英国でフェンシングを指導する日本人コーチのブログ。

ロンドンで生活していながら観光には時間がなく行けませんが・・先日、美術館に絵を、空軍博物に飛行機を見に行きました。

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ゴッホの自画像
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空軍博物
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ムスタング・・子供の頃にこのソフトグライダーをよく買ってたな〜何機が屋根や川に流された事か・・まさか本物が拝める日が来るとは!

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ロンドン市内を散歩


街も歩いて、いい気分転換になりました!

久しぶりのブログ更新になってしまいました。更新ができない間も、私のフェンシング生活は日々続いております。
昨年は母の体調の事もあり、参加を見送った南フランス合宿に今年は参加しました。
昨年参加できなかったのに、今年も声をかけて下さったフランス人マネージャーのフィリップさんに感謝しています。また、今回は英国で指導しているフランス人の教え子と参加する事も実現して素晴らしい合宿となりました。
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ロンドンに戻ってからはレオンポールの合宿が2週間連続で行われました。1週目は国際ユースキャンプ。15歳以下の子供達を対象にしたフェンシング合宿ながら25人の選手が参加。フランス、スイス、ノルウェーからも参加があり充実した練習ができました。
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2週目は実戦練習を中心としたシニアの強化合宿。こちらもドイツ、フランス、スウェーデン、遠くはマレーシアからも参加があり、参加は40人以上。新シーズンに向けて切磋琢磨の練習できる良い合宿となりました。
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合宿が終わってすぐに国内のオープン大会でしたが、日本のテレビでも紹介して頂いたジェシカが優勝しました。
また優勝コレクションの写真も増えて嬉しい限りです。
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夏も過ぎ去ろうとしてますが、9月から新シーズン!!心機一転で頑張ります!

2017年6月19日、母が他界しました。
1年前に膵臓癌の告知を受け、治療を続けていたのですが、最期は自宅にて家族や親戚・友人に看取られながら安らかな眠りにつきました。

亡くなる直前でしたが、母が私に残してくれた言葉が忘れられません。

「頑張らなくちゃね、まだまだ頑張らなくちゃね、その為に今までだって頑張ってきたんだからね」

ロンドンに戻ればもう会えないかもしれないと思うと私は溢れる涙を堪えられずにいました。しかし、母は私が「自分の居場所」に戻れるように背中を押してくれたのです。

「そうだ・・いまの場所にたどり着けたのだって自分一人の力じゃない、母さんも頑張って支えてくれてたんじゃないか」

そう自分に言い聞かせて、母を抱きしめ「頑張るから、まだまだ頑張るから・・」と声を振り絞って伝え、母と別れました。

それが最期の別れとなりました。

ロンドン戻って2週間後に弟からの危篤の連絡があり飛行機をすぐ手配して日本に向かったのですが、看取る事は叶いませんでした。

いつも笑顔だった母は周りの人の笑顔が大好きでした。

そんな母を慕ってくれてた方々が通夜と告別式には大勢集まって下さいました。
「母さん・・すごいな」
400人以上の人に見送られる母の遺影を前に、父がポツリと呟いたのが印象的でした。

25日の告別式は私が取材して頂いたNHKの番組「挑戦者たち」の放送日でした。
幸いな事に母が亡くなる前に、私のドキュメンタリーの試写版をプロデューサーさんから確認させてもらう事ができ、母にも私がロンドンでフェンシングを指導している姿を観てもらう事ができました。

番組の中で一瞬ですが母の声が入っていました。告別式の日に母の声が衛星放送で世界中に流れたのだと感動しました。
(編集してくださったスタッフの方々にから感謝しております。一生の宝物です。)

母は少し早めに旅立ってしまいましたが、母の言う通り、まだまだ頑張らなくてはなりません。母がもういないなんて未だに信じられません。電話かけたら、いつものように出てくれるんじゃないかとすら思います。
母は癌を患いながらも私に多くの事を教えてくれました。
命の尊さや限りある時間、家族の大切さ、両親への感謝。
そして何より・・母の愛情、優しさ。強さ。

また、いつか母と再会できることを信じて、その時には自分がやってきた事を胸を張って伝えられるように、これからは生きていこうと思います。

NHK BS1の「挑戦者たち」を観ていただいてありがとうございます!たくさんの方々からコメントを戴きました!
私自身、初めてのドキュメンタリーで緊張しましたが・・素晴らしい編集をして頂いて感謝感激です!

オンエアの全英選手権では負けてしまいましたが、有望な若手選手のオーエンは国内ランキングポイント大会で優勝を飾りました!
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今回は落ち着いて試合を勝ち進んでいたと思います。まだまだ発展途上のデコボコなコンビですが、選手は伸び盛りです。
これから2人3脚で頑張ります!

今後とも応援よろしくお願いします!



NHKのBS1放送「挑戦者たち」という番組で取材して頂きました。深夜の10分番組ですが、英国のロンドンでフェンシングコーチをしている私の事をブログ読者の方にもっと知って頂ければ幸いです。

どうぞ宜しくお願いします!
www4.nhk.or.jp
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英国はシェフィールドで開催された女子エペFIEサテライト大会でジェシカが準優勝しました。
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惜しい!実に惜しい・・・デンマークやポーランドなどの他国の選手を破り最後は英国選手に敗れました・・。しかし、このサテライト大会は国際ランキングポイントが獲得できるFIE公認試合。

ジェシカは人生初のランキングポイント3ポイントを獲得です。

おめでとう!

4月に入ってもフェンシング三昧。
レオンポールの春休み合宿に、インディゴキャンプというフェンシング合宿の連続です。
そして更に、車いすフェンシング日本代表選手の櫻井選手が合宿に参加です。

櫻井選手も何度か英国で練習しているものの、私がロンドンに移籍してからは初めての練習です。
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レオンポールフェンシングセンターでは様々な国のフェンシング選手が練習をしています。
櫻井さんが滞在中に練習をしただけでも、アイルランド、スイス、マリ、シンガポール、タイ、カナダ、フランスなど・・・充実した練習ができたようです。

また櫻井選手・・・なにやらカメラに話してますが・・・このお話はまた後日!
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レオンポールでの練習を終えて、私たちはインディゴ合同合宿に参加する為にロンドンを離れます。
このインディゴキャンプでは元英国軍人さんに何度も対戦をしてもらえたようです。

また今回、車いすフェンシング男子エペ世界ランキング1位でリオ・パラリンピック銀メダリストのピィア・ギバー選手が練習に駆けつけてくれたのです。
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相手は男子でクラス分けもAの選手、櫻井選手ではまだまだ歯が立ちませんが、そんな凄い選手から1ポイント、2ポイントでも獲れた事が最高の経験となり自信にもつながるのだと思います。

櫻井選手もピィア選手も次はオランダでワールドカップです。
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国は違えど一緒に切磋琢磨できた仲間には頑張ってもらいたいですね。

今回のカデ世界選手権は違った裏方事情がありました。

ここ最近で世界協会はU17の大会で違った試みを取り入れています。
それが全種目のミックス団体戦です。

これは男女3種目フルーレ・エペ・サーブルの合わせて6種目から1名の代表を選抜。
1種目5ポイントの30本勝負の団体戦をするという仕組みで、対戦の組み合わせは、個人戦の成績トータルが良いチームが高い。
つまり優勝や2〜3位などの選手が各種目でいる国はシードが高いし、各種目でT64で敗退した国はシードが低い。

大変面白い試合ではあると思うが・・・各国の代表チームとして大変なのは選手の選抜。
英国の場合、ここで失敗しているのが、選手の選抜を「個人戦で一番成績の良かった選手」としていなかった点。さらに団体戦を辞退する場合は先に帰国しても良いという点。

まぁ、代表コーチが選手の試合放り投げるような形で帰国を手配していた英国協会なのでなんでもありなのだが・・。

まず、団体戦に出場したい選手は当然ながら団体戦の日までホテルを予約している。
でも出場は1名のみ。

女子は一番成績が良かった選手が大会前から団体戦は辞退していた。彼女は親と共に個人戦終了後に英国へ帰国。

残り2名で選考をしなくてはいけないが、1名はヨーロッパ選手権でメダルを獲得しているものの今回の大会ではT64で敗れたA選手、もう1名は今回の大会でT32に残っているB選手。

代表マネージャーや英国のエペ統括マネージャーとも話して、今回は全体シードを考え全ての種目でT32以上で揃える(女子サーブルは最高がT64で男子エペはT16)という結論に。

コーチの私としてもA選手は膝に若干違和感がある(選手は認めないがサポーターを使用)ようで、Aの場合、ジュニアの代表にも選ばれジュニアの団体戦もある。特にジュニアは4番手のいないギリギリのエントリーとなる為、Aがミックス団体戦で怪我、もしくは膝が悪化した場合に英国ジュニアは団体戦に出場できなくなる事を懸念。

以上の理由からB選手を団体戦に起用しました。

この決定に、A選手の母親と母親が連れてきていたA選手のコーチが激怒。

母親は「うちの子が一番で、他の選手なんて底辺なのになぜ?」「ほかの国のコーチも英国のコーチは馬鹿だと言ってる!うちの子を起用しないなんて狂ってる!」、A選手のコーチも「私も仕事できている私の仕事を取り上げないで」と私に詰め寄ります。
(そもそもこのコーチは、その主張なら、なんで英国人同士で負けるような事態になったんだよ?って事が解ってない)

まぁ・・一応、説明しました。チームの成績とシードの順番、怪我の懸念とジュニアの試合・・。
到底、理解不能なほど怒ってまして、終いにはジュニアも出ないでいまから帰国すると言い始める。
私も「馬鹿でも狂ってても結構。でも決定は変えません」と言い、英国の統括マネージャーに電話。
事情を説明して、マネージャーからA選手の母親に「ここで帰国したいようでしたら問題ありません、ただ、今回の事情で世界選手権を辞退されるならば今後の代表は選抜されません」と話してもらいました。

A選手とB選手にはしっかり話をしてA選手は納得してました。ジュニアでしっかり結果を出してほしい事も伝えました。それでも母親には私は娘を外した異常者なのでしょう。残念ですがこういう事も時としてあるのです。

・・・とまぁ、そんな話は大した裏事情じゃないんです。小さな出来事だったんですよ、私には。


実はとんでもないミスを大会滞在中にしてしましまして。
3日ほど凹んでました。いや・・実は今でも少しひきずってます。

気を取り直して頑張ろう!

英国の代表コーチとしてブルガリアで行われたカデ(U17)世界選手権に参加してまいりました。
残念ながら代表選手との事前の練習もないままの試合参戦。最近の英国協会はあまりユース世代の選手に興味がないようです。

それでも任されたからには責任をもって選手を勝利に導く、それがプロってもんです。

今回一番最初に遠征の違いを感じたのは、自身の環境の違いです。
いままでTRUROからはるばる4時間かけてロンドンの空港まで移動していましたが、今回は経ったの45分で空港に到着。移動が楽だというのは本当に助かります。

試合は女子3名が到着日・準備日、試合と3日間、その間に後半の男子3名が現地到着で準備日、試合と続きました。
女子の試合では残念ながら英国代表選手同士がトーナメントで対戦。
1人の選手はヨーロッパ選手権でメダルを獲得した選手だったのですが、一本勝負でもう1人の選手が勝ち上がりトーナメント32へ、またもう一人の選手がポルトガルの選手を破り32へ。
「T32を戦う英国選手」
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トーナメント32では2名の英国選手が接戦しますが、ロシア選手、ウクライナ選手に敗れる結果となり、2名がT32、1名がT64という結果となりました・・・しかし、この結果が大変な争いを生むとは私はまだ知らなかったのです。

男子は2名は順調に勝ち上がりますが、こちらもなんとトーナメントで英国代表同士の対戦。
1名はグループ戦で勝てる試合を剣の不整備で落としてしまいます。剣の整備さえしっかりできていればもっと勝てたのが残念すぎます。ぎりぎりトーナメントには残りましたが、シードが上のルーマニア選手に11−15で敗れました。

英国代表同士の戦いはティム選手がジョシュア選手に15−13で勝利してT64へ。
次がフィリピンの選手と対戦。シードはフィリピン選手が上だったので、序盤は警戒させて相手を観察。かなりスピードはある選手で良い選手です。しかし、攻撃のパターンがあまりないらしく、ティム選手にはポイントが先行した段階で、相手の攻撃を待たせて反撃に出るように指示しました。
時間を使って相手が攻撃に転じるしかない状況になった段階で、攻撃にはディフェンス、または逆に攻撃に転じるという攻防になり、15−11で勝利。続くT32ではドイツの選手と対戦。
この試合は序盤を焦ったティム選手が先行される形となってしまい、苦しい展開。
しかし、相手選手が攻撃の手を休めない点が功を奏します。なんとか中盤で追いつき、終盤も同じようにポイントを奪い15−10でT16へ。

ここで・・・なんとも悲しい状況に。
代表コーチの私はフライトの時間が迫っており、選手を残して会場を去るというあり得ない状況になるのです。
つまり・・・英国協会は選手がT16以上に上がるなんて考えていなかったという事です。
非常に悔しいですが、私は会場を去り、バスの中でティム選手がT16でアメリカン選手に敗れた連絡を受けました。
「英国カデ代表」
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今回の世界選手権では様々な人と再会ができました。また昨年12月に開催された日本ユースのロンドン合宿で一緒に練習をした日本選手が日本代表で頑張っている姿もみれました。
嬉しい限りです。
「チームワークで選手を支える日本代表」
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次回の青二才では、今年のカデ世界選手権での裏事情編をお伝えします。

前回の勝利に続いて女子でも国内大会を勝利で飾れました。私の移籍について来てくれたジェシカが優勝。2位、3位もレオンポールの選手が入賞して表彰台を独占です!
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また国内の少年大会でもフローリン君が優勝、フローリン君は翌週ポーランドで開催された13歳以下の国際大会で3位に入り銅メダル獲得!

国内大会優勝!
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国際大会3位の背中!
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ロンドンでの生活もだいぶ慣れてきました。
なにより移動が楽です。試合に行く度に3〜4時間を運転していた日々が嘘のようです。

私は月末から英国カデ代表コーチとして世界選手権(ブルガリア)に参加します。
移籍後の代表コーチがいきなり世界選手権ですが、英国選手を全力でサポートしたいと思います!

移籍後の初勝利。
国内のランキング大会ですがクラブ選手の優勝に貢献する事ができました!
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とても良い環境で練習をさせて頂いております。

私を選んでくれたクラブに勝利で応えられるように、まだまだ頑張ります!
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櫻井選手がやりました!
ハンガリーで開催された「車いすフェンシング・ワールドカップ」の女子エペBで、準優勝を果たし、銀メダルを獲得です。
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今回の準優勝は本人の努力の賜物と、各地で一緒にエペ剣を交えて下さったフェンシング関係者の方々、また遠征で協力・応援して下さった皆様のおかげだと思います。

櫻井選手も協力して下さる方々、応援して下さる会社の方々に胸を張って報告できる結果が出て安堵している事でしょう。

しかし、指導者としては納得がいってない!!あの決勝の土壇場で体力が尽きて集中力が欠けるとは!
本人の報告によると、練習をはるかに凌駕する1試合ごとの重圧に体力の消耗がものすごかったとか。

確かにプール戦の全勝から始まり、決勝まで緊張を保ったままの連戦ですから、体力の配分が難しかったのでしょう。

この経験から、緊張と体力の配分ができるようになり、決勝戦でしっかり戦えるだけの体力を残せるようになると、技術も存分に発揮できるようになります。

私が言うのもなんですが、今回の結果は決して驚くものではありません。

私は櫻井選手がいずれはメダルは獲るだろうと思っていました。
青二才を読んで下さっている方々は憶えていらっしゃるかもしれませんが、私は昨年のブログでこんな宣言をしているのです。

「私は宣言します!櫻井選手は東京パラリンピックまでの国際大会で入賞してメダルが獲れる選手です!もし獲れなければ、私は逆立ちして鼻からオレンジジュース飲んでみせる覚悟です!」
詳しくはこちら→

なんかあっさり国際大会でメダルを獲ってしまいましたね・・・う〜ん完全に企画倒れ。
東京パラリンピックの選考ぐらいまで引っ張ってやっと!って感じでメダル獲っていや〜私もあんな宣言しちゃいましたからね〜ドキドキしましたよ!くらいが盛り上がるのに・・。

冗談はさておき、今回の銀メダルは櫻井選手にとってステップでなくてはいけません。

これから、東京でメダルを獲る為に、国際大会に挑戦し続け、そして勝ち続けて行かねばなりません。

つまり、今まで以上に環境を整え、練習を積んでいかなければならないのです。

本人とも話して東京パラリンピックまでの設定目標を少し早める事にしました。

櫻井選手も、銀メダルは嬉しいが、決勝で敗れた事実を受け止め、これからも精進していくと話しています。
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毎度の1回戦敗退選手から突然のファイナリスト選手になり、世界から今後はマークされる櫻井選手ですが、更なる飛躍に期待です。

英国で引っ越しをした話。

英国での生活を始めた当初。
まだハンガリーでの生活が抜けていなかった俺はその物価の高さに度肝を抜かれたものだった。
Truroなんて英国の田舎で家賃がワンベッドルームとリビングで10万!?
ハンガリーでは当時、同じような環境で4万円くらいが家賃だった・・。

それで結局、大家さんと同居するという事で共同生活を始める事に。それでも家賃が7万円ほどだったのだから、ハンガリー生活の時から比べれば、かなりのものであった。しかし、この家賃には光熱費や公共費、インターネット使い放題などのメリットもあり、4万で住んで3万で生活費とか払ってる思えば悪くない、しかも駐車場付きだ・・と考えて4年。
たまに遊びにきた近所の猫。
庭付きの良いお家でした。
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4年も経ってしまうと、そろそろ独立の時期かと。
1人で居たいお年頃の38歳・・だったので、1人暮らしの住まいを探して独立。

大家さんと暮らしていた時と同じぐらいの家賃で街ではない更に辺境の地へ移り住む。
ここは朝起きて周りの景色を見ると清々しい気持ちになれるほど何もない土地。
朝から丘に見える羊の数が数えられるほどだった。
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そんな生活でも大家さんと暮らしていた時の光熱費や公共費、インターネットの接続などは全て自分で払う事になる。まぁ・・そうすると月々10万円くらい。でも2部屋とリビングで駐車場もあってだからそれくらいするでしょ。

何もない部屋に自分で中古の冷蔵庫、中古の洗濯機、洋服ダンス、ソファにテーブルとイス。その他、パソコン机や収納ダンスなどを買い揃えて、インターネットも契約。

快適な生活の始まり。

・・・そう、使って生活をしているうちは・・。

1年と数か月を過ごし、この度、ロンドンに移り住むことに。

さて・・・ロンドンで良い物件を探すぞ〜と意気揚々とネット検索。

しかし!な、なんなんだ・・この家賃の高さは!!

ロンドンのど真ん中とは言わない、少し郊外で探しているにもかかわらず・・田舎暮らしと同じ水準の生活(2部屋リビング駐車場付き)をしようと思えば月々20万〜25万円はあたり前!

おお・・・それなら生活水準を落として・・と部屋を探しても15万円くらい。
これは部屋だけの料金でこれに光熱費や公共費が含まれれば更にコストが上がる。

恐ろしいロンドン!!

最終的に悩んだ結果、いまはステップを踏む事が先決!と考え、再び共同生活をする事に・・。今回は3人で生活。
1部屋は自分で、浴室やキッチンなどは共用。家賃はそれでも11万円くらい。共同なので光熱費や公共費などは含まれてインターネットも使える。

・・・ただ・・駐車場が路上駐車となる。
これは心配。

引っ越しをする際に大変なのが、今まで使っていた家具の処分。
今度の部屋はすでに家具があるので持ち運べない・・。

時間もない中で、冷蔵庫、洗濯機、ソファやテーブル、洋服ダンスをなんとかネットで売却!
1部売却できないものはごみ処理場で廃棄処分。
更に今度は部屋が狭くなる為、手持ちの荷物もここで処分。
「人間最後は何ひとつ持っていけない」を自身の合言葉に、処分、処分、処分!!!

水道も電気も契約を解除、公共費を納めるアカウントも停止。
銀行への住所変更や、車の登録変更。

もう40歳になるからね。こういうの1人で全部やらなくちゃね・・。

40歳を目前に、ロンドンで共同生活の始まり。
あれだけ処分したはずの荷物でも・・まだ運び込んだ物がこんなにあるの!?

なんとか全てを部屋に収めて、やっと落ち着いた。

あ、そうだ、車の保険会社にも住所変更出さなくちゃ。

さっそく電話。
「あの〜住所の変更お願いします・・・。」
「了解しました。お客様の新しい住所ですと保険料が変わりまして、月々185ポンドとなります。」
「・・・・・・はぁ!!!????いままで、月々50ポンドだったんだよ!?なんでそんなに高くなるのさ!?」
「お客様の新しいお住まいはそういうエリアですので・・リスクで・・そうなりますね」

いままで50ポンド(7千円)が、今度は185ポンド(2万6千円)!!??
って、そういうエリアって、しかも、どういうリスクだよ!…ってここは、まさかの危険地帯!?

ロンドン!ロンドン!恐怖のロンドン!!
どうなるの?新生活!?

Truroを去る事になって1月中はTruroのコーチです。
最後は全国年齢別大会の予選ですが、選手をサポートしてきました。
結果は金メダル2つと銀メダルが1つ。デビュー戦となったルイスはメダルには届きませんでしたが8位入賞でした。
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心から選手たちに感謝。
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こんな私を信じてフェンシングを続けてくれてありがとう。


あまり感情的にならず、さらっと去ろうと思っていたのですが・・・
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お別れと感謝のメッセージを選手や親御さんから貰うと込みあげてくるものがありますね・・・。


最終日はクラブのヘッドコーチであるジョンさんと記念撮影。
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本当になにからなにまでお世話になりました。英国で活躍の場を広げられたのもジョンさんのおかげです。

最後はクラブのみんなの拍手で見送ってもらえました。

ありがとうTruroフェンシングクラブ。
またいつかここを訪れる時には、成長した自分でありたいと思うのでした。

年末年始に続き、日本車いすフェンシングの櫻井選手と練習できました。

今回は櫻井選手が英国を訪れてくれました。
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練習での課題は、櫻井選手ができる事、レッスンで私から学んだ事を応用するという事に重点を置きました。

実戦の少ない櫻井選手は習った事を素直にやるつもりが、その場面を選び過ぎる点で失敗が多くありました。
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今回も色々な選手と毎日充実した練習ができたと思います。
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櫻井選手は2月にハンガリーで開催されるワールドカップに出場します。
良い結果が出せるようにしっかり準備してもらいたいです。

私はTruroフェンシングを退職するので、櫻井さんの、Truroでの練習も恐らく最後。
次回はロンドンで更に良い練習ができるよう、私も移籍して環境づくり努めます。

私、山本憲一は英国のTRUROフェンシングクラブとの契約期間を1月31日で終え、移籍する決意を致しました。
6年間、Truroで選手を指導をしながら私自身多くの事を学ばせて頂きました。またクラブの同僚や選手の家族にも支えられ、ここまで成長する事ができました。心から感謝しております。
名残惜しくもありますが、私自身、今年は40歳の節目となります。

40歳から心機一転して更に飛躍する為にも、Truroで培った経験を活かして移籍先でも努力する所存です。

2月からは、生活の拠点をロンドンへ移します。

所属先は英国の誇るフェンシングブランド、レオンポールが運営するレオンポールフェンシングクラブの専属コーチとして契約させて頂く事になりました。

英国では最高峰の環境と選手が集まるクラブです。
また世界中から選手が集まる場所でもあります。

将来、英国には日本人の素晴らしい指導者がいると、世界から認めてもらえるに全身全霊で挑みます。

成功も失敗もこの「青二才」で報告しますので、今後とも宜しくお願い致します。

山本憲一


2016年の最後の練習は日本でしめる事ができました。

と言うのも・・長野県でフェンシングを指導されている山本正典先生のご厚意で、日本で車いすフェンシングの櫻井選手と共に年末合宿に参加させて頂けたのです!!

私は日本ユースチームとのロンドン合宿を終えた直後に、すぐに帰国しました。

年末年始はコタツでみかんでも食べながらのんびりTVでも観て過ごそうと思っていた矢先に、櫻井選手からの練習オファー・・。
夏に単身で埼玉に合宿を求め、最終的には栃木県や陸上自衛隊にまで練習に参加させて頂いた櫻井選手・・それが忘れられないのだとか。
「あの素敵なエペ練習をもう一度・・」
と言うわけで、色々と練習の可能性を考えました。
しかし!!年末そんな都合良い練習環境なんてありません!!

そこで長野県の山本正典先生に相談させて頂いたのです。実は山本先生とは山本先生が日本のジュニア遠征コーチ、私が英国のジュニア遠征コーチとして、国際大会でお会いする事がありました。その際に、山本先生のフェンシングの熱い想い、そして長野から多くのエペ選手を輩出されていると知りました。

山本先生に連絡をさせて頂き、車いすフェンシングの練習をさせて頂きたいのですが・・とお願いすると、とても面白いです!選手を集めましょう!と快諾して下さいました。

まずは櫻井選手に京都から車で埼玉まで来てもらい、数日間で合宿前練習。
とにかく走らせます。
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なぜなら事前に腕を太くしておくように言っておいたのにあんまり太くないからです。

(結果、この合宿の後で櫻井さんは病院で医者に「腕から脚がはえてる!」と言われるくらいになったのですが)

実戦練習には先日ロンドンで一緒に練習をしたユース選手が練習に参加してくれました!
(小林選手、ありがとう!)

そして長野に移動です。
埼玉から長野・・以外に近い!!
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12月29日から31日の午前中まで、本当に素晴らしい練習をさせて頂きました。

伊那の高校生や長野出身のエペ選手にフルーレ選手、OB、OGさん、そして東京から日本女子エペ代表の大橋選手と中学生ながら全日本8位入賞の高橋選手が一緒に練習してくださいました。
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多くのファイティングで色々と経験させてもらいました。
中でも驚いたのは相手選手の対応力の高さ。
これは夏で栃木でも感じたのですが、序盤は車いすフェンシングは櫻井選手の土俵と見ていたのですが、選手が車いすフェンシングに慣れてしまうと、普通にフェンシングをされてしまう結果になっていました。

普通にフェンシングで対応されると櫻井選手は経験と実戦不足が圧倒的に足りないのが浮き彫りになるのです。
(実際は、その為に練習をさせてもらっているのですが)

また山本先生がいすに座り実戦で練習にお付き合いしてくださり1つ1つの動作を検証してもらえました。
その際のアドバイスは分かりやすく櫻井選手も勉強になったようです。

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練習で指導してくださいました山本先生をはじめ、西藤先生や長野フェンシング協会の先生方、そのほかの皆さんに本当に暖かく迎えて頂き、2016年を締めくくる最高の練習ができたと思います。

本当にありがとうございました!



12月16日から22日までロンドンはレオンポールセンターで日英ユースによる国際合宿が行われました。
合宿の準備で苦労した話は前回のブログに掲載されていますが、合宿が始まってしまえば大好きなフェンシング。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、郷に入っては郷に従え、千里の道も一歩から・・なのです。
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日本からは江川団長と加藤コーチのスタッフ、全国から選抜された男子4人女子4人の中学生がロンドンを訪れました。
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初日こそ緊張していた選手ですが、環境には徐々に慣れ、英国選手とも交流ができるようになっていました。
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また偶然ですが、日本チームが合宿をしていたレオンポールセンターでオリンピック男子フルーレ金メダリストでイタリア代表のカッサーラ選手の練習に遭遇!
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この興奮を日本の中学生と共感しようと「イタリア代表のカッサーラ選手が練習してるぞ!」と言うと、中学生から「ああ、なんか凄い強い選手ですよね」と冷めた答えが・・金メダリストを目の前に「なんか凄い強い選手」って・・ある意味、凄いわ・・今時の中学生は・・。
ちなみに江川団長と加藤コーチは鋭くカッサーラ選手を観察してましたね。(写真撮ってもらってたし。)

合宿は朝から夕方まで、レオンポールのエペクラブの練習にも参加させてもらい朝昼晩の3部練習。選手もだいぶ披露が溜まっていたようです。
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今回の合宿で1つだけ日本選手に真面目に注意した事があります。
日本の選手が英国選手とファイティングをした直後です。「今の対戦、スコアは幾つだった?」と選手に聞きました。
すると選手は「スコアはわからないですけど勝ちました」と答えたのですが、これでは練習の意味が無いのです。

もちろん対戦ですから勝ちたい気持ちは分かります。しかし、自分の失点も数えてないという事は、自分がどのように失敗したか全く考えていないという事です。

日本の練習のように休憩中の選手が審判をしてくれてスコアを数えてくれている事に慣れているのかもしれませんが、自分で対戦相手に声をかけ、ひたすらファイティングの数をこなす外国での練習では自身でスコアを数えるのは当たり前なのです。

連日の練習でしたが半日だけ休んでロンドン観光。地下鉄に乗ったり、時計台を観たり・・やまけんさんの先導で道に迷ったり!?
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最終日は試合が開催されて、合宿も閉幕。
あっと言う間のロンドン合宿でしたが、選手団は無事に日本へ帰国。
私にも大変良い経験となりました。
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皆さん、本当にお疲れ様でした!


2016年の12月は「日本ユース選抜のロンドン合宿」が実施されました。

今回の青二才はやまけんの合宿にまつわる苦悩話をお届けします。

今年の3月頃から選手団の受け入れと合宿の準備を英国と日本の間に立って進めてきました。
まだ私がハンガリーで生活をしていた頃、日本選手団を受け入れていた経験があります。しかし、その頃の私は首都・ブダペストに住んでおり受け入れて準備もそれほど大変ではありませんでした。
しかし、今の私は英国に住んでいるとは言えどTruroという南西の田舎暮らし。
この地方で暮らしながら「ロンドンで合宿」を準備というのが思った以上に難しいのです。
まずロンドンで確実に練習できる場所を抑える、事から始まります。

現在、ロンドンには有名フェンシングメーカー「レオンポール」が所有するレオンポールフェンシングセンターがあります。

4年前にロンドンで英国チームと合宿をした時はこのレオンポールセンターはまだ建設中で、私達はロンドンにある私立学校のフェンシング場を借りて練習をしました。
それもまた良い経験ではありましたが、レオンポールセンターはフェンシングの為の特別練習場です。

まず常設のメタルピストの数が多く、また電気審判器なども充実。朝から晩までフェンシングに使える場所としては最高の練習環境です。

このレオンポールのイベントマネージャーが過去にドイツで国際合宿を主催・マネージャーメントをしていたジョンさんなのです。この国際合宿には2年続けて日本カデ選抜が参加した事があり、今回のロンドン合宿を依頼してくださった日本エペミニム会の江川さんも、ジョンさんとは面識がある為、日本がレオンポールセンターで合宿をしたいという希望は問題なく受け入れてもらえました。

合宿の開催時期には苦労しました。
日本ユースがロンドンに合宿をするとしても英国の選手がいなければ意味がありません。

しかし、日本での選手選抜の結果や夏の国内試合の都合を考えると9月以降がベストという日本側の主張と、9月以降で合宿を平日に組んでも英国ユースの選手は学校が普通にあり、日本人はフェンシングを理由に学校が休めるかもしれないが、英国では無理、という英国側の主張が噛み合わず、またレオンポールセンターの他のイベントや試合も踏まえて日程を考慮する事となりました。
最終的に12月16日からクリスマス直前までなら日本も遠征可能で英国も学校が冬休みに入り始めるので時期的にはベストと決まりました。

日程は決まった頃には英国も初夏を迎えていました。これから夏なのに今からクリスマスの話か〜と思ったのを覚えています。

とにかく物価の高いロンドンで、リーズナブルな値段のホテルを見つけ、快適に滞在ができ、練習場所への移動も安全且つ短時間で済む場所・・これには頭を抱えました。なにしろ私はロンドンに住んでいないのですから。

右往左往に七転八倒を繰り返し、日本協会に1度予約をしてもらったホテルをキャンセルしてもらったり、レオンポールのジョンさんがホテル側に交渉して特別価格で部屋提供してもらったりと周りに助けられながら、練習場から徒歩8分のホテルを抑える事に成功。
また朝と夕食も特別価格(と言いながらもホテルはしっかりビジネスしてるな〜という価格)でご提供。
しかし、これには実際助けられました。
合宿の食事というのは大人数が多く、練習が終わってからレストランに移動すると場所取りが難しかったり、予約をしても料理に時間がかかり、また全員食べ終わるまで待つなどで逆に選手の疲労度が増したりする事があります。
それをホテル内で朝はビュッフェで夜はメニューから好きに選べるコースとなり、料理も待たずに食べたらミーティングして解散で部屋に戻って就寝は、実に合理的で便利な方法でした。

そんな事が全て決まったのは・・結局11月の後半となっていました。

そして・・やっと日本ユース選抜団を無事に迎える事ができたのです。

選手の同伴でトルコはアンタリアに遠征しました。トルコは素敵な国です。しかし、今回のイスタンブールでは爆弾テロが起きるなど悲しい事件が増えています。先日もイスタンブール経由で日本から帰った時に空港爆破テロに遭遇したのは記憶に新しいです。恐らくは小さなテロ事件などは頻繁に起きているのだと思います。

それでもスポーツの国際的なフェンシングの大会が開催されるのは嬉しい事です。

選手のイヴォンは女子フルーレ選手。
今はアメリカの大学に通いながらフェンシングを続けています。

アメリカの大学ではフルーレ選手が多く、練習も充実しているそうで、このトルコでの国際大会は良い結果が出るのでは・・と期待していましたが・・結果は1番最初の英国の選手同士を落とし、その後でルーマニア選手に敗れて予選グループ戦を3勝2敗。
続くトーナメントの対戦相手が結果としてこの大会の優勝者となってしまうなどの不運にもあり、結果の伴わない大会となってしまいました。

今回の大会でイヴォンの敗因の1つは、セルフトークの悪循環でした。
試合中に常にできない、内容が悪いとネガティヴな主張ばかり。まるで駄々っ子な子供といった感じで、思い通りにならない展開にイライラしてる場面が多くみられました。
試合後に「自分自信にネガティヴの卵は君からネガティヴ思考の栄養を吸い取る。その卵が孵化すればネガティヴモンスターに成長し、君の全てのポジティブを食い尽くす。実際に君は私の話すら試合中に聞いていない。それでは私が何の為にいるのか?私は君の味方だろう?」と話をした。

大学に進学して新しい環境で新しい仲間と実践練習もしているのでしょう。それは彼女が私と一緒に練習していた頃には叶わない事でした。
しかし、常に同じ事で練習でチームメイトに勝てる事で、それに満足しているだけなのだというのが観て感じられる試合の内容でした。

練習だからこそ、今できる動作で勝つのではなく、新しい可能性で勝ち負けを繰り返し、それを糧に自信に変えて試合に臨む・・そんな簡単な事すら誰かに言われないと分からないようでは駄々っ子な子供のままです。

次回はもう少し成長したイヴォンと遠征ができると信じています。
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