バッハラッハのツーリストインフォメーションに、荷物を預けて身軽になった我々は、腹ペコだと言い張るダンナはんの意見も尊重して昼食にありつくことに。

 いろいろ、私たちなりに、店の見た目や雰囲気を厳選し、妥協した上で入った店は、ドイツ料理を食べさせてくれそうな店だった。

 私たちは、ドイツ語のメニューを、日本から持参していた会話帳の「料理」ページと首っ引きで検討し、分からなければ英語ができる給仕のおばさんに尋ねつつ、それでも分からないまま、これぞという料理を注文してみた。

 私は、豚肉の足を焼いた料理を食べ、デザートにチョコレートの生クリーム添えのパフェのようなものを食べた。

 豚肉の足関係のようなので、これが「アイスバイン」という料理かしらん? と思っていたのですが、さにあらず。

 この料理は「シュバイネハクセ(豚スネ肉のロースト)」であることが判明。

 ちなみにダンナはんは、魚の煮物のような料理を食べていた。

 ところで、ドイツですので、ビールは飲まなきゃ、クゥー!
 昼間っからのビールはいけるねぇ!…なんて調子で飲んだビール。
 「KIRNER」という銘柄のビールなんですが、今のところ、ドイツで飲むビールはこのメーカーのものばかり。

 ちなみに、ダンナはんは、「KIRNER」を「KIRIN」、すなわち、キリンビールだと思っていたという。

 「だからさー、キリンビールって世界的なんだなぁって思って感心してたんだよねー」と、しみじみ語るダンナはん…。

 …まぁ、字面は似てなくもないが…。

 だったらなぜ、わざわざキリンのだと思ってたビールを、ドイツくんだりまで来て、敢えて注文していたのか、あなたは…?

 食事を済ませて、バッハラッハ散策。

 ここも石畳の道に、可愛らしい木組みの家が立ち並んでいる。
 こういう町は歩いてるだけも楽しい。
 太陽の光さえ激しすぎなければ…。
 町の土産物屋を冷やかしついでにポストカードを買ったり、ダンナはんは、町の紋章のピンバッチを買ったりする。

 そんな中で、私はある玩具屋で足を止める。
 そこには、さわり心地よさそうなふわりとした毛並みと、無垢な瞳をしたテディベアがいた。
 「かかかかかかかかかわいい〜〜!!!!!!」
 私は、これがウワサの「シュタイフベア」であることを知る。

 テディベアの耳にはテディベアの顔のデザインと「STEIFF」と流れるような筆記体
で書いてある黄色、又は白色のリボンタグが、銀色のボタンで留められている。
 これがシュタイフ社の「ボタン・イン・イヤー」。

 テディベアと呼ばれるぬいぐるみの発祥は、マルガリータ・シュタイフ女史が一族で作ったぬいぐるみその他の製造販売会社「シュタイフ社」という会社にいた、リチャード・シュタイフ氏の提案によって作られたクマのヌイグルミが最初なのだそうだ。

 ちなみに、テディというのは、アメリカの大恐慌時代の大統領である、セオドア・ルーズベルトの愛称からきているそうだが、これ以上本題からズレると手が付けられないので、この場では割愛。

 シュタイフ社の厳しい品質管理基準によって手作りで作られたぬいぐるみの耳にのみにつけられる、「ボタン・イン・イヤー」。

 20センチくらいの大きさのもので日本円にして、22,000円くらい。
 15センチくらいの大きさ(ちょっとチビすぎて物足りないかなと思える大きさ)で、ようやく8000円。

 こうして見ると、た、高いじゃないか!
 ノンブランドのテディベアに比べると、やっぱり値が張る…。

 ちなみに、またも玩具屋で電卓を取り出してユーロから日本円に換算し始めた私。
 ダンナはんに「やめろー!」と止められたが意に介さずに計算しました(笑)

 と、そこまで考えて諦めて店を出たものの、歩きながら私は、「地球の歩き方」に、この「シュタイフ社」が、今でもギーンゲン・アン・デア・ブレンツという町で工場を構えており、その本社工場に隣接して、シュタイフのアウトレットショップがあるという記述を思い出した。

 そして、アウトレットショップには規格外で、「ボタン・イン・イヤー」をつけてもらえなかったぬいぐるみ(きっとそれでもカワイイに違いない)が、さらに格安(でもきっと、それでようやく並の金額だろう)で入手できるそうなのだ!

 しかし、今回の旅程には、この町に寄る予定は、ない。

 日本で計画を立てている段階で、ダンナはんに、「アンタ、この狭い家のどこにぬいぐるみなんて置く気? あんたが実家から持ってきたぬいぐるみだって、掃除の邪魔なのに」と却下されていた。

 規格外の格安でもいい。
 私は、私は、シュタイフのテディベアを日本に連れて帰りたい…!

 「あのさ〜。ギーンゲンって…」
 歩きながら私が言いかけると、ダンナはんは、「あ? 行かないよ。そんなとこ」と、即座に眉間に皺を寄せて私に言った。
 
 …くそ。やっぱり却下か…。

 さて、シュタイフベアを諦めきれぬ心を抱えたまま、バッハラッハの城壁まで来る。

 城壁のある辺りは町外れだけあって、静かだ。
 この町の丘の中腹にあるシュターレック城(現在はユースホステル)も間近に見える。

 そこでデジカメでお互いを取り合ってから(ダンナはんを写すに当たっては、さんざんダメ出しを食らって、何度もやり直しさせられたが)、それぞれ、物思いに耽けりながら、城壁をしばし眺める。

 この城壁、見張りの為にそうなっているのか、壁の上を歩けるらしく、何人かの人々が歩いていくのを見掛けた。

 15時近くになったので、ツーリストインフォメーションへ戻り、礼を言って(「ダンケシェーン、チュス!」)、ライン川を望む港へ戻る。

 バッハラッハを出航する。

 ザンクト・ゴアールスハウゼンへ向かう途中にある、カウプという町の景観が素晴らしい。

 ダンナはんがトイレに行っている隙に、彼が電車を撮影する為にのみ、初任給で購入したという、いわく付きの一眼レフを無断で拝借。

 ライン川の船上から臨むカウプの町を激写。
 
 ザンクト・ゴアールスハウゼンに到着したのが、16時を回った頃。
 バッハラッハのように、ツーリストインフォメーションで荷物を預かってもらおうと思ったが、16時で閉まってしまったらしい。

 荷物も預けられず、途方に暮れた我々は、ともかく座りたくて、手近な港近くのカフェに入る。

 コーヒーとアップルケーキとチーズケーキを食べる。
 ドイツの甘いケーキは、日本で考える甘さよりも、だいたい1.5倍以上は甘いことを想定して頼んだ方がよいという話を思い出したので、私は主としてチーズケーキを食べることにした。

 アップルケーキ担当のダンナはんは、「あっま〜」と、やや閉口していた。
 実は、どちらかといえば甘党のダンナはんにしてコレだ。
 私の選択は間違っていなかったらしい。

 ところで、カフェに入ったのは、もう1つ理由がある。

 汚い話で恐縮ですが、旅先の便通に悩む婦女子の方々に賛同いただけるかと思いますが、ここにきてようやく、その予兆を得たからなのです。

 お陰様で、無事に用を足せたものの、トイレの入り口横にあった、任意制のお皿チップ制でありながら、「30セントのチップをお願いします」というような内容の書いてあった皿を素通りしてきてしまった。

 ちょっと心が痛んだので、給仕の小父さんに2ユーロ、チップを弾む。
 ちなみに、ケーキとコーヒーは合わせて10ユーロ。

 ザンクト・ゴアールスハウゼンに立ち寄ることにしたのは「ローレライ博物館」という施設があるからだったのだが、この荷物を背負ってまでして行くほどの興味はない、と、意見の一致を見たので、フェリーボートで対岸のザンクト・ゴアールという町へ渡ることにする。

 ザンクト・ゴアール。
 我々にとっては、まさに通過点の町でしかなかった。
 とりあえず、港近辺の写真だけ取って、駅へ直行。
 町の建物そのものからして、とても感じの良い町だったけれど、我々も本日の宿を確保する必要がある。
 翌日からの予定を考慮すると、やはりコブレンツで宿を取らねばならない。
 なので、惜しみつつ、コブレンツへ向かう電車に乗る。

 ザンクト・ゴアールからコブレンツへ向かう電車は、一応、一等車もあり、完全な個室(6人掛け)。

 しかし、今までの電車に比べると、連結された車両も短く、ローカル電車の風情。

 ダンナはんは、この列車について、「『ハリー・ポッター』みたいだね」と、珍しく気の利いた喩えをした。

 映画『ハリー・ポッターと賢者の石』で、ホグワーツ魔法学校へ向かう、あの列車のようだと。(未見の方には分かりづらいですよね…。申し訳ない)

 コブレンツ駅に到着。
 さっそくツーリストインフォメーションへ。

 コブレンツは、ちょっとした都会という感じ。

 なぜなら、ビルが立ち並んでいる。
 都会(?)だけあって、ここのツーリストインフォメーションは20時までやっているとのこと。

 早速、宿を紹介してもらう。
 駅からなるべく近いところ、そして、トイレとシャワーの使えるツインルームで、だいたい50ユーロから70ユーロくらいの宿があるところ、という条件を伝えると、「Hotel GARNI Reinhard」という宿を紹介してくれた。

 感じの良い女主人が取り仕切っているビジネスホテル、という感じで、昨日のリューデスハイムの宿よりはシャワールームも広いので決定。

 昨晩、乾き切らなかった洗濯物を部屋に干して、荷物の整理をしていると、外は雨が降り出した。
 しかし、30分くらいで止んだところを見ると、夕立だったようだ。

 夕立が上がった頃を見計らって、コブレンツ散策へ。
 土曜日のせいか、立ち並ぶビルからは、人もあまり出入りしていない。

 閑静。

 この辺りはコブレンツの新市街らしく、平日はビジネス街としての賑わいがあるのだろう。

 途中、「選帝侯の城」を外から眺めてから(どうも中は入れないらしいので断念)、ライン川と、モーゼル川という川が合流している「ドイチェス・エック(ドイツ語で「ドイツの角」という意味らしい)」で一休み。

 ここは、ちょっとした憩いの広場と化していて、親子連れも恋人同士も思い思いに時を過ごしている。

 そこには、何を記念したものなのか、巨大な騎馬像が建てられていた。

 あとで「地球の歩き方」を読んだところ、この騎馬像は、ドイツ帝国皇帝ヴィルヘルムの騎馬像だそうだ。

 第二次世界大戦の終戦時に、アメリカ軍が要塞と間違えて爆破したというのだから、やはり只事ではない大きさの騎馬像だと感心。

 現在の騎馬像は、ドイツ再統一と平和のモニュメントなのだそうだ。

 ちなみに、ドイチェス・エックは、1897年に、中世時代の市壁を取り壊して、父なるラインとモーゼル川の合流地点を埋め立ててできた土地なのだとか。
 人工の土地、だったんだね。

 食事をする場所を求めて、旧市街をさ迷っていると、急にまた雨が降り出す。

 かなり濡れねずみと化したところで、軽食の店に飛び込む。

 カレー風味のウインナーソーセージ(今考えると、これがドイツの軽食屋名物のカレー・ヴルスト、だったんだな〜!)のケチャップかけとフライドポテト、そして、ピルスナー・ビールを食す。

 雨が小降りになった頃を見計らって、店を出た。

 旧市街は、土曜の夜のせいか賑やかだなぁと思っていたが、どうやら、何かのお祭りらしい。
 子供がメイクを施していた。

 宿に戻って、シャワーを浴びる。
 バスルームから出てくると、またしてもダンナはんは、寝ている。

 その間に、友人たちへの絵葉書を書く。
 しかし、何を書いたらいいのか?
 そもそも絵葉書をノーテンキに出したって、迷惑なんじゃ…?

 と、思いつつも、ダンナはんと共筆(?)しない分の友人の絵葉書を書き終える。

 とはいえ、8日の月曜にならないと、ドイチェス・ポストは営業してないので、出せないのだけど。

 ダンナはん、急にムクリと起き上がり、私が旅の合間に書いてたメモを基に、自分の鉄道メモを整理し始めた。

 ダンナはんの鉄道メモは、無印良品のミニバインダー式のノートだ。
 恥ずかしがって滅多なことでは決して見せてもらえない、禁断のメモ。
 どうやら乗車した列車の車両番号を記入しているらしい。

 この人、マメだよな。実際。

 何だかんだ言って、ドイツ滞在にも徐々に慣れてきたのかもなぁ…なんて思いながら、就寝…。

第4日目その1につづく)