February 09, 2018

失敗した後が最も大事:リカバリーする力を養う場所、バスケ

我々は必ず失敗する。

必ず何らかのエラーが起こる。

バスケットボールの動きでも、日常の生活でも。

我々は生身の人間である以上、完璧ではない。マシンではない以上、起こる過ち。(マシンでさえ、たまに起こる!)

最も大切なことは、失敗をどう対処するか?

失敗から何を学べるか?

時間に遅れる選手がいる。練習に来れないこともある。

その時、的確な対処ができない学生が多い。連絡を入れる、代わりの対策を考える、そこから出着るベストに全力を尽くす。。。など。


ある遠征先のホテルから試合会場への移動で、ユニフォームを忘れたクリス。

急いでバンを走らせホテルに戻る。部屋にない。バンの中を再度見る、シートの下、トランクエリア、どこにもない。フロントデスクにも問い合わせる、、、ない。

ふと、前夜にチェックインの際に、最初、間違って隣のホテルにチェックインしようとしたときに、荷物を持ってフロントで待っていたことを思い出す、、、そこで、カバンを置き去りにした可能性があると、言う、、、そんなことあり得るのか?ー>すぐに、隣のホテルへ、、、フロントに自分で行かせる、、、あった!

バンを試合会場へと走らせるなか、落ち込んで自分自身に腹立てるクリス、に言う。

「戻ったらヘッドコーチにさっと謝って、すぐにアップに合流すること。その為に、今からできるベストを尽くせ!時間短縮のため、バンの中で今、運転してる間に着替えろ!そして、戻ったら、さっと気持ちを切り替えて、ゲームでベストパフォーマンスを出すことだけに集中すること。ここで後悔は、一切その為には役に立たない。言い訳できないのだから、前に進め!今からできるベストを尽くし、失敗を対処せよ。起ってしまった事実は、消せないのだから。」

「わかった。」

その試合でクリスは、今まででベストのパフォーマンスを達成した。20得点、5リバウンド。そして、その翌日も17得点と安定。

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バンの中、クリスの「また忘れた。。。」の一言に、こう伝えた。「まずは、自分が忘れ物をする人間だというセルフイメージを変えないといけない。また忘れた、、、そう言うセルフイメージは、自分がそういう人間だということを認めてることになる。自分はそんな人間ではないんだ!と、忘れ物などあり得ないんだ!と思わなければ、忘れるたびにそれを受け入れてしまっている。その失敗を受け入れることなどできない!という気持ちで、かつ同時にそれを自分の弱点として知ること、そして弱点を補える、事前にそれが起こらないように予防できる策を見つけ出すことが、必要。それは仕事でも同じ。勉強でも同じ。いつも言っているように、自分の長所を知って長所で勝負することもひとつだが、(私は)いつも自分の弱みを知って、それを事前対処できる策をいくつも用意してる。最悪のミスが起こらないように対策しているよ」と。

「なるほど、わかった。」

**************

<あきらめやすさ>
クリスの場合は、ある程度安定した家庭というバックグランドのあるのんびり君だが、よく、「タフなエリア、貧しいエリアで育った子は、負けん気が強く、勝負強い、ハングリー精神がある、、、」というステレオタイプがある。
ー>意外とそうでもない。ようするに、いろんなことにギブアップしないといけない人生・生活を送ってくると、何か負の事態が起こったときに、すぐ「またか、、、」と思ってしまう精神状態が作りあげられてしまい、それを「あきらめる」ことで対処する習慣がついてしまうことがある。ほしいものが買えない、買ってもらえない、家に帰ってもまた家族との喧嘩・問題がある、そんな日常を繰り返し育つことで、「対処」するわざは「あきらめ」、「高みを求めない」ことだったりする。自然と、高みを求めたく無くなる心理もわかる。

これに対し、裕福な家庭で育った子は、何でもほしいものを全て与えられて育っているので、我がままで、またあまり物事に感謝しない傾向もあるし、親がしっかり躾けしていれば、礼儀正しく、感謝の意を伝える習慣がある子もいる。ただ、「お前はできる!素晴らしいんだ!スペシャルな素質があるんだ!」とおだてられて育っているから、失敗を認められないという傾向と同時に、高いセルフイメージを持っているプラスもある。

ただ、どちらの場合も、バスケットボールが上手くなるには、「学び方を知っているか?」「コーチからのアドバイス、指導を聞く耳を持っているか?より上手くなるために、スペシャリストからのアドバイスをほしいと求めてるか?」という本人に姿勢の有無に行きつく。そして、それは社会に出てからの人生においても同じだろうと思う。

人をリスペクトできるか?
物事に感謝できるか?
団体という自分(個)よりも大きなものに属しているということはどういうことか?その中での立ち位置を理解し、役割が果たせるか?

そういったことを学んでもらう場がバスケットボールというスポーツをチームで活動するという時間なのだが、ここで出会うまでのそれまでの20年間という人生で、どう育ったか?育てられたか?親、環境、学校、地域、宗教、そういったことがすでになんらかの精神の形を良くも悪くも形成してきているので、バスケットボールしかり、、、その個々のバックグランドを知ってコーチすることで、「物事を修正」していくとともに、その後も自分で「自己修正」を繰り返しながら生きていける力の一部を捧げることができれば、ここは本当に素晴らしい「場所と時間」だと思う。

そしてそれは、とても素晴らしいことだと同時に、とても簡単ではない、結構な難関であることも日々感じつつ、なんとか少しでもましな時間を作り出せるように、自分のモチベーションを保ちながら、現実とのギャップに落ち込みすぎず、ただ現実とのアジャストも行いつつ、目標・スタンダードを下げすぎないように、、、このバランスが何とも難しく、、、またそれが楽しい日々。。。

2018年の冬

m_doginca0505 at 04:39|PermalinkComments(0)Mental / “心” | Coaching / コーチング

December 02, 2017

グッドプレーヤーと、上手いが、なぜか?イマイチな選手との違いは何か?

<1>分析(analysis)

前回のトレーナーである友人とのミートからずっと答えていなかった質問に対して、時折思いついては答えを探して携帯にメモしている。そして、日頃のコーチングの課題から視点を変えて、それらを再度眺め直してみる。

質問、課題:
「コーチとして選手に何を求めるか、選手を見るとき(探すとき)にコーチが一般に大事にすることを5つ上げよ。」とのトレーナーの友人からの問い。(世界最高レベルのバスケットボールチームで活躍する友。)

<ざっと考えてみる>
どうも5つにはまとまりきらず、日頃、口にしていること(他のコーチとの会話から)を書き出すと:

1. Mental toughness (a fighter?) 精神的な強さ(戦闘心があるか?)
2. Physical toughness (Muscle strength) 身体的な強さ(筋力)
3. Stamina (conditioning, good shape?) 持久力、スタミナ
4. Shooting skill and its range シュート力(技術と範囲)
5. Can he finish? (driving skill and toughness) 得点力(ドライブでフィニッシュできる技術とタフさ)
6. Can he defend and get rebounds? ディフェンス力とリバウンド力
7. Basketball IQ (knowledge) バスケットボールの知性(知識)、センス
8. Leadership リーダーシップ(統率力)
9. Decision make (smart?) 判断力(賢いか?)
10. Character (good person?) 性格の良さ(人間性)
11. Team player? (unselfishness) チームプレーヤーか?(自己犠牲できるか?)
12. Willing to learn? (coachable?)  成長に対する意欲(教えられていることを望んでいるか)、モチベーション

<分類し直してみる>
大まかに思いついた分類は以下の4つ:

A. Mental aspect 精神面
B. Physical aspect 身体面
C. Skill aspect 技術面
D. Humanity 人間性

では、先の12の要素をこの4つに振り分けて分類してみると:

A. Mental aspect 精神面
 1. Mental toughness (a fighter?) 精神的な強さ(戦闘心があるか?)

B. Physical aspect 身体面
 2. Physical toughness (Muscle strength) 身体的な強さ(筋力)
 3. Stamina (conditioning, good shape?) 持久力

C. Skill aspect 技術面
 4. Shooting skill and its range シュート力(技術と範囲)
 5. Can he finish? (driving skill and toughness) 得点力(ドライブでフィニッシュできる技術とタフさ)
 6. Can he defend and get rebounds? ディフェンス力とリバウンド力

D. Humanity 人間性
 8. Leadership リーダーシップ(統率力)
 10. Character (good person?) 性格の良さ(人間性)
 11. Team player? (unselfishness) チームプレーヤーか?(自己犠牲できるか?)
 12. Willing to learn? (coachable?)  成長に対する意欲(教えられていることを望んでいるか)、モチベーション


すると、この4分類に当てはめにくいものが残った:
 7. Basketball IQ (knowledge) バスケットボールの知性(知識)、センス
 9. Decision make (smart?) 判断力(賢いか?)


また、A. Mental aspect 精神面と、D. Humanity 人間性に振り分けられた項目らは、心に共通に関連するものだとして、1つにまとめても違和感はない。

ただ、2つ取り残された 7. Basketball IQ (knowledge) バスケットボールの知性(知識)、センス
と、9. Decision make (smart?) 判断力(賢いか?)に関しては、心の問題ではなく、「知性」の問題で、別途分類した方が良いかもしれない。

そこで、分類項目を以下の4つ、または5つとすることができる。

A. Mental aspect 精神面 ・Humanity 人間性
B. Physical aspect 身体面
C. Skill aspect 技術面
D. Intelligence 知性

A. Mental aspect 精神面
B. Physical aspect 身体面
C. Skill aspect 技術面
D. Humanity 人間性
E. Intelligence 知性


さて、この「選手を見る観点」を5つに絞ろうとする分類作業で、偶然にも新しい分類として捉えた、「知性」の分野が、実はコート上で最も華やかに映る「技術面」と意外にも相反する、もしくは、少なくとも全く別の立ち位置に存在することに気づき、それを明確に分けて考えると言う視点にたどり着くまで、ずいぶん時間がかかってしまった。



<2>問題の発見!(findings, why?)

いわゆる、上手いのになぜが試合ではイマイチな選手、言い換えると、個人の能力に関しては、身体能力も技術も申し分なく秀でているのに、ゲームではそこまでさえない、期待度に反する選手、がいる。そういった選手は、私の見る限り、ミスが多いのも一つの特徴である。そういう選手に、日々直面しながらのコーチングをしているうちに、この「バスケットボールの知性、知識、経験、判断力」の不足、低さと言う目に見えないもの、なかなか教えにくいものに原因が起因しているという現時点での結論に行き着いた。

どれだけスキルレベルが高くても、どれだけ身体能力が高くても、試合で正しい状況判断を下せない選手は、間違った選択を繰り返し、もったいないことに、その能力を生かせない、という結果に陥るケースを多く見かける。

そして、それは「経験のなさ」だと簡単に括られがちだが、実は、「オーガナイズド・バスケットボール」と呼ばれる、パークやストリート・バスケットボールとは差別化して捉えられる、「大学やプロレベル、もしくは高校や中学でもしっかりとコーチされてバスケットを習い、学び、プレーしたことがあるか?」という特定の「経験値」をさす。なぜならそれは、部活やチームに所属していなくても、公園やフィットネスジムや、ローカルの体育館のオープンジムで、日々ピックアップ・ゲームをそれもかなり激しくプレーし、楽しんできた選手も多いからゆえにの、差別化である。

そういったパークゲームでは、しっかりとしたチーム戦術や、チームフィロソフィーがあるわけではなく、単純に言うと5つの個別の1 on 1が繰り広げられる傾向が強い。より細かく突き詰めると、チームディフェンスとしてのヘルプディフェンスがない土台の上に、激しく派手な個人技による1 on 1が繰り広げられ、楽しまれているのだと言える。

そういった環境でストリート・バスケットボールで技を嗜んできた選手は、きちんとした大学のオーガナイズド・バスケットボールのプログラムでは、意外と苦労する。

なぜなら、ヘルプディフェンスが後ろに層をなすディフェンス体形に対してのバスケットボールのゲームを経験していないからであるという一つの答えに行きつく。だからこういった選手は、ボールを持つやいなや、ドリブルをついてしまい、すぐに1 on 1が始めてしまう。そして、すごい勢い(スピードとスピンなどの派手な技術)で、2人も3人もヘルプ・ディフェンスがいるサイドに自分からつっこんでしまうケースが多々ある。

悲しいかな、こういう悪い習慣が長年にわたるストリート・バスケットボールの結果、身に着いてしまった選手のバスケットボールと言うゲームに対する捉え方、見方を変えていくことは、非常に難しい。

それは、先日もベンチに戻ってきたある選手が隣で試合を見つめる中で、「あ〜、これか〜ぁ!」とわかったのだが、同じ試合を同時に見ていても、実際に目の前で繰り広げられる一つ一つのプレーから見えているものが違う!見方が全く違う!その選手の口からはしょっちゅう「いけ、スティール!ブロックに行けたー!打て!打てたのにー!」という瞬時瞬時のプレーに対する反射的(リアクション)判断が繰り返され、危なかしい、リスクだらけの判断のもと、ビッグプレー、観客や相手の選手を驚かせるような派手なプレーを本能だけで追い求めていることがわかった。

これらは、彼ら若い世代に多い傾向で、その理由の一つにここ数年での急激なSNSの普及が挙げられる。インターネット上では、派手なダンクやスピンなど、運動能力を生かしたプレーを結集させたハイライト集を見ることが増えた。また、以前に増して、映像も文章も短く、瞬時だけを捉えるものが増えた。そのような映像ばかりを見て楽しみ、そのままコートに現れる選手たちの頭の中は、そう言ったプレーで溢れており、プレーそのものに関する考え方、求めるものが基本的に違って来ている。

だから、シンプルなプレー、リスクの少ないプレー、確実で理にかなったプレーをコーチングしても、なかなかしっくりと納得しないのだろう、、、なかなか直らない。ワイドオープンのできるだけイージーショットを求めるためにデザインされたプレーの意をくみ取らず、タフなコンテストショットをディフェンス相手にカッコよく決めることが素晴らしいプレー、絶賛されるプレーだと思っている。また、運動能力がずば抜けており体が動くことが、厄介にも、それらを許してしまう。



<3>どうやってそれをコーチングする?(how to, tool)

しかし、それらを数値化すれば、単純に確率は低く、アテンプト(試した)数だけが高い。しかし、たとえ決めたとしても同じ価値の2点の派手なプレーを彼らは異常に喜び、同時に、今までの数々のミスを帳消しにしてしまう傾向にある。

ただ、最近は面白い数字があり、その選手がコートにいた時間帯(プレーした時間帯)の個人のスタッツではなく、チームのスタッツ、チームの状況が良かったか、悪かったかを数値化したものがある。その数値が+で大きければ、チームに対する貢献度は高く、その数値がーに大きければ、チームにとっては、マイナス効果の選手であると見ることが出きる。それらは、パスミスなどのターンオーバーから相手が得点したり、ディフェンスのミスから相手が有利になるようなことを数値化したものだといえる。

最近では、それらの数値を評価に使うことで、各選手がチームに与える影響を説き伏せることができ、なんとか従来の個人スタッツだけでは見えなかった部分を教えられるようになり始めた。

今後は、これらの症状(傾向)をもつ選手を、どういう手段(ツール)を使って、プレーに対する理解値を高めていけるかが課題となる。

現時点では、試合のフィルムを個人的にコーチと一緒に見せることで、1つ1つのプレーを見ながら、どういったプレーが良いプレーで、どういったプレーが悪いのかをその理由を含めて、地道に説明していくことが一つだと思われる。もちろん、練習中にも同じような指導は繰り返されるが、やはりあらかじめそれを共に予習することには、いくつかのメリットがある。


1.あらかじめ一緒にプレーを見ながら説明することで、のちの練習現場(その場その場)での指導でも理解し易くなるための、共通理解の地盤を作っておける。

2.また、映像を使い客観的にプレーをみることは、コーチと選手が外から同じ目線でみることができるので、選手もプレー中よりも理解しやすく、そのイメージを脳裏に焼き付けることができる。



<4>人として、人となり。

コーチングにおいては、そのチームやコーチのフィロソフィー(哲学)に始まり、チーム戦術、ドリル(練習方法)、トレーニングなど多岐な知識、能力(実践力)が必要とされるか、どんなレベルでも、必ず必要なスキルが、「コミュニケーション能力」と、「伝える力、教える力」である。

この「伝える力、教える力」こそが実は最も大切で、また、なかなかこの情報が多岐にわたるインターネットの時代でも、そこからは学ぶことができないものである。それは、短なる「知識・理論」とは異なるからであろう。コーチの「人となり」を基盤とした人間性、コミュニケーションスキルとは、教科書や映像から、ひとえに学べるものではなく、時間をかけて、人生を生きていく中で培うものであるからだと言えよう。

これこそが、我々コーチは、

「コーチである前に、教育者であれ。

教育者である前に、人であれ!」

といわれる、所以である。

こういった意味で、私は日本の学校で教師として、バスケットボール部の指導に当たる先生がたを本当に尊敬しており、いつもそういった先輩がたから多くを学びたいと考えている。

「人として」。それは、日常の人付き合いから、いろんな人から学べることで、そういった意味では、我々コーチと名乗る人間は、いつ時も、心をオープンにして、常に謙虚に学ぶ姿勢を忘れてはならない。

「人として」学び続けることが、コーチングそのものに生かされ、またそれ故に、コーチングとはそれこそが「学び」なのだと思う。

子供たち「から」学ぶ、
子供たち「と」学ぶ、
教えることから学ぶ。

これらは、決して言葉だけの綺麗ごとではないと、ヒシと感じる毎日である。








m_doginca0505 at 19:10|PermalinkComments(0)Coaching / コーチング | Game / 試合

September 19, 2017

Do my BEST!!! 最高の自分を

夏を振り返るといろんなことがあった。

<プロ選手とのサマー・ワークアウト>
これは自分にとっても大きかった。「信用」されればその信用を裏切らないように、精一杯頑張る。「頼って」くれれば、その期待を裏切らないように、全力でベストを尽くす。そして、そこに『信・頼』が生まれれば、嬉しい。。。

できることは自分の今のベストでしかなく、もっともっと素晴らしいものを与え、献げたかったが、もっとそれをできるような自分になろうと誓い、来年にまた新たな課題と目標を掲げながら、「今」できることは「今のベスト」で尽くした夏の2週間。


<昇格か停滞か>
本格的に、ステップアップを図った。他州での大学でフルタイムのコーチングオファーが決まりかけた。一人の選手とセットのディールだった。正直、舞い上がった。そして、迷いに迷った。行こうと決めた翌週には、「やっぱり、もっと上を目指そう」と、このオファーを流すことを自分で考えた。それで気持ちが楽になったのは、それが自分の素直な気持ちだったからなのかもしれない。そして、その「欲」に近い希望、夢に、やはり現実を再度しっかり見て、そこからまた食らいついて始めないといけない、ということを気づかされる時間も得た。結局のところ、そのオファーには違う選手が行ったが、その選手は2年間ずっと力を入れてきたパウロ。結果的に、そのオファーでその大学に行かなかった(もう1年間、短大でのエリジビリティーもあるから残った)のも、同じく去年力を入れ、少しづつ信頼関係を気づいたジョー(ジョエル)。その大学は今年、新任でヘッドコーチとして自分にもそのオファーをくれたが、結果的にはプログラムの予算の問題がクリアできずに、今シーズンは自分を雇ってもらえるに至らず。ただ来年に向けて動いてくれるというから、その時はまた考えよう。

ローカルでも4年制のチームに動ける話がだいぶ動いた。これもかなり興奮し舞い上がったが、最後の最後になって、急に変更。実はチーム内の複数の問題が新しい選手や新しいコーチングスタッフに起こり、その結果、自分の話はプライオリティーが低かったのだろう、こちらも来シーズンに見送られた。。。もしここに行っていれば、教え子であるデリアンのシニアシーズン(最終年度)を共に戦えたと思うと、今年であることにこそ大切な意味があったのだが、結果は結果。不可抗力もあるから、ただ受け止めて進む。


<結果、残留。停滞?>
ところが、戻って来た今年の現チームもコーチング・スタッフがごっそり入れ変わった。先日コーチの家であったハウスパーティーで2人のコーチが去ることを明らかにした。選手もジョーとラリーの2人を除いて皆新しい。現段階ではまだ25人もいるという異例の年。この週末に2回目のショーケースがあり、それには12名だけが選ばれ、大会参加。結果は、接戦を落とし、1−3。ただ、最後の1戦は、アシスタント3人に任されての勝利!これは大きかった。また、10月1日の公式練習まで、この25人からまだまだ絞っていく日々が続く。


<試合明けのオフなしの練習>
練習後に、自分がこの後今日は30分だけだが残るというと、たくさんの選手が教えて欲しいと名乗り出た。しかし結局、10分だけと聞いていたコーチズ・ミーティングが、ふたをあければ、話しこみ、1時間以上に長引き、フロア(体育館)に戻ったらほとんどの選手は帰ってしまっていたが、、、それでも一番力を入れたい2人がいたので、少しだけ特訓!特にQは今年の最も能力が高い選手だが、「フリスローを教えてやって欲しい」と先日の試合後からヘッドコーチに頼まれていたので、その後、自分も友人との約束が詰まってはいたが、いつもの衝動に駆られて、そこから少しワークアウトを。。。そしてその後、ずっと横で待っていて手伝ってくれたヘンリーとも少しだけワークアウト。ヘンリーは、去年も夏のワークアウトに来ていた選手で、その後、遠くに引っ越したが、そこからまた連絡をくれて、今年また戻ってきた選手。去年の夏に最も力を入れた選手が去ったときは残念だったが、、、今こうして戻ってきてくれて嬉しい。

結果、予定していた友人との約束はキャンセル、無理言って明日に延ばしてもらった。(旅行で来てるのに、カイヤ、ご免!)

今年は、ビッグマン不在という、ヘッドコーチにしてみるとタレントが低い、ちびっこ集団だが、キャラクター(性格)が皆良いので、楽しみ。伸び幅がグンとある予感がする。コーチして楽しいシーズンになる予感がずっとしている。


<そして、コーチング・スタッフも良い>
非常に良いバランス。一時7人もいた3〜4年前からガラッと変わった。当時と変わらないのはヘッドコーチと自分だけだが、もう2人の新しいコーチはそれぞれとても良い。皆、キャラが(コーチング方法が)違うから、それでいて、互いをリスペクトしている空気が良い。

個人的には、ヘッドコーチが思っているより、ずっと良いシーズンになると思う。これは、ヘッドコーチと比べて自分の経験不足からくる楽観性、ではない。

このスポーツの面白いところ、「小さいなら小さいなりに勝ち方がある」ということ。それを実証するに最高の年。

           *****************

ずいぶん前に行ったクリニックでずっと耳に残っている言葉が、今年クリアに前面に出てきた。

「今目の前にある仕事、今持っている仕事をベスト・ジョブだと思え!そして、それに全力を注げ!」

クリニックではカレッジのトップ・コーチたちがスピーカーで、参加者のほとんどは高校のコーチ。参加者の皆が、タレントぞろいで、予算もあり、レベルの高いバスケットボールに集中でいるトップカレッジのコーチング・ジョブに憧れるのは、当然のこと。ただ、他人の庭の芝が青いのを眺めて、自分の今に不服だけを垂れても何も始まらない。ハーフ・アス・ジョブ(ケツ半分の仕事っぷり)で今の仕事をしているようでは、いつまでも新しいチャンスなんて巡ってこない。


もう一つ、好きな言葉;"Everything happens for reasons".

すべて起こることには理由がある。意味があってそうなっているのだ。だから、どんな状態に陥っても、どんな出来事が起こっても、そこに意味あり。その理由をしっかり見つけて当たること。

今回の、自分の状態も、、、間違いなく「理由」がある。そして、それは間違いなくポジティブな理由。


言葉で語るだけでなく、態度で、結果で示そう!

なんともエキサイティングなシーズン!

Do my best! それしか、ない。それしか、できない。

最高の自分を、、、毎日しっかり、前に前に出して、出し切って。。。

選手は間違いなく成長する。。。

自分の成長も、負けてはいられれないなぁ。

ほっておいても、月日は経つ、歳はいくから。。。


m_doginca0505 at 16:00|PermalinkComments(0)Coaching / コーチング | Mental / “心”

June 20, 2017

日本とアメリカのコーチングの違い(3)これが最もアメリカでも難しい部分

(続編)

3. 「言語指導とその壁、と本来の意図」

言語の壁があることは否めない。それはここにきた17年前から分かっていることで、時とともにその問題はもちろん緩和していくが、十分なレベルに到達するにはまだ時間がかかることも確かである。ただ、17年前に英語学校に入った時からを比べなくても、6シーズン目を迎える今と、始めたばかりの5シーズン前、3シーズン前、そして1シーズン前と比べても、「教える、コーチング」に関する英語に関しては、明らかに変化、前進し続けている。ただ、いつまでも、自分の日本語と英語のレベルのギャップは大きく、また自分の持つ体育の用語、動きに関する表現においても、英語では自分の思っていることの100%を伝えきっているとは言い難い。

ところが、言語で伝えるということは、それが第一言語でも、第二言語でも実はそんなにかわらないこともある。それは、トレーナーを経験したことを思い出せば簡単で、我々トレーナーの仕事の一つはスポーツドクターとアスリートの間に入って、それぞれのわかる用語で話し伝えることであった。そのためには、医学用語がわかっていないといけないが、若い頃はその頑張って覚えた医学用語をたくさん使ってアスリートに伝えようとする。ところが、それではアスリートはちんぷんかんぷんで、また、それでは間に入ったトレーナーの意味がない。経験のあるトレーナーであればあるほど、難しい医学用語をうまく噛み砕いて、とてもわかりやすくアスリートに伝える術を持っているものである。

コーチングもまさに同じで、どうしても頭の中で分析して考えた難しい法則をそのまま伝えようとしがちで、かつそれを英語にしようとするから、わけわからんことになる。きっと、聞いている選手たちは辛いだろうし、結局のところ、同時に出ているボディーランゲージをかろうじて読んでいるのかもしれない。

これらをいかに日常の言葉と言い回しで伝えられるか、、、それは教書を読んで勉強することではなく、専門用語を覚えることでもなく、如何にこちらの日常に入り込んだ生活をしているか、、、それがすべてである。だから、できるだけ20代前半の若者たちを過ごす時間を増やすことも大切だし、また他のコーチが教えている時の内容だけでなく、「言葉の言い回し」も盗むという作業が必要である。これは、注意して聞くと意外と面白いもので、同じことを表現するにもそれぞれのコーチによって表現の仕方が微妙に異なる。どの言い回しが自分にしっくりくるのか、どの言い回しが選手たちにしっくりきているのか、、、そう言った平たい方法論の部分を日常から習得していくことは、実践としてとても大切な部分である。

ただ、今回のボクサーの方たちとのディスカッションで得たポイントは、言語指導や言語そのものの本来の目的に着目することである。それは「意図を伝えること」に集約された。それは、長々しい言葉の羅列、専門用語の羅列ではなく、もっともっと「感情的」な「音」であることでさえある。例えば、怒りを表現するときに「僕は怒っています」と低い静かなトーンで綺麗に言葉を並べてもその意味は伝わらないが、思い切って「あーーーグアッ!!!」って叫んだら、その怒りこもった「音」の方が、その人が怒っていることが伝わる。この場合は感情の伝え方になるが、例えば「しっかり腰を入れて、綺麗に楕円を描く」というよりも、動きを見せながら「スーッと抜ける感じ」と言った方が伝わることもあるかもしれない。もちろん、動きを見せることは言語指導ではないが、元はと言えば、言語指導でなくても良いのだ。それにこだわる必要はなく、「伝える」ことが大事で「伝わる」ことが大事だからだ。

もう一つのキーは、「リンク」であった。その相手が持つ何らかの興味や経験を見つけ、それでも同じことが起こるだろう?という言い回しで、相手のすでに持つ経験や感覚とリンクさせることができるような方法を見つけるということであった。それは、他のスポーツでも、音楽でも、日常生活の動作でも、漫画でも、映画でも何でも良い。そんな引き出しをたくさん持って、パレットを最大限に使った絵を描けるか、そんなアビリティー(能力)がコーチングの「伝える」というメイン作業の実は最も求められる核なのだという話。選手に伝えられない知識には意味がなく、ただの知識の集取は、食べることができないガラスの林檎みたいなオブジェでしかないとさえ言える。

食べられる林檎をいくつ持っているか?料理を楽しませる味付け、方法を知っているか?それとも、最高級の材料は集めたけど、それを提供するシェフの技術を持たないか、、、これは、意外と見えない部分だが、実は、選手たちがそれを一番知っている。

昔、あるコーチが来てくれて指導を受けた日に、いつもの何十倍も理解した。そして、それを当時のプレーヤー(デリアン)に話したら、彼も同じように理解していた。そして、自分はその英語が聞きやすいためだと思っていたが、デリアンはそうではないと言った。デリアン曰く、今日のコーチは自分たちに「話しかけて」自分たちが理解しているかを確認しながら話したが、もう一人のコーチは「ただ喋っているだけ」だと言った。19歳、20歳のいつも話を聞いていないような彼らの恐ろしい感覚にぶったまげたのを思い出す。

我々コーチは、一見何も聞いていないような、何も気にしていないような若者たちに、全て見透かされている、という現実を重々に覚えておかねばならない。結局、コーチとしての評価は、選手たちがしてくれる。それは、我々コーチ間でのお互いの評価とは異なるのだろうなと思う。

おとといのクレアランスとの個人トレーニングで、いきなりショットの感覚をとうとう掴んで、いきなりショットが面白いように美しい弧を描いて入りだした瞬間があった。本人も「わかった!」と言ったし、自分も「それだ!」と思った。そして、その時慌てて聞いた。「クリアランス、今まで同じことをずっと言ってきたつもりだけど、今日使った言葉のどの言い回しがわかりやすかったのか?」と。するとそれは「同時に」という簡単な言い回しであったと言う。それも動きが起こっている時に常に横で呪文のように、しかし、声に力を込めていった気がする。

いつもの「この関節とこの関節を同時に」とか、「この関節をある程度延ばしてから、次にこっちを」とは、似ているようでちょっと違っただけ。ただ、そのちょっとの違いが、大きな違い、結果を生み出した。

簡単に言うと、長ったらしいのはダメ。
理屈っぽいのは、論外。
感情を込めて!

ただ、その帰り、ずっとクリアランスが「今日のワークアウトは良かったよね?」と聞くから、それに同意しながらも一つ付け加えた。「クリアランス、確かに今日のワーカウトは最高だった。ただ、今日、急に上手くなったんじゃないよ。今まで2ヶ月、地道にやっていたからこそ、今日の結果が出たんだよ。結果が出たのは今日だけど、それを生み出したのは、昨日までの2ヶ月の積み重ねだよ。スポーツの進歩、上達ってそういうもんなんだよ。」



***以下の最後のトピックに関しては、後日追記予定***

4. 「これからの自分なりの考え方」

m_doginca0505 at 16:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング 

June 19, 2017

日本とアメリカでのコーチングにおける違い(2)アメリカで教える方が「簡単」な理由

前から感じていたことで、いつか暴露しよと思っていたアメリカで教えることの、実は「簡単さ」。それを掘り下げて考える機会を得たので、だいぶ考えがまとまってきた。

こちらでは他のスポーツや芸術で、自分を磨くために、より高いレベルを目指してくる強者に出会える機会に恵まれることが多い。昨晩は、前回もお会いしたボクサーの方とギターから始まり、スポーツに、そしてコーチング、技量鍛錬へと話が膨らんだ。

これを機に、前から聞いていた、あまり理解できなかった「教えすぎてはいけない」という言葉も、自分なりの飲み込み方ができるようになった。

また、「言語指導」という言葉を取り巻く自分なりの疑問も、かなり片付いてきた気がする。

そして、最近聞いた「クローズド・スキル、オープン・スキル」に関しても言葉が違うだけで前々から行ってきたことの用語違いだったが、これも実はアメリカで教えることの「簡単さ」に繋がったりする。


1. 「勝手にできてしまう」
2. 「教えすぎてはならない」の解釈の仕方
3. 「言語指導とその壁と本来の意図」
4. 「これからの自分なりの考え方」


1 「勝手にできてしまう」

こちらで自分が教えているのは、基礎の基礎。決して難しいことは教えていない。ただ、短大に来る選手は理由があってここに来ている、言い換えれば、他には行けなかった、D1などの4年制大学に高校からストレートでいけなかったわけがある。

その理由のいくつかは;

学業成績が足りなかったり、
経済的に学費が払えなかったり、
そして、規律が守れない、素行が悪い、、、などのほかに、
「運動能力は高いが基礎をできていない」ー>「基礎をきちんと教わる機会がなかった、そう言った指導者に巡り合わなかった」である。

だから、ゲームをすると凄いダンクを披露したり、凄いスピンムーブや目の覚めるようなアシストをしたりする選手はたくさんいる。ただ、状況判断を間違ったり、無駄なドリブルをついたり、ディフェンスがいるのに突っ込んだり、、、ただ、そんな効率悪いこと、理屈に合わないことをしても、やり切る、できてしまう能力の高さが全てをカバーしてしまう。

必然性がないから、気づかない「基礎」の必要性、重要性。しかし、それを教えるのが我々コーチの仕事で、それをすっ飛ばして、短大のゲームを戦うコーチはたくさんいるが、我々のゴールは、彼らをバスケットを通じて4年制大学へ進学させ、より高い教育を受けさせること。そうである以上、次のレベルに行けるように、そして次のレベルでも通用するような選手を育てる、その為には、結局のところ、「強い基礎、しっかりとした基盤」を抜きにすることはできない。

ただ、ちょっと教えると「できてしまう」と言うと語弊があるかも知れない。事実、基礎を身につけさせるためには、確かに相当の時間が掛かる。

ただしそれは、「ない」ところから0から教える難しさではなく、癖のついたものを「修正」する難しさである。これには、「時間」、「根気」とともに、選手に必要だと思わせる、「信頼」させられる要素がいる。だから、ここでは有名な選手の実例を用いたりしながら、あの手この手で基礎をマスターすることで「結果が出る」ことを証明していかねばならない。そこでの細かい方法論はここでは触れると長くなるので、スキップするが、ただ、こういった「基礎」さえうまく教え込めれば、彼らは「できてしまう」=そこからの伸びは、予想以上なのである。だから、凄いことを教えたように思われるが、「実際に教えているのは、ただの基礎だけである」。

もちろん、次のレベル、基礎が十分に見についたエリートレベルでは、もっともっと細かく、難易度の高い技術を教えてくれるスキルコーチも最近は多い。ただ、この基礎ができてないと、そこからの伸びも難しく、後回しにするほど、基礎を再度学習し直すことは難しくなる。


2. 「教えすぎてはならない」の解釈の仕方

昔から、この言葉をよく耳にする。その度に、理解しないまま、納得いかぬまま、この言葉を置き去りにしてきた。しかし、ずっとこれを消化せずに置き去りにして来たことに、ずっと不快感を残していた。

今回の会話でそれを自分なりに解釈することにたどり着いた。それは、なぜ、教えすぎることがいけないのか、から、自分の(血液型)A型的な細かく、えてしてコントロールフリークなくらい譲れない性格と、彼らボクサーのギターの音が中間の音を作り出したり、リズムを容易に崩せることに比べ、自分がピアノを基盤として音楽を学んだことに起因して話が進んだ。ピアノはクラシックを学ぶことが多く、鍵盤と鍵盤の音を出すこともなく、基礎から順にみっちり教わるものである。それに比べ、ギターは趣味として周りの人に教わることも多く、自己流でも引きこなす人はいる。また、音楽もブルース、カントリー、ジャズ、ソフトロック、ロック、ハードロック、ポップ、R&B,レゲエ、ラップなど、、、リズムを変えて行くと音楽も七変化し、ギターはそれを用意に楽しむことができる。いわば、形があってないようなものということができる。

それは、ざっくりいうと、日本人のバスケットボールとの出会い、接し方と、アメリカ人のそれを比べても同じようなことが見えてくる。アメリカでは、その辺のローカルの公園に行くと、一般の人がバスケットボールを楽しんでいる。子供から大人までが混じって、人種が混じって、、、上手い〜下手が混じって、、、そして結構上手いが、結構フォームや動きはぎこちない。なぜか、、、それは、習ったものではなく、自己流に勝手にプレーしてきたから。自分でやりながら学んだものだからである。そして、どうしてそれができるかというと、バスケットボールが日常に楽しむスポーツとして人気があり、かつテレビで誰もがいつでも見ることが出来るからである。

テレビで見るころで、人はすでにイメージが脳裏にある。かっこいいNBAのプレーを一般的に皆が目にしている。だから、公園で遊ぶ、プレーするとなった時に、なんとなく知っているのだ!そして、周りの動きを見ながら、勝手にマネして、楽しんでいくうちに、ある程度上手くなっている。それが、一般的である。そして、その一般の中から抜け出して、ローカルの子供のバスケチームやキャンプに参加することで、初めて「教えてもらう」ことを経験する。それがきっかけで、高校で部に入る(ためにトライアウトを受ける)。

大学でプレー出来るのは、その後であり、そこでもトライアウトや、リクルートされるというフィルターを通る。

こういった順序でアメリカの選手は生まれる。

***ここで大切なのは、トライアウトやエリートの部分でなく、公園から生まれ出たということ。***

片や日本では、「教えてもらう」ことなく、「勝手に遊びではじめる」ことは、まだまだ少ないのではないだろうか?最初から地域のバスケットボールスクールに入って、そこで初めてバスケットボールに親しんだり、ミニバスケットに入ったりして、「0から教わてはじめる」ことのほうが、断然多いのではないかと思う。

そして、脳裏にはかっこいい「イメージ」という視覚的刺激の像がないまま、ということが多い。

この「0から教わる」=何ももっていない=真っ白なキャンバス、、、の状態で、そこに絵を描くのが我々コーチであると、その絵はなかなかそれ以上には彼らの筆では伸びない。。。

それを痛感している。

それが、「勝手に遊びながら自己流にプレーした」=すでに自己流のものがある=憧れるイメージももっている、、、から、コーチが合流すると、コーチングの作業とは「修正」程度であり、修正後は、彼らはある程度自己流に戻る。自分で進める『自分の何かを持っている』、ということである(=教えてもらったことが彼らの全てではない)。だから、そこからまた、もともとやって来たように、『自分で絵を描く』。なぜ、それができるか、それはもともとそうして始めたものだからである。

これは、のちのち最後のテーマにもつながることだが、こうして先に個人でいくつかの「バスケットボール」そのものを持っていること、その時間は大切で、そこで思いっきり「創造性」を高め、自分の作品、ピースをいくつかもつこと、それを作ることでつく「力」を持つことは、非常に大切だと考える。

ここでクラシック・ピアノと、趣味のギターのきっかけ、上達法に戻ると、日本の子のバスケットボールとの出会い、上達過程は、私のクラシック・ピアノとのそれに似ており、またアメリカの子たちのバスケットボールとのそれは、ギター風だという感じだろうか。


うまく文章にまとめにくいが、これが私の「教えすぎてはいけない」という言葉の最近の解釈である。(決して、細かく教えることを否定しているわけではなく、社会現象の違い、ものの順序の違いの発見、気づきということ。)


(また、ここでは、日本の女子の両手のシュートから片手に修正することの難しさという問題点とは、また別のものとして考えたい。)


***残り2つに関しては、別途後日、改めてアップしたい。***

3. 「言語指導とその壁と本来の意図」

4. 「これからの自分なりの考え方」


m_doginca0505 at 15:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング 

June 15, 2017

日本とアメリカでのコーチングにおける違い(1)個性と協調性

1. 個の強さと集団を重んじる協調性とのバランス

昔こちらに来たての頃(17年前)に、英語学校のプログラムを終えて大学院のプログラムに入ると同時に、ロングビーチ州立大学で学生マネージャ―になった。その頃、ヘッドコーチが「チームとして戦うこと、個ではなく、チームのために」を教えるのに相当のエネルギーと使っていたのを思いだす。

「あ〜このコーチが日本に行ったら、目から鱗ぐらい教えやすいだろうな〜。」と思った。

ずっと個を尊重されて、個を表現し続けて20年間育ってきた彼等にとって、理解することが難しそうだった「チームのために戦う」という課題。

どうしても、自分が自分が、という姿勢で戦うがゆえに、見方のオープンのチャンスを見逃したり、見方のオープンをクリエイトする動き・考えが乏しかったり、そして、見方にアシストしたことが成功になったことを喜ぶという感覚が薄かったように思う。まして、「チームの勝利に自己が犠牲になって貢献する」ということは理解できなかっただろうし、そういう感覚を経験したことが今まで無かったのだろうと思う。

ただ、彼らの勝手にガンガン行く個の強さ=創造性は凄い!

もちろん、これも今まで20年の彼らの(育てられた)人生と、10年〜15年間のバスケットボールの経験から来ているのだろう。

これに対し、当時よく日本のバスケットボールでは、トップレベルでも(でこそ)、もっともっと1対1の能力や、積極性、発言する姿勢、個の強さを求めていたように思う。それは国際試合を経験する(負ける)たびに、フィジカルの強さの必要性とともに、課題にあげられていた部分。

その部分に関しては「もしも日本のコーチがアメリカに来てこの選手たちを教えたら、そんな苦労はいらないのにな〜」と思ったのを思い出す。

そう、両者間で全ったく相反する長所と短所があったことが滑稽だった。。。

「国民性、何を美徳とするか」、ということがスポーツにここまで影響すると、スポーツを変えて行くのには、スポーツの表面からだけではどうも不可能なものなのではないかと思う。ただ、ではそう言った国民性にまで関与してスポーツを変える必要があるのか?スポーツのためだけにそういった考えを突き詰めるべきかといえば、それはあまりにも安易すぎるのだが、国際社会化という観点から物事を考えて行けば、その両者において必要な、プラスとなる、求められる像が見えてくるのではないかと思う。

理想形がこの両者の中間もしくは、両者を両得することにあることはなんとなく想像がつく。TPOということだろうか。その為にも、島国であるという地理的に不利なことを重々に理解したうえで、もっともっと盛んに国際交流があらゆるレベルで行われることは必須であり、その為にもこういった問題は真剣に突き詰めなければならず、また、その必要性を「肌で感じる」ことから始めなければ、本当の変化は求められないと思う。


2. 評価観点:どこを叱り、どこを褒めるか?

ある高校男子でカリフォルニア州でも優勝したことのある日系コーチの練習に通った時期がある。彼はめちゃめちゃ厳しいコーチで有名だったのだが、私の見慣れていた日本での怒り方、怒られ方と違うことに気付いた。それは、彼が注意するのは、選手が教えたことをやろうとしない、試みない、忘れて自分の今までの悪い癖でプレーしてしまうときだけであり、意図するプレーをやろうとさえしていれば、そこで結果的にミスが起こったり、結果的にシュートが外れても、感情的に怒鳴ったり怒ったりすることはなかったように身受けた。

「結果でなく、プロセス、その過程、意志」という内面の活動を見ていた、と言うことになる。

ただ、叱るときはめちゃめちゃひどいくらい叱る。ただ、「理屈がはっきりしている」ので、言い訳する習慣のあるこちらの子たちですら、言い訳する隙間など無かったのだ。

こちらの子たちは、高校生ぐらいではまだまだチームというよりも個が非常に強く、そのことが、若い時期にバスケットボールの場面でも、個人技、積極性、をどんどん伸ばすことに直結していると言える。むしろ、個の意見を発言する、自分の意思を堂々と表現することは「当たり前の習慣」となっており、「発言しないのは大人しい」のではなく、

「発言しない=意見がない=わかってないない」ということにさえなる。

しかし、そういった個の強さができあがるのは、個の尊重という地盤があるからであり、それはコーチングにおいても、「結果の失敗」をあまり強く叱りつけないからだと思う。失敗とは誰が見ても失敗であり、それは怪我したら本人が一番痛いのと同じで、失敗した本人が一番感じるもの。それを、その上から怒鳴りつけて、傷口に塩を塗る行為をコーチングのメイン作業にしてはならない。

コーチングとは、その失敗を一緒に受け止め、ではどうすべきだったか?を「考えさせる」ことを「導き」、そして「共に答えを見出す」という、もう少し「根気のいる」作業の繰り返しであると思う。

こういった個の尊重、個の強さを若いときに伸ばすことを大前提にすれば、大学生になってからようやく、チームとして、どう戦うか?を教えても決して遅くないのではないだろうか。

ところが、日本では学校での体育教育が軍隊のような集団行動を強調するがために、集団での行動、チームとして戦うことは早くに覚えるが、それと同時に「個を抑え込む」という負の力が加わることで、どうしても発言力、個の強さは早期に育たなくなってしまう。

しかし、ものの成長にはご存知のように、それぞれベストの時期というものがある。やはり、「ゴールデンエイジ」の時期を中心に、神経系、スキル系はどんどん伸ばすことが効率が良いと考える。それが、二十歳を超えてから、やはり国内で才能がある選手だからと代表に選ばれて、そこで初めて、「世界に通用する個人技が必要だ!」と言われても、ゴールデンエイジからは、既に10年遅れていることになる。

「二兎追うものは、、、、」ではないが、なかなか二つ同時進行はできないものもあると思う。まして、この場合、相反する二つの要素を同時に追求することは、非効率でさえあるかもしれない。では、どの順で教えていくべきか?それはそれぞれの「適齢期」を踏まえつつ、同時に最終的な完成形、ゴールをどこに(いつに)置くか、という「タイム設定」が大切だと考える。例えば思い切って、大学生や大人、代表になった時にすべてが完成すれば良いと考えればどうだろう?若いときには多少、集団制を欠いても、その若い時に伸ばすべき個の強さ、個人技、発言力、発想力を伸ばしていくことが、長い目で見れば、効率よく、理に適っているのではないだろうか。

ところが口で言うは易し、現実的には全ての時々のコーチたちが個々の時間設定で完成系を求めれいるのだろうと思う。

ただ、もちろんバスケットをプレーする子供たち全員が国代表レベルに行くわけでなく、全員がずっとバスケットを大学までするわけではないので、もちろん幼少期のバスケットボールの経験を通しても、集団で友たちとボールをシェアしたり、お互い助け合うことを学ぶことは大切だと思う。むしろ、それこそが「チームスポーツ」の魅力であり、それを学ばずして「バスケットボール」を学んだ、もしくは教えたとは言われるべきではない。

ただ、そこで集団行動の大切さ、協調性を教えるときの方法論があまりにも「強制的」だとすると、それは「自己を抑え込む」というマイナスの術を強いることになり、それが、個の発達へのマイナス面を生んでしまう。だから、「集団性を教えながらも、個を重んじる」、個の成功、成長もしっかりと褒め、エンカレッジする、こういう微妙な味付けができるシェフでなければ、子供たちという才能の宝箱たちを最大限に伸ばし、導いて上げることはできない。

そういった意味でも、ユースからトップ世代までの指導者は、目的、ゴール設定を共有すべきであり、特にユース世代を教える地域のコーチたちは、とても重要で難しい役割を担っていることを再認識しなければならないとともに、日本のバスケットボール協会というトップ組織が、そこの重要性に気付き、草の根まで、いや草の根こそ力をいれて、そういった地域のボランティアコーチたちが勉強できる機会を頻繁に、定期的、積極的に提供していくことが必須だと思う。

こんな事例も15年以上前の話であり、時代が代わり、今の日本では私の感じたことも当てはまらなくなってきているかもしれない。インターネットの普及により、多くの情報が容易に手に入り、また各世代のコーチたちも以前よりも頻繁に海外に足を伸ばして学ばれているのをよく目にする。今では、個人の能力、技術もかなり高くなって来たと聞く。

ただ、これが大きくこの2国間でのコーチングを比べたときの当時、私が感じた違いである。

m_doginca0505 at 02:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング 

June 13, 2017

トレーニングプラン(基礎ドリル続編3):6月初旬

6/2(金) 19:30-20:00、20:15-21:30(1時間45分)

1. フォームシュート(パークの体育館で、ところが30分後に閉まる)

---(ホームコートに移動)---
2. フォームシュート続き〜3Pラインまで

3. 3Ps (トップから)
   
   a. ドリブルアタックからディフェンスを抜いて3P
   b. ショットフェイクから右サイドへスライド(ドラッグ)ワンドリブルして3P
   c. ショットフェイクから左へクロスステップ、ワンドリブルでクイック3P

4. ハーフコートショット

--->スリーの2メートルほど後ろと、サークル内あたりからそれぞれ1本ずつ決まるまで。少し楽しめる&普段からこういう距離感も毎日5〜10分だけでもなれることで、そのチャンスが来たときの確率は上がるし、また通常の3Pが近く感じられるようにするため。1日10分行えば、10日間で100分行うことになる。

その後、本人を22:00からのバイト先にドロップ。途中、バーガーを買う。目標設定に関する良いトークもドライブ中にできたので、よかった。


***今後の課題:

ミドルジャンパー:
今後、このためのドリルをしっかり入れていく。しっかり高く、真上に飛ぶことを強調したい。--->ミドルレンジショットは、軽視されがちだが、確率は意外と低い。下手すると3Pより低い。ゲーム・スタッツでは、2Pのミドルレンジも、レイアップもまとめた数字になっていることは、今後、変更していったほうがよいのではないだろうか?

仕事の後の時間でも空いている体育館を探すのに苦労。今日は、移動を強いられた。




6/3(土) 13:15-15:50(2時間40分):パークの体育館にて

1. ドリブルハンドリング各種

2. フォームシュート(125本メイク) 

--->ゴール前の近距離から5本決めるごとに一歩下がる。これを3Pまで5つの距離で。x5スポット(それぞれことなるアングルで)

--->できるだけネットだけにあたり、リングには一切当たらぬ「ナッシングバットネット」にてスウィッシュすることを強調。できれば、スウィッシュだけをカウントにして行きたい。未だ。

--->今後は、徐々に5本連続、かつスウィッシュだけをカウントにして行く。未だ。


3. エルボージャンパー:***なかなか良くなって来ている。

--->2か所を移動しながら、キャッチ(ミート)はインサイドフットで。

(留意点)
  ・スタンス、足の位置を確認しながら。(特に右利きで右―左でボールをキャッチしたときに、左足が前に出過ぎていないか。)
  ・しっかり真上に飛ぶこと。
  ・腕をまっすぐ伸ばし切ること。
  ・フォロースルーを保ち、腕がリング方向に真っすぐ向いていることを確認。
  ・フォロースルーを確認し、肘の位置が目のレベルよりも高いレベルにあることを確認。
  ・ショットが左右にぶれる場合は、ジャンプした後にリリースと同時に体をひねり過ぎていないかを確認。
  ・後ろに反って飛んでいないか?(ボールがフラットになりやすい。)
  ・前に飛び過ぎていないか?

***なかなか本人たちが思っているほどはジャンプで来ていないのが現状。

4. ジャンプ3P:***ジャンプしながらもアーク(アーチ)を高く保てたことは予想外に◎。

--->なかなかジャンピング&ジャンプ3Pを打てる選手が毎年いない。これは、意識づけの問題、イメージがない問題もあるので、あえてシンプルにこれだけを取り出して、しっかりとんでスリーを打つことを強調。飛んで&打つ、飛びながら&打つという体の感覚を得てほしい。必要あらば、ビデオにとって、見せながら。。。

5. クイック3P with サイドムーブ(スライド、ドラッグ)

6. コーナーでのホップ3P

--->去年まではベースラインカットからコーナーに出てくる3Pをできるだけインサイドフットにてキャッチ(ミート)することを主流にして来たが、足を置き換えて得意な(カンフォタブルなー>心地よく自然にやりやすい)フットワークにする選手があまりにも多いことも踏まえ、今回は全てホップステップ(クイックな両足ジャンプミート)にしている。特に、黒人の選手の瞬発的かつ反射的筋力発揮は、自然に出着るケースが多い。そこを筋腱反射を使ったようなリズムで強く、素早く行うことを強調。よって、膝や股関節を深く曲げるのではなく、むしろそれらの関節を浅い角度でロックした感覚で、両足で床に強くホップステップすることで、床からの力を反動的に受けて使うイメージ。体は、ボールキャッチと同時に、ゴール方向へターンさせる。また、ゴールから遠ざかる方向へ走ってきた(カットしてきた)モメンタム(動きの方向)を一機に、今まで後ろであったゴールに向けてシュートを放つため、しっかりと真上に飛ぶことを強調。モメンタムを変えられずに後ろに飛んでしまったり、逆に前に前傾しずぎることがあるので、そこに注意したい。

7. ステップバック〜キャッチ&3P (両ウィングとトップの3か所で)

--->3Pライン外からペイント、ゴール方向へ2-3歩走り込み、ディフェンスを押しこんだ後、そのままの体の向きでステップバックして、キャッチ&3P。2歩のストライド・ステップで右-左、左-右でキャッチから始め、慣れてきたらこれもポップで両足同時とし、できるだけクイックに。

***体が前傾しがちなので、そこを注意してみる。


8. FT(フリースロー)---5本メイク、ストレート(連続)

9. レッグ・ランジ

ボールなし (前進、後退)
ボールあり---バランスを保ちながらパスしながら進む。(前進、後退)

10. Abs(腹筋)

両足でのレッグレイズをつかって、ボールなしと、ボールあり。3方向へ倒す。(よく日本の体育の時間にやったもの。)

***クレアランス一人だったこともあり、とても集中でき、よいワークアウトができた日。***




6/4(日) 13:30-15:40(2時間10分)

1. ドリブルボールハンドリング
(*クレアランスが初めて、サイドVで交互をできた!13:50。なぜかこれがず〜っと出来なかった。)

2. フォームシュート:125メイク(5本x5距離x5角度)

3. エルボー・ジャンパー

  a. Wジャンプ(1回目はボールを持ってシュート動作で高く飛ぶだけ、2回目のジャンプでショット)
  b. レギュラー・ジャンパー(先ほどのジャンプを生かして)
  c. ジャブステップからジャンパー

4. クイック3P(サイド〜サイド)

5. コーナーポップ3P

  a. レギュラー
  b. 競争(コンペティティブ)---1対1にして、コーナーのポップ3、バックドア、カールからミドル・ジャンパー)

6. FT:5本連続イン

7. ストレングス

  a. レッグランジ---ボールなし
  b. レッグランジ---ボール(パス)あり
  c.腹筋(ボールを脚に挟んで)

***調子の悪い日。なかなかシュートが決まらず本人もいらいら。ご飯を食べてないとか、睡眠不足が重なっているからだろう。帰りに、彼が以前パークで失くした携帯を見つけてくれた人の家にまで取りに行く。いろいろ感謝しているらしく、次はいつか食べに連れていってくれるらしい、気持ちだけでもうれしい。通りの駐車場で売っていた焼き鳥を丸丸3匹かって帰って食べるようにと2つ渡す。こういう時間が大事かなと。***

<NBAファイナル#2>のため、送った後、急いで帰る!

m_doginca0505 at 19:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング | Skill / “技”

June 12, 2017

トレーニングプラン(基礎ドリル続編2):5月後半

5/22(月)18:00-21:00(チーム練習後に3時間)

1. フォームシュート
2. エルボージャンパー(ホップとジョグ)
3. エルボーでのインサイドフットでミートしてジャンパー
4. ウィングとコーナーで移動しながらスリーポイント(インサイドフットミートで)---移動をクイックに、強くストップしてジャンプ。

5. 2スポットで移動しながらスリーを、5か所で(デリアンによる提案。彼の大学でやっているもの)。
   
   a. 左コーナーとウィング
   b. ウィングとトップの左フリースローレーン延長
   c. トップ2か所
   d. トップの右フリスローレーン延長と右ウィング
   e. 右ウィングとコーナー

--->それぞれ5ショットづつ打って、何本はいるか?それを3人で競う。休憩せずにどんどん5か所移動していく。トータル25本中、何本決めれるか。(−>各5本決めるまででも良いかと。)大切なことは、数を決めることに集中し過ぎてスローダウンしたり、疲れてスローダウンした時に、コーチや周りが励まし、常にゲームスピードで移動すること。フォームの乱れもチェック、指摘。

6. 5スポットでスリーを5本づつ、合計25本で、何本決めれるかを3人で競争(デリアン提案)。

--->とりあえず、競争、ゲームが好き。ただ、笑いながらではなく、かなり真剣。負けず嫌い。落とすとかなり恥、悔しい。

7. 1対1
8 .2対2
9. 腹筋


5/24(水) 18:00-18:30 (チーム練習後に30分だけ)

--->今日は、チーム練習後に19:00からバイトだというし、体育館もその後すぐ女子だったので、30分だけ。***昨日見たDVDのドリル。「何しろシュート!」より。

1. ミドルレーンをゴール前からスリーまで打つたびに、左右にフロースローレーンまで一端でて、戻ってきてミドルでインサイドフットでミートしてショットを、徐々に距離を後ろに伸ばしながらスリーまで。

2. これをアレンジして、次はスリーから徐々にゴール前まで距離を縮めながら。

3. 次は、それをどちらかから初めて往復。


5/27(土) 15:00-17:45(2時間45分)

1. 3人でフルコート1対1にてウォームアップ(20-25分)

2. 2ボールドリブル、もう一人が前で両方に手をかけておしてプレッシャー(負荷)をかけるのに対し、それを前に前にと押し返しながらドリブルで進む。

  a. 両方同時ドリブル
  b. 交互のリズムで
  c. 前で両方同時V(左右へ同時に)
  d. 前で内と外に向かった形のV(両方同時に内に、外に)
  e. 両サイドで前後V同時
  f. 両サイドで前後V交互

3. ドライビング・フィニッシュ・シリーズ(ハーフからウィングアングルでアタックして、インサイドアウトから)

  a.ユーロステップ
  b.ホップステップ
  c.スピンムーブ

4. ウィング・シリーズ(Lカット〜ハーフスタンスキャッチ〜フロントターンで正対から〜ベースラインドライブ)

  a.CPムーブ−>いわゆるヘジテーション・ムーブ
   (去年まではMJムーブと呼んでいたが、選手がCPのムーブね、と言ったことから世代交代?)

  b.ベースライン・ステップバック・ジャンパー

5. エルボー(ハイポスト)シリーズ(ハイハンドか内に押しこんで〜ハイポでジャンプストップにてボールミート〜!)

  a.外にフロントターンにて、ターンアラウンド・ショット
  b.ミドルアタック、ワンステップ・レイアップ
  c.ミドルアタックからステップバック・ショット
  d.ハイポストに上がりかけて、バックドアレイアップ(フロント、リバース(内の手で))

6. フォームシュート

7. スリーポインター(ノーマルの左/右ミート=左足ピボットフットにて)

  a.右にドラッグ、、、スライドしながらクイックにワンドリブルでそのままスリー
  b.左にクロスでワンステップだけワンドリブルで、クイックスリー
  c.左右共に、一旦スリーのライン内にジャブ(ドライブしかけて)からステップバック・クイック・スリー(できればホップ・ステップで)

--->すべて今回のシリーズは、自分のドリブルからのスリー。

***クリアランスのスリーのループがドラマティカリーに高くなって来た。良い感じか。***


5/30(火)18:30-20:45(2時間15分)

--->いざ18:00に体育館行ったら、高校生のトーナメントで使えず。急遽、近くのパークへ。そこでも中は使えず、外でピックアップを19:30まで。その後、中が空いたが、そのままの流れで2対2をするだけ。アイザックだけ、少しワーカウトをサイドで。

2ボール。片方はドリブルしながら、もう片方でシュート、ゴール前だけ。(*ステッフ・カリーの行っていたもの)--->いつもと違う複数の動作を同時に行いながら、体のバランスも保つという、かなりの集中力と、巧みさを要す。


5/31(水) チームワークアウトだけ。エクストラ・ワークアウトなし。

--->チーム内での5:5(スクリメージ)でクリアランスの自然に持つ素晴らしいステップ、フットワークを見た。ペイントにドライブした後も、いろんな処理が出来る器用さがある。これは、教えられたものではなく、全てナチュラル。また、飛び込むリバウンドのタイミングなどが本能的に備わっていることを知る。アシストが予想以上に多い。もっともっと果敢に攻め切ってほしいが、これは彼の性格か。ゲーム中のショットも良くなってきている。やはり、こうした動きの中で選手を見ることは大切。今後の過大や、現行ドリルの成果の有無が見える。

m_doginca0505 at 17:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング | Skill / “技”

June 11, 2017

アジャストすべき文化的違いと、ブレさせる必要のない日本で培った良さ、スタンダード

日々葛藤の毎日。

18年目にして、またしても新たにぶつかる文化的、習慣的違い。それは、大きくこの国を捉えるのではなく、地域レベルでの違い:居住地区による経済的レベルの違いが生み出す生活レベルごとの生活習慣を文化とも捉えられるほどの差が存在する。

昨年まで力を入れていたある程度裕福な家庭の子(選手)は、こちらが費やした、費やそうとしたエクストラ・アワーのトレーニングに対して、口では「ありがとう」というが、幾度となく理由をつけて、トレーニングをキャンセルすることが増え、結果的にそれはモチベーションの低さ、上手くなるためにはそれだけの時間を要することへの無知性、そして他人が自分に時間を提供してくれることへの感謝の念のなさ、他人の時間を貴重なものとして捉えられない幼稚性であることに気づくのに1年を要した。

ところが、その経験から逆説的に、では、貧しくタフな生活を強いられている地域、家庭に育った子(選手)は、普段から「物資、愛、サポートが不足している=サポートされれば喜ぶ&感謝する」の構図を何の疑いもなく仮説化してきたが、実はそうではないらしい、、、ということに今、気づかせられようとしている毎日。

そして、それは、必ずしも「悪気」があるのではなく、そう言った習慣、文化がもともと存在しない生活の人間が存在し、それはそこの地域性、習慣、文化なのだと知る。

ただ、それを知ることで、驚きではあったが、決して同じスタンダートでものを見てはいけないということに気づけたことだけでも、何よりの収穫であり、進歩。

やはり何事も決めつけてはいけないという良い例。

私の人生で経験した狭い範囲でのデータでは、理解・分析し切れないことが山ほどある、という私の予想、仮説は間違っていなかった。その「勘」を信じてよかった。

しかし、大人として、コーチとして、やはりこれから必要な「社会での常識」は教えていかねばならにという責任がある。

例えば、車に乗せてもらって送り向かいをしてもらっても、車を降りるときに誰一人「ありがとう」というお礼の言葉を発しない。いきなり兄弟や親戚を連れてきて、紹介せずに車に乗り込む。車の中では、ワイワイと大声ではしゃぐ。練習が長い時「お腹がすいた」からもう帰りたいと平気で言う。自分の子供を迎えに来たコーチに、前庭で会った親?が一言もお礼を言ったり、世間話さえする空気がない。一体、誰が親かわからない集団。フリーで余った家具を届けても、選手本人以外、家族の誰一人礼をいう空気がない。

しかし、夜にトレーニングしたら、その後にバーガーショップに寄るまで、一日中何も食べていないという現実を知ると、すべてを責めるわけにもいかず、しかし、それと礼儀がないことは別であると言い聞かせながら、どういう方法でそれらを伝えるのかを悩む瞬間の連続。

しかし、ここは「喋ってなんぼの世界」。「黙ってても察しろの文化圏」ではない。

考えす過ぎずに、率直にその場その場で伝えること、それが必要。

それがないから、次の24時間、考えすぎてストレスになっている。それもこちらだけがジトジト考え続けているだけで、そんなこと知らずに選手たちは過ごしている。

今までの選手とは全く違う今回。

これだけ手を焼くのだから、何か意味があるのだと思う。

ある人に今日言われてハッと気づく。

「貧しいエリアで育った子は、”あきらめ”も早い。」

そうなんだ?そう言えば、そうかもしれない。だから、こちらから厳しく線を急に引いて「はい、これまで!もうやらない。」と言えない自分が無意識にいた。ここの子達は、何か間違ったりミスをした時に、雑草根性のように、「すみません、やらしてください。もう一度チャンスをくださいー。」という反応は、絶対にしない。だから、こちらがギブアップしたら、終わり。

過保護に聞こえるかもしれないが、それが違う文化で育ったことの違い。

それをまずは「知って」、ある程度「受け止めて」、自分のスタンダードを少し変えないと「測れない」。

ただ、そこでも「自分のモチベーションを保つ」ことはし続けなければならない。諦めモードになってはいけない。

ただ、急なドタキャン始め、どんな事態にも対処できる柔軟性とタフさの共存が必要。

どんな時、どんな場面でも「対応力」は必要。

臨機応変に、あんまりずっと考えすぎず。

今までの中で、一番手を焼いている新しいパターン。

まあ、大変なだけやりがいもあり、と開き直るしかないが、日々をそのことでアップ&ダウンさせられているこのジェットコース状態の今日この頃が落ち着く日が早く来て欲しいと願うことも確か。

『明日は明日の陽が昇る』

m_doginca0505 at 18:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Coaching / コーチング | Mental / “心”

June 09, 2017

〜エゴとプライドの葛藤〜 第4戦を今夜に控えて、一ファンの「勝手な独り言」

2017 NBA Final Game 4
GSW 3-0 CLE

ここまで、なんとゴールデンステイトが3戦連勝。クリーブランドはもう後がないホームでのシリーズ第4戦目を今夜迎えるにあたって。クリーブランドは、プレイスタイルを変えるべきだと世間のうるさいファンがいう。ゴールデンステイトと同じ早いペースで試合すべきでないという。スリーポイントを打ちすぎだという。アイソレーションによる1対1が多すぎるという意見がある。批判に聞こえるすべての声も、ファンだからゆえにでる、フラストレーションの塊なのだが、、、さて。

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世間の意見は本当にそうだと思う。必要な変更点はあるはず。

ただ、彼らのいう「このやり方でここまで勝ってきたんだ」というのもわかる。

だた、それでは対応しきれないケースもある。それを対応しきれないという「力量」で指摘されると、プライドが邪魔して聞きたくないだろうが、それには当てはまらない「タイプ、プレイスタイル」の相手なのだという形で理解すべきではないだろうか。

「必要なアジャストメントがあればするし、全くアジャストしないかもしれない(する必要がないと判断したら=なぜなら、これで今まで来たから)」という言葉をある人からも聞いた。

チームは、その考えを全員で信じている。信じようとしているのが、ひしとわかる。

勝負の難しいところは、勝てない局面で、全くやったことないことを試したり、変化をさせることで、、、大成功する場合と、大失敗する場合がある。そして、この後者の失敗に終わった時に、

「なぜ、あれだけ自分たちが毎日シーズン通して練習でして来たことを信じてやり通さなかったのか?」という『後悔』が生まれる。それは、私もいくつかのシーズンを通して経験したので痛いほどわかる。

これが、指揮官の難しいところで、なぜなら、指揮官とは選手以上に、自チームの力量、相手の力量がわかる、それが仕事だから。だからこそ、究極の決断、変化を求められている、と自信、知るときがある。それが、ルーのように若い指揮官で、かつ選手中心のリーグといわれるNBAでこれだけのスーパースターを擁すると、そのプレッシャー、責任とは想像以上に大きいと察する。

そうすると、「変化」を実行するとういう責任を一人では背負いきれない、、、というリスクがあるのだろうと、思う。

ただ、選手たちのプライドが邪魔しているならば、私は言いたい。

プライドとは「勝つこと」という純粋な目標だけにおいて掲げられるべきものであり、戦いには、それ以外の『エゴ』は一切捨てなければならな時がある。

それは、あるコーチの本にも書かれていた言葉。

「プライドとは、人様に頭を下げないことではない。プライドとは、必要あらば人様に頭を下げてでも、チームを勝たせることなんだ。」

それができることが、『勝ちへのプライド』

この場合、何も全くか過去にしたこともないスタイルを求められているのではないと思う。

アジャストメントとは、少しの変化、「対応」のこと。

ただ、相手のために「対応・変化」を求められ、それを実行させられた、、、と思うことへの意地とプライドがじゃましている、、、?

もし、そうであれば、なんとも今夜の試合を見るのは心苦しい。。。

もちろん、その選択が正しかったのだ、我々口うるさいファンが間違っていたのだ、ということを証明してくれれば、これほど嬉しいことはない!

Go CAVS!!!!!!!!

どんな方法でもいいから、「勝」を信じる。

m_doginca0505 at 09:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Game / 試合 
ふぅ あい あむ
M-dog
2000年5月:カリフォルニア州ロングビーチにバスケットボールコーチになるため修行渡米。
2001-2004: カリフォルニア州立大学ロングビーチ校 男子チーム・マネージャー。
2003−2004:サマープロリーグ(SPL)にてインターンシップ。
2004夏: 当時同大学女子チームでプレーヤーであった日暮恭子さんと共に、LA在住の日本人の子供たちに独自のサマーキャンプ“K&M Basketball Summer Camp"を開催。
2004-2005: パシフィカ高校 Varsity アシスタント・コーチ。兼LA在住の日本人のキッズチームコーチ。
2005-2006: 日本に一時帰国し。bj-league、JBL、社会人クラブ、大学、高校、ミニの各トップチームを訪問。
2006春: California State University Long Beach コーチング学(スポーツ心理学)専攻、大学院修了。
2007-現在: All American Sports 勤務。
2008-現在bj International Office, Basketball Development and Operations ディレクター。

日本では、
1983-86:加古川市立山手中学校男子バスケットボール部
1986-89:兵庫県立高砂南高等学校男子バスケットボール部
1990-94:龍谷大学学友会体育局男子籠球部
1994-95:同大学女子籠球部コーチ
1995春: トレーナーの道を求め山本利春先生の下に研究生として勝浦へ。
1996−1998:国際武道大学大学院にて、池上晴夫教授、大道等教授、山本利春教授の下、スポーツ医科学を学ぶ。修士号取得。
1995−1998:リクルート(現オービック)・シーガルズにて吉永孝徳ATCの下ボランティア・トレーナーとして修行。その間、2度の日本一を経験!
1997−1999:千葉の短大、看護学校などで非常勤講師を務める。
1997−2000:勝浦整形外科クリニックにてDr.有馬三郎の下、アスレティック・トレーナーとしてリハビリテーションルームで従事。ACLをはじめ多くのスポーツ外傷・障害のリハビリを担当。
2000春:U-14東京代表サッカーチームのスペイン遠征にアスレティック・トレーナーとして帯同。

心に誓う言葉:
「好きこそ物の上手なれ!」「強く願えば、必ず叶う!」「人生一度、賭け事は仕掛けねば始まらず!」