お買い物

〇ウィルコム買っちゃった。ついに。TLとの通話用オンリー。
〇ペアリング買おうかとか言って、これまたついにリング購入。けど実はペアじゃない。ペアリングっていかにもなのが多いから、お互い好きなのを同じところで選んだ。ちっちゃいけど、母上からに次いでのセカンドダイヤ。うわっはー。あたしがリングとはね!
〇6年越しぐらいのぼろぼろのコンバースをさすがに代替わりさすべく、スニーカー購入。ピンクのラインがかわゆい。

けど、会うと嬉しいんだな、やっぱり。目尻の下がった明るい茶色の目をみると、ああTLだと思う。

近視

つくづく思うに、私は視野が狭い。ものすごく狭い。目の前のことしか見えていない。全体像の把握が苦手。
しかも慌てる。焦る。たぶん、基本的に物事の処理能力に自信がないんだろう。焦ってこなそうとして、結果ミスる。あーあーあーもう、分かってるのに超近視眼的。
私はどちらかというと真面目な印象らしいから、実際とのギャップがひどい。真面目は真面目なんだけど、だからといってしっかりしてるという訳ではないんだな。
落ち着け、私。モノでも空間でも、とりあえず全体を見ないと。もうほんと泣きたい。

・・・

弱ってると彼の声を聞きたくなる。泣きついて優しいこと言ってほしい。会いたい、よしよしされたい。
もっと弱ると電話どころじゃない。自分だけで手一杯、神経が逆立ってどこにも触れてほしくない。メールも面倒になる。
元気なら一人で平気、というか、むしろ自分のペースを乱されたくない。することは色々あるし、会いたいとも話したいともほとんど思わない。彼の顔を忘れそうになる。そのことを後ろめたく思う。


詐欺

まるで詐欺みたいだ、騙したみたいだ、後味が悪い。って、まだ「後」じゃないけど。いや、でもすでに「後」を考えてしまう。どうすんの、クリスマスとお正月の予定も立っちゃってるのに!!
知り合ったのが会社繋がり、イコール私しっかり、元気、笑顔、なイメージで、蓋を開けてみればこんなんってあんまりじゃないか?ごめん、騙したつもりはない。だって外面作るのは当たり前でしょ?最初から中身ぶちまける訳ないし。
でも、でもでもでも、
いつだってそうだ、今までもずっとそうだった、これからもそうなのか?うわ、駄目だ、あたし悲観的になってる。ていうか、だから恋愛から遠ざかってたんだってば。だからたまの遊びだけでよかったんだ、約束とか長期戦とか無理だったんだ。

あなたが何に手を出したつもりなのかは知らない。でも、あなたが手を出したのは、ちょっとややこしいことだ。申し訳ない、と冗談のふりで言うけど本気だ。お忙しいところお時間を取らせてしまって誠に申し訳ない。
私を好きだと彼は言う。愛してると言う。
それがどういうことか、彼は分かってない。
ものすごく傲慢に聞こえるだろうけれど言ってしまえば、彼は私と会う日を楽しみに日々頑張れるらしいけれど、私にとってそれはあまりに小さい。日々の衝動、日々の恐怖、その前にかすむ彼氏ってどうなのそれ!いや、私も彼を好きだ。メール見て微笑んじゃったりする。でも、それどころじゃないんだよ!!!
心房細動かと思うぐらいのレベルで動悸と震えが持続してて、正直電話で笑うのも無理してるぐらいなのに、今日どうしてたと訊かれて、あーうんと濁すものの実際は丸一日どころか結局二日間ずっと過食と臥せってで今朝も1ラウンド終わったとこですタイミングよかったね!なんて言えない。さすがに。
ごめん、あなたの楽しそうな声についていけない。早く会いたいねぇと笑う声に、同じレベルで返事できない。私だって、それをすまなく思う気持ちはまだ持ち合わせている。

しんどかったらしんどいって言ってな、無理せんといて、と彼は言う。
けど、さすがに現状をリアルに言うことは無理だ。見栄や外聞どうこうじゃない。申し訳なさが先に立つ。ごめんね、あなたは堤防にはならない。もちろん私はそんなことを期待して付き合っているわけではないけれど、堤防になり得るかもしれないと微かに思っているらしい彼に、申し訳ない。
勧告する、勧告する。投資の痛手が少ないうちに、撤退をお勧めする。
私の気持ち?そんなもの、もうとっくに泥まみれだ。でもそれは彼のせいじゃない。それだけは大文字で強調したい。断じて彼のせいではない。

堤防

TLと他愛ない話でもすれば気分がマシになるかと思いきや、彼の平和な声を聞いたら泣けてきた。悟られないよう、無理やりすぐに電話を切り上げた。
心配したのか、そのあとしばらくして向こうから電話がかかってきた。今から出かける、こっちは雨で寒いと言う。道路沿いを歩いているのだろう。背景に、車が水溜まりを突っ切る音がやかましく聞こえる。
彼の声を聞くと、また条件反射のように涙が出てきた。喉が詰まる。声が出ない。もしもーし、とTLが呼び掛ける。電波悪い?聞こえる?二呼吸置いて、私も電波障害のふりをして、聞こえる、大丈夫、と答える。
私が泣いていると分かれば、きっとTLは心配する。彼のことだから、食事中でもまめにメールをしたり、トイレに立つついでに電話をくれようとするだろう。TLはこれから久しぶりに家族とフグを食べに行くのだ。そんな気は遣わせたくない。大いに食べて、飲んで、楽しく笑ってきてほしい。

TLは、私が過食症だということを知っている。でも、過食症であるというのが具体的にどういうことかは分からないだろう。何でも言ってくれたらいいと彼は言う。私が泣いても、根気強く付き合ってくれる。だからこそ、言えない。私が仕事以外のときは糸が切れたようになることも、一人のときはほとんど常に疲れ果てていて彼に対するエネルギーが足りないことも、こういう生活があまりにしんどいということも。そして、彼の愛情を負担に感じそうになるということも。
大丈夫かと訊かれて大丈夫と言えない時の気分は、情けなく腹立たしいものだ。私の疲れや絶望、焦燥感や恐怖といったものを、彼にまで晒したくはない。恥というより、彼にはそんなものを負う義務はない。他人が受け止めるには重すぎる類のことだ。だから私は1歩引く。でも、プライベートでまで常に元気なふりはできない。
TLはきっと、そんなことを気にするなと言うだろう。自分がしたくてすることだからと言うだろう。だから何でも言ってくれ、と。それでも、これは彼の手に負えることではない。私は彼が思うよりずっとヤバいのだ。
私が元気だったら良かったのにな、と今更ながら思う。でもそれは思っても仕方のないこと。今まで何度も繰り返したこと。
TLが友人や家族にまで私のことを話していると聞いて、嬉しい反面、少し苦しい。別れたらどうするんだ。この関係が続くと信じている彼に対して、申し訳なく思う。私はそんなに安定していない。
適切な距離を保とう。私は何も、しんどいことを分かち合う相手が欲しいわけではないのだ。

誰かと親しくなるということ。壁を作らない、あるいは壁を薄くするということ。それが私には難しい。だって、壁を薄くしたら私は決壊してしまう。決壊したら相手はきっと潰れる。そんなことは望んでいない。

#

静かすぎる夜も、鈍い昼も、痺れた朝も、ぜんぶ飲み下して生きていくのだ。やめないこと。それさえできればいい。

#

迎え酒を煽るアル中の気分がよく分かる。ところで風邪薬と胃薬って同時に飲んでいいもんなのか?

・・・

このところのパターンとして、平日は毎日過食しても必死で吐くから、金曜になって明日は休みだと思うと張り詰めていたものが緩み、結果吐けずに土曜はダウンして丸一日寝ている。目が覚めてもまた眠りに戻り、いくらでも眠れてしまう。週末の片方がこうして丸ごと潰れるのは本意ではないが、仕方ない。そう思おうと努力している。
それにしても、毎日のルーティーンのお陰でどんどん体がしんどくなるのは軽く恐怖だ。でもそれを表に出すわけにはいかない。これは私の事情であって、公共の場に持ち出すわけにはいかない。誰だって何かしら抱えているものだ。でも、それぞれ自分のうちに抑えている。
するべきことはしないと。そのするべきこと、には、心身ともに最低限の健康を保つことも含まれているわけであり、そうでないとしても、そう見えるように自分を保たなければならない。

怖いのだと、もう疲れた限界だと泣いて訴えても、オチをつけるのは結局自分だ。

肝が据わって見えると昨日会社の人に言われたが、私が内心どれだけ不安でいるか知ったら驚くことだろう。毎日が綱渡り状態で、でもこれを何年も続けてきたのだ。今さら落ちてたまるか。その一念が、私に平然とした顔を作らせる。情けない笑顔と甘えた声を作らせる。
過食で疲労困憊するのと外で元気にしているのとを毎日繰り返して、私は伸びきったゴムみたいだ。

役割

誰かと付き合うと何らかの形に囲いこまれてしまいそうで、だから私は人付き合いが苦手だったのかもしれない。ふと、そう思った。
男の子と付き合うと、自動的に「おんな」にされてしまうし、なってしまう。家族でいると、「娘」や「妹」になってしまう。結婚や子どもを持つことに憧れを持たないのは、「妻」や「母」に囲いこまれることに抵抗があるからか。そもそもが、「ふつう」という「常識」にもあまりうまく馴染めない。だから、どこにいてもしっくりこない。ひとり、自分を持て余す。
私は、子どもが生まれたら自分の妻を「ママ」や「お母さん」と呼ぶようになる男が嫌いだが、それは妻をオンナから母親へと根こそぎポジション移動させるからではない。相手を何らかの役割に囲い込む姿勢そのものが嫌いなのだ。
その役割に落ち着くことができるならいいのだろう。でも私は、たぶん、できない。私はいつだって、その時々の枠からはみ出した自分を居心地悪く思いながら生きてきた。
TLはセクシャルな匂いが薄い人だから、一緒にいても「おんな」に囲い込まれる感覚がまだましだ。セックスはするし、彼が淡白な方だとも到底思えないけれど、それでも今の私たちの関係を表す言葉は「仲良し」あたりが一番しっくりくるんじゃないかと思う。だからこそ、私はTLと一緒にいるのだろうと思う。
それでも、やはり少しはストレスがあるし、不安もある。
でもまぁ、それは仕方ないのだろう。誰かと付き合うということは、たぶん、そういうことだ。そういう面倒な過程を抜きにした関係なんて、きっとない。
私のこの役割意識にまつわるややこしい葛藤や嫌悪感を、そのうち彼になんとか伝えることができればいいなと思う。彼がそれについてどう思うにせよ、話し合えたらいいなと思う。

・・・

日中、本当に外に出ない。ずっとビルの中にいて、通勤も地下鉄で、外気に触れるのはほとんど駅までの行き帰りだけ、みたいな。地下鉄なんて乗っていたら、今が朝なのか夜なのか分からなくなりそうだ。昨日も今日も一昨日も、前後1週間ぐらいがぐにゃりと混ざり合う。一駅だけ唯一地上に出る駅では、なんでかほっとする。
いくら音を流そうがしんと静かな部屋にいると、今がいつなのか、仕事帰りの夜なのか、平日なのか休日なのか、特に夜はよく分からない気分になる。大学の頃とまるで同じだ。明日も仕事だと分かっているのに、実感がない。疲れているんだろうけれど、なんとなく麻痺している。

少し、本当に少しずつ、仕事に慣れてきた。専門用語と新しい地名、略語、案件ごとの手順、業者さん、採算表、契約条件。業者ごとに課税か非課税か変わるってどういうことよ!と焦りながら、過去のファイルを漁る。ていうか何これ、この数字どっから出てくるの?!
事務の人たちを見ていると、私もああいう風になれるものなのかと不安になるけれど、営業さん達を見てももっと心配だ。当分は事務としても、私もそのうち営業に出ることになる。私一人にかかる年間予算も分かっているから、余計に不安。デスク1台の1月レンタル料だってすごいんだから。まぁ、言ってもまだ配属されて1ヶ月半だから、できることを着実に覚えていくしかないのだけれど。

これが私の望んだ生活なのだ、と思いながら地下鉄に揺られる。朝、眠いし体はしんどいし辛いなぁと思いながら、明日も仕事なのに夜中に過食して吐けるか吐けないかのリスキーな夜を繋ぎながら、それでも、これがその生活なのだと思う。働いて、自立すること。やっとここまでこれたのだ。いくらしんどくても、これだけは譲れない。譲ってはいけない線なのだと思う気持ちが、私を支える。
麻痺してでも、これだけは譲ってはいけない。

帰り道、ふと見上げた駅前のビルの窓がクリスマスツリーの形になるように緑と赤に光っているのを発見。そうか、もうそんな季節か。早いな。

かも しれないこと について

何かを喪失し続けてきた、という感覚。
これもまた言い訳なのかもしれない。自分にも周囲に対しても、本当はもっと良くなれたはずなんだという言い訳か。逃した魚は大きい。隣の芝は青い。諺にもある通り。
普段は特に思うことはないけれど、ときたまふと思ってしまう。私が失ってきたかもしれないことについて。その総量について。それでも、何かを失い続けているかもしれない(あくまで「かも」だ)私が今現在の私だ。それに、誰だって多かれ少なかれ、こういう感覚はあるのだろう。誰だって、とまでいかなくても、そういう状況に置かれる人が少なくないのは容易に想像できる。

救いを諦めるなんて言うと傲慢だが、それぐらいの気持ちでないと人と向き合えない。仮に自分のせいじゃないとしても、自分の責任は自分でとらないといけないのだ。他人の肩を借りたいのなら、まずは自分の足で立たないと。

生身

ああもう分かってますとも、言い訳ですよどうせ。
と心中言い捨て、「どうせ」とか思っちゃうあたり駄目だなーと思うが、いや、でも思うもんは仕方ない。
これさえ無ければ、
調子がいい時はもっとちゃんと、
今は調子が悪いだけであってですね、
つらつら出てくる。体調が万全だ?んな時はない。いつだって良くない。これがいつ「治る」のかも分からない。先読めない。でもそれがもう前提なんでしょ、諦めろよ。と自分でも思うものの、いや無理だ。諦めなんかつかない。そのうえ生理周期で気分滅入るわ体はだるいわ眠気はくるわ、しかもこっちも周期読めないわで、ああもう!
目はコンタクトをすればいいとして、弱った胃腸にはお薬、たまに潰瘍になろうもんなら消化器科に行き、花粉の時期には耳鼻科に通い、ストックが切れれば皮膚科でステロイドを出してもらって、ピルが必要になれば婦人科に。あーあーあ、めんどくさい。

晴れての休日、土曜日を丸一日寝て過ごす。起き上がれない、立てない、電話もつらい。普段なら休みの日でも9時過ぎたら寝てられてないというのに、いくらでも眠れる。そりゃあもちろん、前日に吐けなかったからだ。普段というのも、「吐けたとき」という意味だ。
週末にすることをリストアップしていた、それが駄目になる。休日だからこそダウンもできるのだと思ったとて、悔しさは消えない。

誰だってそれなりに不調の1つや2つ、あるいは3つ4つは抱えてるもんだと承知の上で、それでもやっぱり自分の不調は恨めしい。抗菌コート済み、セラミックボディの不調知らずになりたい。生身はつらい。心の中で言い訳し続け、でも体調が万全なら本当にもっとちゃんとできるのかといえば、それは知らない。

残業

もっと仕事できるようになりたい。できない、分からないことばかりでもどかしい。何が分からないのかもよく分からないのが更にもどかしい。1つ気をつけていたら別のことを1つ忘れ、それを直したら他のことが抜け、ああもう、まったく!自分に苛立つ。
でも、くるはずのファックスが夜になっても届かず、その件の前任者もとっくに帰り、けどこれは今日中にやっとかなきゃまずいだろうとよく分からないものの電話してやっと流してもらったものを必死で書類にしていたら、一人でも何とかできた。不備がないかどうかは知らないが、とりあえず何とかなった。うわ、もう9時半になる。集中しすぎで顔が暑い。慣れれば短時間でできる類のことだろうと思うものの、妙な達成感がある。
明日は明日で不確定事項を確認しなければいけないし、それも実は何をどうしたらいいのかよく分からない。正直、緊張する。少し怖い。でも、できることが増えていくのは嬉しい。業界用語と略語にだんだん慣れていく。まぁ、要領悪くバタバタしてはいるけれど。
誰でも最初はうまくできないはずだ。でもみんなそこを越えるんでしょう。なら、私も。

そりゃもうなんか、胃とか喉とかやばいし、それが肌にも出てきて気分も滅入るし、疲れの取れなさ具合ときたらもう笑えるほどだけど、それでも頑張るのです。残業の帰りに指導社員さんとラーメンとビールなんてご飯をして家帰ったら12時前ぐらいで、もう過食する気力もないわというのに、しなかったら翌朝ものすごく体も気分も楽で、過食より残業のほうが体にいいのかもねー、なんて。ま、今がまだ単純作業で済んでるからだけど!
でも、できることを増やすのです。
マイナスを見ても仕方ないのです。
そうそう簡単には治んないよ、分かってるよ、でもできることがあるのなら、そっちを伸ばしていきたいのです。
だって、
私がこうやって働けるようになるなんて信じられなかったのは、そう昔の話じゃない。ずっとずっと怖かった、今だって怖くないと言えば嘘になる。しんどいのは勿論そうだ。でも、「どうしよう」より「どうにかする」と思うようになった。どちらかといえば、今私はハッピーだと思う。
だから、踏ん張れ。私。

やっばい、顎はずれそう。ていうか顔が変形しそう。や、もうしてるのか。分かんないけど。とりあえず顎痛い。吐くの限界。けど吐かなかったらダウン。けど会社休めない。
がんばれ、わたし。がんばれがんばれがんばれ。

ツール

昨日吐けなかったせいで1日部屋から出ないでぐだぐだしていたものの、夕方またやってしまって何だか結構やばい気分になった。いやまぁ今ひどい時期で、いつだってこういう時期はあったわけで、でもずっと持ちこたえてきたわけで。だから大丈夫だいじょうぶ、何とかなるよ。自分に言い聞かせる。まぁお腹痛いけどさー、やっぱ食道炎ぽいけどさー、何とかなるって。ていうか、何とかするしかないんだし。ね。がんばれ、わたし。

ばさりと床に倒れてあーしんどい、あーもー、と思っていたら、TLから電話。自分でこんなことを言うのも何だけど、いやはや私は彼に本当に相当に好かれている。好き好きビームをこれでもかと電話越しに放射されてるんだけど、だから彼のことも好きだなぁと思うとか、だから心穏やかになるとか、だから平和に過ごせるとか、それはまた別の話。そう割り切れるようになったからこそ、げっそりした気分のときでも彼と話せる。彼に対して変に腹を立てたりもしない。けどまぁ、誰かにたっぷりどっぷり愛されたら満ち足りるかも、とか思ってたおめでたい過去の私が今の状態を知ったら、夢をなくすこと甚だしいだろう。

けどね、愛とか恋とか、そういうもんはツールじゃないのですよ。たぶん。
私はよく言えば実用重視、悪く言えばケチな人間なので、役に立たないものは好きじゃない。どちらかと言えば、現実的に役に立たない愛情なんか苛立つだけだと思ってきた。けどねぇ、役に立つ愛情ってなんだ?
私は、相手が自分の役に立つか、私の苦痛を減じる役に立つかどうかでばかり人を見てきた気がする。恋愛でも、友人でも、家族でも。そういう損得勘定をしてきたからこそ、私は純粋に相手の感情を感じ取ることができなかった。結局、人を自分の道具みたいに思ってたってことなんだろう。まぁ、長い間、そう思っても仕方ないぐらい泥沼の苦境にあった、と言い訳しても罰は当たらないとは思うけどね。今だって、その泥沼とのお付き合いは現在進行形だけどね。

今なら思う。
愛情は愛情で、ただそれだけのものだ。
それが自分に向けられたからって、だから満ち足りるとか落ち着くとか、そうとは限らない。もう自分で言っちゃうけど、私は今かなり愛されてて、休日なんて1日に3回も電話がかかってくることもあって、今のところべた惚れされてる訳だけど、それでも過食するし、吐けなくてのたうったりもするし、死にそうな気持ちになることもある。そういうもんだ。べつに、私がTLをそこまで好きじゃない、とかいうわけじゃあない。
私は愛情を道具だと思うのをやめた。というか、気付いたらそう思わなくなっていた。いい加減気付いただけのことなんだろう。いくら愛されようが、治んないものは治んない、と。それとこれとは別だ、と。
色々割り切ったつもりでも、なんだかんだでずっと思ってたんだ。誰かが、何かが、私のこれをマシにしてくれるんじゃないかと。甘い期待を捨てきれなかった。だからこそ、私に好意を抱いてくれるのであれば、私の窮状を何とかしてくれるべきだとどっかで思っていた。そうじゃないなら、いらない。期待させんな。余計につらい。
まったく、冷静に見れば、あんたが勝手に無茶な期待をしただけじゃないかと分かりそうなもんだけどね。でも分かんなかったんだよな。だって、とにかく助けてほしかったんだもん。ずっと、めちゃくちゃしんどかったんだもん。

今でも思うことはある。
実用的じゃない愛情に、何のメリットがあるんだろう。お金かかるし、時間とられるし、プレッシャーにもなり得るし、時間を潰すにはちょうどいいかもしれないけれど、基本的に私は一人に慣れてるから特に不自由は感じないし。そして、あー私って薄情というかケチというか、と自覚する。
愛されてるという実感があって、だから、何?そう思う私は、やっぱりいる。そういう時は、こう思う。
べつに特にメリットなんてない。私は愛されている、ただそれだけ。自分のことは自分で何とかするんだよ。相手に押し付けない。ときどき甘えるのはいいとしても、自分のことは自分で責任とるんだよ。
私はまだ、打算抜きで相手のことを見るということを始めたばかりだ。
そしてそれはすなわち、ある意味、自分ひとりの覚悟を決めたということだ。そうしてやっと、私は相手の好意を素直に受け取ることができるようになった。

愛されてるけど、ある意味では孤独だ。
でもこれが当たり前なんだろう。自分と他人の境界をはっきりさせること。
そもそも、どうして愛情と孤独を相反するものだと信じ込んできたのか。
愛情っていうと、どっちかというと自分と相手の境界をなくすみたいなイメージがあったけど、たぶん逆だ。自分は自分、相手は相手。それをきっちり区別して初めて、私は神経を尖らせずに愛されることができるようになった。んだと思う。とりあえず、今のところは。
それを孤独と呼ぶか、当然のこととして今さら名づける必要などないと思うか。
いい加減、相手によりかかる考え方を卒業したい。
そこから極端に、じゃあ一人でいい、と飛躍するのは、「役に立たない」相手なら要らないと思うからだ。相手を道具視するからだ。そろそろ、そういうの抜きで人を見たい。

と、25にして初めて思うなんてね!!

ホーム

東京に来ても同じことしてるよ私、と思いながら夜道を自転車がしがし漕いだら、数駅先の高層ビルのすぐそばまであっという間に着いてしまった。あーもー何だかなーと思いながら違う道をUターンする。すぐに普通の住宅街に戻って、よく分かんない道をひたすら進む。この道は行きの道と大体平行だけど少し南に振れるからあの辺りに出るはずだ、と思いながら、ふらふら漕ぐ。静かな家々。ときどき通る犬散歩の人。学校、郵便局、大きな道路、小さな道路。電車の通り過ぎる音が聞こえて、建物の隙間から電車が走るのがちらりと見えた。正解だ、これ沿いにいったらあそこに出る。
部屋から近い駅まで戻ってきて、でもまだ帰りたくなくてそこらへんをぐるぐるしていたら南北が分からなくなった。一駅向こうまで行き過ぎて、また戻る。見覚えのある駅近くに出てくると、もうあとはどこをどう曲がっても迷うことはないと安心している自分に気付いて、あらあら私ってばもうこの辺りを自分のテリトリーだと認識しちゃってるわとおかしくなった。そう、ここなら私は迷わない。細かいところまでは分からなくても、この辺りなら大丈夫だと安心する。だって、ここは私のまちだ。

オトメ

恋人、という言葉を自分が付き合っている相手に使うことには、書き言葉であっても違和感がある。まぁね、恋人なんて言葉を使う人そのものがあまりいないほうが事実だけど。
TLは、他人に話す際には「付き合っている人」または「彼氏さん」で、私にとってはあくまで単に「TL」だ。彼のことは好きだが、彼に恋しているという感覚はない。でもほとんど毎日電話で話すから、お互いに寝る時間は遅くなり、通話料金は高くなる一方だ。時間制限を設けねば。

自分の部屋に相手のものを置かれるのも、相手の部屋に自分のものを置いておくのも、何でかずっと嫌だった。でも最近は、まぁいいかと思い始めた。あれこれ言うのが面倒になったのかもしれない。
だから今私の1Kには、ふかふかのスリッパが2つある。TLのシェーバーや洗顔料や小さいワックス、香水や服も数枚ある。まったく。また来るから置いておけば便利というのも勿論あるにせよ、相手の部屋に自分のものがあるという状態に喜びを見出す人もいるんだよな。
部屋は心とは違うのだよ。
そう言いたい気持ちは、少しある。物理的に私の部屋の数パーセントを自分のもので占めたからといって、私の心にも同じようにスペースを確保したというわけではない。でも、こんなしょうもないことでそんなに喜んでくれるなら、まぁいいか。と、ずぼらな私は思ってしまうのだ。

東京に引っ越す直前に、大学のゼミ仲間と集まったことがある。
次集まるんいつかなぁ、その時には苗字変わってる人いたりしてねー!こえーな!と言い合ったのはもちろん冗談だし、そのとき私はまだTLと付き合っていなかった。あの子たちと、あの時の自分自身に言いたい。いやはやまさにそういうお話が、あんたがその直後から付き合うことになる人からちらほら聞こえてきてるんだよ、と。びっくりだよねーもう。
TLの友人たちは半分以上が結婚していて、子どものいる人も少なくない。だから彼がそういう方面のことを考えるのも仕方ない。とは思う。
最初にご飯をした時から、正直なとこ結婚願望ってあるん?と訊かれ、いや正直ないですねぇとこれまた正直に答えているしそういう話題になるたびに逃げ腰になるから、TLも結婚は結局紙切れの問題だからこだわりはないと言うものの、でもしたいんだろうなぁ。結婚。ひしひしと感じる。べつに私とって訳じゃなくても、結婚そのものを、いつかはしたがっている。願わくば溢れんばかりに愛ある結婚を。なんせ彼はオトメだから。
けどさ、単に紙切れだけの問題ではないと思うのよね。と、そこまでは今はまだ言わない。だいたい、そんな話題が出るには知り合って日が浅すぎる。ゲットバックユア理性。
エリカに言わせると、
「相手にものすごい好かれて結婚するのが一番いいと思う。やな言い方だけど、結婚してあげた、みたいな、やっぱりちょっと優位に立てるやん」。
私「それが有効なのは、お金持ってる相手にでしょう」
エリカ「まぁ、それはそうだよね」
女子は現実的だぜ。

#

カフェインに弱くなったのか、コーヒーを飲むと心臓ばくばくになる。でも会社で飲むのではならない。気を張ってるからか、マシンのコーヒーが薄いからか。それか、これはまた食道炎か。でも前の数回では胸の内側上部が掻きむしりたくなるぐらい気持ち悪いってだけで、心臓どきどきは関係なかったよな。
めちゃくちゃ緊張してる時みたいに胸が絞めつけられる。少し苦しい。心拍数が上がる。どきどき体が少し震える。それが数時間続く。
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