英国でフェンシングを指導する日本人コーチのブログ。

2016年の最後の練習は日本でしめる事ができました。

と言うのも・・長野県でフェンシングを指導されている山本正典先生のご厚意で、日本で車いすフェンシングの櫻井選手と共に年末合宿に参加させて頂けたのです!!

私は日本ユースチームとのロンドン合宿を終えた直後に、すぐに帰国しました。

年末年始はコタツでみかんでも食べながらのんびりTVでも観て過ごそうと思っていた矢先に、櫻井選手からの練習オファー・・。
夏に単身で埼玉に合宿を求め、最終的には栃木県や陸上自衛隊にまで練習に参加させて頂いた櫻井選手・・それが忘れられないのだとか。
「あの素敵なエペ練習をもう一度・・」
と言うわけで、色々と練習の可能性を考えました。
しかし!!年末そんな都合良い練習環境なんてありません!!

そこで長野県の山本正典先生に相談させて頂いたのです。実は山本先生とは山本先生が日本のジュニア遠征コーチ、私が英国のジュニア遠征コーチとして、国際大会でお会いする事がありました。その際に、山本先生のフェンシングの熱い想い、そして長野から多くのエペ選手を輩出されていると知りました。

山本先生に連絡をさせて頂き、車いすフェンシングの練習をさせて頂きたいのですが・・とお願いすると、とても面白いです!選手を集めましょう!と快諾して下さいました。

まずは櫻井選手に京都から車で埼玉まで来てもらい、数日間で合宿前練習。
とにかく走らせます。
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なぜなら事前に腕を太くしておくように言っておいたのにあんまり太くないからです。

(結果、この合宿の後で櫻井さんは病院で医者に「腕から脚がはえてる!」と言われるくらいになったのですが)

実戦練習には先日ロンドンで一緒に練習をしたユース選手が練習に参加してくれました!
(小林選手、ありがとう!)

そして長野に移動です。
埼玉から長野・・以外に近い!!
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12月29日から31日の午前中まで、本当に素晴らしい練習をさせて頂きました。

伊那の高校生や長野出身のエペ選手にフルーレ選手、OB、OGさん、そして東京から日本女子エペ代表の大橋選手と中学生ながら全日本8位入賞の高橋選手が一緒に練習してくださいました。
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多くのファイティングで色々と経験させてもらいました。
中でも驚いたのは相手選手の対応力の高さ。
これは夏で栃木でも感じたのですが、序盤は車いすフェンシングは櫻井選手の土俵と見ていたのですが、選手が車いすフェンシングに慣れてしまうと、普通にフェンシングをされてしまう結果になっていました。

普通にフェンシングで対応されると櫻井選手は経験と実戦不足が圧倒的に足りないのが浮き彫りになるのです。
(実際は、その為に練習をさせてもらっているのですが)

また山本先生がいすに座り実戦で練習にお付き合いしてくださり1つ1つの動作を検証してもらえました。
その際のアドバイスは分かりやすく櫻井選手も勉強になったようです。

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練習で指導してくださいました山本先生をはじめ、西藤先生や長野フェンシング協会の先生方、そのほかの皆さんに本当に暖かく迎えて頂き、2016年を締めくくる最高の練習ができたと思います。

本当にありがとうございました!



12月16日から22日までロンドンはレオンポールセンターで日英ユースによる国際合宿が行われました。
合宿の準備で苦労した話は前回のブログに掲載されていますが、合宿が始まってしまえば大好きなフェンシング。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、郷に入っては郷に従え、千里の道も一歩から・・なのです。
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日本からは江川団長と加藤コーチのスタッフ、全国から選抜された男子4人女子4人の中学生がロンドンを訪れました。
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初日こそ緊張していた選手ですが、環境には徐々に慣れ、英国選手とも交流ができるようになっていました。
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また偶然ですが、日本チームが合宿をしていたレオンポールセンターでオリンピック男子フルーレ金メダリストでイタリア代表のカッサーラ選手の練習に遭遇!
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この興奮を日本の中学生と共感しようと「イタリア代表のカッサーラ選手が練習してるぞ!」と言うと、中学生から「ああ、なんか凄い強い選手ですよね」と冷めた答えが・・金メダリストを目の前に「なんか凄い強い選手」って・・ある意味、凄いわ・・今時の中学生は・・。
ちなみに江川団長と加藤コーチは鋭くカッサーラ選手を観察してましたね。(写真撮ってもらってたし。)

合宿は朝から夕方まで、レオンポールのエペクラブの練習にも参加させてもらい朝昼晩の3部練習。選手もだいぶ披露が溜まっていたようです。
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今回の合宿で1つだけ日本選手に真面目に注意した事があります。
日本の選手が英国選手とファイティングをした直後です。「今の対戦、スコアは幾つだった?」と選手に聞きました。
すると選手は「スコアはわからないですけど勝ちました」と答えたのですが、これでは練習の意味が無いのです。

もちろん対戦ですから勝ちたい気持ちは分かります。しかし、自分の失点も数えてないという事は、自分がどのように失敗したか全く考えていないという事です。

日本の練習のように休憩中の選手が審判をしてくれてスコアを数えてくれている事に慣れているのかもしれませんが、自分で対戦相手に声をかけ、ひたすらファイティングの数をこなす外国での練習では自身でスコアを数えるのは当たり前なのです。

連日の練習でしたが半日だけ休んでロンドン観光。地下鉄に乗ったり、時計台を観たり・・やまけんさんの先導で道に迷ったり!?
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最終日は試合が開催されて、合宿も閉幕。
あっと言う間のロンドン合宿でしたが、選手団は無事に日本へ帰国。
私にも大変良い経験となりました。
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皆さん、本当にお疲れ様でした!


2016年の12月は「日本ユース選抜のロンドン合宿」が実施されました。

今回の青二才はやまけんの合宿にまつわる苦悩話をお届けします。

今年の3月頃から選手団の受け入れと合宿の準備を英国と日本の間に立って進めてきました。
まだ私がハンガリーで生活をしていた頃、日本選手団を受け入れていた経験があります。しかし、その頃の私は首都・ブダペストに住んでおり受け入れて準備もそれほど大変ではありませんでした。
しかし、今の私は英国に住んでいるとは言えどTruroという南西の田舎暮らし。
この地方で暮らしながら「ロンドンで合宿」を準備というのが思った以上に難しいのです。
まずロンドンで確実に練習できる場所を抑える、事から始まります。

現在、ロンドンには有名フェンシングメーカー「レオンポール」が所有するレオンポールフェンシングセンターがあります。

4年前にロンドンで英国チームと合宿をした時はこのレオンポールセンターはまだ建設中で、私達はロンドンにある私立学校のフェンシング場を借りて練習をしました。
それもまた良い経験ではありましたが、レオンポールセンターはフェンシングの為の特別練習場です。

まず常設のメタルピストの数が多く、また電気審判器なども充実。朝から晩までフェンシングに使える場所としては最高の練習環境です。

このレオンポールのイベントマネージャーが過去にドイツで国際合宿を主催・マネージャーメントをしていたジョンさんなのです。この国際合宿には2年続けて日本カデ選抜が参加した事があり、今回のロンドン合宿を依頼してくださった日本エペミニム会の江川さんも、ジョンさんとは面識がある為、日本がレオンポールセンターで合宿をしたいという希望は問題なく受け入れてもらえました。

合宿の開催時期には苦労しました。
日本ユースがロンドンに合宿をするとしても英国の選手がいなければ意味がありません。

しかし、日本での選手選抜の結果や夏の国内試合の都合を考えると9月以降がベストという日本側の主張と、9月以降で合宿を平日に組んでも英国ユースの選手は学校が普通にあり、日本人はフェンシングを理由に学校が休めるかもしれないが、英国では無理、という英国側の主張が噛み合わず、またレオンポールセンターの他のイベントや試合も踏まえて日程を考慮する事となりました。
最終的に12月16日からクリスマス直前までなら日本も遠征可能で英国も学校が冬休みに入り始めるので時期的にはベストと決まりました。

日程は決まった頃には英国も初夏を迎えていました。これから夏なのに今からクリスマスの話か〜と思ったのを覚えています。

とにかく物価の高いロンドンで、リーズナブルな値段のホテルを見つけ、快適に滞在ができ、練習場所への移動も安全且つ短時間で済む場所・・これには頭を抱えました。なにしろ私はロンドンに住んでいないのですから。

右往左往に七転八倒を繰り返し、日本協会に1度予約をしてもらったホテルをキャンセルしてもらったり、レオンポールのジョンさんがホテル側に交渉して特別価格で部屋提供してもらったりと周りに助けられながら、練習場から徒歩8分のホテルを抑える事に成功。
また朝と夕食も特別価格(と言いながらもホテルはしっかりビジネスしてるな〜という価格)でご提供。
しかし、これには実際助けられました。
合宿の食事というのは大人数が多く、練習が終わってからレストランに移動すると場所取りが難しかったり、予約をしても料理に時間がかかり、また全員食べ終わるまで待つなどで逆に選手の疲労度が増したりする事があります。
それをホテル内で朝はビュッフェで夜はメニューから好きに選べるコースとなり、料理も待たずに食べたらミーティングして解散で部屋に戻って就寝は、実に合理的で便利な方法でした。

そんな事が全て決まったのは・・結局11月の後半となっていました。

そして・・やっと日本ユース選抜団を無事に迎える事ができたのです。

選手の同伴でトルコはアンタリアに遠征しました。トルコは素敵な国です。しかし、今回のイスタンブールでは爆弾テロが起きるなど悲しい事件が増えています。先日もイスタンブール経由で日本から帰った時に空港爆破テロに遭遇したのは記憶に新しいです。恐らくは小さなテロ事件などは頻繁に起きているのだと思います。

それでもスポーツの国際的なフェンシングの大会が開催されるのは嬉しい事です。

選手のイヴォンは女子フルーレ選手。
今はアメリカの大学に通いながらフェンシングを続けています。

アメリカの大学ではフルーレ選手が多く、練習も充実しているそうで、このトルコでの国際大会は良い結果が出るのでは・・と期待していましたが・・結果は1番最初の英国の選手同士を落とし、その後でルーマニア選手に敗れて予選グループ戦を3勝2敗。
続くトーナメントの対戦相手が結果としてこの大会の優勝者となってしまうなどの不運にもあり、結果の伴わない大会となってしまいました。

今回の大会でイヴォンの敗因の1つは、セルフトークの悪循環でした。
試合中に常にできない、内容が悪いとネガティヴな主張ばかり。まるで駄々っ子な子供といった感じで、思い通りにならない展開にイライラしてる場面が多くみられました。
試合後に「自分自信にネガティヴの卵は君からネガティヴ思考の栄養を吸い取る。その卵が孵化すればネガティヴモンスターに成長し、君の全てのポジティブを食い尽くす。実際に君は私の話すら試合中に聞いていない。それでは私が何の為にいるのか?私は君の味方だろう?」と話をした。

大学に進学して新しい環境で新しい仲間と実践練習もしているのでしょう。それは彼女が私と一緒に練習していた頃には叶わない事でした。
しかし、常に同じ事で練習でチームメイトに勝てる事で、それに満足しているだけなのだというのが観て感じられる試合の内容でした。

練習だからこそ、今できる動作で勝つのではなく、新しい可能性で勝ち負けを繰り返し、それを糧に自信に変えて試合に臨む・・そんな簡単な事すら誰かに言われないと分からないようでは駄々っ子な子供のままです。

次回はもう少し成長したイヴォンと遠征ができると信じています。
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英国のとある公立学校にフェンシングを教えに行った先日、全く知らないその学校の生徒にチャイニーズと叫ばれつり目ポーズをされました。つり目のポーズは欧米の人がアジア人を馬鹿にする際にする仕草です。
その生徒も周りも笑っているので、これは完全に意味を理解してるなと判断し、その生徒に「ちょっと来い」と言い、背負ってカバンを掴むとそのまま学校の受付に連行。
そこで、「この学校の教育やこの子の親の教育に問題があるのか知らないが、私がアジア人というだけでこの子は私に容姿を馬鹿にした差別的なポーズをする。私はこの学校から指導の依頼を受けて来ているのに、これはどういう事だろうか?」と訴えました。
学校の先生は平謝り、その子は親を呼ばれてお説教。最後は泣いてましたが・・泣くぐらいなら最初からやるな!と言いたいですし、私もここで見逃す訳にはいかないのです。ここで見逃せば、この生徒はきっと同じ事を他のアジア人にも、もしくは同級生にアジア人を侮辱して笑い者にするかもしれません
。そうした際にトラブルや他のアジア人生徒が傷つく事の無いようにこの機会に学んでもらいたいのです。
ヨーロッパでフェンシングを指導するのは一筋縄にはいきません。
こうした事にも臨機応変に対応しなくてはならないのです。

イタリアを訪れる度に自分の発想はありきたりで自由が無い事が嫌になる。
これはこうあるべき、こうするべきと型にとらわれている。その点、イタリア人は自由だ。機能さえしてればどういう形でも鮮やかに決める。それに加えて独自のスタイリッシュなセンスが「イタリアン」なのだろう。
それがまさか車いすフェンシングのピストにも現れているとは・・。
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写真のピストはイタリア製。
このピストの1番の驚きは左右を入れ替える事なく、右選手用、左選手用が固定バーの位置を換えるだけで瞬時に切り替えられる点だ。
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唯一の欠点は分割や折り畳みができない点だが、そもそもクラブに常設していれば選手は練習に来るし、相手も豊富だからどこかに持ち運んで練習をするという考えすら愚問なのである。
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練習の環境も良いし、選手も強いし、イタリアはコーチもイケメンなんだよね。
今のところ、コーチがイケメンという点以外に勝ち目がないなんて・・不公平だよなぁ。

イタリア・ピサでの車いすフェンシングワールドカップが終了しました。
結果はダンが男子サーブル(A)で5位、男子エペ(A)で17位。
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レベッカが女子フルーレ(A)で12位、女子サーブル(A)で10位でした。
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今大会は世界ランキング上位選手の出場こそ少なかったですが、リオ・パラリンピック出場の選手、リオに出れなかったロシア、開催国のイタリアなど、若手選手が経験を積み、世界のレベルを学べる大会でした。中でもパラリンピックに出場した選手に5ポイントなら勝てた、15ポイントではボロ負けしたなどの結果は今後につながる経験でした。
ダンは18歳、レベッカは14歳、そんな兄妹は試合中もお互いを支え合い、試合後は「諦め」や「弱音」ではなく「次の試合では何をすべきかわかった」と語ってくれました。
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まだまだ練習が必要です。次回にイタリアに彼らと訪れる時は「何をすべきか」をしっかり準備して挑もうと思います。

イタリアはピサで開催される車いすフェンシングワールドカップに、クラブで指導している選手と共に遠征します。
リオでのパラリンピックが終わって、最初のワールドカップ。
2020年の東京へのスタートラインとなる試合に遠征できる事を誇りに思います。
残念ながらピサ大会に日本からの出場は無いとの情報ですが、大会に参加する日本人として多くを学び、選手の勝利に貢献したいと思います。

先日、クラブで写真を撮ってもらいました。

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こういう写真ってなかなか自分で撮れないのでありがたいです。

秋も深まり・・最近ではすでに寒い!
そんな英国生活ですが、クラブで指導している選手が地方大会に出場しました。

ガーレ君は少年エペ11歳以下で優勝と13歳以下で銅メダルでした。
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少女エペ15歳以下ではソフィとデエィジーが決勝に進出。
同クラブ対決の決勝なんて本当に珍しいです・・・。しかも互いに手の内を知っている同士で試合も接戦します。
最終局面は14−14の1ポイント勝負でした。
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結果、勝利を焦ったディジーが渾身のアタックを止められてソフィが得点。
優勝はソフィ、デエィジーが2位となりました。
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デエィジーは廊下の隅で悔し泣きしてましたが、これも経験。
「イングランド選手権2位のソフィに1ポイントまで迫ったのだから、いままでの練習が身に付いてきているよ。」

そう言って励ました・・・すると、次の週末。

デエィジーはロンドンで開催された英国17歳以下のランキング大会で、初戦のグループ戦を4勝1敗で勝ち抜くと、次々と国内ランキング上位の選手を打ち破り、65人中6位入賞という結果を打ち出しました。
メダルまで届かなかったのが悔やまれますが、それでも国内大会で初の入賞は嬉しい成績です。

数少ない人数でなんとか勝ち抜いています。
黄色いチームユニフォームに数発の弾丸・・それでも確実にターゲットを射る!
そんなTeam Yellow Bulletです。

9月はヨーロッパでは新学期が始まります。
日本は4月に新学期・・ちょっと違和感がありますが、ヨーロッパの学生は長い夏の休みが明けて、心機一転の新学期になるわけです。

私のように地方で指導者をしていると、この時期は生徒がロンドンの大学へ巣立っていきます。

コノもそんな歳になったか・・・と感慨深いものがあります。
私が5年間、教え続けてきた生徒。
試合では自分より実力がある選手に何度も勝利し、その逆にあまり実力のない選手にはなぜか負ける・・技術よりも気持ちに波のある選手でした。

最後の全英学生選手権では北アイルランドの代表として出場。
(英国はイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの4つに分かれる)

イングランドの代表選手を破るなどする波乱を起こすも、ウェールズの選手に惜敗。
結果は3位となりました。しかし、フェンシングを始めた頃の彼を知る私としては…全国3位は本当に誇らしい成績です。
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コノはロンドンの大学に進学。TRUROからは離れますが、休みの日には戻って練習に参加してくれそうです。
ちなみに彼は今期から選手登録を英国からアイルランドに変えてジュニアのワールドカップに出場します。

フェンシングの新シーズンに入って、ジェシカも好調です。
シニアの国内大会に出場して優勝。
しかし、決勝の内容は・・6−11からの猛攻で15−14で勝利とか・・。
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そんな感じの始まりですが、まだまだ選手たちの活躍に期待です。

レベッカを車いすフェンサーとして指導を始める時に少し不安がありました。
先天的に関節が滑りやすく、普段は杖をついて歩く少女。
彼女が母親と一緒にクラブにやってきた当時はまだ12歳でした。
年齢や障害レベルは関係なく、激しく剣で戦う競技なのが車いすフェンシング。
正直、私は彼女がいつまで続けてくれるか・・すぐ辞めてしまうかもな、とも思っていました。

しかし途中、同じ障害を持つ兄も練習に加わり、練習環境としては兄妹で切磋琢磨して技術も向上していきました。
U17世界選手権で兄が世界チャンピオンになってから、いつかは自分もと兄の背中を追うようになっていたレベッカはU23世界選手権で銅メダルを獲得。

そして・・・先日、開催された英国フェンシング学生選手権の男女混合車いすフェンシング部門で、見事に3種目制覇を達成。

エペ、フルーレ、サーブルで出場した男子選手を全て打ち破り、女子選手が3冠を達成する偉業を成し遂げてくれました。

私の不安すらも打ち破り、英国学生の頂点に輝いたレベッカを、心から誇りに思います。
おめでとうレベッカ!!

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2016年の夏は思い出の夏になりました!色々あり過ぎて・・・書ききれないので、一部を写真で報告します!
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まずは7月後半からフェンシングの合宿が続き、練習漬けの毎日。
でも、それが充実した毎日だったりするんです。
その中での一枚・・・ステンドガラスと重なってヨーロッパ発祥のフェンシングらしい写真となりました。
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8月から日本へ。
早速、那須塩原へ小旅行。
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英国で一緒に練習した車いすフェンシングの櫻井選手が私の住む埼玉まで練習に来てくれました。
どんな場所でもできるのが車いすフェンシングのいいところ!市営の研修所の会議室で練習する事ができました。
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櫻井選手は栃木フェンシング協会のご厚意で国体合宿に参加させて頂きました。
みなさん、真剣に練習して下さり、感謝感激です。写真は櫻井選手と今回お世話になった栃木フェンシングの相場先生です。
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宇都宮に来たからにはこれを食べねば!餃子です!
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埼玉に戻った私は家族で母の故郷である青森県八戸市へ家族旅行と祖父と祖母のお墓参り。
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家族旅行で青森屋という温泉宿に宿泊。どこか懐かしい日本・・そんな雰囲気に感無量でした。
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祖父と祖母が暮らしていた家。
いまは売りに出ているそうですが、玄関の表札を割って祖父に叱られた事、祖母が立っていた台所、庭でトンボを捕まえた事、祖父が他界し、初めてお葬式に出た事・・・いまでは記憶の中にしかない出来事が、この家を舞台に実際にあった出来事だと思うと感慨深いです。
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埼玉に戻ると、櫻井選手と一緒に私の永遠の故郷!自衛隊体育学校で練習をさせて頂きました。
お世話になった先輩方や指導者になった後輩達、今も現役で頑張る選手たちに会えて、本当に嬉しかったです。
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突如、知人のお墓参りに行きたい!と言いだした母と、仕事が休みだった父と日帰りで一緒に富山県へ。
父と母と私だけで旅行するなんて、もう何十年なかっただろう・・。いつもは兄弟や友人やら誰かが一緒にいたからなぁ〜。
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高岡の大仏様を拝みに行きました。
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いつの間にか8月も終盤。富山の畑も稲穂が一面に・・・秋の訪れを感じさせますね。
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久しぶりに日本でゆっくり(!?)した時間を過ごす事ができました。
家族と楽しく過ごした日本の夏の思い出は私の宝物になりそうです。

いまは英国に戻り、心機一転してフェンシングを指導してます!

英国のTVはライセンスがいる。
引っ越しをして、1年が経とうとする7月、間違えて自分宛ではない手紙を開けてしまった。

自分宛のではない手紙はよく届く。
おそらく前の住人、前々の住人宛の手紙だろう。
宛名を見て自分の名前でないとわかると、ある程度が溜まってから不動産屋に渡していた。
今回の宛名は「the legal occupier」となっていた。
訳すと「合法的にお住いの方へ」という宛先。

ただのセールスか?特売の連絡か・・そう思って手紙の内容を読んでみると震える内容だった。

「最終警告にも返答が無い為、法律に基づいた処置をとらせて頂きます。数日後に調査員を派遣します。決定に不服はある場合は法廷に控訴できますが、違反と認められた場合は£1000ポンドの罰金と法廷でかかる費用はすべて負担して頂きます。」

・・え?なにこれ?なんか凄くやばい感じがするのですが!?

すぐさま不動産屋に行って事の次第を説明した。
すると「あなたテレビ持ってるでしょ?そしたら払わなくっちゃTVライセンス料」と当然のように言われたので、慌てて「持ってるけど、アンテナにつながって無いし、DVDを観る時しか使ってないよ」と答えた。
不動産屋のおばちゃんは「テレビ買った時に許可書にライセンス番号を登録したでしょ!?」とよく解らない回答をくれた。

そこで家に戻りネットでよく調べてみる事にする。

すると英国生活のテレビの不思議が解ってきたのだ。

まずテレビを購入する際にTVライセンスに加入して料金を支払います。(年間で£145.5)
そしてテレビを買う際に登録。

75歳以上の人は支払いは必要なく無料でテレビが使える。75歳以上の人が家に住んでいれば、その家の同居者も無料。
私が以前、支払わなくて良かったのは、大家さん(75歳以上)に部屋を借りて共同生活をしてたから、その恩恵を受けていたのか・・。

テレビをパソコンのモニターや本当に(この定義は不明)DVDやゲームをする場合ならば、支払いの必要はないが、インターネットを通じてライブ映像(Live)や動画サイトでライブニュースを観る場合は、それがテレビで無く、パソコンのモニターやタブレット端末、ゲーム機器だとしても支払わなくてはならない。

そこで思い出した・・私はインターネットのプロバイダーと契約する際に、スポーツ中継をパソコンで観れる契約にしていたのだ。
つまり・・いくら観てないとシラを切ってもインターネットの契約に残ってしまっているという事態に・・。

結果、ここは安全に支払う事に。
ネットでも支払わない選択や調査員が着てから払うなどもあったけど、罰金になると永住権の申請にも影響が出るらしい。私は既に永住権を取得済みだが、これがきっかけで剥奪となるようでは悲しすぎるので・・生活安全第一って事です。

料金を1年分支払った現在、これは昨年の分という事でもう一度支払え!とは言われておらず、TVライセンス登録の手紙とナンバーが郵送されてきた。

支払ったからには今後はテレビ観るぞ〜!って思うのだが、私は日本でもテレビは観ないので、何を観て良いのやら。

あまり詳しい情報でなくて恐縮ですが、リオ・オリンピック後のサーブルのルール改正における実験とサーブル審判器のタイミングの変更について書きます。

今年の夏のオリンピックが終わった後の新シーズンで、全てのカテゴリーにおける国際大会でのサーブル種目は実験的にオンガードライン(スタートライン)での「立ち位置」を変えるかどうかの実験が数か月行われます。

通常、フェンシングピストにはオンガードラインという選手が競技を開始する際に立つ線があります。
両選手がその線の「外側」に立ち、審判の合図で競技を開始します。

この外側に立つというのは、オンガードラインを選手の前足で踏まない・超えないように立つ事を意味します。

しかし、このルール改正の実験では選手はオンガードラインの内側に立ちます。

この内側に立つというのは、オンガードラインが選手の後ろ足側面に触れる程度の場所に立つ事を意味します。

つまり、選手同士の距離がかなり「短く」なるのです。

この実験は新シーズンからの国際大会より数か月の間で適応されます。

私が活動の拠点とする英国では、このルール改正実験を見送る事を発表し、国内大会や選考大会は通常のルールで実施する事を決めました。
国内で変わるかどうか判らないルールを適応して混乱させるより、国内は通常に代表選考をして、国際大会に出場する選手やその可能性のある選手のみ、それに対応した練習をすればよい、との判断のようです。

アメリカでは国内大会でデモンストレーションを実施。
youtubeなどには実演している動画なども出ていますが、あまり賛同されてないようです。


審判器のタイミングについてですが、これは決定事項です。
実験ではなく、すでに審判器の内蔵チップが交換できるようにフェンシングショップでは商品化されて販売しています。
このタイミングについては私も実体験が無い為、どのように変更されているのかは分かりませんが、上記の動画ではすでに新タイミングでの審判器が使われていますのでご覧ください。動画で説明をしているアメリカのコーチはカウンターアタックが難しくなると説明しています。

またこのコーチは「このルールはロシアからだけではない」と冗談交じりに言っていますが、この発案がロシアで、すでにロシアはこのルールで練習を重ねて実戦に取り入れている為に準備万端、国際協会に強く圧力をかけているのではないか、と「噂」がたっているのは事実です。

個人的には従来のルールでは最初の距離への入り方にも技術や戦術があると考えているので、変更はあってほしくないですね・・・。

2016年の年齢別イングランド選手権に参戦しました。

Truroのエペからは男子11歳以下でガーレイ、男子13歳以下でフロォリン、女子16歳以下でディジーとソフィーがタイトルに挑戦しましたが、ガーレイは惜しくも優勝した選手に敗れ7位、ディジーは予選は良かったのですが、トーナメント3回戦で敗れて12位でした。

しかし、ソフィーはディジーよりも予選の成績が悪いものの、トーナメントで何かを掴みます。
初戦を一本勝負で勝利すると、その後も接戦を制して勝利、続く対戦も勝利・・あれよあれよと勝ち進み遂には決勝進出を果たしてしまったのです。
こんな事があるからフェンシングは面白い!
ここまで来たらあとは楽しんで競技しなさい!とピストに送り出しました。
決勝の相手は実力者。結果は大敗を喫し2位となりました。
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それでも彼女の成長が見れて本当に嬉しい結果でした。

もちろんディジーの成績も上出来です。でも成績よりもソフィーが決勝まで勝ち進んでた事が素直に喜べないディジー。
「やっぱり悔しい」そう呟く彼女。
でも、それでいいんです。
同じチームの同級生がライバルでいるって大切な事だと思います。

最後はフロォリンが圧勝に試合展開で優勝を飾りました。
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彼はすでに12歳以下で全英チャンピオンですのが、1歳上がった年齢グループでしたので少し心配でしたが・・本人は気をする事なく、むしろ油断して相手にポイントを与えてしまうものの締める所はは締めてイングランド選手権を制覇。
英国とイングランドの2つのタイトルを手に入てました。
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日進月歩な選手の成長ですが、着実に力をつけていると感じます。しかし、いまは成果を焦せらず、バランスの良い選手育成を目指します!

私は宣言します!

櫻井選手が東京パラリンピックまでの国際大会で入賞してメダルが獲れる選手です!もし獲れなければ、私は逆立ちして鼻からオレンジジュース飲んでみせる覚悟です!

それぐらい櫻井選手は可能性のある選手です。
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その自信の根拠もあります。

櫻井選手はカテゴリーBの選手です。
車いすフェンシングのカテゴリーBというのは選手の状態に大きな幅があります。
カテゴリーAの選手、例えば切断で右脚を失っている選手、左足を失っている選手同士では状態の幅という点では大きな差はありません。

しかし、カテゴリーBは脊髄損傷の選手が多く、その損傷は選手によって違いがあります。
その違いにより上半身の動ける範囲が大きく変わってくるのです。

櫻井選手は言うならば「動ける範囲の広いB選手」なのです。

車いすフェンシングはシビアな競技です。
国際試合で同じカテゴリーの車いすのピストに座り、お互いが剣を構える以上、相手選手は損傷具合など気にしていないし、気にもしてくれません。(もちろん試合後や私生活では別です)

相手が前にいる、それだけを理由に「勝利」だけを求めて、自身の全力を尽くすのです。

櫻井選手が今まで試合で勝てなかったのには、車いすフェンシングにおいて「自分自身をしっかり理解していなかった」という点があります。

カテゴリーBで損傷具合からあまり上半身が動かない選手はアタックを仕掛けてこないでディフェンスに徹します。

練習でも自分を守る動作を反復して練習しているので、それに自信があり、それを勝ちパターンにしている選手が場合が多い。
そんな選手に櫻井選手はポイントを獲る事だけ考えてアタックを仕掛けているのですから・・・返り討ちにあうのは当然です。

それさえ、理解して「動けるB選手」が勝ちパターンを構築してしまえば、勝率はグッと上がります。

また多くの方が誤解されていますが、車いすフェンシングは車いすが固定されているから距離が同じと言うのは間違いです。

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距離は自分で作るのです。
その距離は選手の状態によっても違いますが、少なくとも櫻井さんのような動けるB選手は車いすに座った状態でも相手の剣を避ける距離が得られるのです。

そんな事を話をしながら、私の教えている車いす英国代表選手と練習を重ねた櫻井選手。
レッスンでは技術と戦術を織り交ぜてしっかり勉強してもらいました。

合宿期間では少し得たものがあったのか、アタックに伸びのあるカテゴリーAの選手と接戦できるように成長していました。

英国選手のレベッカにとって刺激だったのは「女子選手同士の対戦」でした。
レベッカはいつも兄であるダンと練習をしています。ダンはスピードもあり何よりリーチと力強さが違います。
しかし、櫻井選手とは同じ女性で負けても言い訳ができない点がレベッカを驚くほど成長させました。

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あっという間の2週間でしたが、最後は櫻井選手にTRUROにもっと残っていたい!と言ってもらえるような合宿ができました。

また必ず一緒に練習ができる日がきます。
もしかしたら国際大会で再会するかもしれません。
次に会う時は、お互いの成長を称えあえる仲間で合ってほしいと思いました。

櫻井選手、私が逆立ちして鼻からオレンジジュースを飲まないで済むように頑張ってください!

はじめて櫻井さんからメッセージをもらったのが4月中旬でした。

「練習環境に限界を感じています、可能であれば練習を見て頂きたいです」

車いすフェンシング日本代表・櫻井選手はアジア大会を終え、リオでのパラリンピック出場の可能性が消滅してしまいました。

しかし、目の前の可能性が無くなったのだから、次の可能性には誰よりも先に準備できる!と言わんばかりの行動力で、次の出発点を英国はTRUROと決めてくれました。

再出発を考えた時に、まず櫻井選手が求めたのが練習環境と指導者でした。

それは海外遠征をする度に感じていたジレンマ。
他の国の選手には一緒に練習する仲間が大勢いて、常に指導してくれるコーチもいる。

日本でも指導者の方が熱心に指導をしてくださるそうですが、週末に限られた練習時間だけ。
仲間は男子選手はいるものの、国内で女子は櫻井選手のみ。

そんな限られた環境でも櫻井選手は練習を重ね、国際大会に出場していたのでした。

6月に2週間の合宿期間を設定して、京都からはるばるロンドンにやってきた櫻井選手。
車いすフェンシングの遠征というのは本当に大変!

まず荷物が多いのです。
自身が生活で使っている車いすはもちろん、競技用の車いす、フェンシングバック、スーツケース・・・それを車いすを操作しながら1人で持って、さらには飛行機に12時間以上乗ってくるのですから・・青二才な私は感服致しました!

私は今回、櫻井選手を指導するにあたり、国際大会の試合などをいくつか観て分析をしてみました。
その結果、櫻井選手は良い動きがあるものの、いくつかの弱点がある事に気がつきます。
合宿が始まったら、その辺りを中心に修正していこうと計画も練っていました。

しかし、実際に練習を始めて分かったのですが・・・いくつかの弱点どころではなかったのです。

知識や技術があって、失敗をしているから弱点であって、櫻井選手の場合は「車いすフェンシングを解ってなかった」と言っても過言ではないレベルだったのです。

「それなのに国際大会に出場して、そこそこポイントを獲って世界ランキングが20位?」
私は嬉しくなって言ってしまいました。

櫻井選手は「嫌な言い方する人だな・・」と思ったかもしれません。

馬鹿にしているわけではありません。
むしろ「凄い」と感じました。

今までの試合は経験や知識が無かったとはいえ、どうにかしたくて我武者羅に戦い、ガッツだけで挑んでいたのです。

そんな選手にこれから「知識と技術」を乗せ放題ですからね。
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指導者としては心躍りますよ。

英国でフェンシング指導者として働き始めて5年。
それまでも幾度に渡り私を苦しめたのが、労働ビザでした。
思い起こせば、1番最初の申請に3度失敗し、取得まで1年半も費やした労働ビザが始まりでした。
労働ビザというのは期限付きで、法律上の問題なく労働を続けていれば延長が可能なのですが、英国では最長で6年と決まっています。(幸い私はその6年を取得する事ができました)しかし、それ以上の労働には永住権申請をしなくてはなりませんでした。

英国での生活が「永住権取得の条件年数の5年」に達した頃に予期せぬ自体が発生。・・というのも、移民局で永住権申請に関する大幅なルール変更があったためです。
突如2ヶ月で申請に必要な英語テストとLife in the UKテストに合格し、さらには申請料1875ポンドを支払うという難題に直面しました。

なんとかこの難題を乗り越え、永住権申請へとたどり着いた私は、最後に大量の申請書類を前に意識が薄れ倒れそうになりながらも、必要書類を揃え、間違いのないように何度も見直し点検をした末、申請を果たす事ができたのでした。

永住権を申請してしばらくすると銀行口座から1875ポンドが支払われ、指紋登録をするようにと手紙が届きました。
すぐに指紋登録を済ませましたが、その後は何も連絡がありません。

そして1ヶ月半が経過した頃、突然家の呼び鈴が鳴りました。
郵便配達から大きな封筒差し出され、受け取りすぐに開封してみると、私が提出したパスポートや銀行口座の証明書、テストの合格証明書などが送り返されてきました。

しかし、肝心な永住権のカードが同封されていません。

「ああ、失敗したんだ・・・」

そう思いました。

中には3枚ほどの手紙が入っていました。
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内容は「提出されたドキュメントを返します」から始まり、よくよく読んでみるとちょっと内容が予想と違う事に気が付きました。
「あなたの永住権カードは7日以内に郵送され受け取れますが・・」
その文章で、ハッとしました。
これは・・・取得できたのか??それとも・・取得された場合は7日以内に郵送されますなのか・・・。

当然、いままでの苦労を考えたら、この手紙にも「おめでとうございます!申請は受理されあなたは英国の永住権を取得しました!これからは労働の制限なく頑張ってください!」くらいの文章が添えられていないとダメだろう!?って思いますよね・・。

そして後日、郵便で小さな封筒が届きました。開封すると以前持っていた労働ビザカードと同じ物が入っています。

しかし、そこに記載されている内容が大きく違います!
やっと手に入れる事ができました!
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「Indefinite Leave to Remain(無期限の在留)」

ドタバタ劇でしたが、無事に永住権取得となりました。
運も良かったですが、支えてくれた職場のメンバーや家族、応援してくださった方々に感謝しています。
1人では到底無理な挑戦でした。

ここまでの流れで、取得に関するアドバイスをしてくれるサービスや、書類を確認して提出に関するアドバイスや提出までしてくれるサービスもあるようです。
また申請に際し、1日の審査、4〜5日の審査でも申請できるサービスがあるようですが、私は予算的にこれらのサービスは使用しませんでした。

でも・・・最後に気になるんだけど・・・永住権って割に、カードの記載に有効期限があるって・・どういう事なんだろう・・!?まぁ・・それは2024年になったら考えよう・・。

永住権の申請までをブログに記載しましたが、これはあくまで仕事が続けられるようになったにすぎません。
これからは今まで以上にしっかり前を向いて指導をしなくてはならなくなったわけです。

自身でもまだまだ未熟で、選手に伝えられない事がたくさんあります。
そう言った意味でも、まだまだ勉強して精進していく次第です。

最近、脳についての本を読んでるのですが、実はフェンシングの審判は脳をフル活動させている事を知りました。
まず視覚系脳は選手の動きを目で追い、何が起きたのか見て、聴覚系脳でが剣の接触音、審判器の音などを聞き分けます。記憶系脳で目の前で起きた事をリピートして、理解系脳でどちらの選手が得点したか考えて、思考系脳でそれはなぜなのか、どう説明するかを考え、感情系脳でそれを両選手に平等なコミュニケーションに変化させます。また運動系脳でコミニュケーションに準ずるハンドジェスチャーで表現するのです。
これを私達は瞬時に行っているのです。

脳をまんべんなく刺激し続ける事で、脳は活動を続けるのでボケ防止になるのだとか。
素晴らしい!!・・と私の脳は結論を出したのですが、考えてみれば、大きな大会での審判、先輩同士の対戦の審判は、間違えたらどうしようという恐怖に怯え、ちょっと判らないとパニックでボケたジャッジをして怒られたりと、脳以外の内面的に弱い所がやられるので・・結構、大変なんですよね。

そんな事を考えながら、英国南西部で開催されたクラブ大会に審判として参加してきました。
田舎のクラブ同士の交流試合ですので、会場に手の込んだ準備はできず、体育館にピストを敷いただけの簡易な設備でしたが、3種目を2日間に分かて開催して、参加人数も多く集まりました。
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私は1週間で3つのクラブを掛け持ちして指導していますが、どのクラブからも初心者・経験者の参加があり、普段練習している事を互いに試し合うには大変良いサイズの大会だったと思います。
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しかし、今回は私は審判です。審判ってのはこうなんだ!って事をしっかり見せなくてはなりません。
・・・が、審判というのは本当に神経を使います。ハードな仕事なのです。
さらに「エペはなんとかなるから、サーブルとフルーレをお願い!」と頼まれて、余計にプレッシャーがかかります。
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それでも、この大会を成功させる為に、私も頑張ってきました。
やっぱり、フェンシングは色々な人と楽しく競技できるのが1番の魅力。
初心者でも経験者でも、結果はどうあれ次も出たいな、と思ってもらえるように試合のお手伝いをしました。

いくつか・・・怪しいジャッジもありましたが、概ねOK・・・だったと自己採点しています。
でも、本当に脳はフル回転。
さらに今回は「違うクラブだけど、どちらの選手も私の指導している生徒さん」の対戦を審判するなどもあって「感情系脳」がビビビッと刺激されました。
どちらも勝たせてあげたい、どちらにも負けてほしくない・・でも、そこはフェンシングの審判・・平等なジャッジをしないと!、といった具合でした。
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男子エペはクラブは違うけど、「やまけん色」の選手で表彰台を独占でした!

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