April 18, 2017

アルゼンチン・バスケットボール Vol.3 <世界での戦い方>

ロンドン五輪:アルゼンチン代表対米国代表
(クリックすると試合が観れる)

ある方のご紹介でこちらを鑑賞。アルゼンチン対アメリカ戦!アルゼンチンのバスケットボールがどうやってタレント集団と戦うか、、、。
         
やはり代表の試合ともなると面白い。

前回の国内リーグだと、正直おじさんのクラブチームバスケに近く、運動能力が低いからではなく、レイジーにサボった体の使い方で、あのままでは身体能力の高いチームを相手にはできない。

ところがさすが、代表は違う。

まず、ジノビリ氏は、別次元。フットワーク、パス、イマジネーションの魔術師。下半身と上半身がバラバラに使えるから、そこまでの身体能力でなくてもあれができてしまう、、、実はこれこそ、すごい能力。もちろん、スコラも素晴らしいスキルを持っている。

某コーチの言った通り、このコーチはフレックスを基盤にしているのだろうか。ただ、自分が知っているようなオーソドックスなものではない。タイミング、スクリーンの使い方、走り方、角度、ディフェンスの読みを逆に読んだ判断力と反応・対応力。。。全てジノビリ氏のことだが。

私の知識不足からの見方:
→フレックスと言うよりは、これは我々だと「ローバー」と呼ぶプレーに似ており、それはトップを2ガードでパサーにして、下は1人シューターをラナー(走る人)として両ローポストに立つスクリナーをベースラインカットしながら使う動き。これはその変形で、トップを1ガートにして、その代わりにラナー(走る人、得点係)を二人にする。その際、どちらかがプライオリティー(優先権)を持っており(この場合、ジノビリ)、それぞれのラナーが両サイドでローポストのスクリーンを同時に使って(正しくは同時でなない)ノーマークになるために動くが、ディフェンスを読みながら巧みに方向転換する。そして、この場合、ジノビリのファースト・アクションを考慮して、もう一人が判断して自分の動きを決めるシーンが多かったように思うが、、、さて?

あるコーチからの答え:
→トレーラーヒットからフラッピーぽい動き(ワイドピンダウン後)。この流行の動きの前後にコンティニュイティー加えてるアルゼンチン得意のパターン。

そう言われて見てみると、NBAでもスパーズなどが多様。

やはり、能力の高い選手は必要。アルゼンチンでもそう言った選手たちが偶発的に揃った年代であったことは間違いない。



「能力のあるなしに関わらずスターター全体に言えるスキルは以下のもの」:

例えばドライブのフィニッシュにしても、抜いた後も、必ず身体能力の高いディフェンスが追いついてきてブロックショットに来ることを想定して、わざわざリバースショットに持ち込んだり、体をひねって逆の手でショットしたりと、とりあえずブロックショットに来るだろう時点よりももう一歩先までステップを伸ばしてかわすスキルの多用。

ペリメターのドライブやインサイドのビッグマンからのキックアウト後の処理にしても、良いディフェンスのお手本のようなローテーションをあらかじめ想定した上で、エクストラのパス回しが必ずある。言い換えると、その隣の隣の選手が2つ3つパス後でオープンになることを想定して、スポットで待っている、または動いている。だから、キックの一発目を受ける選手の選択は必ずしも100%ショットではない。もっと完璧にディフェンスをずらせるまで、もう1つと言わず、必要あらばもう2つも3つもパスを送る、、、よってその先の選手までもがオープンになることを予測して動いて(構えて)いる。

(ここが重要!)→これは、昨日の「アルゼンチン・男子バスケットボールの育成・強化システム」の論文で出てきた『空間予知能力』の言葉の中にも当てはまる考え方だと思う。英語ではよく「スペーシング」とか「コート・バランス」という言葉を使うが、それに「時間を掛け合わせたもの」で、一時的・瞬間的・一側面のスペーシングだけではなく、時間の流れとともに1つ、2つ、3つ先の『空間を予知』する能力という意味で、この言葉が使われたのではないだろうか。(あくまで予想。)

これは、実はディフェンスのシーンにも時折垣間見れた。アメリカの選手が1つ先に飛ばすスキップ・パスをアルゼンチンの選手がスティールする場面が何度かあったが、これもディフェンスとして、オフェンスの動きを空間と時間をかけながら『予測・予知』する能力を使う習慣の結果であると言えるのではないだろうか。

よくこう言ったプレーを一般には、「経験」とか「バスケットIQ」などという言葉で表現しているのではないだろうか。実はそれを、より具体的に身体能力で何か?と表現するならば、それは『時・空間予知能力』とした方が、正確なのかもしれない。


さて、ディフェンスにおいてはもちろんゾーンから入った。そこでも、「予測」がたくさん使われた。ただ、目の前に動きに全て「反応」してしまう身体能力任せ、本能任せのディフェンスではなく、「動かないこともディフェンス」と言えるシーンがあった。これも『予測』の元でのことである。特に、ハイポスト(エルボー)やミドルあたりに縦に破られた時の下からのヘルプは当然ながらそう簡単には単純反応しない、など。。。

あるコーチの答え:
→「スタント」例えば、出るるふりをして出ないなどの「演技プレー」。これも経験だけからではなく、むしろルールに沿って鍛錬した結果だろう、とのこと。


ただ、当たり前のことであるが、こう言った能力・タレント集団を心地良くプレーさせては元も子もない。まず、ランニングプレーをさせては終わりだ。ファーストブレイク始め、早い展開で試合が流れ出すと、彼らは心地良くプレーし、より個人能力を発揮させてしまう。

身体能力でいうと、垂直への動き(ジャンプ力)と縦への瞬時の動き(走力)にはある程度「相関」があると言われている。それはどちらも「瞬発力」を生かし作り出される動作であり、その運動方向が垂直方向か、平面方向への移動かの違いだけだからである。

そういった意味からも、彼ら(能力集団)を自由に「走」らせたり、「跳」ばさせてはいけない。点差が開いた場面は、そういったことによるミスが起こった時であったのではないだろうか。

そして、たまに起こる「ワイドオープン」ショット。これを打たせてはいけない。基本的に、一対一を気持ち良く行わさせてはいけないわけで、ノンプレッシャーのイージーショットを外す10億円プレーヤーは存在しない、のだから。。。

そういった意味では、オフェンスも、ディフェンスも日本はアルゼンチンのように「ズル賢く」プレーできなければならない。顔だけでは年齢は判断できないが、彼ら(アルゼンチン代表)のスターターは決して若くなかった。それに比べて、セカンド・ユニットなどベンチにいるプレーヤーはかなり若い。これも「経験値」を生かした、それが必要なバスケットボールをしているという証ではないだろうか。

ここではアメリカチームの称賛は控える。その能力があれば、どんなバスケットボールを展開してもある程度勝てる。

そういった意味では、結果的には30点差近くの差が開いてしまったこの試合も、試合巧者としてはアルゼンチンはなかなかのものであったと思う。

ただ、ではこのバスケットボールが今の日本の選手、タレントにフィットするのか、、、それは、まだわからない。

大切なことは、どこを目指すか、である。いきなり金メダルを目指すと言いだすようでは、何も見えてないことになる。目標設定とは、「タレントレベル」と「バスケットボールスタイル」と「時間」の掛け算から弾き出せる、「最大限の見積り」。これを最大限に伸ばすためには、これからの合宿などで、コーチだけでなく、「選手の伸びしろ」がとても大きな要素であることは間違いない。

的確な目標を立てて、それに必要なことを時間と闘いながら行う。これしか、、、ない。

m_doginca0505 at 21:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング | Game / 試合

April 16, 2017

アルゼンチン・バスケットボール Vol2.<国内リーグ戦より>



これがどれだけ重要な試合かはわらないが、正直アメリカのアメリカのバスケットボールしか普段見ていない自分には、エンターテイメントとしてはつまらない。幾つか、感想を。
        ーーーーーーーーー
確かに皆パスが上手。多用する。し過ぎにも見える。

両チームともに、ガードとビッグマンの2メンゲームが多い。

ガードは外からも打つし、ドライブもする。ドライブは、スピードやパワーではなく、隙を見てというスキルと、常にディッシュ、キックがオプションに入っており、100%のスピードで絶対ドライブだけでスコアするつもりではない。

ウィングの選手のドライブは少なく、ほとんどがワイドなショット。それが見ていて物足りなさを感じさせる理由の1つだが、両ウィングが常にワイドに構えているからこそ、ペイント内はワイドオープンで、あれだけスローな動きでも近くにヘルプがいないのだろう。

ビッグマンもゴールを背にして押し込みながら、いつでもヘルプが来れば遠くにいる外にキックしたり、バックドアで走りこんできたガードにパスできるというオプションが頭にある。
見てわかるように、ディフェンスのブロックショットも少なければ、オフェンスの豪快なダンクもほとんどない。

アメリカに来て高校の試合を見てはじめに感じたことは「ブロックショットもプレーだ」ということ。そしてその激しい空中戦があるからこそ、またもっとオフェンス能力も伸びる、ということ。要するに、「目には目、、、」のアメリカだから、力で来れば「それ以上の力で返す」のがアメリカ流。アメリカはその気質でアメリカ流のバスケットボール、「パワーバスケットボール」のレベルを上げてきたのだろう。

ただ、今回のアルゼンチンバスケットボールを日本のバスケットボールに取り入れる目的は、世界で勝つ為。身体能力がアメリカほど高くない民族で、かつ平均身長が高くない民族が世界で勝つ為。だから、力、高さ、スピードと真っ向から一対一を望んでくるアメリカの迫力あるバスケットと差異があっても問題ないわけで、むしろそこで勝負しようとはしていない、そこで勝負しようという考えではないわけで、、、。

ただ、ではこのスタイルのバスケットボールがアメリカを始めとする自分たちより身体能力の高いバスケットボールのチームに対してどのように機能するのかは、正直このアルゼンチン国内リーグのゲームからだけではわからない。

実際にアルゼンチンが世界で戦った映像をもっと見る必要がある。(次にアップしたロンドン五輪でのアルゼンチン代表対米国代表を見られたし。)

予想できることは、確かに1対1を真っ向勝負で行ってこない彼ら(アルゼンチン)のバスケットボールは、普段から真っ向勝負のバスケットばかり行い、そう言った相手をディフェンスしてきた(アメリカの)選手にとっては、非常に守り難いのかもしれない。焦点が絞りにくく、抑えようとしたら、「ヒョイとパスを回す」わけだから、「のれんに腕押し」というか、「スカされた感じ」がするのではないだろうか。

では、ディフェンスとしては、どうやって身体能力で自チームより勝るチームを守っているのか?それはもっと映像を見て調べてみないとこれだけではわからない。

少しずつ、皆がこのコンセプトを理解していく必要がある。

昨日までの調査で、アルゼンチンのクラブシステム、ユース世代の育成システムの素晴らしさはわかった。元はと言えば、彼らもスペインを始めとするヨーロッパから学んだところもあるだろうが、それは日本が極端に遅れている部分。その『システム』は学ぶところが多い。ただ、『スタイル』は理屈ではフィットしそうだが、まだこの目で確信を持てるものが見えない。。。

ちなみに、青と赤のストライプのチームが、今回我らが日本代表の新監督ラマス氏がコーチしているチーム。コートサイドでのスーツ姿が見られる。

m_doginca0505 at 09:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング | Game / 試合

April 15, 2017

アルゼンチン・バスケットボール Vol.1<育成・強化システム>

先日、待ちに待った我らが男子バスケットボール全日本代表監督がフリオ・ラマス氏に決まった!過去にロンドン五輪(2012年)にアルゼンチン代表を4位に導いたコーチ。さて、2020年の東京五輪に向けて、、、拍車がかかる!

少し調べてみた。

平均身長が日本と変わりなく、40年以上オリンピックからと遠ざかったという日本と同じ経験を持つアルゼンチンのバスケットボールが、世界ラインキング3位まで急成長。その裏に隠されたその急成長の秘密を現地で探ったある優秀な研究論文を基に、幾つか私なりに大変興味を持った点をここにまとめみる。

ーーーーーーーーーーー

ユース世代の育成システムの重要性。
→各チップチームの下に、年齢別にカテゴライズされたチームが同じようにどのチームにも存在する統一システム。

ユースからトップまで一貫したコーチング・フィロソフィー。
→その各年代チームにそれぞれコーチがつき、それを基本的に同じスタイル、システム、哲学でコーチが教える。

若いコーチを育てるという考え方。
→ユース世代を若いコーチが教え、若いコーチは経験あるコーチに質問し学ぶ。

*審判とコーチの相互の意見交換。
→コーチの講習会では審判の目線から審判がアドバイス、審判の講習会ではコーチの目線からコーチたちからのアドバイスを受けることにより、共通認識の構築を目指している。(これは素晴らしい!)

審判のレベルを保ち、グローバルレベルへと向上させるためのプログラムが年に2度ほど開催されている。

フィジカルコンタクトの重要性を踏まえた審判の考え方。
→***笛を鳴らさないのもジャッジだという考え方***(グローバルレベルを目指す上で、これなしには進化できないと言っても過言でないほど、大事!)

フィジカルコンタクトを重要視したコーチング。
→日常練習からの意識改革。

*世界との「フィジカル」の差を埋めるために、15歳と言う早期からのフィジカルトレーニングの導入。→専門家の意見が欲しい。

*『空間認知能力』をユース世代からすでに重視した指導方針。

*世界との「身長」さを考慮した『長身者』ユースを集めたエリートプログラムの考え方。

トップ、プロチームに3人の19歳を入れることで若手を育てるという考え方。

海外選手も3人立てるという考えによるレベルアップ。

→*そのことで特に19歳という若さで、海外レベルと普段から練習、競争できる機会を作るという考え方。


ーーーーーーーーーーー


、、、など、アルゼンチンでは他にもあらゆる素晴らしいシステム、考え方がすでに構築されていることを知る。これらのことが今回の我が国代表の新監督の選出にあたり、力強い理由、根拠であることを確信し、また強く同意した。


応援する立場としてその青写真を少し勉強し、その意向への理解をより正確に深めてみようと自分なりにリサーチしてみた。ますます、五輪に向け拍車がかかってきたことを期待感いっぱいで見守り続けたい。

m_doginca0505 at 21:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング 

March 20, 2017

夜景を見ていつも考えること 〜苦悩〜

(以下、カッコ内、宮地さんのインタビュー記事より引用)

「手にできなかった優勝。そこにたどり着くまでの苦労。そういったことがあって、旅が完全なものになる。チャンピオンだけだったら、敵がいないことになる。いい時も悪いときもあって、うまくいかない時があって、だからこそ、映画の最後が面白くなる。そういった瞬間を心から楽しんでいる」

自分の物語で一番面白いことは何かと聞かれて……。これがコービーの答え。

これって、ここまでやってきた人間だかこそ言える、彼のような人間しかわからないこと?

いや、これって、我々も含めたすべての人間の各々の物語に言えることじゃないか?優勝や成功は、なかなか手にしない者の方が多い、大半じゃないか?しかし、それでもそこに辿り着こうとする苦労、努力は皆が出来ること、そして多くがしていること。たっだら、我われの旅だって、完全なものになる可能性がある、その可能性を秘めていることになるんじゃないのか?

だからやっぱり、我々の人生の物語だって、実に面白い、なかなかいいもんになるんじゃないのか?

先日、天文台から街の夜景を一望した。そこには何百万という無数の街の光がきらめき、大都会の夜空と、真っ黒な海と、小さな星々が、その街の夜景を共に演出した。

いつも思う。。。この何万個の美しく見える光の下に、何万個の物語がある。何万の命と共に、数知れぬ物語が今も現在進行形で綴り続けられ、そしてその大半は、結構苦しい生活だったりする。綺麗なはずの光をいつもそうやって悲観する自分がいる。だって、事実だから。ロスの下町の路上には全米最大と言われる浮浪者の生活がある。

煌々と照る街の明かりは、遠目には美しい。しかし、何事だって中身はそんなに気楽なもんじゃない。その一つ一つの光や闇に、人が想像もつかぬ生活がある。生きた物語がある、死にそうな人間がいる。臭い路上で、寒い路上で、空腹と、失望と、何もない、、、明日。

それでもどこかに辿り着こうとして、人は生き続ける。生きている方がマシなのか、死んだ方がマシなのか?そんなギリギリでも人は生き続けようとする。

何十億稼ぐトップアスリートとはまた比べることができない、そんな物語もある。人は、我々は、もっともっとそんなことを知るべきである。それをどう思うとか、どう解決するか、、、そんなことの前に「知る」必要がある。

成功者は人に「夢」を与える。しかし、人は夢だけでは生きて行けない現実の社会に生きている。そして、我々は、私は、そのストリートで生きる人を助けられず、心が苦しい毎日を過ごしながら、結局のところ、その彼らから人生とは、、、命とは、何かを学んでいる。


夜景を見て、考えることは人それぞれかもしれない。

路上で暮らす人を見て、感じることは人それぞれかもしれない。

コービーの言葉を聞いて、思うことも人それぞれだろう。

自分は、自分の物語を、「今」一生懸命に生きている。


まだまだ自分のベストの努力には届いていないが、そこに届くことを日々目指して、「今」、何とかやっている。

m_doginca0505 at 17:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Life/日常 | Mental / “心”

March 17, 2017

目の前に壁は、、、なかった、、、。

今日も年一回の大切なミーティングに行ってきた。帰ったらなぜか、ぐったり疲れて、ここ最近初めてシャワーにも入らずに寝ようとするありえない眠気。いつもよりも早くベッドに入ったものの、結局そこから考え事が始まり、再度起きてはモノを書くという、なんだかざわつく心の沢に起こされたかのごとく、自分でもわからぬ行動をしている。

楽しみにしていたミーティングは意外にも普通に約束でき、去年ほどのドキドキはなく、滞りなく時が過ぎた。本当はまったく話し足りず、やっぱり飾ったままの自分が、限られた時間の中で話せることを考えながら、今年は自分がいっぱい話すのではなく、しっかり相手の話や考えを聞けるようにと、ところどころ心に言い聞かせながら、なんとかいつもの反省を繰り返さなくて良いようにおしゃべり大魔王にならずに済んだ。ところがそうすると限られた時間の中では、結局ウォームアップが終わった頃には、試合が終わっており、本当は場所を変えてコーヒーでも飲みながら、後3時間ほどは話す必要があったのではないかと思いつつ帰路に着いた。

今年の聴かなくちゃ!トピックは、「子供さんのこと」と、「今見る将来の夢計画」の2点。子供さんのことはもっと聞くべきだったが、自分の反応が不十分だったのか、相手の勢いを引き出せなかった感がある。後で、改めてその友のブログを読むと、本当に生活の中の大半を占めることのはずなのに、そのことを話す時間をうまくマネージできなかったのは、自分の至らぬ部分だった。それは、最初の話の振りで、自分の言葉不足だったのだと反省する。本当に聴きたかったことは、「子供さんはいかがですか?」というその成長ぶりそのものだけではなく、それを受け父として生きる彼の受けている影響、彼の人としての人生計画にどれだけ大きなインパクトが及ぼされていると当の本人が感じてるか、であった。。。

ただそれは、第2の質問に対する答えの部分で十分に汲み取ることができたのも事実である。そして、その彼の去年から時を経て少し変化した将来の方向性を聞けて、他の人なら「なんで?」となるであろう彼の答えに、全く驚きはなく「やっぱりな。」と思って聞いていた。

その選択をした友を「数少ないやっぱり自分と同じ感性を持った奴だな〜、、、」と思い返したのは後でのことだが、人生の中で人生が進み人との出会い、生まれ、育みがあった時の価値観、価値のプライオリティーは単純に同じ人だな、と安心した。

去年の安心は、金、社会的地位vs.家族愛のストラグル(今の地位への不快感)、だったが、今年の安心は、夢vs.家族愛の結果(将来計画)だった。。。

自分も全く同じ選択を、何の躊躇もなくする人間で、自分では昔その部分が驚きでもあり、また今では人として当たり前のことだと思っている。

当たり前のことを当たり前にできる人間は、意外と多くなく、それがさらりとできる人間こそ、なかなかだと思う。それは、自分に自信のある部分で、そのことに関しては自分は考える暇なく正しい判断ができる、なかなかの人間の一人だと思っている。この事以外で「自分で自分に自信がある。」とさらりと言える事は他にはあまりないが。。。

人は、何が一番大切な事かを、この世の中で最も愛しいものが何であるかをしっかりと判断しなければならない。その判断を誤ると、人生は失敗する。

その判断さえ謝らなければ、人生はそう簡単には失敗しない。

成功の定義は様々だが、失敗に関する定義は極めてシンプルである。


自分のことに話を移すと、今年はあまり熱く語れるほどの進歩が自分の中でなかったのだと思う。去年からずっと持っている熱き思いはあっても、同じことを語るようでは成長がないことを語るようで、考えてしまった感がある。

この友は、実に誠実に人生を生きている人なので、自分の冗談まじりの生き方では、ついついごまかせないことがあり、今日はなんだかいつになく考えながら話してしまった。言い換えれば、いつもは頭と口はほぼ同時に動いているのだが、今日は相手の言葉をしっかりとかみしめ、相手の反応の読み取りを間違って話を違った角度に走らせたりして、相手に不快な間を一瞬でも与えないようにと心がけた。なぜならそれは本当に人として失礼なことで、そんな小さな失敗を誤字脱字を繰り返す文章と同じく、自分のいい加減さと傲慢さが繰り返していることを自分でも気づいていたからだろうか。

店を出ながら、そして車を走らせ始めながら、最後の時間帯に一気に今の飾らぬ自分、ジレンマ、書こうとして書いていない手紙の話をした。車を走らせ始めた瞬間、そこから最終地点までのドライブに要する時の短さはお互いに知っていたのではないだろうか?自分は口が先に動くタイプだから、ここで自分の無駄な話で時間を使わぬようにと気をつけながらも、自分のブログへの思いを語り、またそれにまつわる彼からのアドバイスを受けた。彼は、いつももっとも楽しみにしてブログを読んでいる人間だと思ふ、と彼からもらう最高の賛辞をくれた。

店を出て駐車場から出て右に回り、再度、店の角で右に回り車を北向きに走らせた瞬間に「なんで?何がそれを止めたんですか?」という間髪置かぬ罵声のように心に突き刺さる質問が来たことが、実は、一度眠りにつきかけた自分をこうして深夜の3時過ぎにモノを書かせる理由になった。

「(デュークの)コーチKに手紙を何度も書こうとして、それがストップしてしまってるんですよねぇ。」といった私の安易な心からの漏れが、相手にとっては不快感に近い疑問を奮い立たせ、私の言葉が終わるか終わらぬところに、カギカッコさえ書かせないほどの間髪なき早さで、???なぜ、何が、何で???ストップさせた理由を述べよ!と言い訳できない甘さを暴露されながらも、言い訳にならない言い訳を恥ずかしくも並べ出した自分。

その場は軽い笑いで時が流れたが、自分の心の中で、自分を責める小さな闘いがその瞬間から始まっていた。

目的地に到着して彼を下す筈が、二人とも建物を見逃し、もうワンブロック一周出来たことは、最後のなごり惜しさがそうさせてくれたのか、、、自分の鈍くさいキャラでご愛嬌だったが、なんと話をまとめて良いか分からず、ありきたりに明日明後日、頑張って下さいと言いながらも締めくくれず、、、また来年も会いましょう、宜しくお願いします。といった気がする。そして来年は奢ってもらう番なんで、もし会えなかったら〇〇まで奢ってもらいに行きますよ!といって別れた気がする。なんかもっとマシなこと言えよ、大人なんだから、しっかりしろよーぉと思ふが、まあそんなもん。


最後に答えをここに記す。

自分の目の前に、実は壁などなかった。。。

壁は自分が作った空想で、頭の中で自分が勝手に描いた、自分で自分を苦しめるものだった。

よく人は、苦しいと言い訳をして逃げるという。

しかし、逃げると楽になる、、、とは間違いである。

逃げれば逃げるほど、苦しくなる。

見ぬふりすることで、苦しくないようにと、感じていないようにと、振舞うことを可能とするが、

実は心の奥底で、逃げていることを「苦しい」と感じているのだ。

壁を取り払い、いったい、その時、何が見えてくるのだろう?

実は「何もない、、、」ということだけが、見えてくる、、、だけかもしれない。

それでも、それを自分の目で確かめることが、壁を取り払うことの意味なのかもしれない。

何もない、という事実をその目で見るということは、結構、怖いことかもしれない。

しかし、それさえ、見てみぬことには、わからぬ怖さなのだから、、、

やっぱり空想の壁はできるだけ早く取り払おう。。。

やるべきことが幾つかある。

それをいつも後回しにしている自分がいる。ギリギリになって、ギリギリまで置いておいて、ギリギリ間に合うタイミングでやろうとすることは、勇気を振るい立たせることへの怠け。

前世は怠けモノだったのかもしれないが、怠けモノもやるときはやる!ことを、早々にも春を感じさせるこの時期にそろそろ1つづつしっかりやって、「そこに壁などなかった」と胸を張って言えるようにしよう。。。


青い紙に白い字で書く手紙。


まずは、そこからしっかりやっていかねば、自分の積み上げてきた物語は、どうにもこうにも前に進まぬ状態にきていたのかもしれない。。。

来年のこのミーティングがまた出来たら、その青い手紙を大切な友に冗談ぽく見せようか、まあ、もっともっと大切な話ができるように、しっかり前向いて歩いた方がいいか。。。





m_doginca0505 at 20:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング | Mental / “心”

March 15, 2017

3月の試合を振り返って 〜ハイスクール・プレイオフからの学び〜

2月は我がチームの試合以外に、大学(D1とD2)の試合を中心に追った。

(2月後半から) 3月は、ハイスクールのプレイオフ真っ只中なので、去年から注目のビッショ・モンゴメリーを中心に、マター・デイやチノ・ヒルズなど全米でもランキングに入るチームがここ南カリフォルニア(南加州)に多いので、それらを中心に追う。また、ローカルチームも追うことで、短大チームのリクルーティングの目も養いたい。

以下、昨年から追っている3チームの今年3月14日付での全米ランキング:
#4 ビッショ・モンゴメリー
#6 マター・デイ
#7 チノ・ヒルズ(昨年全米ランキング#1、シーズン全勝無敗にてカリフォルニア・チャンプ)


ただ、幾つかの異なるレベル(全米トップ、ローカルレベル、その他)のチームを追うことで、徐々に明白になってきたことがあるので、それを記述したい。



カテゴリー:
A. 全国トップレベルのランク校の対決
B. ローカル校で伝統的に毎年強いチームの対決
C. 学校は小さい(低いレベルの傾向にあるディビジョンに属する)がとてもよく鍛えられている学校の試合



以下、見た試合一覧とカテゴリー:

2月28(火)フェアファックス 対 ノーボン:55対56(フェアファックスにて:ロサンゼルス・シティ・セクション、敗者側準決勝)B


3月3(金)ハーバード・ウェストレイク 対 パサデナ:68−58(アズサ・パシィフィーク大にて:サザン・セクション、D1A決勝戦)B


4(土)#4ビッショ・モンゴメリー 対 #6マター・デイ:70−55(ホンダセンターにて:サザン・セクション、オープン決勝戦)A


8(水)ローリンヒル・プレップ 対 ヘルス・サイエンス:70−26(我校にて:ステイト・プレイオフ、D5、1回戦)C


10(金)#4ビショ・モンゴメリー 対 トーレイ・パイン:67−49(ビショ・モンゴメリーにて:ステイト・プレイオフ、オープン、1回戦)A


11日(土)ローリンヒル・プレップ 対 フットヒル・テック:76−48(我校にて:ステイト、D5、2回戦)C


14(火)#4ビッショ・モンゴメリー 対 #7チノ・ヒルズ:87−80(エルカミーノ・カレッジにて:ステイト、オープン、2回戦:南加州準決勝)
A

18(土)#4ビッショ・モンゴメリー 対 #6マター・デイ:???(ロングビーチ州立大にて:ステイト、オープン、南加州決勝)A


25(土)ステイト・ファイナル!(州都サクラメントにて)A


カテゴリー分けをするきっかけとなったのは、実は試合中や試合後のふとしたある感覚からである。試合中に、「何も見えない」と思うことがよくある。試合に出かけるときは、基本的に「バスケットボールを学ぶ」「試合運びを学ぶ」というスタンスで向かうのだが、実際に試合を見てると、何かモヤモヤして、何も感じない試合が未だにあることに気づき、「まだまだ自分には”見る目”がないなー」とがっかりすることがよくあった。「まだまだ分析しきれない=何も見えてこない=バスケットボールを知らない」のだ、と。ただ、いくら見ても見えてこない試合の数が何度も重なることで、実は、そういう試合もあるのだということに気づき出した。

ここで言う「何も見えない」とは、試合の意図、ゲームのプラン、試合前のロッカールーム・トークが見えてこないという意味。チームは何を意図してこの試合をプレーしているのか?チームとして何をやろうとして、どんなことに気をつけているのか?そんなゲーム・プランを試合前のロッカールームで話したという形跡が見えないことがある。それは、意図あっても徹底されていないのか?もしくは、そんな具体的なプランが最初からないのか?そのどちらかなのだろう。こうして、「自分の見る目だけが必ずしも劣っているわけではないのかも?」という風に考え始めて、ようやく少しすっきりとして試合を見れるようになってきた。

「全ての試合から学びたい」
「何事からでも学べる」
そう言った姿勢は大切だし、これからも持ち続けたいが、自分の周りにある、出会う全てのチームが自分が求めているようなことを遂行している、という可能性は絶対的ではない。もしかしたら、チームを率いるコーチでも、そんなことに重きを置かない人もいるのかも?しれないなと。

特にローカル・ゲーム(カテゴリーB)では、個人の運動能力は飛び抜けているが、ゲームが読めないハチャメチャなものが多い。見てエキサイトしたいファンにとっては、シーソーゲームで興奮するだろうし、やっている側のコーチは失敗が起こるたびに興奮し、なんとか勝てば胸をなでおろしている。しかし、そこにしっかりとしたプランや反省があるようには見えない。こう言ったカテゴリーBのチームは、我々の短大のチームで活躍できそうな「個人タレント」を発掘しに行く目的にはとても良いが、チームとしてのバスケットボールを学ぼうという姿勢で見に行くと疲れてしまう。

これに比べ、最近足を運んでいるほとんどの試合のような全米ランキングのトップに近いレベル(カテゴリーA)では、さすがに学びも期待できる。まずは、もちろん選手の個人技レベルはトップナッチである。それは運動能力しかり、スキルしかり。しかしよく見ると、身体能力の占める割合が高い選手と、ファンダメンタルスキルの占める割合が多い選手に分かれることに気づく。

前者(身体能力群):能力任せで押し切れるほどの力強さ、ジャンプ力、スピードがある。結果的としてファンダメンタル・スキルのレベルはある程度高いが最高ではない。ただ独特のスキルには長けている。バスケットボールIQも高いようだが、ちょっと質が違う、要するにそれは本能的なもので、必ずしも論理的な判断だとは限らない。

後者(スキル群):ファンダメンタル・スキルのレベルがトップナッチな選手。身体能力も素晴らしいが、その能力任せでできるほどのレベルではない。ただバスケットボールIQは驚くほど高い。優等生型に見えるが実は努力型。

人は悲しいかな、必然性の元に必要な能力だけが伸びるもので、なかなか身体能力とファンダメンタルスキルや、野性的勘と知性的勘は共存しにくい。

ただこのいずれのタイプであっても、ネクストレベルであるカレッジバスケットボールには進めるだろう。しかし、その後、世界最高峰のプロレベルに行ける可能性が高いのは、やはり身体能力が長けている選手の方である。それは、そのトップ・プロ・リーグの性格がそう言ったものだからであるが、この傾向はより広義で一般的にも言えることで、やはり持っているもの、身体的ポテンシャルの差が各レベル間で最も大きな差となる。(素材の差と努力の差)

先でその両者ともがカレッジバスケットには進めると述べた。それぞれが大学レベルでは活躍できるその理由は、カレッジ・バスケットボールでは違ったタイプのバスケットボールを展開するチームがあり、コーチがいるからである。そういた意味で、フィットするプログラムに入れば(チームがフィットする選手をリクルートするとう表現の方が正確)、大学まではどちらのタイプも活躍できる。そしてこの理由こそが、大学で活躍した全ての選手が必ずしもプロで活躍するわけではないことにつながる。

例えば、私の最も好きな大学チームからは多くの選手をプロに送っているが、数こそ多いものの、大スターになる選手は少ない。そして、私があまり好みではない大学だが間違いなく全米トップレベルの選手を毎年多く集めるチームなどは、プロでも華々しい活躍をする選手が多い。これらは、明らかにそのタイプの違いで、前者はファンダメンタルとIQ重視型で、後者はアスレチックかつ本能的なタレント型である。

これらカレッジとプロという2つのリーグの本質の違いを表現した言葉で次のようなものがある。「カレッジはコーチのリーグで、NBAは選手のリーグだ」という言い回しである。カレッジはコーチの存在が大きく、チームを誰々コーチのプログラムという言い方で捉えるように、コーチや大学が有名になる。そう言ったリーグなので、ファンダメンタルに優れ、IQの高い選手をうまくコントロールしたコーチが作るプログラムが比較的成功する。しかし、NBAでは、例えばロスター13名の個人にそれぞれのビジネス存在し、何億円、何十億円というサラリーが動く世界でのプレイングタイムはまさにタイムイズマネーの世界である。それゆえ大学スポーツのように、「教育的配慮」などとは言っておれず、必然的に選手の権利、力が強いリーグとなる。

選手しかり、コーチも、それゆえに多くのカレッジでは成功したコーチがプロに入って失敗する。まず、NBAの選手自体、NBA選手歴のないコーチや、選手時代に派手な功績のないコーチをハナから軽視する空気があると言っても過言ではないと思う。ただ、中にはデータ中心の緻密なバスケットボールと、選手との人間関係をうまく作れる、距離をちょうどいいところに保てるコーチがおり、彼らは2リーグ間のトランジションにうまく成功したコーチだと言える。(例えば、ボストン・セルティクスのブラッド・スティーブンス)

これは、タイプの違い、向き・不向きなので、その逆もしかりで、プロからカレッジバスケットボールの世界に来ても成功しないコーチも同じく多々いる。

話がかなり、プロとカレッジにずれたが、このカテゴリーAからは、試合中の意図もある程度みえる。ただ、メンバーの交代の仕方に関しては、個人の選手の役割や普段の能力を知らないと、なかなか理解するに至らぬこともある。また、タイムアウトのタイミングや、ディフェンスの選択、具体的な個人の守り方に関しては、やはりいろんな考え方があるので、自分でも「こうすればもっと良いのに、、、」と異なる発想を抱くことも多々ある。こういったときは、やはりそのコーチに直接聞ければ一番明確だが、実質問題としてそれはなかなかできないので、自分よりも経験のあるコーチなどと共に見る機会があれば、もっとも助かる。ただ実際は、試合はひとりで見に行くことが多いので、そのような疑問を解くにも長く時間が掛かる。

いくら、高校のトップといえども、最近はやはりカレッジバスケットボールとの違いを感じる。それは、個人技能(体力・スキルレベル)の差だけではなく、むしろ、チーム戦術、スタイルという面でも、カレッジバスケットボールのほうが徹底かつ洗練されており、そのチームの色、コーチの色が鮮明である。また、テレビなどでNCAAのトーナメントを見れれば、解説がつくのでわかりやすく、より勉強になる。そのあたりは、ハイスクールのゲームでは、まだまだ個人技に頼ったり、その日の選手やチームの調子や流れに左右される部分が多いものと感じられ、その意味からコーチとして試合をコントロールしている割合がカレッジとハイスクールでは全く違うように感じる。

AやB以外に、カテゴリーCとしたいチームもある。それは、例で言うとローリンヒルズ・プレップのように学校の規模(生徒数)が小さく、ディビジョンこそ5だが、とてもよく鍛えられていて、素晴らしいバスケットボールを展開するチームである。試合を見ていても、その意図が明確で、多くを学べる。この試合で何をしようとしているのか?普段、何に重きををおいてトレーニングしているのかが明確に汲み取れる。

特にこのチームについて言うならば、もっとも顕著なのは、まずディスプリン(規律)の徹底である。徹底的に厳しく教えられており、コーチの言うことは絶対。また「なんとしても学びたい、うまくなりたい!」という選手のモチベーションレベルが他チームとは比べ物にならないほど、高く、強い。こういうチームだと、試合運びの中でも各ポセッションのディフェンスの意図、オフェンスの意図も見えるし、普段どんなことを重要視して練習しているのか?チームの強みはどこだと捉えているのか?相手チームのどこを攻撃しているのか?試合中、タイムアウトで何を叱られているのか?何ができていないことを指摘されているのか?が遠目でもわかる。

また、こういう試合では、コーチや選手の表情、リアクションに集中して観察することで、大体の会話が見えてくる。また、試合中やタイムアウトでのアシスタント・コーチの動きで、そのヘッドコーチがアシスタントの一人一人にどの役割を求めているのかがわかる。そして、試合前のヘッドコーチの仕草、動き、表情、人との挨拶のかわし方、スタッフへの指示の内容などを見ると、そのコーチが試合の日に、どんなことにこだわる人なのか、どんなことを大事だと信じる人か、どんなことを嫌う人かが大体見える。とても見ていて勉強になることが山ほどある。

ローリンヒルズ・プレップのコーチ・キタニにおいては、去年までの約38年間のフェアファクスでのキャリアと比べ、全く運動能力の異なるこのチームに、徹底的なファンダメンタルを仕込み、徹底的なロイヤリティー(忠誠心)を育てることで、チームでやろうとすることに対する完成度をとても高くし、また、コーチの求めるバスケットボールを遂行すれば勝てるのだという選手の信頼を勝ち取っている。ただそれらは、決して1年間だけで構築されたわけではなく、もちろん彼の今までの輝かしいキャリアがあってこそ、人々を魅了し信用させるのだが、彼の今行っていることは、多分、彼が過去にフェアファックスで行ってきたことと、ほぼ全く変わりないものだと思う。それは、『常に究極の最高を求める』ことと表現すればかなり正確に表現していると思う。間違ったことは「許さない」絶対的力を持った人。

ただ、誰もがそんなコーチにはなれないし、自分がそのようになるかといえば、タイプの違いもあるだろうd。ただ、彼においては、チームが変わったからといって、チームが小さくなったからといって、チームが黒人のアスレチックなタレント集団から、アジア人、白人のハーフの集団に変わっても、全くもって何も変えずに、同じ「究極」を求めることで、彼ら選手にコーチの求める絶対的「スタンダード」を明確にとらえさせるという、最初にやるべき最も大切なことをとことん貫き通している、という部分が、彼と彼のチームの成功の最も大切な鍵なのだろうと思う。




最後になったが、これら最近の試合から、共通の感想を幾つかまとめておきたい。
1。ディフェンスの甘さ
2。ハーフ、フルのゾーンの流行
3。準備の甘さ


ディフェンスの甘さ:
まず、ディフェンスにおいては、ボールマンに対してのプレッシャーは凄まじいが、それは当たり前のこと。動物的感覚で、目の前にボールがあれば誰でも頑張る。ドリブルさえできないほどの距離感といつでもスティールできるほどのプレッシャーのかけ方(ほぼ全チーム)。ゾーンでは、絶対的な方向づけで主導権を握るディフェンス(チノ・ヒルズ)が印象的。

ただ、ヘルプディフェンスの意識の薄さに、悪い意味で目から鱗だった。そこでミスが起こって隣を抜かれていく見方を見るだけでヘルプしなくても、ベンチから指摘されないということは、普段からそういったことを強調して教えていない=求めていないということ。ただ、チノ・ヒルズのように経験値が高く、能力も高いチームのオフェンスに対しては、安易にヘルプに行くことは避けるしかない。そこでもしも十分なスペーシングが取られていれば、ヘルプに入った瞬間にキックアウトされたら、即得点につながるノーマークショットとなるからである。だから、こういった試合では、とことん1対1で頑張ることをまず徹底することに重きを置き、あとは、得意なことをさせないという個人レベルでの工夫や、嫌な展開(ゲームスピードなど)に持っていくというチームレベルでの戦術などで、粘り強く試合が動く時を待つしかない。その集中の糸が切れた瞬間に、彼らは大量得点を量産して、あっという間に相手は追いつけない点差にされてしまうからだ。ただ、どんな試合でも、ヘルプに行って良い選手と、ヘルプに行ってはいけない選手を明確にし、1つ1つのプレーの結果に反応し過ぎず、辛抱強く確率の勝負をしなければならない。

マンツーマン・ディフェンスで最もチームとして仕上がりが素晴らしかったのは、ローリンヒル・プレップだろう。フルコート・ゾーンでは、チノ・ヒルズが飛び抜けた経験値とセンスを見せた。


***ただ、アメリカのバスケットボールはまだまだ全体的にオフェンス重視である傾向は否定できないという感想である。これは非常に勿体無いことで、なぜなら、試合とは得点、失点の両結果が試合を左右するのにもかかわらず、得点することだけに相当の力を入れ(試合でも練習でも)、失点に対する努力を怠りながらもベストの結果(勝利)を求めているとういう、それはとても片手落ちな姿勢だからである。ディフェンスとはオフェンスと同じく価値があり、特に先日のビショ・モンゴメリー対チノ・ヒルズ戦など、絶対的なオフェンス能力を誇るチームとの戦いでは、ディフェンスの出来栄えが大きく勝利を左右する。ディフェンスの失敗は、試合の失敗を意味すると言って過言でないほど、相手のオフェンス能力は絶対的だからである。それを少しでも多く止めることで、初めて自チームのオフェンス力、得点が生かされるからだ。***


ゾーンの流行り:
これは、我々の短大チームでも同じだが、多くの試合でハーフでは2−3ゾーン、フルでは2−2−1のプレスが見られた。(先日、久しぶりにハーフの1−3−1を2−3と使い分けたチームがあったが。)ただ、これを流行りと表現して良いかは私の経験値ではわからない。

***チノ・ヒルズのフルコートの2−2−1は非常に有名で、とても効果的である。その理由の一つに選手の配置がある。1戦目の二人の左はボール兄弟の次男(フォワード)で、そのプレッシャのかけ方、距離、タイミング、追い方は素晴らしい。また、2戦目の二人の右にはボール兄弟の三男(ガード)を配置。彼のの狙いどこ、追い方も絶妙である。この組み合わせで、1戦目で大きな体と長い手を使ってプレッシャーをかけ、次のミドルにフラッシュするオフェンスへのスティールと、ドリブル突破に対するディフェンスを素早く頭のいいガードが守る(攻撃する)という図式である。***

またチームとして特にすばらしいのが選手たちが連動して動いていることと、「方向づけの徹底ぶり」である。まさにディフェンスがゲームを支配している状態で、「攻撃的ディフェンス」と呼んでも決して過言ではない。そして、そこ(スティール)からの攻めの速さと正確さで、ゲームの流れを一気に変え、相手が気がついたときには手遅れで、ゲームを取り戻せないところまで一気に持って行く。彼らのフットボールのロングパスを思わせる攻めと、バズーカ砲のような長距離ショットの嵐と、その成功率の高さは、見るものの度肝を抜く。また、セカンダリー・チャンスとなるリバウンドを制覇する確率も非常に高く、そこからのイージーショットを含め、それらのことが常に100点越えのハイスコアゲームで相手を圧倒するわけである。

話を元に戻すと、これだけこの2つのゾーンがポピュラーなのだから、それに対するオフェンス、攻略法も十分に練習できるはずである。


準備の甘さ;
最後に、いろんな意味で準備が甘いと感じる。それは、選手の試合前のウォームアップしかり、コーチのゲームプラニングしかりである。まずチームとして、ゲーム日の試合開始までの持って行き方、入り方にはしっかりとしたタイムテーブルが必要で、またそれぞれの選手もそれぞれの決まったルーティンの元に準備を進めることが大切である。それにより、失敗の可能性を最低限に抑え、成功への安定性を高め、チーム全体の波を最小限に抑えることができる。そのことが結果的に最高のパフォーマンスを出せる安定基盤となる。

ところが、ハイスクールの試合を見てると、チームでのアップは行っているが時間は十分ではなく、またストレッチ等に時間をかけるチームは少ない。そして、チームによってはコーチが試合前にコートでのんびりしており、選手が出てこないチームもある。こんな時選手は一体どこで何をしているのか?なぜコーチは選手をほったらかしなのか?選手はロッカールームで選手だけで時を過ごしているのか?それともどこかでアップしているのか?廊下でストレッチしているのか?我々の経験からは、想像がつかない。

我々のチームでは、チームのアップをアシスタントが行っている間もヘッドコーチはロッカールームでチームミーティングの準備をしているし、ロッカールムでのトークが終わってもやはり選手が先にコートに出て準備を始めるが、コーチの準備はまだロッカールームや裏で続いていることがほとんどで、コーチだけが先にコートに出ている時間帯は考えにくい。

ただ、そんな中でもとてもナーバスにルーティンをこなす選手を一人見つけた。彼のロッカーから出てくるタイミングはいつもチームと別の最後で、また、アップの途中にも一度裏に戻る。ドリンクは自分の特別なものを用意している。靴の紐をメンバーのアナウンスされる前のタイミングで全て結び直し、顔に手を当てて集中する。そして、少しナーバスになりすぎる彼を横からリラックスさせるアシスタント・コーチ。そんな全ての仕草を見ながら試合でのパフォーマンスを見る。試合前ボールがトスされる前に、必ずゲームボールを審判からもらって撫でる選手もいる。それをとって撫で直しする相手チームの選手もいる。いろんな選手のルーティンや、ジンクス、縁担ぎなど、細かな仕草を見ながら試合を見るのが癖になっているようだ。



さて、ハイスクールのプレイオフシーズンも終盤。今週末の南カリフォルニアでの決勝で勝ったチームが、その1週間後に州都サクラメントで真のカリフォルニア#1を決める。


決戦の日に向けて、若きハイスクール・ボーラーは今どんな準備をしているのか?そして、コートでは一体どんなパフォーマンスを見せてくれるのか?見る側も今からドキドキする。次の会場は5000人の我がピラミッド。チケットは購入済み。世紀の瞬間をこの目に焼き付けたい。。。




m_doginca0505 at 17:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Game / 試合 

March 09, 2017

試合会場の規模 〜高校生でも1万人越え〜

最近、行っているハイスクールなどのプレオフの会場の大きさを大まかに探ると、、、

(会場名と収容人数。)
Azusa Pacific Univ. Felix Event Center 3500人
CSUDH Torodome 3602人
LUM Gersten Pavilion 3900人
CSULB Pyramid 5000人
USC Galen Center 10256人
UCLA Pauley Pavillion 12820人
Honda Center 18000人
Staples Center 21000人


Azusa Pacific Univ. Felix Event Center 3500
先日の、カリフォルニアのサウスセクションのD1AAの男子決勝。満席ではなかったが、45分前に会場についても、チケットの列で入れず、会場に入った時は第一クォーターは終了。それぞれの学校のチアリーダーや生徒の応援で一階フロアの席はいっぱい。こんなに盛り上がるとは!3000人くらいだろうか。

CSUDH Torodome 3602人
こちらは今回はカリフォルニアのロサンゼルス・シティーセクションのかくディビジョン決勝が行われた会場。最も強いオープンディビジョンの決勝はほぼ満席だったはず。同日、自分はホンダセンター(18000人) で行われたサウスセクション、オープンディビジョンの決勝へ。

LUM Gersten Pavilion 3900人
先日の、ゴンザガ大とロヨラ・メリーマウント戦。ロヨラのホームが売り切れ。当日は、満席ではなくちらほら余裕があったが。ここは、例年なら、フェアファックス高校とウェストチェスター高校のレギュラーシーズンのゲームでも、ウェスト・チェスターのホームとして利用する。満席にはならないにしても、普通のハイスクールのジムではパニックになるため、すぐ裏のこの大学の体育館を使う。ちなみに、フェアファックスがホームの時は、メルローズの街中の学校だけに変わりの体育館が周りになく、満席どころか、チケットを買うのも大変。当日は、ポリスが10人ほど動員され、それぞれのファンが試合後に交わらないように、黄色のテープで道を誘導されるという白熱ぶりだったのを思い出す。自分は、ヘッドコーチからもらったシーズン特別パスがあったが、それでも入り口ではポリスに消防法に引っかかるからこれ以上入れられないと断られたが、なんとかコーチの家族だと言ってゴネると、アジア人のポリスが来て、入れてくれたのは以前の話。

CSULB Pyramid 5000人
昨年の、カリフォルニアのステイトトーナメントのサウス、オープンの決勝。今年もここ(我が母校)を使う予定。去年は、チノ・ピルズとビショップ・モンゴメリーで、立ち見券も売られたほど。今年も、去年ほどではないにしても、ほぼ満席は間違いない。もし、チノが上がってくれば、やはりお客さんの数は一気に上がるはず。ボール兄弟に今年も注目。

USC Galen Center 10256人
先日の、カリフォルニア、サウスセクション、オープンディビジョンの準決勝会場。何せ昨年度全米ランキング#1だったチノ・ヒルズと常勝チーム、マター・デイの対決では、満席で立ち見が続出。場内アナウンスでは10250人という数字が聞こえたが、まんざら間違いではなかった。会場のサイズを間違ったのだろう。箱が少し小さかった。

UCLA Pauley Pavillion 12820人
ご存知、UCLAの体育館。以前、某リーグのコミッショナー家族とUCLAのホーム戦を見に行った時は、一番上の席で壁に背中がつくほど後ろでも、2次マーケットでプレミアがついてど$90〜$100はした。下はシーズン席で、特にサイドは売り切れ。アメリカのビッグスポーツでは当たり前のこと。

Honda Center 18000人
この週末に行ってきたカリフォルニア、サウスセクションの決勝。上の階は空いていたいので、下だけだと全体の50%ほどか、すると1万人前後。それでも駐車場は$20、チケットも全て自習席で$20。去年は行くのが遅すぎて、最上階だったので、今年は試合開始の2時間前を目標に。結果、いくつもあるドアの1つの一番前でドアが開くのを待った。試合開始の1時間前に開場となったので、待ったのは30分ほど。急いで、ベストスポットへと走るも、先にトイレに。一度、席を離れたら終わりなので。結果、1階席サイドのど真ん中の7〜10列目あたりを押さえた。気がつくと、応援しているチームではない相手のチームのファンに囲まれたが、、、それでも違うタイミングで思いっきり拍手!徐々に、同じ境遇の人が周りにちらほらいることがお互いわかる。結果、逆転勝ちしたので、気持ちよし!ビショップが、常勝マター・デイを倒して優勝。マター・デイはチノを倒して出てきただけに、ビショッップにも意味ある優勝となった。ただ、もしもチノが決勝に出てきていたら、また試合はどうなったかわからない。2週間後には、ステイトのプレイオフがこの結果によるシードで再度始まるからそこではどんな死闘がまた繰り広げられるか、、、数々のリベンジがマーチマッドネスの最後を飾るはず。それで勝つと、州都サクラメントにて北の覇者と真のカリフォルニア王者をかけて戦う。

ここはちなみに、去年のNCAA West Regianal が行われた会場で、自分はもちろんDuke戦を観戦!最上階のほぼ最後尾でやはり$150は払った。超満員だったことは言うまでもない。駐車場は、ホンダセンターの敷地内では収まらず、臨時で近くのいろんなところが駐車場ビジネスを展開。15分ほど歩いたところで、$15ほどだった気がするが、ホンダセンターのあたりは確か$40はしたと記憶する。

Staples Center 21000人
こちらはご存知レイカーズやクリッパーズのホーム。以前までは大学のパック12のプレイオフ・トーナメントも行われていたが、彼らは数年前からラスベガスに映った。この2万人強が満席になるNBAはやはり格が違う。

*ちなみに、全米大学の大型体育館のリストやNCAA Final4 の会場サイズまたは入場者数記録は、簡単に出るので、機会があれば後日、追記。

m_doginca0505 at 19:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Game / 試合 | Memo/その他

March 08, 2017

アメリカでコーチングを学ぶには? 其の(3) 〜キャンプ、クリニックへの参加〜

前項までの其の一、其の二では自分がチームに合流するまでの大まかな流れだけを記述してきた。では、実際にそこに行きつくまでに、そしてそれらの流れと並行してどのような方法で知識や経験を深めることが出来るのか?その方法のいくつかをここでは紹介したい。

アメリカで実際にコーチになるために(チーム活動以外の方法で)、自身のコーチとしての技量、知識を高めるためには、以下の様な方法がある。これは、現地のコーチたちも行っている当たり前のことで、そのチャンスはどこにでも転がっている。


1.サマーキャンプへの参加:

アメリカでは夏に子供たちを対象としたキャンプが各地で行われる。若きコーチたちはそれにキャンプコーチとして参加し子供達を教えることで、自分の技量、知識を高めるとともに、他のコーチたちと広く交流を深める場として利用する。以下は、過去にキャンプコーチとして参加したキャンプ一覧。こういったことも履歴書に書ける。




October 2013: Coach Kitani's FUNdamental and 80/20 Fall Camp at LAHC*, Wilmington, CA

July 2013: Coach Kitani's FUNdamental and 80/20 Summer Camp at LAHC,* Wilmington, CA

May 2013: Coach Kitani's FUNdamental and 80/20 Spring Camp at LA Harbor College (LAHC*), Wilmington, CA and Peninsula High School, Palos Verdes, CA

July 2012: Coach Kitani's FUNdamental Elite Summer Camp in Torrance, CA

July 2012: Coach Kitani's 80/20 Elite Summer Camp in Torrance, CA

August 2006: Crusher’s Basketball Camp in several cities in Japan

August 2004: Shooting Camp at Cal. State Long Beach

August 2004: Individual Camp session 2 at Cal. State Long Beach

July 2004: Southern California NBA Summer Pro League in Long Beach, CA

June 2004: Position Camp Session 1 at Cal. State Long Beach

June 2004: Individual Camp session 1 at Cal. State Long Beach

August 2003: Shooting Camp at Cal. State Long Beach

August 2003: Individual Camp session 2 at Cal. State Long Beach

July 2003: Southern California NBA Summer Pro League in Long Beach, CA

July 2003: Half-Court tryout Camp in Santa Monica, CA

June 2003: Position Camp Session 1 at Cal. State Long Beach

June 2003: Individual Camp session 1 at Cal. State Long Beach

August 2002: Individual Camp session 2 at Cal. State Long Beach

July 2002: Southern California NBA Summer Pro League in Long Beach, CA

June, July 2002: Team Camp at Cal. State Long Beach

June 2002: Position Camp session 1 at Cal. State Long Beach

June 2002: Individual Camp session 1 at Cal. State Long Beach


アメリカのサマーキャンプの一般的なスタイルは、午前中はファンダメンタルを中心としたドリルを年齢別のグループでどんどんこなす。コーチが違っても同じことを教えられるように、ガイドライン(ガイドブック)があり、また必ず朝にコーチのミーティングでそれらが確認される。ロングビーチ州立大のキャンプでは、約350人の子供たちを約30人のコーチで一人約10人を担当。ステーショナリードリルでは、コーチは同じバスケットにステイして1つのスキル(ドリル)を担当、子供たちのグループが時間ごとにそれぞれのステーションをめぐる形が多い。また、午後は、チームとしてゲーム形式でどんどん戦っていく。選手(子供たち)もコーチも、勝敗にこだわるから、激しい接戦が繰り広げられる。一度担当したチームは決勝戦まで行ったがそこで負けて、選手が悔し泣きをしたときはこちらもマイッタ!「勝ちたい」と言う思いの裏にあるのは、「負けることが大嫌い!」という強烈な負の感情。これが負けん気を倍増させるのだ!アメリカの子供たちは、とにかく負けることが嫌いだ!コーチとしても、いろんなコーチの教え方を学び、盗むチャンス。「何事も基本から」である。

*ほとんどのキャンプは夏休みということもあり約1週間(月〜金:9:00~17:00)などが多い。



2.コーチング・クリニックへの参加

オフシーズンには、全米各地でコーチングクリニックも盛んに開催されている。一般的には、高校生レベルのコーチを対象としたクリニックが多いが、もちろん大学のコーチだってそこで得ることは山ほどある。一人のコーチが開くものから、複数のコーチが開くものまで様々である。複数のコーチが開くものでは、それぞれのコーチが得意とする分野を担当する。コート上でデモの選手たちを使って実践的に説明していくスタイルが主流だ。自分の経験上では、教室の椅子に座って聞くようなレクチャースタイルは、見たことがない。以下は、過去に参加したものの一例。

*一人のコーチが行うものは1日で終わるが、複数のコーチのものでは2−3日間というものある。




October 2012: Duke University Basketball Coaches Clinic, Durham in NC
October 2011: Duke University Basketball Coaches Clinic, Durham in NC
October 2009: Duke University Basketball Coaches Clinic, Durham in NC
October 2008: Duke University Basketball Coaches Clinic, Durham in NC
October 2007: Duke University Basketball Coaches Clinic, Durham in NC
October 2006: Duke University Basketball Coaches Clinic, Durham in NC
October 2005: Duke University Basketball Coaches Clinic, Durham in NC

May 2016: Nike Championship Basketball Coaches Clinic, Las Vegas, NV
May 2013: Nike Championship Basketball Coaches Clinic, Las Vegas, NV
May 2010: Nike Championship Basketball Coaches Clinic, Las Vegas, NV
May 2009: Nike Championship Basketball Coaches Clinic, Las Vegas, NV
May 2008: Nike Championship Basketball Coaches Clinic, Las Vegas, NV
May 2007: Nike Championship Basketball Coaches Clinic, Las Vegas, NV

October 2013: Coaches Clinic, Fullerton, CA
Speakers:
Coach Steve Wojciechowski (Duke)
Coach Sean Miller (AZ)
Coach Steve Alford (UCLA)
Coach Andy Enfield (USC)


こういったクリニックは、参加費は結構手頃。ただ、他州へ飛んでいく飛行機代、宿泊するホテル代を考えると、1年に1度行ければいい方だ。チームにまだ所属しない若い時期に参加していた頃は、そのクリニックではたくさんの素晴らしい知識を吸収できるのだが、それを放出する実践の場がないために、なかなか前に進まなかったジレンマがあった。ただ、素晴らしいコーチたちから最高のバスケットボールを学べるということから、新鮮で強烈な刺激を受け、その志をより高いものにしていける素晴らしい機会でもある。また、毎年参加を重ねると、言っている英語が毎年より詳しく正確にわかって行くことに気付く。中には、デモを使わずに延々と物語のようにフィロソフィーを語るコーチもいる。最初のころは、その20−30%しかわからなかったが、今では90%は入ってくる様になった。たくさんのコーチたちは、フロアから質問する。また、ひとりの演者が終わるごとに、フロアに人があふれ、質問したり、挨拶して写真をとるコーチで一杯になる。より素晴らしいコーチになることを夢見るコーチたちにとっては、あこがれである有名なコーチたちが、手の届く距離にいるのだから、誰だってスーパースターを目の前にした子供のようになるのは当たり前だ。これも楽しみの一つ。会場のすぐ横では、ブースが設けられ、バスケットボールに関する最新のあらゆるグッズが紹介、販売されている。トレーニング関係、スタッツ関係など、その思考を凝らした新作は面白いものばかりだ。また、ここでコーチングのDVDも売っているので、ここでまとめ買いするのは自分のお決まりだ。(普段はクレジットカード生活だが、この時ばかりはキャッシュを持って行き、現金でディスカウントを交渉!)



3. 夏の活動 「個人ワークアウト、サマーリーグ、トライアウト」

夏を中心に、個人の選手のワークアウトを担当するということも大切である。チームに所属し手からはチームの選手が中心となるが、アメリカでのオフシーズンは、チームという枠は一度、このオフシーズンにはほどけるようなもので、選手たちもいろんなコーチに教わるし、コーチたちも頼まれれば、いろんな選手にトレーニングを施す。また、夏はサマーリーグ、トライアウトの時期でもあり、トレーニングと共に、試合やトライアウトに参加することで、個々のゲーム感を磨いたり、プロ選手であれば、来シーズンのチャンスをそこでねらう。




• Junior college players (since 2012-) at Los Angeles Harbor College: 90% of players receive a scholarship from 4 years college.
• Kazu Nishimura (summer 2007): To prepare for NBDL tryout for Anaheim Arsenal. He later plays in Germany.
• Greg Stolt (summer 2003 and 2004): He is an international professional player playing in Japan and some countries in Europe after play for NCAA Division 1 Florida University where he plays with Jason Williams and Mile Miller. Senior year they reach to sweet16 before fall against Kentucky. He currently works for NBA (NBA Asia Division).




2003: Manager for California Surf (Head Coach: Reggie Theus)
Association with CBA, CA
Southern California NBA Summer Pro League in Long Beach, CA

2002: Internship for NBA Summer Pro League
Southern California NBA Summer Pro League, Long Beach, CA


自分にとってのサマーリーグでのインターン経験は、単にいろんなコーチたちに挨拶し、自分を知ってもらう人脈づくりの場であった。今ではラスベガスに移転してしまったNBAのサマーリーグが、当時は我が母校の体育館”ピラミッド”で開催されていたので、そこでたくさんのアメリカのコーチや、または日本から選手を発掘に来られた日本のプロコーチたちと知り合える絶好の場であった。その頃、大学院に行きながら、大学のチームの学生マネーじゃーであるということを胸に名刺を作り、挨拶のたびに配った。名刺を作る目的は、自分を自己紹介することそのものだけではない。だいたいそんな忙しいコーチたちが、自分の名刺をじっくり見たり、キープすることなど期待していない。ただ、こちらが名刺を渡せば、あちらも名刺をくれる。その名刺を元に、その日中に、挨拶メールを入れる。自分の意思を伝える。そういったことから始め、ことあるごとにまた挨拶したり、どこかで出あったり、メールを書いたり、、、それが何年後に実るかはわからぬタネをあふれんばかりに蒔く作業が、なぜだか大事なのだと自然に思い繰りかえしていた。それらは、もしかしたら、この17年後の今、役立つものがあるかもしれない。「過去の自分が昔あなたに会っている、あのときの自分です」と挨拶出来る、そんなタネもいつか役に立つのだ。



その他の方法を箇条書きする。

4. 練習見学(他校やプロなど)---メモを取ってよいか許可をとる。

5. 試合観戦 (あらゆるレベル、TV,生観戦)---必ずメモを取る。

6. DVDから学ぶ---ノートにまとめる。

7. 書物から学ぶ---蛍光ペンで線を引きながら、別途ノートやカードにまとめる。

8. インターネットでいろんなサイトから学ぶ。

9. SNS上でいろんなコーチの意見を参考にしたり、可能であれば意見交換する。

10. 子供のチーム(ローカルキッズチームやYMCAなど)の練習を見学する。

11. 他のスポーツから学ぶ---常にアンテナをはる。

12. スポーツ以外から学ぶ---日常からオープンマインドでいるように心がける。

13. スタート地点に戻る---すべての人、物をリスペクトする。謙虚でいる姿勢を忘れない。

14. ブログなどに記録を残し、他の人と共有。また、自身を振り返る記録とする。

m_doginca0505 at 10:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング 

March 07, 2017

アメリカでコーチングを学ぶには? 其の(2) 〜アメリカでコーチになるという永遠のチャレンジ〜

其の(1)では、アメリカでコーチングを学んで、最終的に日本でその経験を生かすことを目的とする場合に関しての一考をまとめた。ここ其の二では、その最終目的をアメリカでコーチになることとして、私が過去に経験してきたこと、現在経験していることを元に簡単に流れをまとめてみたい。ここに書くことは、私の一個人の経験でしかなく、決してそれがベストの方法だとは思わない。ただ、自分で考え、自分で実践してきたことの軌跡をたどることで、今後、同じような道を目指す次世代の人間に少しでも参考になれば幸いである。それは、同じ失敗を繰り返さないようにという、親心でなはい。むしろ、同じ失敗をしても良いと思う。なぜなら、私がランダムにも経験してきた過去の全ての「失敗」が在ってこそ、今の自分があることは否めなく、またその全てを誇りに思うからである。

うんちくは最低限に抑え、ここではできるだけ要約しながら、流れを汲み取れるように書きすすめていきたい。

自分の場合:
2000-2001
大学に付属の英語学校で英語を学ぶ。(約1年間)

2001-
大学院に入学し、コーチングオプションでスポーツ心理学を基本としたコーチング理論を学ぶ。

2001-2004
同時進行で男子バスケットボールに入部し、学生マネージャーとしてチームで働きながら、アメリカのカレッジバスケットボールの世界に浸る。(約3年間)

その間、同校の体育館で主催されていたNBAマープロリーグで毎年インターンを行う。

2004-2005
その後、地元の高校の男子バスケットボール部に所属し、バーシティーチームのアシスタントコーチを経験。(1年間)

(その間、春・秋は学校、冬はシーズン、夏はサマーリーグ。これが続いて、気がつけば5年間、日本に帰っていなかった、、、。)

2005-2007
よってその後、学生ビザ(5年間)を切り替え、延長するため一時帰国。その結果、1年半にわたり、
日本でビザの更新問題に直面。解決するためにいろいろな手を打つ。(1年半)

2005-2006
その間、同時期に発足したbjリーグの大阪チームにてインターンのような形でコーチングスタッフの元で手伝いをしながら、プレシーズンのチーム作りを経験し、同時に日本のコーチとの輪が少しづつ広がる。今思えば、良いタイミングだったが、その時はビザに関しては最も苦しんだ時期であった。

2005-2006
また、世界バスケ開催前に、当時代表アシスタントの方の関係で、彼の持つ全国を回るサマーキャンプや、彼の関わる東京のクラブチームをヘルプ。良い勉強になる。

2005-2007
その間も、3ヶ月ごとにアメリカと日本を行き来。(絶対に帰るつもりだったので、アパートと車をキープし、家賃と保険を払い続ける。そのために、日本では体育館などで日々バイト。)

2005
初めて、アメリカに戻った日の午後に偶然にも(明日を最後に辞めるスタッフがいると)電話をもらったのが、今の職場の社長。翌日からオフィスに出向き、残りの約90日間手伝いにお邪魔することでなんとか自己をアピール。(藁をもすがる想い。)

大学院修了。

2007-
学生ビザ更新問題(OPT使えず)から1年半後に就労ビザ取得。今の会社で働き始める。就職とほぼ同時期から、会社とbjリーグ間での仕事がbjリーグ国際部として始まる。日本の各チームに選手やコーチを送る時の手伝い。bjリーグが企画した海外での活動(子供達の交流戦など)を現地コーディネータとして手伝う。また、NBDLなど、アメリカのマイナーリーグのシステムなどを毎月レポート。

2008-
その間に同時進行で(就労ビザにて働き1年後から)グリーンカード申請。弁護士とのやりとりが続く。修士課程以上の枠が別枠であるため、約1年でとれると言われながら、なんと3年半後に、弁護士から失敗の連絡。それをやり直すのではなく、バイリンガルの要求をそのポジションから外し、新しいケースでやり直す。結果そこから1年未満で取れる。

2012-
グリーンカード取得後は、職を変えるケースが一般的だが、自分は朝早い仕事で、午後に時間を作れるものを探す。同時に、所属できるチームを探す。結果、現職のフルタイムをやめ、パートに切り替えてもらい、働いた時間給だけをもらうことで、自分の時間をマネージし、ようやくバスケットの現場に戻れる生活パターンを作り出す。

最初、履歴書を出し、練習見学に行き続けたトップ・ハイスクールに断られ、かなり落ち込む。それでも近くである全てのハイスクールの試合、トーナメントにできるだけ顔を出し、知っているコーチが来たら必ず挨拶する。

そんなことを繰り返すうちに、どんどん知っているコーチの顔が増える。ある日、高校のトーナメントを見に来ていた現在所属の短大のヘッド・コーチとも挨拶。「今度是非、練習見学に行きたいんですが、良いですか?」が決まり文句、挨拶になっていたが、そこから今の短大でのコーチング・キャリアのドアが開かれた。コーチ・ロザに感謝。

2012-2013
1年目はシーズンの途中からの合流。慣れること、馴染むことに必死だった。集合で人前でしゃべるときの英語に戸惑う。言いたいことを伝えきれないジレンマと心の中で真剣に燃え続ける気持ちとのギャップがあまりにも大きかった。しかし、それゆえに、本当に日々「必死のパッチ」だった1年目。ちょっとした発音の間違いや言い回しの不自然さにとても自信がなく不安になりながらも、それでも毎日必死だったなと思う。何事でも1年目とは「完璧ではないが、特別だった時間」なのだと、今思える。

2013-2014
2年目、正直言って今まで5年間で最も力を入れたシーズン。集合でのスピーチは、それでも必死だったが、コーチ、ジョン・ウデゥンやコーチKの書物を読みあさり、日本で買っていた全てのバスケットボールの書物も日本語で解禁。頭の中で巡る考え、理想、哲学を言葉にする日々。

また、アンソニーから始まった個人指導。そして、その兄弟のアンドレがシーズン前の夏に手首を骨折。ここから、アンドレとの1対1の個人練習の日々が始まる。ここで、久しぶりに(やっぱり)役立った日本でやってきたトレーナーの経験と知識。いつも、選手との親密な関係は、怪我から始まるように思う。病院に行った時に選手がドクターに言われたこと、リハビリの先生に言われたことを聞き出し、全てをノートにまとめる。ドクターとリハビリにも何度かアンドレについて行き、ドクターやセラピストに直接質問する。夜は、携帯電話のテキストを使い、選手として大切なことを伝える。薬、アイシング、ストレッチ、心構え、いろんなことをテキストで伝える。休みの日も体育館の鍵を預かっていたので、個人練習のために出かける。毎日80マイルを運転したあの頃。クリスマスの前日も個人ワークアウト。練習中は、コートサイドで別トレ。基本的に「怪我なしで練習している選手よりも、もっとハードなものを!」をテーマにした。よって、復帰のときは、何がか少し出遅れているのではなく、むしろ引けをとらず、健康だった選手よりも体力もある、シュートも入る、ディフェンスもできる、そんなことを目標に選手を仕上げた。アンドレの復帰の日、選手、コーチたち全員が目を大にして驚いたことは今でも忘れない。弟のアンソニーが目を大にして笑いながら寄ってきて聞いた。「アンドレにどんなことをしたの?」

このシーズン、プレイオフの2回戦で敗退後のロッカールームでは、英語の一番下手な自分が、どのコーチよりも一番長く時間を取って話した。選手全員が泣いた。なぜなら、自分は選手一人一人の名前を片っ端から呼んで、一人づつの思い出を語って行ったからだ。手短に13人の選手の良いところを端から順にスピーチした。金八先生のような気持ちになって、泣きながらしゃべり続けたあの日。一番必死だった日かもしれない。「伝える」ことの大切さ、自分のたったまだ5年間のコーチングキャリアの中で、一番コーチングできた日かもしれない。

その夜、家に帰ったら、夜中アンドレから来たメール。「今までありがとう。僕がどれだけ感謝しているかはきっとわからないほどだよ。」今でも一番大切なメールの一通になった。やってきてよかった。。。チームで最もコーチの言うことを聞かず、口答えしてきたアンドレ。

他にも大変な選手はいっぱいいたこのチーム。振り返ればカンファレンス優勝。負けん気の強い個の集団であった。最も思い出深い。あの時は嫌いなチームが、今ではもっとも思い入れのあるチーム。

アンドレが自分を信じてくれたことは、この後、彼ら兄弟がテキサスの大学に進学後によりわかるようになる。帰ってくるたびに連絡をくれ、何度かご飯も食べに行ったりした。悩み、近況報告、挙げ句の果てに自分の生活はどうなのか?大丈夫なのか?と、こちらのことも心配してくれるようになり、若者の成長は早いのもだなーと、コーチとしての冥利に感動させられた。

2014-2015
その後、3年目は心にぽっかり穴が空いたよう。ある日の練習後にスピーチしている時、二人の選手が急に笑い出した。彼らは、別の日も笑った。そしてそれを何も注意しないヘッドコーチにショックを受け、当分思った以上に心に深い穴が空いた。それからは、頑なにスピーチを避けた。一生懸命に考えても何もその気持ちが伝わらないこととのギャップが、腹立ちとショックで精神的な拒否反応を起こしたのだろうか?情けないが、そんなもんだった。所詮、人間が弱い、人間が浅いな、と自分で思いながらも、そう簡単には自分を言い聞かせたり、奮い立たせることができず、ストレスフルな日々が続いた。個人的な事情も重なり、一時チームから気持ちが離れる。プレイオフの試合にも行けず、最終結果さえ覚えていないシーズン。

2015-2016
4年目、夏のプレシーズン・ワークアウトから張り切る。砂山へと選手たちを誘い、自分も砂丘を駆け上った。デリアンというチームのエース格の選手と、ブランドンというとても能力が高いけれども経験が不足でとても内気な選手の二人をメインに個人トレーニングを繰り返した。ただ、自分の気持ちの方が空回りし、なかなか毎日続けて予定を組めない選手に呆れては、諦めないようにと自分を奮い立たせることの繰り返し。マイクは車がなかったので、必要あらば送り迎えもたまにした。

また、いろいろと個人の事情で一時期チームの活動から身を引くことがあった。「バスケットボールはどこへも逃げない」と自分に言い聞かせ、自分の問題を片付けることに集中。結局、気になって、シーズン後半に試合を見に行く。普段おとなしいブランドンのふとした携帯メッセージ。「どうしてんの?もう来ないの?いつ個人練習できる?」そんなことから、足が試合に出向く。またメッセージ。「今度はいつ来る?」「残りの試合は、なるべく全部行くよ。」「試合じゃなくて、練習は?」そんなことがいつかまた気持ちを体育館に向かせた。一度だけ、、、そう思って行ったが最後。いつも一度では収まらなくなる。それでも試合中はあえてベンチには座らず、後ろに立って過ごした。十分がなことができていない自分が座ってはいけないという思い、チームへの自分なりのリスペクト。それはきっとアメリカ流には伝わらなかっただろうけど、自分の決めたけじめ。

最後のホームゲーム、前半デリアンは絶好調だった。ロッカールームに一緒に戻りながら「調子いいぞ、後半ももっと頑張れ!」「何かわからないけど来てくれたらモチベーションが上がる。できれば、シーズンずーっといて欲しかった、、、」、、、胸がぐーっと苦しくなった瞬間。嬉しい思いと、悪かったな、という苦しい想いがたくさん交差しながら、ロッカールームまでの廊下を歩いた。なんとも言えない気この持ちは、今までなかったぐーっと深ーいものだった。

2016-2017
5シーズン目、なんとか戻ってきた。コーチにも喜んでもらえた。コーチングスタッフも入れ替わった。予想外の変化。今までメインで張り切っていたアシスタントたちも、仕事の都合、生活の変化で来れなくなる。そして新しいコーチも二人加わる。自分は古株としてちょっと張り切った。少し動きやすくなった。シーズンが始まって、これは毎年感じることだが、いつも前の年よりは少し動きやすくなる。教えやすくなる。特に今年は、、、ちょっと自信がついたのかな?練習中も気づいたことがあれば遠慮せずに言えるようになってきた。コーチミーティングでも遠慮したり、タイミングを見計らい過ぎずに思ったことを言えるようになってきた。

個人ワークアウトでも、練習後、試合後のスピーチでも、、、結局、毎年の繰り返しの部分はある。少し「引き出し」ができた感じ。同じネタを使い回す気は無いけど、大切なこと、伝えいないといけないことは毎年同じ、基本は同じだ。そんなことを自分で感じ出して、少し歩くことにスピードがついてきた気がする。今年は、試合後のスタッツやゲームフィルムのサイトへのアップも全て担当。オフィスに残る時間も増えた。まだまだ、バスケットボールは相変わらずわかっていないが、試合の流れも以前より把握し、「自分ならどうする」という考えもかなり出てきた。プレーも責任もって全て覚えた。プレーブックを作って選手に配った。例年のごとく、1週間のタイムマネージメント表や、いろんな資料を配った。大切な言葉を見つけては配った。

個人的に最も力を入れたのは、4シーズン目の最後の試合で活躍を見せたその頃フレッシュマンだったパウロ。ステファン・カリーのプレゲームのウォームアップ・ドリルを分析し、文章化して毎日行った。なかなか、アジリティーやフィニッシングドリルまで今年は辿り着かなかった。なんとかシューターとして彼を育てたかった。振り返れば、正直本人のモチベーションそのものが不足した部分はある。日々しょっちゅう予定変更、今思えば「言い訳」が続き、予定通りに進まないことが続いたシーズン。反省としては、コーチとは、ただ最近の選手の傾向を掴むだけでなく、やはりまだ何もわからない若い選手を導くために、たまには強引に教える、仕向けるという精神的な部分でのレール引き、環境作りも、もっと強引にすることが必要だったかもしれないと思う。それは、その1つの方法がどの選手にも使えるオールマイティーなカードだということではなく、ただ、これから複数の選手を少なくとも10人、13人とチームとして率いていく場合には、そういた形のある程度のガイダンスは必要になってくる。そんなビジョンを持った指導のスタンスをもっともっと考えていかねばならないという部分が、最大の反省点だった。

5シーズン目を振り返って、もっとも意外なことは、1昨年前に卒業して、地元のD2スクールに進学したデリアンのこと。いつも真面目に自分の教えたフォームシュートから始めるデリアンは、長期スパンで結果を出した。何度か彼のチームのオフの日には、うちのコートにトレーニングに来たり、途中からは自分の近いので彼の試合を見にいくようになった。そして、彼のキャリアハイを記録する試合に何度も立ち会った。スリーポイントを4-5本100%で決めた試合もある。試合前、ハーフ、試合後に必ず話す。試合前日もテキストする。試合後も携帯でテキストする。

先日、プレイオフの1回戦で彼らは負けたが、デリアンはカンファレンスのオーナブルメンションに選ばれた。ファーストチームに選ばれてもおなしくなかったが、同校からそれに選ばれたのは二人しかいないシニア(卒業年度生)で、そのうちの一人はしっかりスタッツも残していた。来年こそ、デリアンは間違いなく、カンファレンスを代表する選手の一人になる。プレイオフで負けながらもオーナブルメンションに選ばれた夜、「ワッツアップ、コーチ!オーナブルメンションに選ばれたよ!」というテキストを携帯からくれた。本当に頼もしく、嬉しいことを言ってくれる選手に育った。

たった5年間で、自分が本当に力を入れ、またその気持ちが伝わった選手は本当に少ない。ただ、選手としての成長に結果が出せた数が少ないことが残念なのではなく、特に去年のブランドンのように、なんとか4年制大学に送り込みたかった選手が、スカラーシップを取れず、また自力でも行けるのに行かずにすぐに就職してしまったこと、それがバイト程度の仕事をいくつか掛け持ち、すでに5歳となる娘さんのサポートを頑張ってしようとしていることが残念で、そこをなんとかもう2年間、我慢して学士が取れるまでの教育にプッシュできなかったことは、他人からすればそこまで心配しなくても良いのではないか?と思うかもしれないが、こうして20台前半の青年たちとバスケットボールを通して知り合い、向き合った限りは、短大卒業後にすぐに訪れる彼らの現実に対して、本当にもっともっとマシなアドバイスができれば、もっともっと心に通じることが話せれば、若い彼らの「今」というすぐ目の前の将来を少しでも良い方向に導くことに貢献できたはずなのに、と思うと、それが一番残念な、自分の力のなさだと痛感する毎日である。

2017-
さて、5年間を終え、次のステップを考えている。ずっとこういうままではいられない。ボランティアで仕事を別に持つ状態では、バスケットボールのコーチとして「24時間体制」になかなかなれない。

さて、次のステップを今踏むために、このオフに準備を進めている。いろんな試合(プレイオフ)を見に行く。コーチたちに挨拶する。挨拶したらなるべくその日中にメールする。目標、意思を伝える。


こうして、ただ振り返るつもりが、ついシーズンごとの反省にまで踏み入ってしまった。チームに属する、人と真剣に接するということは、紙の上に箇条書きでいるほど簡単なことではない。コーチとしての成長、それは「知識・技術」だけの話ではなく、「人して」向き合い、付き合うことが毎日のエネルギーを注ぐほとんどであり、コーチとしての「技量」と「経験」や「人脈」そして、「運」も含め、それらすべてが合わさって、初めて『一人の人間として』人から信頼されてこそ、次の道が開けるのだと思う、、、だからこそなる自然のスタイル。

だから、コーチになるためのマニュアルなんて、ない。

自分で歩く、それしかない。

それしか、私にはまだ、わからない。

自分にとっては、

〜永遠のチャレンジ〜

なのかもしれない。

ただ、それはすぐ手の届くところまできた気がする。決して、遠い遠いものではなくなってきている気がする。まだまだ近くはなく、遠いものだが、見えないレベルではなくなってきっという実感こそが、5年間という月日の賜物なのかもしれない。

ようやく見えかけた尾っぽを掴む。

それがまた「あらなたチャレンジ」(次なるステージ)なのだと日々感じている今日この頃。

『コーチである前に教育者であれ。教育者である前に人であれ。』


(後日、其の(3)追記としてもう少し技術的な面の知識、経験の増やし方に触れる。)




m_doginca0505 at 16:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング 

March 01, 2017

アメリカでコーチングを学ぶには? 其の(1) 〜傷だらけの戦士になればいい〜

たまに受ける質問で同じことが何度かあったので、ここにまとめてみる。

「アメリカでコーチングを学ぶには?どうした良いか」である。

まず、大きく二つに分けて考えたい。その違いは最終的にどこでコーチする予定なのか?

1. アメリカで学び ---> 日本でコーチする。
2. アメリカで学び ---> アメリカでコーチになる。

この2つは似ているようで、全く異なる。この2パターンの質問を主に受ける。

大半は1. のケースが多いので、まずそちらから考えてみる。


<1. が選択、目標となる理由>
1)本場アメリカでバスケットボールを学び、それを母国日本に伝えたい。日本のバスケットボールに生かし、日本のバスケットボールのレベルを上げることに貢献したい。

2)ビザと金銭的理由から、最大2−3年間の滞在となる。


<短期訪問型と中期滞在(留学)型>
この場合、最も一般的なのは二つ。一つは、約1週間など短期でチームやコーチを訪問する。もう1つは、アメリカの大学や英語学校に通い、学生ビザのステイタスで(数か月から2〜3年)滞在しながら、勉学以外の時間にチームの練習に参加するというスケジュールである。そして、その場合のチームとは、大学のチーム、高校のチーム、地域の子供のチームなどがある。


<手段・アプローチの仕方>
これらを見つける手段は、人に聞いて、自分で当たる。これしかない。人に紹介をしてもらえると楽で強いが、自分で苦労して探して、自分でアプローチ、アタックすることはとても為になる。こうして積極性を養い、その繰り返しから自信を身につけることができるからだ。その間には、何度も失敗したり断られて、屈辱を味わうこともあるだろう。事実そう言った負の経験とそれを打ち破ることが「力」をつけ、また人を見たり、人とコミュニケーションを取れる「能力」を養うことができる。これは教科書に書いているものでもなければ、お金を払って塾で習うことでもない。「自分で」経験して、「自分で」学んでいくことである。自ら「考え、試し、反省し、考え直し、再度計画し、再度挑戦する」。このルーティンの繰り返しで、そのコミュニケーションスキルに磨きをかけ、より良いものになるだろう。


<遠回りと失敗の繰り返しが成功への学び>
何事も同じ、人の力を借りると「スムーズに」上に上に進む。しかし、「遠回り」して泥臭く進めば、上に進む速度は遅くなるが、そこでこそ、人間の厚みや深みを増し、結果的には、「遠回りして良かった」と思えるような結果となるのだと考える。

私自身、そうやって道を切り開き、這いつくばって、こけながら進んできたように思う。さて、そこに「厚み、深み」ができてきたかは、これから見えてくるのではないだろうか。

そこで、チームに入れたとして、どんどん積極的にぶつかっていけば、いろんなことを教えてくれる。特に1週間など短期な場合は、遠慮している余裕はない。また、先方も「遠望からの訪問者・お客様」として見みてくれるので、比較的協力的にウェルカムしてくれる。また、チーム所属する場合は、チームのマネージャーやアシスタントスタッフとしてのポジションを獲得し、役割、責任を与えられるようになる、、、と思いがちだが、それは以外と「勝ち取る」ものだったりもする。その辺の出方は、周りをしっかり見て「何をどんな風に求められているのか」を見極める「嗅覚」が必要となる。その「嗅覚」は最初から持ち合わせてなくて当然。何度も失敗しても、当然。失敗するからこそ、次は同じ失敗を繰り返さない。それが「学び」であり、それが成功への「進み方」である。

こういう過程で最も大切なことは、

「実寸大の自分を知ること」と、

「自信を喪失しないこと」

の2つだろうか。これらは相反する要素だが、まず何事でも「自分が『いかに何も知らないか』ということを知る」ことが学びの第一歩である。いつまでも、自分は全て知っている、、、と思っているうちは、何も学べない。

ただ、「ダメだー、自分は何も知らない。何もわからないー。」となって落ち込む必要はない。「自分はこうして一歩ずづ学んでいくんだ。」、と一歩引いて自分を見る、客観視できることが必要で、

「”悩む”ということは、前進しようとしていることの証である」

ということに気づけば、”悩み”とは決して落ち込むことではない、、、むしろ誇らしいことでさえあると気付きたい。


<常にフィルターを持って>
ここで、もう一つ大切なフィルター作業がある。
日本に持ってい帰ってその経験を生かすためには、常にそのゴールを考えながらものを見て考える作業を入れていく必要がある。コーチに限らず、トレーナーや他の分野でも「アメリカかぶれ」と呼ばれることを避けることは、あらかじめこのフィルターを用意していれば可能である。「アメリカだけが素晴らしい、アメリカで学んだことがすべてだ。」と手放しで自分の経験を賛美するのではなく、この良さを日本に持って帰って、日本で受け入れ易いように「味付け」、加工するには、どうしたらよいか、、、そんなことをたまに考えながら、「知識・経験」を消化させていく作業を忘れてはならない。これを怠ると、いざ勇んで日本に帰ってから、大変な目に遭う。


<継続進化させるためのコネクション作り>
また、もう一つ将来的にも継続的にその学びを活かすためには、しっかりとコネクションを作って帰ることである。日本に帰ってから、一人で今の”持ちネタ”だけで突き進めると思っては大間違いである。何事も進化する。また百聞は一見に如かずで、自分が経験して得た感触をいつか他の人や次の世代にも伝えられるように、いつでも仲間を連れてアメリカに帰ってこれるように、しっかりと現地でのコネクション、人の和を確立しておけば、その後も自分のバスケットボールの世界を常に「進化させ続ける」ことができる。そうすれば、その旅は終わりでなく、ずっと進むものとなる。

帰国後は、それぞれだろうが、その経験を生かせるチームを探すことは必須だろう。1週間など短期での訪問で、もともと自らが所属するチームがある場合は問題ないが、数か月から2-3年留学した場合などは、これから実際に活躍する場を求めることになる。実際には、これらの作業は、アメリカ滞在中に行われることが多いのではないだろうか?普段から、日本の知人、コーチたちと連絡を取り合うことで、情報をシェアし、その中でチーム探しも同時進行できればベストである。また、そう言った作業ができていれば、ある程度「日本に持って帰るためのフィルター」も常に現在進行形でアップデートすることができるだろうから、一挙両得である。この時に、日本側とあまり連絡が取れていないと、帰ってからの戸惑いが起こるように思う。


<十人十色>
私の周りの知り合いは、こういう道をたどり、それぞれの道で大活躍している同志がたくさんいる。高校で教員となり指導を始め、今では全国大会に出るほどにチームを育てたコーチもいる。もともと教えていた大学に戻り、それ以来、毎年チームごとアメリカに連れてくるコーチもおられる。または、プロリーグチームのアシスタントとなり経験を積んで、今では監督となり、優勝リングを掴んだ同志もいる。また、毎年(何年もにわたり)10日間から2週間に一杯のスケジュールを詰め込んで、全米屈指のチームを訪問され、日本ではその知識と経験を生かして全国でクリニックされるコーチもいらっしゃる。または、毎年より強く広く現地でのコーチたちとのネットワークを広げ、若い世代の選手を連れてきて、こちらで数週間の滞在でいろんなトレーニングを受けるプログラムを立ち上げ実行されているコーチもおられる。同じく中には、その中でもリピーターの参加者を、現地の高校や大学に進学するところまでサポートされているコーチもおられる。

いろんな形で、現地で学び、日本で生かし、また現地で作ったコネクションを生かして今度は人を連れて戻ってくる。そんな日本とアメリカのバスケットボールを橋渡しされているコーチたちは、それぞれがそれぞれの違った経験の元、いろんな方法で、いろんな道を自分の足で歩いて、独自の道を切り開らかれてきた。


<目の前に道などない。情熱で尽き進め!>
ここに書いたことはその中でも私の知るほんの一部の一般的な例でしかない。いろんな先駆者に話を聞くことはもちろんすすめるが、それ以上に大切なことを最後に記したい、それは、

「自分で調べてみて、自分でできるところまで準備してみる」

ことである。これはどんな時でも同じ、最初の一歩。

いざ現地に入るとできることは一つ。それは「自分の足で歩くこと」、「自分で道を切り開くこと」。「力」は実践の繰り返しでつけていくしかしかないのだ。決して効率が必ずしもよくない方法論に響くかもしれない。しかし、熱すぎるくらい熱い「情熱」と「根性」があれば、これから先を阻んで来るであろう幾多の「壁」を乗り越えることができるのだ。

失うものなど何もないのだから、傷つくことを恐れずに、自分の思いに素直になって、まっすぐ前に進んでほしい。


道とは、歩いた後に振り返ればできてるもの。


道はなくても前には進める。


〜傷だらけの戦士になればいい〜



(続編其の二は後日別途追記。)




m_doginca0505 at 13:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング 
ふぅ あい あむ
M-dog
2000年5月:カリフォルニア州ロングビーチにバスケットボールコーチになるため修行渡米。
2001-2004: カリフォルニア州立大学ロングビーチ校 男子チーム・マネージャー。
2003−2004:サマープロリーグ(SPL)にてインターンシップ。
2004夏: 当時同大学女子チームでプレーヤーであった日暮恭子さんと共に、LA在住の日本人の子供たちに独自のサマーキャンプ“K&M Basketball Summer Camp"を開催。
2004-2005: パシフィカ高校 Varsity アシスタント・コーチ。兼LA在住の日本人のキッズチームコーチ。
2005-2006: 日本に一時帰国し。bj-league、JBL、社会人クラブ、大学、高校、ミニの各トップチームを訪問。
2006春: California State University Long Beach コーチング学(スポーツ心理学)専攻、大学院修了。
2007-現在: All American Sports 勤務。
2008-現在bj International Office, Basketball Development and Operations ディレクター。

日本では、
1983-86:加古川市立山手中学校男子バスケットボール部
1986-89:兵庫県立高砂南高等学校男子バスケットボール部
1990-94:龍谷大学学友会体育局男子籠球部
1994-95:同大学女子籠球部コーチ
1995春: トレーナーの道を求め山本利春先生の下に研究生として勝浦へ。
1996−1998:国際武道大学大学院にて、池上晴夫教授、大道等教授、山本利春教授の下、スポーツ医科学を学ぶ。修士号取得。
1995−1998:リクルート(現オービック)・シーガルズにて吉永孝徳ATCの下ボランティア・トレーナーとして修行。その間、2度の日本一を経験!
1997−1999:千葉の短大、看護学校などで非常勤講師を務める。
1997−2000:勝浦整形外科クリニックにてDr.有馬三郎の下、アスレティック・トレーナーとしてリハビリテーションルームで従事。ACLをはじめ多くのスポーツ外傷・障害のリハビリを担当。
2000春:U-14東京代表サッカーチームのスペイン遠征にアスレティック・トレーナーとして帯同。

心に誓う言葉:
「好きこそ物の上手なれ!」「強く願えば、必ず叶う!」「人生一度、賭け事は仕掛けねば始まらず!」