2007年10月20日

Announcement

そろそろブログもやめようかと思って、
おもいきって過去2年間のブログを消去しました。

次第に過去のブログも消していきます。

また、ブログを再開する時にはひょっこり
やっているかもしれません。

みなさま、どうぞそれまでお元気で。


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2005年12月30日

「今日は12月20日です。明日は12月21日です。」

「はーい、じゃあ今度はおじいちゃんの好きな言葉を書いてみようねー。」
施設のお兄さんの声が聞こえて覗き込んでみると、昔習字でやったような和紙と筆である老人はこう書いたのだった。不思議な空間老人ホーム。あそこは別に今日が12月30日じゃなくてもいいのだ。自分達の世界につかった老人たちがたくさんいる。

私の祖母もその1人。唯一残された祖母は脳梗塞で全身が麻痺しており、顔の筋肉しか動かすことが出来ない。話すことも出来ない。部屋にはテレビもなくて、なんにもなくて、目も悪くて、耳もほとんど聞こえない。そうやっているうちに、今日がいつかも分からん生活を毎日毎日毎日過ごすのだ。

でも今日は少しびっくりした顔を見せてた。久しぶりに私に会ったから。灰色に曇った目を少しばかしぱちぱちさせて、私の顔を見て少し笑ったような気がした。「あーあーうーぐおー。」って何言ってるか全く分からない。筋肉は硬直してるからか、腕や手はエビのようにひん曲がってる。でも私の祖母。愛しいおばあちゃん。今まで見舞いに来なかった私を許して。忘れてしまった私を許して。
しばらくすると、その目は虚ろになってきて眠ってしまった。現実なのか夢なのか分からない生活。

祖母が眠ってしまったので、家族で家に戻ることにした。老人ホームは痛々しい。空気が澱んで老人達は呆けてしまって、でもなんだか悲痛な叫びをあげているようにも見える。これから老人たちが圧倒的に増えて、医療もどんどん発達して自分の意思とは無関係に生き延びざるを得ない状態になっているんじゃないだろうか。でもやっぱり生きたいのかな。祖母は生きてることを知っているのかな。

振り返ると夕暮れははやくて落日。夜がやってきて朝が明けると大晦日。一年の締めくくり。しゃきっとしよう。



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2005年12月17日

本の読み方

『のだめカンタービレ』でのだめが曲を自分の好きなように弾いていたら、
音楽と真に向き合っていないと指摘をされていた。

あたしもそんな状態なのかも。

いっつも自分の好きなように解釈してしまう。
ここの章はあたしの興味と外れてるから飛ばそうとか、理論を実証するデータは丸飛ばしとかね。最近それだけじゃダメなんだってハッキリ分かった。
作者がどういう意図でその本を書こうとしてるかとか、あんまし気にしないで読んでいたかも。

もちろんそういう読み方だってしてたっていいけど、外的批判しかできないのだ。
もっと筋道のたった内的批判をするには、その人の考え方を把握しないとだめね。

ま、当たり前のことだけどね。もうちょっと本を読む練習しよう。
最近そう感じる毎日



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2005年10月19日

ラマダン

今月に入って、留学生のムスリムたちはラマダン(断食)の月に入った。
何時からか忘れちゃったけど、朝方から夕方5時半まで彼らは断食する。

昔はムスリムの人たちがそういうのをやってるの見て、あぁ戒律が厳しいんだなぁーとか、ちょっと私たちには理解しにくいなぁとか、そう感じてた。あんまり意味とか考えずにそう思ってた。でもちゃんと理由があるんだと気づいた。それはとても単純なことで「生きる為に食べる」ということ。

そういうのを感じたのは、私が祖父の葬式でお通夜にでた時のことだった。
和尚さんは切々と私たちに語り始めた。
「いいですか。お通夜のときにご飯を食べるのは会食じゃないんです。実はこれはお斎(おとき)と言うんです。他人の死というものに直面した後、食事をして自分は生かされていることに気づく行為なのです。生きるために食べているんですよ。」

そういう話を聞かされて、しみじみと精進料理を食した直後のことだったので、ラマダンをしている友人たちを見て、イスラム教は戒律でもってそういうことを教えているのだなぁと、とても納得したのでした。
食べ物って大事だね。バラバラにミンチされた豚・牛・鳥たち。一体どのように殺されてどのように解体されているんだろうね。私のささやかな夢は生きている豚や鳥を殺してさばいて食べること。そういう経験をして真に肉を食べる行為というのは、どういうものか知ってみたい。

ところでどうして彼らは豚肉は食べないのだろうか。豚は不浄なものだって言うけれど、どうして不浄なんだろうか。モハメッドの時代に豚インフルエンザとか流行してたとか?誰か教えておくれー。
ちなみに、今日はどうして一夫多妻制はOKなのに、妻は一人しか夫を持てないの?ってムスリムの友人に聞いたら、「そうすると誰が誰の子どもだか分からなくなるからだよ。」って教えてくれた。宗教は面白いね。ふふふ。



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2005年10月05日

祖父が残したもの

祖父が亡くなってしまった。

癌でもう半年もたないと告げられたのは約2ヶ月前。
あまり苦しまずに息を引き取ったらしく、あぁ良かったなと感じた。
祖父には2つの顔があった。

祖父は孫が言うのもなんだけど、超エリートだったらしい。
大手セメント会社の部長くらいの役職で、でも派閥に負けて地元に左遷された。その地元で新しいセメント会社を立てて社長になった。
地元の新田川のすぐそばにその工場があって、小さい時によく祖父の自転車に一緒に乗って川沿いを走った。ある時は石灰でもって化学実験を見せてくれたりした。時には日曜大工を教えてくれて、またクラシックに精通していたので色々聞かせてくれて、小学生の高学年の頃には経済学について教えてくれたりした。
博学でそして何より優しい祖父。

しかし父から教わった祖父のもう一つの顔は、ずっとエリートだったからテングで貪欲でケチで見栄っ張りで愛情が薄く、俺は全く愛されてなかった。尊敬なんて出来ないって父がいつも私にいう。私の前では決してそういう顔は見せなかったけど、幼いころから父と大喧嘩している声を床に耳をつけてこっそり二階から聞いていた。

そういう二つの顔を知っていたのだが、私が成長するとともに後者の顔がはっきりと見えてきて、前者の顔はすでに遠い思い出となっていた。後者の祖父が残した問題は非常に重大で深刻なものとなり、父と祖父の関係だけでなく、その他の親戚同士の争いにまで発展した。そしてそれは修復不可能なほどまでだった。

そんな中で祖父が死んだのだった。
それは悲しいような、寂しいような、安堵のような、得も知れぬ感情だった。
「とうとう死んでしまったか」
他の孫たちはわんわん死人の顔をみて泣いていた。
だけどどうしても感傷的に泣けない自分がいた。
問題は山積みのまま祖父は亡くなって逝ってしまった。
これから私たち家族はどうなるんだろうという不安を残して逝ってしまった。

祖父が残したもの。幼い頃のやわらかなお日様のような思い出と今目前にある重大な問題。祖父は現在の状態で考えるとひどい人だったかもしれない。だけど幼い思い出や、並々ならぬ助けや世話や恩もある。迷惑をかけて、だけど人に大きな徳を残して一生を終えた。様々な側面をもってこそ人間の一生である。生を生き抜いてまっとうした祖父に、合掌である。



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2005年08月10日

新幹線からの風景

東北はやっぱり美しかった。
 
まるで新緑のような色をした青い田園。
うっすらと聳える山々。
私はこれぞ自然であり完璧だと思っていたけど、はてと感じた。
こんなにも水田は行儀良く並んでいたっけ?
そのぴっちりとした風景に伸びる一本の長い細い真っ直ぐな道がやけに奇妙だった。
その道はどんどん山のほうへ向かっている。
 
山ではごうごうと霧を吸ったり吐いたりしている。
なるほどあれは生き物なのですね。
霧が次第に濃くなる頃は、もうすぐ雨が降りそう。
 
一つトンネルを抜けるとやっぱり降り出してしまった。
農夫が急げや急げと自転車で真っ直ぐな一本道を走っていた。
 
そんな風景をしばらく見ていると、今度はだんだん晴れてきた。
新幹線はやっぱりはやいはやい。
その夕焼けはとても美しくて、山と空と夕日が一体になってた。
久々に建物に途切れていない夕焼けを見たなぁと眺めていると、
後ろの席の少年も見とれていた。そうだろう、うつくしいよね。
 
そんな4時間半の旅も終わって、無事帰省を果たす。
本日そんな風景とお供をしたのは、太宰の『斜陽』でした。
そのコメントはまた後ほど。


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2005年07月07日

雨だれのプレリュード

一本の電話があった。
母からの電話で、私の祖父が末期癌であるということを伝えられた。
もってあと1年ない。
同時になにやら複雑な感情が私の頭を巡ったのだ。
 
あぁとうとう死ぬのか。
それは嵐がおさまるような安堵とも空しさとも呼べるような感情だった。
父と母はずいぶん祖父に苦しみ悩んできたかのように思える。
そして祖父が死んでから一層苦しむことになるだろう。
私は父と母を見て、正直で誠実で無欲であるほど損をすると知った。
それでも私はその両親の姿にいつも尊敬するのだ。
 
私は祖父から盛者必衰の理を知る。
天上から降って舞い落ちる金は、泡の如く今消える。
私は幼少から今まで「金持ち」と呼ばれる人たちの贅沢三昧な生活から退廃してボロボロになる負の側面までしっかと見せられてきた。
 
だけど
私は孫であるが故、思い起こせば美しい思い出たちが蘇る。
自転車の荷台に乗って、祖父と川原の土手を走った。
自転車に取り付けられた小さなオモチャから流れる「エリーゼのために」
幼稚園に入る前に二人でやった「かくれんぼ」さえ鮮明に思い出せる。
私の愛する人形たちに、お家を作ってくれた。
化学工場の社長だった祖父は、よく私たち孫の前で化学実験をやってみせる。
そして私にくれた小さなグランドピアノ。
 
それはどれも「幼かった」頃の記憶でしかないんだけど、
おじいちゃんが死ぬことはすごく悲しいのだ。
たとえ今現在私のことを愛してくれなくても。
 
祖父が実家に帰ったきたら、
夏にはあのグランドピアノで少しでも癒してあげよう。


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2005年07月04日

雨が降っている
私は雨が好き。どしゃぶりは好きじゃないけど、しとしと降る雨が好き。
傘をさして下を向いて歩くと、街頭にてらてらとコンクリートが照らされて光ってる。
霧雨のような雨は夜になると一層幻想的で不思議な気分にしてくれるのだ。
草木は雨に濡れて沈黙しながらも嬉しそうに見える。身体を潤して美味しそうに水を飲んでいる。
次第に色を変える紫陽花の花。
今日は帰ったら家の前で、蝸牛が私の帰宅を待っていた。
 
水害で被害を受ける人には本当に気の毒に思うけど、
私は梅雨が来ると、一層季節を感じさせてくれる。
時々憂鬱になるけどね。雷は今年はやってこなかったけどね。
晴耕雨読。明日も頑張ろ。


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2005年04月09日

ダライ・ラマ14世との出会い

遂に、やってきました!ダライ・ラマ14世講演会。
場所は両国国技館です。何故?
ともあれ行ってみると、カバンのチェックからボディチェックまで警備が厳重。
場内での写真撮影も一切禁止。
 
14時開演。
スケジュール通りです。
が!ひどいのは遅れてくる人たちが多すぎる。
ダライ・ラマが話している目の前で悠々と遅れて目の前を通り過ぎる。
呆れましたね。
 
ダライ・ラマ法王の話の内容は、
宗教間対話の重要性、人に執着でなく慈愛の精神で接するべき、そして異なる文化・異なる世代・異なる宗教などを相互理解する寛容な精神が大事だ、などのものでした。
まったくその通りです。
今日講演会の前に、友人と電車の中で話したことと共通するものだったので、本当に共感できました。
 
ただ、不思議な感覚だったのは、
彼の顔つきは、マザー・テレサのような慈愛に満ちた顔ではなく、
きりりとした顔立ちに、力の入った目。「強い」イメージを持ちました。
それでも法王が無邪気に笑う顔は、すごくかわいかった。
 
法王の1時間半の講演の後には、質疑応答です。
出てくる質問は、最近の日本でよく起こる児童虐待問題、通り魔による児童殺傷事件など、子どもの問題が多かったです。
他には、憲法9条について(政治干渉のせいか質問に答えなかったけど)や宗教的な質問など。
 
そんな感じの進行で無事講演会は終わりました。
最後に来賓の川原亜矢子が花束贈呈して、法王から白いスカーフのようなものを貰っていました。
川原亜矢子、マジ可愛かったぁ〜。百合の花のような美しさでしたわ☆
 
講演会が終わって、難民のネダさんの家に行きました。
日本で会うのは今日で最後。
これから彼女達はノルウェーを経由してアメリカに渡ります。
ビザ獲得の感激をハグして享受しました。
赤ちゃんもすごく可愛かったっす。(*´ェ`*)
やっとよちよちが出来るくらいになってました。私のカメラを必死に追い回して興味深々そうでした。
 
彼女達がアメリカいったら遊びに行こう。
その時を楽しみにして、See You Again!


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2005年04月01日

神様有難う!

お久しぶりでやんす。mayu3でござる。
 
4月にはいってようやく落ち着いてきました。
先月は怒涛のスケジュールをなんとかこなしてきました。
毎日が分刻みのスケジュール。
色んな人に助けられて引越しが出来ました。
みんな有難う!(^з^)-☆Chu!!
 
ところで。
忙しさにかまけて、私はずっとずっと気になっていることがあった。
それは難民のネダさん。
彼ら夫婦は、1月にオーストラリアの難民申請をしたって言ってたけど、
連絡がなかった。
おそらくダメだったんだろう。
ダメならば、また警察のお世話になることになる。
最悪強制送還。そして待っているのは拷問。
 
私は、その現実を見るのがどうしても嫌で怖くて悲しくて、
連絡をとることができなかった。
 
ずっとそのことが引っかかってるまま引っ越してきちゃった。
そして引越しの2日後にこんな夢を見た。
「mayu3ちゃん。来月からまた拘留所にいくの。
子どもは死んでしまった。
でもこの先ひどい仕打ちが待ってると思うと、良かったのかもしれない。
それじゃあ、さようなら。」
はっと目が覚めた。
 
あぁ、なんてひどい夢。
あたしはよく正夢を見るから、
これが正夢だったらどうしようって恐ろしくなった。
それでもやっぱり連絡をとるのが怖くて、友人から連絡をとらせた。
そして今日電話がきた。
 
「あ、ネダさんに代わるね」ドキドキしながら受話器をとると、
「あ〜、mayu3ちゃん元気?ワタシ今月アメリカのビザおりました。」
え!!!
なんと、私が考えていたのとは全く逆の展開。
つまり、難民認定されたのです!
そうなれば迫害を受けた国に強制送還されることもない。
腰が抜けそうになった瞬間だった。
ホッとして嬉しかった。本当に嬉しかった。良かった。万歳!!
 
ネダさんが信仰していた神がいるのなら、私も感謝したい。
神様有難う!
そしてネダさんを支えた多くの人たちのお陰でもある。
まるで私は奇跡をみたようだった。
 
そんなわけで彼らは来月アメリカに行きます。
私もダライ・ラマ14世の講演会を聞きにまた東京に戻るので、
その時に会います。
 
しかし。
当事者意識が大事だって自分で言っておきながら、
人と話すことがいかに重要かと言っておきながら、
私は何にも出来なかった。話すことすら出来なかった。
私は明らかに逃げてた。
 
彼らが背負っているものは私には重過ぎるものだった。
だけど、この先彼らのような人たちに会っていくだろう。
迫害。難民。貧困。差別。抑圧。
その時私は正面から受け止められるんだろうか。
 
友人をどうにかしたくても、どうにも出来なくて、何にもやらなかった私。
大学院の専攻は国際協力だって。
笑っちまうよ、ともう一人の自分が私に苦笑してた。


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2005年02月21日

美輪明宏トークショー<愛>

今日は精神世界を深めるべく、美輪明宏トークショーに行ってきました。
会場はホテル・ニューオータニ、鳳凰の間。満席です。
上流階級のマダムたちが、
こんなにもひしめき合う情景を見たのは初めてかも。
 
とまぁワクワクして、開演30分くらい経ち、会場の挨拶が終わったところで、
遂に美輪明宏登場!!!しかも後ろから!!にくいよ!
うわぁ〜!ほんとに髪が黄色いよ!
と興奮しまくりでした。
 
そしてトークショーは始まりました。
話の内容はほぼ本に書いてある通りだったのですが、素敵なのはそのオーラ。
メディアに出ているオーラは、
衣装のせいかけばけばしく、こってり感たっぷりというイメージを拭えないのですが、
実際に目で見る美輪明宏のオーラは、
澄んだブルーのように清らかで、すっきりとした印象を覚えました。
そしてマダムのような優雅さを持ちつつ、ハートは九州男児のような熱さを感じました。
 
しかし、毒舌は健在。奥様方喜びすぎだって!
政治経済・美術・音楽・占い滅多切り!中にはメディアで聞けない話も。
 
でも、一番印象に残った話は自己の存在の話でした。
天上天下唯我独尊という思想は、なんと素敵なんでしょう。
私という個体はこの世にたった一つでありそれ故尊い。
私がいるという事だけで、これほど充足感のある事だとは知りませんでした。
自分自身に感謝した瞬間でした。
そして現在の自分を支えた沢山の人たち・全てのものに感謝を覚えました。
私ってこんなにも幸せな存在なんだと知った瞬間でありました。
 
素敵な話でした。いやー本当によかった。
しかし肝心なことは、この小悟をいつも持続させて生きることなのだと痛感しました。
 
そんなこんなでトークショーは無事終わり、
余韻たっぷりで帰ろうとした時、目の前にオバサンの群れが。
中でも気さくなオバちゃんがいるなぁ〜って見てみると、
目の前に假屋崎省吾が!
どうやら美輪様の楽屋に行かれる様子。
茶色のミンクのコートをお召しになって、ゴージャスでした。
 
なんか一石二鳥な気分だなぁ。ってただのミーハーじゃん!
 
ともあれ今日の話を聞いて、
素敵な文化人になるべく、そして愛のある人間になるべく精進していこうと思いました。
美輪明宏との出会いに感謝した今日でした☆


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2005年02月11日

卒業旅行が療養旅行に

昨日・今日とうちの大学の友達同士で伊豆へ温泉旅行になりました。
mayu3もこれには一週間前からかなりワクワクして待っていたのです。
 
…が!!!!
ここ数日続いた千葉−青森、千葉−名古屋間の度重なる移動への疲れ、
そして毎晩のように続く飲み会。
mayu3の胃腸は荒れ放題で旅行当日には再起不能状態に。゜゜(´□`。)°゜。ワーン!!
 
耐え切れず、高速道路インターチェンジの駐車場の片隅にうずくまり、
片指突っ込んで頑張って吐いているmayu3の姿がそこに。
 
悲しかったです。
 
移動中は消化不良と吐き気と熱にうなされぐったりして、
伊豆の滝を見るも、友人に死人のようだよと慰められ、
旅館に着くも、全くの食欲不振で豪華料理もお預けで、
食後の飲み会にも参加できず、
隣の部屋ではなにやらゲームをして盛り上がっており、
皆の笑い声を聞きながら、隣の部屋で布団の中で苦しんでおりました。
 
こんなことなら、自分のためにも皆のためにも迷惑かけないために
旅行に行かなきゃよかったなぁと苦しみつつ反省。
 
しかし、来ちゃったものは仕方ねぇ!
何が何でも復活してやると、蜜柑を食べて水分を取って一日安静に。
お陰様で2日目には、前日の半分くらい良くなりました。
無理を承知で温泉を満喫して、
胃を押さえつつガラス工房でウイスキー用のグラスを作りました。
なので2日目はかなり楽しみました。
前日なんて一日の半分がトイレの中にいるようなもんでしたから。
 
そして旅行も終盤に近づいたところで、身体は完全復帰状態に。
遅えよ!!!(`Д´) ムキー!
 
そして帰ってきました。
不完全燃焼間違いない旅行でした。
しかし、最初から最後まで
心配してくれて面倒みてくれて看病してくれた友人たち。
卒業したらこのメンバーにこれほど面倒見られることは恐らくないでしょう。
ある意味、一番幸せな旅だったかもしれませんね。
みんな、本当にどうも有難う。感謝合掌です。


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2005年01月31日

さし飲み

今日は、大学の先生と二人で飲みました。
これがなかなか雰囲気のありムードがあって、
学生が入れるような所でないのです。
いいでしょ☆
 
食事に酒に舌鼓をうちながらも、様々なことを話しました。
それは、大学4年間お世話になりながらも決して話せなかったこと。
なるほど。恐れ多い人ほど本音は話せなかったのですね。
過去を語るということは、今でも私の心の中では重く暗いことなのです。
 
それでも、ようやく自分の中で解消でき始めているわけで。
それでも、困っている友人が助けを求めている時に手を差し伸べたくなるわけで。
それでも、自分の事で精一杯な自分は自分だけで手一杯なわけで。
 
そんな葛藤を話していると、
「いや、いいんだよ。君は自立に向けて自分に精力を注いでいいんだよ。」
というお言葉を貰ったとき、
なんだかものすごく安心したのでした。
 
本当に、話せなかった過去を思い切って話すことで、
だいぶ救われた言葉が多かったです。
 
そして私はより軽快に軽やかに自分を認める。
それは軽はずみでなく、シンプルであり、
シンプル故に囚われず、次のステップへ駆け上る。
それは慎重であり、慎重すぎず、あるべき時に行動に移されるのだ。
 
少し自由になれた気がして、先生に感謝した今日でした。
 


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2005年01月19日

ガンジーが「オレンジジュースを」と言ったので

mayu3です。今日もぐったりんこなmayu3です。
胃腸はまぁまぁ良くなったけど、
食欲不振で何にも食べたくない状態が続いてます。
思考は鈍くなり、あぁ何か食べなきゃと思うも体力もなくて外に出る元気ゼロ。
 
うーん、うーん、このままじゃ死んじゃうよぅ。何か食べないと。
胃腸と相談して、胃が「野菜がいいな。」と言ったので、
野菜を買いにスーパーへ。
ふらふらしながら歩いていると、
ガンジーが「オレンジジュースを」と言ったことを思いだしました。
 
というのもガンジーは、
インド国内のヒンドゥー教とイスラム教の紛争を解決すべく
ハンガーストライキをして断食していたのでした。
ガンジーが死なれちゃ困るので、お互いの代表者が
「もう紛争はしないから、断食をこれ以上しないでくれ。」と懇願したところ
ガンジーは、「それではオレンジジュースを頂こう」と言ったのでした。
細かいとこは忘れたけど、そんな感じの内容だったはず。
 
イスラムとヒンドゥーの現状はともかくとして、そういうのを思い出していたら、
オレンジジュースが希望に溢れた飲み物に見えて、
あぁ私も明日からリフレッシュできるかなって希望を持ち始めて
そいでオレンジジュースを即買いしてしまいました。
 
そして野菜を沢山買って、お料理しました。
自炊はやっぱりいいですね。
お鍋がくつくついう音、包丁で野菜を切るリズム。
気持ちがよかったです。
 
そして本日の夕食は、セロリスティックと野菜スープ。これだけ。
でもものすごく美味しかった。
セロリうまい。まじうまい。みずみずしくて美味しい。
そして野菜スープもうまい。体に染みこみまする。
 
最後にオレンジジュースをコップ一杯飲み干した。
 
うまかったぁ〜。幸せです。
明日からリフレッシュしよう。そうしよう。


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2005年01月15日

一平ちゃんと鬱との関係

今日は、夜更かしをしました。ずっとジャズを聴いてたんです。
お腹が空いたので夜食を買いにコンビニへ。
夜中行くと大抵、
「また今日も飲んでたのー?」って言われるのは何故でしょう。
飲んでないってばさ!!!
 
ともあれ、コンビニで焼きそばを買って我が家で食べました。
食べていて、ふとこんなことを考えました。
「そういや大学1年の頃、焼きそば一平ちゃんばっかり食べてたなぁ。」
 
そうなんです、大学1年の頃ほぼ毎日一平ちゃんを食べてました。
当時は自炊の仕方もよく分からず、面倒な時はインスタントに頼りっぱなしでした。
ところで2、3ヶ月で、体の細胞ほぼ全てが入れ替わるらしい。
そんなわけで3ヶ月ほど一平ちゃんを食べ続けた私は、
体の中身ほとんどが一平ちゃんに侵される様態に。
もはやmayu3は一平ちゃんなのです。
 
そうすると、栄養が傾いているから体にも良くないだけでなく、
脳みそも一平ちゃんなわけですから、思考も鈍くなってくるんです。
考え方はどんどんネガティブシンキングに。
そうするうちに、それまで大したことないと思っていた問題が
非常に重くのしかかってくるんです。
そんで鬱になっちゃったわけよ。
 
食べ物は大事ですね。
インスタント食品なんか食べ続けてたら、体にも頭にも良くないことを
身をもって体験しましたね。
皆様もお気をつけあれー。


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2004年12月24日

クリスマス・イブの出会い

今日はイブですねぇ〜。
なんとなしに、イブは1人で過ごすのが寂しいのはなんででしょうかね。
あんまり惑わされるのはよくないです。
所詮、クリスマスなんて異教のイベントなんですから。
どーせあたしゃ仏教徒だもん(・ε・)ムー

それでも、寂しさにこらえきえず知人と夕食に。
夕食に行くついでに、近くの道を歩いていると、教会が目の前に。
なにやらイベントがある様子。
そうかぁ。ミサかと流し目で通り過ぎようとしたら、知人が
「ちょっと覗いてみよう」と。
あんまり乗り気じゃなかったですね。だって仏教徒だもん。
ほんで、行ってみると牧師がクリスチャンに聖書を朗読している。
あるクリスチャンは、両手をくんで下を向いてお祈りをしている。
あぁぁぁ、あたしこんな所絶対場違いだよぅ。o(゚д゚o≡o゚д゚)o
と、しばらくそわそわもじもじしてました。

どうもmayu3はキリスト教は馴染めないんですよね。
なんというか、勧誘の押し付けがましいイメージがあり、
血なまぐさい歴史のマイナスイメージもあり、
そしてなにより「神様」という言葉に大いに違和感を感じるのです。
もちろん、神様は信じていないわけではないんですけどね。

そんなわけで、しばらく聞いていると司会者が
「それでは皆さんご起立お願いします。」と。
すると、ミュージックスタート!
そうなんです。当然なんですが皆で賛美歌を歌うのです。
いろいろ歌いましたね。
もじもじしてたのが、すっかり楽しんでしまい
結局私が最後までいようよと、居座ってしまいました。
初めて教会で「きよしこの夜」を歌いました。

楽しかったです。
そしてなによりクリスマスのイメージが変わりました。
クリスマス=サンタや恋人との時間じゃないんですね〜。

今日という日は、これを知っただけでも十分意味のある日だと実感でした。

「隣人を愛せよ」
この言葉を聞いたときに、
やはり当事者意識は大事なのだと再認識しました。
それは仏教徒もクリスチャンも関係のないことでした。
心が大分洗われました。
メリークリスマスイブ☆


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2004年12月14日

日本一の剣士から

今日は、ちょっと早いクリスマスプレゼント(?)を貰いました。
なななな、なんと、第52回全日本剣道選手権優勝者の
鈴木剛さんのサインを貰ったのです!!
つまり、今年日本一強い剣士からのサインです!
うおおぉぉぉー!マジうれすぃ〜〜O(≧▽≦)O
剣道をやっていた私にとっては、限りなく光栄なことなのです。

バイト先のパートで働くある主婦のお子様が剣道の道場に通っているらしく、
その先生が鈴木先生だそうです。
羨ましい!日本一の剣士から剣道教わるなんてそうそうないぞ。
私も剣道をやっていたこともあり、その主婦に熱い思いを伝えたところ、
「じゃあ、あたしがサインでも貰ってきてあげるわよ〜☆」
と気さくにすんなりOKが!

ほんで、今日貰ったというわけですわ。
え?鈴木先生の試合見たかって?
まだっす。あぁぁ、そうです。ただのミーハーなんです(汗)
でも、私だって剣道をやっていた一人として
こりゃビデオ見なきゃいかんだろうと、ビデオもお借りすることにしました。
「よかったら、写真ももってくるわよ☆」
「なんなら、メルアドも聞いてこよっか?」
…日本一の剣士とメル友になったらどうしよう

そんなこんなで、わくわくして家に帰りました。
開けてみると、大きく書かれていた文字は
「無心」

今一番私に必要な言葉でしたね。
剣道の稽古を思い出しました。
気絶しそうな程辛かった。
だけど試合で無意識のうちに技を繰り出して決まった瞬間、
このために辛い練習があったんだなぁと実感した。
高校生の頃は、この「無心」をいつも心に入れて試合してた。
あれから4年が経って、私はすっかり忘れていたのです。

なんて生ぬるい生活。
なんて甘ったれの精神。
なんて中途半端な行動。

反省しましたね。
雑巾を絞るように甘えを体から絞り出すこと。
もっと自分にストイックであること。
無心で何かに取り組むこと。
この3つを毎日思い出せるようにまずはしたい。

そんなこんなで、サインの感動と「無心」の精神をくれた
パートのおばちゃんと鈴木先生に感謝です。
有難う御座います。

あ、ちなみに『剣道日本 1月号』に今年度の大会が特集で出ています。
もちろん鈴木先生も掲載されているので、
興味がある人は一読あれー☆

m-11_28953 at 13:17|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2004年12月11日

ギャル達の本音

バイト先のギャル達2人とカラオケと飲みに行きました。
ギャルってどうして日焼けしたがるんですかね。
ギャルってどうしてあんな不自然なメイクをするんでしょうかね。
大体メイクには4時間かけるそうです。

そんなこんなで、待合場所には
いつものバイト先とは気合の入りようが全く違う2人が登場!
一人は毛皮のコートとピンクのバックを持って登場!
パーティーに行くかのようです。
待合場所はマツキヨの前。これからカラオケ行くのに。

ほんで、カラオケです。
ギャルは何歌うのかなぁ。わくわく。
あゆは当然入っています。
一人はB系だったのか、けっこうminmiなどを歌っていました。
それでも割りと普通の歌が多かったですね。

そして飲みに行きました。
と、そこで一人のギャルが
「ごめん、あたし門限10時なんだ。悪いけど途中で帰るね。」
という意外な答えが。
そりゃ当たり前ですが、普通の子なんですね。
そうです。普通なんですよね。そしてしっかりしている。
「mayu3先輩、スパイシーチキンもっと揚げないと足らないんですよ!」
とバイト先の仕事について説教されてしまいました。

しかし、あたしよりずっと若いのに本当にしっかりしている。
その辺の大学生よりもずっとずっとしっかりしている。
将来のことを真剣に真面目に語れる。
礼儀もちゃんとわきまえている。

ほんで自分の性格について語った時、
「私けっこう根が暗くて、すぐ鬱になって、引きこもるんですよね。」
「私も引きこもってて、うつ病チックで、リストカットをしてたよ。」
「私も、一回だけ自殺未遂したことがある。」
こんなことがボロリと出てきたんです。
なんだ、みんな似たようなもんじゃないかと安心しました。

当然なんですけど、ギャルはギャルじゃないんですね。
いつしか私がイギリスで体験したかのように、
人はカテゴライズされないのです。
ギャルだから、人種が違うからとかで絶対判断しちゃいけないんですよね。
外見で見たときの印象から大きく見方が変わる瞬間。
偏見が一瞬にして剥がれ落ちる瞬間。
厚い化粧から、派手な服装から覗く、
その人の繊細さ・優しさが見える瞬間。
これがあるから人付き合いは楽しいのです。

昔はギャルを気嫌いしていただけに、
物凄く楽しく嬉しい時間を過ごすことができた。
集団で人間を判断しちゃいけませんね。
だから真の人付き合いは一対一であるべきだと思う。
これが再確認できたので、彼女達に感謝☆

m-11_28953 at 13:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2004年12月01日

潜入!メイド喫茶

前々から興味があったのですが、
今日は先輩お二方と一緒にメイド喫茶巡りを実践しました。
異文化理解であります。

メイド喫茶って、
すっぱそうな秋葉くんたちが集合して、
その中に萌え萌えなメイドさんたちがいるイメージがありました。
そんな期待を胸にいざ秋葉原!

行ってみたお店は全部で4件です。
行く前にあれこれHPを見て吟味して、厳選された4件に突入しました。

1件目は「cafe wish doll」です。
ちなみにHPアドレスは http://www.wishdoll.com/
入った第一印象は、「学園祭のカフェ」です。
ちょっと、こんなお店でいいの?と最初思いました。
しかし、サービスは満点でした。
コーヒーはお砂糖、ミルクをメイドさん自らが入れてくれます。
クレープもメイドさんが目の前で作ってみせます。
しかし、クリームの出が悪くて、メイドさんは奮闘してました。
「…失敗しちゃったぁ☆」
きゃわいいーーー!!!ドジっ子キャラはメイドさん必須ですな。
そろそろ、出ようかという時に、さっそうと秋葉さん登場!
メイドさんに手を振っています。どうやら常連さんのようです。
秋葉原のドリームワールドを垣間見た瞬間でした。

お次に行ったのは、「cos-cha」です。
HPアドレスはhttp://www.cos-cha.com/
ここはあんまし良くないっす。
ただのレストランです。サービスもただのファミレスじゃん!
あんましお勧めしませんね。

3件目は「みあ・かふぇ」
HPアドレス→http://www.mia-cafe.com/
ここが一番お勧めです。
お店の内装もいいし、客層も秋葉君率はそれほど多くない。
メイドさん達もそれほどクセもなく、普通の人間っぽい。
なにより、アットホームな感じがあって、心温まります。
メイド喫茶入門するなら、まずはここからがオススメ。

んで、最後に行ったところは「JAM AKIHABARA」
URLは http://www.jam-akiba.com/
ここはバーの内装でした。
しかし年増のメイドがお出迎え。
「お帰りなさいませ、ご主人さまー☆」
…あんましかわいくなかった。
先輩は「妖精さんのケーキ」を注文。至って普通のケーキです。
しかし、ここは秋葉率が急上昇!
仕事帰りの秋葉さんがぎっしりです。すっぱいよぅぅー。
女の客はあたしだけ。

こんな感じで、無事秋葉原ドリームワールド体験は終了しました。
帰りの電車に乗っていると、ギャルたちが床に座ってくっちゃべってました。
夢から覚めた瞬間でありました。
女の子のあるべき姿を学んだような気がしましたね。
変なキャラじゃなくって、礼儀正しくて丁寧な動作を学ぶべきですね。
しかし、メイド喫茶で働いてもいいかもと正直思いましたね。
mayu3たん萌え、でびゅー☆してるかも!?

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2004年11月21日

ハウルの動く城

合宿は早くも一日目で煮詰まりました。
うーーーん、5千字の道は遠い。
そもそも、構成自体がうまくいってなかったようです。
構成しなおすと、けっこう見えてきましたね。
ははぁ、今まで解けなかった謎が分かったぞ、っていう感じです。

てなわけで、気分転換に映画の「ハウルの動く城」を見に行きました。
全然合宿じゃないじゃん!って思いつつ行きました。
ハウルの声はキムタクですが、全然キムタクさが出てない。
むしろ、こんないい声してたんだ!って感動でした。

ストーリーはまだ見てない人のために、内緒にしておきますが、
ちょっとだけ言うと、荒野の魔女という意地悪な魔女が登場するのですが、
ものすごく私の祖母に似てました。
顔、性格、彼女の変わりよう、全部似てすぎなんです。
現在、私の祖母は脳梗塞のために全身麻痺していて、
言葉もしゃべれず、体さえも動かせず、入院しています。
荒野の魔女を見ていたら、なんだか祖母を思い出してしまって、
全然泣くところじゃないのに、一人泣いてしまいました。
映画館で泣くなんて恥ずかしすぎる。

お家に帰っても涙が止まらなかったです。
動かせない体で、意思疎通もろくにできない祖母は
何を考えて生きているんだろうかって思うと、悲しくなると同時に、
邪険にしてきた私自身にも自己嫌悪を感じて、
とにかく凹んでいました。
気分転換どころじゃなかったです。

あ、でも客観的に映画は良かったです。
ただ、いつもの作品よりかなりラブストーリーを感じました。
ご覧あれー☆

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