仮面タイガーのblog

名古屋のプロレス団体所属、仮面タイガーのブログです。 日常的な出来事やプロレス関係について書いていきます。よろしくお願いします。

2012年06月

プロレス日記~練習4~

合同練習に参加する様になって、三ヶ月程経った頃にプロレスの基本技を教わる様になりました。

基本技とは?プロレスを成立させる為の基本的な技の事であり、もっと簡単に言うと『プロレスのレスリング』をするための技の事です。

入団当初、私は『アマチュアレスリングの延長線上に有るものがプロレス』と思っていました。(プロレス創世期の歴史を紐とくと、あながち間違いでは無いのですが、現在のプロレスにおいてはアマレスとは全く別物の様相があります。)

アマチュアレスリングのフリースタイルの要素も含みますが、更に攻める場所が多様化したのがプロレスのレスリング。

例えば、腕をピンポイントで攻める技。また、足だけをピンポイントで攻める技等のアマレスには無い『特定の部位だけを攻める技』が存在します。

相手の負傷箇所や弱点を狙うのがプロレスの定石(セオリー)であり、当然技は知らないといけない事です。

アームロック、リストロック、ヘッドロック、レッグロック、更に首投げ、アームホィップ等々・・まだまだ沢山有ります。

旨いレスラーは大技を多用するのでなく、基本技だけで試合を組み立てる事が出来ると言われます。

これは脇海道も常日頃から『なるべく大技を出さずに基本技だけで試合をする様にすると良い。』と
ミーティング等でよく話をしていました。

そのスタイルは私の理想でもあったので、妙に納得した覚えがあります。

基本技の練習を開始し始めたのですが・・・・・続く


プロレス日記~代表~

現在も東海プロレス代表である脇海道弘一。

いまでは年齢を重ねた為にそれほどでも無いですが、私が入団した当時はまだ脇海道は20代前半であり、血気盛んな感じがして、なおかつ、既に代表者の立場だったせいなのか?年齢に比べるとやたら落ち着いていた印象がありました。

何より『JWA東海プロレスを大きくし、アマチュアプロレス団体ではなく、本当のプロレス団体として確立させよう!』と言う気持ちがありありと表れていました。

ただし、ポーカーフェースだった為、所属選手や練習生等には、その熱意が伝わり難かったのが玉にキズな点でした。

また、小学生時代の頃から、プロレスラー消しゴム人形を使い、各シリーズを設定し、参戦選手やシリーズ内の組立等、プロモーターじみた事を行っていたそうです。(これもかなり経って、本人から聞きました。)

ただ、
名古屋は昔から財布の紐が固く、ショービジネス不毛の地とされていました。

そんな名古屋と言う土地でプロレス団体を立ち上げると言うと、余程の覚悟や気持ちが無ければ出来ない事です。

これも、後に聞いた事ですが、彼の人生設計の中に『結婚し家庭を持つこと』と供に『プロレス団体を立ち上げる事』も組み込まれていたとの事です。

そこは脇海道の人並み外れた所。

現在も代表として携わり続けているのは脱帽です。

性格は猪木信者で有りながら、かなり保守的で安定指向である馬場的な性格をしています。

5年前から団体活性化の為、過去のファイトスタイル(ストロングスタイル)を完全に捨て、新たなスタイル(分かりやすく言うと晩年のラッシャー木村選手の様なスタイルです。)で現役復帰を果たし現在もリングに上がり続けています。

続く・・・・・・

プロレス日記~練習3~

受け身はプロレスの基本中の基本!これが出来なくては始まらない程の重要要素。

プロレスは他の格闘技と違い基本的に『防御』がありません。相手の攻撃は原則『受ける』ことであり、その為受けの技術の重要性を大切にしていて『いかにして相手の技を綺麗に受けきるか?』『客を盛り上げる受け方とは?』等の『受けの美学』がある程です。

かと言って、攻撃は重要では無いか?そんな事はありません。しかし、プロレスにおいて攻めさせる為には受ける技術が伴わないと出来ない事です。

今でも私はそう考えています。

名プロレスラー、ハーリー・レイス然り。リック・フレアー然り。いずれも『バンプ(受け身)の達人』と言われる存在です。

入団後、苦労したのが『受け身』。全く格闘技経験がない私は要領が分からない。

先輩からは『アゴを引いて、背中全体と両腕を広げて倒れろ』とアドバイスされましたが、まず日常生活において『後ろに倒れる事が無い』ので感覚を掴むのにかなり大変でした。

受け身にもバリエーションがあります。私は東海プロレス入団時に教えて貰ったのが『前回り受け身』『前受け身』『後ろ受け身』『前宙受け身』でした。

上記四種類は今でも練習で必ず行います。
蛇足ですが、雪山へスノーボードを滑りに行った時、転倒した際に自然に受け身が取れ、ダメージを抑えることが出来る様になった事は大きなメリットでした。

だが、受け身はまだ序の口!それ以降の練習は・・・・・・続く

プロレス日記~同期1~

平成7年9月に20代半ばで入団しました。

ほぼ同じ時に入団したのが、岐阜市から通っていた私より三歳ほど年下の水野裕二(本業は青果市場、現在も働いているそうです。)がいました。毎週、スポーツセンターの柔道場で同じ様に供に練習に参加していました。
水野は身体がとても柔らかく、ローリングやバックローリングも比較的早くこなせる様になるだけでは無く、ムーンサルトもこなせる様になって来ました。

当時の選手会長だった長谷川が、その身体能力の高さを気に入り、水野を集中的に稽古をつけたりしていた事もありました。

しかし、水野は本業が青果市場と言うこともあり、勤務も時期によって繁忙期が長い時も有るため次第に練習へも来れなくなってきました。

かなり後で聞いた話では、水野自身が代表に対して、入団当初は選手としてのデビューを目指していたが、仕事の都合がある為デビューを断念しレフェリーへ転向希望を出したとの事を聞きました。

以来、毎月の公式戦には参加するものの、レフェリーの練習を受ける様になり、入団から半年ほど経った後にレフェリーデビューを果たしました。

『リングデビュー』と言う点では先を越されましたね。

その後しばらくはレフェリーとして参加していましたが、やがて本業が多忙となり公式戦にも参加する回数が減り、退団する事になりました。

同期らしい同期だった為、居なくなると寂しかったでしたね。
私が選手会長に就任した頃に、脇海道宛てに水野から手紙が届きました。

内容は『皆さんお元気ですか』と言う内容から『岡田さんが選手会長になった事について驚いた事』等が書いてあったそうです。

その話を聞いて嬉しかったでしたね。今でも元気にやっているそうです。・・・・・・・続く


トレーニングを始めたきっかけ

筋トレを始めたのは20歳です。

その時はレスラーになることなんて微塵も無く、自分の身体が小さく細い事にコンプレックスを持っていたため始めました。

当然、ノウハウなんて無く、部活の時にやっていた『腕立て伏せ』を思い出しやっていた程度です。

その時に使っていたプッシュアップバーがこれ。




Amazonにあるとは驚きです。自室でトレーニングする時に今でも使っています。



プロフィール

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