January 11, 2019

Yokosuka Castle

この地名を聞くと神奈川の横須賀を思い浮かべる方が多いと思いますが、
今日は静岡県掛川市にある横須賀城について書きたいと思います。

掛川市にあり、「功名が辻」で有名になった掛川城も近いのですが、
もっと近いのは高天神城で、直線距離で6卍度しか離れていません。
この高天神城も抜きに、この横須賀城は語れないので、
来月のテーマは高天神城にしたいと思います。

三河と遠江を支配していた徳川の支城だった高天神城を武田が奪い、
長篠の戦の後にまた家康が勝頼から奪還しようとした際に、
拠点のひとつとして築き、そしてその後のこの地域の要所として、
明治維新を迎えるまで残っていたのが、この横須賀城です。

横須賀城の位置は、築城当時は横須賀湊と呼ばれた海岸線にあり、
お城から直接寄港できる船寄せ場のような施設もあったようです。
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しかし今は海が2劼曚姫鵑兇り、ただの平城にしか見えません。
駐車場が城址公園すぐそばにあるので、見学はしやすいですが、
車がないとなかなかアクセスが厳しいと思われます。
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ここの特徴はなんといっても石垣にあります。
これまた石垣好きの僕の興味をそそるところなんですが、
天竜川の川原石を使った、玉石積みという石垣です。
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これ、なんかちょっと最近になって、その辺の石を積み上げたのか
と思ってしまいそうですが、これはちゃんと復元したものだそうです。
個人的にはゴツゴツした石を組み合わせた石垣が好きなのですが、
天竜川の流れで丸くなった石を積み上げるのは容易ではないと思うし、
他に見たことがないので、好き嫌いではなく、とても興味深いです。
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江戸時代には天守閣もあったそうで、中々大規模です。
資料館がないけれど、大規模な遺構がのこっているので、
当時の支城のスケールを感じるには良い場所だと思います。
海と沼に囲まれた要害と言われた当時の姿を見てみたいな。



December 27, 2018

Iwamura Castle

地元名古屋から国道363号をひたすら東に60劼曚氷圓辰燭箸海蹇
岐阜県が愛知県と長野県に面しているところに、恵那市があります。
恵那峡など風光明媚な場所や、あの明智光秀の出身地とも言われる
明智町などもありますが、ここに日本三大山城の一つ、岩村城があります。

まだバイクに乗っていた時に、車で行けるお城を親に聞いたところ、
父親から「国道をひたすらまっすぐ行くだけ」と聞いて、行きました。

そんな状況だったので、どんなお城かもほとんど知らないままだったのですが、
とりあえず国道363号を走って着いたのが、城下町とお城の真ん中のあたり。
そのまままっすぐ行くと「農村景観日本一」があると聞いて、まずそこへ。
こんな景色が広がっておりました。
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ちょうど5月だったので、のどかーな景色に巨大な鯉のぼりが泳いでいました。

城下町にも興味があったのだけど、時間がないためお城へ。
岩村歴史資料館の駐車場にバイクを停めるも、資料館も時間がなくパス。
やっぱり早起きは三文の徳というか、有意義に時間が使えますよね。
ということで、早速登山開始。そう結構な登山道なんです、ここ。

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最初は整備されててなだらかなんですが…

さすがは高低差180mというだけのこともあり、途中でこんな景色...

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結構汗だくになって辿り着いたけれど、その甲斐がありました。

本丸虎口に当たる場所で、石垣好きにはたまらない「六段壁」
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下から見上げると、かなりの迫力です。

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このお城、築かれたのは鎌倉時代で、明治時代の廃条令まで残っていたので、
600年とも700年とも言われる歴史があります。また標高が高く霧が良く出るため、
別名、霧ケ城とも呼ばれていました。信長の叔母が城主がだったこともあり、
大河ドラマでも有名な井伊直虎同様、女城主と呼ばれていたこともあります。
他にもたくさんのエピソードがあり、たくさんの遺構、石垣が良い状態で保存され、
城下町もあり、近くには明知城、苗木城などもあるので、
一日あっても足らないぐらいかも。。。

なお駐車場は本丸のすぐ裏の出丸にもあります。
でも車のない時代に作られた山城は、自分の足で歩いて見てこそと思います。

女城主について読みたい方はこちら
岩村城とその周辺のことを知りたい方はこちら

どちらのサイトもわかりやすくて良いと思います。
読んでいたら、僕もまた行きたくなってきました。
今度こそは早起きして...

November 26, 2018

Hamamatsu Castle

今月は日本に戻って浜松城を紹介したいと思います。
浜松城の前身は、曳馬(ひくま)城と言われています。
浜松城公園の駐車場(公園の北西部にある)から大通りを西にわたり、
ちょっと入っていったところにある浜松元城町東照宮の場所に、
曳馬城はありました。今は(ちょっと前の写真ですが)こんな感じ。
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家康は桶狭間の戦い後に衰退していた今川氏のものだったこの城を落とし、
その数年後の1570年に岡崎からこの曳馬に本拠地を移し、
この地を「浜松」と名付け、曳馬城のすぐ隣に浜松城を築きました。

この間、三方ヶ原の戦で信玄に命を追い詰められ、本能寺の変の後の伊賀越えでも、
人生最大の危機を経験しており、家康にとって順風満帆ではなかった時期ですが、
駿遠三甲信5か国にまで領土を増やし、駿府城に移るまでの約17年間の本拠地でした。

今の浜松城は戦後に鉄筋コンクリートで再建された模擬天守、
つまり当時の復元でもなく(当時天守はなかった)ただの作り物なんですが、
石垣は江戸時代の野面積みのままで残っています。切り出したままの石は
とても荒々しい感じで、でもそれが集合体として美しいフォルムをなしており、
石垣好きの僕にはとてもグッとくるんです。
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なので、何回か浜松城に来てるけど、実は天守内に入ったことはありません。

そんな天守閣内ですが、ちゃんと博物館になっており、
見応えのある内容になっているようですので、次回は入ってみたいと思います。
他にも日本庭園があったり、桜、紅葉もきれいで、公園は見どころ多しです。
浜松城公園は駅から歩くと遠いですが、公園の周りにも、
いくつか家康にちなんだ旧跡などがあり、1日遊べます。

こちらのサイト、ご参照ください。

有名なうなぎ始め、海と山の幸が楽しめてゴハンもおいしいし、
僕はなぜか浜松出身、在住の人と縁があったりして、お気に入りです。

October 15, 2018

Schloss Marienburg

忙しさにかまけて8月、9月と更新をサボってしまいました。
ということで月末ではありませんが、久々の更新を。

ハノーファーから南に車で30分ほど、距離にして約20辧
周りに何もないような平原のちょっと高い丘に、
Schloss Marienburg、マリエンブルク城はあります。
丘の上とは言っても、ハノーファー側(北側)から来ると、
木々に囲まれ、近くまで行かないとその姿を見ることはできません。

お城から数百m程度しか離れていない駐車場に車をとめて、
お城の方に歩いていくと、突然お城が見えてきます。IMG_5943

お城としての歴史は比較的新しく、建設されたのは19世紀半ば、
1858〜67年にかけてのこと。ハノーファー王ゲオルク5世が、
女王マリーの39歳の誕生日プレゼントに夏の別荘として贈ったんです。
オーストリアとプロイセンの大国の狭間でハノーファー王国にも
冠たる象徴となるお城が必要だという考えもあったようです。
そしてこのお城、実は現在も個人所有なんだそうです。
ゲオルク5世とマリーの曾々々々孫にあたる人が所有者らしいです。
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お城の建物の中はツアーでしか見学できず、写真撮影も禁止でした。
地元TV局が「マリエンブルク城のクリスマス」として撮影したものが
ネットにあったので、もし良かったらご覧ください(ドイツ語)。

建設中の1866年ごろに家族は住み始めましたが、
69年にはハノーファー王国も情勢的に弱くなり、結局オーストリアへ亡命、
そこから80年もの間、この立派なお城は所有者無しの状態でした。

とは言え、このお城に残されている家具は豪華絢爛そのもの。
だからこそ国が傾いてしまったというのは、ノイシュバンシュタイン城で有名な
バイエルン王国のルートヴィッヒ2世の話と似ているなと思いました。

ハノーファーや近隣の町は、第二次世界大戦中に悲惨なまでに破壊されましたが、
このお城は壊れることなく、建設当時の面影をそのまま残しています。

教会や大ホール(騎士の間)などもあるこのお城では、結婚式も挙げられるとか。
他にも中庭などでシアターを上演したり、色々とイベントをやっているようです。
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夜景など反対側から撮影したショートビデオがあったので、
これも良かったらご覧ください。

また行きたいな!
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July 31, 2018

Schloss Rheydt

今月はデュッセルドルフから車で30分程度の近郊、
メンヒェングラートバッハという町にあるお城を紹介します。
この町の名前、サッカー好きの方はご存知かもしれませんね。
70年代に黄金期を迎え、数々の名プレイヤーも所属した有名チームがあります。

お城の名前はライト城(Schloss Rheydt/シュロス・ライト)と言います。
IMG_8403この写真は道沿いにある駐車場の方から入ってきたときに見えるお城の門です。
水と緑に囲まれて、なんだかとってもメルヘンチック。

このお城は、最初は12世紀ごろから作り始められたものですが、
現在見える建物は、16世紀に増改築されたもののようです。
3つの建物から一つのお城ができているようなイメージなんですが、
一番奥にあるメインの建物は、完全にその当時のルネサンス様式の外観です。
中々キレイで、訪問した時にちょうど結婚式の前撮り(?)してました。
IMG_8409そしてなぜかクジャクなどの鳥がたくさんいます。

お城の中は今は博物館になっています。
当時の様子がわかるような展示ではなく、この町の主産業である
織物工業の展示などがメインになっています。
そういう意味ではお城好きにはちょっと物足りないかもしれませんが、
ちょくちょくイベントをやったりして、地元の人で賑わう、
憩いの場というような感じです。緑に囲まれて静かな時間を過ごし、
少し中世に戻った気持ちになりたい方にはおススメかも。





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June 30, 2018

Steen Castle

今月はベルギーのアントワープにある、ステーン城を紹介したいと思います。
アントワープは海も近いのですが、ベルギー国内を流れ、オランダを通って
海に流れ出るスヘルデ川のほとりに、ステーン城は立っています。
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スヘルデ川はアントワープあたりではかなり川幅も広く、
僕らが行ったとある3月の日は、なかなか吹き付ける風が厳しかったです。
18.3〜21.3 Belgium_180701_0013




































実はこのお城、あまり写真を撮っていません。
と言いますのも、内部は無いに等しく、この外見がほぼ全てと言えば
言ってしまえるぐらいの小さな規模のものなんです。

しかし歴史は古く、もともとこの地には7世紀ごろから建築物があり、
ステーン城としても12世紀ごろから建築されたものなんだそうです。

お城の前に立っている銅像の人物は、アントワープの名前の由来に、
大きな役割を果たしています。誰かと言うと、「通行する船から、
法外な通行税をせしめて、人々を困らせていた悪者」なんだそうです。
そんな時、ブラボーさんという勇者がこの悪者を退治するために立ち上がり、
悪者の手を刀で切って、投げ捨てた、というのが大まかな話。

で、アントワープは現地でAntwerpen(アントウェルペン)と言われています。
AntはHand、Werpenというのはドイツ語でも似た単語がありWerfen(投げる)
という意味になります。つまり「手投げの町」がアントワープなんです。
なのでブラボーさんが手を切って投げようとするシーンの銅像が、
町の中心、市庁舎前の広場に立っています。

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あのフランダースの犬の最後のシーンでも有名な大聖堂も、
そのまたすぐそばに立っています。→僕はアニメ見たことありませんが…
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この町はオシャレなお店も多く、その「手」の形をしたお土産もあり、
ワッフルやムール貝などのシーフードを中心にごはんも美味しく、
もちろんベルギーですのでビールもフライドポテトも最高で、
街並みもとてもきれいなので、夫婦でとっても気に入ってます。

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皆さんも機会があったら、ぜひアントワープへ!!


May 31, 2018

Nakijin Castle

さてさて首里城に行った翌日、バスで本部まで行き、
本部港の近くでレンタカーを借りました。
ここでレンタカーをした理由は、その晩の宿がここで、
翌朝、本部港からフェリーに乗るからです。

レンタカーに乗って、本部にある某有名沖縄そば屋さんに寄り、
そこからエメラルドグリーンの海を求めて古宇利島までドライブ。
お城とは全く関係ありませんが、ドイツでは見られない青い海を
この目に焼き付けてまいりました。
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写真に見える古宇利大橋を渡り、島をぐるっとドライブし、
ランチにウニを食べ、そしてやって来たのが今帰仁城跡です。

この今帰仁城跡も世界遺産・琉球王国のグスク及び関連遺産群の一つです。
ここにランチのあとすぐ来たかったのは、ガイドさんを付けたかったから。
14時半ごろに受付に行くと、すぐにガイドさんが来てくださいました。
僕ら夫婦だけのために、無料ガイド1名という、お金のかからない贅沢。

僕が受けた今帰仁城の印象は、広大な敷地と美しい石垣です。
城址でお城と言うか建物はほぼ残っていませんが、
僕は石垣好きなので、とっても好みの城址です。
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この平郎門と呼ばれる本門が入口にあたります。
戦時中にこの門は破壊されてしまったのですが、
戦後、米軍がジープなどで好き勝手に走り回るのを見た
地元の人たちは、「この門を復元したい」と言って、
本来はなかった階段も付けて”復元”したそうです。

平郎門をくぐると桜が両脇に植えられた整備された観光用の道と、
その横に外敵から守るために曲がりくなった狭い登り坂があります。
沖縄では桜はとっくに終わっていましたが、不思議な形をした、
平べったくて尖った角に毛の生えたカタツムリをガイドさんが見せてくれました。
手裏剣みたいな形だからか、シュリケマイマイと言うそうです。

御内原(うーちばる)という城内の聖域・御嶽や本丸などを見て、
こういうところは、ガイドさんがいないと、ただお散歩して終わってしまうな、
とつくづく実感しました。もちろんこんな景色なので散歩も素敵ですけれど。
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本丸を回った後に城内でも高い位置にある大隅(うーしみ)と呼ばれる
馬場から見下ろした外郭が美しかったです。
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築城当時(13世紀ごろ)からの野面積みの石垣です。
野面積みなので石はそれぞれ凸凹していますが、
これを積み重ねて、素晴らしい曲線美になっています。
少し曇っていましたが、やっぱり海が見えるっていいですね。

ガイドさんと話していて思ったのですが、
本土では学校で沖縄の歴史をほとんど勉強しないんだなということ。
そして今までそれを特に疑問に思わなかった自分が少し恥ずかしかったです。

今帰仁村村役場HP
今回とても親切なガイドさんで、説明や見学に夢中になり、
あまり写真を撮りませんでしたが、こんなブログを見つけましたので、
よかったらこちらもご覧くださいませ。沖縄観光チャンネル

今回はこの後、美ら海水族館に行きたかったので、
今帰仁村歴史文化センターに寄れませんでしたが、
もっと歴史を知るために、次回こそはそちらも見学したいと思います。



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April 28, 2018

Shurijo Castle

3月の投稿、サボってしまいました。
楽しみにしてくださってた方々(いるのか?)ごめんなさい。

少しでも3月と関連付けるために、3月31日に訪問した、
沖縄県那覇市にある首里城のことを書きたいと思います。

世界遺産でもあり、言わずと知れた名城の首里城ですが、
僕は沖縄自体が初訪問だったので、とても楽しみにしていました。
那覇市内のホテルで朝食をとり、ゆいレールに乗って首里駅へ。
駅から10分ほど歩き、守礼門を通って、総合案内所へ。

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ここで入場券とガイドツアーの予約ができると思ったら、
そうではなくて、有料区域すぐ手前の広福門のところにある券売所を
案内されました。いやー、結構色々調べてたのになぁ。

ということで、また守礼門を通り、世界遺産の園比屋武御嶽石門の前を
そそくさと通り過ぎ、歓会門に始まるいくつかの門を通り、券売所に急ぎました。

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何はともあれ、早起きして朝一で首里城に来たのには理由があります。
やっぱり何を見るにも、ちゃんと説明してくれる人がいた方が楽しめると思うんです。
首里城でも朝一番、9時からの無料ガイドツアーを狙って行ってきました。

ガイドツアーの募集は緩い感じで、9時に番所(南殿)の入口のところで
待っててください、とのこと。定員15名なので、ちょっとドキドキしましたが、
朝一だったからか、3‐4家族で15名にはならない程度のグループでした。

南殿の通路には1406年の尚巴志から歴代の琉球王の肖像画が飾られています。
もともと歴史で戦国時代が好きな僕ですが、1609年に薩摩藩に征服された時の王、
尚寧王だけ知っていました。その通路から反対側を見ると、正殿がキレイに見えます。

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この正殿を含め、首里城は第二次世界大戦の沖縄戦で焼失しています。
世界遺産に登録されているのは、この復元された建物自体ではなく、
その下に眠る石組み、それを基に建っていた建築様式なんだそうです。
近畿、中部、関東の城に慣れた僕の目には「和」とは明らかに違い、
むしろ中国っぽく見えますが、琉球王国は中国と日本の貿易窓口として栄え、
それが両国の築城文化を融合した建築様式にも表れているんでしょうね。

中山と呼ばれていたことは知っていたけれど、三山時代があり、
その中から中山が琉球王国を統一したとか、詳しい背景を知らなかったので、
ガイドツアーで詳しく見学できて良かったです。

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玉座の横に金の竜が2匹いますが、竜なのに柱に絡まるように
うねってなくて、柱のように直立してます。文字通り、龍柱と呼ばれているのですが、
これまた独特で面白かったな。シーサー同様、阿形と吽形で一対なんだそうな。

あと、石垣が好きな僕にとっては、この綺麗に切りそろえて並べられた石垣が、
独特で非常に印象に残っています。外壁も直線ではなく、曲線というか、
波打った形になっていて、とても美しいなと思いました。

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朝は曇りがちでしたが、ガイドツアーを終えたころには晴天。
やっぱり沖縄には青空が似合うなー。

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この写真は外の龍潭池からです。夜にはお城がライトアップされるらしく、
昔、那覇に住んでいた友人のお気に入りのようです。
僕は今回ライトアップは見ていないし、まだ復元中で、
今後も見どころは増えるみたいです。また次回も来たいな。

首里城公園のすぐそばにある玉陵(たまうどぅん)は、琉球王の墓地です。
この墓地と墓地にたくさん生えているガジュマルの逞しさに魅了されました。

Archives
Profile
masatito
名古屋出身、ドイツ在住。愛するもの:大阪近鉄バファローズ及び野球。好きなもの:スポーツ全般。音楽演奏&鑑賞。料理。お酒。語学。読書。バイク。スペイン。名古屋。1番より2番。その他無数。
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