空を見上げて
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一時帰国ー1

2月後半〜3月後半の一ヶ月、実に3年半ぶりに日本に一時帰国をしまして、
家族・友人・親戚の皆の顔を見て、演奏会とライヴ、旅行に日本食・・・
色々とぎゅぎゅっと詰め込んで、久しぶりの日本を堪能してきました。

kifune1


日本に到着してまずは母とのリハーサルと演奏会へ出演でした。

母は若いころからお琴と三弦を生田流正派で学び、現在大師範です。
後年(10年以上前でしょうか)、金剛流の能を始め、
以来、むしろそちらにのめり込んでいるように見受けますが、
今回は本来お琴と尺八の為に書かれた「春の海」の、
尺八パートの部分をヴァイオリンに置き換えて演奏しました。


母の琴・三弦のお師匠さまの門下生が一堂に会する会だったのですが、
幼年の頃より憧れていたお二方・・・
母のお師匠様と、更にそのお師匠様であられる唯是震一氏
に聞いていただくことが出来て、本当に光栄なことでした。

母は私が赤ん坊の頃からお稽古場(レッスン場)に連れて行っていたので、
母の師匠様も私のことを赤ん坊の頃から知っていて、
当時からの同門の方々はやはり私の事を赤ん坊の子頃から知っていて。
演奏会では何人か、母と同じく若い頃からずっといらっしゃる同門の皆さんに、
お会いする事ができたのですが、皆さんが口々に「まぁまぁ、本当に・・・
大きくなって!/お姉さんになって!/素敵になって!/立派になって!」
などと言ってくださるのが何ともこそばゆく温かい感じでした。


帰国して数日間の母との合わせのあと、 母のお師匠様のところにお稽古に行き、
懐かしいご自宅(お稽古場)の匂いをかいで、雰囲気を思い出して、
お師匠さまの鈴の音のような声、可愛らしく温かみに溢れる変わらぬ笑顔、
に迎えていただき、更には手作りの紅茶のロールケーキまで頂いて・・・。

私達のお稽古の後は、古くからのお弟子さん&お師匠さまという組み合わせでの、
独唱と十七弦琴という組み合わせのの曲のリハーサルでしたので、
そのまま居残って、お二人のリハーサルを聞かせて頂きました。
(お師匠様が十七弦をを演奏)

喜寿にして、まだまだ、日々弛みなく精進を重ね、 深みを増し続けてゆく師匠様の姿は、
きらきらと眩しく、また、(僭越ながら)同じく芸の道を歩むものとして、
この先77歳まで、このように精進を重ねて続け、
輝くような笑顔で日々楽器と向かい合い、演奏し続けていけるかと、
背筋をすっと正される想いがしました。


演奏会当日、ステージ上では、ステージに出た瞬間から楽しくて幸せで。
時を経て、母と娘でこういう機会が持てて、本当に幸せな事だ、としみじみ思うのと、
母のお琴と音が混ざるのと、お客様が笑顔で聞いていらっしゃるのと、
とにかく全てのこと、あの夜の会場の空気そのものが、
素晴らしい思い出になりました。

私達母娘をずっと見守ってきた母方の祖母も、お友達を沢山ひきつれて聞きにきてくれて、
目を潤ませながら聞いもらえたことも本当に幸せで。。。
他にも大叔母、ハトコ、そして、父も、満足顔で帰っていきました。


幼い頃から時々演奏を聞かせていただいて、
その、溜息の出るような演奏・音楽に憧れていた、
母のお師匠様と、更にそのお師匠様である唯是震一氏の前で、
いつの日か、自信を持って、素敵な演奏が出来るようになる。というのが、
私がヴァイオリンをやってきた上でのひとつの目標であり、
そんな機会がもらえたら嬉しいな・・・と願い続けていたので、
今回、それが、できたな。と思えたことも本当に嬉しかったです。

両師匠に、会の後、とーーーっても嬉しい言葉をいただけて、
もう、思い残す事はありません。(笑


「春の海」は10年前、一度母と演奏した事があるのですが、
その頃とはお互い・・・特に私自身がすっかり変わりまして、
リハーサルでは私がここ数年で学んだ事、考えた事、気付いた事を、
余すところなく母に伝える事が出来て良かったなあと思います。

母は母で、この演奏を祖母に聞いてもらえた事で、
私達二人が歩んできた今までの道のりに思い残す事はないそうです。


これも、ひとつの卒業みたいなものでしょうか。
母と娘の卒業式。



演奏会後、会食がありまして、
その席で「最近邦楽界に仲間入りをしました」という若い方を紹介されました。
元々は音楽大学の作曲科を卒業したそうですが、
邦楽器を使う作品を作曲する機会に当たり、
楽器のことを良く知るには自分で演奏ができねばと邦楽を学び始め、
今では弟子入りした先の師匠(母の師匠とはまた別の師匠さん)が
「彼に私の門を継いでもらおうと思っています」と言われている方。

邦楽と洋楽の奏法・歴史・音程の違い、コラボレーションの可能性など、
少しお話させていただいたのですが、
私にとっては昔から馴染みの深い邦楽器。
もっと沢山一緒に演奏出来る作品があれば良いのに、
きっともっと沢山の可能性があるのに、
合うように演奏すれば、洋楽器と邦楽器もとても合うのに、
(しかし、自分には作曲の才は無いので自分では作れん)
と、常々思っていたので、彼が一つの新しい(強い)風になり、
これからそういう世界を広げてくださると嬉しいと思い、
その旨を伝えたら「そのつもりです」と。頼もしい。

正派の次期家元の奥田雅楽之一(うたのいち/本名;智)さんも、
一年に数週間(数ヶ月?)オペラやコンサートを見に訪れる為、
ドレスデンにアパートを借りてしまうぐらい熱心なクラシック音楽ファンという方なので、
生田流正派では、本当に少し新しい世界が開けていくかもしれない・・・かな?

そういう動きには、是非是非、参加させていただきたいな。と思う次第です。

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コメント
1. Posted by ミミ   May 17, 2009 08:01
3年半もよく、帰国しないで頑張れましたね。
私には無理かも。。。

ところで「春の海」。この曲は、私の祖父が祖母に初めて演奏して聞かせた曲らしく(祖父もヴァイオリニストでした)、私にとっても数年前の祖父のための「偲ぶ会」で演奏した思い出深い曲です。
お墓にも、この曲の楽譜を掘ってもらいました。
2. Posted by motoko   May 17, 2009 20:26
ミミさん!お久しぶりです!
3年半は、なんというか、自然に経ってしまった年数なんです。

ミミさんには春の海にそんな思い出があるのですね。
お爺様がヴァイオリンニスト!日本のクラシック音楽界の先駆けの方ですね!!!
私の祖父が戦時中に駐屯地で慰問に来てくれたヴァイオリンニストの演奏を聞いて、
涙を流すほど感動し、後々母、そして私がヴァイオリンを始めるきっかけになったのですが、
(母は幼少の頃に数年で挫折したそうですが・・・祖父の夢、叶わず・笑)
もしかしてそのヴァイオリンニストはミミさんのお爺様だったりして!?
私の祖父はユーモレスクがとてもとても好きでした。
3. Posted by ミミ   May 18, 2009 01:34
祖父は戦時中は海軍の音楽隊にいたのですが、そこではオーボエを吹いていたそうです。
その後オーケストラ(大阪NHK)に入団し、ソロ・ファゴット奏者をしていたのですが(当時吹ける人が少ない楽器は、皆持ち替えでやっていたそうです)、家ではかなりたくさんの生徒さんにヴァイオリンを教えていました。
そのレッスンをいつもじっと聞いていた2歳の私が「ヴァイオリンをやりたい」と言ったときは、すごく嬉しかったようです。
オケ退団後はファゴットを売り払い、一番好きだったヴァイオリンだけを続けていました。
昔の人って、器用ですよねー。笑
4. Posted by motoko   May 18, 2009 04:03
ミミさん
へえええええぇ!
そんなこと(時代?)があったなんて、全然知りませんでした!
色々持ち替え・・・確かにオーボエとファゴットは同じダブルリードの楽器ですが、
それにしてもかなり違うはずですよね。
そして、ヴァイオリンはそれこそ全然違う!
高音域と低音域、両方でプロとしての経験があったお爺様、
オケの中で、それぞれの楽器をやっている時によって、
きっと楽譜の見え方、音の聞こえ方がまったく違うだろうし、
とても立体的に楽譜を見れる方だったろうなぁ、と想像します。
今でもそういう経験って絶対に必要ですよね!!
バロックの人たちなんかは、どんどん持ち替えして演奏する方たち、
居ますよね!トラベルソとガンバ、とか。。。
でも、今から何か他の楽器かぁ。コントラバスとか?
昔トロンボーンをマーチングバンドで2年間やったのですが、
まだ吹けるかなあ。。。それにしたってプロには・・・なれなさそぅ。
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