2017年09月05日

我思我在_12

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ガーガー、ギーギーと

車とは思えない音を立てて

漆黒の坂道を

黒塗りのスカイラインが

ゆっくりと登っていく。

特徴的な丸いテールランプが

苦しみに身悶える生き物のように

不規則に瞬いている。

坂の途中では明かりのついた

一軒家の窓に

若い家族の楽しそうな団欒が見える。
  

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2017年08月21日

我思我在_11

pd_x12


社会のせいではない。

時代のせいでもない。

イラストレーションは商品である。

商品は時代の趨勢に対応していかなければ

やがて取り残され消えていく運命にある。

苛立ちと供に納得の出来ない諸々の感情は

時代を見ようとしない事へのフラストレーションなのだろう。

しかし、今存在するもの、流行している事の表層だけを

作品に取り込むという単純短絡した考えでいては

それを解消してくれる可能性は限りなくゼロに近い。


『書を捨て街に出る』のだ。

忌まわしいと思うものの奥底には

きっと大きなヒントが隠されている。

それを見いだし、認知し、咀嚼して自分の体内に

取り込むしかないのだ。  

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2017年08月12日

我思我在_10

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正しく知りもしない執着と責呵を楯にして

気分に噓を重ねる。

降り掛かる火の粉からは素早く逃れる。

怪しげな冒険はしない。

気鬱で堕ちる話には耳を閉ざし目も瞑る。

成功や幸福な話は虫酸が走る程嫌い。

自慢話は決してしない。

私は拙く頼り無さげな指の動きで

モノを創造する事に本当の喜悦を得たいと思う。  

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2017年07月27日

我思我在_09

pd_x10


達成感とは自分だけで満足するもので良いのか?

視覚は伝達をされ、伝達された先で

人は何を感じ評価を下すか。

その事をぞんざいにし、都合よく無視を決めつけ

得られた感情などは本当の達成感ではないだろう。

どんなものにも少なからず共感性が伴っていなければ

完成したと言えないはずだ。

  

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2017年07月25日

我思我在_08

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臨死体験はすべて脳内の反応に過ぎない。

天国も極楽浄土も地獄、煉獄、火の空、血の海云々。

見て、聞いて、読み知ったステレオタイプな情報が

脳の奥底に蓄積され、ご都合よろしく再編集され

ここぞとばかりに投影される人生最期の夢なのだ。

少しロマンチックな言い方をするならば

フロイトの言う所の『番人』が

末期だけに分泌される

過少で高価な脳内ホルモンと交換に

古びた夢の鍵を引導として渡すという事だ。

  

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2017年07月23日

我思我在_07

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物体を構成する原子は

常に陽子をその中から放出し続けている。

この世界のあらゆるものは

必ず別の物質にカタチを変える。

変容は必然であり宿命なのだ。  

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2017年07月22日

我思我在_06

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物や光景の具象性をギリギリまで整理、抽象化

あるいはパターン化し世界の下地を純粋に仕立てる。

そこへ一点の小さな曖昧不穏な要素を添加し

世界に深い奥行きを与えるのだ。


世界はどんな素晴らしい指導者を持ってしても

決して完璧で無辜なる社会を実現する事は出来ない。

ITの世界に置き換えればプログラムからバグを排除出来ない事と同じだ。

私は理想をクリエイトしているのではない。

現実を描いているだけだ。  

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2017年07月21日

我思我在_05

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想像は重さを伴わない

時間や場所に限定されない。

想像に重さを与えるのが創造だ。

新たな創造には、新たな想像が

必要になる。二つは両輪の様に

作用し合わなければならない。  

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2017年07月20日

我思我在_04

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リアリティ過剰になったファンタジーは

最早ファンタジーとは言えない。

それは、行間に隙間のないテクストを

読まされている様なもので

想像力を駆り立てる余地が無いからである。  

Posted by m_furuse at 19:49Comments(0)clip!我思我在 

我思我在_03

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思いつきと閃きは理路を説明し難い点は同じだが

作用点が全く異なる。

閃きには抜き差しならぬ

研ぎ澄まされた力の方向を感じるが

思いつきと言うものは

何か誤魔化しの気分が内包されている。

あやふやで曖昧な弱さを

孕んでいるのだ。  

Posted by m_furuse at 12:20Comments(0)clip!我思我在