2019年08月18日

なんかだいぶ間が空いちゃったな。なんというか、
ある程度の長さの文章を書く能力と気力がすっかり
減退してしまった感じ。何か書いても、ことごとく
気に食わない。なので、何も書けない。

ぼくが何かを書こうと書くまいと、他の何かに
影響を及ぼすことは全くないので、全然問題は
ないんですけど。

ふと見つけた論文。一読して、びっくり。これ、
かなりの重要論文ではないだろうか。

・松阪陽一
 「規則とパターン:後期ヴィトゲンシュタインの
 洞察」科学哲学50(合併号)(2017)
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssj/50/0/50_85/_article/-char/ja

ていうか、この論文について何か書こうと思って
いたのですが、どうにもつまらないことしか
書けなさそうで、すっかりだらだらしてしまった
ということなんですよね。

ぼくはこの先生については全然知らないし、この
先生の関心領域についても、ほとんど何も
知らなくて、論文中に紹介される心理学理論の
ようなものも、正直さっぱりで、興味も全然ないの
ですが、そうしたものを参照しつつ提示されている
ヴィトゲンシュタイン解釈については、基本的に
正しいものだと思っています。こういう解釈が
こうして明確に打ち出されたことは、まさに
喜ばしいことではないかと。

この論文で一番印象的だったのは、はっきりと
「規則に従う個々の行為と、規則の概念自体が、
相互に依存し合っている」(99頁)と指摘された
こと。そして、この指摘が、家族的類似の概念と
言語習得論を背景にしてなされたということ。

つまり、規則の概念もまた習得されるべきもので
あり、それも、家族的類似を形成する一群の
「規則に従う行為」の事例を通してであると
いうことを示すことにより、
ヴィトゲンシュタインの「規則に従うこと実践で
ある」という指摘の実質を明確にしたということ
です。「規則に従うこと」を主知主義的に「解釈」
に基礎付けるのではなく、むしろ、既に存在する
「規則に従う」事例によって規則の概念が形成
される。実践を抜きにして規則の概念はありえない。

「規則に従う行為」の可能である根拠を見いだし、
それによって「規則に従う行為」を説明する、
という方向性は、ヴィトゲンシュタインは採らない。
そうではなくて、「規則に従う行為」が現に存在し、
それがわれわれの規則の概念の根拠になっている。
そして、「規則に従う行為」は家族的類似性を
有するので、それは本質的に閉じた概念ではなく、
むしろ実践的に開かれている。家族的類似が
後期ヴィトゲンシュタインの議論の一論点どころか、
根本的な洞察であることを認識することが重要で
あるわけです。

ただ、松阪先生はこうしたヴィトゲンシュタインの
考えを認知科学の理論を手掛かりに見出していて、
しかしそうした理論とヴィトゲンシュタインの
哲学の両立可能性については、特に述べていない。
あるいは、ヴィトゲンシュタインはそうした理論に
関心を有していない、というくらいしか言って
いないように見える。それは哲学の問題ではない。
しかし、ヴィトゲンシュタイン哲学とは別個に、
それ自体としては論点として成り立つものである、
という感じか。しかしさてそれはどうか。

このあたりは、ヴィトゲンシュタインの心理学の
哲学の扱いあたりを参照して、もう少し違った
議論が可能なのではないかと、ぼんやりと思ったり
します。あるいは、もちっとはっきり言えば、
ヴィトゲンシュタインがどのように論じるのを
「好んだ」のか、というレヴェルの問題では、
そもそもなかろう、と。

それから、こうしたヴィトゲンシュタインの
言語理解は当然ヴィトゲンシュタインの哲学の
手続き、方法論と直接にリンクする問題であると
ぼくは思っているので、単に「規則遵守論」に
対する一論点に留まるべきではなかろうとも
思っています。この論点はもう少し掘り下げる
ことが可能だろうと。

でもまあ、こういう議論が普通にでてくる
ようになると、まだヴィトゲンシュタイン研究に
期待が持てる気がします。何目線だという
言い方ですけど。

最近聴いたCD。
・Bruckner : Sinfonien 2-9
 Südwestfunk-Orchester Baden-Baden,
 Hans Rosbaud
 https://www.amazon.co.jp/dp/B075FLS2PS/
 (現代音楽の擁護者ハンス・ロスバウトに
 よるブルックナーの交響曲集成。惜しくも
 全集ではなし。最初聴いたときは、あまり
 ピンと来なかったのですが、よくよく注意して
 聴くと、なかなか鮮烈。奇は衒わず、正攻法に
 輝いた演奏です。これは意外といいかも。)

最近読んだ本。
・ヒュー・ボーデン著/佐藤昇訳
 『アレクサンドロス大王』刀水書房
 https://www.amazon.co.jp/dp/4887084420/
 (最新の学術的成果を反映させつつ、史料の
 批判的な検討に立ってアレクサンドロス大王の
 姿を描き出す試み。極端に新しい描像を
 提出しているわけではないですが、この偉人に
 ついての検討姿勢として、非常に参考に
 なります。碑文史料の翻訳付き。これ、まさに
 一次史料なのが地味にすごい。)

最近読んだまんが。
・うちのまいこ『スローループ』第1巻、芳文社
 https://www.amazon.co.jp/dp/4832270761/
 (再婚家族釣りふれあいまんが。絵はこの社の
 まんがにありがちな感じですが、案外しっかり
 したお話な気が。あまり重くないのもよし。)

・郷本『夜と海』第1、2巻、芳文社
 https://www.amazon.co.jp/dp/483223627X/
 (女子高生コミュニケーション難ふれあい
 まんが。なんかよくわからん詩的な雰囲気で
 押してくる感じ。でもまあこういうのもよし。
 百合まんがというわけでもない気はします。)

m-90_44975 at 22:54コメント(0) 
趣味的及学問風雑記 

2019年05月26日

全くどうでもいい話なのですが、ぼくの趣味には
いちおう天体観察というのが入っていることに
なっていて、状況が許せば今でも星を観たい
気持ちは満々なのですが、大学進学のために
地元を離れて以来、ほとんど積極的に観ることが
できないでいます。

地元以外でこれまで住んだところは、どこも
天体観察には不向きな街中で、ちょっと足を
伸ばせばいいのでしょうが、その足がない。いや、
自転車はあるのですが、すごく夜が暗いところ、
となると、なかなか近場にはないわけで。

ぼくが使っているのは専ら双眼鏡で、たぶん、
天体望遠鏡は、ぼくにはうまく使いこなせない
気がする。やってみないとわからんですが。ただ、
やはり片目でじっと観察するスタイルは、どうも
疲れてやりづらいと思っています。

双眼鏡も、いちおう天体用のものを持っている
わけで、いわゆる「双眼望遠鏡」並みのものも、
あるにはある。これ、よく両親が買ってくれた
ものだと、今になって感謝の念がつのります。
そんなに高い給料を稼いでいたわけではなかった
はずなので。

この双眼望遠鏡(かつての宮内光学のもの)も、
地元を離れてからはあまり取り出す機会がなく、
就職後、一度だけ、えっちらおっちら担いで、
自転車でちょっと郊外のエリアまで持っていって
使ってみたのですが、やはり街の灯りが
予想以上に鋭くて、あまり威力を発揮できず。
結局、うまく活用できていないのが非常に残念。

さすがにこのくらいのものになると、かなり
でかいので、札幌に引っ越した際は、持っては
いけずに大学の指導教官に預けていました。
この先生、カメラが趣味で、たぶん光学系の
全般に興味はお持ちだったと思うのですが、
このデカブツにちょっと興味を示されて、確か
ご自分でも何かしらこの種のものを購入された
はずです。

この双眼望遠鏡以外も、ニコン製の双眼鏡を
持っていて、これもよく親が許したものだと
今になってしみじみ思います。一応、
天体観察用、という触れ込みの製品。

この時代、ニコン製の双眼鏡は、既に各種
存在していて、ぼくのは7×50SPという、
当時の最上位機種でした。たぶん今では、
もっといろいろあると思いますが。けっこう
ゴツい製品です。
https://www.nikon-image.com/products/sportoptics/binoculars/7x50_sp_wp/

値段が昔よりも上がっていて、隔世の感。
しかしいまだに現役機種として存在している
というのは、なかなか立派です。

この7×50というのは、周知のとおり、
双眼鏡の定番で、たぶん天体観察用としても、
わりと普通。しかし、なかなかにゴツい
だけに、けっこう重たくて、三脚が必要な
くらいでした。カタログ上だと1485g。
手で支えるのはけっこう限界な重さです。

これを地元では家の前に据えて、夏は飽きも
しないで白鳥座とかをじっと観ていました。
がんばれば北アメリカ星雲も観ることが
できるかなと思ったのですが、そんなわけは
全くなく。そもそも、肉眼で見られる類の
対象ではない。

この双眼鏡はけっこうよく使ったと思うの
ですが、やはり気軽には取り出せなくて、
今では仕舞ったまま、ほとんど使って
いません。これを据え付けて観るに足る
だけの星空がないのも、その理由。

ただ、この当時の最上位機種のシリーズに、
これよりも更に値の張るものとして、
8×40Dというものが存在していて、
これ、当時はあまり興味を感じなかったの
ですが、手軽に使える高性能機種という
点で、就職後にだんだんと気になりだして、
あるとき、ネットオークションに安値で
出ていたのを、思い切って入手しました。
さすがに、当時の定価からはるかに安い
お値段。

これもこのサイズの双眼鏡としては、実は
それほど軽いものではなく、しかし、
7×50SPと比べれば、使いやすい。
意外によいです。(840g。)

やはりポロプリズムのいかにも双眼鏡的な
フォルムへの嗜好と、センターフォーカスに
対する特に強い根拠のない敬遠的な気分で、
昔はまったく選択肢に入らなかったの
ですが、今となっては、ぜんぜんこっちで
問題ないじゃんという気持ちになっています。
年月が心理に及ぼす作用。

たぶん、現在の高級機種と比べれば、
遜色はあるのでしょうけれど、普通に使う
分には全然問題ないし、それどころか、
今でもかなりの高機能ではないかと思います。
ぼく的には、これらの双眼鏡があれば、
後はもういらないかな、という気分になって
います。また10年も経てば、どうなるか
知りませんが。

ちなみにこの8×40Dは、メーカーでは
既に廃番で、専用のレンズキャップとかも
保持していないようです。

しかしとにかく、今住んでいる場所が、
あまりに天体観察に向かないので、かなり
うんざりした気持ちになっています。どこか
夜の暗いド田舎にアパートがぽつんと建って
いれば、喜んで引っ越すのではないかと思
うほど。不思議なのは、実家にたまに帰ると、
そこもそれなりに灯りは多いところとは
思うのですが、明らかに星の見え方が違う。
夏にはぼんやり天の川の気配も感じられます。

街灯の数の違いなのか、空気の透明さが
違うのか、よくわかりません。しかも、実家の
近所には、こともあろうにネオン看板の
工場があって、わりと夜もこうこうと
明るかったりしているので、なおさら
不思議です。

あ、この話に特に結論はないっす。

最近聴いたCD。
・フルトヴェングラー&ウィーン・フィル
 伝説のコンサート
 https://tower.jp/item/4891060
 (戦後のヴィーン・フィルとのライヴから、
 ベートーヴェンの作品などを中心に。
 ちょっと聴いてみた感じ、音はわりと
 よさげです。強い特色は感じられないの
 ですが、もちろん、「らしい」演奏では
 あります。アクがやや薄めというか。)

最近観ているアニメ。
・B:The Beginning, Blu-ray Box
 https://a-onstore.jp/item/item-1000191881/
 (なんだかよくわからないまま、
 なんとなく視聴。やはりなんだかよく
 わからない。絵はさすがにきれいですが。
 でも、こういうわからなさも、最近の
 作品にはわりとありがちで。)

m-90_44975 at 22:45コメント(0) 
趣味的及学問風雑記 

2019年04月29日

だいぶ間が空いちゃったのですが、いちおう
生きてます。3月4月は、仕事がやはりかなり
しんどい時期で。

ブラームスのピアノ・ソナタ、存在はもちろん
知っているし、たまに聴いてはいたのですが、
あまり入り込めないというか、真剣には
聴いていませんでした。比較的最近になって、
ようやく面白い曲だと思うようになって
きました。初めて聴いてから10年以上経って。

第1、第2番もそれなりにちゃんとまとまった
聴きごたえのある作品なのですが、やはり
最後の第3番に、強く惹かれるものがあります。
どれも若書きで、最後の一番規模が大きく充実
した第3番ですら20歳そこそこの作品なの
ですが、若きブラームスの際立った実力が
感じられるように思います。

このピアノ・ソナタ第3番ヘ短調作品5は、
全5楽章の構成で、急ー緩ー急ー緩ー急という
シンメトリックな流れになっている。それは
まあ、形式的にはそうなのですが、しかし
曲全体から見れば、ウエイトは第1楽章と
第2楽章にあって、この2楽章で全曲の半分を
超えます。

第1楽章は、冒頭から力感あふれる展開で、
非常に重厚な印象があります。緊張感がすごい
楽章です。力強いだけではなく、対比的な
息をひそめるような静かな展開もありますが、
第2楽章の美しい歌に比べれば、この
第1楽章の基本の性格は明らか。

第2楽章はいかにも若きブラームスといった
ところの、非常に美しい切ない旋律で構成
されています。こういう素直に可憐な歌は、
後年のブラームスにはあまり期待できない
のであって、まさに青春の記録という感じ。
後半の息の長い情熱的な高揚は、この曲の
ひとつのクライマックスです。

第3楽章以下は、終楽章へと向けた一連の
展開という気もしますが、上に述べた
とおり、シンメトリックな楽曲構造という
点で見るのが正しいのでしょう。豪快な
響きを叩き付ける一方で、一転、内省的な
独白を聴かせるトリオの第3楽章、そこから
やや神秘的な、張り詰めた感情を感じさせる
第4楽章のインテルメッツォを経由し、
第5楽章でロンド形式により全曲を終結させる。

第5楽章のロンドは、よく終楽章に置かれる
類の、明るい華やかな展開を予想すると、全く
違うものが聞こえてきます。なんというか、
全曲のここまでの緩急の展開をおさらいする
かのような、足取りの重さ、葛藤があります。
しかしそれも、徐々に解決へと向かっていく。
最後は力強い勝利の凱歌、という感じです。
非常に充実した終結になります。

この曲がブラームスの作曲したピアノ・
ソナタの最後になり、以後は、変奏曲と
小曲集が続いていく。どうしてこの曲で
終わってしまったのかは、興味深い問題です。
結局のところ、このピアノ・ソナタという
かたちに込めようとした内容が、ちょっと
重すぎたというか、やはり気負った部分は
あったのかな、という感じもありますが、
これは素人の印象でしかないです。正直
よくわかりません。

あ、でもこの第3番から10年くらい後に、
二台のピアノのためのソナタがあります。
作曲の経緯がちょっと特殊ですが、いちおう
ソナタではある。

第3番の録音ですが、いつのまにか
けっこうな数を集めていました。でも名曲な
だけに、他にかなりのものがあるはずで、
まあ、これくらいで勘弁、といったところ。

実は、レオンスカヤの全集盤も以前は持って
いたのですが、事情があって、手元にない
ので、下のリストからは省略。確か、非常に
いい演奏だったとは思うのですが。

順番は録音年代順。

〇ヴァルター・ギーゼキング(1948)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00000HZFB/
たぶん放送用録音なのでしょうが、一発録りの
ライヴ感にあふれた、スリリングな演奏。
超絶的にメカニカルな演奏技術にまかせて、
豪快に刹那的に曲をさばいているところが
ちらほら。しかし特に第3楽章以降で、
ミスタッチがわりと聴こえてきます。でも
これ、たぶん、弾いている本人はあまりミスを
気にしてはいないのでしょう。その一方、第2、
第4楽章で要求される、静かで内省的な
表現は、非常に優れている印象。「う〜」と
唸りつつ、美しい音で丁寧に演奏をして
います。全体にこのピアニストの特徴が
非常によく現れた、面白い演奏。録音は当然
古いです。第1楽章リピートなし。

〇エドヴィン・フィッシャー(1949)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00067ZNIQ/
前にも言及した同時期のライヴがあるのですが、
そちらは第3楽章の崩壊がひどいので、紹介は
しません。このスタジオ録音は、抒情的に歌う
一方で、感傷を排して先へ先へとさっさと
進んでいくところがあるのが印象的。特に
第2楽章は、ねちっこい思い入れとは完全に
無縁。19世紀生まれのピアニストには、その
演奏の濃さにもかかわらず、わりとそういう
面があったりしますね。このピアニストの
最高の武器である純粋な深い音色ですが、この
演奏でも見事に生きていて、第4楽章の強い
和音や第5楽章の最終部分など、思わず
ため息が出ます。音はあまりよくないですが、
許容範囲。第1楽章リピートなし。

〇ソロモン(1953)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B01KARYDTQ/
同時期のシューマンの「謝肉祭」を併録して
いますが、音質はこのブラームスの方が
やや落ちるかも。しかし、ずっしりした和音や
着実なテンポの取り方が非常に素晴らしい、
聴きごたえのある演奏です。主情的な印象は
あまり受けないのですが、歌うべきところでは
わりとしっかり歌う。作為的ではない、自然な
コントラスト。第2楽章は見事の一言。
第1楽章リピートあり。

〇ヴィルヘルム・ケンプ(1958)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B000001GHN/
ステレオ初期の録音で、音質的には、若干
不満はありますが、ピアノ自体は美しい音で、
すごく丁寧に弾いている印象があります。
技術的にも余裕が感じられ、安心して
聴いていられる感じ。大げさな身振りもなく、
全体にマイルドな表現ですが、聴いていると、
いつの間にか惹きこまれます。第1楽章
リピートあり。

〇クリフォード・カーゾン(1962)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B008F5FWJ6/
このひとの十八番のモーツァルトの印象を
もって聴くと、予想を裏切られる演奏かも。
実はヴィルトゥオーゾ的なレパートリーも
わりと究めたひとなので、この力強さは
当然ではあるのですが。しかし細部の
美しさは、やはりこのひとらしいです。
録音に若干古さを感じなくもないのですが、
響きの多彩さもよくとらえられています。
第2楽章は繊細さの極み。気持ちの高まりに
合わせて、ピアニスト自身の鼻歌的な唸りも
少し聴こえてきたり。第1楽章リピートなし。

〇ジュリアス・カッチェン(1962−65)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B0000042GM/
正確な録音年はわかりませんでした。非常に
高い技術を駆使した、彫りの深い演奏です。
テンポ設定は遅すぎず早すぎず、曲想に
応じて適切に変化をつけています。強靭な
弾きぶりの一方で、歌うべき部分は徹底して
歌い抜いている。さすがにブラームスを
得意中の得意とした名手だけに、完成された
演奏ですが、録音時、このピアニストはまだ
30代後半でした(しかし既に晩年)。
音盤デヴュー(20代半ば)もこの曲だった
そうです。第1楽章リピートあり。

〇シューラ・チェルカスキー(1968)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B0000044XJ/
ザルツブルク音楽祭でのライヴ。モノーラル。
このピアニストに独特な恣意的な表情付けは
この演奏では希薄。意外に、折り目正しく
弾いています。とはいえ、ところどころで
「らしさ」が垣間見えますが。第1楽章の
強い気迫と第2楽章の張り詰めた静謐な
表情の対照が印象的。第5楽章での率直で
明快な弾きぶりも見事の一言。ラストは
さすがの崩し方。第1楽章リピートなし。

〇ヴィルヘルム・ケンプ(1969年)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00005R1JU/
ロンドンでのライヴ。ステレオ。前にも
触れた演奏です。冒頭から豪快な響きで、
曲自体の堅固な構成を見事に表現しています。
小賢しい仕掛けはなく、決して弾き急がず、
しかも全く弛緩がない。対位法的な構造の
表現の仕方も見事。全体にすごい集中力で、
ライヴとしては最高級の演奏と言ってよいと
思います。この演奏の時点で、ケンプは既に
70代でした(!)。第3楽章にわずかな
乱れがありますが、くさびを打つような
打鍵に圧倒されます。幽玄な第4楽章から
第5楽章への展開は、思わず息を呑みます。
第1楽章リピートなし。

〇クラウディオ・アラウ(1971)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00005FF5I/
これもまた弾き急がない、どっしりと構えた
演奏。和音、フレーズの打ち出しの呼吸と
言うか、タメが絶妙で、よくもまあここまで
完成された演奏ができるのかと、驚嘆。
ゆっくりめの演奏ですが、停滞感はなく、
自然に音楽が進んでいきます。終盤の
展開は、壮麗の一言。名手の好演です。
第1楽章リピートあり。

〇ペーター・レーゼル(1972)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B000CGXKH2/
確実な技術に裏打ちされた、辛口の演奏。
打鍵が非常にクリアで、曖昧さのない
表現です。第1楽章の強靭さに対して、
第2楽章はわりとあっさりめなのが、何とも
このひとらしいです。第3楽章は三部形式の
雰囲気の転換が明快。第4、第5楽章の
曲想も輪郭がはっきりした晦渋さのない表現。
これ、このピアニストが20代の頃の演奏
ですが、今なら、さてどういう演奏をするか、
ちょっと興味があります。第1楽章
リピートあり。

〇ラドゥ・ルプー(1981)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B000BVEKK4/
透明な音色で、じっくり弾いていく演奏。
表現のベースは弱音に置いている印象があり、
そのせいか、やや低血圧な演奏に聞こえます。
しかし和音の打ち鳴らしのキレは見事。
第3楽章のような動的な曲想も、非常に
丁寧に気を使って弾いているようで、これは
この演奏の良さであり、また限界かも。
技術的には全く不安を感じさせず、聴いて
いて安心できる演奏とは言えます。
第1楽章リピートあり。

〇ゲルハルト・オピッツ(1989)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B0009A1ALO/
力強くて、明晰な演奏。歯切れのよい音で、
細部まで丁寧に仕上げている印象があります。
このピアニスト、高音から低音まで、表現が
朦朧とすることがないのがすごい。その分、
昔のピアニストのような、後光の射している
ような「雰囲気」は乏しい。それは第2楽章
あたりで顕著な気がします。でもまあ、
これは好みの問題もあるかもしれません。
とにかく、この内容豊富な大作の細部を
じっくりと確認したい向きには、非常に
おススメの演奏と言えると思います。

〇デトレフ・クラウス(1995??)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B0000279NL/
録音年は不明。決して威圧的ではないですが、
硬質な音で、曲のかたちをしっかり作って
くる感じです。柔らかな曲想も、丁寧に、
ぼやかすことなく仕上げています。ほれぼれ
する美しさがあります。第2楽章の語り口の
絶妙さは、本当にすごい。曲想がくるくると
入れ替わる第5楽章は、表現の切り替えが
冴えています。デモーニッシュな
盛り上がりには欠けますが、技術は全体に
安定。さすがにブラームスの権威の演奏です。
録音も非常に優秀。第1楽章リピートなし。

〇アナトール・ウゴルスキ(1995)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B007Y8T908/
超スローテンポの演奏。このピアニスト
らしい演奏と言えばそうなのですが、しかし
ここまでくると、ほとんどエキセントリック
と呼んでもいいくらいかも。響きの表情、
音の強弱、音色と、非常に多彩で仕掛けの
多い表現なのですが、それが果たして功を
奏しているかは、意見が分かれそうです。
ただ、わりとメリハリもあって、ここぞと
いう場面では勢いのある弾きぶりも見せて
くれます。個人的には、第1、第2ソナタの
演奏と同路線の演奏の方が好み。第1楽章
リピートあり。

〇ジョナサン・プロウライト(2011)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00A228Y6I/
それほど身振りの大きくない、地味目の演奏。
テンポはややスロー。地味目とはいえ、
技術がしっかりしている印象で、全曲を
通じて安定感があります。音量のレンジが
ちょっと広いのがぼくとしてはやや難で、
それなりの音量で再生しないと、細部の表情
まで捉えきれない感じ。そしてこの細部が
この演奏のキモだったりするわけで。まあ、
非常に丁寧な演奏と言えます。第4楽章の
張り詰めた雰囲気は出色。第1楽章
リピートあり。

〇バリー・ダグラス(2012)
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00B5UBEH2/
第1楽章はやや慎重な運びで、第2楽章から
気楽に聴けるようになる感じがします。
決して急がないテンポで、外面的に煽る
部分は全くないのですが、不思議に明るい
響きで、華やかな印象すらある。ちょっと
毛色の珍しい、面白い演奏です。技術的には
さすがにすごく余裕があって、苦しくなる
部分は一切なし。音色も美しく、第5楽章は
神々しいくらいです。見事。第1楽章
リピートあり。

てなところで。

最近読んだまんが。
・深海紺『春とみどり』第1巻、
 フレックスコミックス
 https://www.amazon.co.jp/dp/486675057X/
 (アラサー&中学生女子同居まんが。
 柔らかいタッチの丁寧な絵柄。カバーの
 水彩っぽい感じもなんかいいです。作品は
 さわりといったところで、どう展開するか
 気になりますが、とりあえずはよし。)

・杉乃紘『ひとかみカフェ』第2巻、新書館
 https://www.amazon.co.jp/dp/4403622828/
 (山奥カフェ&神さままんが。最終巻。
 大きく事件を作って、うまくまとめた印象。
 でももうちょっと長めのストーリーで
 じっくり描いてほしかったという、
 ないものねだり。満足はしてますが。)

最近読んでる本。
・R・バーナムJr著/斉田博訳
 『星百科大辞典 改訂版』地人書館
 https://www.amazon.co.jp/dp/4805202661/

名著の全訳。1400頁近いです。古本で
ゲットするにはかなり勇気が要る本です、
ちびちび読んでいって、果たしていつ
読み終わるやら。

アマチュア向けの天体情報の宝庫で、よくも
まあこれだけ書き込んでくれたものだと、
感謝したくなります。星名の由来から、
天体の位置、スペクトル、光度、視線速度、
固有運動といった基本的な情報、そして
特異な天体はその特異性を詳しく説明して
くれています。それに、ところどころ、
天文に関する基本的な知識をちりばめて
書いてくれているところも、すごくよし。

星名は古代の種々の伝説から、中世近世の
呼び名、文学作品での言及など、かなり
網羅的という印象。ラヴクラフトにまで
言及しているのは、ちょっと徹底し過ぎやろ
という感じも。

この改訂版は、原著の古さから改訂が要望
されていたのを受けてのもので、細かな
データが一新されているという触れ込み。
ぼくにはよくわかりませんが。いちおう、
原著者と出版社の正式な許可を得て、
改訂されたとのこと。データのみならず、
たぶん訳もいろいろと見直しされている
ようです。改訂には晩年の鈴木敬信氏が
申し出て協力したそうで、80代だった
鈴木氏が実際どれだけ手を入れられたか謎。

でも、これだけ膨大な本だと、中身について
いろいろチェックを入れられるひとがかなり
限られてくるだろうとは思います。

読んでいると、文意がよくとれないと
いうか、たぶん誤訳なのではないかと思って
しまうところも、ちらちらあったりして、
原文を参照してみたくなります。単純な
理系本でもないので、翻訳はかなり
難しかったのではないかという気もします。
なので、こういう大冊の翻訳というのは、
存在するだけで非常にありがたいもの。

写真もふんだんに使われていて、本当に
眺めるだけで楽しい本なのですが、
現時点での知見から、こういう本が再び
書かれるべきではないかなと思います。
宇宙論とかではなく、天体の記述情報。
それとも、こういう本に本職の方々は
現時点で必要を認めてないのかな。

m-90_44975 at 23:53コメント(0) 
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