だらだらとTwitterを眺めていたらこんなのが目に入りました。

どうもキングコング西野のオンラインサロンとかいう事業が、マルチや詐欺の類であると炎上しているらしい。
このツイートはスレッドになっていて私が興味が持ったのは、事実に対してネガティブな感情が沸いた時、それを打ち消して無理に楽しいと思い込もうとすると「そのうち自分が何が嬉しくて、何が悲しいかもわからなくなって」「自分で感じ考えたことではなく、誰かの考えで自分の幸せを定義しようとします」というくだりで、最初は西なんとかさんとかどうでもよかったのですが、結局引用の話題自体についてもいろいろ思うところがあったので書き留めておきます。
ちなみに最初に興味が沸いた理由は、以前『カタチないモノの定義』で書いた、私の幸せの周辺が何か異様な情景を呈しているのは、他人が幸せと呼んでいる感情を感じている状況のほうに着目して、自分自身がその境遇になっている時に感じている感覚を『幸せ』と名づけてしまっていたのではないかという話に通じる内容だと思ったからなんですけどね。
詳しいことは言語化できそうになったら別記事にしますが、つまり私はマルチとかカルトにひっかかりやすい性質のはずなのですが、今のところたぶんそういう類にのめりこんだことがないんですよ。
直近でタロットカードの話を延々書いておいて説得力がない気もしますがw
深く関わることなく終了しているので実際それがあれだったかは不明ですが、勧誘にはたぶんいっぱい出会っていて、例えば以前ハッピーネットワークなるものからコメントが来たことがあります(宣伝書き込みキター(・∀・))。
道端で急に占い師に声かけられたりとかよくあります。
でも今までそういう出会いに魅力を感じたことがありません。
今回西野サロンが炎上するきっかけになったのは倉本さんという人が書いた『80プペルとカモられる若者』らしいのですが、この倉本さんもマルチやカルトにカモられやすい特徴として、承認欲求と理想が高いが具体性がなく何者かになりたいが何も持っていない(もしくは何もしてこなかった)人という指摘をしていて、やっぱり私当てはまると自分で思います。
ただ、人と違うことをして成功して人脈やおカネや社会的肩書きを持っている「凄い人」に惹かれて、「自分もこの人から何か学んで、同じことをすれば変われる」とは私は考えないです。
だって単純に考えても、その人は他人と違うことをして成功してるんだから、その人と同じことをしてもなれるのは劣化版か模倣品でしょ?
この点について、ツイートの引用元にもリンクがある『「”カモられる若者”」として炎上している件について【西野サロンU25】』というnoteのさいとうさんは別記事で、成り代われないと気づいたというようなことを言っているのですが、うーん・・・この人、言葉の端々になんか違和感を感じるんですよね・・・白々しいというかうわべだけというか・・・
正直私にはさいとうさんが何の話をしているのか最初よくわからず、外の人にはわからないかもしれないけどとにかく自分はカモられてないですと伝えたいというのはわかったけど、そう言われても納得できる材料は何もない文章だなと思いました。

さいとうさんは(今もそうかわからないけど)他の人にたくさん支援している人が信用されて支援してもらえる・だから他人に支援しよう!っていう理論で、支援をもらうために他人に支援したみたいですけど、これは本当に西野さんの教えによるものなんですかね?
私は西野さんの著書は読んでないんですが、倉本さんがカモられる若者としてまず先に挙げた『無職が失業保険使ってチケット台本を80セット(約24万)買った話(理由)』の本岡さんという人は、他のnoteをざっと見た感じ、さいとうさんが言っているような信用経済の話はしていません。
本岡さんも、もらっているばかりで返さなければ信用されないとか、企画も魅力的か以前にまず信用・同じものを売っている人がいる中であなたから買う理由は?とかいう話はしているけど、それは私には一般的な信用の話に思えました(ここから西野的信用経済にずれていく可能性はあります。
しかし、さいとうさんが語る支援の行動動機は、本人否定すると思うけど、あと何回指名したらヤらせてくれるかな?って発想でキャバに通う卑しい勘違い痛客と同じだし、彼女が信用経済とか言ってやっている行為は、以前私が『やりがい搾取』という記事で書いた「ここで頑張っていればいつかは・・・」という期待もたせをちらつかせる悪徳キャバ嬢の色恋営業と同じです。
このやり口は物事が持つ本来の価値を歪めるものです。
なぜかというと、何かをすることはその何かをすることそのものに価値があるからです。
確定ではない結果を必ず得られるものであるかのように価値を提示して、これが手に入るからそれをやろうと促すのは他人がしてきたら詐欺だし、自分で自分に行うのは自己欺瞞です。
本岡さんがチケット台本を買った経緯にはそういう変な下心を感じないし、彼は軽率で無謀なことをしたかもしれないとは思っていても、チケット台本を買った(だけでしかも売れなかったのに)そのこと自体に自分の中だけで完結した価値を見出そうとしています。
のちのちこれが返ってくるからとかいう話してません。
本岡さんとさいとうさんは、他人から見たらどちらもカネをドブに捨てているように見えるでしょうが、本人にとっての意味が違うことをしていると私は思います。

あと私クラウドファウンディング詳しくないし企画したことも出資したこともないのだけど、そもそもクラファンとはなんらかのプロジェクトがあってそれを実行するために資金を募り、その見返りとしてプロジェクトに関わる何かを出資者に渡すシステムですよね。
リターンとかいうの?
じゃあそれが、その企画に金銭を払うことでもらえるものの全てであり、それ以外ない・それで取引終了だと思います。
だからさいとうさんが応援した企画や彼女自身が出資を募っているクラファンが「私を応援してくれたら今度は私があなたを応援します!」っていうリターンだったら、彼女の言う『私は10万円と労働時間で”信用”を買いました』は正しいんですけど、違いますよね?
彼女はリターンに書いていないものを購入できると言い張っているんですよ。
そんなの信用できますか?
この話は『西野サロンで炎上した、さいとうしほを救いたい』というはてなブログで増田が丁寧に突っ込んでくれてます。

この件で色々コメントを漁った時、さいとうさんは素直でイイコなんだと思うという意見、だからそんなイイコを騙し搾取している西野は最低みたいな方向性の意見をたくさん見たのですが、私にはさいとうさんがイイコだとはあまり思えないです。
だってこのコ、プペルという自分が作ったわけでもないコンテンツの頒布に関わることで、自分を他人にとっての価値ある人にしようとしてますよね。
コンテンツがプペルである理由はプペルに出会って感動したからとかなんでしょうけど、だったらもっとプペルというコンテンツの素晴らしさを知らない人に伝えようっていうのが先に来ると思うんですよ。
先の増田も指摘しているんですが、彼女の文章を読んでも、プペルの素晴らしさを北海道の子供たちに伝えたいからトラックを呼びたいって思っているように見えなくて、このプロジェクトを成功させたら自分がなりたい者になれるから成功させたいっていう欲望しか感じられないんですよ。
実際「オンラインサロンも、インターンも、絵本展も、”本当にやりたい事”に近づくためのツールでしかない」って言い切っちゃってますもんね。
つまりプペルというコンテンツの発信も”本当にやりたい事”ではないってことですよね。
本当にやりたいこと「だけ」をやりなさいよ。
どうしてもそれじゃなきゃダメなわけじゃないのにやるのは、その仕事に対して失礼な態度です。

あとすごく気になったのが「・・・これをやり遂げたところで、西野さんから特に報酬が貰えるわけではありません。」という言葉です。
この言葉なんで、なんのために書いたの?
さらに「では、何の目的でタダ働きしたの?」とつなげ、「私は10万円と労働時間で”信用”を買いました。」と結論付けているのは誰に何を伝えようとして出てきた言葉なの?
私に伝わるのは「自分は西野さんから何ももらえていません」ってことです。
もしプペルを素晴らしい作品だと思っていたら、あるいはサロンにいてよかった・サロンがあって救われたと本当に思っているなら、プペルとサロンをこの世に生み出してくれた西野さんに対してもっと感謝をしてもいいんじゃない?
サロンを提供してくれてありがとうという気持ちを込めてチケットの手売りをしろよ。
報酬がもらえるわけではない、じゃないよ。
もうもらってるでしょう?今度はあなたが返す番でしょう?
でももらってないって感じているんですよね。
つまり何ももらえず労働とお金を提供しているって思っているのは、あなた自身じゃないの?

これに関しては私と同じような意見をあんま見ない気がします。
それはたぶんこの件に関心がある人はだいたい西野さんが嫌いだし、西野サロンは搾取だと認識しているから、そこに感謝がないように見えることに主観的に違和感を感じられないからじゃないかと思います。
私も西野さんは嫌いです。
えんとつ町のプペルという作品にも興味はありません。
でももし私が何かのコンテンツにハマリまくって生きる楽しみを見出して人生救われた!って思ったら、その作品を全力で応援する行為はそれをしているだけで満たされることです。
ヲタクの消費豚とか推しに積む行為も、傍から見たら西野サロンと変わらないように見えると思いますが、ドルオタ界隈だって握手券何枚買ったら○○ちゃんは俺と結婚してくれる!とか考えているのはやばい奴認定なわけで、ファン活そのものによって満たされないなら離れるべきです。

前述した「サロンを提供してくれてありがとうという気持ちを込めてチケットの手売りをしろ」は西野さんあるいはサロンのメンバー、特に幹部級が言っていたら完全にブラック企業なんですけど、さいとうさんがああいうことをブログで書けるってことはそれはないんだなって思いました。
実際サロンに強要されたりはしていないと言っていましたし。
だから私は彼女を、自分があげた以上の見返りを求める感謝ができないコなのでは?って思ってしまうんですが、それは誰かに何かをあげても返してもらえない経験を重ねすぎて餓鬼の精神状態になっているからかもしれません。
そうなったのはサロンでの経験のせいではなく、もっと幼少期に原因があるでしょうね。
ちなみにさいとうさんはインターンに落ちたそうですが、そりゃそうだろと思います。
株式会社NISHINOは株式会社NISHINOの存在に感謝できる人材を求めるはずです。
これはどの企業もそうでしょう。
メンバーの感謝に対し相応かそれ以上の感謝を返す組織がホワイト、返さないのがブラックと言うだけの話です。
株式会社NISHINOがどちらなのかは私は知りませんが。
ちょっと長くなってきたので続きを別記事に区切ります。