August 2008

August 13, 2008

和光、落日の日。

4年ほど前から、毎年この時期になると思いだす『All Japan Dance Festival Kobe』。
数年前に数奇な縁で関わり、その後「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら…」と自ら出場まで果たした。大会に出場するチームの多くが体育大学、或いはダンスサークルという中、素人同然の和光学生が大会をかき回す。まるで漫画のようなダイナミズムに和光の真髄を見て、惚れこんだ。
毎年、入賞を逃しつつも、「インパクトは一番?」「なぜ、あれで受賞できない?」多方面から、受賞よりもありがたい言葉の数々をもらうことで、和光ismを表現し続けた、と思っている。

そんな和光大学。今年4度目の出場で始めて受賞を果たしたらしい。しかも、日本女子体育連盟理事長賞と音響賞のダブル受賞なんだから、大したものだ。一報は人づてに聞いた自分。あわててmixiのコミュニティを覗くと、確かにそうあった。
結果を素直に喜ぶべきか、それとも微かに浮かぶ「もやもや」を語るべきなのか。捻くれ者な自分、当然選ぶのは後者であった。

まず、最初に断っておくのは、今年の出場作品を僕は一度を見ていない。だから、作品そのものの評価はできない。僕が想うのは、今回受賞に至ったプロセスの評価だ(しかも、その情報は伝聞がベースで、一次情報は無いに等しい)。

和光の大学の場合、大会に出場するメンバーは、毎年、学期ごとに始まるダンスの講義を受講した者から選ぶ。当然、踊る作品も年度の頭から考えられ、テーマ、楽曲、振り付けすべてを1からスタートされる。他の大学の場合、1年以上費やして作品を練り、僕らが作品を立案するころには、テーマも、曲も、振り付けもある程度は出来上がっている。この時点で、練習時間に差が出てしまい、同じ土俵に立つ上で、不利であるという指摘もあった。しかし、それまで見ず知らずの他人だった連中が毎年4月に出会い、8月の大会目指して切磋琢磨する過程に和光大学が描く漫画的ダイナミズムはあった。そして、その魅力も。
その素人感にこそ、僕は魅了され、そんな「いい加減」な団体が格式高い大会をかき回すのに面白みを感じていた。伝統ある他チームには出せないミラクルを起こせるのは、そんな凸凹な団体だったからだと思うし、様式化される大会に風穴を開けるとしたらそんなところ、と思っていた。

しかし、今年受賞した和光大学はこれまでとは違った。今回、大会で演じる作品は昨年度別の舞台で上演した「花」という作品のリメイクだったのだ。これまでより月日をかけて育てられ、長いスパンで成熟させられた作品。つまり、それは年間通して大会を狙い、作品を仕上げてくる他の体育大学、ダンスサークルの製作プロセスと何ら違いはない。これを成功の法則に乗っかった、と見るのはあまりにも捻くれ者な自分だからなのかもしれない。しかし、今回の受賞は、従来の和光大学のメソッドでは「やはり受賞は無理」と間接的に証明してしまってるのではないか。

それでいて、メンバーはきっと
「ほかの大学は1年かけて作ってるものを、出会って3,4か月で作る場違い大学が受賞。素敵。奇跡。」
だ、なんて思ってるに違いなんて思うと、絶望的な気分になる。
まだ、「これまでの和光の方法では無理」と自覚してればよいのだが…
実質的に1年かけて作品を作り、既に大会出場が4度目の和光大学。それを未だ「場違い大学」と特権意識を持つこと自体が不可能なのだ。
場に染まり、システムに組み込まれ、その中での結果を胸を張って誇れるようになる。その上で、既存の枠組みを越境する力を、次の世代に願わくば。

ゆとり世代、乙…

僕も歳をとった。


m-13_30380 at 14:22|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 日記