September 10, 2009

女子バスケットボールについて話した

先週末、大学の同級生の友人と呑んだ。教職にかかわる仕事をしている友人だ。友人が、日々の業務の合間をぬってドキュメンタリービデオを作り始めたと聞き、話をすることになったのだ。

知り合いの結婚式の帰りだった友人と、ゴールデン街で合流し、ビデオについて話す。
何を撮っているのかを訊ねると、社会人による女子バスケットボールチームであると、彼は答えた。

女子バスケットボール!


プレイヤーが全員、女性。そのキーワードだけで、何か色めきたった僕は、真剣に何を撮れば面白いのかを考えることにした。

スポーツをプレイする目的はさまざまだ。しかし、プレイヤーが社会人になることでその目的が、矮小化して語られるきらいがあると感じている。
学生ならば、部活動がある。全国大会があり、相手に勝利する為、技術を向上させ、ゲームに勝つこと。学生という身分、モラトリアム期間も手伝って、ただ競技に没頭することが許される。

しかし、学生時代を終え、社会に属すると途端、スポーツとのかかわり方は難しくなる。
勤労し金銭を蓄えなければ、生活が出来ない―――夢や目標よりも、ただひたすらに押し寄せる現実の前に、身体を動かすことを忘れてしまう。
もし、学生の時分のように、競技に身を委ねたければ、プロフェッショナルとして、スポーツそのものを社会生活に取り込むしかない。その為には、そのプレイそのものを、第3者が対価を伴って尚、見たいと思わせるようなレベルに鍛えなければいけない。すなわち、上手くなければ意味がない―――そんな価値観の誕生である。極端だが、そのように思う。

競技をやること―――それ自体の目的が、競技の得手不得手でもってしか語られない…ということは如何に貧相なものか。上手い下手だけではなく、ただプレイを楽しめる競技。そんな価値観を許容し、はじめて競技の成長もなし得る。僕はそう思っている。

野球や、サッカー。誰もが親しみ、巨額の富を築く可能性があるプロスポーツは大体、その要素を秘めている。
酔っ払いが、深夜のバッティングセンターでストレスを払拭すると共に、汗を流す。ビール片手にナイター中継を観戦したお父さんが、居間で素振りを行う。そういった競技への触れ合い方が、野球にはある。サッカーもそう。ボールがあれば、ヘディング。新聞紙を丸めてでも、ベッドをゴールに見立ててシュートする。そんな触れ合い方が許容されているように思える。だからこそ競技人口が増え、結果、競技のレベルをあげる。

バスケットボール。スラムダンクという名作漫画によって全国的に知名度こそ広がれど、競技のあり方として、その幅は狭い。プロリーグも満足し育たず、ストリートとプロバスケのいがみ合いなんかもあると聞く。つまりは、価値観が単一的なのだ。

ただ競技を楽しみ、汗を流すこと。

それが許容されて始めて、本質が見えてくるのではなかろーか。
アマチュア、そして社会人の女性が行うバスケットボールから、何故バスケに興じるのか。そして、何がそこまで女性たちを魅了するのか?そんな動機が見えてくるVTRになると、とても素晴らしいことだろう。

友人が追っている女子バスケットチームは、ただの趣味として片付けられないほどのものだという。休日には必ずメンバーで集まり、練習をする。夏休みには合宿まで行い、技量を磨く。彼氏も作らず、合コンもせずに。チームの皆はそれぞれ、仕事や家庭を持つ身。
20台前半だったら、もっと将来のことを考えてもいいじゃないか?僕ら一般人が抱きがちな疑念を払うように、汗を流す女性たち。
プロになるわけでもなく、何故女性たちはバスケに情熱を傾けるのか。最早、ただの趣味とは言い切れない情熱をビデオが映し出すことが出来たならば。それはそれは、素晴らしいものだろう。

とりあえず、一度は撮影現場に顔を出すことを約束し、友人と別れた。

m-13_30380 at 01:45│Comments(1)TrackBack(0) 日記 

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この記事へのコメント

1. Posted by 玉の輿度チェッカー   March 22, 2011 10:50
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