鍼気楼 〜しんきろう〜 あんずの種院長の日誌

はりきゅう・アロマ あんずの種 は釧路本院と宮古分院があります。 その院長 ツボ探検家のすどうの日々雑感ブログです。

晴れた月曜の朝

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

昨日は、期日前投票をし、妻を空港に送り、髪を切り、ビデオを見て、ご飯を作って食べるという

のんびりした一日で、不安定だった体調も良くなってきました。

特に何もしない日もたまには必要ですね。

今朝は朝から晴れているので、寝具の洗濯からスタート。テラスからお日様を拝めました。


月曜日は杏鍼塾の勉強がない日なので、藤井と鍼の実技勉強をします。

鍼もアロマもそれぞれ指導係りがついていて、個別勉強を続けています。

新人の1年目は、勉強時間が勤務時間に確保されていますが、

2年目からは自分の時間を使ってになります。

藤井も、一年目はアロマの勉強が主になっていましたが、これからは鍼もどんどんいきます。

落ち着きと積極性が同時にあり、綿のように吸収力のある彼女は、

どんどん成長しそうで、楽しみです。


ある病院の研修制度をマネて、新人の指導は僕が直接していくことにしました。

スタッフの人数が増えてから。直接指導する機会が減っていたので、

少し変えていきます。


あんずの種のスタッフは全員が、教わることも、教えることにも積極的です。

凄いと思いますが、

技術職で、まして人の身体に関係するプロとしてやっていくにためには、

当たり前のことかもしれません。


お互いに、良い時間を使って、共に成長していきたいです。







刺激過多

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

昨日は鎮痛剤の力を初めて凄い!と思いました。

朝からの右肩の激痛が、市販の鎮痛剤を2錠飲んだところ、30分くらいしてから

緩和され、ほとんど痛みを感じないで仕事できました。

昼に鍼をしてもらいましたが、またうずき出しました。

「ヤクが切れた」という感じ。また1錠飲んで、夜まで大丈夫でした。

晩御飯食べてから、また痛くなり、このままでは寝れないな、と思い、また一錠。

お蔭でグッスリ寝れました。


朝になると痛みは7割くらいなくなっていました。

効きますね。凄いわ。高山病の頭痛で飲んだ時は効かなかったけどね・・・。

それ以来、30年以上ぶりに飲んだから、こんなに効いたのでしょうか?

初めて薬を飲むアフリカ人のように効きが良かったのかも知れません。



「こんなに効くのなら痛みは怖くない」と言ったら、

スタッフに 「これが効かない時もあるんですよ」 と言われました。


鍼灸師がこんなこと言っていいのか…って感じですが、 

時期により役割が違います。

僕も、ぎっくり腰の激痛の人に、鍼をした後にも

「これで楽にはなっていきますが、まだ病は進行期ですので、寝れないくらい痛い時は

鎮痛剤も飲んでください」

と言っています。

症状が落ち着いてくれば、鎮痛剤のお世話にならなくて良くなります。


プハンや刺絡は刺激強めの療法で、よく効きますが、

体調等により、刺激過多になり悪化する時もあります。

身をもって体験しています。


「より少ない刺激で、より大きな効果を目指す」と言っていた師匠の言葉を思い出しました。


飲み過ぎと刺激過多には要注意ですね。

やってしまいました

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

やってしましました。

右肩の筋肉損傷。

昨日は、朝から、草刈機を動かし、肩が辛くなったので、

その場所に、プハンをしてもらいました。。いつもより強く、若干痛かったけど、後で楽になるかと思い、

そのままに。

すぐには何とも無かったのですが、今朝は痛みで目が覚めました。

やってしまった。

普段から患者さんに、「痛い時は言ってください。気持ちいいくらいがいいですからね」

と、言っているのに・・・

この有様。

更に、その後居酒屋で飲酒してます。

悪いことだらけです。

今日は、湿布と鎮痛剤のお世話になりながらの診療でしょう。

痛みの分かる鍼灸師になれるかな?


仕事はピクニックのようなもの

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

ほぼ毎日このブログを書いています。

たまに「ブログ読んでますよ」と言ってくれる人もいて、嬉しいです。

帯広のソーゴー印刷・高原社長も毎日ブログを書いています。

かなりの文章量ですが、「社員に読んでもらいたくて書いている」と言っていました。

毎日の報告と社長の想いを伝えています。凄いです。

僕も、スタッフ、そして「あんずの種」に来てくれる人に読んでもらいたくて書いています。

なるべく元気がでるような文を書いていますが、時には自分の悩みや弱みも出てしまうので、

気をつかわせてしまったりもしますが、飾ってもしかたないですからね。


毎日更新されるスタッフブログや、たまに出る妻のブログも好きです。


さて、昨日は

「仕事はピクニックのように楽しいものだ」

という文を読みました。

ピクニックか、いいですね。最近してないな。

仕事はけっこう大変ですけどね。

ピクニックであるための条件も書いてました。


1 あなたにとって人生で最も大事な価値観は何ですか?

2 それを最も分かち合いたい人は誰ですか?

3 今していることは、それに向かっていますか?


ですって。

成程。シンプルですが根源的です。

ふっと考えていまいます。

大事な価値観

分かち合いたい人

そこに向かっているか

これがうまくいっている時は、ピクニックなんですね。


この3つの問いの答えが、明確な人は幸せでしょう。

明確なつもりでも、ぶれてしまう時もありますよね。


時期・時代・ステージによっても、それは変化するかもしれません。

でも、ベースは同じなのでしょう。


軌道修正をする時は、勇気を持って、

3割の革新と7割の保守で進めるのが良いそうです。


これもよく分かります。

一気に変える過ぎるのも駄目。

ありがちです。


遊びのないハンドルは事故の元です。

歩いてピクニック、いいですね。

57歳の朝

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

「56歳はどんな年でしたか?」

昨日、バスデーアロマを受けた時、担当してくれた畠中が、そう聞いてくれました。

優しく、時にグッとくるマッサージを心地よく感じながら、1年を振り返りました。


去年は宮古島分院開設・店名変更と大きく変わった年でした。

25周年パーティーを作ってくれたスタッフとわざわざ参加してくれたOB達と

本当に嬉しい時を過ごさせてもらいました。

そして、これが

今まで「新杏園堂」を作りからの大きな転換期でした。

「試される杏園堂」で「試される須藤隆昭」でしたが、勢いのまま走ってきて、

何とかしてきました。

でも、本当に「試される須藤隆昭」は今年なのでしょう。


名や器が変わって、自分がそのままという訳にはなりません。

突っ走ってきた歪みがない訳ではありません。

自分が変わり、

それを丁寧に整えていく年でもあります。

本来、僕が望んでいたことは何かのか、

原点回帰しながら、それをひとつづつ積み重ねていくことでしょう。


ある意味、57歳は地味な年かもしれませんが、

そんな年にしたいです。


フェイス&ボデイのコースを受けて、緩んだ身体と心。

柔らかい年にしたいです。










はじめ僕は一人だった

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

今日で57歳になりました。

昨夜の友部正人さんのコンサートで聴いた

「はじめ僕は一人だった」という曲が、なんだか心に残っています。

おぎゃーと産まれた時から、両親が僕の誕生を祝ってくれたと思いますが、

自分が一人暮しを始めて、個の自分と向き合うようになってからは、

自分の誕生日は、祝うというより、何かを考える日になっていました。



20歳の誕生日は、ノルウェーの最北端ノールカップ岬の手前のキャンプ場のキッチンで

たった一人で迎えました。

「はじめ僕は一人だった

 話しかけるのも僕ならば

 それに答えるのも僕だった」


30歳の誕生日を台北の餃子屋で妻と迎えてからは、

一人きりの誕生日はなくなりました。

今では職場のみんなもお祝いしてくれます。


57歳になった今、一人ではないけれど、

あたり前のことをあたり前と思わないで、

感謝し、動くことを進めます。

変化し続けます。


歌の最後は


「ある日僕は素敵な言葉を見つけた

そして初めて寂しさを知った」


となっています。

素敵でしょ。


「須藤さんが、あんずスタッフのことアレコレ考え、悩んでいるのと同じだよ」

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

昨夜は、あんずの種がいろいろお世話になっている友人夫婦と4人で飲みました。

このメンバーで飲むの好きです。

いつもためになる話しや元気づけてくれる話しをしてくれます。

ただ一人暮しを始めた娘さんの話になると、父はとても心配症になり、

アレコレ悩んでいます。

見ていて微笑ましくもありますが、

「そんなこと、ほっとけばいいんじゃないの。過保護だよ」

と僕が言うと、

「須藤さんが、あんずスタッフのことアレコレ考え、悩んでいるのと同じだよ」

と言い返されました。

そうなのか。

そうかもね。


頭では分かっていても、娘を心配し続ける父と同じように、

僕もそうなのでしょう。

ハリネズミのジレンマのようなことを繰り返して、

程よい距離感を得ていくのかも知れませんね。

でも、

程よい距離感って、なんだろうと考えてしまいます。


子育ては、年齢によって、

肌を離さない

手を離さない

目を離さない

心を離さない

と変わっていくと聞きました。


同じなんでしょうね。

最後は、心 か。






僕の卵 僕の壁

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

昨日のブログで書いた村上春樹氏の「壁と卵」のスピーチでは、

さらに、


「もし、硬くて高い壁と、そこに叩きつけられている卵があったなら、

私は常に卵の側に立つ。

そう、いかに壁が正しく卵が間違っていたとしても、

私は卵の側に立ちます。

何が正しくて何が間違っているのか、

それは他の誰かが決めなければならないことかもしれないし、

恐らくは時間とか歴史といったものが決めるものでしょう。

しかし、いかなる理由であれ、

壁の側に立つような作家の作品にどのような価値があるのでしょうか。

このメタファーの意味は何か?

時には非常にシンプルで明瞭です。

爆撃機や戦車やロケット、白リン弾が高くて硬い壁です。

それらに蹂躙され、焼かれ、撃たれる非武装の市民が卵です。

これがこのメタファーの一つの意味です。」

とあります。


彼は、常に卵の立場に立つと言いきっています。


「弱きを助けて、強きをくじく」

ということでしょう。


理由はどうであれ、

弱いものがしいたげられていたら、それを助けようとするのが

人間の自然の姿のような気がします。


「良い戦争も 悪い平和もない」

とも言われています。


僕も卵の立場に立てるようになりたいです。

完全にそちら側に立てなくても、

少なくても、こころ寄り添えるように

なるようにしたいです。




魂を一つにしたときに得られる温もり

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

僕は、

毎日、毎日、鍼をし、沢山の皮膚に触れています。

ほとんど表皮のみを刺激する鍼をしていますから、

皮膚感覚へのアプローチです。

なので、最近、皮膚感覚を考えることが多いです。


いくら理屈で納得できても、肌が合わないことがありますよね。

仕事でも、人間関係でも。

仕組みやシステム作りも大事ですが、そこには温かい血が通っていなくてはならず、

肌に馴染むものでなくては、活きません。


村上春樹氏は、エルサレムスピーチで、「壁と卵」についてこう述べています。


「こう考えてみてください。多かれ少なかれ、我々はみな卵なのです。

唯一無二でかけがいのない魂を壊れやすい殻の中に宿した卵なのです。

それが私の本質であり、皆さんの本質なのです。

そして、大なり小なり、我々はみな、誰もが高くて硬い壁に立ち向かっています。

その高い壁の名は、システムです。

本来なら我々を守るはずのシステムは、時に生命を得て、我々の命を奪い、

我々に他人の命を奪わせるのです−冷たく、効率的に、システマティックに。(中略)

壁と戦っても勝ち目はありません。

壁はあまりに高く、あまりに暗くて−あまりに冷たいのです。

少しでも勝機があるとしたら、

それは自分と他人の魂が究極的に唯一無二でかけがえのないものであると信じること、

そして、魂を一つにしたときに得られる温もりだけです。

考えてみてください。我々のうちにははっきりとした、生きている魂があります。

システムは魂を持っていません。

システムに我々を搾取させてはいけません。

システムに生命を任せてはいけません。

システムが我々を作ったのではありません。

我々がシステムを作ったのです。」



「自分と他人の魂が究極的に唯一無二でかけがえのないものであると信じること、

そして、魂を一つにしたときに得られる温もり」

これなんですね。

共同体感覚ですね。


本来、求めていたものが、いつの間にか、本末転倒してしまうこともあります。

本当に大事なものを見失ってしまうこともあります。


システマティックにならないで、

温かな皮膚感覚を大事にするものを

作っていきたいです。


「心に太陽を持て 唇に歌を持て」

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

長い雨が降りました。しばらくお日様を見ていません。

そんな時は、

「心に太陽を持て 唇に歌を持て」

ですね。

中学の時に習った詩です。誰が書いたかは忘れました。


ギラギラと熱過ぎる太陽の時は?

「心に湖を持て 唇に歌を持て」

でしょうか。

心火と腎水の関係でしょうかね。

互いに補い、制御します。


昨日は雨音を聴きながら、鍼をしましたが、これも良いものです。

リラックス効果が高いので、気持ち良くなります。

治療する側も、受ける側も。

気や波動は同調するので、治療する側が、緊張していると、伝わります。

ゆったりしていると、ゆったりしてくれます。

副交感神経優位になると、出すものが自然とスムーズにいきます。


午後に陣痛促進の鍼をした方が、それから数時間後に陣痛が始まり、

夜の早い時間に無事、産まれたそうです。

陣痛促進の鍼。半数がその日か、次の日に産まれています。

効きますね。


僕も、お母さんもゆったりしていて、

そして、助産院もゆったりしているから、

さらには、

いい雨音だったからでしょう。


新しい命がひとつ 無事誕生して、

いいお酒を

その命をとりあげた人達と飲めました。





人生に意味はない 意味は自分でつけるもの

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

雨の釧路。副交感神経優位になります。

先日、釧路の老舗のお菓子屋さんで、味噌饅頭を買ったら、

そこの店員さんが、あんずの種に来たことがあり、スタッフの対応や笑顔が本当に素晴らしいと

真剣に誉めてくれました。ビックリしましたが、嬉しかったです。

先日の学会の時も、

「あんずの種さんの皆さんは積極的に質問して、素晴らしいですね。教育がいき届いているのですね」

と言われました。

いえいえ教育していません。

最初の頃はそんな指導もしていましたが、今は何も言わなくても、自然にそんな風になっています。

方向づけさえすれば、人はどんどん成長していき、変わっていくのですね。


当院の治療でも、首の回旋左右差のある人に、鍼をした後に、

筋肉の方向づけをする簡単なテープを貼ることがあります。

テーピングとは違い、とてもソフトなもので、こんなので効くのかな?というような刺激なのですが、

人体は不思議なもので、正しい方向を筋肉に指示するだけで、

どんどん変わっていきます。


同じなんですね。


高校を出て、すぐ専門学校に行き、、すぐあんずに来た人は、社会経験の少ない人が多いので、

中半、強制的に旅に出させたり、ボーナス査定に道外旅行を組み入れたりもしましたが、

今は、何も言わなくても、次のステージを自分で考えて、進んで行く人が多くなりました。

きっと身近な先輩の背中を見てきたのでしょうね。


東北ボランティア治療も

今月 畠中、 7月 大道寺、 8月 藤井 と若手が中心に進んでいきます。

その後9月に、ケニアへは畠中が向かうので、今は英語の勉強もしています。

初学会報告が終わったばかりですが、日々の仕事と勉強の合間に準備しています。


大変だと思います。

でも、それを自然とやっていくスタッフを頼もしく思います。


アドラーの言葉なのでしょうか、

「人生に意味はない。意味は自分でつけるもの」

とあります。


そんなんでしょうね。


「仕事に意味はない」

「旅に意味はない」

「ボランティアに意味はない」


そう、そして、全てに

意味は自分でつけるもの

なのでしょう。










世界はどこまでもシンプルで

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

ベッキー事件や都知事辞任事件で、マスコミが大騒ぎしている間に

また秘かに重大なことが水面下で進められているような気がします。

政治不信が広がる中で、

何を信じたらいいか分からない人が増えています。


「世界はどこまでもシンプルで

人は今日から幸せになれる」  (嫌われる勇気)

こんな言葉にふれると、本当はそんなんだよな、と思います。

自分の意志や想いが、世界をつくります。

世界を複雑にするか、シンプルにするかも、

自分次第のようです。


「所有の心理学」 から 「使用の心理学」 へ意識を変えてみる。

今、何を持っているか、で判断せず、

与えられたものをどう使うか、で意識も行動も変わります。


これは、ベストセラーになった「置かれた場所で咲きなさい」(渡辺和子著)

に書かれていることにも似ていますね。


「すべての悩みも喜びも対人関係の事で決まり、

対人関係のゴールは共同体感覚である」 (嫌われる勇気)

と書かれています。

共同体感覚とは、

「他者を仲間と思い、そこに自分の居場所があると感じること」 らしいです。


成程と思います。

他者を敵ではなく、仲間と思えるようになれば、

より良い対人関係がつくれます。


銃の乱射事件や報復攻撃も減ると思います。

世界平和も先ず、自分の心から

始まるのかも知れません。


「世界はどこまでもシンプルで

みんなが今日から幸せになれる」


そう信じます。







旅の重さ ふたたび

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

近郊の散策から海外旅行まで、

旅は、「行ってみると 行きたくなる」 の法則があります。

もう嫌だ!と思うことも勿論ありますが、

行ってみると、行きたくなる。

自らの意志で行った 時が一番そう感じます。

凄く苦労もしたけど、ビシバシ刺激を感じた旅ほどそう思います。

「あー今度は、もっと長く行きたいな。あのマチにも、あの国にも、行ってみたいな」

夢が広がります。


高校生の時に、

強制的に行く修学旅行など、意味がないと思っていましたが、

行ってみると、京都のマチに惹かれて、そのマチの大学しか受験しませんでした。

これもまた 「行ってみると 行きたくなる」の法則でした。


旅の価値、重さはその時には分からず、何年もたってから分かる時もあります。

19歳のユーラシア

21歳のバングラデシュ

23歳の韓国

25歳の中国

27歳のフィリピン

29歳の台湾・中国

すべての旅から、これからの進み方・生き方のヒントを学びましたが、

後になってから分かったことも多いです。


山も 登ってみると 登りたくなり、

旅も 行ってみると 行きたくなる

人生も 生きてみると 生きたくなる 

そんな感じがします。

僕は、旅の魅力を発信し続けながら

生きたい人を 応援したいです。


人生は旅のようなもの ですからね。

うまく旅するよりも

いい旅したい


うまく生きるよりも

いい生き方をしたい







次のフィールドへ!

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

学会での発表・研修が終わってみると、自分はやっぱり鍼が好きなんだな、と実感しました。

マネジメントの勉強も必要に迫られてやってみると、それも面白かったのですが、

やはり僕は経営者であるより、先ず鍼灸師であることが一番なんだと思いました。

きっとその間で揺れながら、これからも進むのだと思います。


僕のいた立命館大学探検部は、

体育会系でもなく、学術会系でもなく、その中間で、揺れながら活動していました。

山岳部ではないけど、山を登ります。

民俗学研究部ではないけど、海外の僻地などで調査をします。

頭でっかち派と行動馬鹿派がいました。そして、

「探検とは何か?」というテーマの話はいつも繰り返えされました。

議論し、悩み、苦しみ、その中から次のフィールドを見つけ、挑戦してきました。


僕はこの習性が身についているようです。

両サイドで揺れながら、

その時の状況をみながら、

仲間の意見も聞きながら、

どちらか一方ではなく、矛盾する2つのものを両立・共生する方法がないのか、

いつも考え、悩み、実践するのが好きなんだと思います。

それを気づかせてくれる人がいてくれることが有難いです。


探検部でも単独行動より、チームを組んでの行動が好きでした。

理論より行動が好きでした。

走りながら考えてきました。

これからもそうでしょう。


次のフィールドへ!












手紙

この3日間、皆さん本当にお疲れさまでした。こうして9人全員で学会参加と社員旅行が

楽しく無事に終われて、本当に良かったです。

学会発表が決定してから、2ケ月間、発表者の得田と畠中は本当によく頑張り、たくさん苦しみながらも

ここまできました。二人とも、その成果が120%現れた素晴らしい発表でした。

そして共同発表者として2人を支え、声を聴き、励まし、一緒に苦労した松原と原田、本当にお疲れさま。

2人のバックアップがなければ、ここまでくることはできませんでした。

さらにその周りに加藤、大道寺、藤井がいてくれて、意見・質問したり、マッサージしてあげたりと

様々な支援がありました。どれだけ助けられたでしょう。

だからこそチーム全体での達成感・充実感があり、打ち上げの美味しいお酒となったのだと思います。

五行の相生・相克関係は、このチームの中にもあります。

見返りを求めることなく、援助することで、他の誰かから援助されます。

いき過ぎたエネルギーを抑えてくれる人もちゃんといます。

須藤と加代子を含めての9人、それぞれ意味があってここにいます。

五行より強い、九行関係により あんずの種は結ばれています。

全ては必要・必然・ベストタイミングです。

今のチームあんずの種は過去、最高・最強のベストナインだと思います。

この社員旅行でその想いはさらに強くなりました。

駒大苫小牧に負けない、ベストナインです。

得田・加藤にとってはこれが最後の社員旅行で、良い思いでをつくり、

楽しんでくれたと思います。

残りの6ケ月、9ケ月、それまでのこのベストナインのチームで、大いに相生・相克しながら

一緒に一つ一つの成果を創っていきましょう。

6月のさわやかなこの地でに、こうして皆で来れて、本当に嬉しいです。

いつもいつも本当にありがとう。

感謝してます。


(道東道占冠パーキングエリア 芝生にて)

全員で学会発表!

おはようございます。あんずの種の院長 須藤隆昭です。

学会発表で、9人全員で札幌に来ています。

全日本鍼灸学会北海道大会。かつてこの学会では、僕の他に、久保田(鈴木)真弓、松山優、

久保大輔、熊坂由希子、松原麻実が 発表していますが、

今回は一気に3人(須藤 得田 畠中)発表となり、共同発表者(松原 原田)を含めて、

9人がバックアップしながらの参加となりました。

そしてその発表が昨日それぞれ無事に終わりました。

個人だけだと、ここまで出来なかったでしょう。

その後ろには、そして、あんずの種の卒業生が、温かく見守ってくれていました。

他からみれば、たいしたことない事なのかも知れませんが、

ものすごく、充実感と達成感がありました。

一つの目標に向かって、頑張った2人は本当に素晴らしかったし、

それを有形無形で、また全員が支援する姿も素晴らしかったです。

チームって、いいですね。


 

マウンドに立つのは一人だけど

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

明日から、全日本鍼灸学会で金曜・土曜とお休みになります。

本日の遅い時間が混み合っているため、昨日も本来6時までの日ですが、8時まで診療しました。

最後の時間の診療は、少し違った雰囲気がするので、嫌いではありません。


学会準備も大詰め。

いつものことながら、尻に火がつかないと燃えない、ギリギリボーイです。

「他の発表者の監督をしながら、のんびり・・」と思っていたのが、

みんなに監督されて何とか、スライドと原稿が完成しました。

共同発表者をはじめ、周りにはいつもお世話になって (否、なり過ぎて) います。

有り難いことです。


後は、マウンドに立つ投手と同じく、

自分が頑張ることで、チームメイトに報いることが出来ます。


学会で、当院からは一緒に、得田・畠中の2人も発表します。

3人が一度に発表するのは初めてです。

過去に京都大会で、松山さんと久保さんが2人で発表したことがありましたが、

それ以外の僕、鈴木真弓さん、熊坂さん、松原は一人での発表でした。


全員で参加するのも勿論初めてです。

北海道大会なので、車で行けるので、思い切って社員旅行を兼ねての事となりました。

9人になったので、車は2台となりましたが、車内でも発表練習がありそうな予感です。

もう今から、終わった土曜夜のイタリアンとワインが楽しみです (笑)。


マウンドに立つのは一人だけど、

バックには8人の心強いチームメイトが見守ってくれる。

あんずの種のナイン

最高・最強のチームメンバーです。


平行線もいつか交わる

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

昨日の夕陽は綺麗でした。釧路の空、好きです。


昔、多感な10代後半の頃、好きになった女性から、

「平行線で歩きたい」と言われたことがあります。

どんな意味なのか、あまり理解できませんでしたが、

僕が、残念な気持ちになったのは覚えています。

「議論は平行線をたどる」 と言うのも、妥協点すらないこう着状態のことを指しますよね。

でも、

同じ希望に向かって進むなら、バラバラになるより、平行線も悪くないのかもと思いました。

その時に、10代の僕は、

「指先の触れ合う距離でもいいから、平行線で一緒に歩きたい」

とその女性に伝えました。

肩を組んで、一丸となって歩くのが無理でも、指先の触れ合う距離でもいいのかな、思ったからなのでしょう。

何キロも遠く離れた平行線も想像出来なかったのでしょう。


「平行線は交わらない」 と数学の定理で学びました。

「太陽光線は地球上では平行に降り注ぐ」というのも理科で学びました。

でも、太陽光も電球の光も、元は放射状に広がっています。

何光年という距離があるから、平行になっているのです。

逆にいうと、

平行線も時間や距離によって交わることもあるのだと気づきました。


それが、希望なんだと思いました。

無理だと思っていた願いが叶うことがあります。

数学や理科の定理を超えたものがあります。


「どうせ無理」 かもしれないけど、「無理じゃないかもしれない」


微かな光があれば。


夕日が沈む前にみせてくれる

微かな光が、

明日の希望になることもあります。


「平行線もいつか交わる」


10代の時に思ったことですが、

今もそう思います。




ゆとり教育 ゆとり人生

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

大学生の時、飲みながら冗談っぽく、分数の割り算問題を出していたら、

簡単な問題が解けない人もいて、みんなでビックリしたことがありました。

僕自身、誤字脱字が多く「本当に大学行ったのか?」とも言われることもありました(笑)

今の「ゆとり教育」世代はもっと大変そうです。

マークシートで点数をとる技術(正解は3に大いから、分からなときは無記入にしないでとにかく3に丸をつける)

とかが教えられ、自分で考えることが苦手な人が増えています。


学生時代、こんな数学覚えて、何の役にたつのだろうか?と思ったこともありました。

「数学は論理的にものを考える力をつけてくれる」と聞いて、成程と思いました。

証明はそのためにあり、数学者から哲学者になった人もいるそうです。


何故、そうなるのか、自分で考えることが必要です。

社会に出ても、すぐ答えを知りたがります。


今は、ゆとり教育を受けて教師になった人が、教えているので、

教師自身が自分で考える能力が少ない人も多いそうです。


時に厳しく学び、

人生にゆとりを持ちたいものです。

時間の使い方は命の使い方

おはようございます。あんずの種院長の須藤隆昭です。

伸び放題の庭の草を刈ってスッキリしました。

だいぶ前に北海道の人は、エレベーターの「閉」のボタンを押さないのですね。

と言われて、そんなボタンを押す人がいるのか、と思ったことがありますが、

それからは、「閉」ボタン、押してます。

数秒間の時間短縮です。

でも、「数秒を、あえて待つことで時間間隔にゆとりが持てる」と書かれた本を読みました。

なるほど、と思い、今はなるべく押さないようにしています。

目の前の信号が赤になったら、手前の交差点で先に曲がることもあります。

せっかちなのでしょう。

別に遅刻ギリギリの場合じゃない時もです。

でも、なるべくそうしないようにしています。

ハンドルを離して、ふとゆとりが出来る時があります。

なのに、その時間に携帯を見ようとしている自分がいます。

ラインやFacebookを見ようとして、止める時もあります。

急用なら、電話が鳴るはずです。

効率的に仕事を進めたい時と、

時間にゆとりを持ちたい時の両方がありますが、

咄嗟に使い分けるのは難しいですね。

釧路にいる時と

宮古にいる時も時間は違います。

どっちも好きですが、

切り替え能力の問題でしょうね。

スイッチ大事ですね。

意識します。

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