2011年11月

2011年11月30日

ロシア空母「クズネツォフ」はシリア沖に展開!!

RUSNAVY2011年11月29日による。

ロシア海軍の北方艦隊空母「クズネツォフ」は、シリア沖のタルトス港に滞在する。

ロシアのたった一つの海外の港、シリアの港タルトスに、ロシアの空母「クズネツォフ」が2012年春に訪問する。

ロシア軍によると、空母の派遣任務は、当地の民主化運動に関係ない。

ソ連海軍時代、タルトス基地は、西の部隊をやっつけることを目的としていた地中海で動いていた第5部隊への修理と補給のための基地であった。

現在、基地は、主として黒海艦隊のロシア海軍の整備基地として使われている。

レバノンのベイルート、イタリアのジェノア、そいてキプロス島にも行く。出港は2011年12月初め。随航艦は「アドミラル・チャバネンコ」。バレンツ海から欧州を縦断し、ジブラルタルを経て地中海に入る。

また黒海から「ラドヌイ」が参加する。地中海で一緒となる。その前に「ラドヌイ」はマルタのヴァレッタ港に寄港する。

発表概要は以上である。

空母派遣は、「現在では非NATO軍はその地域に展開していない。軍隊間の斗争を増大させることを防ぐためである」とも記している。何とも生臭い話であるが、多分実際はそれほど刺激的ではないであろう。

今回は報告者がだいぶ刺激的に記している節が、かいま見られる。地中海に展開している「ブッシュ」機動艦隊はシリア沖に展開中とか、もちろんロシアの空母艦隊はアメリカの空母艦隊より弱いとか。

韓国遠洋練習艦隊 ムンバイを訪問

アメリカ海軍第3艦隊情報による。元はMSN Indioである。2011年11月29日である。

それに、韓国海軍遠洋練習艦隊が11月29日インドのムンバイに到着したとのことである。

一行は9月19日韓国を出港し、10カ国を歴訪中である。

乗員は620名、士官候補生は130名である。

参加艦はDDG「カンガムチャン」と補給艦「Chung(天地)」である。

なお、過日ブログ「世界の艦船、港湾訪問」情報の中で、この両艦がマレーシアのLIMA演習(展示会)に参加すると記した。その際、「カンガムチャン」がソマリア沖アデン湾に行くのではとも記した。まったくの間違いであった。

韓国海軍はいつも7月〜9月頃、この補給艦を伴った練習艦隊が出港しているので、そのことを考慮すべきなのに、何とも恥ずかしい次第である。

すると、第10次海賊対策派遣艦は、当初のとおり、「テージョヨン」であろう。

2011年11月29日

戦後100選の艦船は、日本は4隻が紹介!!

「SHIPS」という本を池袋の軍事古書専門店「西山洋書」でかつて買い求めた。フネが古代建造された頃からのフネを絵図で紹介している。300以上紹介されており、戦前の日本の軍艦は多数掲載されている。イギリスのアンバーブックスの出版であり、2005年発刊である。

では戦後はというと、日本の艦船ファンなら誰もが思うであろうが、どきどきするのである。

戦後は空母「ミッドウエー」からとすると、約100隻が掲載されている。当然、アメリカ、ソ連、イギリスの艦船が多い。

100隻の中には商船も入っているが、それを除く、3国以外の艦船は次のようである。年代順に記す。

U−12(ドイツ潜水艦、正式には西ドイツ)
ヴィットリオ・ヴェネット(イタリア、ヘリ巡洋艦)
ハン級(中国SSN)
ラ・ルドウタブル級(フランス、SSBN)
スパービエトロ級(イタリア、ミサイル艇)
ダフィーネ級(フランス、潜水艦)
たちかぜ級(日本、DDG)
ルポ級(イタリア、FF)
ネッケン級(スエーデン、潜水艦)
MEKO級(ドイツ、FF)
ジュゼッペ・ガリバルディ(イタリア、軽空母)
アスター級(フランス、機雷掃討艇)
シアXia級(中国、SSBN)
ヤコブ・ファン・ヘームスケルク級(オランダ、DDG)
ヴェステイルイエットランド級(スエーデン、潜水艦)
ハリファックス級(カナダ、FF)
フロレアル級(フランス、FF)
こんごう級(日本、DDG)
ブランデンブルク級(ドイツ、FF)
ル・トリオンファン級(フランス、SSBN)
むらさめ(日本、DD)
チャクリ・ナルエベト(タイ、軽空母)
おやしお(日本、潜水艦)

つまり23隻である。うち4隻が日本、フランス4隻、イタリア4隻、ドイツ4隻、スエーデン2隻、中国2隻、タイ、オランダ、カナダ各1隻。

主力・中堅海軍国4カ国を4隻づつへの配慮も面白いが、この配置、興味深いところでもある。




イギリス巡洋艦「カンバーランド」のシュッペ号追跡戦 その2

「HMSカンバーランド」からの引用である。パトリック・ボニフェイス著、イギリスのコーンウオール州ペンザンス市にあるペリスコープ社という出版社の発行で、2006年発刊。

この戦いは、12月13日ラプラタ沖海戦が始まり、「シュッペ」号は、首都モンテビデオ港内に入り、中立国のアルゼンチンの了解で72時間の滞在を許可された時点である。「カンバーランド」は、12月16日にラプラタ川の河口に到着した。おわかりとは思うが、12月は南半休では真夏である。日没は相当遅い。以下本文より。

司令官のハーウッド准将は次のように作戦を出した。「私の目的は(シュッペ号の)破壊である。最大に必要なのは我々の力の結集である。敵のエスケープの可能性は高まっている。もし敵が21時前に離れるなら、複数の艦船は最大限のタッチシャドウ(影を受ける側、夕日を浴びる側)となる。すべてのユニットはシャドワー(影、尾行者)に集中せよ。もし敵が21時までに離れないならば警戒地域を離れ、00時30分までに15マイル離れたサンアントニオの地点で90度の位置で対応する。エイジャックスはカンバーランドとともに位置しその南側で待機せよ」

また次のように命令を伝達した。「もし敵が日没後にモンテビデオを出港したら、カンバーランドは水上機を発進させ、位置を特定し、敵を追跡せよ。もし必要なら、風下(in a lee)に着陸し、捕虜になることの危険があるので、朝にイギリス艦船に見つけてもらえるようにせよ」


二日後の12月17日の17時に「シュッペ」号は出港し、市の郊外でストップした。乗員はタコマ号を経てフネを去った。そして19時56分「シュッペ」号は、ものすごい音で自爆していったのである。

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この海戦に関しては、さまざまな戦記があるが、巡洋艦「カンバーランド」側から見た記録は面白い。

ここで風下に着陸せよというのは燃料切れになったら、風に乗りなるべく遠くに逃げよと言う意味であろう。資料によっては、「カンバーランド」はフォークランド諸島に修理で行っていたとあるが、ここでは、捕虜の引き渡しとあり、荒れた天気であったので、日にちがかかったとある。

また、海戦の後のシュッペ号追跡すべく30ノットで1000マイルを走り、モンテビデオに到着したとある。1000ミルは1600キロ、やはり戦時下というのはすごいものである。
(終わり)


ロシア海軍第11次海賊対策艦隊は太平洋艦隊「アドミラル・トリブツ」

再開したブログ「ロシアソ連海軍・報道情報管理部機動六課」による。太平洋艦隊が今年大いなる成果を得たの記事の中で、高官談として「12月にアデン湾にアドミラル・トリブツが出発する」と言った記事がある。

昨年から、太平洋艦隊と北方艦隊が交替でアデン湾・ソマリア沖海賊対策を行っていたのであるから、小生は、復帰なった北方艦隊の「クラコフ」か、再度「チャバネンコ」かバルチック艦隊の新鋭艦「ヤロスラブ・ムドリイ」かと以前記してきた。

しかし、RUSNAVY2011年11月23日によると、「チャバネンコ」は空母「アドミラル・クズネツォフ」とともに遠洋航海に出動とのこと。

北方艦隊におけるウダロイ級4隻は「セヴェロモルスク」は10月23日に海賊対策から帰港したばかり、「クラコフ」は長期修理がようやく終了し、今年5月にノルウエーとの共同演習をしたところ、しばしば活動している「アドミラル・レフチェンコ」は今年は活動の痕跡なし、多分これまでの大いなる活躍のため、今年は長期修理に入っているのかと思えるが確証は無い。

そこでかなり修理補修を行っている太平洋艦隊に廻ってきたのであろう。ロシア艦隊はこれまで10回海賊対策に従事してきているが、第2回(ヴィノグラドフ)、第3回(パンテレーエフ)、第4回(トリブツ)、第6回(シャポシニコフ)、第8回(ヴィノグラドフ)、第10回(パンテレーエフ)であった。

再度ヴィノグラドフ、パンテレーエフ、トリブツの順番まで同じであるからおそれいる。「トリブツ」が再度出港すれば11回中7回が太平洋艦隊ということになる。