2016年08月07日

英国のTVライセンス

英国のTVはライセンスがいる。
引っ越しをして、1年が経とうとする7月、間違えて自分宛ではない手紙を開けてしまった。

自分宛のではない手紙はよく届く。
おそらく前の住人、前々の住人宛の手紙だろう。
宛名を見て自分の名前でないとわかると、ある程度が溜まってから不動産屋に渡していた。
今回の宛名は「the legal occupier」となっていた。
訳すと「合法的にお住いの方へ」という宛先。

ただのセールスか?特売の連絡か・・そう思って手紙の内容を読んでみると震える内容だった。

「最終警告にも返答が無い為、法律に基づいた処置をとらせて頂きます。数日後に調査員を派遣します。決定に不服はある場合は法廷に控訴できますが、違反と認められた場合は£1000ポンドの罰金と法廷でかかる費用はすべて負担して頂きます。」

・・え?なにこれ?なんか凄くやばい感じがするのですが!?

すぐさま不動産屋に行って事の次第を説明した。
すると「あなたテレビ持ってるでしょ?そしたら払わなくっちゃTVライセンス料」と当然のように言われたので、慌てて「持ってるけど、アンテナにつながって無いし、DVDを観る時しか使ってないよ」と答えた。
不動産屋のおばちゃんは「テレビ買った時に許可書にライセンス番号を登録したでしょ!?」とよく解らない回答をくれた。

そこで家に戻りネットでよく調べてみる事にする。

すると英国生活のテレビの不思議が解ってきたのだ。

まずテレビを購入する際にTVライセンスに加入して料金を支払います。(年間で£145.5)
そしてテレビを買う際に登録。

75歳以上の人は支払いは必要なく無料でテレビが使える。75歳以上の人が家に住んでいれば、その家の同居者も無料。
私が以前、支払わなくて良かったのは、大家さん(75歳以上)に部屋を借りて共同生活をしてたから、その恩恵を受けていたのか・・。

テレビをパソコンのモニターや本当に(この定義は不明)DVDやゲームをする場合ならば、支払いの必要はないが、インターネットを通じてライブ映像(Live)や動画サイトでライブニュースを観る場合は、それがテレビで無く、パソコンのモニターやタブレット端末、ゲーム機器だとしても支払わなくてはならない。

そこで思い出した・・私はインターネットのプロバイダーと契約する際に、スポーツ中継をパソコンで観れる契約にしていたのだ。
つまり・・いくら観てないとシラを切ってもインターネットの契約に残ってしまっているという事態に・・。

結果、ここは安全に支払う事に。
ネットでも支払わない選択や調査員が着てから払うなどもあったけど、罰金になると永住権の申請にも影響が出るらしい。私は既に永住権を取得済みだが、これがきっかけで剥奪となるようでは悲しすぎるので・・生活安全第一って事です。

料金を1年分支払った現在、これは昨年の分という事でもう一度支払え!とは言われておらず、TVライセンス登録の手紙とナンバーが郵送されてきた。

支払ったからには今後はテレビ観るぞ〜!って思うのだが、私は日本でもテレビは観ないので、何を観て良いのやら。

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2016年07月07日

サーブルのルール改正実験とタイミングの変更

あまり詳しい情報でなくて恐縮ですが、リオ・オリンピック後のサーブルのルール改正における実験とサーブル審判器のタイミングの変更について書きます。

今年の夏のオリンピックが終わった後の新シーズンで、全てのカテゴリーにおける国際大会でのサーブル種目は実験的にオンガードライン(スタートライン)での「立ち位置」を変えるかどうかの実験が数か月行われます。

通常、フェンシングピストにはオンガードラインという選手が競技を開始する際に立つ線があります。
両選手がその線の「外側」に立ち、審判の合図で競技を開始します。

この外側に立つというのは、オンガードラインを選手の前足で踏まない・超えないように立つ事を意味します。

しかし、このルール改正の実験では選手はオンガードラインの内側に立ちます。

この内側に立つというのは、オンガードラインが選手の後ろ足側面に触れる程度の場所に立つ事を意味します。

つまり、選手同士の距離がかなり「短く」なるのです。

この実験は新シーズンからの国際大会より数か月の間で適応されます。

私が活動の拠点とする英国では、このルール改正実験を見送る事を発表し、国内大会や選考大会は通常のルールで実施する事を決めました。
国内で変わるかどうか判らないルールを適応して混乱させるより、国内は通常に代表選考をして、国際大会に出場する選手やその可能性のある選手のみ、それに対応した練習をすればよい、との判断のようです。

アメリカでは国内大会でデモンストレーションを実施。
youtubeなどには実演している動画なども出ていますが、あまり賛同されてないようです。


審判器のタイミングについてですが、これは決定事項です。
実験ではなく、すでに審判器の内蔵チップが交換できるようにフェンシングショップでは商品化されて販売しています。
このタイミングについては私も実体験が無い為、どのように変更されているのかは分かりませんが、上記の動画ではすでに新タイミングでの審判器が使われていますのでご覧ください。動画で説明をしているアメリカのコーチはカウンターアタックが難しくなると説明しています。

またこのコーチは「このルールはロシアからだけではない」と冗談交じりに言っていますが、この発案がロシアで、すでにロシアはこのルールで練習を重ねて実戦に取り入れている為に準備万端、国際協会に強く圧力をかけているのではないか、と「噂」がたっているのは事実です。

個人的には従来のルールでは最初の距離への入り方にも技術や戦術があると考えているので、変更はあってほしくないですね・・・。

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2016年06月27日

2016 イングランドユース選手権

2016年の年齢別イングランド選手権に参戦しました。

Truroのエペからは男子11歳以下でガーレイ、男子13歳以下でフロォリン、女子16歳以下でディジーとソフィーがタイトルに挑戦しましたが、ガーレイは惜しくも優勝した選手に敗れ7位、ディジーは予選は良かったのですが、トーナメント3回戦で敗れて12位でした。

しかし、ソフィーはディジーよりも予選の成績が悪いものの、トーナメントで何かを掴みます。
初戦を一本勝負で勝利すると、その後も接戦を制して勝利、続く対戦も勝利・・あれよあれよと勝ち進み遂には決勝進出を果たしてしまったのです。
こんな事があるからフェンシングは面白い!
ここまで来たらあとは楽しんで競技しなさい!とピストに送り出しました。
決勝の相手は実力者。結果は大敗を喫し2位となりました。
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それでも彼女の成長が見れて本当に嬉しい結果でした。

もちろんディジーの成績も上出来です。でも成績よりもソフィーが決勝まで勝ち進んでた事が素直に喜べないディジー。
「やっぱり悔しい」そう呟く彼女。
でも、それでいいんです。
同じチームの同級生がライバルでいるって大切な事だと思います。

最後はフロォリンが圧勝に試合展開で優勝を飾りました。
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彼はすでに12歳以下で全英チャンピオンですのが、1歳上がった年齢グループでしたので少し心配でしたが・・本人は気をする事なく、むしろ油断して相手にポイントを与えてしまうものの締める所はは締めてイングランド選手権を制覇。
英国とイングランドの2つのタイトルを手に入てました。
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日進月歩な選手の成長ですが、着実に力をつけていると感じます。しかし、いまは成果を焦せらず、バランスの良い選手育成を目指します!

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2016年06月18日

櫻井選手ならやれる!

私は宣言します!

櫻井選手が東京パラリンピックまでの国際大会で入賞してメダルが獲れる選手です!もし獲れなければ、私は逆立ちして鼻からオレンジジュース飲んでみせる覚悟です!

それぐらい櫻井選手は可能性のある選手です。
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その自信の根拠もあります。

櫻井選手はカテゴリーBの選手です。
車いすフェンシングのカテゴリーBというのは選手の状態に大きな幅があります。
カテゴリーAの選手、例えば切断で右脚を失っている選手、左足を失っている選手同士では状態の幅という点では大きな差はありません。

しかし、カテゴリーBは脊髄損傷の選手が多く、その損傷は選手によって違いがあります。
その違いにより上半身の動ける範囲が大きく変わってくるのです。

櫻井選手は言うならば「動ける範囲の広いB選手」なのです。

車いすフェンシングはシビアな競技です。
国際試合で同じカテゴリーの車いすのピストに座り、お互いが剣を構える以上、相手選手は損傷具合など気にしていないし、気にもしてくれません。(もちろん試合後や私生活では別です)

相手が前にいる、それだけを理由に「勝利」だけを求めて、自身の全力を尽くすのです。

櫻井選手が今まで試合で勝てなかったのには、車いすフェンシングにおいて「自分自身をしっかり理解していなかった」という点があります。

カテゴリーBで損傷具合からあまり上半身が動かない選手はアタックを仕掛けてこないでディフェンスに徹します。

練習でも自分を守る動作を反復して練習しているので、それに自信があり、それを勝ちパターンにしている選手が場合が多い。
そんな選手に櫻井選手はポイントを獲る事だけ考えてアタックを仕掛けているのですから・・・返り討ちにあうのは当然です。

それさえ、理解して「動けるB選手」が勝ちパターンを構築してしまえば、勝率はグッと上がります。

また多くの方が誤解されていますが、車いすフェンシングは車いすが固定されているから距離が同じと言うのは間違いです。

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距離は自分で作るのです。
その距離は選手の状態によっても違いますが、少なくとも櫻井さんのような動けるB選手は車いすに座った状態でも相手の剣を避ける距離が得られるのです。

そんな事を話をしながら、私の教えている車いす英国代表選手と練習を重ねた櫻井選手。
レッスンでは技術と戦術を織り交ぜてしっかり勉強してもらいました。

合宿期間では少し得たものがあったのか、アタックに伸びのあるカテゴリーAの選手と接戦できるように成長していました。

英国選手のレベッカにとって刺激だったのは「女子選手同士の対戦」でした。
レベッカはいつも兄であるダンと練習をしています。ダンはスピードもあり何よりリーチと力強さが違います。
しかし、櫻井選手とは同じ女性で負けても言い訳ができない点がレベッカを驚くほど成長させました。

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あっという間の2週間でしたが、最後は櫻井選手にTRUROにもっと残っていたい!と言ってもらえるような合宿ができました。

また必ず一緒に練習ができる日がきます。
もしかしたら国際大会で再会するかもしれません。
次に会う時は、お互いの成長を称えあえる仲間で合ってほしいと思いました。

櫻井選手、私が逆立ちして鼻からオレンジジュースを飲まないで済むように頑張ってください!


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2016年06月15日

車いすフェンシング櫻井選手

はじめて櫻井さんからメッセージをもらったのが4月中旬でした。

「練習環境に限界を感じています、可能であれば練習を見て頂きたいです」

車いすフェンシング日本代表・櫻井選手はアジア大会を終え、リオでのパラリンピック出場の可能性が消滅してしまいました。

しかし、目の前の可能性が無くなったのだから、次の可能性には誰よりも先に準備できる!と言わんばかりの行動力で、次の出発点を英国はTRUROと決めてくれました。

再出発を考えた時に、まず櫻井選手が求めたのが練習環境と指導者でした。

それは海外遠征をする度に感じていたジレンマ。
他の国の選手には一緒に練習する仲間が大勢いて、常に指導してくれるコーチもいる。

日本でも指導者の方が熱心に指導をしてくださるそうですが、週末に限られた練習時間だけ。
仲間は男子選手はいるものの、国内で女子は櫻井選手のみ。

そんな限られた環境でも櫻井選手は練習を重ね、国際大会に出場していたのでした。

6月に2週間の合宿期間を設定して、京都からはるばるロンドンにやってきた櫻井選手。
車いすフェンシングの遠征というのは本当に大変!

まず荷物が多いのです。
自身が生活で使っている車いすはもちろん、競技用の車いす、フェンシングバック、スーツケース・・・それを車いすを操作しながら1人で持って、さらには飛行機に12時間以上乗ってくるのですから・・青二才な私は感服致しました!

私は今回、櫻井選手を指導するにあたり、国際大会の試合などをいくつか観て分析をしてみました。
その結果、櫻井選手は良い動きがあるものの、いくつかの弱点がある事に気がつきます。
合宿が始まったら、その辺りを中心に修正していこうと計画も練っていました。

しかし、実際に練習を始めて分かったのですが・・・いくつかの弱点どころではなかったのです。

知識や技術があって、失敗をしているから弱点であって、櫻井選手の場合は「車いすフェンシングを解ってなかった」と言っても過言ではないレベルだったのです。

「それなのに国際大会に出場して、そこそこポイントを獲って世界ランキングが20位?」
私は嬉しくなって言ってしまいました。

櫻井選手は「嫌な言い方する人だな・・」と思ったかもしれません。

馬鹿にしているわけではありません。
むしろ「凄い」と感じました。

今までの試合は経験や知識が無かったとはいえ、どうにかしたくて我武者羅に戦い、ガッツだけで挑んでいたのです。

そんな選手にこれから「知識と技術」を乗せ放題ですからね。
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指導者としては心躍りますよ。


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2016年05月24日

英国永住権取得の試練/Indefinite Leave to Remain

英国でフェンシング指導者として働き始めて5年。
それまでも幾度に渡り私を苦しめたのが、労働ビザでした。
思い起こせば、1番最初の申請に3度失敗し、取得まで1年半も費やした労働ビザが始まりでした。
労働ビザというのは期限付きで、法律上の問題なく労働を続けていれば延長が可能なのですが、英国では最長で6年と決まっています。(幸い私はその6年を取得する事ができました)しかし、それ以上の労働には永住権申請をしなくてはなりませんでした。

英国での生活が「永住権取得の条件年数の5年」に達した頃に予期せぬ自体が発生。・・というのも、移民局で永住権申請に関する大幅なルール変更があったためです。
突如2ヶ月で申請に必要な英語テストとLife in the UKテストに合格し、さらには申請料1875ポンドを支払うという難題に直面しました。

なんとかこの難題を乗り越え、永住権申請へとたどり着いた私は、最後に大量の申請書類を前に意識が薄れ倒れそうになりながらも、必要書類を揃え、間違いのないように何度も見直し点検をした末、申請を果たす事ができたのでした。

永住権を申請してしばらくすると銀行口座から1875ポンドが支払われ、指紋登録をするようにと手紙が届きました。
すぐに指紋登録を済ませましたが、その後は何も連絡がありません。

そして1ヶ月半が経過した頃、突然家の呼び鈴が鳴りました。
郵便配達から大きな封筒差し出され、受け取りすぐに開封してみると、私が提出したパスポートや銀行口座の証明書、テストの合格証明書などが送り返されてきました。

しかし、肝心な永住権のカードが同封されていません。

「ああ、失敗したんだ・・・」

そう思いました。

中には3枚ほどの手紙が入っていました。
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内容は「提出されたドキュメントを返します」から始まり、よくよく読んでみるとちょっと内容が予想と違う事に気が付きました。
「あなたの永住権カードは7日以内に郵送され受け取れますが・・」
その文章で、ハッとしました。
これは・・・取得できたのか??それとも・・取得された場合は7日以内に郵送されますなのか・・・。

当然、いままでの苦労を考えたら、この手紙にも「おめでとうございます!申請は受理されあなたは英国の永住権を取得しました!これからは労働の制限なく頑張ってください!」くらいの文章が添えられていないとダメだろう!?って思いますよね・・。

そして後日、郵便で小さな封筒が届きました。開封すると以前持っていた労働ビザカードと同じ物が入っています。

しかし、そこに記載されている内容が大きく違います!
やっと手に入れる事ができました!
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「Indefinite Leave to Remain(無期限の在留)」

ドタバタ劇でしたが、無事に永住権取得となりました。
運も良かったですが、支えてくれた職場のメンバーや家族、応援してくださった方々に感謝しています。
1人では到底無理な挑戦でした。

ここまでの流れで、取得に関するアドバイスをしてくれるサービスや、書類を確認して提出に関するアドバイスや提出までしてくれるサービスもあるようです。
また申請に際し、1日の審査、4〜5日の審査でも申請できるサービスがあるようですが、私は予算的にこれらのサービスは使用しませんでした。

でも・・・最後に気になるんだけど・・・永住権って割に、カードの記載に有効期限があるって・・どういう事なんだろう・・!?まぁ・・それは2024年になったら考えよう・・。

永住権の申請までをブログに記載しましたが、これはあくまで仕事が続けられるようになったにすぎません。
これからは今まで以上にしっかり前を向いて指導をしなくてはならなくなったわけです。

自身でもまだまだ未熟で、選手に伝えられない事がたくさんあります。
そう言った意味でも、まだまだ勉強して精進していく次第です。

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2016年05月16日

楽しいフェンシングの交流大会

最近、脳についての本を読んでるのですが、実はフェンシングの審判は脳をフル活動させている事を知りました。
まず視覚系脳は選手の動きを目で追い、何が起きたのか見て、聴覚系脳でが剣の接触音、審判器の音などを聞き分けます。記憶系脳で目の前で起きた事をリピートして、理解系脳でどちらの選手が得点したか考えて、思考系脳でそれはなぜなのか、どう説明するかを考え、感情系脳でそれを両選手に平等なコミュニケーションに変化させます。また運動系脳でコミニュケーションに準ずるハンドジェスチャーで表現するのです。
これを私達は瞬時に行っているのです。

脳をまんべんなく刺激し続ける事で、脳は活動を続けるのでボケ防止になるのだとか。
素晴らしい!!・・と私の脳は結論を出したのですが、考えてみれば、大きな大会での審判、先輩同士の対戦の審判は、間違えたらどうしようという恐怖に怯え、ちょっと判らないとパニックでボケたジャッジをして怒られたりと、脳以外の内面的に弱い所がやられるので・・結構、大変なんですよね。

そんな事を考えながら、英国南西部で開催されたクラブ大会に審判として参加してきました。
田舎のクラブ同士の交流試合ですので、会場に手の込んだ準備はできず、体育館にピストを敷いただけの簡易な設備でしたが、3種目を2日間に分かて開催して、参加人数も多く集まりました。
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私は1週間で3つのクラブを掛け持ちして指導していますが、どのクラブからも初心者・経験者の参加があり、普段練習している事を互いに試し合うには大変良いサイズの大会だったと思います。
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しかし、今回は私は審判です。審判ってのはこうなんだ!って事をしっかり見せなくてはなりません。
・・・が、審判というのは本当に神経を使います。ハードな仕事なのです。
さらに「エペはなんとかなるから、サーブルとフルーレをお願い!」と頼まれて、余計にプレッシャーがかかります。
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それでも、この大会を成功させる為に、私も頑張ってきました。
やっぱり、フェンシングは色々な人と楽しく競技できるのが1番の魅力。
初心者でも経験者でも、結果はどうあれ次も出たいな、と思ってもらえるように試合のお手伝いをしました。

いくつか・・・怪しいジャッジもありましたが、概ねOK・・・だったと自己採点しています。
でも、本当に脳はフル回転。
さらに今回は「違うクラブだけど、どちらの選手も私の指導している生徒さん」の対戦を審判するなどもあって「感情系脳」がビビビッと刺激されました。
どちらも勝たせてあげたい、どちらにも負けてほしくない・・でも、そこはフェンシングの審判・・平等なジャッジをしないと!、といった具合でした。
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男子エペはクラブは違うけど、「やまけん色」の選手で表彰台を独占でした!

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2016年05月05日

黄色旋風!全英ユースで優勝!

全英ユース選手権に参戦してきました!
全国から選抜された同年代の選手が集まる大きな大会ですが、南西ブロック代表となっていた生徒が男子12歳以下で8位入賞と優勝と最高の結果を出してくれました。
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同じクラブでお互いに切磋琢磨して全国大会で入賞した選手達を誇りに思います。

8位のガーレ。金メダルが目標だったのですが、「まさか優勝するとトロフィーがもらえていたなんて!!次はトロフィーが欲しい!」とコメント。次の年も彼は12歳以下で戦えますので来年に期待!!
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全英チャンピオンとなったフローリン。
彼はルーマニア国籍なのですが・・・全英ユースは英国に住んでいて英国の学校に通っていれば予選ブロックに参戦できます。
なので、英国チャンピオンはルーマニア人でコーチが日本人、という不思議な図式になるのです。
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南西には県がいくつかあり、私たちはコーンウォールという県に住んでいます。
その県の旗は黒に白い十字の旗・・・なんか海賊旗のようですが、目立つ黄色のユニフォームで会場に現れ優勝を奪って去るのですから、案外・・海賊で間違っていない気が・・。
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その他にも、男子エペ18歳以下で生徒のオリバーが8位入賞。
女子エペ16歳以下でデェイジーがトーナメント1回戦で7番シードを15−14で破る波乱を起こす大健闘(2回戦で敗退)。
彼女の場合、いまはまだ次につながればそれで問題なしです。

試合の数日前に虹を見たんです。
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虹の袂には財宝が眠っているというヨーロッパの伝説は本当だったようですね!
コーンウォールの若い海賊剣士達は次の財宝を求めてまだまだ頑張ります!


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2016年04月27日

実力者としての階段

最近は青二才でお伝えする話が永住権ばかりになっていました・・。
私の本業は永住権の申請ではないのです!フェンシングコーチ!フェンシングの選手を育てるのが私の本業です。

さて、永住権の申請の苦労に反して、フェンシングでは嬉しいニュースが続きます。

4月に開催されたシニアの全英選手権で指導している女子エペ選手のジェシカが銅メダル。
序盤の失敗さえなければ、決勝に進めた内容だっただけに悔しさは残りますが、次の選手権まで精進しましょう!という暗示なのかもしれません。それでも英国ランキングは上がりますので3位入賞は嬉しい成績です。
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続く、国内のシニアのエペ大会ではジェシカが優勝を飾りました!
この大会は「オリンピックに3種目で出場」の偉業を成し遂げた、オリンピック選手ビル・ホースキンスさんを称えた英国のフェンシングでは歴史のある大会です。
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そんな大会で優勝してトロフィーに教え子の名前が刻まれるのは大変光栄な事です。
こちらの成績もランキングに反映されるので国内ランキングはだいぶ上がるのではないかと・・・。

指導を続けてきた選手がようやく実力者として国内で活躍できるようになりました。
しかし、まだ階段の途中です。
そして、いままでは若手として「とにかく前へ」が目標でしたが、今度は後ろからも若手が迫ってきます。
同世代のライバルも実力をあげて挑んできます。
そういう世界です。

これからシニアのワールドカップ出場の機会も増えてくると思いますが、次は世界の階段を駆け昇れるように更に厳しく練習に取り組んでいきます。

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2016年04月12日

英国永住権取得の試練/番外編

英国永住権申請をして1週間が過ぎました。
期限だった4月6日も過ぎ、もう何もできる事がありません・・・と思ってたら移民局から手紙が!??

え?もう審査が終わった?でも手紙だけで他の書類は!?

恐る恐る手紙を開封してみると・・・・申請ありがとうございますの文字が・・。
さらに読み進めてみると、内容は指紋登録が確認できませんでした、という事でした。

前回の青二才でも触れた通り、Tire2(労働ビザ)の延長を申請した際に、指紋の登録は済ませている。
登録した場所も日付も記載して申請を出しているにもかかわらず、登録が確認できませんでしたとは何事か!!
どういう管理をしているんだ!と憤慨するも、最後に15日以内に登録してくれれば申請を継続しますとの一文に負けて、速攻で登録。

さすが30万円の申請料金・・そうやすやすとダメなので再申請してくださいは無いのかも・・。

もちろん登録費用はしっかり取る英国の申請システム。

さて、またしばらく待つ日が続きそうです。





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2016年04月08日

英国永住権取得の試練/申請書類を提出

やっとの思いで合格した英語能力テスト。
結果が送られて着た時はすでに1週間が経過していました。

期限の4月6日まではもう時間がありません。
早速、マネージャーと永住権申請の書類を作成します。

便利な世の中です。
申請書類などは最新の書類がインターネットでダウンロードできます。
マネージャーがちょっと待ってて、と印刷をしたのがその書類。
しかし・・・その「ちょっと」が長い!!

やっと印刷が終わってマネージャーが手にした書類の束が合計で86ページ!!
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こ、これに全部・・目を通して必要事項を記載するのか・・・。

まずは全ての項目のチャック。
実際、ページ数は多いものの、自分に必要な項目のみを記載していくと、私には必要のないページが多くありました。
それでも、見落としは許されない為、すべてに目を通します。
また、私では判らない「雇用側の契約番号や情報」を記載するページや、英国人でも意味が不明な内容の項目などもあり、四苦八苦。

中でも、私が大変時間を費やしたのが「英国に滞在した期間で、英国を出た日、英国に戻った日、その目的をすべて記載してください。必要とあれば追加のページにも記載してください」とある項目。

え・・・すべて?5年間の出・入国記録を!?

私もコーチとして海外遠征をする立場です。
パスポートは出・入国のスタンプで溢れています。

まずは・・・すべてを書き出す事から始めました。
スタンプを確認して日付、国、出国か入国かの確認、そして日付から出国と入国の結び付け。
次に時系列での並びなおし、遠征と合宿、プライベートでの出国の仕分け。

なにこれ?拷問?というのが率直な感想です。
スタンプだってちゃんと並べて押してくれてないし、ページは飛ぶし、インクが消えていたり、しっかり押していなかったり、重なって読めなかったり・・。

最後はそれを手書きで記載。
もちろん、追加のページにも満載。

一応、これでこの項目は大丈夫なはず・・。
しかし、英国で継続して5年間働く事が申請条件にある中で、だいぶ英国以外で活動した日があり、それが条件に触れるのでは・・と気になります。
これに関してはマネージャーに仕事である事の証明として文章を添えてもらいましたがどうなる事か。

そして、次に難易度の高い項目が「登録している指紋はいつどこで登録したか」です。
確かに、3年前に指紋の登録はしました。場所も憶えていますからそれは大丈夫・・・しかし、3年前の正確な日付なんて普通は憶えていないでしょう!?

一応、登録場所にも行ってみたんですけど、ここは登録だけでデータを残している場所じゃない、と言われ、登録費を払った時にレシートを渡してるからそれを見ればいい・・と。

う〜ん・・取ってあるわけないですよね・・大事なのはレシートじゃなくて指紋だったわけですし・・。

そこで、ハッと閃いたのです。
私はこういった大事な支払いは銀行のカードで支払います。つまり、3年前のカード使用履歴を確認すれば日付が判るかもしれません。
すぐに家に帰り、銀行から送られてきていた使用履歴を確認。
こういうのをしっかりファイルしてある自分に感謝。

すると・・ありました!3年前、登録場所で指紋登録費用と同じだけの金額を支払っている日付が。

これで、なんとかこの項目を正確に埋める事ができました。

その他、なんやかんやで全ての記載を終え、必要書類の銀行証明、給与明細、2つのテストの合格通知、保険証のコピー、雇用者の契約書、パスポートと労働許可証を同封。これで全部揃ったはずです。

それに加えて、永住権申請料を支払います。1875ポンド(約32万円)が1人分となります。
あくまで審査なので、審査に落ちても払い戻しはされません。

あとは郵送して提出なのですが、私の場合、期限までの日数が少ない為、1日で審査をしてくれるエクスプレスのサービスも考えました。
しかし、このエクスプレスは予約で100ポンド、審査で追加500ポンドが必要であり、書類を決められた事務所まで持って行く必要があります。私の場合は1番近くてカーディフの事務所・・車でおよそ5時間の場所です。

また仮に審査が通らない場合、再申請に1875ポンドと同じエクスプレス料金を支払う事になりますので・・ここまでは踏み込めませんでした。

1回勝負、失敗は許されないのです。

それを思うと・・どこかに記載間違いがあるのではないか・・と必要以上に神経質になります。

あ、ここは怪しい、ここは記載が必要なんじゃないか・・もう気になって仕方ありません。
そして、書類をもってマネージャーに「何度も悪いんだけど・・」と尋ねると、あ、そうだね、ここチェック入れといて!など・・・結構、見落としがある事実が発覚!

見落とし発覚後、再度書類の読み直し。
全てを確認して封筒に入れて封をするも、あの番号・・正確に書けていただろうか・・などと思い出すと、開封して再度確認の繰り返し・・。

それでも最後は観念して郵送をするしかありません。

郵便局で「大事な、大事な書類なので少し高くてもかまいませんので、安全な郵送を」と頼み、永住申請の書類は移民局へ旅立って行きました。

あとは、野となれ山となれ・・・もうどうすることもできません。

永住権申請は難題が多くありました。
ほとんど嫌がらせなのでは?と思うものばかりです。
そして、全ての難題で「そこまでして英国に残りたいか?」と問われているようでした。

その苦労を乗り越えられる者、それでも英国に残りたい者が、申請を許される・・・それが英国の永住権申請なのです。

やれる事はやったはずです。条件も満たしていると思っています。

結果までしばらくかかるようですが、私の銀行口座からは1875ポンドが引き落とされていましたので、審査は始まってると思われます。

どうか・・どうか努力と申請料が無駄にならないように、と祈るばかりです。

結果はまた青二才で報告いたします。


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2016年04月04日

英国永住権取得の試練/英語能力テスト

英国のビザを申請する際には英語能力テストを受けなくてはなりません。
少し前までは日本の英検でも審査の対象になっていましたが、いまでは移民局の定める英語能力テストでないと審査の対象とならなくなってしまいました。

今回(2016年3月の時点)の永住権申請にはIELTS(Secure English Language Test)というテストが審査の対象となり、その中でも申請にはLife Skills B1というテストに合格しなくてはなりません。

幸いな事にこのテストには筆記問題や作文提出などが無く、2人1組のインタビュー形式での応答とテープを聞いて内容に応えるヒヤリング、試験官の出す話題にもう1人の受験者と会話を続けるコミニュケーションが主な受験内容でした。

私には受験から合否発表(郵送)まで時間が無く、とにかくどこでも近いうちに受験しなくてはならない焦りがありました。そんな中、住まいから5時間の運転で行けるバーミンガムで受験の予約がとれました。

しかし、これといって何を勉強していいのか分かりません・・・。

クラブのマネージャーに英語の試験は上手くいきそうかい?と聞かれた私は「秘策がある」と答えました。
「テストで秘策?なんだいそれ?」と怪訝な顔をするマネージャーに私は秘策を打ち明けました。

「相手が何を聞いてきても、最終的にはフェンシングの話にすり替えちゃうんだ。試験官はフェンシングの事なんて知らないだろうから話を聞くしかないし、仮に意味とか聞かれても説明で時間の尺はとれる」

また私が会話や答えの内容に真実はいらず、とにかく会話らしい回答ができればいいなど持論を得意げに挙げると、マネージャーは「おお!」と感嘆をあげ、私の秘策に納得していました。

試験当日、午後から試験だった私は、運転時間に余裕を持て出発。

試験時間の開始、1時間前には到着でき、待合室で待たされます。

試験開始5分前に慌てたように男性が入ってきました。
「あなたと受験で組む男性です」と紹介され、ポルトガル人である事を聞きました。
私は自分は日本人である事を伝え、握手をしました。

それ以上の会話は許されず、すぐに試験室へ。中では女性の英国人女性が試験官として私達を待っていました。

試験官にパスポートを提出、この試験は録音と録画をされている事が説明され、自分の名前をアルファベットで発音するように言われます。

試験が始まり、試験官は私達に「自分の好きな場所、そしてそこが好きな理由」をお互いに会話するよう出題しました。

ポルトガル人の彼は自分の家のリビングと言い、私は「それは私も同じで、私の場合はソファに座りお茶を飲み、家に招いた友人と楽しい時間を過ごします。」と答えました。

まぁ、本当は近所に友人などいないですし、人も招いたこともないですけど・・。

更に自分は仕事場が好きであると早速、秘策を実行に移したのです。

「私はフェンシングのコーチをしていまして、選手たちと共に練習をする場は私は好きな場所であります。」

「おお〜」

試験官、ポルトガル人の彼も驚きの声がもれ、それを聞いた私は「きた!きたこれ!!」と心の中でガッツポーズ。

次に、試験官はポルトガル人の彼に「自分の国について」、私には「健康について」考えるように言いました。
しばらくして、お互いにその事をスピーチをし、それを聞いてその内容に質問をするというテストが行われます。

け、健康?健康について・・・。
ハイ、どうぞ!と緊張の場で言われると、意外と言葉数が減るもので・・。

「あの、そうですね・・・私はあまり健康について気を付けている事はないのですが・・・私はたばこは吸わないですし、お酒も少々(嘘)・・食べ物は・・・食べるのは好きですので、この量が多いのが悩みでして・・・最近、スーパーで買い物をする時に糖質が0だとかカロリーオフだとかが・・・皆さんよく言われていますが、すべて摂取しなければそれはそれで健康にいいかと言えばそうではなくてですね・・・」

や、やばい・・・と思った私は「そうだ!秘策だ!」と思いつきました。

「そう!私はフェンシングコーチをしてるんですが、その時ですね、栄養士の方からお話を聞く機会がありまして、フェンシングの〜〜」と言った所で「ハイ、もうけっこうです」と打ち切り。

「は、話させてくれないのか・・・」

まさかの秘策封じ。

困ったのはポルトガル人の彼。
もう、こいつは何が言いたいんだ・・とポカーンとしちゃってる。

彼の質問はギリギリ絞り出した感じの、糖質0の商品はどんなものか、どんな食べ物が好きか・・とか・・私は「もうほんとスミマセン!」って感じでした。

ヒヤリングはテープの会話を2つ聞いて、その状況の質問をされます。
どちらが質問されるかを試験官が最初に言ってくれて、2回ほど聞かせてくれるので慌てなければ答えられます。しかし、なるべく状況は細かく答えた方が得点が良いようです。
例えばテープを聞いた後で「彼女はどこに行きましたか?」と聞かれたら「彼女は家に行きました。」と答えれば正解で、5段階評価の3がもらえますが、「彼女は白い大きな家に行きました」の方が4〜5がもらえる可能性が高いです。

最後に、試験官に「あなたたちはこれからパーティーに行きます。これをテーマに話をしてください」と出題されました。

それでは「ヤマモトさんから」と言われ、はっ?パーティー?え?どんな??いつ?なんの?などが頭の中を巡りましたが、とにかく会話を始めなくてはなりません。

そこで私はなぜか

「・・・・・・今度のパーティーは何を着ていく?」

と聞いてしまったのです・・。

女子か!!女子なのか!!・・・いま思えばそんな感じなのですが、あの時、そう思ったのはポルトガル人の彼です。

彼・・・ポッカーンとしてました。

彼は試験官に「あ、あの〜パーティーってどんなパーティーですか?」と尋ねるも「どんなパーティーでも自分で想像して」と言われ唖然。

そこで相方が「何を着てくか?」と聞いてるのですから・・・彼は「か、カジュアルに・・・」と辛うじて答えるのが精一杯の様子。
そのあともグダグダ・・・でもなんとか2人は意思疎通をしながら会話をしているんだと、と伝わるような内容には仕上がっていたと思います。

全てが終わり、ポルトガル人の彼に「大丈夫!合格できるって!上手くできてたよ!」と気軽に声をかけてあげる優しい私。
(内心は申し訳ない気持ちでいっぱい。)

試験から1週間後、試験結果が郵送されてきました。
結果は・・・・合格!
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どこかで結果を受け取っているポルトガルの彼の成功を祈りつつ・・・私は無事に2つ目のテストをクリア。


これで、申請に関する条件はクリアできます。
この時点で2016年3月中旬となっていましたが、やっと・・・申請書類の作成と提出です。


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2016年04月03日

英国永住権取得の試練/Life in the UK

永住権申請の必要条件に英語能力テストとLife in the UKテストに合格があり、これをクリアしない事には申請も始まりません。しかも残された時間が2ヶ月・・・ちょっとハードな日程ですがやるしかありません。

フェンシングの試合では選手に「頑張れ!」と声援を送り、選手を支えている私ですから、その私が頑張らないで、選手がこれから頑張れるはずなどありません。

私は「頑張って」この状況を打開しなくてはならないのです。
それをしてこそ、これからも選手を私についてきてくれるのではないかと考え直しました。

ハンガリーに渡る事を決意した時もそうでした。
やらないでいたら後悔する。
やれるチャンスがあるならやってみようじゃないか。
やってからでも後悔はできると。

・・・この考えが基本的に間違っているのはなぜ、後悔する事が前提なのかです。

まずは後悔しないようにテストについてしっかり調べなくてはなりません。

今後、もしかしたら私のように英国で永住権申請をする人が参考にされるかもしれないので、恥を捨てて、なるべく細かく伝えたい思います。

まずは英語能力テスト。
2016年では移民局が指定するIELTS life skills B1というテストに合格しなくてはなりません。
受験料は1回150ポンド(約2万5000円)です。英国で受験する場合、IELTSのサイトから受験日を選択してオンラインで予約します。だいたい予約日から1週間後のテストは予約可能なようすが、月に2回ほどしか実施されていないようでした。

私の場合、1週間後に場所はバーミンガムで予約を入れました。人数制限がある為、私が住むコーンウォールから1番近く予約が取れる場所がそこしか残されていませんでした。

テストはヒアリングとスピーキングのみ。筆記はありません。
2名1組でインタビュー形式のテストとなります。

次にLife in the UKテスト。
このテストは大きな都市ならば週に1〜2回あるようです。しかし、不合格だと数日は再テストを受けられないルールがありました。英語テスト同様にオンライで予約します。受験料は1回50ポンド(約8000円)。合否は即日。
試験日には自分を証明するパスポートや生態認識カード、水道や電気など住所が証明できる発行3か月以内のドキュメントが必要です。
テストはパソコンで2択か4択の問題に24問答えます。18問以上正解ならば合格です。

両方に予約を入れて、私は早速勉強に入りました。

まずはLife in the UKテスト。
時間は1週間あります。
まずネットでどんな問題が出題されるのか調べます。

世の中、ネット様々です。Life in the UKと入力すればどんな情報も引き出せます。
中には模擬テストをさせてくれるサイトもあり、それを徹底的にやる事にしました。
テストは政治、法律、歴史、宗教、英国の常識や文化などと幅広く出題されます。

ここで苦労するのが、すべて英語で出題されるという点です。
問題に知らない単語が出てくれば高確率で間違えます。
なので、知らない単語が出たら書き出して意味を調べ覚えます。また出題の範囲を知る為に、問題を把握、歴史は年表にしてその辺りを徹底的に日本語で調べます。同様に政治、法律や文化もある程度の範囲を知る事で短時間で詰める事ができました。
また、公式のLife in the UKとう模擬テストアプリも販売されている為、iphoneに入れて時間があれば繰り返し練習をしました。
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しかし、問題がきびしい・・・。
例えば、英国は18歳以下での飲酒は禁止されているYES or NOという問題。
普通に考えれば、YESと答えてしまうのですが、正解はNO。
英国は16歳になっていればレストランで食事と一緒に酒を注文する事ができるのだそうです。
これが類似問題で、18歳以下ではお店でアルコールを購入できない、とあればYESとなります。

またクリスマスはいつ?などの簡単な問題もあれば、パラリンピックで金メダルを獲得した英国人選手は?少年裁判ではメディアで氏名や写真の掲載を禁じているか?英国議会の選挙は何年ごとに行われるか?ヨーロッパ議会の選挙は何年後とか?スコットランドでの裁判で陪審員の人数は?北アイルランド議会の議席数は?ヘンリー8世の妻で処刑されたのは何番目の妻か?エリザベス1世とメアリースコットランド女王の関係は?などなど。

実際にクラブの人や英国人の友人にやってもらっても合格は出せません。
みんな口をそろえて「そんなの知るわけないじゃないか」と言い出す難易度です。

とにかく答えを暗記するしかないと思った私は意味や関係はどうあれ、頭に詰め込みました。

そして迎えた試験当日。
練習問題は合格点以上でクリアできるようになっていたので自信もありました。

しかし、パソコンの前に座り実際にテストが始まってみると、出題形式が違います。
自分の中でいくつか、あれ?これは・・という半信半疑な問題が多く出題されていたのです。
また、練習では見た事のない問題が出題されていますし、言葉の使い方、単語の違いなどに翻弄されました。

テストをすべて終えて結果を渡されると不合格の文字が。
頭の中が真っ白になった私に、受付の男性は、「惜しかったね〜あと2問正解していればね。公式本を使って勉強した?」と聞くので「練習問題繰り返して・・・あの公式本ってなんですか?」・・唖然としました。
「あれ?本を読んでないの?それにしちゃよくやったね。次は公式本を読んで頑張って」と教えてくれました。

男性の話によると、試験範囲が全て載っている公式本があるのだとか。
好評発売中のチラシもくれました。

すぐに家に帰り、公式本を購入。
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オンラインでPDF版をダウンロードして読んでみると・・・
えっ!?試験と同じ内容の言葉使いと単語が!!試験範囲が広いとか・・独自の年表とか・・意味ないじゃん・・はっ!!つまりは公式アプリはあくまで練習!?
試験はこの本からまるまる出題されるという事だったのか・・・。

ネットでなんでも情報を引き出せる時代に、肝心な公式本を見落とすとは・・・。

とにかくもう一度、1週間後にテストの予約を入れなくては・・オンライで予約を取り、そこからはとにかく本を訳し、理解して全部読みました。
また同じアプリで練習も繰り返します。その結果、アプリの練習問題はほぼ満点で合格が出せるように。

1週間後、2回目のテストでは合格。
(テストはランダムで出題されるようです。同じ問題ではありませんでした。)
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もし、私のブログを参考にLife in the UKテストを受ける方がいれば、公式本は必ず読んでおいた方がいいです。
あとは模擬テストの繰り返しを。そんな事しらないよー!っと叫びたくなる問題も多いですが・・やっておけば、私のような失敗はせずに1回で合格できると思います。

私はまずはひとつ目の申請条件をクリアしましたが、次は英語のテストが待っているのです。

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英国永住権取得の試練/申請の条件

〜〜〜これまでのながれ
Tier2の労働ビザを2011年1月31日に取得した私は英国で、3年の期限付きでフェンシング指導を開始。
3年が経過した2014年1月に3年の延長が許可されました。合計6年の滞在が可能になり、その間の5年間を英国で継続的に実務すれば永住権が申請できる為、滞在5年が過ぎる2016年1月以降に向けて、準備を開始。
永住権が取得できれば、今後の申請や期限がなくなる。

しかし、2016年4月から移民局による新しいルールが適応される。
(このルールは2011年4月6日に2016年4月6日からの適応が発表されていた)

これにより、5年以上Tire2を保持していた外国人労働者が2016年4月以降からのTire2からの永住権の申請をするには年収5500ポンド(880円〜1000万円)が保証されないと申請できない事を知る。
つまり、Tire2が期限を迎える2017年からでは新ルールの適応となる。

この新ルールは2011年4月以降にTier2ビザを取得した労働者が対象となる。
幸いな事に私は2011年1月にTier2を取得。
5年経過するのが2016年1月31日なので、2016年4月6日までの「2ヶ月間」は旧ルールで申請が可能となる。
〜〜〜

2011年から5年間、英国でフェンシングの指導を続けてきた私でしたが、英国で労働をするのには労働の許可が必要で、私に残された時間はあと1年でした。
英国では、英国内で5年間労働を続けた外国人は永住権を申請できる為、残り1年でゆっくり申請していくつもりだったのに・・・まさかの残り時間2ヶ月!

永住権を取得すれば労働の期間に制約がなくなるのですが・・。(国籍が変わるわけではない)

年が明けて2016年、法律家と話を詰めてくれたマネージャーが2016年1月31日から残り2ヶ月での永住権申請に関しての必要条件を伝えてくれました。

1・移民局の指定する英語能力テスト(IELTS LifeSkills B1)に合格
2・英国の政治・法律・歴史・宗教・英国の文化や一般常識などを審査するLife in the UKテストに合格する
3・申請に必要な書類を揃え、申請書を作成。申請には1875ポンド(約32万円)の申請料金がかかる。

そ、そんなの不可能だろ!?仮に、2つの試験が合格できたとして、1875ポンドの申請料金って・・!?

そう落胆する私にマネージャーは、さらにこれで申請できても取得の可能性は50%だろう・・と、そして申請に失敗しても1875ポンドは返金されないという事も。

それからだいぶ悩みました。
いまから勉強して2つの試験に合格する・・・それにも、もちろん受験料はかかる。
合否に要する時間も・・前回の英語能力テストは通知に3週間ほどかかったはずだ。
すると、不合格の場合、再受験の時間はない・・・。
それに申請料・・決して安い金額ではありません。
すべての条件が揃い、時間に余裕があるとして、失敗した場合に再申請でさらに32万円の申請料・・・。

そこまでする意味が、はたしてこの英国生活にあるのか?

この5年間、薔薇色な生活を送っていたわけではありません。
悩み、苦しみ、将来に不安を感じ、満たされる事が少ない日々です。
現在のクラブでの仕事に不満もあれば、改善を求めたい事だってある中で、だったらもう・・ここで英国生活は終わりにして、次の場所に移るべきなのではないか?とも考えました。

そう考えたら、なんだか楽しくなってきました。
「新しい所はどんなところだろう?もっと多くの選手に巡り合い、もっともっと良い指導ができるようになるかもしれない。新しい言葉も勉強しなくては。日本語、ハンガリー語と英語に加えて、さらに語学ができるようになるかもしれない。そうだ無駄にお金を費やすのではなく、自分を必要としてくれる場所で、新しい環境の中で自分に合った仕事をすべきなのだ」と思ったりしました。

そう楽観的に思うと次の瞬間には、「・・・・でも、私がいなくなったら・・今、私を信じて指導している選手はどうなるのだろう。もちろん、労働の許可が下りなければ、働けなくなる・・・その時はみんな納得してくれるとは思う。
だけど、将来の夢を語り、目標を共有しながら練習している選手もいる。やっと若手の選手が育ってきた時だ。
この子達となら将来、英国でも海外でも活躍できる自信があるのにそれを投げ出すなんて・・・」そう悲観的に思ったりする・・そんな繰り返しが続きました。

自問自答が続いた数日、「自分を必要としてくれる場所」ってどこだ?はたしてそんな所が本当にあるのだろうか?」という考えに行き着きました。

それを考え始めると、将来なんて何も保証されていない事に焦りすら感じました。
しかし、逆に考えれば、今、確実に私を必要としてれる場所は英国にあるのです。

「ならばまずは少なくても残れる可能性を追い求めた方が良いのではないか?」

そう考えを改めた私は心を入れ替え、永住権申請に向けて準備する為、まずは2つのテストに合格する事を決意しました。

申請も申請費用も、テストに合格できなければ、考えられる事ではないのです。

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2016年04月01日

英国永住権取得の試練/申請の可能性

2015年の9月から永住権申請の準備を始めようとしていた私ですが、移民局のルール変更という壁が立ちはだかりました。

英国は移民の多い国と知られ、大勢の外国人が生活をしています。
欧州連合設立の時から、英国にはたくさんの外国人が出稼ぎに来ており、当時世界の経済状況が不安定ながらも英国は比較的安定していました。

この英国経済の基盤を強固に固めたのが、元英連邦と位置づけされる国々からたくさんの労働者を集め、労働賃金を抑え大量生産に成功した「産業革命」という歴史です。
(しかし、これも移民者が増えすぎたため20世紀後半から規制を開始)

さらに2000年以降にはEUが統一通貨ユーロ(€)を流通させるもそれを拒否。
英国通貨のポンド(£)はヨーロッパでも独自の強さを保持し、「ポンドを自国に持ち帰れば豊かに暮らせる」という夢を求めた中欧諸国(新EU加盟国でまだ通貨にユーロが使えない国)から労働者が流れ込みます。
それはEU加盟国ならば労働の自由があり、場所やビザを規制しない特権とも言える仕組みでした。

こうした流れから、英国内では「外国人に労働の場を奪われている」と考える人もおり、現在の英国では労働者を採用するならまずは国内募集、それでも人材が見つからない職種についてはEU圏内からの採用、どうしても見つからない職種についてはそれ以外の国からという条件も見受けられます。

2016年に国際世論を騒がしている「英国EU離脱論争」もこのような問題点を含んで起きているものです。

そのような状況を踏まえ、日本人の私がフェンシングコーチとして期限付きとはいえ英国で働けたのは奇跡に近い事でした。

「期限が来たから次の場所へ」

フェンシングコーチとしてはあたり前にある事です。
だいたい4年に1度のオリンピックが終わると、この職種では大幅な人事異動があります。
契約と契約、その空いた場所に新しい契約の繰り返し。
有名コーチは西へ東へと条件が良い方へ所属を移します。
今日の師は明日の敵・・・なんて試合は国際大会でよく見かける光景です。
前シーズンまで一生懸命指導していた選手を、次シーズンでは全力で倒そうとしているのですから。

日本で例えるなら、顧問の先生は転勤で、次は違う学校でフェンシングの顧問になりますという感じでしょう。
その世界版です。

次はどこに行こうかな〜なんて考えていた11月。
それでもまだTier2の期限が残る1年間は英国にいれるわけだから、その間に色々と情報を集めて決めようと気楽に思っていると、クラブのマネージャーから「もしかしたらまだ可能性があるかも。いま法律家に相談している」と話がありました。

私も自分の事ですので、難しいながらも移民局の情報を漁り、自身が英国に残る可能性も探してみました。
すると、新ルールの細かい説明にこんな一文を見つけたのです。

Your continuous five year period includes all or part of a grant of leave as a qualifying
work permit holder, or as a Tier 2 migrant where your Certificate of Sponsorship was
assigned before 6 April 2011

この一文で大事なのは、新ルールは5年間労働許可を保持し続けた者、また2011年4月6日以前にTier2の労働許可を得ている者は適応されないのではないか?という点です。
(5年間連続保持が英国から5年間出ていないで「連続」となると海外遠征などで英国を出ていた日数が多い私は論外という可能性もあります。)

私の労働許可の取得は「2011年1月31日」・・・つまり、2011年4月6日以前となります。
これは・・・もしや?と思い、マネージャーにその旨を連絡。

マネージャーはすぐに法律家に相談してくれました。

法律家からの連絡を受けたのは12月中旬で申請は可能との事でした。
もう可能性はないだろうと諦めていた英国での生活に希望の光が差し込みました。

しかし、法律家からの連絡に付け加えられていたのは「申請は2016年4月6日までに済ませなくてはならない。」という新たな壁でした。

ここから壮絶な時間との闘いが強いられるとは、この時の私は考えもしなかったのです。

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2016年03月31日

英国永住権取得の試練/Tier2ビザ

ここ半年ほど悩みの種を抱えておりました。
私は、5年前にTier2(移住労働ビザ)というカテゴリーの労働許可を得て英国でフェンシングコーチとして仕事を始めたのですが、その時も悩みの種だったのが「Tier2」の申請で、この時は申請と失敗を繰り返し、1年半を費やしてやっと取得できたビザでした。

この際に申請でかかった費用がおよそ18万円ほど・・・通常は1回の申請では6万円から8万円で済みますが、申請して取得に失敗しても申請料は返金されず、私の場合は失敗を繰り返し費用が跳ね上がりました。

しかし、そんな苦労をして取得した労働ビザも3年の期限付き。

いまから(このブログを書いているのが2016年3月)2年前に延長申請(2014年に申請)を英国でしましたが、その時にも試練が・・・。
申請には英国移民局が指定する英語テストに合格しなくてはなりませんでした。
更に英語テストの結果を待つのに3週間。
無事に合格して、よし!すぐに申請と思いきや、ちょうどその頃は代表コーチなどで忙しくしていた時期で、海外遠征が続いていました。
遠征と遠征の間に労働ビザの延長を申請しなくてはならず、申請の時にはパスポートも提出して1〜2週間待たねばなりません。
いつ戻るかわからないパスポートで遠征に支障を出してはならないと、通常の申請料の約9万円(当時で578ポンド)に加え、その日で審査してくれるエクスプレス料金約6万円(375ポンド)を支払い、それをカーディフという街(住まいから車で5時間)まで持ち込んで3年の延長許可を得たのでした。

そして2015年の9月。
英国での生活が法律上問題なく5年以上経過した外国人は、テストを受けて、それに合格すれば英国の永住権を申請できる・・・という事をなんとなく知っていた私。
これさえ取得できれば、労働の期間に制約が無くなり、申請や期限に頭を抱える事はありません。

来年(2016年1月)には英国生活5年を迎えるから、そろそろ準備を始めて、Tier2が切れる2017年1月までに申請をしようと考えていた時期でした。

そこでクラブのマネージャーにそう言った事を相談して、マネージャーも調べてみるよ〜くらいの軽い感じでした。

しかし、そのマネージャーの調べにより驚愕の事実が浮き彫りになったのです。

マネージャーの話では、移民局でルールの変更があり、2016年4月以降から君がスポーツコーチとして英国で働く為に永住権を申請するには、クラブは君と年間35000ポンドの給与支払いで契約をしてなくてはならない。それが永住権の申請の新条件となっていると。

簡単に言うと、クラブが永住権申請時に私と月々50万円の給与を約束して契約してくれれば移民局は永住権申請を許可してくれるというわけです。

それだけ給与がもらえたら、私としては万々歳なのですが、クラブはそんな契約できるわけないと一蹴。
(一蹴と書いて思うのは、こんな契約をできるのはプロのサッカーチームくらい・・田舎のフェンシングクラブではまず難しい)

つまり、この時点で私は2016年の新ルールでは永住権申請はできず、2017年の1月に現在保持しているTier2(労働ビザ)が切れ、英国から出て行かなくてはならないのです。

事態が一転。
・・・目の前が暗くなりました。

m-07_36374 at 21:09|PermalinkComments(0)

英国永住権取得の試練/まえがき

〜まえがき〜
海外では数多くのフェンシングコーチがプロコーチとして活躍しています。
プロコーチともなると、海外のフェンシング協会と契約して専属で指導や遠征を繰り返し、その国で成績を出していきます。
日本でも外国人コーチが活躍されていますが、日本人で海外で活躍するプロコーチにはまだお会いした事がありません。
中には短期間で海外で指導をされている方はいらっしゃいます。

JOCでも指導者育成で若手コーチを1年〜2年くらいで研修として派遣していますが、あくまで研修という立場で、研修先のクラブや滞在する国の協会から給与が出されているわけではなく、就職という立場での海外生活はありません。

日本には優秀なフェンシング指導者が多くいる事を私は知っています。
そんな日本人コーチ達が海外で選手を育てたらそれは凄い実績を残すだろうと思います。

しかし、その機会が多くないのはなぜか・・・。そこにはもちろん生活と環境の問題もありますが、さらに深刻なのは、それぞれの国に違った「外国人の労働条件」があるからです。

フェンシングでは選手とコーチが長い時間をかけて積み重ねていかなくてはいけない事が数多くありますが、外国での就労には「労働ビザ」という期限付き許可が必要であり、特にヨーロッパやアメリカでは、クラブの契約と労働ビザの取得に時間とコストを費やさなくてはならないのです。

この青二才では数回に分けて、この「英国で生活をしながら労働をするには」についての経験を記していきたいと思います。

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2016年03月14日

ルコビッチ先生が他界された

ハンガリーでの恩師、ルコビッチ・イシュトバーン先生が他界されました。
86歳でした。
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私がブダペストで指導者資格を取得する際に、フェンシング指導者の基礎を教えてくださいました。

私が過去に先生について書いた日のブログ

「先生は私のことを「日本の若いの」とか「日本の同士」と呼ぶ。

この日もそんな感じで話し始めた。

「日本の若いの、プロの指導者はプロフェッショナルを教える事ができるからといって、初心者に同じ指導をしてはいけない。プロフェッショナルを教えるのと初心者を教えるのは同じではない。違うのだ。それを理解してこそ、プロの指導者だ」

この言葉から、私が学び得た事は、自分はプロフェッショナル(すでに試合に多く出場して結果を出しているような選手)を教えているから指導ができると慢心するな、という事だ。

初心者に教える時にプロフェッショナルに教えるような事を教えても、理解が難しいし、できないのは当然でそれをやろうとすると「できない壁」にぶつかりやすい。
それはプロフェッショナルな練習がしてみたいと希望する初心者にも同じだとが言える。
初心者には自分が思っているよりも、段階を下げて教え始める事をしなくてはならない。むしろ、そうする事でスムーズに指導が進むのだという。

それを使い分けられてこそ「プロフェッショナルの指導者」なのだ。

また修正点を1つに絞るのではなく方向を変えて修正してあげることも大事だと師は言う。
例えば、アタックが足から出てしまい、剣(腕)が出遅れてしまう選手がいた場合、「腕から先に」とばかり声をかけるのでなく、「足を少し遅らせて」などと修正点は同じなのだけど、意識を変えてあげる事で「選手それぞれの理解を補助」する事も大事なのだとか。

そういえば・・と心当たりがあるような事である。
そして、なるほど心がけよう、と思えるのである。

このような自身の意識的な心がけも先生の経験によるものなのだろう。
大事に受け継いでいかなくてはならないと思っている。

1929年生まれのルコビッチ氏は時々、若者を集めて昔話をする。

1956年のハンガリー動乱の時、ハンガリーのフェンシング代表は地方で合宿をしていてブダペストに戻るとロシア兵にバスから降りるように言われた事、その時のロシア兵は別に乱暴なことはしなかった事、ドナウ川沿いに戦車が並んでいた光景を見た事、家に帰ってみると、隣の住人から「お前はどちら側だ?」と聞かれ、「どちらも何もハンガリー人だよ」というと「質問にだけ答えろ、どちら側だ?」と言われた事、自分が歩いていた反対歩道の40m先を戦車が砲撃した事、目の前でロシア兵の足が半分吹き飛んだ事、動乱の後でハンガリーはチェコスロバキアから飛行機でメルボルンオリンピックに行った事・・・多分、どの歴史書を読んでも、ハンガリー動乱の時にハンガリー代表は地方で合宿をしていたなんて載ってないだろう。今となっては先生だけが知っている先生自身の物語。

たぶん、今日も「日本の同士よ」と言って色々なことを教えてくれる。
今の私には、これらが将来どのように役立っていくかはわからない。

でも先生から受け継いだものが、必要な知識や技術として反映してくれる事は間違いないと信じている。」



私が先生から受け継いだもの・・・・青二才な私は、それを今でも大事に英国の選手を育てています。

英国の労働許可に必要だった1年半。
労働許可が出たあの日、私は先生に報告に行きました。
ルコビッチ氏は労働許可が出た事に「でかした!」と喜んでくれました。
いつから行くのだ?と聞かれ、すぐに・・今日で最後の練習です、と言う俺に「そうだ、そうしなくてはいけない」と肩を叩いて言いました。
そして、クラブの選手を集めて紹介と挨拶をしてくださり、先生は「私が長年、国際指導者を教えてきた中で3本の指に入る素晴らしいコーチだ」と言ってくれた事・・今では大変誇りに思っております。

また報告に行きますと言いながら、私はまた再会を果たす事ができませんでした。

先生、ご冥福をお祈りいたします。

本当にありがとうございました。



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2016年02月23日

U14ユーロサーキット@英国

海外では規模が小さいなりに存在のあったU14(14歳以下)がヨーロッパフェンシング協会公認でU14ユーロサーキット大会となり、英国でも大会が開催されました。

男女でエペ・フルーレ・サーブルが行われましたが、まだまだ知名度が低い大会なのと移動が困難な場所での開催となり、国際大会というには規模が小さめ。

ほとんどの参加は英国選手で、アメリカ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、エストニアから若干名の参加があった程度でした。
(ハンガリーで3週間前に開催されたエペのU14には100人の参加があったそうですから、近隣国や移動手段などで違いがあるかもしれません)

今回、私はクラブの選手1名に同伴。

彼は英国で家族と暮らしていますが、国籍はルーマニア。
試合にはルーマニア選手として参戦しました。

フローリン君はまだ11歳。
しかし、その秘められた才能たるや凄まじいもので、この子は経験次第で将来すごい選手になると感じさせる少年です。
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試合は2ラウンドのプールとトーナメント。
プールでは身長差に苦しみ、接戦で落とす試合もありましたが、トーナメント32はシードを得ます。
トーナメント16では英国選手と対戦。幸運にもプールですでに対戦している選手で、フローリン君も慣れたように試合を進め勝利。

しかし、トーナメント8ではハンガリー選手と対戦。
さすがハンガリーはU14にして経験を積んでいるな、と思わせるのが途中で戦術を変えてくる事でした。
フローリン君が見つけた弱点をすぐにカバー、反撃でその弱点を封じてしまいます。
逆にフローリン君のその弱点狙いを狙われて逆手に取られてしまいます。

結果は10−15で敗退。前半良かっただけに、後半の逆転で試合中にショックを受けてしまいました・・。
泣き崩れる彼にコーチとしては、また頑張ろう!と声をかけるしか今はできません。
・・だって11歳なんですから。

結果は7位。表彰台には僅かに及びませんでした。しかし、今回でU14のレベル、またフローリン君の弱点も見えました。
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弱点は修正して、次の大会でまた笑顔を取り戻したいです。
















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2016年02月18日

英国での生活事情

英国生活も6年目に突入した私ですが、昨年の夏から一人暮らしをしております。
長年お世話になった大家さんとの共同生活から独立したわけですが・・これが非常に大変でした。

まず、部屋の契約。
不動産に行って契約やら支払いやらで苦労しました。まぁ・・・日本語だったのならば順を追っていけばそれほど大変じゃないのでしょうけど、やっぱり英語での契約は気が抜けないです。

そして、電気や水道の手続き。インターネットの契約など。
やっとの思いで生活を軌道に乗せたつもりでしたが、数か月後になってまさかの落とし穴が待っていたのです。

光熱費が高い!!
住民税が高い!
部屋が寒い・・・!!!

光熱費が高いのは驚きました。
まず英国の電気・水・ガス請求書というのが恐ろしい。
請求書に記載されていた金額が異常な額でした・・・それでよくよく調べてみたら、請求書にはestimateの文字が。
エスティメイトっていうのは推定です。
つまり・・・英国は定期的にメーターを見に来てくれるのではなく、まぁ〜だいたいこんなもんでしょ?と請求が出されるのです・・・。
それで、インターネットで登録やらを済ませて、自分でメーターを見て、数字をネットで送る・・・すると請求額が修正されて、オンライで支払いができるのです。

支払いは済ませたものの・・最初の額が衝撃だった為に、インパクトは薄れたものの、だいぶ高い額を支払いました。しかし、自分が使ったものですから支払わなくてはなりません。
昔、実家で生活をしていた時、トイレの電気を消し忘れていると親父に「電気だってタダじゃないんだ!」と怒られた事が思い出され、身に沁みます・・。

住民税っていう言い方が正しいかわかりませんが、ごみの回収や地域の緊急車両などの費用が部屋に住む人数で定められており、毎月払います。これも高いですが・・・支払わなくてはなりません。
ごみを出し忘れた日にはめちゃくちゃ損した気分になります。

部屋がさむい!!英国はとにかく雨が多いのです。雪にはなりませんが・・陽が出る日が少なくジメジメとして寒い日が続きます・・・。よって暖房を効かせる→光熱費が上がる!・・なにこの悪循環!!

こうなってみると、前の家での生活は・・本当にありがたかったです。
大家さんが全部これらをやってくれていたのだから・・。
私の支払う家賃には光熱費も住民税も含まれていましたから・・だいぶ大家さんに頼っていたわけです。

英国ではシェアで生活する事が普通にあり、ルームメイト募集の広告もみかけます。
私のような地方で生活する人でさえこんな感じですから、ロンドンなどは・・・考えただけで恐ろしいですね。

今後は無駄はせず、節約生活に努めたいと思います。



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livedoor プロフィール
profile
イギリスを拠点に世界中を転戦中のエペフェンシングプレイヤー。 前職はしがない自衛官だったのに、ある出会いをきっかけに中欧はハンガリーへと人生の舞台を移す事に。
結構どこでも暮らしていける生活振りは自衛官生活の賜物。
3日居ればもう長い事そこで生活をしている雰囲気を醸し出す俺は「人生ってなんだろう・・」と日々考えている。
ハンガリーでの生活は11年。
2011年にイギリスにフェンシングコーチとして就職しました。
☆2004年は日本選手としてワールドカップでベスト8に入賞するなど結構頑張ってました。
☆2008年は指導していた「車いすフェンシング」で選手がパラリンピック出場を決め、日本代表監督として北京パラリンピックに参加してました。
☆2009年に国際オリンピック委員会認定指導者に合格しました。
☆2011年にイギリスTruroFencingClubにコーチとして就職。
☆2014年は生徒がカデ英国代表に選出され、自身も英国代表コーチを務めカデ世界選手権に参加しました。
☆2015年に指導している選手がU18・U20・U23と国内で優勝、ジュニア英連邦選手権でも優勝しました。

2015年からジュニアの英国代表コーチとして世界大会を遠征しています。
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