英国でフェンシングを指導する日本人コーチのブログ。

イタリアを訪れる度に自分の発想はありきたりで自由が無い事が嫌になる。
これはこうあるべき、こうするべきと型にとらわれている。その点、イタリア人は自由だ。機能さえしてればどういう形でも鮮やかに決める。それに加えて独自のスタイリッシュなセンスが「イタリアン」なのだろう。
それがまさか車いすフェンシングのピストにも現れているとは・・。
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写真のピストはイタリア製。
このピストの1番の驚きは左右を入れ替える事なく、右選手用、左選手用が固定バーの位置を換えるだけで瞬時に切り替えられる点だ。
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唯一の欠点は分割や折り畳みができない点だが、そもそもクラブに常設していれば選手は練習に来るし、相手も豊富だからどこかに持ち運んで練習をするという考えすら愚問なのである。
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練習の環境も良いし、選手も強いし、イタリアはコーチもイケメンなんだよね。
今のところ、コーチがイケメンという点以外に勝ち目がないなんて・・不公平だよなぁ。

イタリア・ピサでの車いすフェンシングワールドカップが終了しました。
結果はダンが男子サーブル(A)で5位、男子エペ(A)で17位。
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レベッカが女子フルーレ(A)で12位、女子サーブル(A)で10位でした。
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今大会は世界ランキング上位選手の出場こそ少なかったですが、リオ・パラリンピック出場の選手、リオに出れなかったロシア、開催国のイタリアなど、若手選手が経験を積み、世界のレベルを学べる大会でした。中でもパラリンピックに出場した選手に5ポイントなら勝てた、15ポイントではボロ負けしたなどの結果は今後につながる経験でした。
ダンは18歳、レベッカは14歳、そんな兄妹は試合中もお互いを支え合い、試合後は「諦め」や「弱音」ではなく「次の試合では何をすべきかわかった」と語ってくれました。
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まだまだ練習が必要です。次回にイタリアに彼らと訪れる時は「何をすべきか」をしっかり準備して挑もうと思います。

イタリアはピサで開催される車いすフェンシングワールドカップに、クラブで指導している選手と共に遠征します。
リオでのパラリンピックが終わって、最初のワールドカップ。
2020年の東京へのスタートラインとなる試合に遠征できる事を誇りに思います。
残念ながらピサ大会に日本からの出場は無いとの情報ですが、大会に参加する日本人として多くを学び、選手の勝利に貢献したいと思います。

先日、クラブで写真を撮ってもらいました。

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こういう写真ってなかなか自分で撮れないのでありがたいです。

秋も深まり・・最近ではすでに寒い!
そんな英国生活ですが、クラブで指導している選手が地方大会に出場しました。

ガーレ君は少年エペ11歳以下で優勝と13歳以下で銅メダルでした。
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少女エペ15歳以下ではソフィとデエィジーが決勝に進出。
同クラブ対決の決勝なんて本当に珍しいです・・・。しかも互いに手の内を知っている同士で試合も接戦します。
最終局面は14−14の1ポイント勝負でした。
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結果、勝利を焦ったディジーが渾身のアタックを止められてソフィが得点。
優勝はソフィ、デエィジーが2位となりました。
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デエィジーは廊下の隅で悔し泣きしてましたが、これも経験。
「イングランド選手権2位のソフィに1ポイントまで迫ったのだから、いままでの練習が身に付いてきているよ。」

そう言って励ました・・・すると、次の週末。

デエィジーはロンドンで開催された英国17歳以下のランキング大会で、初戦のグループ戦を4勝1敗で勝ち抜くと、次々と国内ランキング上位の選手を打ち破り、65人中6位入賞という結果を打ち出しました。
メダルまで届かなかったのが悔やまれますが、それでも国内大会で初の入賞は嬉しい成績です。

数少ない人数でなんとか勝ち抜いています。
黄色いチームユニフォームに数発の弾丸・・それでも確実にターゲットを射る!
そんなTeam Yellow Bulletです。

9月はヨーロッパでは新学期が始まります。
日本は4月に新学期・・ちょっと違和感がありますが、ヨーロッパの学生は長い夏の休みが明けて、心機一転の新学期になるわけです。

私のように地方で指導者をしていると、この時期は生徒がロンドンの大学へ巣立っていきます。

コノもそんな歳になったか・・・と感慨深いものがあります。
私が5年間、教え続けてきた生徒。
試合では自分より実力がある選手に何度も勝利し、その逆にあまり実力のない選手にはなぜか負ける・・技術よりも気持ちに波のある選手でした。

最後の全英学生選手権では北アイルランドの代表として出場。
(英国はイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの4つに分かれる)

イングランドの代表選手を破るなどする波乱を起こすも、ウェールズの選手に惜敗。
結果は3位となりました。しかし、フェンシングを始めた頃の彼を知る私としては…全国3位は本当に誇らしい成績です。
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コノはロンドンの大学に進学。TRUROからは離れますが、休みの日には戻って練習に参加してくれそうです。
ちなみに彼は今期から選手登録を英国からアイルランドに変えてジュニアのワールドカップに出場します。

フェンシングの新シーズンに入って、ジェシカも好調です。
シニアの国内大会に出場して優勝。
しかし、決勝の内容は・・6−11からの猛攻で15−14で勝利とか・・。
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そんな感じの始まりですが、まだまだ選手たちの活躍に期待です。

レベッカを車いすフェンサーとして指導を始める時に少し不安がありました。
先天的に関節が滑りやすく、普段は杖をついて歩く少女。
彼女が母親と一緒にクラブにやってきた当時はまだ12歳でした。
年齢や障害レベルは関係なく、激しく剣で戦う競技なのが車いすフェンシング。
正直、私は彼女がいつまで続けてくれるか・・すぐ辞めてしまうかもな、とも思っていました。

しかし途中、同じ障害を持つ兄も練習に加わり、練習環境としては兄妹で切磋琢磨して技術も向上していきました。
U17世界選手権で兄が世界チャンピオンになってから、いつかは自分もと兄の背中を追うようになっていたレベッカはU23世界選手権で銅メダルを獲得。

そして・・・先日、開催された英国フェンシング学生選手権の男女混合車いすフェンシング部門で、見事に3種目制覇を達成。

エペ、フルーレ、サーブルで出場した男子選手を全て打ち破り、女子選手が3冠を達成する偉業を成し遂げてくれました。

私の不安すらも打ち破り、英国学生の頂点に輝いたレベッカを、心から誇りに思います。
おめでとうレベッカ!!

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2016年の夏は思い出の夏になりました!色々あり過ぎて・・・書ききれないので、一部を写真で報告します!
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まずは7月後半からフェンシングの合宿が続き、練習漬けの毎日。
でも、それが充実した毎日だったりするんです。
その中での一枚・・・ステンドガラスと重なってヨーロッパ発祥のフェンシングらしい写真となりました。
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8月から日本へ。
早速、那須塩原へ小旅行。
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英国で一緒に練習した車いすフェンシングの櫻井選手が私の住む埼玉まで練習に来てくれました。
どんな場所でもできるのが車いすフェンシングのいいところ!市営の研修所の会議室で練習する事ができました。
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櫻井選手は栃木フェンシング協会のご厚意で国体合宿に参加させて頂きました。
みなさん、真剣に練習して下さり、感謝感激です。写真は櫻井選手と今回お世話になった栃木フェンシングの相場先生です。
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宇都宮に来たからにはこれを食べねば!餃子です!
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埼玉に戻った私は家族で母の故郷である青森県八戸市へ家族旅行と祖父と祖母のお墓参り。
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家族旅行で青森屋という温泉宿に宿泊。どこか懐かしい日本・・そんな雰囲気に感無量でした。
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祖父と祖母が暮らしていた家。
いまは売りに出ているそうですが、玄関の表札を割って祖父に叱られた事、祖母が立っていた台所、庭でトンボを捕まえた事、祖父が他界し、初めてお葬式に出た事・・・いまでは記憶の中にしかない出来事が、この家を舞台に実際にあった出来事だと思うと感慨深いです。
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埼玉に戻ると、櫻井選手と一緒に私の永遠の故郷!自衛隊体育学校で練習をさせて頂きました。
お世話になった先輩方や指導者になった後輩達、今も現役で頑張る選手たちに会えて、本当に嬉しかったです。
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突如、知人のお墓参りに行きたい!と言いだした母と、仕事が休みだった父と日帰りで一緒に富山県へ。
父と母と私だけで旅行するなんて、もう何十年なかっただろう・・。いつもは兄弟や友人やら誰かが一緒にいたからなぁ〜。
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高岡の大仏様を拝みに行きました。
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いつの間にか8月も終盤。富山の畑も稲穂が一面に・・・秋の訪れを感じさせますね。
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久しぶりに日本でゆっくり(!?)した時間を過ごす事ができました。
家族と楽しく過ごした日本の夏の思い出は私の宝物になりそうです。

いまは英国に戻り、心機一転してフェンシングを指導してます!

英国のTVはライセンスがいる。
引っ越しをして、1年が経とうとする7月、間違えて自分宛ではない手紙を開けてしまった。

自分宛のではない手紙はよく届く。
おそらく前の住人、前々の住人宛の手紙だろう。
宛名を見て自分の名前でないとわかると、ある程度が溜まってから不動産屋に渡していた。
今回の宛名は「the legal occupier」となっていた。
訳すと「合法的にお住いの方へ」という宛先。

ただのセールスか?特売の連絡か・・そう思って手紙の内容を読んでみると震える内容だった。

「最終警告にも返答が無い為、法律に基づいた処置をとらせて頂きます。数日後に調査員を派遣します。決定に不服はある場合は法廷に控訴できますが、違反と認められた場合は£1000ポンドの罰金と法廷でかかる費用はすべて負担して頂きます。」

・・え?なにこれ?なんか凄くやばい感じがするのですが!?

すぐさま不動産屋に行って事の次第を説明した。
すると「あなたテレビ持ってるでしょ?そしたら払わなくっちゃTVライセンス料」と当然のように言われたので、慌てて「持ってるけど、アンテナにつながって無いし、DVDを観る時しか使ってないよ」と答えた。
不動産屋のおばちゃんは「テレビ買った時に許可書にライセンス番号を登録したでしょ!?」とよく解らない回答をくれた。

そこで家に戻りネットでよく調べてみる事にする。

すると英国生活のテレビの不思議が解ってきたのだ。

まずテレビを購入する際にTVライセンスに加入して料金を支払います。(年間で£145.5)
そしてテレビを買う際に登録。

75歳以上の人は支払いは必要なく無料でテレビが使える。75歳以上の人が家に住んでいれば、その家の同居者も無料。
私が以前、支払わなくて良かったのは、大家さん(75歳以上)に部屋を借りて共同生活をしてたから、その恩恵を受けていたのか・・。

テレビをパソコンのモニターや本当に(この定義は不明)DVDやゲームをする場合ならば、支払いの必要はないが、インターネットを通じてライブ映像(Live)や動画サイトでライブニュースを観る場合は、それがテレビで無く、パソコンのモニターやタブレット端末、ゲーム機器だとしても支払わなくてはならない。

そこで思い出した・・私はインターネットのプロバイダーと契約する際に、スポーツ中継をパソコンで観れる契約にしていたのだ。
つまり・・いくら観てないとシラを切ってもインターネットの契約に残ってしまっているという事態に・・。

結果、ここは安全に支払う事に。
ネットでも支払わない選択や調査員が着てから払うなどもあったけど、罰金になると永住権の申請にも影響が出るらしい。私は既に永住権を取得済みだが、これがきっかけで剥奪となるようでは悲しすぎるので・・生活安全第一って事です。

料金を1年分支払った現在、これは昨年の分という事でもう一度支払え!とは言われておらず、TVライセンス登録の手紙とナンバーが郵送されてきた。

支払ったからには今後はテレビ観るぞ〜!って思うのだが、私は日本でもテレビは観ないので、何を観て良いのやら。

あまり詳しい情報でなくて恐縮ですが、リオ・オリンピック後のサーブルのルール改正における実験とサーブル審判器のタイミングの変更について書きます。

今年の夏のオリンピックが終わった後の新シーズンで、全てのカテゴリーにおける国際大会でのサーブル種目は実験的にオンガードライン(スタートライン)での「立ち位置」を変えるかどうかの実験が数か月行われます。

通常、フェンシングピストにはオンガードラインという選手が競技を開始する際に立つ線があります。
両選手がその線の「外側」に立ち、審判の合図で競技を開始します。

この外側に立つというのは、オンガードラインを選手の前足で踏まない・超えないように立つ事を意味します。

しかし、このルール改正の実験では選手はオンガードラインの内側に立ちます。

この内側に立つというのは、オンガードラインが選手の後ろ足側面に触れる程度の場所に立つ事を意味します。

つまり、選手同士の距離がかなり「短く」なるのです。

この実験は新シーズンからの国際大会より数か月の間で適応されます。

私が活動の拠点とする英国では、このルール改正実験を見送る事を発表し、国内大会や選考大会は通常のルールで実施する事を決めました。
国内で変わるかどうか判らないルールを適応して混乱させるより、国内は通常に代表選考をして、国際大会に出場する選手やその可能性のある選手のみ、それに対応した練習をすればよい、との判断のようです。

アメリカでは国内大会でデモンストレーションを実施。
youtubeなどには実演している動画なども出ていますが、あまり賛同されてないようです。


審判器のタイミングについてですが、これは決定事項です。
実験ではなく、すでに審判器の内蔵チップが交換できるようにフェンシングショップでは商品化されて販売しています。
このタイミングについては私も実体験が無い為、どのように変更されているのかは分かりませんが、上記の動画ではすでに新タイミングでの審判器が使われていますのでご覧ください。動画で説明をしているアメリカのコーチはカウンターアタックが難しくなると説明しています。

またこのコーチは「このルールはロシアからだけではない」と冗談交じりに言っていますが、この発案がロシアで、すでにロシアはこのルールで練習を重ねて実戦に取り入れている為に準備万端、国際協会に強く圧力をかけているのではないか、と「噂」がたっているのは事実です。

個人的には従来のルールでは最初の距離への入り方にも技術や戦術があると考えているので、変更はあってほしくないですね・・・。

2016年の年齢別イングランド選手権に参戦しました。

Truroのエペからは男子11歳以下でガーレイ、男子13歳以下でフロォリン、女子16歳以下でディジーとソフィーがタイトルに挑戦しましたが、ガーレイは惜しくも優勝した選手に敗れ7位、ディジーは予選は良かったのですが、トーナメント3回戦で敗れて12位でした。

しかし、ソフィーはディジーよりも予選の成績が悪いものの、トーナメントで何かを掴みます。
初戦を一本勝負で勝利すると、その後も接戦を制して勝利、続く対戦も勝利・・あれよあれよと勝ち進み遂には決勝進出を果たしてしまったのです。
こんな事があるからフェンシングは面白い!
ここまで来たらあとは楽しんで競技しなさい!とピストに送り出しました。
決勝の相手は実力者。結果は大敗を喫し2位となりました。
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それでも彼女の成長が見れて本当に嬉しい結果でした。

もちろんディジーの成績も上出来です。でも成績よりもソフィーが決勝まで勝ち進んでた事が素直に喜べないディジー。
「やっぱり悔しい」そう呟く彼女。
でも、それでいいんです。
同じチームの同級生がライバルでいるって大切な事だと思います。

最後はフロォリンが圧勝に試合展開で優勝を飾りました。
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彼はすでに12歳以下で全英チャンピオンですのが、1歳上がった年齢グループでしたので少し心配でしたが・・本人は気をする事なく、むしろ油断して相手にポイントを与えてしまうものの締める所はは締めてイングランド選手権を制覇。
英国とイングランドの2つのタイトルを手に入てました。
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日進月歩な選手の成長ですが、着実に力をつけていると感じます。しかし、いまは成果を焦せらず、バランスの良い選手育成を目指します!

私は宣言します!

櫻井選手が東京パラリンピックまでの国際大会で入賞してメダルが獲れる選手です!もし獲れなければ、私は逆立ちして鼻からオレンジジュース飲んでみせる覚悟です!

それぐらい櫻井選手は可能性のある選手です。
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その自信の根拠もあります。

櫻井選手はカテゴリーBの選手です。
車いすフェンシングのカテゴリーBというのは選手の状態に大きな幅があります。
カテゴリーAの選手、例えば切断で右脚を失っている選手、左足を失っている選手同士では状態の幅という点では大きな差はありません。

しかし、カテゴリーBは脊髄損傷の選手が多く、その損傷は選手によって違いがあります。
その違いにより上半身の動ける範囲が大きく変わってくるのです。

櫻井選手は言うならば「動ける範囲の広いB選手」なのです。

車いすフェンシングはシビアな競技です。
国際試合で同じカテゴリーの車いすのピストに座り、お互いが剣を構える以上、相手選手は損傷具合など気にしていないし、気にもしてくれません。(もちろん試合後や私生活では別です)

相手が前にいる、それだけを理由に「勝利」だけを求めて、自身の全力を尽くすのです。

櫻井選手が今まで試合で勝てなかったのには、車いすフェンシングにおいて「自分自身をしっかり理解していなかった」という点があります。

カテゴリーBで損傷具合からあまり上半身が動かない選手はアタックを仕掛けてこないでディフェンスに徹します。

練習でも自分を守る動作を反復して練習しているので、それに自信があり、それを勝ちパターンにしている選手が場合が多い。
そんな選手に櫻井選手はポイントを獲る事だけ考えてアタックを仕掛けているのですから・・・返り討ちにあうのは当然です。

それさえ、理解して「動けるB選手」が勝ちパターンを構築してしまえば、勝率はグッと上がります。

また多くの方が誤解されていますが、車いすフェンシングは車いすが固定されているから距離が同じと言うのは間違いです。

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距離は自分で作るのです。
その距離は選手の状態によっても違いますが、少なくとも櫻井さんのような動けるB選手は車いすに座った状態でも相手の剣を避ける距離が得られるのです。

そんな事を話をしながら、私の教えている車いす英国代表選手と練習を重ねた櫻井選手。
レッスンでは技術と戦術を織り交ぜてしっかり勉強してもらいました。

合宿期間では少し得たものがあったのか、アタックに伸びのあるカテゴリーAの選手と接戦できるように成長していました。

英国選手のレベッカにとって刺激だったのは「女子選手同士の対戦」でした。
レベッカはいつも兄であるダンと練習をしています。ダンはスピードもあり何よりリーチと力強さが違います。
しかし、櫻井選手とは同じ女性で負けても言い訳ができない点がレベッカを驚くほど成長させました。

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あっという間の2週間でしたが、最後は櫻井選手にTRUROにもっと残っていたい!と言ってもらえるような合宿ができました。

また必ず一緒に練習ができる日がきます。
もしかしたら国際大会で再会するかもしれません。
次に会う時は、お互いの成長を称えあえる仲間で合ってほしいと思いました。

櫻井選手、私が逆立ちして鼻からオレンジジュースを飲まないで済むように頑張ってください!

はじめて櫻井さんからメッセージをもらったのが4月中旬でした。

「練習環境に限界を感じています、可能であれば練習を見て頂きたいです」

車いすフェンシング日本代表・櫻井選手はアジア大会を終え、リオでのパラリンピック出場の可能性が消滅してしまいました。

しかし、目の前の可能性が無くなったのだから、次の可能性には誰よりも先に準備できる!と言わんばかりの行動力で、次の出発点を英国はTRUROと決めてくれました。

再出発を考えた時に、まず櫻井選手が求めたのが練習環境と指導者でした。

それは海外遠征をする度に感じていたジレンマ。
他の国の選手には一緒に練習する仲間が大勢いて、常に指導してくれるコーチもいる。

日本でも指導者の方が熱心に指導をしてくださるそうですが、週末に限られた練習時間だけ。
仲間は男子選手はいるものの、国内で女子は櫻井選手のみ。

そんな限られた環境でも櫻井選手は練習を重ね、国際大会に出場していたのでした。

6月に2週間の合宿期間を設定して、京都からはるばるロンドンにやってきた櫻井選手。
車いすフェンシングの遠征というのは本当に大変!

まず荷物が多いのです。
自身が生活で使っている車いすはもちろん、競技用の車いす、フェンシングバック、スーツケース・・・それを車いすを操作しながら1人で持って、さらには飛行機に12時間以上乗ってくるのですから・・青二才な私は感服致しました!

私は今回、櫻井選手を指導するにあたり、国際大会の試合などをいくつか観て分析をしてみました。
その結果、櫻井選手は良い動きがあるものの、いくつかの弱点がある事に気がつきます。
合宿が始まったら、その辺りを中心に修正していこうと計画も練っていました。

しかし、実際に練習を始めて分かったのですが・・・いくつかの弱点どころではなかったのです。

知識や技術があって、失敗をしているから弱点であって、櫻井選手の場合は「車いすフェンシングを解ってなかった」と言っても過言ではないレベルだったのです。

「それなのに国際大会に出場して、そこそこポイントを獲って世界ランキングが20位?」
私は嬉しくなって言ってしまいました。

櫻井選手は「嫌な言い方する人だな・・」と思ったかもしれません。

馬鹿にしているわけではありません。
むしろ「凄い」と感じました。

今までの試合は経験や知識が無かったとはいえ、どうにかしたくて我武者羅に戦い、ガッツだけで挑んでいたのです。

そんな選手にこれから「知識と技術」を乗せ放題ですからね。
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指導者としては心躍りますよ。

英国でフェンシング指導者として働き始めて5年。
それまでも幾度に渡り私を苦しめたのが、労働ビザでした。
思い起こせば、1番最初の申請に3度失敗し、取得まで1年半も費やした労働ビザが始まりでした。
労働ビザというのは期限付きで、法律上の問題なく労働を続けていれば延長が可能なのですが、英国では最長で6年と決まっています。(幸い私はその6年を取得する事ができました)しかし、それ以上の労働には永住権申請をしなくてはなりませんでした。

英国での生活が「永住権取得の条件年数の5年」に達した頃に予期せぬ自体が発生。・・というのも、移民局で永住権申請に関する大幅なルール変更があったためです。
突如2ヶ月で申請に必要な英語テストとLife in the UKテストに合格し、さらには申請料1875ポンドを支払うという難題に直面しました。

なんとかこの難題を乗り越え、永住権申請へとたどり着いた私は、最後に大量の申請書類を前に意識が薄れ倒れそうになりながらも、必要書類を揃え、間違いのないように何度も見直し点検をした末、申請を果たす事ができたのでした。

永住権を申請してしばらくすると銀行口座から1875ポンドが支払われ、指紋登録をするようにと手紙が届きました。
すぐに指紋登録を済ませましたが、その後は何も連絡がありません。

そして1ヶ月半が経過した頃、突然家の呼び鈴が鳴りました。
郵便配達から大きな封筒差し出され、受け取りすぐに開封してみると、私が提出したパスポートや銀行口座の証明書、テストの合格証明書などが送り返されてきました。

しかし、肝心な永住権のカードが同封されていません。

「ああ、失敗したんだ・・・」

そう思いました。

中には3枚ほどの手紙が入っていました。
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内容は「提出されたドキュメントを返します」から始まり、よくよく読んでみるとちょっと内容が予想と違う事に気が付きました。
「あなたの永住権カードは7日以内に郵送され受け取れますが・・」
その文章で、ハッとしました。
これは・・・取得できたのか??それとも・・取得された場合は7日以内に郵送されますなのか・・・。

当然、いままでの苦労を考えたら、この手紙にも「おめでとうございます!申請は受理されあなたは英国の永住権を取得しました!これからは労働の制限なく頑張ってください!」くらいの文章が添えられていないとダメだろう!?って思いますよね・・。

そして後日、郵便で小さな封筒が届きました。開封すると以前持っていた労働ビザカードと同じ物が入っています。

しかし、そこに記載されている内容が大きく違います!
やっと手に入れる事ができました!
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「Indefinite Leave to Remain(無期限の在留)」

ドタバタ劇でしたが、無事に永住権取得となりました。
運も良かったですが、支えてくれた職場のメンバーや家族、応援してくださった方々に感謝しています。
1人では到底無理な挑戦でした。

ここまでの流れで、取得に関するアドバイスをしてくれるサービスや、書類を確認して提出に関するアドバイスや提出までしてくれるサービスもあるようです。
また申請に際し、1日の審査、4〜5日の審査でも申請できるサービスがあるようですが、私は予算的にこれらのサービスは使用しませんでした。

でも・・・最後に気になるんだけど・・・永住権って割に、カードの記載に有効期限があるって・・どういう事なんだろう・・!?まぁ・・それは2024年になったら考えよう・・。

永住権の申請までをブログに記載しましたが、これはあくまで仕事が続けられるようになったにすぎません。
これからは今まで以上にしっかり前を向いて指導をしなくてはならなくなったわけです。

自身でもまだまだ未熟で、選手に伝えられない事がたくさんあります。
そう言った意味でも、まだまだ勉強して精進していく次第です。

最近、脳についての本を読んでるのですが、実はフェンシングの審判は脳をフル活動させている事を知りました。
まず視覚系脳は選手の動きを目で追い、何が起きたのか見て、聴覚系脳でが剣の接触音、審判器の音などを聞き分けます。記憶系脳で目の前で起きた事をリピートして、理解系脳でどちらの選手が得点したか考えて、思考系脳でそれはなぜなのか、どう説明するかを考え、感情系脳でそれを両選手に平等なコミュニケーションに変化させます。また運動系脳でコミニュケーションに準ずるハンドジェスチャーで表現するのです。
これを私達は瞬時に行っているのです。

脳をまんべんなく刺激し続ける事で、脳は活動を続けるのでボケ防止になるのだとか。
素晴らしい!!・・と私の脳は結論を出したのですが、考えてみれば、大きな大会での審判、先輩同士の対戦の審判は、間違えたらどうしようという恐怖に怯え、ちょっと判らないとパニックでボケたジャッジをして怒られたりと、脳以外の内面的に弱い所がやられるので・・結構、大変なんですよね。

そんな事を考えながら、英国南西部で開催されたクラブ大会に審判として参加してきました。
田舎のクラブ同士の交流試合ですので、会場に手の込んだ準備はできず、体育館にピストを敷いただけの簡易な設備でしたが、3種目を2日間に分かて開催して、参加人数も多く集まりました。
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私は1週間で3つのクラブを掛け持ちして指導していますが、どのクラブからも初心者・経験者の参加があり、普段練習している事を互いに試し合うには大変良いサイズの大会だったと思います。
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しかし、今回は私は審判です。審判ってのはこうなんだ!って事をしっかり見せなくてはなりません。
・・・が、審判というのは本当に神経を使います。ハードな仕事なのです。
さらに「エペはなんとかなるから、サーブルとフルーレをお願い!」と頼まれて、余計にプレッシャーがかかります。
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それでも、この大会を成功させる為に、私も頑張ってきました。
やっぱり、フェンシングは色々な人と楽しく競技できるのが1番の魅力。
初心者でも経験者でも、結果はどうあれ次も出たいな、と思ってもらえるように試合のお手伝いをしました。

いくつか・・・怪しいジャッジもありましたが、概ねOK・・・だったと自己採点しています。
でも、本当に脳はフル回転。
さらに今回は「違うクラブだけど、どちらの選手も私の指導している生徒さん」の対戦を審判するなどもあって「感情系脳」がビビビッと刺激されました。
どちらも勝たせてあげたい、どちらにも負けてほしくない・・でも、そこはフェンシングの審判・・平等なジャッジをしないと!、といった具合でした。
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男子エペはクラブは違うけど、「やまけん色」の選手で表彰台を独占でした!

全英ユース選手権に参戦してきました!
全国から選抜された同年代の選手が集まる大きな大会ですが、南西ブロック代表となっていた生徒が男子12歳以下で8位入賞と優勝と最高の結果を出してくれました。
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同じクラブでお互いに切磋琢磨して全国大会で入賞した選手達を誇りに思います。

8位のガーレ。金メダルが目標だったのですが、「まさか優勝するとトロフィーがもらえていたなんて!!次はトロフィーが欲しい!」とコメント。次の年も彼は12歳以下で戦えますので来年に期待!!
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全英チャンピオンとなったフローリン。
彼はルーマニア国籍なのですが・・・全英ユースは英国に住んでいて英国の学校に通っていれば予選ブロックに参戦できます。
なので、英国チャンピオンはルーマニア人でコーチが日本人、という不思議な図式になるのです。
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南西には県がいくつかあり、私たちはコーンウォールという県に住んでいます。
その県の旗は黒に白い十字の旗・・・なんか海賊旗のようですが、目立つ黄色のユニフォームで会場に現れ優勝を奪って去るのですから、案外・・海賊で間違っていない気が・・。
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その他にも、男子エペ18歳以下で生徒のオリバーが8位入賞。
女子エペ16歳以下でデェイジーがトーナメント1回戦で7番シードを15−14で破る波乱を起こす大健闘(2回戦で敗退)。
彼女の場合、いまはまだ次につながればそれで問題なしです。

試合の数日前に虹を見たんです。
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虹の袂には財宝が眠っているというヨーロッパの伝説は本当だったようですね!
コーンウォールの若い海賊剣士達は次の財宝を求めてまだまだ頑張ります!

最近は青二才でお伝えする話が永住権ばかりになっていました・・。
私の本業は永住権の申請ではないのです!フェンシングコーチ!フェンシングの選手を育てるのが私の本業です。

さて、永住権の申請の苦労に反して、フェンシングでは嬉しいニュースが続きます。

4月に開催されたシニアの全英選手権で指導している女子エペ選手のジェシカが銅メダル。
序盤の失敗さえなければ、決勝に進めた内容だっただけに悔しさは残りますが、次の選手権まで精進しましょう!という暗示なのかもしれません。それでも英国ランキングは上がりますので3位入賞は嬉しい成績です。
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続く、国内のシニアのエペ大会ではジェシカが優勝を飾りました!
この大会は「オリンピックに3種目で出場」の偉業を成し遂げた、オリンピック選手ビル・ホースキンスさんを称えた英国のフェンシングでは歴史のある大会です。
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そんな大会で優勝してトロフィーに教え子の名前が刻まれるのは大変光栄な事です。
こちらの成績もランキングに反映されるので国内ランキングはだいぶ上がるのではないかと・・・。

指導を続けてきた選手がようやく実力者として国内で活躍できるようになりました。
しかし、まだ階段の途中です。
そして、いままでは若手として「とにかく前へ」が目標でしたが、今度は後ろからも若手が迫ってきます。
同世代のライバルも実力をあげて挑んできます。
そういう世界です。

これからシニアのワールドカップ出場の機会も増えてくると思いますが、次は世界の階段を駆け昇れるように更に厳しく練習に取り組んでいきます。

英国永住権申請をして1週間が過ぎました。
期限だった4月6日も過ぎ、もう何もできる事がありません・・・と思ってたら移民局から手紙が!??

え?もう審査が終わった?でも手紙だけで他の書類は!?

恐る恐る手紙を開封してみると・・・・申請ありがとうございますの文字が・・。
さらに読み進めてみると、内容は指紋登録が確認できませんでした、という事でした。

前回の青二才でも触れた通り、Tire2(労働ビザ)の延長を申請した際に、指紋の登録は済ませている。
登録した場所も日付も記載して申請を出しているにもかかわらず、登録が確認できませんでしたとは何事か!!
どういう管理をしているんだ!と憤慨するも、最後に15日以内に登録してくれれば申請を継続しますとの一文に負けて、速攻で登録。

さすが30万円の申請料金・・そうやすやすとダメなので再申請してくださいは無いのかも・・。

もちろん登録費用はしっかり取る英国の申請システム。

さて、またしばらく待つ日が続きそうです。



やっとの思いで合格した英語能力テスト。
結果が送られて着た時はすでに1週間が経過していました。

期限の4月6日まではもう時間がありません。
早速、マネージャーと永住権申請の書類を作成します。

便利な世の中です。
申請書類などは最新の書類がインターネットでダウンロードできます。
マネージャーがちょっと待ってて、と印刷をしたのがその書類。
しかし・・・その「ちょっと」が長い!!

やっと印刷が終わってマネージャーが手にした書類の束が合計で86ページ!!
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こ、これに全部・・目を通して必要事項を記載するのか・・・。

まずは全ての項目のチャック。
実際、ページ数は多いものの、自分に必要な項目のみを記載していくと、私には必要のないページが多くありました。
それでも、見落としは許されない為、すべてに目を通します。
また、私では判らない「雇用側の契約番号や情報」を記載するページや、英国人でも意味が不明な内容の項目などもあり、四苦八苦。

中でも、私が大変時間を費やしたのが「英国に滞在した期間で、英国を出た日、英国に戻った日、その目的をすべて記載してください。必要とあれば追加のページにも記載してください」とある項目。

え・・・すべて?5年間の出・入国記録を!?

私もコーチとして海外遠征をする立場です。
パスポートは出・入国のスタンプで溢れています。

まずは・・・すべてを書き出す事から始めました。
スタンプを確認して日付、国、出国か入国かの確認、そして日付から出国と入国の結び付け。
次に時系列での並びなおし、遠征と合宿、プライベートでの出国の仕分け。

なにこれ?拷問?というのが率直な感想です。
スタンプだってちゃんと並べて押してくれてないし、ページは飛ぶし、インクが消えていたり、しっかり押していなかったり、重なって読めなかったり・・。

最後はそれを手書きで記載。
もちろん、追加のページにも満載。

一応、これでこの項目は大丈夫なはず・・。
しかし、英国で継続して5年間働く事が申請条件にある中で、だいぶ英国以外で活動した日があり、それが条件に触れるのでは・・と気になります。
これに関してはマネージャーに仕事である事の証明として文章を添えてもらいましたがどうなる事か。

そして、次に難易度の高い項目が「登録している指紋はいつどこで登録したか」です。
確かに、3年前に指紋の登録はしました。場所も憶えていますからそれは大丈夫・・・しかし、3年前の正確な日付なんて普通は憶えていないでしょう!?

一応、登録場所にも行ってみたんですけど、ここは登録だけでデータを残している場所じゃない、と言われ、登録費を払った時にレシートを渡してるからそれを見ればいい・・と。

う〜ん・・取ってあるわけないですよね・・大事なのはレシートじゃなくて指紋だったわけですし・・。

そこで、ハッと閃いたのです。
私はこういった大事な支払いは銀行のカードで支払います。つまり、3年前のカード使用履歴を確認すれば日付が判るかもしれません。
すぐに家に帰り、銀行から送られてきていた使用履歴を確認。
こういうのをしっかりファイルしてある自分に感謝。

すると・・ありました!3年前、登録場所で指紋登録費用と同じだけの金額を支払っている日付が。

これで、なんとかこの項目を正確に埋める事ができました。

その他、なんやかんやで全ての記載を終え、必要書類の銀行証明、給与明細、2つのテストの合格通知、保険証のコピー、雇用者の契約書、パスポートと労働許可証を同封。これで全部揃ったはずです。

それに加えて、永住権申請料を支払います。1875ポンド(約32万円)が1人分となります。
あくまで審査なので、審査に落ちても払い戻しはされません。

あとは郵送して提出なのですが、私の場合、期限までの日数が少ない為、1日で審査をしてくれるエクスプレスのサービスも考えました。
しかし、このエクスプレスは予約で100ポンド、審査で追加500ポンドが必要であり、書類を決められた事務所まで持って行く必要があります。私の場合は1番近くてカーディフの事務所・・車でおよそ5時間の場所です。

また仮に審査が通らない場合、再申請に1875ポンドと同じエクスプレス料金を支払う事になりますので・・ここまでは踏み込めませんでした。

1回勝負、失敗は許されないのです。

それを思うと・・どこかに記載間違いがあるのではないか・・と必要以上に神経質になります。

あ、ここは怪しい、ここは記載が必要なんじゃないか・・もう気になって仕方ありません。
そして、書類をもってマネージャーに「何度も悪いんだけど・・」と尋ねると、あ、そうだね、ここチェック入れといて!など・・・結構、見落としがある事実が発覚!

見落とし発覚後、再度書類の読み直し。
全てを確認して封筒に入れて封をするも、あの番号・・正確に書けていただろうか・・などと思い出すと、開封して再度確認の繰り返し・・。

それでも最後は観念して郵送をするしかありません。

郵便局で「大事な、大事な書類なので少し高くてもかまいませんので、安全な郵送を」と頼み、永住申請の書類は移民局へ旅立って行きました。

あとは、野となれ山となれ・・・もうどうすることもできません。

永住権申請は難題が多くありました。
ほとんど嫌がらせなのでは?と思うものばかりです。
そして、全ての難題で「そこまでして英国に残りたいか?」と問われているようでした。

その苦労を乗り越えられる者、それでも英国に残りたい者が、申請を許される・・・それが英国の永住権申請なのです。

やれる事はやったはずです。条件も満たしていると思っています。

結果までしばらくかかるようですが、私の銀行口座からは1875ポンドが引き落とされていましたので、審査は始まってると思われます。

どうか・・どうか努力と申請料が無駄にならないように、と祈るばかりです。

結果はまた青二才で報告いたします。

英国のビザを申請する際には英語能力テストを受けなくてはなりません。
少し前までは日本の英検でも審査の対象になっていましたが、いまでは移民局の定める英語能力テストでないと審査の対象とならなくなってしまいました。

今回(2016年3月の時点)の永住権申請にはIELTS(Secure English Language Test)というテストが審査の対象となり、その中でも申請にはLife Skills B1というテストに合格しなくてはなりません。

幸いな事にこのテストには筆記問題や作文提出などが無く、2人1組のインタビュー形式での応答とテープを聞いて内容に応えるヒヤリング、試験官の出す話題にもう1人の受験者と会話を続けるコミニュケーションが主な受験内容でした。

私には受験から合否発表(郵送)まで時間が無く、とにかくどこでも近いうちに受験しなくてはならない焦りがありました。そんな中、住まいから5時間の運転で行けるバーミンガムで受験の予約がとれました。

しかし、これといって何を勉強していいのか分かりません・・・。

クラブのマネージャーに英語の試験は上手くいきそうかい?と聞かれた私は「秘策がある」と答えました。
「テストで秘策?なんだいそれ?」と怪訝な顔をするマネージャーに私は秘策を打ち明けました。

「相手が何を聞いてきても、最終的にはフェンシングの話にすり替えちゃうんだ。試験官はフェンシングの事なんて知らないだろうから話を聞くしかないし、仮に意味とか聞かれても説明で時間の尺はとれる」

また私が会話や答えの内容に真実はいらず、とにかく会話らしい回答ができればいいなど持論を得意げに挙げると、マネージャーは「おお!」と感嘆をあげ、私の秘策に納得していました。

試験当日、午後から試験だった私は、運転時間に余裕を持て出発。

試験時間の開始、1時間前には到着でき、待合室で待たされます。

試験開始5分前に慌てたように男性が入ってきました。
「あなたと受験で組む男性です」と紹介され、ポルトガル人である事を聞きました。
私は自分は日本人である事を伝え、握手をしました。

それ以上の会話は許されず、すぐに試験室へ。中では女性の英国人女性が試験官として私達を待っていました。

試験官にパスポートを提出、この試験は録音と録画をされている事が説明され、自分の名前をアルファベットで発音するように言われます。

試験が始まり、試験官は私達に「自分の好きな場所、そしてそこが好きな理由」をお互いに会話するよう出題しました。

ポルトガル人の彼は自分の家のリビングと言い、私は「それは私も同じで、私の場合はソファに座りお茶を飲み、家に招いた友人と楽しい時間を過ごします。」と答えました。

まぁ、本当は近所に友人などいないですし、人も招いたこともないですけど・・。

更に自分は仕事場が好きであると早速、秘策を実行に移したのです。

「私はフェンシングのコーチをしていまして、選手たちと共に練習をする場は私は好きな場所であります。」

「おお〜」

試験官、ポルトガル人の彼も驚きの声がもれ、それを聞いた私は「きた!きたこれ!!」と心の中でガッツポーズ。

次に、試験官はポルトガル人の彼に「自分の国について」、私には「健康について」考えるように言いました。
しばらくして、お互いにその事をスピーチをし、それを聞いてその内容に質問をするというテストが行われます。

け、健康?健康について・・・。
ハイ、どうぞ!と緊張の場で言われると、意外と言葉数が減るもので・・。

「あの、そうですね・・・私はあまり健康について気を付けている事はないのですが・・・私はたばこは吸わないですし、お酒も少々(嘘)・・食べ物は・・・食べるのは好きですので、この量が多いのが悩みでして・・・最近、スーパーで買い物をする時に糖質が0だとかカロリーオフだとかが・・・皆さんよく言われていますが、すべて摂取しなければそれはそれで健康にいいかと言えばそうではなくてですね・・・」

や、やばい・・・と思った私は「そうだ!秘策だ!」と思いつきました。

「そう!私はフェンシングコーチをしてるんですが、その時ですね、栄養士の方からお話を聞く機会がありまして、フェンシングの〜〜」と言った所で「ハイ、もうけっこうです」と打ち切り。

「は、話させてくれないのか・・・」

まさかの秘策封じ。

困ったのはポルトガル人の彼。
もう、こいつは何が言いたいんだ・・とポカーンとしちゃってる。

彼の質問はギリギリ絞り出した感じの、糖質0の商品はどんなものか、どんな食べ物が好きか・・とか・・私は「もうほんとスミマセン!」って感じでした。

ヒヤリングはテープの会話を2つ聞いて、その状況の質問をされます。
どちらが質問されるかを試験官が最初に言ってくれて、2回ほど聞かせてくれるので慌てなければ答えられます。しかし、なるべく状況は細かく答えた方が得点が良いようです。
例えばテープを聞いた後で「彼女はどこに行きましたか?」と聞かれたら「彼女は家に行きました。」と答えれば正解で、5段階評価の3がもらえますが、「彼女は白い大きな家に行きました」の方が4〜5がもらえる可能性が高いです。

最後に、試験官に「あなたたちはこれからパーティーに行きます。これをテーマに話をしてください」と出題されました。

それでは「ヤマモトさんから」と言われ、はっ?パーティー?え?どんな??いつ?なんの?などが頭の中を巡りましたが、とにかく会話を始めなくてはなりません。

そこで私はなぜか

「・・・・・・今度のパーティーは何を着ていく?」

と聞いてしまったのです・・。

女子か!!女子なのか!!・・・いま思えばそんな感じなのですが、あの時、そう思ったのはポルトガル人の彼です。

彼・・・ポッカーンとしてました。

彼は試験官に「あ、あの〜パーティーってどんなパーティーですか?」と尋ねるも「どんなパーティーでも自分で想像して」と言われ唖然。

そこで相方が「何を着てくか?」と聞いてるのですから・・・彼は「か、カジュアルに・・・」と辛うじて答えるのが精一杯の様子。
そのあともグダグダ・・・でもなんとか2人は意思疎通をしながら会話をしているんだと、と伝わるような内容には仕上がっていたと思います。

全てが終わり、ポルトガル人の彼に「大丈夫!合格できるって!上手くできてたよ!」と気軽に声をかけてあげる優しい私。
(内心は申し訳ない気持ちでいっぱい。)

試験から1週間後、試験結果が郵送されてきました。
結果は・・・・合格!
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どこかで結果を受け取っているポルトガルの彼の成功を祈りつつ・・・私は無事に2つ目のテストをクリア。


これで、申請に関する条件はクリアできます。
この時点で2016年3月中旬となっていましたが、やっと・・・申請書類の作成と提出です。

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