RBの車内でも個室の一等車に乗車。
 あまりに疲れ果てている私を見かねたのか、ダンナはんが足をマッサージしてくれる。
 毎晩竹踏みをしているだけあって、ダンナはんは、足のツボというか、どの辺りを揉めば気持ちいいかを分かっている。
 少しだけ楽になる。ありがたや……。
 
 シュタインナッハ駅で乗り換えてローテンブルク行きに乗る。
 このローテンブルク行きは完全なローカル線。
 今まで必ずあった一等車がなく、二等車しかない。
 とはいえ、個室や完全リクライニングシートなんかがないだけで、基本的には、ちょっとお粗末(それとも標準?)な一等車の座席と変わらない。
シュタインナッハで乗り換えてから、足を揉んでもらったにもかかわらず、それでも疲れが残っていて熟睡。
 本日の宿を探す町・ローテンブルクは終点の町だ。
 ローテンブルク付近で目覚めると、麦畑が広がっていた。
 のどかだ。

 さて、終点のローテンブルク駅から、レーダー門(ローテンブルクの旧市街の入口、といったところ)まで、結構歩いた。

 熟睡してても、しつこく残る疲れ。
 未だに強い日差しのせいでバテ気味。
 ダンナはんは、私に構わず、ズンズンと歩いていく。
 私は、ダンナはんの背中を遠くに見ながら、ヨロヨロと歩く。
 体力を消耗しきっていたので、周囲の景色など見る余裕はなかった。
 レーダー門をようやくくぐって、旧市街(ここが、ローテンブルク観光の目玉)に入る。

 入って間もないところに「Zimmer Frei」と出ていた宿にそのまま入って、部屋の交渉。
 気の良さそうな老夫婦がやっているレストラン兼宿屋だった。

 「Gasthof zur sonne」という宿。

 Gasthof(ガストホーフ)、ということは、「ゲストハウス」。
 で、sonne(ゾンネ)は、「太陽」。

 つまり、「お日様の宿」ってことだ。

 そういえば、明日のフュッセンという町の宿も「Sonne(ゾンネ)」という名前だったような…。

 やはり、「お日様の宿」っていうのは、悪くないなぁ。

 ところで、ここで試練が。

 今までの宿の主に比べて、ここの老夫婦は英語があまり得意でないらしかった。
 奥さんの方が、辛うじてカタコトの英語ができるらしいが(…なんて、私の語学力でエラソーに言えた義理ではないのだが)、やはり基本的にはドイツ語でないと、うまく意思疎通ができない。

 ドイツ語会話帳、大活躍である。
 結果、70ユーロと、今までの宿よりも少々割高だったか、疲れていたし、部屋の雰囲気やシャワールームにも問題もなかったので決定。

 シャワーを軽く浴びる。
 シャワーを浴びると、今までの疲れまでも落としてしまって、疲れきってたはずの気分も変わる。
 シャワーって不思議だなぁ。
 それだけに、シャワースペースって、宿を決める上において重要なのかも知れない。

 そこで、ローテンブルク散策に出かける。
 まず、「バウマイスターハウス」というカフェに入る。
 晩御飯を期待して入ったけれど、ここは飽くまでカフェだった。
 ので、ケーキとカプチーノを注文する。
 もともと、ローテンブルクは日本人観光客の多い町だが、ここもほとんど日本人客ばかり。
 まぁ、同志は同志なんで、エラソーなことは言えませんが。

 その後、ローテンブルクの城壁に上って、散策。

 ここは、前日訪れたバッハラッハの城壁のように、見張りや、いざ戦闘になった時に弓(または鉄砲)で外敵を攻撃する為か、城壁の中を歩くことができる。

 このローテンブルクは、その昔、「自由都市」と言って、王侯貴族や司教などの領主によって治められたのではなく、あくまで商人らが中心になって自治していた町なのだそうだ。

 その自治の為の守りを堅固にするために城壁を築いたのだとか。
 現在でも、一定時刻になったら、城門は閉鎖されてしまうらしいです(あ。で現在でも閉鎖されるかどうかは、ちょっとアヤフヤな知識です。ゴメンなさい)。

 城壁内部に昇る階段は急だけれど、中は意外にも歩きやすい。

 城壁を一周しようかと思ったけれど、21時にマルクト(市場)広場の仕掛け時計が動くということだったので、途中で諦めて、マルクト広場へと急ぐ。

 マルクト広場の仕掛け時計の前には、既にツアーガイドに引き連れられた日本人観光客をはじめとして、町に滞在している観光客のほとんどが集まってきているような感じで、今か今かと仕掛け時計が動くのを待っている。

 昔々。
 自由都市だったローテンブルクに、危機が訪れました。
 1631年、ドイツの三十年戦争の頃のこと。

 ローテンブルクを占領したティリー将軍率いる皇帝軍が、ローテンブルクを治めていた市参事会の会員たちの首を刎ねることを宣言しました。

 たまたま、将軍がローテンブルク市のワインを、大ジョッキで勧められた時、「この大ジョッキを一気に飲み干す者があらば、斬首はやめよう」と戯れに言い出しました。

 その大ジョッキでワインを飲み干すだけでも大変なのに、それを一気に飲み干すことなど、どんな大酒呑みであろうとも、到底無理だと皆が思いました。

 そこへ「ワシが飲み干してみせよう」と、名乗り出た者がおりました。

 名乗り出たのは、1人の老人。
 ローテンブルク市長のヌッシュでした。

 ヌッシュ市長は、若い頃から大酒呑みとして町で鳴らしておりましたが、今や老体。
 大ジョッキのワインを飲み干すなど無謀に思えました。

 市民の心配をよそに、それを面白がったティリー将軍は、

 「これはこれはヌッシュ市長。よろしい。では、さっそく飲み干していただこうではないか」

 と、彼に大ジョッキのワインを渡しました。

 さて、老市長・ヌッシュは神妙に大ジョッキを受け取り、ティリー将軍を、見据えて言いました。

 「ティリー将軍、ワシが一気に飲み干したら、確かに市参事会の会員の斬首は取り止めとのお約束、果たしてくれましょうな?」

 「無論だ。ただし、一気に飲み干せればの話だがね。市長」

 余裕の笑みを浮かべて、了承するティリー将軍。

 「よろしい。では」

 そう言って、ヌッシュ市長は、大ジョッキの中のワインに一瞥すると、大ジョッキを傾けて、ワインを飲み始めました。

 何しろ、桁違いに大きなジョッキです。
 その中のワインを飲み干すには、一気といえど、時間がかかります。

 固唾を呑んで見守る市民たち。

 それを愉快そうに見物するティリー将軍。

 ヌッシュ市長は、ただただ、ワインを飲み続ける。

 やがて、しばしの時が流れ、ティリー将軍の笑みは消えてきました。

 普通のジョッキを一気飲みするにも、息苦しくて一気飲みできないこともあるのに、あの大ジョッキです。

 あの大ジョッキを、一気飲みするなんて、まず息が続かず降参すると思っていたのに、まだヌッシュ市長は飲み続けているではありませんか。

 ヌッシュ市長の顔はすっかり紅潮しておりましたが、それでも飲み続けます。

 しばらくして、ヌッシュ市長が、ようやくジョッキから口を離した途端、バタリと倒れてしまいました。
 市長を心配した孫娘が駆け寄っていきました。

 そして、将軍の部下が、大ジョッキを確認しました。

 「閣下! 大ジョッキの中身は空です!」

 かくして、ティリー将軍は市長の度量と、その離れ業に感服し、約束どおり斬首を中止したそうです。

 英雄・ヌッシュ市長は、その後3日間眠り続けて、目を覚ましたということです。

 …とまぁ、そんな伝説を元にした仕掛け時計がある訳です。
 この仕掛け時計のある建物は市議宴会館というそうで、その1階にローテンブルクのツーリストインフォメーションがあります。

 ところで、この伝説を前もって知っておいても尚(いや、なまじ知っていたからか?)、この仕掛け時計には、あっけなさを感じてしまうかも知れません。

 ティリー将軍らしき人形とヌッシュ市長らしき人形が窓から現れて、ヌッシュ市長が一気飲みをする。
 ティリー将軍の動きはない。
 市長が飲み干してしまうと、途端に窓が閉まって、ジ・エンド。

 「え? もう終わり?」
 私もそう思ったし、きっと、その場に居合わせた人々は、皆そう思ったのではないだろうか?

 終わった後も、「まだ続き、あるよね?」という風情で、しばらく皆立ち去ろうとしなかった。

 5分くらいして、ようやく、「アレで終わりだったのね」という肩透かし気分を持て余しながら、マルクト広場に集まった人々は三々五々と散って行った。

 「…行きますか?」
 と、気の抜けたように促すダンナはんの言葉に、私はただコクリと頷いた。

 ちなみに、この市議宴会館の隣にある市庁舎は、現在修理中でした。

 気分を変えて、本日の晩御飯。

 今回は(主に、ダンナはんが)ドイツ料理に食傷気味になってきたので、イタリアンを食べることに。

 トマトとツナのスパゲティー、ニョッキのキノコソース。
 しかし、ニョッキの味は今ひとつ…。

 スパゲティーは、レッカァ!(おいしい!)だった。

 アルコールは気に入ったものがなく(贅沢な話だが、ビールにも飽きてました…。ダンナはんは飲んでたけど)、私はアップルジューズにしました。

 その他に牛フィレステーキも食べた。
 が、付け合せに大量のフライドポテトが…。
 どうも我々はジャガイモからは逃れられないらしい…。

 宿に戻ると、ダンナはんは、早々と寝息。

 もういつものことなので、私は、義理だけで「シャワー、浴びときなよ」と声を掛けるだけ掛けたが、「いいよ、いいよ。アンタ先に入りな」と、また寝入ってしまったので、シャワーを浴びさせてもらう。

 その後、荷物整理。

 明日は、フュッセンという町まで6時間のバス旅が控えている。
 靴はやめて、締め付けの少ないスポーツサンダルを履くことに決める。
 そして、これまでの行程ではコンタクトレンズを使っていたが、バスの中で、どれだけ居眠りしてもいいように、眼鏡を掛けることにする。

 その為、荷物の入れ替えなどをする。
 嗚呼。明朝には洗濯物が乾きますように…。

 それにしても、ここまでの4日間だけでも、すごく濃密で今朝の出来事すら一週間も前みたいに遠く感じるのは何故だろう…なんてことを考えながら、就寝…。

第5日目その1に続く)