2006年06月

2006年06月23日

日本農士学校とNPO法人

 日本農士学校については「荒川流域の風景」で少々記してみた。我々がやっているNPO法人まちづくり楽会では、築80年以上の古民家を解体保全をしたのは良いのだが、それを移築できないでいる。それで何ともじれったい気持ちで昨年(2005)からいるのであるが、日本農士学校を創設した安岡正篤氏のことを考えていたら、この国公認でない学校を安岡氏は地力で創設したのだなと思い至った。
  安岡氏と学校のことは、ホームページで容易に見れるのでそちらを参照していただきたい。

 もちろん多くの応援はあったであろうが、少なくともこの安岡氏が29歳(1927年)で東京に「金鶏(きんけい)学園」を創立し、さらに1931年(昭和6)年に嵐山にこの金鶏学園を母体に日本農士学校を設立したのである。  
 この農業が基本という農本主義は、国際的に石油、水が争われる21世紀ではよりその正統性は増すものと思われる。
 以前にも記したが、長期的環境問題の行く先は、農業問題である。農業が活性化するかどうかである。
 そのためにも、日本農士学校の後継である埼玉県嵐山町の郷学研修所は今一度光を浴び、農業の活性化を志向する民間主導の拠点となってもらいたいものである。

 不思議なことに、この隣町、小川町には、有機農業を昔から提唱実践してきた金子美登さんがおり、多くの若い農業者が育っている。また、その輪の中に、自然エネルギーを実践している桑原衛さんが代表をしているNPO法人「ふうど」があり、今年から本格的なバイオガス装置を建設している。
 寄居町には市民団体でトンボ公園を運営管理している新井裕さんとその仲間がいる。嵐山町にはこれは県や国、町で設立したが「オオムラサキの里公園」があり、「オオムラサキ活動センター」もあり、NPO法人自然の会・オオムラサキ(関根浩史代表)や育てる会(国峰修会長)その他の団体が運営管理を手伝っている。我々が実施している都幾川比企丘陵自然体験ツーリングでは、これらの方や施設で講師になってもらったり、施設を利用させてもらっている。

 この郷学研修所の隣には、「歴史資料館」があり、武蔵武士の活躍を展示している。さらに同地は、畠山重忠館址に立っているのだが、壕には百合が咲こうとしている。雨の中の百合も良いものである。咲いたら写真を貼ろうかと考えている。



2006年06月22日

侵略への思想

 日本が江戸時代末期に国が分かれず、大政奉還から無事に明治政府へと移行できたのは今では何とも感激がないが、その当時の歴史をみれば、きわめて賢明な選択でラッキーに成されたことが立証される。

 1700年ころからの欧米(アメリカの植民地政策はずっと遅れるが)の侵略は、1900年ころまで続く。その仕方は、相手の国に直接攻めることは少なく、相手の国の対抗勢力に援助し、内なる闘いを進めていくことである。
 日本において幕府をフランスが支援し、薩長をイギリスが支援したことは歴史に顕著である。
 そのやり方はそのまま日本の中国、朝鮮(当時)への侵略に通じる。内戦を増長させ、内部崩落を待つのである。待てなくて、日本は直接侵略に昭和12年にから始めるわけであり、敗戦につながっていく。

 本題はそのことではなくて、明治維新において、我が国は開国と攘夷に揺れた。この思想はそのまま昭和の敗戦までつながり、未だ現在までつながり、日本人の心の奥底に沈殿し、時々沸き上がり、海外を驚かすということを述べたいのである。
 自民党政権の一部の要人が、あの「大東亜戦争」について肯定的なことを発言し、アジアの人から批判され、小泉純一郎首相が靖国神社を参拝するのは、この「大東亜戦争」への思想を、侵略への反対であった、つまり攘夷の思想であったと肯定することにつながっていく。

 江戸末期の攘夷思想が、その根底に、侵略に反する思想があったかどうかは今となっては、各藩ごとに詳細には分からないが、外国の船や人が入国した際にかなり歓待しており、入国した人の記録をみても排他的でない、温かく迎えてくれていると記されているから、外人否定・外人文化否定ではないのである。
 結局、この攘夷思想は、江戸幕府への否定につながっていくわけであるが、その大義名分は、欧米の侵略への否定であったろう。
 あの「大東亜戦争」開戦に対し、我が国の庶民からトップレベルまでがどう思ったかは戦後かなり研究され、検討されてきている。多くの方が中国への侵略はすっきりしないが、アメリカ、イギリスへの闘いは雲が晴れた気がするというようなことを述べている。

 おのれが侵略しながら、「大東亜戦争」を肯定する、それは大義名分があるからだ、八紘一宇の精神、アジアのリーダーとして欧米に立ち向かう。
  戦後、アメリカの進駐を受け入れ、安保条約では積極的にアメリカの指導を受け入れている。東西問題が終わっても同じである。
 心の奥底では、「大東亜戦争」を肯定しながら、また一方、アメリカの指導を受け入れる。その心のゆがみは、攘夷思想と開国政策と同じである。開国政策は世界の現状をみれば、侵略を続けている欧米を受け入れ、そことつながらねば、我が国の将来はないという現実である。

 ゆがみはある意味で多くの日本人のゆがみである。自民党の一部の要人ほどではないが多くの人の根底にこのゆがみ思想は生きている。私はそれを直視できるかできないかだと思う。