知らせを書くべきでしたが、、、)

長岡リコーダーフェスティバルももう6回目を迎えることになりましたが、第1部で新潟県内のリコーダー愛好家の皆様による様々な演奏があり、それに続いて、第2部として僕が企画するコンサートをお聴きいただいています。毎回ゲストを一人お呼びして僕のリコーダーとのデュオコンサートをやっているのですが、第1回目はリュートの佐野健二さん、2回目はチェンバロの岡田龍之介さん、3回目はリコーダーの太田光子さん、4回目は木琴の通崎睦美さん、5回目はバロックチェロの山本徹さんで、6回目の今回はピアノの当摩泰久さんとのデュオでした。第1部の愛好家の方々の演奏曲目も、ルネサンス・バロックから現代の親しみやすいものもで多岐に渡るので、第2部のゲストも古楽に限定しないでできるだけ多彩な顔ぶれの方々にお願いしています。

右写真は、当日リハーサルの模様です。52
当摩さんから、ピアノは今までどんな人とやってましたか?と聞かれて、思い出してみたのですが、30年前のアムステルダムでの学生時代、ルイ・アンドリーセンのMelodyというピアノパートもほとんど片手のみの単旋律で延々と20分近く続く特殊な曲をやったとき以来ということに気づきました。ピアノとリコーダーはともに一般に馴染み深い楽器であるにもかかわらず、またピアニストの友人も大勢いるにもかかわらず、共演する楽器としてはこれほど疎遠でいたことに自分でも驚きました。改めて、ピアノとリコーダーのアンサンブルの可能性も探って行かないとと思いました。

当摩さんからは、せっかくリコーダーとやるのだからバロックの曲もというご要望をいただき、選んだ曲の一つは、アルビノーニのイ短調のソナタです。イタリアのパルマの図書館にある18世紀前半の手稿譜の中にあり、imslpでも公開されています。
http://imslp.org/wiki/Recorder_Sonata_in_A_minor_(Albinoni%2C_Tomaso)
このページのArragements and Transcriptionsというタブをクリックするとわかるのですが、これの原曲は作品6第6番のヴァイオリンソナタで、バッハの弟子のゲルバーが通奏低音のリアリゼーションを書いていて、その現代譜もここに公開されています。こういう曲にリコーダー版もあるというのは大変ラッキーです。当摩さんは作曲家でもあり和声学の先生でもあるので、通奏低音を元に和声をつけるのも完璧にお手の物なのですが、様式としてどうかを参照していただくのに当時のリアリゼーションが残っている数少ない曲のうちの一つを選びました。当摩さんのリアリゼーションは、ゲルバーのリアリゼーションを参照しつつ、よりピアノに適した形にアレンジしていただきました。ゲルバーが書いてる冒頭のcolla parte(バスが休みでも高声とユニゾンで弾く)も試みましたが、ピアノとリコーダーではしっくり来ないのでなしにしました。その他、あちこちを当摩さんのセンスでアレンジしてくださり、とても自然な感じになりました。

もう一つのバロックの曲は、バッハのオルガンソナタ第3番のアレンジです。バッハのオルガンソナタは、オルガンの右手左手とペダルの3声のトリオソナタとして書かれていて、いろいろな編成でのアレンジに向いているのですが、ピアノとリコーダーでもとても面白く感じました。

それから、ピアノとのアンサンブルで是非やってみたかった1934年にパリで出版された竹笛のための小品集(PIPEAUX melodies)ができたのもとても嬉しかったことです。当時、流行していたらしい竹笛とピアノのために、ミヨー、ルーセル、オーリック、プーランク、マルテッリというフランス近代を代表する作曲家たちが小品を書いているのです(他に竹笛4本の曲をイベール、2本とピアノの曲をフェルーが書いています)。それを竹笛でなく、ソプラノリコーダーでやったのですが、リコーダーで演奏可能な曲として、こんな曲があるというのは新鮮です。どれも1分ちょっとの短い曲ですが、フランス近代のエッセンスが詰まっているように感じました。

あと、20世紀中頃のリコーダー復興の立役者、カール・ドルメッチの委嘱によるマリルのソナタ、新潟の愛好家、田辺伸五郎氏の委嘱による新実徳英氏の「三つの不思議な風景」、それから今回が初演となった当摩さんの「ワルツ(Valse)」というプログラムでした。

フェスティバルという性格上、当日のリハーサル時間があまり取れなかったにもかかわらず、会場の響きの中で、ピアノのふたを開けるべきかどうか、バランス良く聴こえるには立ち位置をどうするかなど、そういうことに時間をとられつつ、響きはお客さんが入ったあとどう替わるかは未知というような、至る所が手探り感満載のコンサートで、どうなることやらと思っていたのですが、いつになくお客様には喜んでいただけてほっとしました。後から録音もざっと聴いてみたのですが、普段古楽ばっかりやっている僕にとってさえ、現代人としてピアノの音やピアノ的な曲想は耳馴染みがよく、(自分でいうのも変ですけど)いつになく喜んでいただけたのはわかる気がしました。

当摩さんは来年秋ぐらいまでかなりお忙しいそうなのと、ピアノとリコーダーにふさわしい会場はどこだろうというのを考えあぐねてるのもあり、ちょっと先になりそうなのですが、東京でも是非再演したいと思います。ご期待ください。

それから、第1部について書くのが後になってしまいましたが、プログラムは:
ダウランド:Can she excuse my wrongs?
イギリス古謡: グリーンスリーブス
ダウランド: Come again
コレッリ:ソナタ 作品5の
コレッリ: クリスマス・パストラーレ
シックハルト: 4本のリコーダーと通奏低音のコンチェルト 第6番
ボロディン: ダッタン人の踊り
グリーグ: 組曲「ホルベアの時代」より前奏曲、ガヴォットとミュゼット
ロドリゲス: ラ・クンパルシータ/イギリス民謡: グリーンスリーブス
ゲンツマー: カルテッティーノ
菊池雅春:かくれん坊/山田耕筰: 赤とんぼ
廣瀬量平: メディテーション
というものでした。

Come againとシックハルトに参加された、takako arakiさんがyoutubeチャンネルで、第6回フェスティバルとしてその2曲の動画を上げていらっしゃいます。それもどうぞご覧ください。
https://www.youtube.com/channel/UC-co8gVMz2WfujYF13sOPIA

さて、次の僕のコンサートは、明後日の日曜、愛知県豊田市にある芳友寺の〈やまでら音楽会〉です。14:00開演。お近くの方は、芳友寺にお問い合わせください。0565-41-2566です。

追記:
PIPEAUX melodiesの中のルーセルのPipe in D major(でも実際はなぜかG major)の楽譜は、imslpに上がっていました。
http http://imslp.org/wiki/Pipe_in_D_major_(Roussel%2C_Albert)  
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2017年09月10日

小さな室内楽 第25回 分割鍵盤の話

170920つくば古楽アンサンブル合宿から帰って来てからまた少し間が開いてしまいましたが、あと10日後に迫った「小さな室内楽 第25回」のご案内を書いておきます。

コンサート情報は、こちら。
http://mutsuyukimotomura.com/170920/index.html

長い間このブログを放置してしまったため、東京での「小さな室内楽」を今どのように進めているのかのご案内すらここには書かないままでした。改めて書きますと、今は東京・中野にあるSpace 415を主な会場にして、平日の昼夕夜の3回公演でやっています。休憩なし60分のトークコンサートという形で、開場時刻も早めにして、お茶やワインもお出しして、開演前から演奏者もサロン内に出て、お時間のある方は終演後もしばらく談笑の輪に加わっていただけるような場を作っています。コンサート自体は60分なので、さっと聴いてさっと帰るという楽しみ方ももちろん歓迎ですが、その場合でも、和気あいあいとしたサロンの中で演奏を楽しむのは、コンサートホールでの鑑賞と違った味わいになること、感じ取っていただけるかと思います。

さて、9月20日(水)の「小さな室内楽 第25回」ですが、コンサート情報にある通り、チェンバロの上尾直毅氏とともに初期バロックの曲を集めたプログラムです。目玉としては、上尾氏所有の安達正浩氏製作の分割鍵盤イタリアンチェンバロを使うことです。

分割鍵盤とは何かということ、簡潔に説明するのは難しいのですが、ミーントーン(中全音律)と呼ばれる鍵盤楽器の調律法で、いろいろな調性の曲を弾くためには、いわゆる黒鍵を各位置に2つずつ用意しないといけなくなるので、17世紀にはそのような楽器が作られています。1オクターブを12の半音に均等に分割するのが現代で一般的な平均律で、その場合は、異名同音といって、例えば嬰トと変イは同じ音になります。ところが、そうするとホ長調の和音も変イ長調の和音もあまりきれいな響きにはなりません。平均律では、特に長3度の音程が、純正音程(唸りなくハモる音程)より広すぎてしまうからです。ミーントーンは長3度が純正になるような調律法なのですが、そうすると異名異音といって、嬰トと変イはかなり異なる音程になります。それを解決するために、いわゆる黒鍵が2つずつあるわけです(でも17世紀のレパートリーにはほとんど出て来ないような音の組み合わせのところでは分割されていませんが)。

このようなミーントーンで演奏すると、旋律の様子もだいぶ違って聴こえて、特に半音階の進行は平均律と全然違って来て、慣れないと調子っぱずれに聴こえると思われます。当時の人はそのような半音階にも馴染んでいたはずですが、リュートなどフレット楽器の調律は平均律に近いものでないと困難なので、どっちが「本物」かという議論はできません。いろいろあると思うのがよいです。リコーダーのような旋律楽器は、調律がどうであれ、各瞬間ごとにちょうどよい音程になるように演奏すればよいので、気楽なものです(笑)。ときどきチェンバロの人から、調律はどうしますか?と聞かれたりするのですが、僕は、適当に合わすので何でもいいですと答えています。チェンバロがミーントーンだと、それにハモるように吹けば、リコーダーもミーントーンぽくなってるんじゃないかと思います。しらんけど(といってみる)。

そのような音程で、半音階満載のチーマのソナタなど、初期バロックの曲をチェンバロソロの傑作も含めてお聴きいただきます。どうぞお楽しみに。


(おまけ:最近のツイートから)
ブログの更新はなかなかまばらなのですが、ツイッターの方は、しょっちゅう書き込みしています。でも、ツイッターご覧になってない方にも向けて、最近のツイートをここにもまとめてみます(ただし、単にくだらないのは除く、笑)。数日前に、JASRACが音楽教室に著作権料を請求することについて、裁判が始まったので、今回は、それについてのツイートをまとめます。

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JASRACと音楽教室との訴訟、第1回口頭弁論が今日だったようですね。論点は、レッスンで弾いてみせることは著作権法でいう「演奏」に当たるかどうかです。2月にこの問題についていろんな人とやり取りしたのを再掲しておきます。
https://togetter.com/li/1079923
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音楽教室の著作権料の問題、個人の教室に適用されるとしたら、例えば、レッスン売り上げ年間300万、経費150万、保険料税金生活費など合わせて150万で生活ししてるとして、年間7万5千円をJASRACに払うことになるわけね。クラシック系の人は現代曲のレッスンはしなくなるだろうね。
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僕自身のことはちゃんと計算はしてないけど、年間1000コマレッスンしてるとして、そのうち現代曲は年間平均5コマにも満たない気がするのだけど、それを維持するために年間25コマ分のレッスン料をJASRACに払うということになったら、現代曲は僕はレッスンしないと宣言しちゃいそう。
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JASRACと音楽教室の問題、深刻なのはクラシック系音楽レッスンで現代作品が敬遠されていくことになるということ。ビジネス系のお友達にもご理解いただけた様子なので、ありがたいことです。そういう事態が現代作曲家にとって果たして好ましいのか??みんなが大真面目に考えていただきたい。
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僕が万一、現代曲はレッスンしない宣言をする羽目にならないうちにレッスンに持って来てください。ルネサンス合唱曲をリコーダー合奏でやるのと同様、現代合唱曲を器楽でやってみるのも重要だと僕も考えていますが、そういう試みを事実上禁じることになるかもしれない事態は全く以って見過ごせません。
https://twitter.com/atsuko_s2o/status/905834795577483264
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でも、現代合唱曲を器楽でやる試みについては、同一性保持権の侵害に当たるかもしれないということもあるので、そこも現行著作権法の不備かと思います。作曲の著作物は楽譜なので、楽譜自体を改変しなけれ同一性保持権の侵害に当たらないという判例が出て欲しいです。
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ちなみに、佐藤眞とPE'Zの「大地讃頌事件」では、訴訟せず和解したようなので、それも禍根を残してると思います。僕が大地讃頌をリコーダー合奏でやって佐藤眞に送りつけて怒らせて訴訟に持ち込んだりすればいいですかねっw
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レッスンは演奏に当たるかという議論で、もう一つ。個人で歌の先生をしている人が合唱団の指導に行く場合、演奏するのは団員の人で、ときどき先生が歌ってみせてもそれは演奏に当たらないのは明らかだと思う。もしそれが演奏だというのなら、プロ合唱団もリハーサルの度に著作権料を払う理屈になる。

(以上であります)  
Posted by lusthofmeester at 10:04Comments(0)コンサートやCDについて

2017年08月22日

何か楽器を始めたいならリコーダーがいいよ!!

もうだいぶ前になりますが、ツイッターの連続投稿(連ツイ)で、「何か楽器を始めたいならリコーダーがいいよ!!」というのを書いたので、ここにもそれを掲載しておきます。

ここに「ショボさを演出するのに最適」という項目は、ぜっっったい!加えませんっっ!!(笑)

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何か楽器を始めたいならリコーダーがいいよ!!の理由を考えてみました。(笑)
1.息を使う楽器なので、フレーズ感を掴みやすく、はまると気持ちいい。
2.息を使う楽器の中では音を出すのが簡単なので、気楽に始められる。
3.入門用の楽器は安価でお手頃。
4.ソロのレパートリーが充実しているだけでなく、大小各種サイズの楽器を使った合奏でもいろいろな曲を楽しめる。
5.中世から現代ま何百年にわたるレパートリーがあるので、音楽観が広がる。
6.音程を吹き方で細やかにコントロールしていかないといけないので、和音や音程の感覚が身につく。
7.上達すれば速吹きするのも楽な楽器なので、結構派手なこともできる。
8.アーティキュレーションの細やかな変化や、音のニュアンスの変化がかなり多彩なので、深入りすると際限がない。
その他
・音が大きくないので、練習場所の悩みが少ない。
・呼吸が深くなって心身の健康に良いかも。
・あまり体力を使わないので、年齢的なハンデが生じにくい。高齢でも始められるし、高齢になっても続けられるし、小さい子でも始められる。  
Posted by lusthofmeester at 01:00Comments(0)音楽論みたいなの

2017年08月19日

学校の先生の講習会

37今日は、東京都世田谷区にある松本記念音楽迎賓館(右写真)で、学校の先生方対象の教員免許更新講習会というのをやって、とても幸せな気持ちになって帰って来たので、もう酔っぱらってはいますが(笑)、ご報告を書いてから寝ようと思います。

この会場には、安達正浩さん製作の大変立派なチェンバロがあるので、桒形亜樹子さんにチェンバロを弾いていただいて、30分のミニコンサートでスタート。リコーダーの生演奏を聴くのは始めてという先生も少なくないと思われる状況で、選曲したのはファルコニエリのLa Suave Melodia(静かな旋律)とヘンデルのリコーダーソナタイ短調、オトテールの組曲作品2の3からの抜粋でした。リコーダーは、中世からの長い歴史を持つという話もしましたが、お誂え向きにリコーダーとチェンバロでできるレパートリーは17世紀以降になってしまいます。その中でLa Suave Melodiaは、ルネサンスの器楽を引き継いでるタイプと思います。他にもファレーズのパヴァーヌとガリヤルドで当時の歌の旋律に基づいているものの譜例も配布したりしました。使ったのは1本管の初期バロックタイプのソプラノリコーダーで、「ジャーマン」でも「バロック式」でもない当時の運指の話もしました。ヘンデルのソナタは、リコーダーのためのソナタの例で最も広く知られたものということで取り上げたわけですが、せっかくだから、バロックリコーダーもオリジナルピッチでシングルホール/オールドフィンガリングのを使いたくて、デンナーのコピーでやりました。続いてのオトテールはヴォイスフルートで。テナーと思いきやd管で、リコーダーの種類は、ソプラノアルトテナーバスというような単純な分類ではすまないという話をしました。話長いと時間延長してしまいがちですが、時間延長しないように念を押されていたので、時計見ながらピッタリ30分で収めてさい先よいスタートでした。

続いてのレクチャーは、「リコーダーの基本的な奏法」というお題が前もって決まっていたので、もう僕のいつも通り、youtubeのmotomuralessonチェンネルで公開しているこのレッスン(https://www.youtube.com/watch?v=727sB3lTPdA)みたいな内容をやったのですが、学校の先生対象なので、息の流れで音程が変わること、それはちっとも表現の制約ではなくてむしろ美点であること、つまり、わずかに気持ちの持ち方が変わるだけで息の流れが変わって、それが即座に表情として現れるというような話を結構長々としました。あと、音量の強弱は、音程がちゃんとしていれば自動的に上行クレッシェンド、下行デクレッシェンドになるという話とか、アーティキュレーションで表現するとはどういうことかという話など。先生方の日常のリコーダーの捉え方からするとかなりぶっ飛んでたと思いますが、目から鱗とおっしゃってくださる先生もいらして、ありがたいことです。子供用の教材でありがちな付点音形がリコーダーの技術としてはいかに難しいかというのも1分程度は触れられました。こんなに難しいんだから子供には優しく教えてくださいねなど(笑)。でも、大変時間が限られていたので、午後の「演習」の準備としてはあらゆる点で不足すぎるという自覚はありました。

その午後の「演習」は、先生方にグループに分かれていただいて、グループごとに曲を決めて、それを練習して、その後に発表会をやるというものでした。「演習」の課題曲は、まあ、僕のやってることをフォローしてくださってる方には予想つくかもしれませんが、バロック時代のアムステルダムの出版業者ロジェが、1700年から1716年にかけて編纂出版した単旋律集「古今オランダ農民の歌と踊り Oude en Niewe Hollantse Boerenlietjes en Contredansen」を元に僕がリコーダー2重奏に編曲したもののうち32曲にしたわけです。そこから各グループ2曲ずつ選んで発表していただくことにしました。

でも、音楽専科でない先生も多数参加されていて、ソプラノしか吹けないとか、ジャーマン式しか知らないという先生も少なくなく、僕の選曲は普段馴染みがないだろう古い旋律で、テンポの指示もなく、フレージングも自分で解釈しないとという状況で、果たしてこれは上手く行くのだろうかという不安がいっぱいだったわけです。

それで、もう、これが、今日の幸せ感の理由なのですけど、僕の不安など吹っ飛ぶように、午後の「演習」で、どのグループでも、先生方がニコニコ笑いながら和気あいあいと楽しそうに「古今オランダ農民の歌と踊り」を次々に吹きながら選曲されていたのです!!「オランダ農民歌すげー!!」ですよ、ほんとに。音楽専科ではなくても、普段子供たちにリコーダーの指導をされている先生ならではのことではあると思いますが、楽譜を見ながら、ちゃんと曲に共鳴して、楽しんでくださっていて、大変嬉しいことでした。こんな僕でも、みんなに喜んでもらえるようなことが提供できるんだー、生きててよかったみたいな(笑)。

幸せすぎるので、そのうちの人気の1曲をお読みの皆様にもプレゼントしちゃうのです。ソプラノとアルトの2重奏で、イギリスのフォリアという曲。
名称未設定 1


今までの学校の先生対象の講習会で、バロックやルネサンスは、どうやっていいかわからないので敬遠してしまうという声を多々聞いて来たし、実際、ほとんどの学校では現代の教育用レパートリーやポップスやクラシックの有名旋律の編曲などばかりが取り上げられる傾向があり、そのため、リコーダーの演奏表現を越えてしまうようなことにも無頓着になって、リコーダーの美点を活かしきれなくなってしまうという傾向を感じるのもしばしばだったので、今回「古今オランダ農民の歌と踊り」をすんなり普通の親しみやすい曲として受け入れていただけたことがとてもとても嬉しいです。

18世紀始めの時点で、過去150年ほどを振り返り、身分問わず人気を博して来た旋律を集成したというのがこの曲集なので、そのような旋律は現代も知られる民謡はもちろん、ヨーロッパのポップスの基盤にもなっているはずだし、時代を超えて訴える力があるはずだというのが、予想以上に実証された気がして、大変励まされました。

あと、作曲科出身の桒形さんに、元の旋律はいいけど編曲がダメね!とダメだしされたらどうしようとちょっとビビってたのですが(大笑)、特にダメだしもされず、普通に受け入れていただけた様子なので、それもちょっとほっとしました(笑)。

というわけで、こうなったら、「古今オランダ農民の歌と踊り」に基づくリコーダー教本、ぜひ一般にもご覧いただけるように出版に漕ぎ着かなければ!!と思い始めてます。企画書作らないと、、、。それの応援も是非よろしくお願いいたしますです。


  
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2017年08月10日

ノワ・アコルデでのコンサート(2017/8/5)

2017-08-06-07-24-372017-08-06-07-24-22日にちが経つのは早いですね。先週土曜日に大阪・豊中市のノワ・アコルデ音楽アートサロンで「小さな室内楽 in 関西 2017」をやって来たかと思ったら、もう木曜です。写真は、サロンオーナーの平井悦子さんが消音モードで撮影してくださったのをいただきました。小さなサロンでも、たくさんの方々に聴いていただけて幸せでした。3月に東京でやったのと同じプログラムですが、三和さんはこの数ヶ月の間のヨーロッパ滞在中に、いろいろな人とマンチーニやスカルラッティの通奏低音をどう弾くかという話を交わして来たらしく、ますます柔軟で雄弁な通奏低音になっていて、満席のお客様の雰囲気とも相まって、とても乗せられて演奏することが出来ました。このコンサートの直前までサロンでは合唱のセミナーをやっていたため、僕らのコンサートはぶっつけ本番でやったのですが、それも「即興性」としてよい方向に働いた気がします。
2017-08-06-00-32-13
さて、今回使ったマンチーニ(リコーダーソナタ第12番)第1楽章の楽譜は右のような感じです。小さくて見えにくいとは思いますが、冒頭は通奏低音は休みで、リコーダーだけで始まります。第2楽章はフーガでやはりリコーダーから始まるのですが、今回はどちらの楽章も冒頭の部分をチェンバロの右手でリコーダーとユニゾンで弾いてもらいました。そういうやり方は、至って標準的なのですが、ご来聴くださった方からFacebookで「こうやったほうが良いと考える根拠は何なのでしょうか?」というご質問をいただきました。せっかくなので、それにお答えしたコメントをここにも転載しておきます。

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先日はご来聴ありがとうございました。またご質問もありがとうございます。
元々、通奏低音の始まりとして、多声音楽での声部のうち各時点での最低音を担う音を弾いて行くというやり方があります。それを反映してか、17世紀の通奏低音パート譜は、ソプラノで始まる場合は必ず、通奏低音の開始もそれをなぞる(colla parte)ように書かれています。18世紀以降も、例えば、アルビノーニのヴァイオリンソナタの通奏低音をバッハの弟子のゲルバーが実施したもの(imslpに現代譜スコアがあります)を見ると、ヴァイオリンから始まる場合は、右手でそれをなぞるという風になっています。なので、16世紀末から18世紀までの長くに渡ってイタリアであろうがドイツであろうが、通奏低音実施の標準としては、ソプラノから始まるときにはそれをなぞる形だったのだろうと考えられるわけです。
実際の演奏に当たっては、colla parteにすることによる演奏効果が良い結果になるかどうかを、場合に応じて演奏者が判断して決めることになるかと思います。お聴きいただいたコンサートでは、マンチーニは1、2楽章とも冒頭はcolla parteでやりましたが、D. スカルラッティK.89ではcolla parteにしませんでした。声部の自由度の印象とか、アンサンブルとしての響きをどう感じるかなど、なかなか理屈には乗らないいろいろなことで判断されると思います。
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そう、マンチーニだけでなく、D. スカルラッティの第1楽章も通奏低音休みなのですが、そっちはcolla parteにしませんでした。マンチーニの方はどちらの楽章もcolla parteでやるととても効果的でしっくるくると感じられたのですが、D. スカルラッティの方は、なんかしっくり来なかったのですね。一般的にそうという話ではなく、数日前に合わせたときにそう感じたからそうしたというような。これも場当たり的といえばそうなのですが、僕もそういう資料に詳しいわけでもなく、今のところは、そんな風にその場の直感と好みでという風に選択しています。

では、今夜はこんなところで。  
Posted by lusthofmeester at 01:02Comments(0)コンサートやCDについて

2017年08月01日

小さな室内楽 in 関西 2017

170805_ページ_1今度の土曜日、8月5日は、大阪の豊中市にあるノワ・アコルデ音楽アートサロンで、「小さな室内楽 in 関西 2017」というのをやります。関西の方、是非是非どうぞ!!!であるのですが、4日前になってようやくご案内というのもなかなかの遅さであります(笑、というか笑い事じゃない?)。

それでも、長い間このブログを放置していたせいで、東京でやっている「小さな室内楽」についてすら書かないままになっていたので、それよりはちょっと成長しました(笑)。

いま見てみたら、「小さな室内楽」について書いたのは、2012年9月26日の「10月11日 小さな室内楽第9回」でした。なんと5年もさぼっていたのですねえ。「小さな室内楽」は、次の2017年9月20日で第25回になります。現在は、中野のSpace 415を主な会場として、休憩なし60分のトークコンサートとして開催しています。

もともと、この「小さな室内楽」シリーズを始めたのは、リコーダーの主なレパートリーであるバロック以前の室内楽は、大きいコンサートホールで聴くようなものではなく、小さなサロンに集う人たちが楽しむためのもので、その状況に少しでも近いものを作って行きたいということでした。通常の前半後半に分かれて途中に休憩を挟む形のコンサートより、休憩なしの一つながりの宴として、和やかにお話ししながらという形がよいのではないかと考えて、現在はそのようにしています。

その形のコンサートをようやく関西で開催できる運びになったわけです。共演のチェンバリスト三和睦子さんはパリと東京と神戸を拠点にしている人で、今年3月の東京での「小さな室内楽」でまず共演していただいて、それをそのまま関西に持って行くことにしました。僕も年に3、4回は大阪でレッスンに行っているので、それに合わせてこれからもときどき関西で開催でできるような流れができるといいなあと思っています。

プログラムは、ナポリの巨匠マンチーニ、ナポリの大巨匠の息子でポルトガルとスペインで活躍したドメニコ・スカルラッティ、がらっと変わってドイツのカール・フィリップ・エマヌエル(CPE)・バッハという構成です。大胆な感情表現が花開いたナポリから古典派の先駆けになるようなCPEバッハへのつながりが感じられるかもしれない。

ご案内詳細は下記ページにあります。もう直前ですが、ぜひぜひ。
http://mutsuyukimotomura.com/170805/index.html
  
Posted by lusthofmeester at 16:55Comments(0)コンサートやCDについて

2017年07月29日

「バスリコーダーも歌っていいんですか?」

この前の日曜日に仙台レッスンをやって来て、ブログにもそのレポートを書こうと思っていたのですが、遅くなってしまいました。そうこうするうちに、仙台でいただいた「バスリコーダーも歌っていいんですか?」というご質問について、昨夜ツイッターで連続投稿(連ツイ)したので、それを下にまとめておきます。(箇所箇所修正してあります)

レッスンのときに実際このように長々とお答えしたわけではないのですが、全体のレッスンを通して、イン・テンポ、イン・チューンをいつも基本に置くようにといいながら進めていたので、こういう形で振り返りました。

仙台レッスンを振り返ってブログにどう書こうかと思いながら止まっていたのですが、酔っぱらった勢いで連ツイを始めるととりとめもなく書き続けるということになってしまうようです(笑)。

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この前の仙台レッスンで、いくつかご質問をいただいたのだけど、そのうちのひとつに「バスリコーダーも歌っていいんですか?」というのがあった。意味がわからなくて「え?歌っていいに決まってるじゃないですか!というか歌わないとダメでしょう。どんな楽器にしても。」と答えて、「そうですよね」と安心された様子ではあったのだけど、地元のいろいろなリコーダーサークルに参加されていると、「バスは歌っちゃダメなんだよ、ちゃんと支えにならないと!」といわれたりするらしい。ああ、そっちかー!!とちょっと意味が分かった。

まあ、本人が気持ち良く歌っているつもりでも、かえって音程もタイミングも不安定になってしまってるという場面は、アマチュアの方の場合、多々ありそうではある。でも「歌っちゃダメ」は、あまりにも語弊がありすぎる。人間が奏でる以上、たとえ無機質な印象のフレーズであっても、無機質な感じで「歌う」という気持ちじゃないと上手く行かないと思う。頭で考えた通り精密に機械操作する技術を駆使してるという感覚で演奏する人なんているのだろうか?(いやいない)。身体感覚に直結して奏でるというのがすなわち「歌う」ということなのである。なので、歌うなとか言わないのがいいよ。お願いします。

で、問題はどこにあるかといえば、もちろん、不安定なタイミングと不安定な音程はやめてねということになる。で、そのタイミングと音程の安定度について、ソプラノよりバスの方がより精密さを要求されるのかという問題に置き換えると、なかなか微妙なのである。まず音程の話でいうと、確かにソプラノの方が自由度は高く、多少上ずったりぶら下がったりしても、それが表現として感じられるなら許容範囲という面はあり、バスはやはり皆が音程を取る基準になるので、安定した音程でないと困る。一方で、もしバスの音程が許容範囲内でやや上下するなら、他の声部もそれに合わせて上下することになるわけだし、フレーズ途中で非和声音を担っているときなど、ソプラノと同様な音程の自由度はある。また、協和音が綺麗に聴こえるための音程のズレの許容度はバスの方が大きい(理屈は略)。で、総合的に、経験的にいうと、高音楽器の方が音程の点ではむしろシビアである。

主旋律の音程は確かにある程度の自由度はあるけど、高音楽器はちょっと音程ずれだけでかなり音痴に聴こえるので、コントロールの精度は出来るだけ高い方が良い。そういう点では、バスの方が多少ゆるくてもなんとかは許せる面もあったりするのだけど、バスリコーダーなんて、元々の楽器の音程も悪かったりするので、音程に無頓着に吹くと結構悲惨になったりもするので、よーく気をつけましょうね、と。

それから、タイミングについてだけど、ソロと伴奏という形なら、ソロが割と自由なタイミングを取って、伴奏がそれにつけるという場面もあるわけだけど、対位法的な音楽だとそういう差はなくて全く対等だし、ソロと伴奏という形でも、伴奏の方が安定感あるリズムで進んでいる場面は非常に多いので、バスにタイミングを主導してもらって、ソプラノがそれに乗っかるというのを基本に据えた方がよいということもあり、なかなか単純なことはいえない。元も子もないけど、経験を積んでわかっていってくださいという他ないのかな。

そこで、ざっくりまとめると、バスであろうがソプラノであろうが、歌うような感覚が大事なのはいうまでもない、加えて、必要なときには常にイン・テンポ、イン・チューン(ピッタリのタイミングで綺麗にハモる音程)をキープできるような状態を目指していきましょう、ということになるかな。

でも、このイン・テンポ、イン・チューンというのが、なかなか文字で説明するのが難しく、メトロノームに合わせようとすればかえってイン・テンポにならなかったりもするし、チューナーの針が真ん中に来るような音程で演奏すればかえってハモらなかったりもするわけなので、アレルギーの人がいるのかなんだか、イン・テンポなんて音楽的じゃないだとか、音程なんて気にしないで伸び伸びととか言ってしまう人も、歌うなとか言ってしまう人と同じぐらいいたりする気配もあり(以上、毒吐きw)、独習の人にとっては悩ましいのだろうなあとは思います。僕のレッスンは、タイミングと音程でフレーズを作るという話が9割方なので、何回か受けてくだされば向かうべき方向はわかっていただけるとは思うのだけど(結局宣伝かw)、それでも単純に理解して身につけられるような簡単なことではないよね。でも、おいおい、文字でも出来るだけ説明できるように考えて行きたいと思います。今日はひとまずここまで。■


【追記】さっき(理屈は略)とした「協和音が綺麗に聴こえるための音程のズレの許容度はバスの方が大きい」の理由もやっぱり書いておこうかな。例えば長三和音が綺麗に聴こえるというのは、差音が全て根音と一致するということなのだけど、そのピッタリハモった状態からソプラノが何セントかずれてしまった場合、周波数は何Hzもずれるので差音にはすごく影響する。それに対して、ソプラノより周波数の低いバスの音程が数セントずれても周波数自体は1Hzも変化しなかったりするので、差音への影響はソプラノに比べるとバスの方がずっと小さい、というようなわけです。(差音って何?Hzって何?セントって何?については省略。ごめんね。)

さっきの【追記】ですが、差音より唸りと書いた方がよかったかも。要するに高い音だとちょっと音程狂うと周波数が大きく変わるので唸りも大きいのだけど、低い音だとちょっとぐらい音程狂っても周波数の変化は大きくないのでちょっとしか唸らないということですよ。  
Posted by lusthofmeester at 09:47Comments(0)レッスン