2011年02月

『地のはてから 上下』 乃南 アサ4

乃南さんの新刊です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

福島のつねは、一人東京に出て借金をこしらえた
夫作四郎に連れられて、息子の直一と娘のとわと
共に、夜逃げするように北海道の開拓団に加わった。
入植した知床地方の「イワウベツ」では農業は
なかなかうまく行かず、しかも折角育ったと
思ってもバッタの襲来により根こそぎ食べられて
しまう。

神経質な直一に比べ、とわは言いたいことは言い、
のびのびと生きていた。森の中では三吉という
名の年上の子と仲良くなり、植物や動物のことを
いろいろと教えてもらう。だが作四郎が家を出て
飲み屋の女のところに転がり込んだ上、冬の海に
落ちて死んでしまう。つねは3人の男の子と舅の
いる男と再婚する。とわは意地悪な新しい兄弟、
厳めしい新しい父親との暮らしに嫌悪感を感じるが、
その新しい父親も火事で死んでしまい、小学校を
卒業するとすぐに小樽に奉公に出される。

奉公してからもいろいろな出来事がとわの人生を
翻弄する。波乱に満ちた45歳までの出来事を描く。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なんだか壮絶だなぁという感じでした。もうちょっと
ファンタジックな展開になるのかなと思ったんです
けどね。三吉との子ども時代の場面とかね。大きく
なってからも、歯に衣着せずに突き進む、爽快な
物語になるのかと思いきや、意外と現実的な範疇に
収まっていきました。そういう時代で地域だったの
だなぁ。突飛な物語ではなく、その時代であれば
多くの人が体験していてもおかしくない人生を、
追体験する感じです。

それにしても寒そう…。よくもそんな過酷な環境で
暮らしていけるものだなぁと思いました。それ
以外に道はなかったとはいえ、ほとんど何の準備も
知識もなくそんな土地に来て生きていかなくちゃ
ならないなんて、想像しただけでも恐ろしいです。

「人というものは、もしかすると空から舞い降りる
雪のようなものではないだろうか。(中略)そして、
せっかく同じ川を流れていると思っても、一度
違う流れに入ってしまったら、もう別々に流れて
いくより他ないのだ。いつかは同じ海に着くのかも
知れないけれど、その頃には、もうどこの誰かも
分からなくなってしまっている。」というところは
なるほどなぁと思いました。どれだけ頑張っても
どうにもならないということは、確かにあるよなぁ。
人と人との縁というのは不思議だなと思いました。

奉公に出された時、「少しでも食い扶持を減らす
ために、兄弟の中で他でもないこの自分が
選ばれたということが、とわには何ともいえない
ほどの衝撃だった。つまり、家にいて働いている
より、いなくなる方が家族の助けになるという
ことなのかとも考えた。」というところは
切なかったですね。後に自分が親となり、好きで
手放す親なんていないと実感できたのは良かった
けど、それでもずっと辛かっただろうなぁ。

「人というものは、果たしてどこまで自分で自分の
一生を決めたり選んだり出来るものだろう。」
というところも興味深かったです。今は時代が
違うから、とわの頃よりは選択肢も多く、自分で
決められる範囲も多いけど、それでも全て自由
というわけにはいかないもんね。社会の中で
生きることによって課せられるものもあるし、
自然によって与えられる試練もある。ついつい
なんでも思うようになると勘違いしてしまいがち
だけど、実は限界があるんだよというのを教えて
もらえたのは、今後の自分のためには良かったと
思いました。

三吉の末路は哀れでしたね。とわと一緒になって
いたら、また違っていたのかな?アイヌの社会に
飛び込む日本人という視点の物語もちょっと
期待していたので、少し残念でした。

最後のほうはタマヨのこととか夫のこととかも
あっさり書かれていて、ちょっと肩すかし感も
ありました。連載じゃなくて書き下ろしなのになあ。

ところどころ「こうだったらよかったのに」と
思うところはありましたが、それでも派手さが
ないのに引き込まれるという意味では、やはり
これもエンターテインメントとして立派に成立
している作品なのだなと感じました。

『若様組まいる』 畠中 恵4

畠中さんの新刊です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

明治の世になり、20歳になった長瀬ら士族の元若様たちは、
家中のものたちを養う一助となるよう、巡査の採用試験を
受けることにした。試験は無事に合格したが、二ヶ月の
巡査教習所での生活は困難の連続であった。教習所の
ナンバー2である幹事には最初から睨まれ、授業はどれも
手強く、立場の違う同級生らからも反発を受け、更には
平民だが幹事や所長の覚えのめでたい姫田の面倒まで
みることに。若様たちの中でも、福田は恋に悩み、平田は
進路に迷い、長瀬の父が倒れるなど、問題は続出する。
果たして無事に卒業し、巡査となることができるので
あろうか?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なかなか面白かったです。元侍であっても、若様組の
親のように江戸に残って官吏となったもの、徳川に
ついて静岡にいったもの、時代を率いる薩摩出身の
もの、平民であるが裕福な商人である親の息子など、
本当に多種多様な背景を持った若者が、一堂に会して
寝食を共にするというのは大変だろうなと思います。
でも色々なことがあり、少しずつ仲良くなっていく
のが伝わってきたので、最後の卒業の場面の切なさも
一際感じられました。

同じ平民でありながら、一人だけ優遇される姫田に
嫉妬した土谷に対し、「『世の中には、天に向かって、
馬鹿野郎と叫び出したくなるようなことが、たーくさん
転がっている。嘘じゃない、ごまんとあって、俺も
体験済みだ。』しかし、しかししかし。『それを口実に、
こすっ辛い事をしちゃ拙い。一升瓶の酒を、友から
分けて貰えなくなるだけだ。なあ、そうだろうが」と
諭す長瀬はかっこよかったです。人の心を読み、それを
なだめる術をその年で知ってるのだから、朝敵方という
ハンデはあるにせよ、きっと警察でも出世するだろうなぁ。

前作では大活躍だったミナこと皆川真次郎が、あまり
出てこなかったのはちょっと残念でした。交互に
描かれるのかな?次も楽しみにしています。

『白いしるし』 西 加奈子3

西さんの新刊です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

大阪出身で東京で画を描きながらアルバイトをしている
30代の夏目香織は、ある日友人の瀬田に紹介され、
間島昭史という26歳の画家と出会った。初めて間島の
絵を見た瞬間から恋に落ちたが、彼には恋人がいた。
それは父親の違う妹だという。夜中の公園で語り合う
だけの日々が続いていたが、数か月経ち、とうとう
一線を越えてしまう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

夏目と間島の恋も、間島と妹の恋も激しいですが、
瀬田と塚本さんの関係性に比べればかわいいもの
だなと思いました。怖いわ〜…。主役を食う濃さで、
彼らと猫の印象ばかりが残ってしまいました。

間島が名前のカクカクしてる中で、「史」の
「すぅて流れる一画が、それを相殺してくれる
気がするんです」「なんていうか、好きって
いうより、だから、感謝してるんです。その一画に。」
というところが感覚的で面白かったです。なんか
分かるような気もする。

夏目が「エゴなんて微塵もないふり、これは
一般的な意見なのだ、という顔をして、作品を批評
する人より、全然立派やと思うんです。」という
のはすごく共感しました。なんか批評家という
存在をうさんくさく感じるのは、その点なんだよね。
やっぱり何かしらの感情に基づいてないとね。

かなり重たい愛情の在り方でしたが、意外と潔い
主人公の行動のおかげか、後味は悪くなかったです。

『KAGEROU』 斎藤 智裕2

水嶋ヒロこと斎藤智裕の例の本です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

何もかも失って飛び降り自殺しようとしたヤスオは、
「全日本ドナー・レシピエント協会」の京谷という
若い男に止められた。どうせ死ぬ気なら、体を提供
すれば、数千万円が手に入り、借金を返して両親にも
いくらか遺してあげられると言う。どうせだったら
それでよいかと提案に乗るヤスオは、自分の心臓が
移植されると思しき茜という少女に出会う。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

うーん……。感想は「ふーん」という感じでした。
そこそこ地の文とかも書けてるのですが、人物
描写が通り一遍で、あまり深みはないですね。
ドナー協会の仕組みとかは考えてあるなと
思うのですが。何にも残らなかった……。

これ以上書くことも見つかりません。うむー。

『オー!ファーザー』 伊坂 幸太郎4

伊坂さんの去年の本です。ようやく回って
きました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

高校二年生の由紀夫の家には、4人も父親がいる。
母親が由紀夫を妊娠当時に付き合っていた男たち
全員が、自分が父親だと引かなかったからだ。
籍は入れずに共同生活を送っているが、そこそこ
うまくやっている。大学で働く理知的な悟、暴力
気味な中学教師の勲、全ての女性に博愛的に
接する色男の葵、ギャンブル好きの鷹。性格も
バラバラな4人だが、由紀夫と由紀夫の母への
愛情は格別で、他のメンバーたちとも仲良く暮らして
いる。

同級生の小宮山が突然学校に来なくなりクラス
メイトの多恵子に連れられて無理矢理家を訪ねたり、
中学時代の同級生の鱒二のせいで牛蒡みたいな
若い男たちに絡まれるようになったり、ドッグ
レースの会場で、県知事選挙の候補者の事務所で
働く男が鞄をすり替えられるのを目撃したり…。
平穏に試験勉強に打ち込みたい由紀夫の気持ちとは
裏腹に、事件に巻き込まれていく。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

お父さんたちのキャラクターが素敵で、なかなか
面白かったです。

由紀夫が牛蒡男に絡まれても、どこか飄々としている
ところが良かったです。金を出せと言われて「CDショップ
のポイントカードもありますけど」とかなかなか言えない
よね。「ふざけてんのかよ」と怒る牛蒡男は正しい。

中学時代に本屋で万引きをしていた鱒二を見て、「『どうせ
捕まっても、反省してみせれば大丈夫だぞ』と安全ネットを
張っているくせに、自慢げなのが、耐えがたい」というのも
分かる気がします。こないだの『マリアビートル』の王子に
似たものを感じます。あそこまで悪くないけど。

『人が生活していて、努力で答えが見つかるなんてことは
そうそうない。答えや正解が分からず、煩悶しながら
生きていくのが人間だ。そういう意味では、解法と解答の
必ずある試験問題は貴重な存在なんだ。答えを教えてもらえる
なんて、滅多にないことだ。だから、試験にはせいぜい、
楽しく取り組むべきだ』という悟の言葉も納得しました。
まあ確かにそうだよね。とはいえ実際自分が楽しく取り組める
かは別だけど。

引きこもっている同級生を引っ張り出すにはどうしたら
良いのかという話で、「部屋の外壁を、工事車両で
ぶち壊す。」「いくら部屋に閉じこもっていたところで、
外の壁を壊してしまえば、そこはもう部屋じゃなくて
外だろ」という勲の体育会系っぽい意見には笑ってしまい
ました。出てくればいいってもんじゃないからね。

同じ話題で、鷹が「『全部知ってるぞ』とでも言ってやったら
どうだ」というのも面白かったです。そのせいでとんでもない
事態になってしまうわけですが。

「嫌なものほど見入ってしまったり、悪臭に気づいた途端、
深く匂いを嗅いだりするのと似ている」というのはすごく
共感しました。怖いものみたさじゃないけど、どれだけ
臭いか確かめたくなるっていうか…。良くあります。

「見た目が怪しい人が、怪しいことを言うと、マイナスに
マイナスをかけてプラスみたいな感じになっちゃうんじゃ
ないですか。マイマイがプラ理論ですよ」という多恵子の
言葉も笑いました。なんだ、その略し方。でも言わんと
することは分からなくはないな。

ふとした瞬間にその場にいない父親が言いそうなことが
頭に浮かんで、「父親たちの言葉によって、自分が
構築されているような気持ち悪さすらある。」というのも、
多かれ少なかれ皆経験することじゃないかと思います。
家族ってそういうもんだよね。

いつも割と淡々と危険に対する由紀夫が、富田林の部下の
古谷に締め上げられて、本当の恐怖を実感するところが
印象的でした。

箇条書きみたいな感想ですが、いつも通りの伏線の収束
っぷりもさることながら、愛情あふれる父親たちに
育てられている思春期の息子という設定が良かったです。
複雑なものもありつつ、最後はやっぱり頼りにしてるところ
もあって。いい家族だなと思いました。

『聖夜』 佐藤 多佳子4

佐藤さんの新刊です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ミッション系の高校に通う一哉の父は牧師で、ピア
ニストだった母は10歳の時にドイツ人のオルガンの
先生と結婚すると言って家を出た。今は祖母と3人で
暮らしている。母に習ったピアノとオルガンの腕は
良く、高校でもオルガン部の部長を務めているが、
複雑な気持ちも抱えている。真面目一徹の父親にも
もどかしさを感じる。

オルガン部にOGがコーチとしてやってくることに
なった。まだ音大生の倉田コーチは、9月の文化祭で
コンサートをやろうともちかける。一哉は母が
好きだったメシアンの『神はわれらのうちに』を
選ぶ。技術的な難しさもさることながら、母との
思い出や神という存在の置き所など、気持ちの
問題も浮き彫りになり、なかなか思うように
弾けない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

いや〜、面白かったです。なんか『一瞬の風になれ』
を思い出しました。やってることは文化系なんだけど、
曲に向き合う姿勢とかは通じるものがあるなと思い
ました。「何も個人的な思い出や思い込みを
持ち込むことが演奏に必要とは限らない。むしろ、
邪魔なんじゃないか。感情移入や個人的解釈とは、
そんなものとは違うんじゃないか。」などと悩む
ところとか、その精一杯の高みを目指そうとする
姿勢がまっすぐで、輝いてみえました。

美人な後輩の青木に告白されるくだりもあったりして、
読みどころもいろいろあるなと思いました。お母さんの
ことがトラウマとなり、愛情というものは持続しないと
思い込んでしまっているので、告白には応じないわけ
ですが、別の後輩・天野とはなんとなくうまく行きそうな
気がしますね。行ってほしい。

思春期独特の気持ちの揺れも、さすが良く書けているなと
思いました。コンサートの練習が大変なら、自分のために
オルガンを弾く日課は中止にしてもいいんだという祖母に
対し、「気を遣われると、ますます憂鬱になる。」と
思うところとか、そのあと「大丈夫」と答えて「祖母が
うなずく。父が微笑む。急に、わあっと大声をあげて
走りたくなった。よくわからない。自分が何を我慢して
るのか。何がいやなのか。」っていうところとか。

コンサートから逃げ出して友達と朝まで遊び、帰ってから
祖母と話し合ったとき、「お父さんを見習う必要はないよ。
つらいよ、あの子の人生は。いい子である必要はないね。
どんどんやりなさい。悪さをしなさい。そのほうがいい。
でもね、おじいさんのように、明るく悪さをするといいよ。
人を傷つけないように」というところも印象的でした。
一哉はちょっと息がつける感じがしたかな?

その後に、母を許しているのかという一哉の問いに対し、
「許していない」と言い、母を許して自分を責める
父親の代わりに「怒ったり、うらんだりするのよ。あんまり
かわいそうだからね」と祖母が泣くところでは、母親の
愛ってそうだよなぁと切なくなりました。

あとがきを読むと先日読んだ『第二音楽室』とこの『聖夜』は
学校&音楽シリーズということで、作者の中では連なっている
ようです。各作品の扉に書いてある年代は、てっきり書かれた
年代だと思って読んでいたのですが、物語の時代だそうですね。
『第二〜』の方の扉をもう一度確認したくなりました。

文章量は多くないですが、いろいろ考えさせられる本
でした。演奏を聴いてみたくなります。面白かったです。
記事検索
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ