英国でフェンシングを指導する日本人コーチのブログ。

前回の勝利に続いて女子でも国内大会を勝利で飾れました。私の移籍について来てくれたジェシカが優勝。2位、3位もレオンポールの選手が入賞して表彰台を独占です!
image

また国内の少年大会でもフローリン君が優勝、フローリン君は翌週ポーランドで開催された13歳以下の国際大会で3位に入り銅メダル獲得!

国内大会優勝!
image

国際大会3位の背中!
image

ロンドンでの生活もだいぶ慣れてきました。
なにより移動が楽です。試合に行く度に3〜4時間を運転していた日々が嘘のようです。

私は月末から英国カデ代表コーチとして世界選手権(ブルガリア)に参加します。
移籍後の代表コーチがいきなり世界選手権ですが、英国選手を全力でサポートしたいと思います!

移籍後の初勝利。
国内のランキング大会ですがクラブ選手の優勝に貢献する事ができました!
image

とても良い環境で練習をさせて頂いております。

私を選んでくれたクラブに勝利で応えられるように、まだまだ頑張ります!
image

櫻井選手がやりました!
ハンガリーで開催された「車いすフェンシング・ワールドカップ」の女子エペBで、準優勝を果たし、銀メダルを獲得です。
image

今回の準優勝は本人の努力の賜物と、各地で一緒にエペ剣を交えて下さったフェンシング関係者の方々、また遠征で協力・応援して下さった皆様のおかげだと思います。

櫻井選手も協力して下さる方々、応援して下さる会社の方々に胸を張って報告できる結果が出て安堵している事でしょう。

しかし、指導者としては納得がいってない!!あの決勝の土壇場で体力が尽きて集中力が欠けるとは!
本人の報告によると、練習をはるかに凌駕する1試合ごとの重圧に体力の消耗がものすごかったとか。

確かにプール戦の全勝から始まり、決勝まで緊張を保ったままの連戦ですから、体力の配分が難しかったのでしょう。

この経験から、緊張と体力の配分ができるようになり、決勝戦でしっかり戦えるだけの体力を残せるようになると、技術も存分に発揮できるようになります。

私が言うのもなんですが、今回の結果は決して驚くものではありません。

私は櫻井選手がいずれはメダルは獲るだろうと思っていました。
青二才を読んで下さっている方々は憶えていらっしゃるかもしれませんが、私は昨年のブログでこんな宣言をしているのです。

「私は宣言します!櫻井選手は東京パラリンピックまでの国際大会で入賞してメダルが獲れる選手です!もし獲れなければ、私は逆立ちして鼻からオレンジジュース飲んでみせる覚悟です!」
詳しくはこちら→

なんかあっさり国際大会でメダルを獲ってしまいましたね・・・う〜ん完全に企画倒れ。
東京パラリンピックの選考ぐらいまで引っ張ってやっと!って感じでメダル獲っていや〜私もあんな宣言しちゃいましたからね〜ドキドキしましたよ!くらいが盛り上がるのに・・。

冗談はさておき、今回の銀メダルは櫻井選手にとってステップでなくてはいけません。

これから、東京でメダルを獲る為に、国際大会に挑戦し続け、そして勝ち続けて行かねばなりません。

つまり、今まで以上に環境を整え、練習を積んでいかなければならないのです。

本人とも話して東京パラリンピックまでの設定目標を少し早める事にしました。

櫻井選手も、銀メダルは嬉しいが、決勝で敗れた事実を受け止め、これからも精進していくと話しています。
image


毎度の1回戦敗退選手から突然のファイナリスト選手になり、世界から今後はマークされる櫻井選手ですが、更なる飛躍に期待です。

英国で引っ越しをした話。

英国での生活を始めた当初。
まだハンガリーでの生活が抜けていなかった俺はその物価の高さに度肝を抜かれたものだった。
Truroなんて英国の田舎で家賃がワンベッドルームとリビングで10万!?
ハンガリーでは当時、同じような環境で4万円くらいが家賃だった・・。

それで結局、大家さんと同居するという事で共同生活を始める事に。それでも家賃が7万円ほどだったのだから、ハンガリー生活の時から比べれば、かなりのものであった。しかし、この家賃には光熱費や公共費、インターネット使い放題などのメリットもあり、4万で住んで3万で生活費とか払ってる思えば悪くない、しかも駐車場付きだ・・と考えて4年。
たまに遊びにきた近所の猫。
庭付きの良いお家でした。
image


4年も経ってしまうと、そろそろ独立の時期かと。
1人で居たいお年頃の38歳・・だったので、1人暮らしの住まいを探して独立。

大家さんと暮らしていた時と同じぐらいの家賃で街ではない更に辺境の地へ移り住む。
ここは朝起きて周りの景色を見ると清々しい気持ちになれるほど何もない土地。
朝から丘に見える羊の数が数えられるほどだった。
image

そんな生活でも大家さんと暮らしていた時の光熱費や公共費、インターネットの接続などは全て自分で払う事になる。まぁ・・そうすると月々10万円くらい。でも2部屋とリビングで駐車場もあってだからそれくらいするでしょ。

何もない部屋に自分で中古の冷蔵庫、中古の洗濯機、洋服ダンス、ソファにテーブルとイス。その他、パソコン机や収納ダンスなどを買い揃えて、インターネットも契約。

快適な生活の始まり。

・・・そう、使って生活をしているうちは・・。

1年と数か月を過ごし、この度、ロンドンに移り住むことに。

さて・・・ロンドンで良い物件を探すぞ〜と意気揚々とネット検索。

しかし!な、なんなんだ・・この家賃の高さは!!

ロンドンのど真ん中とは言わない、少し郊外で探しているにもかかわらず・・田舎暮らしと同じ水準の生活(2部屋リビング駐車場付き)をしようと思えば月々20万〜25万円はあたり前!

おお・・・それなら生活水準を落として・・と部屋を探しても15万円くらい。
これは部屋だけの料金でこれに光熱費や公共費が含まれれば更にコストが上がる。

恐ろしいロンドン!!

最終的に悩んだ結果、いまはステップを踏む事が先決!と考え、再び共同生活をする事に・・。今回は3人で生活。
1部屋は自分で、浴室やキッチンなどは共用。家賃はそれでも11万円くらい。共同なので光熱費や公共費などは含まれてインターネットも使える。

・・・ただ・・駐車場が路上駐車となる。
これは心配。

引っ越しをする際に大変なのが、今まで使っていた家具の処分。
今度の部屋はすでに家具があるので持ち運べない・・。

時間もない中で、冷蔵庫、洗濯機、ソファやテーブル、洋服ダンスをなんとかネットで売却!
1部売却できないものはごみ処理場で廃棄処分。
更に今度は部屋が狭くなる為、手持ちの荷物もここで処分。
「人間最後は何ひとつ持っていけない」を自身の合言葉に、処分、処分、処分!!!

水道も電気も契約を解除、公共費を納めるアカウントも停止。
銀行への住所変更や、車の登録変更。

もう40歳になるからね。こういうの1人で全部やらなくちゃね・・。

40歳を目前に、ロンドンで共同生活の始まり。
あれだけ処分したはずの荷物でも・・まだ運び込んだ物がこんなにあるの!?

なんとか全てを部屋に収めて、やっと落ち着いた。

あ、そうだ、車の保険会社にも住所変更出さなくちゃ。

さっそく電話。
「あの〜住所の変更お願いします・・・。」
「了解しました。お客様の新しい住所ですと保険料が変わりまして、月々185ポンドとなります。」
「・・・・・・はぁ!!!????いままで、月々50ポンドだったんだよ!?なんでそんなに高くなるのさ!?」
「お客様の新しいお住まいはそういうエリアですので・・リスクで・・そうなりますね」

いままで50ポンド(7千円)が、今度は185ポンド(2万6千円)!!??
って、そういうエリアって、しかも、どういうリスクだよ!…ってここは、まさかの危険地帯!?

ロンドン!ロンドン!恐怖のロンドン!!
どうなるの?新生活!?

Truroを去る事になって1月中はTruroのコーチです。
最後は全国年齢別大会の予選ですが、選手をサポートしてきました。
結果は金メダル2つと銀メダルが1つ。デビュー戦となったルイスはメダルには届きませんでしたが8位入賞でした。
image

image

image


心から選手たちに感謝。
image

こんな私を信じてフェンシングを続けてくれてありがとう。


あまり感情的にならず、さらっと去ろうと思っていたのですが・・・
image

お別れと感謝のメッセージを選手や親御さんから貰うと込みあげてくるものがありますね・・・。


最終日はクラブのヘッドコーチであるジョンさんと記念撮影。
image

本当になにからなにまでお世話になりました。英国で活躍の場を広げられたのもジョンさんのおかげです。

最後はクラブのみんなの拍手で見送ってもらえました。

ありがとうTruroフェンシングクラブ。
またいつかここを訪れる時には、成長した自分でありたいと思うのでした。

年末年始に続き、日本車いすフェンシングの櫻井選手と練習できました。

今回は櫻井選手が英国を訪れてくれました。
image

練習での課題は、櫻井選手ができる事、レッスンで私から学んだ事を応用するという事に重点を置きました。

実戦の少ない櫻井選手は習った事を素直にやるつもりが、その場面を選び過ぎる点で失敗が多くありました。
image

今回も色々な選手と毎日充実した練習ができたと思います。
image

櫻井選手は2月にハンガリーで開催されるワールドカップに出場します。
良い結果が出せるようにしっかり準備してもらいたいです。

私はTruroフェンシングを退職するので、櫻井さんの、Truroでの練習も恐らく最後。
次回はロンドンで更に良い練習ができるよう、私も移籍して環境づくり努めます。

私、山本憲一は英国のTRUROフェンシングクラブとの契約期間を1月31日で終え、移籍する決意を致しました。
6年間、Truroで選手を指導をしながら私自身多くの事を学ばせて頂きました。またクラブの同僚や選手の家族にも支えられ、ここまで成長する事ができました。心から感謝しております。
名残惜しくもありますが、私自身、今年は40歳の節目となります。

40歳から心機一転して更に飛躍する為にも、Truroで培った経験を活かして移籍先でも努力する所存です。

2月からは、生活の拠点をロンドンへ移します。

所属先は英国の誇るフェンシングブランド、レオンポールが運営するレオンポールフェンシングクラブの専属コーチとして契約させて頂く事になりました。

英国では最高峰の環境と選手が集まるクラブです。
また世界中から選手が集まる場所でもあります。

将来、英国には日本人の素晴らしい指導者がいると、世界から認めてもらえるに全身全霊で挑みます。

成功も失敗もこの「青二才」で報告しますので、今後とも宜しくお願い致します。

山本憲一


2016年の最後の練習は日本でしめる事ができました。

と言うのも・・長野県でフェンシングを指導されている山本正典先生のご厚意で、日本で車いすフェンシングの櫻井選手と共に年末合宿に参加させて頂けたのです!!

私は日本ユースチームとのロンドン合宿を終えた直後に、すぐに帰国しました。

年末年始はコタツでみかんでも食べながらのんびりTVでも観て過ごそうと思っていた矢先に、櫻井選手からの練習オファー・・。
夏に単身で埼玉に合宿を求め、最終的には栃木県や陸上自衛隊にまで練習に参加させて頂いた櫻井選手・・それが忘れられないのだとか。
「あの素敵なエペ練習をもう一度・・」
と言うわけで、色々と練習の可能性を考えました。
しかし!!年末そんな都合良い練習環境なんてありません!!

そこで長野県の山本正典先生に相談させて頂いたのです。実は山本先生とは山本先生が日本のジュニア遠征コーチ、私が英国のジュニア遠征コーチとして、国際大会でお会いする事がありました。その際に、山本先生のフェンシングの熱い想い、そして長野から多くのエペ選手を輩出されていると知りました。

山本先生に連絡をさせて頂き、車いすフェンシングの練習をさせて頂きたいのですが・・とお願いすると、とても面白いです!選手を集めましょう!と快諾して下さいました。

まずは櫻井選手に京都から車で埼玉まで来てもらい、数日間で合宿前練習。
とにかく走らせます。
image

なぜなら事前に腕を太くしておくように言っておいたのにあんまり太くないからです。

(結果、この合宿の後で櫻井さんは病院で医者に「腕から脚がはえてる!」と言われるくらいになったのですが)

実戦練習には先日ロンドンで一緒に練習をしたユース選手が練習に参加してくれました!
(小林選手、ありがとう!)

そして長野に移動です。
埼玉から長野・・以外に近い!!
image


12月29日から31日の午前中まで、本当に素晴らしい練習をさせて頂きました。

伊那の高校生や長野出身のエペ選手にフルーレ選手、OB、OGさん、そして東京から日本女子エペ代表の大橋選手と中学生ながら全日本8位入賞の高橋選手が一緒に練習してくださいました。
image

image


多くのファイティングで色々と経験させてもらいました。
中でも驚いたのは相手選手の対応力の高さ。
これは夏で栃木でも感じたのですが、序盤は車いすフェンシングは櫻井選手の土俵と見ていたのですが、選手が車いすフェンシングに慣れてしまうと、普通にフェンシングをされてしまう結果になっていました。

普通にフェンシングで対応されると櫻井選手は経験と実戦不足が圧倒的に足りないのが浮き彫りになるのです。
(実際は、その為に練習をさせてもらっているのですが)

また山本先生がいすに座り実戦で練習にお付き合いしてくださり1つ1つの動作を検証してもらえました。
その際のアドバイスは分かりやすく櫻井選手も勉強になったようです。

image

練習で指導してくださいました山本先生をはじめ、西藤先生や長野フェンシング協会の先生方、そのほかの皆さんに本当に暖かく迎えて頂き、2016年を締めくくる最高の練習ができたと思います。

本当にありがとうございました!



12月16日から22日までロンドンはレオンポールセンターで日英ユースによる国際合宿が行われました。
合宿の準備で苦労した話は前回のブログに掲載されていますが、合宿が始まってしまえば大好きなフェンシング。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、郷に入っては郷に従え、千里の道も一歩から・・なのです。
image

日本からは江川団長と加藤コーチのスタッフ、全国から選抜された男子4人女子4人の中学生がロンドンを訪れました。
image

初日こそ緊張していた選手ですが、環境には徐々に慣れ、英国選手とも交流ができるようになっていました。
image

また偶然ですが、日本チームが合宿をしていたレオンポールセンターでオリンピック男子フルーレ金メダリストでイタリア代表のカッサーラ選手の練習に遭遇!
image

この興奮を日本の中学生と共感しようと「イタリア代表のカッサーラ選手が練習してるぞ!」と言うと、中学生から「ああ、なんか凄い強い選手ですよね」と冷めた答えが・・金メダリストを目の前に「なんか凄い強い選手」って・・ある意味、凄いわ・・今時の中学生は・・。
ちなみに江川団長と加藤コーチは鋭くカッサーラ選手を観察してましたね。(写真撮ってもらってたし。)

合宿は朝から夕方まで、レオンポールのエペクラブの練習にも参加させてもらい朝昼晩の3部練習。選手もだいぶ披露が溜まっていたようです。
image

今回の合宿で1つだけ日本選手に真面目に注意した事があります。
日本の選手が英国選手とファイティングをした直後です。「今の対戦、スコアは幾つだった?」と選手に聞きました。
すると選手は「スコアはわからないですけど勝ちました」と答えたのですが、これでは練習の意味が無いのです。

もちろん対戦ですから勝ちたい気持ちは分かります。しかし、自分の失点も数えてないという事は、自分がどのように失敗したか全く考えていないという事です。

日本の練習のように休憩中の選手が審判をしてくれてスコアを数えてくれている事に慣れているのかもしれませんが、自分で対戦相手に声をかけ、ひたすらファイティングの数をこなす外国での練習では自身でスコアを数えるのは当たり前なのです。

連日の練習でしたが半日だけ休んでロンドン観光。地下鉄に乗ったり、時計台を観たり・・やまけんさんの先導で道に迷ったり!?
image

最終日は試合が開催されて、合宿も閉幕。
あっと言う間のロンドン合宿でしたが、選手団は無事に日本へ帰国。
私にも大変良い経験となりました。
image


皆さん、本当にお疲れ様でした!


2016年の12月は「日本ユース選抜のロンドン合宿」が実施されました。

今回の青二才はやまけんの合宿にまつわる苦悩話をお届けします。

今年の3月頃から選手団の受け入れと合宿の準備を英国と日本の間に立って進めてきました。
まだ私がハンガリーで生活をしていた頃、日本選手団を受け入れていた経験があります。しかし、その頃の私は首都・ブダペストに住んでおり受け入れて準備もそれほど大変ではありませんでした。
しかし、今の私は英国に住んでいるとは言えどTruroという南西の田舎暮らし。
この地方で暮らしながら「ロンドンで合宿」を準備というのが思った以上に難しいのです。
まずロンドンで確実に練習できる場所を抑える、事から始まります。

現在、ロンドンには有名フェンシングメーカー「レオンポール」が所有するレオンポールフェンシングセンターがあります。

4年前にロンドンで英国チームと合宿をした時はこのレオンポールセンターはまだ建設中で、私達はロンドンにある私立学校のフェンシング場を借りて練習をしました。
それもまた良い経験ではありましたが、レオンポールセンターはフェンシングの為の特別練習場です。

まず常設のメタルピストの数が多く、また電気審判器なども充実。朝から晩までフェンシングに使える場所としては最高の練習環境です。

このレオンポールのイベントマネージャーが過去にドイツで国際合宿を主催・マネージャーメントをしていたジョンさんなのです。この国際合宿には2年続けて日本カデ選抜が参加した事があり、今回のロンドン合宿を依頼してくださった日本エペミニム会の江川さんも、ジョンさんとは面識がある為、日本がレオンポールセンターで合宿をしたいという希望は問題なく受け入れてもらえました。

合宿の開催時期には苦労しました。
日本ユースがロンドンに合宿をするとしても英国の選手がいなければ意味がありません。

しかし、日本での選手選抜の結果や夏の国内試合の都合を考えると9月以降がベストという日本側の主張と、9月以降で合宿を平日に組んでも英国ユースの選手は学校が普通にあり、日本人はフェンシングを理由に学校が休めるかもしれないが、英国では無理、という英国側の主張が噛み合わず、またレオンポールセンターの他のイベントや試合も踏まえて日程を考慮する事となりました。
最終的に12月16日からクリスマス直前までなら日本も遠征可能で英国も学校が冬休みに入り始めるので時期的にはベストと決まりました。

日程は決まった頃には英国も初夏を迎えていました。これから夏なのに今からクリスマスの話か〜と思ったのを覚えています。

とにかく物価の高いロンドンで、リーズナブルな値段のホテルを見つけ、快適に滞在ができ、練習場所への移動も安全且つ短時間で済む場所・・これには頭を抱えました。なにしろ私はロンドンに住んでいないのですから。

右往左往に七転八倒を繰り返し、日本協会に1度予約をしてもらったホテルをキャンセルしてもらったり、レオンポールのジョンさんがホテル側に交渉して特別価格で部屋提供してもらったりと周りに助けられながら、練習場から徒歩8分のホテルを抑える事に成功。
また朝と夕食も特別価格(と言いながらもホテルはしっかりビジネスしてるな〜という価格)でご提供。
しかし、これには実際助けられました。
合宿の食事というのは大人数が多く、練習が終わってからレストランに移動すると場所取りが難しかったり、予約をしても料理に時間がかかり、また全員食べ終わるまで待つなどで逆に選手の疲労度が増したりする事があります。
それをホテル内で朝はビュッフェで夜はメニューから好きに選べるコースとなり、料理も待たずに食べたらミーティングして解散で部屋に戻って就寝は、実に合理的で便利な方法でした。

そんな事が全て決まったのは・・結局11月の後半となっていました。

そして・・やっと日本ユース選抜団を無事に迎える事ができたのです。

選手の同伴でトルコはアンタリアに遠征しました。トルコは素敵な国です。しかし、今回のイスタンブールでは爆弾テロが起きるなど悲しい事件が増えています。先日もイスタンブール経由で日本から帰った時に空港爆破テロに遭遇したのは記憶に新しいです。恐らくは小さなテロ事件などは頻繁に起きているのだと思います。

それでもスポーツの国際的なフェンシングの大会が開催されるのは嬉しい事です。

選手のイヴォンは女子フルーレ選手。
今はアメリカの大学に通いながらフェンシングを続けています。

アメリカの大学ではフルーレ選手が多く、練習も充実しているそうで、このトルコでの国際大会は良い結果が出るのでは・・と期待していましたが・・結果は1番最初の英国の選手同士を落とし、その後でルーマニア選手に敗れて予選グループ戦を3勝2敗。
続くトーナメントの対戦相手が結果としてこの大会の優勝者となってしまうなどの不運にもあり、結果の伴わない大会となってしまいました。

今回の大会でイヴォンの敗因の1つは、セルフトークの悪循環でした。
試合中に常にできない、内容が悪いとネガティヴな主張ばかり。まるで駄々っ子な子供といった感じで、思い通りにならない展開にイライラしてる場面が多くみられました。
試合後に「自分自信にネガティヴの卵は君からネガティヴ思考の栄養を吸い取る。その卵が孵化すればネガティヴモンスターに成長し、君の全てのポジティブを食い尽くす。実際に君は私の話すら試合中に聞いていない。それでは私が何の為にいるのか?私は君の味方だろう?」と話をした。

大学に進学して新しい環境で新しい仲間と実践練習もしているのでしょう。それは彼女が私と一緒に練習していた頃には叶わない事でした。
しかし、常に同じ事で練習でチームメイトに勝てる事で、それに満足しているだけなのだというのが観て感じられる試合の内容でした。

練習だからこそ、今できる動作で勝つのではなく、新しい可能性で勝ち負けを繰り返し、それを糧に自信に変えて試合に臨む・・そんな簡単な事すら誰かに言われないと分からないようでは駄々っ子な子供のままです。

次回はもう少し成長したイヴォンと遠征ができると信じています。
image

英国のとある公立学校にフェンシングを教えに行った先日、全く知らないその学校の生徒にチャイニーズと叫ばれつり目ポーズをされました。つり目のポーズは欧米の人がアジア人を馬鹿にする際にする仕草です。
その生徒も周りも笑っているので、これは完全に意味を理解してるなと判断し、その生徒に「ちょっと来い」と言い、背負ってカバンを掴むとそのまま学校の受付に連行。
そこで、「この学校の教育やこの子の親の教育に問題があるのか知らないが、私がアジア人というだけでこの子は私に容姿を馬鹿にした差別的なポーズをする。私はこの学校から指導の依頼を受けて来ているのに、これはどういう事だろうか?」と訴えました。
学校の先生は平謝り、その子は親を呼ばれてお説教。最後は泣いてましたが・・泣くぐらいなら最初からやるな!と言いたいですし、私もここで見逃す訳にはいかないのです。ここで見逃せば、この生徒はきっと同じ事を他のアジア人にも、もしくは同級生にアジア人を侮辱して笑い者にするかもしれません
。そうした際にトラブルや他のアジア人生徒が傷つく事の無いようにこの機会に学んでもらいたいのです。
ヨーロッパでフェンシングを指導するのは一筋縄にはいきません。
こうした事にも臨機応変に対応しなくてはならないのです。

イタリアを訪れる度に自分の発想はありきたりで自由が無い事が嫌になる。
これはこうあるべき、こうするべきと型にとらわれている。その点、イタリア人は自由だ。機能さえしてればどういう形でも鮮やかに決める。それに加えて独自のスタイリッシュなセンスが「イタリアン」なのだろう。
それがまさか車いすフェンシングのピストにも現れているとは・・。
image

写真のピストはイタリア製。
このピストの1番の驚きは左右を入れ替える事なく、右選手用、左選手用が固定バーの位置を換えるだけで瞬時に切り替えられる点だ。
image

唯一の欠点は分割や折り畳みができない点だが、そもそもクラブに常設していれば選手は練習に来るし、相手も豊富だからどこかに持ち運んで練習をするという考えすら愚問なのである。
image

練習の環境も良いし、選手も強いし、イタリアはコーチもイケメンなんだよね。
今のところ、コーチがイケメンという点以外に勝ち目がないなんて・・不公平だよなぁ。

イタリア・ピサでの車いすフェンシングワールドカップが終了しました。
結果はダンが男子サーブル(A)で5位、男子エペ(A)で17位。
image

image

レベッカが女子フルーレ(A)で12位、女子サーブル(A)で10位でした。
image

image

今大会は世界ランキング上位選手の出場こそ少なかったですが、リオ・パラリンピック出場の選手、リオに出れなかったロシア、開催国のイタリアなど、若手選手が経験を積み、世界のレベルを学べる大会でした。中でもパラリンピックに出場した選手に5ポイントなら勝てた、15ポイントではボロ負けしたなどの結果は今後につながる経験でした。
ダンは18歳、レベッカは14歳、そんな兄妹は試合中もお互いを支え合い、試合後は「諦め」や「弱音」ではなく「次の試合では何をすべきかわかった」と語ってくれました。
image

まだまだ練習が必要です。次回にイタリアに彼らと訪れる時は「何をすべきか」をしっかり準備して挑もうと思います。

イタリアはピサで開催される車いすフェンシングワールドカップに、クラブで指導している選手と共に遠征します。
リオでのパラリンピックが終わって、最初のワールドカップ。
2020年の東京へのスタートラインとなる試合に遠征できる事を誇りに思います。
残念ながらピサ大会に日本からの出場は無いとの情報ですが、大会に参加する日本人として多くを学び、選手の勝利に貢献したいと思います。

先日、クラブで写真を撮ってもらいました。

FullSizeRender (4)


こういう写真ってなかなか自分で撮れないのでありがたいです。

秋も深まり・・最近ではすでに寒い!
そんな英国生活ですが、クラブで指導している選手が地方大会に出場しました。

ガーレ君は少年エペ11歳以下で優勝と13歳以下で銅メダルでした。
resize0318


少女エペ15歳以下ではソフィとデエィジーが決勝に進出。
同クラブ対決の決勝なんて本当に珍しいです・・・。しかも互いに手の内を知っている同士で試合も接戦します。
最終局面は14−14の1ポイント勝負でした。
resize0321


結果、勝利を焦ったディジーが渾身のアタックを止められてソフィが得点。
優勝はソフィ、デエィジーが2位となりました。
resize0320


デエィジーは廊下の隅で悔し泣きしてましたが、これも経験。
「イングランド選手権2位のソフィに1ポイントまで迫ったのだから、いままでの練習が身に付いてきているよ。」

そう言って励ました・・・すると、次の週末。

デエィジーはロンドンで開催された英国17歳以下のランキング大会で、初戦のグループ戦を4勝1敗で勝ち抜くと、次々と国内ランキング上位の選手を打ち破り、65人中6位入賞という結果を打ち出しました。
メダルまで届かなかったのが悔やまれますが、それでも国内大会で初の入賞は嬉しい成績です。

数少ない人数でなんとか勝ち抜いています。
黄色いチームユニフォームに数発の弾丸・・それでも確実にターゲットを射る!
そんなTeam Yellow Bulletです。

9月はヨーロッパでは新学期が始まります。
日本は4月に新学期・・ちょっと違和感がありますが、ヨーロッパの学生は長い夏の休みが明けて、心機一転の新学期になるわけです。

私のように地方で指導者をしていると、この時期は生徒がロンドンの大学へ巣立っていきます。

コノもそんな歳になったか・・・と感慨深いものがあります。
私が5年間、教え続けてきた生徒。
試合では自分より実力がある選手に何度も勝利し、その逆にあまり実力のない選手にはなぜか負ける・・技術よりも気持ちに波のある選手でした。

最後の全英学生選手権では北アイルランドの代表として出場。
(英国はイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの4つに分かれる)

イングランドの代表選手を破るなどする波乱を起こすも、ウェールズの選手に惜敗。
結果は3位となりました。しかし、フェンシングを始めた頃の彼を知る私としては…全国3位は本当に誇らしい成績です。
resize0314


コノはロンドンの大学に進学。TRUROからは離れますが、休みの日には戻って練習に参加してくれそうです。
ちなみに彼は今期から選手登録を英国からアイルランドに変えてジュニアのワールドカップに出場します。

フェンシングの新シーズンに入って、ジェシカも好調です。
シニアの国内大会に出場して優勝。
しかし、決勝の内容は・・6−11からの猛攻で15−14で勝利とか・・。
resize0312


そんな感じの始まりですが、まだまだ選手たちの活躍に期待です。

レベッカを車いすフェンサーとして指導を始める時に少し不安がありました。
先天的に関節が滑りやすく、普段は杖をついて歩く少女。
彼女が母親と一緒にクラブにやってきた当時はまだ12歳でした。
年齢や障害レベルは関係なく、激しく剣で戦う競技なのが車いすフェンシング。
正直、私は彼女がいつまで続けてくれるか・・すぐ辞めてしまうかもな、とも思っていました。

しかし途中、同じ障害を持つ兄も練習に加わり、練習環境としては兄妹で切磋琢磨して技術も向上していきました。
U17世界選手権で兄が世界チャンピオンになってから、いつかは自分もと兄の背中を追うようになっていたレベッカはU23世界選手権で銅メダルを獲得。

そして・・・先日、開催された英国フェンシング学生選手権の男女混合車いすフェンシング部門で、見事に3種目制覇を達成。

エペ、フルーレ、サーブルで出場した男子選手を全て打ち破り、女子選手が3冠を達成する偉業を成し遂げてくれました。

私の不安すらも打ち破り、英国学生の頂点に輝いたレベッカを、心から誇りに思います。
おめでとうレベッカ!!

resize0311

2016年の夏は思い出の夏になりました!色々あり過ぎて・・・書ききれないので、一部を写真で報告します!
resize0303

まずは7月後半からフェンシングの合宿が続き、練習漬けの毎日。
でも、それが充実した毎日だったりするんです。
その中での一枚・・・ステンドガラスと重なってヨーロッパ発祥のフェンシングらしい写真となりました。
resize0290


8月から日本へ。
早速、那須塩原へ小旅行。
resize0292

英国で一緒に練習した車いすフェンシングの櫻井選手が私の住む埼玉まで練習に来てくれました。
どんな場所でもできるのが車いすフェンシングのいいところ!市営の研修所の会議室で練習する事ができました。
resize0309


櫻井選手は栃木フェンシング協会のご厚意で国体合宿に参加させて頂きました。
みなさん、真剣に練習して下さり、感謝感激です。写真は櫻井選手と今回お世話になった栃木フェンシングの相場先生です。
resize0294


宇都宮に来たからにはこれを食べねば!餃子です!
resize0305


埼玉に戻った私は家族で母の故郷である青森県八戸市へ家族旅行と祖父と祖母のお墓参り。
resize0295

家族旅行で青森屋という温泉宿に宿泊。どこか懐かしい日本・・そんな雰囲気に感無量でした。
resize0297

resize0307


祖父と祖母が暮らしていた家。
いまは売りに出ているそうですが、玄関の表札を割って祖父に叱られた事、祖母が立っていた台所、庭でトンボを捕まえた事、祖父が他界し、初めてお葬式に出た事・・・いまでは記憶の中にしかない出来事が、この家を舞台に実際にあった出来事だと思うと感慨深いです。
resize0300


埼玉に戻ると、櫻井選手と一緒に私の永遠の故郷!自衛隊体育学校で練習をさせて頂きました。
お世話になった先輩方や指導者になった後輩達、今も現役で頑張る選手たちに会えて、本当に嬉しかったです。
resize0302


突如、知人のお墓参りに行きたい!と言いだした母と、仕事が休みだった父と日帰りで一緒に富山県へ。
父と母と私だけで旅行するなんて、もう何十年なかっただろう・・。いつもは兄弟や友人やら誰かが一緒にいたからなぁ〜。
resize0308


高岡の大仏様を拝みに行きました。
resize0301


いつの間にか8月も終盤。富山の畑も稲穂が一面に・・・秋の訪れを感じさせますね。
resize0304


久しぶりに日本でゆっくり(!?)した時間を過ごす事ができました。
家族と楽しく過ごした日本の夏の思い出は私の宝物になりそうです。

いまは英国に戻り、心機一転してフェンシングを指導してます!

↑このページのトップヘ