2016年05月24日

英国永住権取得の試練/Indefinite Leave to Remain

英国でフェンシング指導者として働き始めて5年。
それまでも幾度に渡り私を苦しめたのが、労働ビザでした。
思い起こせば、1番最初の申請に3度失敗し、取得まで1年半も費やした労働ビザが始まりでした。
労働ビザというのは期限付きで、法律上の問題なく労働を続けていれば延長が可能なのですが、英国では最長で6年と決まっています。(幸い私はその6年を取得する事ができました)しかし、それ以上の労働には永住権申請をしなくてはなりませんでした。

英国での生活が「永住権取得の条件年数の5年」に達した頃に予期せぬ自体が発生。・・というのも、移民局で永住権申請に関する大幅なルール変更があったためです。
突如2ヶ月で申請に必要な英語テストとLife in the UKテストに合格し、さらには申請料1875ポンドを支払うという難題に直面しました。

なんとかこの難題を乗り越え、永住権申請へとたどり着いた私は、最後に大量の申請書類を前に意識が薄れ倒れそうになりながらも、必要書類を揃え、間違いのないように何度も見直し点検をした末、申請を果たす事ができたのでした。

永住権を申請してしばらくすると銀行口座から1875ポンドが支払われ、指紋登録をするようにと手紙が届きました。
すぐに指紋登録を済ませましたが、その後は何も連絡がありません。

そして1ヶ月半が経過した頃、突然家の呼び鈴が鳴りました。
郵便配達から大きな封筒差し出され、受け取りすぐに開封してみると、私が提出したパスポートや銀行口座の証明書、テストの合格証明書などが送り返されてきました。

しかし、肝心な永住権のカードが同封されていません。

「ああ、失敗したんだ・・・」

そう思いました。

中には3枚ほどの手紙が入っていました。
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内容は「提出されたドキュメントを返します」から始まり、よくよく読んでみるとちょっと内容が予想と違う事に気が付きました。
「あなたの永住権カードは7日以内に郵送され受け取れますが・・」
その文章で、ハッとしました。
これは・・・取得できたのか??それとも・・取得された場合は7日以内に郵送されますなのか・・・。

当然、いままでの苦労を考えたら、この手紙にも「おめでとうございます!申請は受理されあなたは英国の永住権を取得しました!これからは労働の制限なく頑張ってください!」くらいの文章が添えられていないとダメだろう!?って思いますよね・・。

そして後日、郵便で小さな封筒が届きました。開封すると以前持っていた労働ビザカードと同じ物が入っています。

しかし、そこに記載されている内容が大きく違います!
やっと手に入れる事ができました!
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「Indefinite Leave to Remain(無期限の在留)」

ドタバタ劇でしたが、無事に永住権取得となりました。
運も良かったですが、支えてくれた職場のメンバーや家族、応援してくださった方々に感謝しています。
1人では到底無理な挑戦でした。

ここまでの流れで、取得に関するアドバイスをしてくれるサービスや、書類を確認して提出に関するアドバイスや提出までしてくれるサービスもあるようです。
また申請に際し、1日の審査、4〜5日の審査でも申請できるサービスがあるようですが、私は予算的にこれらのサービスは使用しませんでした。

でも・・・最後に気になるんだけど・・・永住権って割に、カードの記載に有効期限があるって・・どういう事なんだろう・・!?まぁ・・それは2024年になったら考えよう・・。

永住権の申請までをブログに記載しましたが、これはあくまで仕事が続けられるようになったにすぎません。
これからは今まで以上にしっかり前を向いて指導をしなくてはならなくなったわけです。

自身でもまだまだ未熟で、選手に伝えられない事がたくさんあります。
そう言った意味でも、まだまだ勉強して精進していく次第です。

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2016年05月16日

楽しいフェンシングの交流大会

最近、脳についての本を読んでるのですが、実はフェンシングの審判は脳をフル活動させている事を知りました。
まず視覚系脳は選手の動きを目で追い、何が起きたのか見て、聴覚系脳でが剣の接触音、審判器の音などを聞き分けます。記憶系脳で目の前で起きた事をリピートして、理解系脳でどちらの選手が得点したか考えて、思考系脳でそれはなぜなのか、どう説明するかを考え、感情系脳でそれを両選手に平等なコミュニケーションに変化させます。また運動系脳でコミニュケーションに準ずるハンドジェスチャーで表現するのです。
これを私達は瞬時に行っているのです。

脳をまんべんなく刺激し続ける事で、脳は活動を続けるのでボケ防止になるのだとか。
素晴らしい!!・・と私の脳は結論を出したのですが、考えてみれば、大きな大会での審判、先輩同士の対戦の審判は、間違えたらどうしようという恐怖に怯え、ちょっと判らないとパニックでボケたジャッジをして怒られたりと、脳以外の内面的に弱い所がやられるので・・結構、大変なんですよね。

そんな事を考えながら、英国南西部で開催されたクラブ大会に審判として参加してきました。
田舎のクラブ同士の交流試合ですので、会場に手の込んだ準備はできず、体育館にピストを敷いただけの簡易な設備でしたが、3種目を2日間に分かて開催して、参加人数も多く集まりました。
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私は1週間で3つのクラブを掛け持ちして指導していますが、どのクラブからも初心者・経験者の参加があり、普段練習している事を互いに試し合うには大変良いサイズの大会だったと思います。
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しかし、今回は私は審判です。審判ってのはこうなんだ!って事をしっかり見せなくてはなりません。
・・・が、審判というのは本当に神経を使います。ハードな仕事なのです。
さらに「エペはなんとかなるから、サーブルとフルーレをお願い!」と頼まれて、余計にプレッシャーがかかります。
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それでも、この大会を成功させる為に、私も頑張ってきました。
やっぱり、フェンシングは色々な人と楽しく競技できるのが1番の魅力。
初心者でも経験者でも、結果はどうあれ次も出たいな、と思ってもらえるように試合のお手伝いをしました。

いくつか・・・怪しいジャッジもありましたが、概ねOK・・・だったと自己採点しています。
でも、本当に脳はフル回転。
さらに今回は「違うクラブだけど、どちらの選手も私の指導している生徒さん」の対戦を審判するなどもあって「感情系脳」がビビビッと刺激されました。
どちらも勝たせてあげたい、どちらにも負けてほしくない・・でも、そこはフェンシングの審判・・平等なジャッジをしないと!、といった具合でした。
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男子エペはクラブは違うけど、「やまけん色」の選手で表彰台を独占でした!

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2016年05月05日

黄色旋風!全英ユースで優勝!

全英ユース選手権に参戦してきました!
全国から選抜された同年代の選手が集まる大きな大会ですが、南西ブロック代表となっていた生徒が男子12歳以下で8位入賞と優勝と最高の結果を出してくれました。
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同じクラブでお互いに切磋琢磨して全国大会で入賞した選手達を誇りに思います。

8位のガーレ。金メダルが目標だったのですが、「まさか優勝するとトロフィーがもらえていたなんて!!次はトロフィーが欲しい!」とコメント。次の年も彼は12歳以下で戦えますので来年に期待!!
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全英チャンピオンとなったフローリン。
彼はルーマニア国籍なのですが・・・全英ユースは英国に住んでいて英国の学校に通っていれば予選ブロックに参戦できます。
なので、英国チャンピオンはルーマニア人でコーチが日本人、という不思議な図式になるのです。
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南西には県がいくつかあり、私たちはコーンウォールという県に住んでいます。
その県の旗は黒に白い十字の旗・・・なんか海賊旗のようですが、目立つ黄色のユニフォームで会場に現れ優勝を奪って去るのですから、案外・・海賊で間違っていない気が・・。
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その他にも、男子エペ18歳以下で生徒のオリバーが8位入賞。
女子エペ16歳以下でデェイジーがトーナメント1回戦で7番シードを15−14で破る波乱を起こす大健闘(2回戦で敗退)。
彼女の場合、いまはまだ次につながればそれで問題なしです。

試合の数日前に虹を見たんです。
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虹の袂には財宝が眠っているというヨーロッパの伝説は本当だったようですね!
コーンウォールの若い海賊剣士達は次の財宝を求めてまだまだ頑張ります!


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2016年04月27日

実力者としての階段

最近は青二才でお伝えする話が永住権ばかりになっていました・・。
私の本業は永住権の申請ではないのです!フェンシングコーチ!フェンシングの選手を育てるのが私の本業です。

さて、永住権の申請の苦労に反して、フェンシングでは嬉しいニュースが続きます。

4月に開催されたシニアの全英選手権で指導している女子エペ選手のジェシカが銅メダル。
序盤の失敗さえなければ、決勝に進めた内容だっただけに悔しさは残りますが、次の選手権まで精進しましょう!という暗示なのかもしれません。それでも英国ランキングは上がりますので3位入賞は嬉しい成績です。
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続く、国内のシニアのエペ大会ではジェシカが優勝を飾りました!
この大会は「オリンピックに3種目で出場」の偉業を成し遂げた、オリンピック選手ビル・ホースキンスさんを称えた英国のフェンシングでは歴史のある大会です。
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そんな大会で優勝してトロフィーに教え子の名前が刻まれるのは大変光栄な事です。
こちらの成績もランキングに反映されるので国内ランキングはだいぶ上がるのではないかと・・・。

指導を続けてきた選手がようやく実力者として国内で活躍できるようになりました。
しかし、まだ階段の途中です。
そして、いままでは若手として「とにかく前へ」が目標でしたが、今度は後ろからも若手が迫ってきます。
同世代のライバルも実力をあげて挑んできます。
そういう世界です。

これからシニアのワールドカップ出場の機会も増えてくると思いますが、次は世界の階段を駆け昇れるように更に厳しく練習に取り組んでいきます。

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2016年04月12日

英国永住権取得の試練/番外編

英国永住権申請をして1週間が過ぎました。
期限だった4月6日も過ぎ、もう何もできる事がありません・・・と思ってたら移民局から手紙が!??

え?もう審査が終わった?でも手紙だけで他の書類は!?

恐る恐る手紙を開封してみると・・・・申請ありがとうございますの文字が・・。
さらに読み進めてみると、内容は指紋登録が確認できませんでした、という事でした。

前回の青二才でも触れた通り、Tire2(労働ビザ)の延長を申請した際に、指紋の登録は済ませている。
登録した場所も日付も記載して申請を出しているにもかかわらず、登録が確認できませんでしたとは何事か!!
どういう管理をしているんだ!と憤慨するも、最後に15日以内に登録してくれれば申請を継続しますとの一文に負けて、速攻で登録。

さすが30万円の申請料金・・そうやすやすとダメなので再申請してくださいは無いのかも・・。

もちろん登録費用はしっかり取る英国の申請システム。

さて、またしばらく待つ日が続きそうです。





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2016年04月08日

英国永住権取得の試練/申請書類を提出

やっとの思いで合格した英語能力テスト。
結果が送られて着た時はすでに1週間が経過していました。

期限の4月6日まではもう時間がありません。
早速、マネージャーと永住権申請の書類を作成します。

便利な世の中です。
申請書類などは最新の書類がインターネットでダウンロードできます。
マネージャーがちょっと待ってて、と印刷をしたのがその書類。
しかし・・・その「ちょっと」が長い!!

やっと印刷が終わってマネージャーが手にした書類の束が合計で86ページ!!
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こ、これに全部・・目を通して必要事項を記載するのか・・・。

まずは全ての項目のチャック。
実際、ページ数は多いものの、自分に必要な項目のみを記載していくと、私には必要のないページが多くありました。
それでも、見落としは許されない為、すべてに目を通します。
また、私では判らない「雇用側の契約番号や情報」を記載するページや、英国人でも意味が不明な内容の項目などもあり、四苦八苦。

中でも、私が大変時間を費やしたのが「英国に滞在した期間で、英国を出た日、英国に戻った日、その目的をすべて記載してください。必要とあれば追加のページにも記載してください」とある項目。

え・・・すべて?5年間の出・入国記録を!?

私もコーチとして海外遠征をする立場です。
パスポートは出・入国のスタンプで溢れています。

まずは・・・すべてを書き出す事から始めました。
スタンプを確認して日付、国、出国か入国かの確認、そして日付から出国と入国の結び付け。
次に時系列での並びなおし、遠征と合宿、プライベートでの出国の仕分け。

なにこれ?拷問?というのが率直な感想です。
スタンプだってちゃんと並べて押してくれてないし、ページは飛ぶし、インクが消えていたり、しっかり押していなかったり、重なって読めなかったり・・。

最後はそれを手書きで記載。
もちろん、追加のページにも満載。

一応、これでこの項目は大丈夫なはず・・。
しかし、英国で継続して5年間働く事が申請条件にある中で、だいぶ英国以外で活動した日があり、それが条件に触れるのでは・・と気になります。
これに関してはマネージャーに仕事である事の証明として文章を添えてもらいましたがどうなる事か。

そして、次に難易度の高い項目が「登録している指紋はいつどこで登録したか」です。
確かに、3年前に指紋の登録はしました。場所も憶えていますからそれは大丈夫・・・しかし、3年前の正確な日付なんて普通は憶えていないでしょう!?

一応、登録場所にも行ってみたんですけど、ここは登録だけでデータを残している場所じゃない、と言われ、登録費を払った時にレシートを渡してるからそれを見ればいい・・と。

う〜ん・・取ってあるわけないですよね・・大事なのはレシートじゃなくて指紋だったわけですし・・。

そこで、ハッと閃いたのです。
私はこういった大事な支払いは銀行のカードで支払います。つまり、3年前のカード使用履歴を確認すれば日付が判るかもしれません。
すぐに家に帰り、銀行から送られてきていた使用履歴を確認。
こういうのをしっかりファイルしてある自分に感謝。

すると・・ありました!3年前、登録場所で指紋登録費用と同じだけの金額を支払っている日付が。

これで、なんとかこの項目を正確に埋める事ができました。

その他、なんやかんやで全ての記載を終え、必要書類の銀行証明、給与明細、2つのテストの合格通知、保険証のコピー、雇用者の契約書、パスポートと労働許可証を同封。これで全部揃ったはずです。

それに加えて、永住権申請料を支払います。1875ポンド(約32万円)が1人分となります。
あくまで審査なので、審査に落ちても払い戻しはされません。

あとは郵送して提出なのですが、私の場合、期限までの日数が少ない為、1日で審査をしてくれるエクスプレスのサービスも考えました。
しかし、このエクスプレスは予約で100ポンド、審査で追加500ポンドが必要であり、書類を決められた事務所まで持って行く必要があります。私の場合は1番近くてカーディフの事務所・・車でおよそ5時間の場所です。

また仮に審査が通らない場合、再申請に1875ポンドと同じエクスプレス料金を支払う事になりますので・・ここまでは踏み込めませんでした。

1回勝負、失敗は許されないのです。

それを思うと・・どこかに記載間違いがあるのではないか・・と必要以上に神経質になります。

あ、ここは怪しい、ここは記載が必要なんじゃないか・・もう気になって仕方ありません。
そして、書類をもってマネージャーに「何度も悪いんだけど・・」と尋ねると、あ、そうだね、ここチェック入れといて!など・・・結構、見落としがある事実が発覚!

見落とし発覚後、再度書類の読み直し。
全てを確認して封筒に入れて封をするも、あの番号・・正確に書けていただろうか・・などと思い出すと、開封して再度確認の繰り返し・・。

それでも最後は観念して郵送をするしかありません。

郵便局で「大事な、大事な書類なので少し高くてもかまいませんので、安全な郵送を」と頼み、永住申請の書類は移民局へ旅立って行きました。

あとは、野となれ山となれ・・・もうどうすることもできません。

永住権申請は難題が多くありました。
ほとんど嫌がらせなのでは?と思うものばかりです。
そして、全ての難題で「そこまでして英国に残りたいか?」と問われているようでした。

その苦労を乗り越えられる者、それでも英国に残りたい者が、申請を許される・・・それが英国の永住権申請なのです。

やれる事はやったはずです。条件も満たしていると思っています。

結果までしばらくかかるようですが、私の銀行口座からは1875ポンドが引き落とされていましたので、審査は始まってると思われます。

どうか・・どうか努力と申請料が無駄にならないように、と祈るばかりです。

結果はまた青二才で報告いたします。


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2016年04月04日

英国永住権取得の試練/英語能力テスト

英国のビザを申請する際には英語能力テストを受けなくてはなりません。
少し前までは日本の英検でも審査の対象になっていましたが、いまでは移民局の定める英語能力テストでないと審査の対象とならなくなってしまいました。

今回(2016年3月の時点)の永住権申請にはIELTS(Secure English Language Test)というテストが審査の対象となり、その中でも申請にはLife Skills B1というテストに合格しなくてはなりません。

幸いな事にこのテストには筆記問題や作文提出などが無く、2人1組のインタビュー形式での応答とテープを聞いて内容に応えるヒヤリング、試験官の出す話題にもう1人の受験者と会話を続けるコミニュケーションが主な受験内容でした。

私には受験から合否発表(郵送)まで時間が無く、とにかくどこでも近いうちに受験しなくてはならない焦りがありました。そんな中、住まいから5時間の運転で行けるバーミンガムで受験の予約がとれました。

しかし、これといって何を勉強していいのか分かりません・・・。

クラブのマネージャーに英語の試験は上手くいきそうかい?と聞かれた私は「秘策がある」と答えました。
「テストで秘策?なんだいそれ?」と怪訝な顔をするマネージャーに私は秘策を打ち明けました。

「相手が何を聞いてきても、最終的にはフェンシングの話にすり替えちゃうんだ。試験官はフェンシングの事なんて知らないだろうから話を聞くしかないし、仮に意味とか聞かれても説明で時間の尺はとれる」

また私が会話や答えの内容に真実はいらず、とにかく会話らしい回答ができればいいなど持論を得意げに挙げると、マネージャーは「おお!」と感嘆をあげ、私の秘策に納得していました。

試験当日、午後から試験だった私は、運転時間に余裕を持て出発。

試験時間の開始、1時間前には到着でき、待合室で待たされます。

試験開始5分前に慌てたように男性が入ってきました。
「あなたと受験で組む男性です」と紹介され、ポルトガル人である事を聞きました。
私は自分は日本人である事を伝え、握手をしました。

それ以上の会話は許されず、すぐに試験室へ。中では女性の英国人女性が試験官として私達を待っていました。

試験官にパスポートを提出、この試験は録音と録画をされている事が説明され、自分の名前をアルファベットで発音するように言われます。

試験が始まり、試験官は私達に「自分の好きな場所、そしてそこが好きな理由」をお互いに会話するよう出題しました。

ポルトガル人の彼は自分の家のリビングと言い、私は「それは私も同じで、私の場合はソファに座りお茶を飲み、家に招いた友人と楽しい時間を過ごします。」と答えました。

まぁ、本当は近所に友人などいないですし、人も招いたこともないですけど・・。

更に自分は仕事場が好きであると早速、秘策を実行に移したのです。

「私はフェンシングのコーチをしていまして、選手たちと共に練習をする場は私は好きな場所であります。」

「おお〜」

試験官、ポルトガル人の彼も驚きの声がもれ、それを聞いた私は「きた!きたこれ!!」と心の中でガッツポーズ。

次に、試験官はポルトガル人の彼に「自分の国について」、私には「健康について」考えるように言いました。
しばらくして、お互いにその事をスピーチをし、それを聞いてその内容に質問をするというテストが行われます。

け、健康?健康について・・・。
ハイ、どうぞ!と緊張の場で言われると、意外と言葉数が減るもので・・。

「あの、そうですね・・・私はあまり健康について気を付けている事はないのですが・・・私はたばこは吸わないですし、お酒も少々(嘘)・・食べ物は・・・食べるのは好きですので、この量が多いのが悩みでして・・・最近、スーパーで買い物をする時に糖質が0だとかカロリーオフだとかが・・・皆さんよく言われていますが、すべて摂取しなければそれはそれで健康にいいかと言えばそうではなくてですね・・・」

や、やばい・・・と思った私は「そうだ!秘策だ!」と思いつきました。

「そう!私はフェンシングコーチをしてるんですが、その時ですね、栄養士の方からお話を聞く機会がありまして、フェンシングの〜〜」と言った所で「ハイ、もうけっこうです」と打ち切り。

「は、話させてくれないのか・・・」

まさかの秘策封じ。

困ったのはポルトガル人の彼。
もう、こいつは何が言いたいんだ・・とポカーンとしちゃってる。

彼の質問はギリギリ絞り出した感じの、糖質0の商品はどんなものか、どんな食べ物が好きか・・とか・・私は「もうほんとスミマセン!」って感じでした。

ヒヤリングはテープの会話を2つ聞いて、その状況の質問をされます。
どちらが質問されるかを試験官が最初に言ってくれて、2回ほど聞かせてくれるので慌てなければ答えられます。しかし、なるべく状況は細かく答えた方が得点が良いようです。
例えばテープを聞いた後で「彼女はどこに行きましたか?」と聞かれたら「彼女は家に行きました。」と答えれば正解で、5段階評価の3がもらえますが、「彼女は白い大きな家に行きました」の方が4〜5がもらえる可能性が高いです。

最後に、試験官に「あなたたちはこれからパーティーに行きます。これをテーマに話をしてください」と出題されました。

それでは「ヤマモトさんから」と言われ、はっ?パーティー?え?どんな??いつ?なんの?などが頭の中を巡りましたが、とにかく会話を始めなくてはなりません。

そこで私はなぜか

「・・・・・・今度のパーティーは何を着ていく?」

と聞いてしまったのです・・。

女子か!!女子なのか!!・・・いま思えばそんな感じなのですが、あの時、そう思ったのはポルトガル人の彼です。

彼・・・ポッカーンとしてました。

彼は試験官に「あ、あの〜パーティーってどんなパーティーですか?」と尋ねるも「どんなパーティーでも自分で想像して」と言われ唖然。

そこで相方が「何を着てくか?」と聞いてるのですから・・・彼は「か、カジュアルに・・・」と辛うじて答えるのが精一杯の様子。
そのあともグダグダ・・・でもなんとか2人は意思疎通をしながら会話をしているんだと、と伝わるような内容には仕上がっていたと思います。

全てが終わり、ポルトガル人の彼に「大丈夫!合格できるって!上手くできてたよ!」と気軽に声をかけてあげる優しい私。
(内心は申し訳ない気持ちでいっぱい。)

試験から1週間後、試験結果が郵送されてきました。
結果は・・・・合格!
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どこかで結果を受け取っているポルトガルの彼の成功を祈りつつ・・・私は無事に2つ目のテストをクリア。


これで、申請に関する条件はクリアできます。
この時点で2016年3月中旬となっていましたが、やっと・・・申請書類の作成と提出です。


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2016年04月03日

英国永住権取得の試練/Life in the UK

永住権申請の必要条件に英語能力テストとLife in the UKテストに合格があり、これをクリアしない事には申請も始まりません。しかも残された時間が2ヶ月・・・ちょっとハードな日程ですがやるしかありません。

フェンシングの試合では選手に「頑張れ!」と声援を送り、選手を支えている私ですから、その私が頑張らないで、選手がこれから頑張れるはずなどありません。

私は「頑張って」この状況を打開しなくてはならないのです。
それをしてこそ、これからも選手を私についてきてくれるのではないかと考え直しました。

ハンガリーに渡る事を決意した時もそうでした。
やらないでいたら後悔する。
やれるチャンスがあるならやってみようじゃないか。
やってからでも後悔はできると。

・・・この考えが基本的に間違っているのはなぜ、後悔する事が前提なのかです。

まずは後悔しないようにテストについてしっかり調べなくてはなりません。

今後、もしかしたら私のように英国で永住権申請をする人が参考にされるかもしれないので、恥を捨てて、なるべく細かく伝えたい思います。

まずは英語能力テスト。
2016年では移民局が指定するIELTS life skills B1というテストに合格しなくてはなりません。
受験料は1回150ポンド(約2万5000円)です。英国で受験する場合、IELTSのサイトから受験日を選択してオンラインで予約します。だいたい予約日から1週間後のテストは予約可能なようすが、月に2回ほどしか実施されていないようでした。

私の場合、1週間後に場所はバーミンガムで予約を入れました。人数制限がある為、私が住むコーンウォールから1番近く予約が取れる場所がそこしか残されていませんでした。

テストはヒアリングとスピーキングのみ。筆記はありません。
2名1組でインタビュー形式のテストとなります。

次にLife in the UKテスト。
このテストは大きな都市ならば週に1〜2回あるようです。しかし、不合格だと数日は再テストを受けられないルールがありました。英語テスト同様にオンライで予約します。受験料は1回50ポンド(約8000円)。合否は即日。
試験日には自分を証明するパスポートや生態認識カード、水道や電気など住所が証明できる発行3か月以内のドキュメントが必要です。
テストはパソコンで2択か4択の問題に24問答えます。18問以上正解ならば合格です。

両方に予約を入れて、私は早速勉強に入りました。

まずはLife in the UKテスト。
時間は1週間あります。
まずネットでどんな問題が出題されるのか調べます。

世の中、ネット様々です。Life in the UKと入力すればどんな情報も引き出せます。
中には模擬テストをさせてくれるサイトもあり、それを徹底的にやる事にしました。
テストは政治、法律、歴史、宗教、英国の常識や文化などと幅広く出題されます。

ここで苦労するのが、すべて英語で出題されるという点です。
問題に知らない単語が出てくれば高確率で間違えます。
なので、知らない単語が出たら書き出して意味を調べ覚えます。また出題の範囲を知る為に、問題を把握、歴史は年表にしてその辺りを徹底的に日本語で調べます。同様に政治、法律や文化もある程度の範囲を知る事で短時間で詰める事ができました。
また、公式のLife in the UKとう模擬テストアプリも販売されている為、iphoneに入れて時間があれば繰り返し練習をしました。
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しかし、問題がきびしい・・・。
例えば、英国は18歳以下での飲酒は禁止されているYES or NOという問題。
普通に考えれば、YESと答えてしまうのですが、正解はNO。
英国は16歳になっていればレストランで食事と一緒に酒を注文する事ができるのだそうです。
これが類似問題で、18歳以下ではお店でアルコールを購入できない、とあればYESとなります。

またクリスマスはいつ?などの簡単な問題もあれば、パラリンピックで金メダルを獲得した英国人選手は?少年裁判ではメディアで氏名や写真の掲載を禁じているか?英国議会の選挙は何年ごとに行われるか?ヨーロッパ議会の選挙は何年後とか?スコットランドでの裁判で陪審員の人数は?北アイルランド議会の議席数は?ヘンリー8世の妻で処刑されたのは何番目の妻か?エリザベス1世とメアリースコットランド女王の関係は?などなど。

実際にクラブの人や英国人の友人にやってもらっても合格は出せません。
みんな口をそろえて「そんなの知るわけないじゃないか」と言い出す難易度です。

とにかく答えを暗記するしかないと思った私は意味や関係はどうあれ、頭に詰め込みました。

そして迎えた試験当日。
練習問題は合格点以上でクリアできるようになっていたので自信もありました。

しかし、パソコンの前に座り実際にテストが始まってみると、出題形式が違います。
自分の中でいくつか、あれ?これは・・という半信半疑な問題が多く出題されていたのです。
また、練習では見た事のない問題が出題されていますし、言葉の使い方、単語の違いなどに翻弄されました。

テストをすべて終えて結果を渡されると不合格の文字が。
頭の中が真っ白になった私に、受付の男性は、「惜しかったね〜あと2問正解していればね。公式本を使って勉強した?」と聞くので「練習問題繰り返して・・・あの公式本ってなんですか?」・・唖然としました。
「あれ?本を読んでないの?それにしちゃよくやったね。次は公式本を読んで頑張って」と教えてくれました。

男性の話によると、試験範囲が全て載っている公式本があるのだとか。
好評発売中のチラシもくれました。

すぐに家に帰り、公式本を購入。
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オンラインでPDF版をダウンロードして読んでみると・・・
えっ!?試験と同じ内容の言葉使いと単語が!!試験範囲が広いとか・・独自の年表とか・・意味ないじゃん・・はっ!!つまりは公式アプリはあくまで練習!?
試験はこの本からまるまる出題されるという事だったのか・・・。

ネットでなんでも情報を引き出せる時代に、肝心な公式本を見落とすとは・・・。

とにかくもう一度、1週間後にテストの予約を入れなくては・・オンライで予約を取り、そこからはとにかく本を訳し、理解して全部読みました。
また同じアプリで練習も繰り返します。その結果、アプリの練習問題はほぼ満点で合格が出せるように。

1週間後、2回目のテストでは合格。
(テストはランダムで出題されるようです。同じ問題ではありませんでした。)
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もし、私のブログを参考にLife in the UKテストを受ける方がいれば、公式本は必ず読んでおいた方がいいです。
あとは模擬テストの繰り返しを。そんな事しらないよー!っと叫びたくなる問題も多いですが・・やっておけば、私のような失敗はせずに1回で合格できると思います。

私はまずはひとつ目の申請条件をクリアしましたが、次は英語のテストが待っているのです。

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英国永住権取得の試練/申請の条件

〜〜〜これまでのながれ
Tier2の労働ビザを2011年1月31日に取得した私は英国で、3年の期限付きでフェンシング指導を開始。
3年が経過した2014年1月に3年の延長が許可されました。合計6年の滞在が可能になり、その間の5年間を英国で継続的に実務すれば永住権が申請できる為、滞在5年が過ぎる2016年1月以降に向けて、準備を開始。
永住権が取得できれば、今後の申請や期限がなくなる。

しかし、2016年4月から移民局による新しいルールが適応される。
(このルールは2011年4月6日に2016年4月6日からの適応が発表されていた)

これにより、5年以上Tire2を保持していた外国人労働者が2016年4月以降からのTire2からの永住権の申請をするには年収5500ポンド(880円〜1000万円)が保証されないと申請できない事を知る。
つまり、Tire2が期限を迎える2017年からでは新ルールの適応となる。

この新ルールは2011年4月以降にTier2ビザを取得した労働者が対象となる。
幸いな事に私は2011年1月にTier2を取得。
5年経過するのが2016年1月31日なので、2016年4月6日までの「2ヶ月間」は旧ルールで申請が可能となる。
〜〜〜

2011年から5年間、英国でフェンシングの指導を続けてきた私でしたが、英国で労働をするのには労働の許可が必要で、私に残された時間はあと1年でした。
英国では、英国内で5年間労働を続けた外国人は永住権を申請できる為、残り1年でゆっくり申請していくつもりだったのに・・・まさかの残り時間2ヶ月!

永住権を取得すれば労働の期間に制約がなくなるのですが・・。(国籍が変わるわけではない)

年が明けて2016年、法律家と話を詰めてくれたマネージャーが2016年1月31日から残り2ヶ月での永住権申請に関しての必要条件を伝えてくれました。

1・移民局の指定する英語能力テスト(IELTS LifeSkills B1)に合格
2・英国の政治・法律・歴史・宗教・英国の文化や一般常識などを審査するLife in the UKテストに合格する
3・申請に必要な書類を揃え、申請書を作成。申請には1875ポンド(約32万円)の申請料金がかかる。

そ、そんなの不可能だろ!?仮に、2つの試験が合格できたとして、1875ポンドの申請料金って・・!?

そう落胆する私にマネージャーは、さらにこれで申請できても取得の可能性は50%だろう・・と、そして申請に失敗しても1875ポンドは返金されないという事も。

それからだいぶ悩みました。
いまから勉強して2つの試験に合格する・・・それにも、もちろん受験料はかかる。
合否に要する時間も・・前回の英語能力テストは通知に3週間ほどかかったはずだ。
すると、不合格の場合、再受験の時間はない・・・。
それに申請料・・決して安い金額ではありません。
すべての条件が揃い、時間に余裕があるとして、失敗した場合に再申請でさらに32万円の申請料・・・。

そこまでする意味が、はたしてこの英国生活にあるのか?

この5年間、薔薇色な生活を送っていたわけではありません。
悩み、苦しみ、将来に不安を感じ、満たされる事が少ない日々です。
現在のクラブでの仕事に不満もあれば、改善を求めたい事だってある中で、だったらもう・・ここで英国生活は終わりにして、次の場所に移るべきなのではないか?とも考えました。

そう考えたら、なんだか楽しくなってきました。
「新しい所はどんなところだろう?もっと多くの選手に巡り合い、もっともっと良い指導ができるようになるかもしれない。新しい言葉も勉強しなくては。日本語、ハンガリー語と英語に加えて、さらに語学ができるようになるかもしれない。そうだ無駄にお金を費やすのではなく、自分を必要としてくれる場所で、新しい環境の中で自分に合った仕事をすべきなのだ」と思ったりしました。

そう楽観的に思うと次の瞬間には、「・・・・でも、私がいなくなったら・・今、私を信じて指導している選手はどうなるのだろう。もちろん、労働の許可が下りなければ、働けなくなる・・・その時はみんな納得してくれるとは思う。
だけど、将来の夢を語り、目標を共有しながら練習している選手もいる。やっと若手の選手が育ってきた時だ。
この子達となら将来、英国でも海外でも活躍できる自信があるのにそれを投げ出すなんて・・・」そう悲観的に思ったりする・・そんな繰り返しが続きました。

自問自答が続いた数日、「自分を必要としてくれる場所」ってどこだ?はたしてそんな所が本当にあるのだろうか?」という考えに行き着きました。

それを考え始めると、将来なんて何も保証されていない事に焦りすら感じました。
しかし、逆に考えれば、今、確実に私を必要としてれる場所は英国にあるのです。

「ならばまずは少なくても残れる可能性を追い求めた方が良いのではないか?」

そう考えを改めた私は心を入れ替え、永住権申請に向けて準備する為、まずは2つのテストに合格する事を決意しました。

申請も申請費用も、テストに合格できなければ、考えられる事ではないのです。

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2016年04月01日

英国永住権取得の試練/申請の可能性

2015年の9月から永住権申請の準備を始めようとしていた私ですが、移民局のルール変更という壁が立ちはだかりました。

英国は移民の多い国と知られ、大勢の外国人が生活をしています。
欧州連合設立の時から、英国にはたくさんの外国人が出稼ぎに来ており、当時世界の経済状況が不安定ながらも英国は比較的安定していました。

この英国経済の基盤を強固に固めたのが、元英連邦と位置づけされる国々からたくさんの労働者を集め、労働賃金を抑え大量生産に成功した「産業革命」という歴史です。
(しかし、これも移民者が増えすぎたため20世紀後半から規制を開始)

さらに2000年以降にはEUが統一通貨ユーロ(€)を流通させるもそれを拒否。
英国通貨のポンド(£)はヨーロッパでも独自の強さを保持し、「ポンドを自国に持ち帰れば豊かに暮らせる」という夢を求めた中欧諸国(新EU加盟国でまだ通貨にユーロが使えない国)から労働者が流れ込みます。
それはEU加盟国ならば労働の自由があり、場所やビザを規制しない特権とも言える仕組みでした。

こうした流れから、英国内では「外国人に労働の場を奪われている」と考える人もおり、現在の英国では労働者を採用するならまずは国内募集、それでも人材が見つからない職種についてはEU圏内からの採用、どうしても見つからない職種についてはそれ以外の国からという条件も見受けられます。

2016年に国際世論を騒がしている「英国EU離脱論争」もこのような問題点を含んで起きているものです。

そのような状況を踏まえ、日本人の私がフェンシングコーチとして期限付きとはいえ英国で働けたのは奇跡に近い事でした。

「期限が来たから次の場所へ」

フェンシングコーチとしてはあたり前にある事です。
だいたい4年に1度のオリンピックが終わると、この職種では大幅な人事異動があります。
契約と契約、その空いた場所に新しい契約の繰り返し。
有名コーチは西へ東へと条件が良い方へ所属を移します。
今日の師は明日の敵・・・なんて試合は国際大会でよく見かける光景です。
前シーズンまで一生懸命指導していた選手を、次シーズンでは全力で倒そうとしているのですから。

日本で例えるなら、顧問の先生は転勤で、次は違う学校でフェンシングの顧問になりますという感じでしょう。
その世界版です。

次はどこに行こうかな〜なんて考えていた11月。
それでもまだTier2の期限が残る1年間は英国にいれるわけだから、その間に色々と情報を集めて決めようと気楽に思っていると、クラブのマネージャーから「もしかしたらまだ可能性があるかも。いま法律家に相談している」と話がありました。

私も自分の事ですので、難しいながらも移民局の情報を漁り、自身が英国に残る可能性も探してみました。
すると、新ルールの細かい説明にこんな一文を見つけたのです。

Your continuous five year period includes all or part of a grant of leave as a qualifying
work permit holder, or as a Tier 2 migrant where your Certificate of Sponsorship was
assigned before 6 April 2011

この一文で大事なのは、新ルールは5年間労働許可を保持し続けた者、また2011年4月6日以前にTier2の労働許可を得ている者は適応されないのではないか?という点です。
(5年間連続保持が英国から5年間出ていないで「連続」となると海外遠征などで英国を出ていた日数が多い私は論外という可能性もあります。)

私の労働許可の取得は「2011年1月31日」・・・つまり、2011年4月6日以前となります。
これは・・・もしや?と思い、マネージャーにその旨を連絡。

マネージャーはすぐに法律家に相談してくれました。

法律家からの連絡を受けたのは12月中旬で申請は可能との事でした。
もう可能性はないだろうと諦めていた英国での生活に希望の光が差し込みました。

しかし、法律家からの連絡に付け加えられていたのは「申請は2016年4月6日までに済ませなくてはならない。」という新たな壁でした。

ここから壮絶な時間との闘いが強いられるとは、この時の私は考えもしなかったのです。

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2016年03月31日

英国永住権取得の試練/Tier2ビザ

ここ半年ほど悩みの種を抱えておりました。
私は、5年前にTier2(移住労働ビザ)というカテゴリーの労働許可を得て英国でフェンシングコーチとして仕事を始めたのですが、その時も悩みの種だったのが「Tier2」の申請で、この時は申請と失敗を繰り返し、1年半を費やしてやっと取得できたビザでした。

この際に申請でかかった費用がおよそ18万円ほど・・・通常は1回の申請では6万円から8万円で済みますが、申請して取得に失敗しても申請料は返金されず、私の場合は失敗を繰り返し費用が跳ね上がりました。

しかし、そんな苦労をして取得した労働ビザも3年の期限付き。

いまから(このブログを書いているのが2016年3月)2年前に延長申請(2014年に申請)を英国でしましたが、その時にも試練が・・・。
申請には英国移民局が指定する英語テストに合格しなくてはなりませんでした。
更に英語テストの結果を待つのに3週間。
無事に合格して、よし!すぐに申請と思いきや、ちょうどその頃は代表コーチなどで忙しくしていた時期で、海外遠征が続いていました。
遠征と遠征の間に労働ビザの延長を申請しなくてはならず、申請の時にはパスポートも提出して1〜2週間待たねばなりません。
いつ戻るかわからないパスポートで遠征に支障を出してはならないと、通常の申請料の約9万円(当時で578ポンド)に加え、その日で審査してくれるエクスプレス料金約6万円(375ポンド)を支払い、それをカーディフという街(住まいから車で5時間)まで持ち込んで3年の延長許可を得たのでした。

そして2015年の9月。
英国での生活が法律上問題なく5年以上経過した外国人は、テストを受けて、それに合格すれば英国の永住権を申請できる・・・という事をなんとなく知っていた私。
これさえ取得できれば、労働の期間に制約が無くなり、申請や期限に頭を抱える事はありません。

来年(2016年1月)には英国生活5年を迎えるから、そろそろ準備を始めて、Tier2が切れる2017年1月までに申請をしようと考えていた時期でした。

そこでクラブのマネージャーにそう言った事を相談して、マネージャーも調べてみるよ〜くらいの軽い感じでした。

しかし、そのマネージャーの調べにより驚愕の事実が浮き彫りになったのです。

マネージャーの話では、移民局でルールの変更があり、2016年4月以降から君がスポーツコーチとして英国で働く為に永住権を申請するには、クラブは君と年間35000ポンドの給与支払いで契約をしてなくてはならない。それが永住権の申請の新条件となっていると。

簡単に言うと、クラブが永住権申請時に私と月々50万円の給与を約束して契約してくれれば移民局は永住権申請を許可してくれるというわけです。

それだけ給与がもらえたら、私としては万々歳なのですが、クラブはそんな契約できるわけないと一蹴。
(一蹴と書いて思うのは、こんな契約をできるのはプロのサッカーチームくらい・・田舎のフェンシングクラブではまず難しい)

つまり、この時点で私は2016年の新ルールでは永住権申請はできず、2017年の1月に現在保持しているTier2(労働ビザ)が切れ、英国から出て行かなくてはならないのです。

事態が一転。
・・・目の前が暗くなりました。

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英国永住権取得の試練/まえがき

〜まえがき〜
海外では数多くのフェンシングコーチがプロコーチとして活躍しています。
プロコーチともなると、海外のフェンシング協会と契約して専属で指導や遠征を繰り返し、その国で成績を出していきます。
日本でも外国人コーチが活躍されていますが、日本人で海外で活躍するプロコーチにはまだお会いした事がありません。
中には短期間で海外で指導をされている方はいらっしゃいます。

JOCでも指導者育成で若手コーチを1年〜2年くらいで研修として派遣していますが、あくまで研修という立場で、研修先のクラブや滞在する国の協会から給与が出されているわけではなく、就職という立場での海外生活はありません。

日本には優秀なフェンシング指導者が多くいる事を私は知っています。
そんな日本人コーチ達が海外で選手を育てたらそれは凄い実績を残すだろうと思います。

しかし、その機会が多くないのはなぜか・・・。そこにはもちろん生活と環境の問題もありますが、さらに深刻なのは、それぞれの国に違った「外国人の労働条件」があるからです。

フェンシングでは選手とコーチが長い時間をかけて積み重ねていかなくてはいけない事が数多くありますが、外国での就労には「労働ビザ」という期限付き許可が必要であり、特にヨーロッパやアメリカでは、クラブの契約と労働ビザの取得に時間とコストを費やさなくてはならないのです。

この青二才では数回に分けて、この「英国で生活をしながら労働をするには」についての経験を記していきたいと思います。

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2016年03月14日

ルコビッチ先生が他界された

ハンガリーでの恩師、ルコビッチ・イシュトバーン先生が他界されました。
86歳でした。
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私がブダペストで指導者資格を取得する際に、フェンシング指導者の基礎を教えてくださいました。

私が過去に先生について書いた日のブログ

「先生は私のことを「日本の若いの」とか「日本の同士」と呼ぶ。

この日もそんな感じで話し始めた。

「日本の若いの、プロの指導者はプロフェッショナルを教える事ができるからといって、初心者に同じ指導をしてはいけない。プロフェッショナルを教えるのと初心者を教えるのは同じではない。違うのだ。それを理解してこそ、プロの指導者だ」

この言葉から、私が学び得た事は、自分はプロフェッショナル(すでに試合に多く出場して結果を出しているような選手)を教えているから指導ができると慢心するな、という事だ。

初心者に教える時にプロフェッショナルに教えるような事を教えても、理解が難しいし、できないのは当然でそれをやろうとすると「できない壁」にぶつかりやすい。
それはプロフェッショナルな練習がしてみたいと希望する初心者にも同じだとが言える。
初心者には自分が思っているよりも、段階を下げて教え始める事をしなくてはならない。むしろ、そうする事でスムーズに指導が進むのだという。

それを使い分けられてこそ「プロフェッショナルの指導者」なのだ。

また修正点を1つに絞るのではなく方向を変えて修正してあげることも大事だと師は言う。
例えば、アタックが足から出てしまい、剣(腕)が出遅れてしまう選手がいた場合、「腕から先に」とばかり声をかけるのでなく、「足を少し遅らせて」などと修正点は同じなのだけど、意識を変えてあげる事で「選手それぞれの理解を補助」する事も大事なのだとか。

そういえば・・と心当たりがあるような事である。
そして、なるほど心がけよう、と思えるのである。

このような自身の意識的な心がけも先生の経験によるものなのだろう。
大事に受け継いでいかなくてはならないと思っている。

1929年生まれのルコビッチ氏は時々、若者を集めて昔話をする。

1956年のハンガリー動乱の時、ハンガリーのフェンシング代表は地方で合宿をしていてブダペストに戻るとロシア兵にバスから降りるように言われた事、その時のロシア兵は別に乱暴なことはしなかった事、ドナウ川沿いに戦車が並んでいた光景を見た事、家に帰ってみると、隣の住人から「お前はどちら側だ?」と聞かれ、「どちらも何もハンガリー人だよ」というと「質問にだけ答えろ、どちら側だ?」と言われた事、自分が歩いていた反対歩道の40m先を戦車が砲撃した事、目の前でロシア兵の足が半分吹き飛んだ事、動乱の後でハンガリーはチェコスロバキアから飛行機でメルボルンオリンピックに行った事・・・多分、どの歴史書を読んでも、ハンガリー動乱の時にハンガリー代表は地方で合宿をしていたなんて載ってないだろう。今となっては先生だけが知っている先生自身の物語。

たぶん、今日も「日本の同士よ」と言って色々なことを教えてくれる。
今の私には、これらが将来どのように役立っていくかはわからない。

でも先生から受け継いだものが、必要な知識や技術として反映してくれる事は間違いないと信じている。」



私が先生から受け継いだもの・・・・青二才な私は、それを今でも大事に英国の選手を育てています。

英国の労働許可に必要だった1年半。
労働許可が出たあの日、私は先生に報告に行きました。
ルコビッチ氏は労働許可が出た事に「でかした!」と喜んでくれました。
いつから行くのだ?と聞かれ、すぐに・・今日で最後の練習です、と言う俺に「そうだ、そうしなくてはいけない」と肩を叩いて言いました。
そして、クラブの選手を集めて紹介と挨拶をしてくださり、先生は「私が長年、国際指導者を教えてきた中で3本の指に入る素晴らしいコーチだ」と言ってくれた事・・今では大変誇りに思っております。

また報告に行きますと言いながら、私はまた再会を果たす事ができませんでした。

先生、ご冥福をお祈りいたします。

本当にありがとうございました。



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2016年02月23日

U14ユーロサーキット@英国

海外では規模が小さいなりに存在のあったU14(14歳以下)がヨーロッパフェンシング協会公認でU14ユーロサーキット大会となり、英国でも大会が開催されました。

男女でエペ・フルーレ・サーブルが行われましたが、まだまだ知名度が低い大会なのと移動が困難な場所での開催となり、国際大会というには規模が小さめ。

ほとんどの参加は英国選手で、アメリカ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、エストニアから若干名の参加があった程度でした。
(ハンガリーで3週間前に開催されたエペのU14には100人の参加があったそうですから、近隣国や移動手段などで違いがあるかもしれません)

今回、私はクラブの選手1名に同伴。

彼は英国で家族と暮らしていますが、国籍はルーマニア。
試合にはルーマニア選手として参戦しました。

フローリン君はまだ11歳。
しかし、その秘められた才能たるや凄まじいもので、この子は経験次第で将来すごい選手になると感じさせる少年です。
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試合は2ラウンドのプールとトーナメント。
プールでは身長差に苦しみ、接戦で落とす試合もありましたが、トーナメント32はシードを得ます。
トーナメント16では英国選手と対戦。幸運にもプールですでに対戦している選手で、フローリン君も慣れたように試合を進め勝利。

しかし、トーナメント8ではハンガリー選手と対戦。
さすがハンガリーはU14にして経験を積んでいるな、と思わせるのが途中で戦術を変えてくる事でした。
フローリン君が見つけた弱点をすぐにカバー、反撃でその弱点を封じてしまいます。
逆にフローリン君のその弱点狙いを狙われて逆手に取られてしまいます。

結果は10−15で敗退。前半良かっただけに、後半の逆転で試合中にショックを受けてしまいました・・。
泣き崩れる彼にコーチとしては、また頑張ろう!と声をかけるしか今はできません。
・・だって11歳なんですから。

結果は7位。表彰台には僅かに及びませんでした。しかし、今回でU14のレベル、またフローリン君の弱点も見えました。
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弱点は修正して、次の大会でまた笑顔を取り戻したいです。
















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2016年02月18日

英国での生活事情

英国生活も6年目に突入した私ですが、昨年の夏から一人暮らしをしております。
長年お世話になった大家さんとの共同生活から独立したわけですが・・これが非常に大変でした。

まず、部屋の契約。
不動産に行って契約やら支払いやらで苦労しました。まぁ・・・日本語だったのならば順を追っていけばそれほど大変じゃないのでしょうけど、やっぱり英語での契約は気が抜けないです。

そして、電気や水道の手続き。インターネットの契約など。
やっとの思いで生活を軌道に乗せたつもりでしたが、数か月後になってまさかの落とし穴が待っていたのです。

光熱費が高い!!
住民税が高い!
部屋が寒い・・・!!!

光熱費が高いのは驚きました。
まず英国の電気・水・ガス請求書というのが恐ろしい。
請求書に記載されていた金額が異常な額でした・・・それでよくよく調べてみたら、請求書にはestimateの文字が。
エスティメイトっていうのは推定です。
つまり・・・英国は定期的にメーターを見に来てくれるのではなく、まぁ〜だいたいこんなもんでしょ?と請求が出されるのです・・・。
それで、インターネットで登録やらを済ませて、自分でメーターを見て、数字をネットで送る・・・すると請求額が修正されて、オンライで支払いができるのです。

支払いは済ませたものの・・最初の額が衝撃だった為に、インパクトは薄れたものの、だいぶ高い額を支払いました。しかし、自分が使ったものですから支払わなくてはなりません。
昔、実家で生活をしていた時、トイレの電気を消し忘れていると親父に「電気だってタダじゃないんだ!」と怒られた事が思い出され、身に沁みます・・。

住民税っていう言い方が正しいかわかりませんが、ごみの回収や地域の緊急車両などの費用が部屋に住む人数で定められており、毎月払います。これも高いですが・・・支払わなくてはなりません。
ごみを出し忘れた日にはめちゃくちゃ損した気分になります。

部屋がさむい!!英国はとにかく雨が多いのです。雪にはなりませんが・・陽が出る日が少なくジメジメとして寒い日が続きます・・・。よって暖房を効かせる→光熱費が上がる!・・なにこの悪循環!!

こうなってみると、前の家での生活は・・本当にありがたかったです。
大家さんが全部これらをやってくれていたのだから・・。
私の支払う家賃には光熱費も住民税も含まれていましたから・・だいぶ大家さんに頼っていたわけです。

英国ではシェアで生活する事が普通にあり、ルームメイト募集の広告もみかけます。
私のような地方で生活する人でさえこんな感じですから、ロンドンなどは・・・考えただけで恐ろしいですね。

今後は無駄はせず、節約生活に努めたいと思います。



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2016年02月14日

全英ジュニアで二連覇達成!

全英ジュニア・フェンシング選手権女子エペで選手が二連覇を達成しました!!
ジェシカはジュニアでは最後の全英選手権でしたが、優勝で飾れました。
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早速・・・出ましたか!?年末の年越しチキンカツカレーの効果が!
(写真はピースでもビクトリーのVでもないです二連覇の2です!)

二連覇という偉業を成し得たものの、決して華麗な勝利ではありません・・・準決勝・決勝とかなり危ない試合内容で、観てるこっちはヒヤヒヤ。

結果として勝てたものの、修正しなければならない動きが目立ちました。


ジュニア男子エペではコノがベスト16.
こちらもトーナメント32で英国ジュニアトップ選手を破り、結果として優勝者に敗れる成績でした。
勝てた試合ではようやく相手を考える試合ができるようになってきたという感じを受けましたが、敗れた試合ではまだまだ持ち前の動きが出せず固くなっていた場面は反省しなければなりません。

カデ男子フルーレは32で敗れました。
TRUROには現在フルーレの選手がおらず、完全に対戦練習不足でしたが、それでもプールは勝ち越し、トーナメントも教えた事をやってくれます。ただ、教えた事もぶっつけ本番となってしまう現状に自信が無い場面が多く、本当に・・・練習相手さえいれば・・まだまだ伸びるのに・・と悔しい思いでいっぱいです。

カデ女子エペは2名がエントリー。これはTRUROでは快挙。
ディジーとソフィはまだ14歳ですが、今回は経験を積んでもらう為に出場させました。
結果はプールでディジーが4勝2敗、ソフィが2勝4敗といった感じでまずまず。
しかし、トーナメントは両選手が14−15で敗れる結果に・・・アンラッキー!?いえいえ、やはり最後は経験の差が出てしまいました。しかし、考え直せば経験値さえ積めば将来は明るいという事でポジティブです。

TRUROはカデ女子サーブル、ジュニアサーブルは男女で優勝しました。


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2016年02月11日

指導の前にそびえ立つ壁

フェンシングを指導する際、上手な選手と練習をする時ほどコーチのテンションが上がる。
まぁ、選手が上手なんだから、と言ってしまえばそれまでだが、教えた事が反射して帰ってきた時は更に動作を要求でき、それに対して選手が上手に応えてくれた時ってのはワクワクする。

英国でフェンシングの指導を始めて5年。
そんな練習ばかりでは無い。・・・というより、そんな練習は本当に希少で、ほとんどは試行錯誤を繰り返し、諦め半分ながらも「お前プロだろ!」と自分を叱咤しながら指導しているのである。

私が所属するTRUROはフェンシングの練習環境としては恵まれており、専用のホールとメタルピストがある。
専用ホールはTRUROスクールの施設で、これはTRUROの学生が全国優勝や英国代表選手として活躍しているからで、学校はそれなりにフェンシングを理解してくれている。

他県のフェンシングクラブはなかなか難しく、場所は体育館を時間で借りたり、曜日で体育館や地区のホールなどを借りてなんとか練習をしているのだ。

しかし、フェンシングという競技の知名度の低さは万国共通というか、英国でもそういうスポーツがあるという事は知っていてもTVで数秒見た程度、ルールは皆無、剣を使うんでしょ?ぐらいのレベルであり、英国ではサッカーやラグビーならまだしも、日本ではまず見かける事のないクリケットという競技以下の知名度である。

先日、とある学校で教えている際、雨が降ってるから室内の練習に切り替えたクリケットのコーチにフェンシングはもっと隅で練習してと言われたのには悲しくなった・・・。

私たちフェンシングコーチは放課後クラブという形で毎日色々な学校を訪れフェンシングを教える。
これで大変なのは道具はすべてコーチが用意しなければならない事で、15人いれば全て15人分必要になる。それを毎日担いでいく。

フェンシングマスク、ユニフォーム、グローブや剣・・・しかも教えられるのは各校1時間だけ。

道具もそうだが、私の走行距離たるや・・・先月は1216マイル、キロ計算で約1945kmをクラブ以外で教える為に走行している。
またこの指導は学校がお金を出してくれているわけではなく、あくまで学校で希望者を募って場所を借りているので、今期教えていた学校が次期ではもうやらない・・なんて事はよくある事。

そんな中でもフェンシングに興味を持ちもっとやりたいという子供をクラブに誘うも、それでクラブに実際に来るのは1/50人の確率でいれば良い方。

親も子供を少し長く預けておける場所、程度の認識しかなく、実際にクラブに通わせるつもりもない。

また、その学校にも色がある。
例えば、英国では私立の学校と公立の学校があるが、公立で教えているポテンシャルの高い子供をクラブに誘うと「月謝はいくらですか?」と心配し、私立の学校では「何時からですか?」と答えが返ってくる。

公立の子供はほぼ参加してくれないが、私立の子供はインターネットで注文したのか、全身新品のフェンシング道具を持参してクラブにやってくる。・・・そしてすぐ辞める。

現代で指導より難しいのは子供のモチベーションや興味をどれだけ伸ばせるかである。
今の子供たちは「熱しやすく冷めやすい」。
興味を持つには持つのだけど、根気よく続けることはなく、すぐに投げ出してしまう。
子供たちがやっている携帯電話のアプリゲームからもそれが見てとれる。

また子供たちは昔に比べて、新しいものに触れた時の理解度が高く、覚えるのは早いと感じる。
しかし、その理解度への進入角は千差万別で、どのように言えば理解してくれるかが大ざっぱではなく、ピンポイントでないと響かない。
同じ事に対して、1つの教え方だと、2人理解できれば良い方で、5人いれば少なくとも2〜3通りの教え方が無いと統一した理解が得られないのである。

・・それを週1回、1時間で・・・しかも次期があるかわからない、子供の興味が続くかわからない中で。

だから、試行錯誤しながら自分を叱咤してる。
剣のやりとりでワクワクする指導の前にそびえ立つ壁を前に、プロだろ?なんとかしろよ!と。

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2016年02月09日

ああ、尊敬すべき人

フェンシングに出会っていなければどんな人生を送っていただろう。

たまにそんな事を考えてみたり・・。

好きでやってます。
楽しくやってます。

たまにはイライラすれけれど、自分が選んだ道だから。

それでも最近は日本を懐かしく思い、日本の家族を恋しくも思います。
そして両親には年々、尊敬の思いが積み重なっています。

私の父の話を少し。

私は彼が24歳の時に生まれています。
祖父の経営する仕事場で、学業よりも事業を優先させられ、学生の時代には祖父から電話で呼ばれ「仕事が忙しいから帰ってこい」と言われるような時代だったそうです。
もちろん携帯電話など無い時代なので学校に直電で呼び出しです。
今なら確実に社会問題です。

私はと言うと24歳になって海外に修行の場を見出し、がむしゃらに走ってきたつもりでした。

・・がむしゃらに・・・!?本当に?

私は自分を父の人生と照らし合わせると、自分はただ・・わがままに、勝手気ままに突っ走っていただけだったのではないかと考えさせられます。

私もいまや38歳です。
父の38歳の時は私は14歳だったという事になります。

14歳の私・・ただ無駄に妄想をふくらませ、仲の良かった友達に会いに学校に行き・・もちろん父に電話で仕事に帰ってこいなど言われることのない平穏な日々。
まぁ、だれにでも普通にあるセピア色の記憶。

・・・いまの私にそんな14歳の子供がいたら。
そう考えるだけで・・・「無理無理(笑)」と思わず声に出してしまいます。

それでも、あの時の父は自分を犠牲にして私を育てる為に、兄弟を、家族をささえる為に働いてくれていたんだな。

・・・それを、ゲームが欲しいだの、ガンプラが欲しいだの、休みはどこかに連れていけだの・・・・あ〜〜ぶん殴ってやりたいあの時の俺!

その後、順調に反抗期を迎え、曲がった自意識から両親に歯向かい、何の権利を主張してか部屋に籠城・・・さらには父親と数年話もしないなど・・・お前、つまり俺はアホか!!

尊敬する。
父はすごい。もちろん同じだけの時間を費やしてくれている母もだ。

私は本当に心から両親を尊敬する。

そして過去の自分を思い出すと恥ずかしいやら腹立たしいやら。

そんな父から先日届いたプレゼントがこれ。
どうしても届けたいと。
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話しかけると、同じ言葉を返してくれるんだって。
・・・・これで、俺にどうしろと!?

さすがだぜ!親父!!

もし、このブログを読んでくれている中学生や高校生の人がいて、両親の年齢が40歳前後だったら、あなたのご両親は本当に素晴らしい人たちです。

あなたの為に毎日一生懸命でいてくれています。

俺も負けないで頑張らないとね。

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2016年02月03日

英国生活5年です

あっという間に1月が過ぎ去り、気が付いてみれば2月も3日。
私は2011年の1月31日に英国に生活を移していますので、ちょうど5年が経った事になります。

5年前にTRUROに所属して、エペの選手など皆無の状況から、英国チャンピオン、代表選手などを輩出する事ができたのは大変な幸運だったと思います。

また先週末に行われた英国ユース選手権南西部ブロック大会において、U12の若き選手が決勝戦をTRUROの選手同士の対戦で優勝と準優勝。最終スコアも9−9からの1本勝負になるなど、コーチとしてはどちらにも勝ってもらいたいし、どちらにも負けてほしくない熱くなる戦いを繰り広げてくれました。
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また女子でも銅メダルを獲得。ディジーとソフィは同学年で、別大会ではソフィが2位でディジーはメダルが獲れませんでしたが、今回はソフィは残念ながら途中敗退。
これもフェンシング。次の試合では両方が表彰台に立てるように切磋琢磨してもらいたいものです。
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週に1度ですが、別のクラブで指導を始めて1年と数か月。
こちらでもU18で優勝と銅メダルの結果をだしてくれました。
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今回表彰台に立った選手は全国大会に進みます。
まだまだ頑張らなくてはなりませんが、英国生活5年の記念すべき日に喜ばしい結果で頬が緩む今日この頃です。



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2016年01月27日

常識が非常識かも!?

最近、水泳をしてるんですよ。
今はフェンシングで生活している私ですが昔は、水泳部に所属していて毎日毎日そりゃぐるぐるとプールのコースを泳いでいました。

英国生活でも気分転換になればとスイミングプールに行ってみました。

いまでもそれだけ泳いでいたという自信もあり、通い始めたスイミングプールでもスムーズに泳げる人コースで泳ぐわけです。

壁を蹴り、ぐーっと伸びて、浮き上がりから水をかき、スイスイ泳ぐんですね。
でも時折、真ん中を泳ぐおじさんにぶつかりそうになるんです。
「なんだよ、自分だけのコースだと思っているのか?」と内心では腹立たしい思いでした。
でもまぁ・・自分の方が泳ぎは上手だし、避けてあげれば済むことさ、と自分では紳士な対応に努めているつもりでした。

ある日、プールの監視員に話しかけられ驚愕した。
「君、真ん中を泳ぎすぎだからもう少し端を泳いでくれる?」と・・。
そして監視員の指している方をみると「clockwise・時計まわり」の文字が!!

日本で水泳をした事がある人はわかると思うんですけど、日本ってコースを泳ぐ時は反時計回りなんですよね。私もまさか!と思いましたよ・・そしてハッとしたんですが、今まで迷惑に真ん中を・・いや逆方向に泳ぐという迷惑行為を続けていたのは私だったんですよ・・。

自分の常識が他所の世界では非常識かもしれない・・そんな気まずい経験でした。


m-07_36374 at 06:51|PermalinkComments(0)
livedoor プロフィール
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イギリスを拠点に世界中を転戦中のエペフェンシングプレイヤー。 前職はしがない自衛官だったのに、ある出会いをきっかけに中欧はハンガリーへと人生の舞台を移す事に。
結構どこでも暮らしていける生活振りは自衛官生活の賜物。
3日居ればもう長い事そこで生活をしている雰囲気を醸し出す俺は「人生ってなんだろう・・」と日々考えている。
ハンガリーでの生活は11年。
2011年にイギリスにフェンシングコーチとして就職しました。
☆2004年は日本選手としてワールドカップでベスト8に入賞するなど結構頑張ってました。
☆2008年は指導していた「車いすフェンシング」で選手がパラリンピック出場を決め、日本代表監督として北京パラリンピックに参加してました。
☆2009年に国際オリンピック委員会認定指導者に合格しました。
☆2011年にイギリスTruroFencingClubにコーチとして就職。
☆2014年は生徒がカデ英国代表に選出され、自身も英国代表コーチを務めカデ世界選手権に参加しました。
☆2015年に指導している選手がU18・U20・U23と国内で優勝、ジュニア英連邦選手権でも優勝しました。

2015年からジュニアの英国代表コーチとして世界大会を遠征しています。
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