different people

アメリカにしばらく暮らしていると、日本人コミュニティは苦手という人にたまに出会う。何でもかんでもグループ内の同意を取る、毎週のように誰かの家に集まる、放課後に公園に行く時はグループLINEでみんなに連絡して、みんながまた返事する、とか。
聞いていると、それはさすがに面倒だよなと思う。断ればいいじゃーんと私が気楽に言うと、そういう訳にもいかないのよと言われる。うん、学校なり地域なり、そのグループ内にいる限りは同調圧力というか、なんかしらあるよな。想像はできる。

そしてある時、気がついた。
日本人コミュニティが苦手という人は、アメリカナイズされてるわけじゃない。むしろ、日本人コミュニティ的価値観をすごく内面化してるんだ。今回は行けませーんと毎回あっけらかんと断るなんて、絶対できない。まわりになんて思われるから怖いから。
平日のあのエリアの9時過ぎのトレーダージョーズは日本人が多すぎて嫌だとその彼女が言うから、じゃあ日本人と思われない格好して行ったら?と提案してみた。ミラーのサングラスとレギンスとタンクトップ、または大きいスウェット、裸足にサンダルで行ったらアジア系アメリカンのふりできるよ!
でも彼女は絶対そういう格好はしないのだ。私も分かって言っている。

日本人らしさの特徴の1つは、確実にバウンダリーの希薄さだと思う。自他の境界が曖昧。個人のアイデンティティより、グループとしてのアイデンティティが強い。だから周囲から大幅に違うと居心地が悪い。
私自身もその傾向が強いからこそ分かる。私はすぐまわりに同化したがる。今は同化する対象がいないだけだ。
まわりのアメリカ人は到底、同化対象にはなりえない。言語が違う、文化が違う、見た目が違う?でも、日本人コミュニティにおいても、言葉が同じで文化や東北アジア人の外見を共有していたとしても、それでもみんな違う人間なのだ。グループの目的を共有するのは分かるけれど、同化しようとする必要はないはずだ。違っていていいんだ。だって、そもそもみんな違うんだもの。

子供のテレビ番組を見ていたら、キャラクターの1人がいいことを言っていた。”Different people like different things”.
気に入ったので、私もよく子供に言っている。同時に自分自身にも言っている。もう私のマントラだ。Different people like different things. We are all different and it’s okay.

性格や潜在意識まで染みついた刷り込みはそうそう変わらない。でも、まずは気づくことがスタートだ。まわりと一緒じゃなくてもいいんだよ。君は君のままでいいし、私は私のままでいいんだよ。

延長戦

アメリカ生活が5年を超え、今はもう延長戦に入っている。9月に帰国の予定が7月になるかもと言われ、いやでも今もう5月、ってことは妥当なところで8月に帰国になるだろう。
郊外の広々した住環境、環境に悪いもののめちゃくちゃ楽な車生活、他人のことはそんな気にしない大らかな感じ、広い空、緑の多さ、ミシガン湖の穏やかな波のビーチ、ああ日本に帰ったら恋しくなるだろうな。
アメリカの物価は高い。チップ込みで考えたら北欧とと特に変わらないぐらい。大統領が変わって国として危ない方向に向かってるし、銃犯罪は相変わらず減らない、人種差別だって確実にある、でも少なくともここらの郊外の住宅地は平和で、さいわい私はまわりの人にも恵まれた。

一斉に芽吹いてきた街路樹や森の木々を見ると胸がぎゅっとなる。今年で最後か。東京の空はもっと狭い。夕焼けもこんなに綺麗に見えない。そもそもこんなに木がない。
ああでも、日本に帰ったらふわふわの今治タオルか泉州タオルを買おう。夏はタオルケットで眠ろう。トースターも買おう。ユニクロも安い。魚も安くておいしい。日本には繊細で気の利いたおしゃれな物がたくさんあるだろう。東京は世界でもトップクラスのわくわくする街なんだし。

私は人生の圧倒的に長い期間を日本で過ごした。たかだか5年ぐらい国外に住んだぐらいでは外の者の視点を獲得することは無理だ。でも、ほんの少しだけ、かけらだけ、旅行者の視点を持てたと思う。その目で見れば、日本に住むこともたぶん面白いはずだ。
子供は日本に帰れば、きっとすぐに英語を忘れるだろう。それは仕方ない。でも、今いるこことは違う文化、違う言葉、違う考え方、違う見た目の人々がいるということは覚えていてほしい。世界は今いるその場所だけではない。


いつ帰国になるのか具体的なことが分からないのは過去5年ずっとそうだったけれど、宙ぶらりんな中でここまで生活を築いてきた自分たちを誇りに思う。日本に家もない私たちが帰るには、まず家探しから。引越しの諸々は考えるだけでストレスだけど、今までだって似たようなことをやってきたのだ。今回だって何とかなるでしょう。
ああでも、寂しいな。ものすごく寂しいな。

What that matters is

贈り物って難しい。
私の母は誕生日やバレンタインにと小さなギフトを送ってくれるのだけど、その中身がなんとも微妙でいつも反応に困る。ふりかけやお茶漬けあられ、ラッピング用のリボン、和風のカードなど。お茶漬けあられなんて、いつ使えばいいのか。お味噌汁にかけるといいと書いてある乾燥野菜のトッピングみたいなものも、我が家はお味噌汁は全然作らないし、とりあえず何か汁気のあるものにかければいいのだろうか。ふりかけも、正直こちらで買えるんだよな。高い郵送料を払ってまで送るほどのものではない、と言うのが正直なところだ。
たとえば、ふりかけいる?とか、ふだんお味噌汁作る?と聞いてくれたらいいのにな。でもそうしたらサプライズ要素がなくなるからだめなのか。何か欲しいものない?と聞いてくれたらと思うのはわがままかしら。
彼女は妙なものを送ってくるのがもはや定番で、日本からロサンゼルスまでわざわざ紙を段ボールで送ってきた時はさすがに唖然とした。紙というのはカードに使えそうなちょっとした厚紙で、薄ピンクや緑だったか、たしか父の会社で余っていたものを子供のお絵かき用にと送ってきたのだった。
かなりの重量のあの箱の送料がいくらだったのかは知らないけれど、どんな僻地だって紙ぐらいあるだろうし、しかもロサンゼルスなんてダイソーだってあるのだ。でもあの時も、私はありがとうとだけ言って、他は何も言わなかった。

物ではなく、気持ちが大事なのだと思うようにしている。
何かを贈りたい気持ち、相手を思いやる気持ちが、必ずしも相手の好みや需要にフィットした贈り物に直結するとは限らない。本人に直接聞かないかぎり、そんなの不可能だろう。わかっちゃいるが、外しっぷりがなんとも言えなさすぎる。
しかしこんなことを言っている私も、何かプレゼントした相手にこんなの要らんがなと思われているのかもしれない。

練習

仕事が休みの日、友人と会う予定が彼女の子供が風邪で予定はキャンセルになった。仕事場でも同じように子供が体調不良で休みを取っている人が数人いて、明日入れない?と打診されたのを断った矢先だった。
一瞬、代理で仕事に行こうかなと考えた。きっと感謝される。お給料もその分入るし、どうせ暇だし。
同時に、その前日に一緒にいた同僚に言われた言葉を思い出した。「旦那さん、しばらく出張なの?子供とずっと一緒は疲れるよ、明日は1人の時間を楽しんでね!メンタルケア、大事よ〜」

私には、条件反射で役に立たねばと思う癖がある。と頼まれたらノーと言いにくい習性。しかし彼女の言うとおり、私には私のメンタルケアも必要だ。夫はまだしばらく帰ってこない。
正直、家にいても特にすることはない。仕事が嫌なわけでもない。ただ、私には自分を優先させる練習が必要だと思った。予定がたまたまキャンセルになったからと言って、私が代理で仕事に入らねばならないわけではない。ノーと言っていい。というか、自分から申し出なくてもいい。

本当に小さなことだけど、自分の癖を自覚して、行動パターンを変える練習をする。パターンを変えることに伴う罪悪感や違和感を減らしていく。大丈夫、少しずつ私は変われる。

関西や東京に住んでいた頃は、最高温度がマイナスなんて縁遠すぎて、とにかく自分が住める環境ではないと思ったはずだ。しかし慣れとはすごいもので、寒いと評判のシカゴの冬に慣れると、最高がマイナスなのはごく普通になった。
日中でもマイナス17度、体感マイナス23度なんて日はここでもさすがに一冬に数えるほどしかないものの、ちゃんと着込めば大丈夫。雪がひどくなければ運転に支障はないし、小雨が降るとフロントガラスが凍って危ないけれど、それもまぁ暖房が効くまで待てばよい。
マイナス10度ぐらいでお天気だと、寒いのがましに思えてくる。でも風があると、いわゆるウィンドチルというやつで体感がぐっと下がる。調子に乗って散歩に出ると、リアルに耳が痛い。凍傷の危険。しまった、ニットキャップを忘れた。おでこがちくちくするから、あんまり好きじゃないんだよな。

温暖化のせいで、シカゴも毎年暖冬になってきている。今は寒波で寒いものの、雪もぜんぜん降らない。今年はソリ遊びできないまま終わるんだろうか。こっちで最後の冬なのに。
日本に帰れば、きっと冬は楽勝だ。いや、待てよ。車生活じゃなくなるから、駅やお店まで歩くのが寒いか。家もセントラルヒーティングじゃないから、お風呂場とか寒いんだろうな。

うっすら積もった雪の上を歩く。片栗粉みたいにキシキシいう。住宅地なのに、ところどころ鹿の足跡や、ウサギかスカンクかの足跡もある。シカゴの冬は長くて暗い。つまらないと言う人も多い。地元の人だってそう言う。でも、私はそんなに嫌いじゃないんだよな。
日本に帰れば、私はきっとこの寒さを懐かしく思うだろう。雪の青い影を恋しく思うだろう。雪が降らない地域では冬も車が大して汚れないことに改めて気づくんだろう。だから今のうちに、この凍てつく寒さを堪能しておこう。

キャラクター

話している言語によって自分の喋り方が変わる。
英語で話すときは、少し強い感じになる。英語の自信のなさをカバーしたいという心理が働くんだろう。あと、日本ほど「かわいい」「やさしい(きつくない)」が重視されない文化的な雰囲気に合わせたいというのもある、と思う。
日本語で喋るときは、英語より確実にほにゃっとする。声も英語の時より高めになる。相手に威圧感を与えない、親しみやすく、というのが喋り方に織り込まれている。

2025

自分の自己肯定感の低さはいいロールモデルがいないからだと、ずっと無意識に思っていた。でもそれって永遠に続く言い訳だよな。だったら、自分がロールモデルになればいい。と、脈絡なくふと気づいた。何だかすごく、すとんと腑に落ちた。

私のすべての願望の根っこは承認欲求で、これこれこうでなければ私に価値はない認められない愛されない、みたいな不安がある。
でも冷静に考えたら、「これこれこう」したら評価されて好かれるだなんて、根拠はまったくない。そもそも、そんなことで移り変わる評価にこだわる価値があるのかという話で。そんなことに振りまわされず我が道をゆく人が身近にいてほしかったと思うのであれば、自分がそうなればいいのだ。

気づくのが、まず第一歩。
自分にとっての快適さ、行動基準が自分のためかをもっと気にすること。そう、私をジャッジする他人なんて、私の脳内にしかいないのだ。

負け戦

私が何年も夫に対して怒っている理由は主に2つある。子育てに関する不平等と、健康に問題がある私への協力が少ないということ。事あるごとに言葉を尽くして説明してるんだけど、これがまた彼には一向に響かない。かつ見事なまでに残らない。
彼が理解できるであろう最低ラインと見積もって朝は7時には起きてくれと言うと、7時には布団の中で目を覚ましている!と主張される。いやだからそれは私が傷つき怒っている本質的な問題ではないのだよ。

おそらく我が家の子供も成長するにつれて発音が良くなったり、感情の制御ができるようになるのだろうと思う。今はこういう段階なんだろう。でも、日本で育つのと比べれば、日本語に触れる機会が圧倒的に少ない。その分、英語は吸収できる。でもどっちも中途半端になったら?日本に帰ったときに学校でついていけるようにひらがなの練習もした方がいいだろうし、でも英語で会話できないと今の学校で困るし、発音に関してはどちらも怪しいし、そういう心配をして、情報を集めて、保険適用できるところを探してアポ取って面談して日程組んで、実際に送り迎えをするのは私なわけで、そういう話をしようにも夜は夫はすぐ寝落ちするし、私1人が気を揉んでいるようでアホみたいだ。子育ては共通の責任じゃないのか。

そして私が夕方にはだいたい過食衝動諸々でライフポイントが相当減ってるのは情報として知っているのに、何のサポートもなし?私がガンだったら?肝硬変とか白血病とかなら?摂食障害って、本当に損だ。ぜんぜん気遣ってもらえない。吐いて疲れてるのに、旅行のリサーチも準備も全部私?好き好んで食べ吐きしてるわけではないと何度も言っているのに、結局はそう思っているんだろう。いわゆる純粋な病気ではないと。あーあーあ。

そういう無神経さが私をいかに傷つけるか彼に何度も説明してるのだけど、ぜんぜん分かってもらえない。なので、私としてもは同等のダメージを彼の物に与えたい。私が言葉で何を言っても彼のメンタルはびくととしないので、彼がショックを受けるぐらいの何かをしたい。彼の車とかパソコンとか携帯とかカナダグースのダウンとかに損害を与えるぐらいしか、私のしょぼくれた脳では思いつかない。
だって、私が何かヤケ買いしたとしても、お金は共有財産だもの!ああでも私が彼の何かを壊したら、その共有財産で彼はまた新しいものを買うんだろうなぁ。ぜんぜん勝ち目がない。

finally

もう10月だ。
9月はあっという間だった。計画性のない会社のせいで8月に一時帰国する羽目になり、アメリカに帰ってきて3日で今度は国内旅行。こちらは前から計画していたこの夏のハイライトだったのに、まだ時差ボケの残るふらふらの頭で運転し続け、恐らく疲労や諸々のせいで夫は病気になってダウン。
私は1人で、幸いにして元気な子供の世話と旅程調整と食品調達とご飯作りと洗濯とパッキングとアンパッキングと運転をして疲労の極致。激しい咳と熱の夫はかわいそうだけれど、私だって寝ないともたない。夜中に1人で起きてると寂しいとか、水とって欲しいとか、いやもう私1人では無理ですよ。後半はもう、半分凍らせたペットボトルをベッドサイドに置いて、これで一晩冷たい水を飲めるだろうから私は起きないよと宣言していた。私まで倒れたら、冗談じゃなく家に帰れない。

とどめには帰りのフライトが機材トラブルでシカゴに着陸したのは真夜中の1時半前。一日寝ていたいとこだけど、翌日は荷ほどきをして、洗濯して、スーパーに買い出しに行き、夫を病院に連れて行き、そこで夫が肺炎だったと判明したわけだ。
それでも子供の学校が始まるまでは子供を遊ばせたら何やかんやせねばいかん。やっと学校が始まったと思ったら、今度は子供が気管支炎。マシになったからと行かせたら学校から電話がかかってきて急いで仕事を抜けて迎えに行ったり、結局1週間ほぼ丸々お休み。そうこうしていると学校に行きたくないと朝泣くようになる。なだめすかして、私は私でまた学校から電話がかかってこないかビクビクしながら仕事に行き、の繰り返し。

それがやっっとおさまって、本当にようやく日常が戻ってきたと思った矢先に、今度は私がダウンした。子供の学校のオリエンテーションに出ていたら、突然手足が冷たくなって痺れてきた。うわ、これは過呼吸ではないですか。手足がジンジンする。手が強張って開かなくなってくる。立てなくなる前にとりあえず脱出しようとよろよろトイレに行き、ああでもここで倒れてトイレで発見されるのも嫌だと廊下でぜーはーする。
幸い発作は短時間で過ぎ去ったものの、そこから3日以上激しい体調不良になった。しかしお医者に行くと、さすがアメリカ、過呼吸はアングザエティーね、簡単にまとめられた。
アングザエティー(不安)じゃなくてストレスと疲れだー!!と内心叫びつつ、吐き気や機能しない胃腸を抱えて廃人みたいになっていた。

ずっと気を張っていたから、たぶんここにきてやっとストレスが解放されたんじゃないかしら。やれやれ。胃腸はまだイマイチだ。私のサプリ群に、今度はプロバイオティクスも追加された。毎朝たくさんのビンの蓋を開けるのが面倒だから、なんか便利なサプリ入れを買おうかな。
無理をすると後に響く。それも何週間も続く。自重しないとと思うけど、自重できるような環境ならそもそもそんな無理しないっていうね。あーあ。

測れるものがすべてだなんて

計画性の無さすぎるアホな会社のせいで酷暑の日本に一時帰国するハメになり、ヨレヨレになって帰ってきたら、以前から計画していたアメリカ国内旅行に出発するまでにたった3日。時差ボケだって治らん。夫は翌日からもちろん出勤。
で、早朝というか深夜フライトでモンタナに向けて出発したときには夫は発熱。疲れが出たか、まぁ普通の風邪だろうと思っていたら、薬を飲みつつもまったく良くならない。どころか悪化している。
結局、夫は激しくひどい状態になり、しかし我々は旅程をこなすしかなく、彼も私もめちゃくちゃ疲れた旅行となった。あれだけ咳しまくってる人とホテルも車もずっと一緒で、私と子供が病気にならなかったのが唯一の救いだった。

この旅行は私たちが前から楽しみにしていたものだし、夫は本当に可哀想なのだけど、なんとなく釈然としないことがある。
彼は、咳で眠れない、眠れないのがどんなに辛いか、みたいなことを繰り返し言うのだけれど、いや私それ知ってます。私が不眠だったの知ってるよね?メラトニン飲んでて、でも眠れなくて、頭痛くなってきて、辛いって言ってたけど当時なんの気遣いもなかったよね?
私は根に持つタイプなので、こういうことは忘れられない。人がしんどい言ってた時に無視するなら、自分が眠れないからって騒ぐなよな。咳でしんどいとか、頭が痛いとか、そういうのは分かるけど、目に見えない、測れないことは無いことだ的な態度を取られ続けてきた身からすると、わかりやすい症状なら堂々と病人ぶれていいわねぇ、とつい僻んでしまう。

なんとかみんな生きて帰宅して1週間、ようやく彼が元気になってきたら、当然今度は子供と私がしんどくなる。私は頭痛と喉だけ、でも子供は熱と咳。
しかしその熱が下がると、子供がまだしんどいと言っても夫は頭ごなしに「熱がないなら学校に行け」と言う。
うーん。熱がなくても、頭痛とか腹痛とか喉の痛みとか可能性としてはあるけど?なんでもかんでも、測定できるものがすべてではないのだよ?血液検査や尿検査でも測り得ないことだってあるんだよ?それに、仮に痛みを測れたとしても、人によって感じ方は違うんだよ?

なんだかなぁ。
だから私は彼が肺炎で死にそうな咳をして、夜中に熱ですんごい汗かいて、食べられなくて1週間で5キロ痩せても、全身全霊で気の毒とは思えないんだよなぁ。


それはつまり安全と感じられない環境ということで

毎度思うのだけれど、意図せずとも自分が嫌な性格になりがちな環境には、やはり、なるべくいるべきではない。

boundary

断るという行為が未だに苦手だ。
思えば、私はまわりの家族の精神的ケアをせねばならんという義務感をひしひしと感じつつ育ってきて、それは主に母と姉相手なのだけれど、彼らを喜ばせたり、しんどさを軽減させる努力をしないのは人非人、みたいな感覚が性格の根底にまで染みついている。自分がそうしたいかより、しなければいけないという義務感。
しかしもちろん、冷静に考えれば私がその役割を担う必要はないのである。子供時代であれば私はむしろケアされる側でよかったはずだし、今では姉がたまに両親の愚痴をこぼすのも、私が聞かねばならん義理はない。同じ親の子供として共感できる?理解しやすい?そんなもん関係ないだろう。私はその話を聞きたくない。共感を求められたくもない。カウンセリングに対する信頼ゼロの私がいうのも重みがなさすぎるけれど、聞く専門の人だっているのだ。それでお金がかかる?じゃあ、私にならタダで垂れ流していいのかっちゅう話で。いやいや、いかんだろうよ。

性格はもうそんなに変えられないけれど、ほんのわずかでもできることをする。その話は聞きたくない、と言う。その小さなノーを言うのにこんなに躊躇うなんて我ながら情けなくなるけれど、言わないより1000倍マシだ。私はもう誰かの感情の捌け口になりたくない。彼女だっていい年の大人なんだから、自分でなんとかできるはずだ。

今ふと気づいた。
普段いろいろ苛立たしいことの多い夫だけど、彼に対してはメンタルケアをしなきゃいけないと感じたことがない。その点において、一緒にいて楽なのか。機嫌を取らなきゃとか、先まわりしてどうたらとか、そういうことがまったくない。彼は自分の感情は自分ですべて処理できている。そもそも起伏もそんなに激しくないし。比較のレベルが低くて申し訳ないけれど、これってすごい美点だわ。

とにかく。
自分の責任範疇を超えてまで人を助ける必要はない。
助けてと明言されなければ、深読みする必要はない。
助けてと言われたとしても、したくないなら助けなくていい。
助けたくても他の用事で忙しいなら、自分を優先していい。
無言で助けてほしいオーラを醸す面倒な人からは、なるべく離れる。
領域侵犯されそうなら逃げる。
助けることで私にもメリットがあるならいいけれど、デメリットが大きいならしない。
優しくなくていい。
共感力の高さは私の強みだ、でも、他人の余計な感情まで私が負う必要はない。私は私の王国を守るのだ。

Netflix Buddy

私にとって夫はどんな存在かと訊かれたら、もはやNetflixバディだ。週末は晩ご飯を一緒に食べ、彼が寝落ちしなければ一緒にドラマの続きを見て、彼が寝落ちすれば私が1人で何か見て、私がお風呂から上がってきても大抵はまだ寝ているのに声をかけて、起きなければ放置して私は寝に行く。
週末は家族みんなでどこかに出かける。ときどき旅行に行く。たわいのない話をして、ワインを飲んで、Netflixを見て、寝る。

夫は本当にいい人なのだが、ちょくちょく無意識に私の精神を削るような言動をしてくる。なので私の彼に対する愛情バロメーターはだだ下がり、彼はルームメイト兼、子育てのちょい役、兼ドラマ鑑賞仲間みたいな認識になっている。
でも、これぐらいでもういいのかもしれない。求めすぎない。一緒に並んでテレビを見る人がいるのはいいことだ。ルームメイトがいた方が、私の生活のリズムが整う。

蓄積された怒りや悲しみは消えないし、上書きされるばかりだけど、今のところ、とりあえず折り合いをつけられている。オットに理解だとか想像力だとかを期待するから、裏切られた気がするのだ。オットとは同居人である。オットとは一緒にドラマを観る仲間である。そう自分に言い聞かせている。

crummy

子育てがこんなに孤独なんて、誰にも聞いてない。じゃあ外の仕事もすればいいって、その場合の負担の大きさも聞いてない。相変わらず家事育児に従事する人の負担なんてゴミみたいな扱いで、稼いでないならそれは仕事ではない労働ではない、なんなら子供とずっと一緒にいられる特典みたいに扱われて、何が厄介って子供自体は確かに素晴らしい存在であるから子供絡みの問題をしんどいと言いにくいこと。でもしんどいもんはしんどいだろうよ。こちとら人間ですから。風邪も引きますから。私なんて天気が悪いだけで頭痛がひどくなる人間なのに。

4月になったのに、シカゴは明日は雪予報。たぶんこれが今シーズン最後の雪だろう。それが終わればようやく春だ。

弱みは強み

そうそう、ローカル教会の運営する幼稚園で働き始めてわかった、アジア人/英語非ネイティブスピーカーとしての思わぬ強み。
この幼稚園は今は韓国系の家族が多いのだけど、移住組の人が多い。つまり、英語がそこまで流暢じゃない人が多い。もちろん皆さん喋れるんだけど、言葉すべてがつながって溶けたバターのように流れるアメリカ人の先生の英語に若干及び腰になりそうな雰囲気を感じる。なので、私は韓国語なんてまったく喋れないのに、比較的私の方に来てくれる。私のアジア人の顔ももちろんあるだろう。子供もしかり。

なので、ここで私が少し韓国語のフレーズを覚えていったら、親御さんにめちゃくちゃ受けるわけである。ブルガリア人の子も新しく入ってきて、まぁめちゃくちゃ泣くから、とりあえず10個ぐらい単語やフレーズを覚えていったら、これもびっくりするぐらい喜ばれる。そして親が私に親しみを持つと、子供も私に安心感を持ってくれる。アメリカ人の先生たちはこういうのしないからね。
非アメリカ人、非英語スピーカーだからこそ、同じようなあなたの不安感が分かるよ、という共感力が私の強み。

まぁ、それを強みとして言えるためには英語はあくまでちゃんと喋れることが大前提なのですが。仕事で何が一番大変って、子供たちが来る前に先生たちで雑談するのが未だに一番大変かも。道は遠いな。

church

子供の通う託児所は教会の運営なので、教会の活動をほんの少しながら目にすることがある。必要な人に無料で食糧を配るフードパントリーをはじめ、クリスマスの時期には上着や手袋、マフラーの寄付、おもちゃの寄付など。ミサはもちろん、4月はきっとイースターに向けて1ヶ月ぐらい何かしら行事があっただろうし、とにかく何かしら色々やっているわけである。
そのどれにも私たちは参加していないのだけれど、幼稚園の先生たちもチャーチメンバーだったり、皆さんキリスト教なので、子供たちにもたまに初歩の初歩のバイブルスタディがある。子供たちに余っている小銭を持って来させて飢饉対策のドネーションに参加したこともある。ちなみにそれは善きサマリア人の教えを実践する、というものだった。ほうほう、人はこうやって宗教感を身につけていくのか。

アメリカには教会が本当にあっちこっちあって、どれも潰れてないってことは信者さんがそこそこいて、営利団体でない以上はお布施=ドネーションとボランティアで成り立ってるのでしょう。よくやっていけるよなと思うけど、人々を繋げる共同体としての教会はやはり必要とされるのだと思う。みながそこに集い、同じ目的を共有して、時には一緒に祈り、歌い、赦され、共同作業をして達成感を分かち合う。日本にはそんな場はそうそうない。地域共同体という意味では公民館だけど、日本のそれはただの箱でしかない。日本で似た場といえば、NPOになるんじゃないかしら。共有する価値観、目的のもとに自主的に集う、という場所。あるいは、もう職場。会社。

でも、教会は強い。なんせ子供の頃から親に連れて来られて馴染みがある。季節の楽しいイベントだってもれなく織り込まれているし、大人にはミッションツアーだって食事会だって用意されている。クラブと会社のいいとこどり、かつ神様にも愛されるよっていう特典つき。
祈っても何の効果もない神様なんて要らないと私は思っていたけれど、今はそう思わない。神様はツールなのだ。他者と繋がるための。神様はガンだって戦争だって通り魔だって摂食障害だって白血病だって治してくれないし、自殺者を止めてもくれないし、温暖化はもちろん放置だし、なんならよその神様を掲げる人たちとの戦争のネタにしかならないけど、それでも意義があるのだ。
ベタすぎるけれど、今なら分かる。神様は祈るためにある。答えを期待するものではそもそもない。同じ神様を信じる人と連帯するためにある。

私は相変わらず祈る対象は自分の良心なので、神様は必要としない。でも教会の人たちの信仰心は尊重している。
ミサで、ジェリコの壁のまわりをぐるぐるまわってわーわー叫んだら壁が崩れたので中を占拠できたよ!信仰が勝ったよ、やったね!とか聞くと、いやいや壁の中の人にとっちゃ迷惑な話だろうよとか思うけど。どうせ中の人たち虐殺されたんでしょう。地域コミュニティとしての教会の存在意義はすごく分かるんだけど、こういう話を聞くときの信徒さん達の反応は、信者でない私にはきっと一生理解できないんだろうな。

来月末には年度末の発表会を教会でする。子供たちがステージで歌を歌うんだけど、そのうちの一曲は”God is not dead, No! He’s alive!”。お、おおう、すんごいストレート。ていうか、Godってジーザス?天のお父さんの方?not deadてことはジーザス?え、これイースターの歌?
そして幼稚園のドネーションを募る一環で私も前で話をしなくては。私もこの教会コミュニティで働くことで人とのつながりや自尊心を多少取り戻せたので、ここは大事な場所なのだ。

2024

新年の抱負。

自己肯定感の地道な底上げ。
子どもの新たな好きなことを見逃さない。すでに好きなことは好きなだけさせる。
新しいことにもトライしてみる。いつもと違うタイプのアクセサリーとか、新しいソースとか、普段着ない色とか。


クリスマスが終わって、ハレ感皆無のニューイヤーズデーも過ぎて、ようやく雪も降ってきて、今週末は最高気温がマイナス17度とかいう予報で、これからが長い冬だ。ようこそ2024。I am so ready.

プレゼント

誕生日のプレゼントに何がほしい?と夫が訊く。訊いてくれるのは嬉しいけれど、ごくごく正直に言うなら、高額な一度のプレゼントよりも普段気軽にカフェにでも行く方が嬉しいんだよな。
彼はコーヒーを飲まないしカフェの飲み物はみんな法外に高いと思っているから、外食をしたがる割にカフェには入りたがらない。どこかでお茶するとなっても、俺は水でいいだとか、私のドリンクをヴェンティにしてシェアしようとか言う。その方が経済的なのは確かなのだけど、飲み物ぐらい1人ずつ好きなのを買おうよ、と私は思うわけである。ティファニーのなんちゃらをオファーしてくれるのなら、今年は飲み物は1人1つずつで、と言ってみた。しかし、彼には全然ぴんときていない。やれやれ。

暑くて長い夏が突然終わり、秋になった。早くも木々がほんのり紅葉し始めている。私の1番好きな季節だ。でも季節の変わり目はいつでも調子が崩れる。案の定、胸が痛い。過食も、原因不明の胸の痛みも、定期的にやってくる目眩も、頭痛も、なくなることはないんだろう。すべて私の一部で、時におとなしくしていたり暴れたりするだけで。

大丈夫?と夫が訊く。何をもって大丈夫というかによるけど。と私は答える。いつものやりとり。私もいい大人なので、もう怒らない。ほかにちょうどいい言葉がないから、便宜上「だいじょうぶ?」と言っているだけだ。心配だけど何もできない、とか、困ったね、とか、疲れるよね、とか、気にかけているよ、とか、諸々ミックスした上での「大丈夫?」。これはだから、もうコードみたいなものなのだ。分かっている。

子どもは幼稚園の上のクラスに進み、私は週一で下のクラスで働き始めた。旅行に行ったら800kmぐらい運転するようになった。長いお休みの間、子どもとしか話さないことにも慣れた。母親することに、最近うまく馴染んでいる。やっぱり、何事も慣れだなと思う。日本に帰ったら、今度は逆のショックでまた一年ぐらいメンタルがやられるんだろう。うええ。

とりあえず秋だ、ハロウィンだ、りんご狩りだ。痛いのを誤魔化しながら、ぼちぼちやろう。





maybe I’m asking too much

点と点の話の続き。

だから、というと極端だけど、それもあって彼は私と結婚したんだろうな。過食症があるということは、それ以外の私の評価に影響を及ぼさなかったわけだ。たから彼はいい人なのだ。変に深読みしない。勝手に憶測しない。
…それこそ私が求めていたことのはずなのにね。
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