2019年09月17日

ズッコケシリーズの感想文、noteに移行します。

ずっと続けていたズッコケ三人組シリーズの感想を書く記事、noteで続けることにしました。
なんとなく媒体としてこちらがふさわしかろう、という理由です。

https://note.mu/tasakatetsurou

ブログも続けていきます。
どちらもチェックよろしくお願いします。


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2019年08月29日

夢のズッコケ修学旅行は「ちょいエロコメディ」だ!

修学旅行です!
小学校の修学旅行は、ほとんど覚えていませんが、ズッコケ三人組に同行したような気持で読めます。
今回のテーマは、「ちょいエロコメディ」です。少年マガジン顔負け。こんなにエッチなズッコケははじめてです。
ハチベエが修学旅行に行くにあたり立てた目標が「ガールフレンドをつくる」という、いかにもラブコメがはじまりそうなスタート。
気になるシーンは、男女一人ずつゴンドラに乗るときに、なぜかハチベエの隣にクラスのマドンナ荒井陽子が座るシーンでしょうか。このときの陽子が何を考えているのか、内面の描写が一切されないのがうまいところです。ただただハチベエが(この時間が永遠に続けばいいのに)と思っています。

 ハカセはうっかり女子のスカートの中をのぞいて階段を踏み外したり、モーちゃんは怖がりで巨乳の後藤さんにゴンドラでしがみつかれたりと、小学生らしいラッキースケベが(ハチベエ以外に)起こります。ハカセはうっかり意識してしまったことに自己嫌悪し、モーちゃんは自分自身も怖くてそれどころじゃないところが、ズッコケてるなあと思います。内面的にはハチベエより大人に見えるこの二人が、性の目覚めに関してはハチベエより遅れているところが書き分けの妙です。というか、ハカセはムッツリスケベの道を邁進していくに違いありませんけど。

その他、他校の児童とやりあったり、温泉で暴れたり、けっしていい子じゃないエピソードが気持ちよく折り重なり、最後はちょっとした奇跡でハチベエがモテモテになる。那須正幹先生、ズッコケシリーズは確かにいろんなジャンルの読み物をズッコケの世界観で味わわせることで、子どもを読書好きにさせる作戦だと思いますが、まさかちょいエロコメディまで用意しているとは。脱帽です。




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ズッコケ妖怪大図鑑

この夏はなんだか忙しく、あまり「ホラー」に触れなかった。
ほぼ日の怪談も結局ちゃんと読んでいないし、観た映画も「天気の子」と「ミュウツーの逆襲」だし。
そんななかでの、「妖怪大図鑑」である。やはり体が怪奇成分を求めていたのだろう。あっという間に読んでしまった。

シリーズを読んでいてふと気づくのが、自分の中の読書の癖と言うか、興味関心というものはズッコケによって育まれたのではないか、ということだ。今回の妖怪大図鑑も、ホラーと言うよりは、ナゾトキ、しかも、民俗学的な分野でのミステリーが展開される。雪に残った動物の足跡から始まり、一つ目小僧、天井からぶら下がる女と、新旧織り交ぜた怪奇現象が立て続けに起こる。しかもそれは、ハカセやモーちゃんが住んでいる団地の「旧館」から発生しているらしい。
恐怖体験の時もそうだったが、怪奇現象はたどればその土地の歴史につながっていく。ハカセが地元の歴史を調べていくと、かつて封印された化けタヌキ、権九郎狸の伝説にたどり着く。もしかして、誰かが権九郎狸を復活させようとしているのではないか……。

面白いのは、様々な事件は権九郎狸が復活したからではなく、権九郎狸が復活したようにみせかけた狸たちの仕業ではないか、とハカセが考察するところだ。非科学的なものを信じないハカセだが、今回の一件については「狸には人を化かす未知の能力があるのかもしれない」と思う。しかしそれこそ、真に科学的な考えではないかと思う。旧館と新館の住人たちの確執、という大人の事情もしっかりと描かれていて、読みごたえがある。

しかし、妖怪はやっぱり最高。妖怪が出てくるだけで楽しい。


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2019年08月20日

ズッコケTV本番中

三人組の一人、モーちゃんが放送委員になるところから物語は始まります。
モーちゃんのカメラ撮影の練習をかねて、三人組は、最近花山町を騒がせている不審火を取材したドキュメンタリー作品を制作することになるが……。
ズッコケシリーズも22作目にして、ちょっとビターな後味で終わる作品です。今回は、ハチベエとモーちゃんが大げんか。あの温厚なモーちゃんがついにハチベエにブチギレます。そして、そのけんかが完全には終了しないまま、物語は幕を閉じます。

今までは、事件が解決してまた日常に戻っていくような描写で終わることが多かったのですが、ここにきてのこの余韻残し。これ、作者が完全に読者との信頼関係を手に入れた手ごたえを持ったからこその終わり方なのではないかと思うのです。

今までのズッコケシリーズを読んでいれば、容易に想像できるんです。ハチベエは「死んでも謝らない」だろうなということ。それでも、きっとハチベエなりの謝罪や詫び入れはして、それにちゃんとハカセは気づいていて、仕方ないなあと思いつつモーちゃんに「あれはハチベエくんなりの謝罪なんだよ」と教えてあげて、モーちゃんも「そうだよねえ」と同意するだろうな、ということを。
そして、友達とは、人間関係とは、そういうものだろう、ということに思いを馳せてくれるだろう。そこまで那須正幹先生は想定して書いてるに違いないんですよ!!!!

あと、ちゃんと確認はしてないのですが、会話の中に「ヤバイ」が登場します。
初版は1995年。ヤバイ、いうかも。
それから、ハチベエの親が息子の作った映像を見るためにビデオデッキを購入する、という場面も時代を感じさせます。



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2019年07月24日

大当たりズッコケ占い百科

ハラハラドキドキの心理サスペンスだった。小学6年生たちの、腹の探り合い。噂と憶測、そして意外な結末。毎回そうだが、那須先生は子どもを可愛く描かない。意地悪で、自分が大事で、ウソをつき、依存し、そして、ここぞというときには腹を決める。美化せず人間として描こうとしているところに面白さがあり、人気の秘訣があるのだと思う。
今回は、クラスで占いが流行するところから始まる。ハチベエの机に、呪いの紙人形を置いたのは誰なのか。そして、その理由とは。クラスメイト達の思惑が次第に明らかになっていく様子にゾクゾクさせられる。今回のキーマンである、不登校中の中学生の謎めいた感じも面白い。もちろん1989年の作品だから、不登校についての記述は、今の時代にかかれていたら別の描写になっていただろうと思うのだけど、それでも、決して否定的に描かれていないところがすごいと思う。
ちょっとしたことで簡単に壊れてしまう友情。そのことに思い至ってなお、「僕らの変わらぬ友情に」乾杯することが出来る三人組に元気づけられる。それこそ物語の中の出来事かもしれないけど。

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2019年07月19日

ズッコケ山岳救助隊

ズッコケ三人組が登山して遭難して自力で戻ってくるという話。ズッコケシリーズの中では比較的日常のなかでリアルに起きそうな冒険ものだ。おそらく、作家の那須先生、登山が好きなのだろう。臨場感がすごい。
これも小学生のときに読んでいるはずなのだが、ほとんど覚えていなかった。きっと当時はそんなに響かなかったのだろう。実は今回も、やっぱ面白いな、とは思うものの、「文化祭事件」や「山賊修行中」ほどはテンションが上がらなかった。登山はどちらかと言えば好きなのだけど、こればっかりは好みの問題かもしれない。読んでるときの精神状態も大いに影響するだろうし。ただ、映画化するならこれは候補としてありだと思う。絵が面白いから。リアルな冒険ものが好きな人は、楽しめるかもしれない。

個人的にとても好きな場面、というか文章がある。「魔界戦争供廚箸いΕ侫.潺灰鵐愁侫箸登場するのだけど、これの説明がすごい。
「魔界戦争兇蓮言わずと知れた人気ファミコンソフト、魔界戦争の続編である」

この短い説明で、物語に必要な「魔界戦争供廚寮睫世すべて終わっているの、めちゃくちゃすごくないですか?細かい設定やジャンルは、もう自分たちで勝手に想像してくれ、ということだ。続編が出るんだから、よほど人気だったのだろう。魔界戦争ってことは、RPGだろうか、それともシューティング?アクションの可能性も大いに考えられる。ここが小説の面白いところだ。


それから、この作品は1990年に発表された作品なので「ファミコン」という言葉が登場する。1作目「それいけズッコケ三人組」は1978年発表なので、そのときの三人組はまだファミコンを知らない。こういうのが今後少しずつ起きてくるのかと思うと、楽しみで仕方ない。


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2019年07月13日

ズッコケ三人組の推理教室

しばらく、「サピエンス全史」と格闘していたのでズッコケはお休みしていましたが、ようやく全部読めたので、またズッコケ読破を再開します。いやあ、サピエンス全史も読みやすく面白かったですが、ズッコケのページをめくるスピード感には負けます。文字量が違うから当たり前なんだけど。ページをめくる快感、ってのは絶対に「読書の楽しさ」の要素としてあると思う。


みんな大好き探偵モノ。
ぼくらはズッコケ探偵団、こちらズッコケ探偵事務所、に続いての第三弾。
探偵団では冒頭から死体が出てくるというショッキングさがあり、探偵事務所では、モーちゃんが荷物を取り違えるところから事件に巻き込まれていくサスペンス要素満載の展開だったわけですが、それに比べると、今回はちょっと見た目地味です。
普段物語や小説を読まないハカセが、ひょんなことからシャーロックホームズにはまってしまうところから物語ははじまります。つまり今回、巻き込まれるのではなく、自分たちから事件を探しに行くのが今までと違うところ。そこで三人は、クラスのマドンナ荒井陽子の飼い猫が行方不明になっていることを知り、ネコ探しに乗り出すわけですが……。
今までは、いつの間にか事件に巻き込まれて、気が付いたら探偵のようなことをしていたわけですが、今回は最初っから探偵気分。つまり三人組は、自分自身の利害(ボールを無くしたとか)ではなく、とにかく事件を解決したくて、推理をしたくて行動する。まさにホームズの行動原理なのです。冒頭から、ハカセはホームズの真似をして、一目見ただけでその人のことを当てる、というのをやりはじめます。目の付け所はいいのですが推理が全部外れてしまうところは、ホームズパロディとしても面白い。推理教室、と冠されてるだけあって、今回は出来事の面白さよりも、推理の面白さ、奥深さ、みたいなところが読みどころになります。だから、ちょっと地味に見えるのですが、だからこそ、大人っぽいなーと思ったのでした。状況や証拠、証言をもとに推理を組み立て、推理をもとに検証し、それによって集まった新たな証拠をもとにまた推理する。ずーっと地味な推理が続き、最後にちょっとアクションがある、という構成はまさにホームズ的だな、と思います。

好きなところは、自分の推理が的中してテンションのあがったハカセが、モーちゃんに「ワトソン君、ピストルの用意だけはしておいてくれたまえ」と言う場面。ハカセも、かっこつけたくなる瞬間があるんだなあ、と、嬉しくなります。

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2019年06月23日

演劇人全員読んでほしい「ズッコケ文化祭事件」

この作品には、かなりの思い入れがある。
思い入れがありすぎて、今回改めて再読するにあたり、頁を開くのにいつもより時間がかかった。
パンドラの箱を開けてしまうのではないか、という、大げさに言えばそういう感じがしたのだ。
結果、読んでしまえばいつものように1時間もかからず一気に読み通せた。そして、最後の一行を読み切った直後、わりかし大きな声で「面白いなこれ!」と叫んだのだった。

小さい頃から演劇に興味を持ち、関連する本ならどんなものでも面白く読めた僕にとって、愛すべきズッコケ三人組が文化祭で演劇の公演を行うという筋書きは面白のダブルコンボであった。しかも、町内の童話作家に脚本を頼んだらつまんねえのが来ちゃったので、みんなで面白くメッタメタに書き直して上演する、という最高の展開である。脚本の改定会議から稽古、上演まで丁寧に描写されており、一緒に作品を作っているようなワクワク感を味わえる。まさにズッコケ版「幕が上がる」だ。

そしてこの作品。僕の、作品作りに対してのひとつの教訓、というか戒め、みたいなものを刻みつけられた作品でもある。それゆえに、あらためて再読するのが少しだけ怖かったのだ。時を経て怒られるのではないか、という、まあなんかよくわからないと思いますがそういう感じ。

今作の重要人物は、クラス担任の宅和先生だ。小学校最後の文化祭ということで、宅和先生は児童だけで上演をさせることにし、見守り役に徹した。このまなざしの優しさ。そして、出来上がった作品に対するクレーム対応、校長のお叱りへの真摯な姿勢、メッタメタに書き直された作家への謝罪、すべてにおいて、なんかもう最高過ぎるのだ。

物語の後半、宅和先生と童話作家・新谷の議論は、完全に作家那須正幹の児童文学批判であり、痛快なほどに子どもと表現についてえぐってくる。子どもはここまでついてこれるだろう、という那須先生の信頼を感じるし、こういう、ちょっと難しい大人の話が子どもは大好きだ。少なくとも子どもの頃の僕は大好きだった。文章から感じる読者への信頼に、よっしゃこの山登ってやろう、という気持ちになったし、この部分を何度も読み返したことを思い出した。

小学校にワークショップに行ったり、公演に行ったりするとき、僕はこの議論を思い出す。当時は、「そうだよな、大人って全然僕たちのこと分かってないよな」だったが、今となっては、自分たちがその「全然わかってない大人」側なのだ。せめて、せめて宅和先生のまなざしを持ちたいと思う。

最近の児童書、確かに読みやすいし面白いものも多いけど、この、「読者への信頼」が欠落してる作品が多いような気がするんですよね。大人になったときに反芻するものが少ないような。僕が「おしり」とか「うんこ」とかが苦手なだけかもしれませんけど。

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2019年06月19日

驚異のズッコケ大時震

時が震える。
そんなSFな現象をさらっとタイトルにしてしまうあたり、シリーズもいよいよ18作目にして、多少のことでは読者は離れないだろうという那須先生の自信を感じます。
タイムトラベルものとしては、すでに「ズッコケ時間漂流記」があるわけですが、時間漂流記では江戸時代中期にタイムスリップしたのに対し、「大時震」では、いろんな時代を飛び回ります。しかも、実際の歴史からどんどんずれていき、三人組は「別の世界線の日本の歴史」を目撃することになるのです。ハカセの日本史の知識も(ほんと、小学6年生でなんでそんなことまで知ってるんだ、というくらいハカセは博識なんですが)世界線がかわってしまっては役に立ちません。あ、いや違うな。世界線が違っている、ということを認識するのに、ハカセの知識は大いに役立ちます。歴史の知識がなかったら、「関ヶ原の合戦に武田信玄がいるなんておかしい」ということに気づけないと思うので。

僕がズッコケシリーズを好きな理由の一つに、「ハカセの博識がちゃんと機能する」ところがあります。決しておしつけがましくなく、何事にも興味を持って勉強することは役に立つという場面を作ってくれる。これは、勉強はできたけど体育は苦手だった僕には希望でした。意外に少ないんですよ、勉強できる奴がちゃんと輝ける物語って。最近はそうでもないけど、僕が小学生だった当時は、子ども向けの読み物の主人公はだいたい「勉強はちょっと苦手」でした。全然共感できなかった。

知識欲も満たせるし、SF欲も満たせる作品です。


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2019年06月10日

謎のズッコケ海賊島

「捜索は終了しました」順調に稽古してます。いよいよ明日が最後の稽古で、明後日からは劇場入り。枝光の日々です。そんな中、ズッコケシリーズも順調に読んでます。
今回はズバリ「宝探し」がテーマです。お、「捜索は終了しました」は人捜しの話なので、なんだか似ていますね。全然違います。

モーちゃんは、腹ペコなおじさんに自分のおにぎりを施し、そのお礼にナゾの古文書をもらいます。古文書に書かれていたのは、なんと海賊が残した宝のありか。瀬戸内海の無人島を舞台に、三人組の宝探しが始まります。

「ONE PIECE」「パイレーツオブカリビアン」「村上海賊の娘」など、世はまさに大海賊時代なわけですが、ズッコケシリーズは先んじて海賊モノを取り扱ってます。なにしろ三人組の住む稲穂県は瀬戸内、海賊の話のひとつやふたつあってもおかしくないわけです。宝探しの面白さもさることながら、日本の海賊についてちょっと詳しくもなれちゃいます。

読んでいて思ったんですが、ズッコケシリーズに登場する「大人の世界」は、なんら子ども向けに味付けされることなく、きっちり大人の事情でもって三人組を翻弄します。悪いやつは悪いし、こいつ死ぬだろうな、っていう人はどんなにいい人だろうが死ぬ。(ちなみに、子ども向けに味付けされた大人というのは、たとえば、ホームアローンのドジな強盗のことです)
今回も、「宝探しにとり憑かれて人生を棒に振ったおじさん」や、「宝を狙っている自称海賊の子孫」など、反面教師にしたい大人がたくさん出てきます。かなり危ない目にあいますが、勇気と機転でなんとか切り抜けます。ピンチが容赦なくピンチだから、本気でワクワクできるんですよね。


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2019年05月30日

ズッコケ結婚相談所

 きっと読んだ当時はあんまりピンと来なくてあんまり内容を覚えてなかったんですが、
今読んだら思わず泣きそうになってしまいました。


 子どもの自殺が増えている……というちょっとショッキングな話題からはじまる今作。ハチベエが思いつきで始めた電話相談室から、モーちゃんの母親の再婚話になり、果ては三人で東京旅行まで。話がどこに転がっていくか分からない面白さで読ませていくけれど、話の中に流れるテーマは「家族とは何だろう」です。なお、三人は瀬戸内の小学生なので東京旅行は決して簡単じゃない。まだ、飛行機よりは新幹線のほうが安い、なんて時代だし、スマホどころか携帯電話もないし。

 仲のいい友達と小学生だけで東京に行くなんて、それだけでめちゃくちゃ楽しい。あれこれ言いながらの珍道中はまるで自分もそこに参加している気分になれる。僕は椎名誠の旅行エッセイも大好きな子どもでしたが、似たような気持ちになれます。

 そして、今回のポイントは、「離婚した理由」ではないでしょうか。モーちゃんがもともと聞いていた話と、かつて父だった人の妻から聞かされる理由が真反対で、最後まで「どちらが本当なのか」は子ども達には分からないままです。おそらく、誰かがウソをついているのではなく、それぞれが自分の思ったように捉えているのでしょう。そしてそれは、現実の社会でもよくあることです。ここに、明確な正解を出さないところに物語の妙があるなあとおもうのです。

 最後にモーちゃんが出した、「僕には父さんはいらない」という答えもグッときます(この辺の詳しいところは是非読んでください)。夫婦関係と親子関係は分けて考えるべきだ、という考えに至るまで、モーちゃんの中でどんな考えが渦巻いたのか、それは誰にも(もしかしたらモーちゃん自身にも)分からないのだと思います。でも、ここでモーちゃんが自分で自分の納得できる答えを導き出したこと、そしてその答えが「父さんはいらない」であることに、僕は那須正幹という作家の目線の優しさを感じます。もちろん、それが正解かどうかは分からないし、このモーちゃんの言葉を受けて、結婚をやめたモーちゃんのお母さんの行動が正解かどうかも分からないのです。でもとにかく、全員が一生懸命考えた結果出した答えであることに、僕は泣けてしまうのでした。


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2019年05月24日

ズッコケ恐怖体験

急に暑くなってきましたね。そんな季節にぴったりのホラーもの。なんとハチベエが幽霊にとり憑かれてしまいます。

ホラーものは那須先生お得意のようで、(というか、苦手なジャンルがあるのか?という気もしますが)「それいけズッコケ三人組」にもヤナギ池に幽霊が出る、というところから始まる短篇が収録されていますが、今回もがっつり幽霊。しかも、ちょっと薄暗い雰囲気漂う漁村が舞台。村には古くからタブーとされている話があって……という、まさに日本の怖い小説、なのです。

今回は、「いやーな雰囲気」を作り出すための小道具やキャラクターが個人的には注目ポイントです。雨のスタート、口数少ない陰気な村人、いきなり罵ってくる汚い婆さん。ホラー小説あるあるが詰め込まれていて楽しいし、話は幕末までさかのぼるスケールの大きさ。最後はきっちり遺恨なく終わってくれるのも怖がりには嬉しい。一気に読んでしまいました。


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2019年05月20日

うわさのズッコケ株式会社

釣り客でにぎわう堤防で、弁当やジュースを売ってはどうか。商売人である父のちょっとした一言に感化されたハチベエが、株式会社を作って大儲けするというお話です。
何がすごいって、なんとなく商売する話だから「株式会社」ってタイトルにしてるんじゃなく、本当に株券を発行して株主総会も開く「株式会社」をやるところ。だから読むだけで、株式会社とはなんなのか、株主とは何なのか、の基本的なところが分かってしまう。
あともっと本質的なすごさとして、「小学生が商売をして成功する話」を、児童文学として書いてしまうところ。いやこれめっちゃすごくないですか。お金を稼ぐ、ということに関してどうしてもネガティブな感情を抱きがちな日本人。特に「子どもが働く」ということに関しては結構なんやかんやと目くじら立てる人も多い。そんな中、「お金を稼ぐって(大変だけど)楽しい、面白い」を堂々と子どもに伝えてる那須先生。最高。しかも、株券で資本金を集めて仕入れて、最後はちゃんと配当金を返すところまでやってる。クラスのマドンナ安藤さんなんか、筆頭株主だったおかげで1万円の配当金をもらってる。しかもそのことをやいやいいう大人が今作には登場しない!ここがすごい。
で、そんななかサイドストーリーとして、まるでお金のことなんか頓着しない有名画家が登場するのもミソ。ハカセのセリフ「あの人がいちばんお金を、上手につかっているのかもしれないねえ」はずいぶん深い考察なのではないかと感心してしまいます。
社会の仕組みに興味をもたせる力が物語にある。児童文学はこうでなくっちゃ、と思わせる作品なのでした。ほいほい亭のラーメン食べたい。



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ズッコケ宇宙大旅行

宇宙ですよ宇宙。前作で、児童会長選挙をテーマにしたと思ったら宇宙。
この振れ幅がズッコケ。
ハカセがバードウォッチングに目覚め、ハチベエ、モーちゃんを連れて登山するところから物語は始まります。鳥の声を録音するはずがナゾの金属音が録れてしまい、ハカセはそのナゾを解明するため再び山に登り、宇宙人と遭遇してしまうのです。
ストーリー展開としては、どちらかと言えばよくある未知との遭遇モノなんだけど、読者層のことを考えた時に、これを「はじめてのSF小説」として捉えたら、ものすごく良い、と思うんですよね。ここからほかのSF小説に興味を持つ若き読書人、たくさんいると思う。

そして今作、エピローグがとてもいい。こういうオチのつけ方されると、もう読書沼にはまらざるをえない。最高。

m-88_35269 at 17:33|Permalink

2019年05月06日

花のズッコケ児童会長

ほんとはどんたくのこととか、「捜索は終了しました」の稽古のこととか書くべきなんだろうけど、
あくまでもズッコケのことを書き続けるよ僕は。

今回は、児童会長。いわゆる、生徒会長みたいなものである。なんと那須先生、今はやりの「生徒会もの」も書いているのだ……というわけではなく、あくまでも物語の中心は「選挙」。三人組の通う花山第二小学校の児童会長選挙が物語の舞台だ。
皆本章という少年がリンチにあっているのをハチベエが発見するところから物語ははじまる。助けに入ったハチベエも投げ飛ばされてしまうのだが、そのリンチの主犯格である津久田茂がこの度の児童会長選挙に立候補するというから、さあ大変。ハチベエは同じクラスの荒井陽子を候補に立て、津久田の当選を阻止しようと周りを巻き込みながら選挙運動を始める。
これまでも何度か登場していたクラスのマドンナ、荒井陽子がついに物語のセンターに登場してくる。と同時に、ほかのクラスの津久田茂や他の候補者など、なかなかに登場人物が多く、学園ものといった感じだ。
津久田の演説を聞いたハカセのセリフにこんなのがある。
「あの子は、たしかにたくましい花山っ子だよね。だから、たくましくない子や、たくましくなろうとしても、なれない子や、そんなにたくましくなろうと思わない子のことなんて、てんで相手にしないんじゃないかな」
思わずハッとさせられた。これこそがズッコケシリーズのいいところなのだ。彼らは、決してすごくない。すごくないそれぞれが、三人組になることで様々な困難を解決していく。すごくない彼らは、すごくない僕らの代表だ。すごい人には、すごくない人の気持ちは分からないかもしれない。リーダーには、弱い者の気持ちが分かる者こそがふさわしい。1984年の作品である。一億総活躍なんて言葉は、活躍しようとしてもできない人や、そんなに活躍しようと思わない人のことなんて、てんで相手にしない人の言葉だ。




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2019年04月22日

ズッコケ山賊修行中

ズッコケ三人組シリーズには大きく分けると、

・三人組の日常まわりで起きる話(事件記者や探偵事務所など)
・三人組が非日常を体験して戻ってくる話(時間漂流記など)

の2つのパターンがある。マル秘大作戦はどちらに入れたらいいかちょっと迷うけれど、タイムスリップすることに比べればだいぶ日常よりかな、という気がする。
今回は後者、非日常を体験して戻ってくる話だ。全体の構成としては「時間漂流記」に近くて、ひょんなことから山賊(土ぐも一族)に捕まった三人組が、いよいよ危機一髪のところで助けられ、家族のもとに帰る、という話である。「時間漂流記」はタイムスリップもののお約束で戻ってきたときにほとんど時間が経っていないが、今回は捕まっていた時間がちゃんと経過していて、最後は家族と涙の対面となる。この辺は「あやうしズッコケ探検隊」に近い。何度も「息子は死んだ」と聞かされる三人組の家族、ちょっとかわいそう。(ズッコケシリーズは一部を除いて毎回パラレルなので、厳密には何度も、というわけではないけど)

今回再読して興味を持ったのは、土ぐも一族の設定だった。土ぐも一族は、古来日本を治めていた真の王族、土ぐもさまを守る一族で、1500年前、異国からやってきた天孫族によって王位を簒奪され、以来、王位奪還の機会をうかがいながら、谷にかくれて暮らしている……。

こ、これは……!
みんなが大好きな、「国譲りの神話は実は国盗りの神話だった」のやつだーー!!
贋作桜の森の満開の下でいうところの、鬼、または、ヒダの王、だーー!!
こんなところに種がまかれていたなんて、那須先生、おそるべし。


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2019年04月13日

ズッコケ財宝調査隊

今回の主役はモーちゃん。若くして死んだおじさんは、実は旧日本軍の財宝のありかを知っていたかもしれない、という、超絶ワクワクする物語です。
なのですが、ちょっと構成的に、どうかなーという感じです。
物語の引っ張りどころは、旧日本軍の財宝がどこにあるのか、というのがひとつで、これはもうめちゃくちゃ良いです。三人組の行動力によって少しずつ明らかになっていく情報や、新たな登場人物の配置なんかはさすが。
で、もうひとつの引っ張りどころが、財宝とは何なのか、なんですが、これが弱い。
なぜなら、最初にプロローグとして、北京原人の骨についての講釈が入るのですが、そのために、財宝ってきっと、北京原人の骨なんだろうな、と思いながら読んでいくことになり、実際骨が出てくるので、ああ、やっぱり、という気持ちになってしまったのです。
北京原人の骨が大戦中に行方不明になっており、いまだに見つかっていない、という下地があってこそのオチですし、その知識を読者である子どもたちに「常識として知っておけ」というのはあまりに無茶なので、頭に解説を入れておくのはとっても親切、なのですが。
まー仕方ないかー、でもなー。と思いながら読み終えたのでした。



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2019年04月12日

こちらズッコケ探偵事務所

八作目は探偵もの。探偵と言えば、二作目も「ぼくらはズッコケ探偵団」だったわけですが、今回はついに事務所を構えます。いや、構えません。
「探偵団」では殺人事件に遭遇する三人組ですが、今回は、なんだかよくわからないがヤバそうな事件にだんだんと巻き込まれていきます。ストーリーが二転三転していく読み口はまさに探偵小説。途中、誘拐されたモーちゃんが目隠しされたまま、音だけを頼りに誘拐先を推理していく様子はまさにシャーロックホームズ。もっとも、モーちゃんはホームズではないので、この推理はうまくいかないのですが。
ネタバレになるので詳細は書けませんが、オチに至る伏線の貼り方が見事。読書の楽しさを存分に味わえる作品です。大変な目に合うのはモーちゃんですが、今回はハカセが大活躍。

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2019年04月03日

とびだせズッコケ事件記者

少し別の作家に浮気していたせいで更新が遅くなりましたが、飽きずに続けています。
わたくし田坂の生まれた昭和58年に発表された第七作目です。このあたりから那須先生、年二作のペースでズッコケの新作を発表するようになりました。
今回は、事件記者モノ。前回、不思議な鏡で江戸後期にタイムスリップさせる、ということをやっておきながら、今回はそういったSFなことは一切起きません。あくまでも日常に起こる事件を取り扱っており、この振れ幅がズッコケの良さだなあ、と思います。
学校行事の一環として壁新聞を班ごとに作ることになり、事件記者となったズッコケ三人組。名刺を作って交番に行っちゃうハチベエの行動力はいつもながら感心させられます。昭和58年に小学生がどうやって名刺なんか作るんだ、という疑問に関しては、「ハチベエの家は八百屋なのでチラシ作成用の印刷機がある」という設定が解決します。こういう細かいところがぬかりないんですよね。
今回の主役はなんといってもハチベエ。持ち前の好奇心で大スクープをつかみます。スクープのために一人で喫茶店に入るところなんか、読んでいて一緒に緊張してしまいますが、この雰囲気、今の小学生には伝わりづらいかもしれない。
まるで一本の映画を観たような気持になる「マル秘大作戦」に比べると、あくまでも普通の小学生の身の回りで起きる最高に面白い事件、なので、ちょっと読後感は物足りない気もしますが、それでもはじめから終わりまで飽きることなくすいすい読めてしまうストーリー展開の巧みさと文章の読みやすさはさすがです。それに、読者の中には、SFやファンタジーよりも、こういう自分たちの世界と地続きのストーリーに興味を覚える方もいるんだと思います。いろんなタイプの作品を、「ズッコケ」という一つのサーガの中で並べていって、読書好きを増やしていく。そういう要素がズッコケにはあるのかもしれないと思ったのでした。


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2019年03月15日

「ズッコケ時間漂流記」

今回はSF。時間旅行ものです。
三人組が不思議な鏡のせいで江戸時代にタイムスリップしてしまう、という、6作目にきて思い切った展開を見せてきたズッコケシリーズ。
今回はかなりハカセが活躍してる印象です。たまたま直前に江戸時代についての本を読んでいただけあって、知識が豊富。さすがに元号から西暦を導き出すことはできなかったようですが、「関ヶ原の合戦から何年経ってますか?」という質問で何年にタイムスリップしてきたかが分かるくだりなんか、頭いいなこいつ!って感じです。あと、解体新書の出版年を暗記してる。なんで。
テレビや自動車の構造や原理を説明できずに、「自分たちで使ってるものが説明できない」ことに気づくところも好きです。それにめげず、ゴム動力のプロペラ模型を作って見せるモーちゃんの意外な手先の器用さも披露されます。
平賀源内について「よく理由が分かっていないこと」にきちんとズッコケ流の理由をつけて物語に組み込むところなんか、歴史ミステリー的で楽しい。やっぱり歴史モノは「よくわかってないところを狙って上手にウソをつく」が醍醐味です。



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