金型設計屋のカンポンライフ

マレーシアから日本に帰ってきました。田舎暮らしのスタートです。   カンポン(Kampong):マレー語で田舎,村の意味。

長男坊が巣立ちました。

就職先が北九州だったので、引っ越しの荷物と一緒に会社の寮まで送っていきました。

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部屋から見える若戸大橋。

夜のライトアップは、ちょっと残念でしたが・・・・・








夕方、これからの予定とか話していたら、長男坊の突然の号泣。

能天気な息子だったので、こっちもビックリ。


これが無ければ、簡単に子離れできると考えいましたが、
一週間経ってもこのシーンが思い起こされます。

子離れできるまで、もう少し時間がかかりそうです。




先週、下界でも雪が舞いました。

娘の『雪遊びした〜い。』の一言で、一念発起。

一年ぶりにチェーンを出し、久々の雪道運転を楽しみました。

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付いた所は八代市と五木村との境に有る『大通り峠』

峠にある公園は、まだ誰も足を踏み入れていませんでした。

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お決まりの雪合戦は、私の勝利に娘は少々不満顔。

風も無く、日が差していたので、そんなに寒くは有りませんでしたが、車に付いている温度計はマイナス2°を奉持していました。

その昔。
働き始めた頃の話。

我々の世代を
『新人類』
と呼ばれた。

その新人類も50代。
オジサン,オバサンになりました。

ラジオを聴いていたら、今までに何回引っ越したかという話題に。

自分の引っ越し歴を思い起こしてみました。
年齢は定かではないです。

18歳 生まれてから18年山暮らし
    就職の為、横浜の会社が借り上げた寮へ。

22歳 寮をでて、会社近くの一軒家の借家。

24歳 最初の転職。
    職場近くのワンルームアパート。
    家賃が52,000円だったかな。

29歳 2回目の転職で福岡県鞍手町へ。
    会社の独身用社宅(2DK)

30歳 シンガポールに出向。
    コンドでは無く、しんがぽーる版公団住宅HDBに

32歳 結婚を機に嫁さんの家に

33歳 シンガポールから帰任
    会社の独身用社宅(2DK)

34歳 会社辞めて、一家でシンガポール移住。
    嫁さんの家に戻りました。

35歳 同じ団地内の中古の新居を購入。
    数年後には取り壊しになると見越して・・・・・

36歳 転職の為、シンガポールからマレーシアへ。
    4LDKの長屋タイプ。

38歳 同じ住宅地内に有る、長屋風3階建て。
    家賃RM800だったかな。
    広かった。

40歳 日本に帰国。
    実家に居候。

47歳 現在の家に中古住宅購入。
    引っ越し屋は頼まず、軽トラで引っ越しました。

ざっとこんなもんかな。

13回。



    
あと何回引っ越しするのかなぁ




仕事の案件が6個、同時進行中。

小さい仕事ばかりですけどね ( ̄m ̄〃)

おかげで連休も無く、パソコンのモニターとにらめっこ中



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