2012年02月10日

やたら焦るが

こんな手順、無駄では無いか・・とか
やたら焦るが、
ただ無心でやるべし。
一端決めた手順を崩してあれこれここに迷うよりか
確立した流れの中で
無心に淡々と進めるのが近道と心得よ。
損得も考えるべからず。
個々で一々損だ得だときまるのではなくて
全体で生かされていることから
OKと受け止めるべし。
世界を介して天から生かされていることを持って得と介するべし。


m-33_86721 at 11:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!不安 

2012年02月09日

良さんの夢

ものすごい久しぶりに良さんの夢を見た。
幼い日の思い出の子。
30前に他界している。
いつも競争していて、
彼がステージで輝いていて
くすぶっている自分に焦る夢を繰り返し見ていた。
亡くなってからは、よっぽど亡くなったのが信じたくなくて
実は生きていて、ものすごい嬉しい気持ちになる夢。
今回のは、もっと静かだった。
ただ懐かしんでいた。
パートナーの死を意識したための夢か。



m-33_86721 at 21:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日常 

百姓の足、坊さんの足、みたいだな・・

子供の頃に読んだ地元作家のお話に
百姓の足、坊さんの足、というのがあった。
お酒に酔った勢いでお米をふんずけるのだが
そのあと、百姓だけ罰が当たって足が利かなくなる。
はじめのうちなんでだ???と散々その不平等さを嘆いた百姓だが、
いずれ自分の中で解釈する、
苦労してお米を作り、その大変さ、尊さを知っている自分が
お米をふんずけるのと、
その実感はしらない坊さんがふんずけるのでは
罪の重さが違うのだ、と。
随分と時が経って、やがて、両人とも他界する。
そして、あの世とやらでの光景。
なんと百姓の足は健常戻り、
かわりに坊さんかが足を引きずっている。
現世での心の研ぎ澄まされ具合で
あの世とやらの与えられ方が変わるということ。

この期に及んで、猛災難に見舞われ続ける彼が
坊さんの足に重なる。
これまで散々
罰当たりになりそうなふてぶてしさを発揮してきた。
なのになにもバチも当たらず過ぎてきた。
そんなもんか、バチなんて思い過ごしか、と思いかけていた。
そしたら、今回の事態。
天は最後までかかって帳尻を合わせてくるというわけだ。
父の言っていた「この世の業を落とすまで苦しめられる」
とはこのような事態のことか・・。


m-33_86721 at 00:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日常 

2012年02月08日

おんぼろ

やっと山場を越えたかと思いきや、持病の発作が出かけていた。
なんてひどいおんぼろ加減。
だから言ってんのに・・。
謙虚にならなきゃダメだし。
生かされている奇跡に感謝して、
生き延びさせてもらえた幸運に報いる生き方しなくっちゃ。
見捨てたいぐらい腹立たしいと同時に
見ていて危なっかしくてしかたない。
いい子しなくては、天から見捨てられるんだよ、って。
さっさと気づいていい子にならなくては、
とりかえしがつかなくなっちゃうんじゃないか、と・・。
わたしには、天が愛想をつかして、
これでもか、これでもかと
試練を繰り出しているように見えてならない。
早く気づいて、感謝の気持ちがおきてこなくちゃダメだよ。




m-33_86721 at 23:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!徒然 

気が楽

あまりに無神経に平然としているので
すっかり踏みにじられ感でいっぱいになって
もう、こんなヤツとはいっしょになんかいられない、とか思えつつ
心の奥の奥から優等生のわたしが
「変われるのは自分だけ」だとか、
「いいところにだけ注目してうまく過ごす工夫をするべき」だとか
「それでもよく過ごそうと努力することに価値がある」だとか
綺麗事を並べ立てて、不平を並べる自分を否定する。

ネットの友人が、言った。
「子どもが学校卒業したら分かれちゃえば」と。
そんなのわがままとかではなく一般的な評価として
無難な選択なんだろうか、と疑問を投げかけると、
彼は言った、
「そう考えれば気が楽じゃん」と。

なるほど、確かに気が楽になる。
何が何でもここで湧き起こる憎悪に苦しみながら過ごすのではなく
時がくればサヨナラすると考えれば
とりあえず一緒にいる間は、最大限よくしてあげればいい。
そして、それでも平然と踏みにじり続ける彼であることを
じっくり見極め、確信を持って計画通りサヨナラしたらいい。
うん、妙案だ。





m-33_86721 at 11:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!憎悪 

本当の強さとは

メールマガジンから心に届いたものはコピーして
ワードパットのファイルに溜めている。
たまたま同じメールマガジンから連日でお気に入りが出たみたい。
別に強くなくてもいいんだけど
美徳を感じてしまう。


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本当の強さとは

最も辛いことに

感謝できること
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本当の強さとは、

他人を打ち負かすことよりも

他人を輝かせること
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m-33_86721 at 08:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!心の中の湖 

2012年02月07日

どんなに気に食わなくても

彼は彼の感性で生きるしかないわけで
それが不一致だからといって
誰かが誰かのために我慢して生きるなんて正しくない。
誰もが自らの感性でもって
もっとも心地よいところで生きるしかない。
あまりに異なる感性とともに生きることは
心地よさに限界があるとしたら、どうするべきか、
ということか・・。
誰も悪くないけど、
それでもともにはいられないということもありか・・。



m-33_86721 at 22:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!憎悪 

祈る気持ち

彼に対する「嫌い」の正体を見た気がする。
祈る気持ちの無さ、
生かされていると感じる謙虚さの無さ、
それらが総合してふてぶてしさに見え、
しばしば踏みにじられた気持ちになっていたのだろう。
なにをしてあげても感謝の気持ちというものが皆無なので
踏みにじられてしまう。
感謝してもらうことを求めてしてあげるのならやめとけばいい
とは言うものの、
あまりに自分がしてもらったら感じるであろう気持ちとかけ離れていて
まるで異星人のようでは、
孤独感から嫌いになってしまうということなのかも。
無事に回復するのを見届けたら、考えようかな、
この後の生きる道・・。



m-33_86721 at 21:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!心の中の湖 | 憎悪

唖然・・

大分回復したようで、
繋がれたコードの範囲内、歩行が許されていた。
あっという間にもとのふてぶてしさが戻っている。
わたしがこんなに恐い思いをして
命の火が繋がったというのに
何の反省も、改善しようという向上心もない。
言葉だけだろうか。
否。
そういう感性の人物なのだろう。
完璧に踏みにじられた気分。
心底ふてぶてしいのだ。
謙虚さの欠片も無い。
うんざりだ。
こんなやつ・・。



m-33_86721 at 20:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!憎悪 

無心

大きな不安に邪念をそぎ落とされて
ひたすら無心で目の前の事に臨むしかなくなること。
これを恩恵と言わずしてなんと言おうか。


m-33_86721 at 16:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!心の中の湖 

孤独

この朦朧とした倦怠感と
地に足が着かない不安の中、
それでも日々、為すべきことがあって
投げ出すわけに行かないものに囲まれて
怯えつつ
どうにかこうにか過ごす。
人とは共有できない自分だけの怯えを抱えて過ごす。
なんて孤独な生き物なんだ。
というか、怯えが無ければ、孤独感もないであろう。
人は何ゆえに怯えるのか。
怯えを感じることで個の保存のために作用するはずで
必要な感性なのだろう。


m-33_86721 at 14:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!心の中の湖 

生きる機能

景色が心の状態を左右する。
父が亡くなって1年ぐらいは、役所の駐車場で
なんか息苦しさを感じた。
今回は、スーパーに恐怖感を感じる。
眺めから、インパクトの強かった事件を思い出して
現実の今に関わらず、心の状態を揺り動かすのだろう。
恐ろしい・・。
平穏が何より。
なんにもないことが奇跡であり、この上なくありがたいのだろう。


m-33_86721 at 14:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!徒然 

天の恩恵は

意地を張ってないで素直になれ、と言っている。
心のそこにある誠意を
あるなら出すしかない事態が与えられたということ。
同時に、それでも「あなた」の存在は
不適切では無く、正しい域内にあるか、とも問われているのかも。

m-33_86721 at 08:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!心の中の湖 | あなたへの手紙

2012年02月06日

今頃になって

なんだか今頃になって恐ろしくて不安で地に足が着かない。
孤独。
他の人にとってはよくある軽い出来事。
遭遇してしまうと、闇雲に大きな不安が伴う。
人という生き物は、変化に弱いということか。
もっと気持ちを大きく持て。
天の采配を信じろ。
必要な何かが与えられるための時間のはず。
取り上げられるとしたら、
そこまでが、天から自分に与えられたものだということ。
それにしても恐ろしい・・。


m-33_86721 at 11:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!不安 

家族って

普段、些細なことで「もう・・」と思ってしまったりもするけど
いざとなったときに、同じ心配事に向かう同士という意味では
なんの迷いも無く仲間であり、代えがたい存在なのだと実感。

どっかで
「愛とは同じ方向を見ること」とかあったけど
そんな感じだろうか。

限りなく心細い気持ちに、容赦なく沈んでいく中
身勝手に自分のことしか考えてなくて
いいかげんにしろよ、としか思えなかった子どもたちだけど
いてくれることがものすごい支えになっている。

家族、血、とはそういうものなんだな・・。
はじめて気が付いたかも。




m-33_86721 at 10:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!徒然 

2012年02月05日

これが望んだことか・・

ストーリーは想像できないけど、
いつか「あなた」と過ごす時間が
人生のおいて与えられるように、と
確かに望んでいた。

考えてみると、望みが叶うとしたら
そこへの過程の今という恐ろしい事態に気づく。
人の命をとってまで望むことではない。
本意ではないではないか、と
願う力の強さに空恐ろしくなる。

あまりに無神経で
わたしの怒りを掻きたててばかりいるので
こんな事態になってしまった、と
まだこの期に及んで人のせいにしようとしている。

恐ろしい。
こんなストーリー、望んではいない。
正しく善くってなんなんだ・・。
平穏でいい。
なにも欲しくない。

「あなた」はどうなんだろう。
わたしの「あなた」像とはかけ離れた人で
単にイロのひとつだとしたら、
このような事態において
平穏など願ってはくれないのだろう。
望みが叶うかも、と鬼の心で内心喜ぶわたしでなければ
歓迎してはもらえないのだろう。
わたしの「あなた」像そのままならば、
自らの心に蓋をして
平穏を願ってくれるに違いない。
今更・・。
どっちにしたところで、
「あなた」はもう傍にはいてくれてない・・。





m-33_86721 at 22:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!あなたへの手紙 

他人事なら

人の命、生き死にに関わることに接してしまうと
実に恐ろしくて
ついありきたりなうつ状態に陥りがち。

けど、他人事として考えてみれば
とりあえず生きて、無事に危機を乗り越えてしまえば
全然大丈夫なことに思えるはずで。

なので、今の不安と落ち着かなさは、過剰反応で
もっと、ど〜〜んと構えて
なるようになるさ、と開き直らなくてはいけないな。

あ〜あ。
それにしてもなんて恐ろしい。
当人はいいよな、
万一最悪でも、お終いになって消えてしまうわけで
不安もへっちゃくれもない。
生きるということは大変だ。
無事は、よかったものの、このあと無事に復帰したらしたで
当人もいろいろ大変なんだろう。




m-33_86721 at 18:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日常 

神の手?

こんな時なのに、
なんだかんだ不平不満を並べ立てて
義務の分の手伝いまでちっともしない子どもが
今度は不調になっている。
そうか、もしかして天がわたしを助けるつもりで
わたしのものすごい強い憎悪や不満を感知して
バチを繰り出してくれちゃったのか???
いかん。
彼にしろ、他の誰かにしろ
わたしが心の底から、すべてを受け入れて
わたしが心の底から、彼らをありのままで受け入れて
寛大な許しの気持ちを持たなければ
どんどん周りの人にバチが、繰り出されてしまうかも。
わたしの憎悪を向けた周りの人に不幸が次々訪れてしまうのは
真意じゃないのにな。
そんな恐ろしいことの責任は負いかねるし。
ことによると制御不能な願い力パワーが
ものすごいあがってしまっているのかもしれない。
予期に反して世界を滅亡させてしまわないように
憎悪など抱かないようにしなくては。
肝心な自分の足元の大地まで
怒りにまみれて突き壊してしまうようなものだし。
恐ろしい。
天は本当に恐ろしい。
確かに守ってくれているはずなんだけど・・。
そんなに過激じゃなくていいし。


m-33_86721 at 11:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!心の中の湖 

生かされている体

普通に体が作動しているときは、
生きているのはごく当たり前のことだけど
ひとたび内部で不調をきたすと、
人の歴史が積み上げてきた文明の利器で手を下さなければ
自然体だったら、あっという間に死んでしまう。

なんておそろしいことだろう。
そして、なんて素晴らしい人の知恵の積上げ。

いつなんどき何が起こるか。
すべてを含めて天寿とすると、
不調が起きることも、
その不調を助ける環境やタイミングも含めて
天寿なのだろう。

不摂生を重ねて
天から生かされていることを忘れ果てて過ごした
天への冒涜のツケを込みで天寿。
そして、それを補い救われた運も含めて天寿
なのだろう、彼の。

生きて過ごせているということは、
ものすごい繊細なこと。
それを与えられている感動を忘れてはいけない。
当たり前のことだと軽んじて、天を冒涜してはいけない。



m-33_86721 at 10:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!徒然 

・・

とにかく不安で心細い。
他者に頼る気持ちがいかにたくさんあったかということだろう。
与えられるものだけが、自分という個体に与えられたもの。
他者に何も求めるな。
この不安な中での「あなた」の存在ってなんだろう。
まったく場違いで色褪せて消えてしまうということも無いけど
大きな支えにはなってない様にも思える。
やはり会話ややり取りなくしては存在を感じられないということか。
ことによると幻だったとしか思えなくなるのかも。
自家発電的に思いつく心のありようは、
確かに「あなた」との日々から培ったものなんだが・・。
それよりか、このときとばかりに
心が不適切に「あなた」に傾いて
こんなヤツいっそ死んでしまえば・・
とかの発想が起きなくてホッとする。
良心や日常的なものに埋もれていた基本的な情が
ちゃんと残っていてよかった。
そんなのが無くなった鬼のような自分だったら
やっぱ耐え難いだろうし。




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