2006年02月

2006年02月25日

地方出版社HPをのぞく(訂正)

 地方出版社の銀河書房のことを記した文章で訂正があります。お詫びして訂正させていただきます。

 同書房の蒲昌志社長は亡くなったと記しましたが、蒲さんはお元気で現役で仕事をされていると、息子さんの蒲英智さんから、メールで来ました。

 銀河書房のその素晴らしい仕事は、小生のお手本であり、あのように企画力あり、営業力あればと尊敬していました。多分お年はそんなに変わらないと思うのですが、お元気とのこと、申し訳ないと言う気持ちと共に、嬉しいと言う気持ちが沸々と湧いてきます。
どこかで、亡くなったと聞いて、小生大変がっくりした記憶があります。九州の葦書房の久本社長が亡くなったと聞いた同じ頃、聞いたと思いますが、間違いとのこと、大変失礼しました。



団塊世代の文学

 これから戦後生まれの団塊世代が定年退職を迎える。同世代の小生としては、心からご苦労様と言いたい。人間,かねはないが、自分の時間を持つか(実際はそれほど自由時間があるわけではないが)、定収入を得るが、時間を拘束される、のどちらかだと思う。


 まあそれはそれとして、還暦近くまで、生きてこれたことは慶賀の至り、と言ったところである。まずそのことに感謝申し上げるべきであろう。

 そんなことを考えていたら、出版の仕事をしながら、同世代の文学者ってだれがいるのと、ふと思ってしまった。実はそれほど読んでいない。いや、ほとんど読んでいないのである。


 お名前は、それなりに見ているが、そういえば戦後の文学もそれほど読んでいない。最も、高校時代に日本文学は面白くない、なんて恐れ多いことを考え、日本政治思想を少々勉強したんだっけと思い出した。


 戦後の本で、一番覚えているのは、吉田満著『戦艦大和の最期』だと思う。であるから戦中派の伝記を含め、かなりノンフィクションを読んできた。イ)敗戦となり、軍事権・外交権なしの国における文学とは、ロ)小説・ノンフィクションは対等であるべき、ハ)その中における文学の戦後性とは、なんて考えたこともあったっけ。


 かつてのことはともかく、そろそろ団塊世代の文学を考えるときが来たのかも知れない。戦後60年、一つの輪廻である。『戦艦大和の最期』が突きつけた、時代を超えて生きることとは、に対する答えが必要なのかも知れない。


 地球の温暖化という、何かいかにも、原水爆の問題、原発の問題、地球の南北問題、いや地球の水問題などなどが遠くに行ってしまったような現在の日本で、あの太平洋戦争とはいったい何であったのか。西南戦争、秩父事件、日清・日露戦争、日比谷焼き討ち事件、大逆事件、第一次世界大戦、シベリア出兵、米騒動、関東大震災(朝鮮人虐殺、大杉事件)、そして昭和初期に。ここに至る歴史の流れはもう一度整理する必要がある。


 今から見れば無謀な、アジア侵略の太平洋戦争であったが、そこに生きる人たちはどんな展望を、どんなアジア像を描いていたのだろうか。戦後60年を過ぎても、アジア史観のない人たちが多い現状を見聞きすると、『戦艦大和の最期』の精神は未だ生きており、遠くに去ってはいないのである。