2013年02月

2013年02月28日

ドイツ海軍、ブラウンシュバイク級の行動日数は補給有りで21日の意味

WIKIなどの資料によると、このドイツ海軍のコルベット「ブラウンシュバイク」級の行動日数は、無補給で7日、補給ありで21日とされている。

満載排水量は1840トンであるから、小さな艦船とは言えない。無補給なら7日は容易に分かるが、補給ありで21日が良く分からないのである。

航続距離は2500海里とされており、これは無補給なら7日間とほぼ合致する距離である。

このブラウンシュバイク級の2番艦「マグデブルク」は2012年9月24日に出港し、同海軍のミサイル艇や掃海艇が任務を果たしていたレバノン沖の「UNIFIL」任務に派遣されたのである。

同海軍はその際に、補給・整備が可能な支援艦を常時派遣し、その支援を実施している。

この「マグデブルク」が母国に帰港したのは、2012年12月19日であり、これは上記ミサイル艇や掃海艇と同じ期間と言える。約3カ月任務である。

日本の掃海艇もペルシア湾に掃海任務で派遣された時、かなり長期に行っているのであるから、補給体制さえしっかり整備されていれば、この「補給ありで21日」は必要ないであろうと思ってしまう。

今回遠洋練習航海として、フリゲート「エムデン」とともに、「ブラウンシュバイク」と「オルデンブルク」の2隻のコルベットが2月4日に出港した。

この遠洋練習艦隊は3月8日にリスボンで、上記3隻および補給艦「フランクフルト・アム・マイン」、フリゲート「ブレーメン」(2月25日出港)、帆船「ゴルヒ・フォック」(練習艦)などと会合する。

この「補給ありで21日間」の意味は結局分からなかった。英語では、with tenderとなっている。考えられるのは、掃海艇、ミサイル艇などは洋上における補給装置を一般的に付けていない。港に寄港して補給を受けなければならないし、その際支援艦の補給を受ける。であるが、この「ブラウンシュバイク」級は、燃料などは洋上補給が可能であるものの、食糧、真水などは、それなりの制限があり、港で補給を受けなければならないのではないか。

であるから、食糧、真水を受けるための制限日数は21日ということも知れない。その補給種類が違うかも知れないが、多分、この推理でそう大きな間違いは無いであろう。

パキスタン多国間演習「AMAN13」に日本、中国が参加

海上幕僚監部は2013年2月26日に、パキスタン主催の「多国間海上共同訓練AMAN13」に参加すると発表した。

派遣期間は3月1日から12日で、日本はP−3C2機を派遣するとのこと。指揮官は田畠直人2等海佐。人員は約40名。日本は1日に那覇から2機を派遣する。3日にカラチに到着する。

演習期間は4日から8日とのこと。

このAMAN演習に関し、あれ、中国国防部も演習名「和平−13」に第14次海賊対策艦隊は参加すると発表していたのを思い出した。資料を見ると2月17日発表である。

第14次艦隊は2月16日に青島を出港している。青島からアデン湾まではおおよそ2週間前後であるから、時間的には合致している。

なお、AMANとは平和の意味。今回の第14次艦隊は、駆逐艦「ハルビン」、フリゲート「綿陽」、補給艦「微山湖」の構成である。

韓国・中央日報、空母「遼寧」青島到着は寄港ではなく母港に

中央日報2013年2月28日による。

同日報によると、中国は「遼寧」の青島寄港は、青島への移動であり、大連では26日午前9時半に軍高位関係者が参加する中で、歓送式が開催されたとのこと。

中央日報は青島に移動すると、直線距離で600キロにすぎず、韓半島全域が作戦圏になるとしている。

中央日報情報概要は以上。青島の方が大連よりは遠いはずと思ったら、首都ソウル近くのインチョンからは、やはり大連の方が近かった。

当初、中国海軍は空母を南海艦隊所属とするとしたためであろうか。

中国海軍練習空母「遼寧」が青島に初寄港、造船所大連以外の寄港は初めて

この情報は、中国国防部(新華社)2013年2月27日、軍事ブログ「新狼軍事」同日による。

2月27日午前、最初の空母「遼寧」は初めて青島に到着した。

同艦は26日大連を離れた。

中国空母 青島に













ぼんやりとしてはいるものの、5万トン級空母の迫力を感じる。言わずもがなであるが、艦尾からの撮影である。

写真は「新浪軍事」提供。

情報概要は以上。これまでしばしば「練習空母」としていたが、それは記していない。なお、この「遼寧」が造船所がある大連以外の港に寄港したのは初めてである。



日露戦争 日本海海戦の「第4艦船」の是正!!

堀隼人さまから、韓国の「聯合ニュース」2013年2月27日日本語版「1924年発刊の日本教科書独島は朝鮮の領土」に関し、日露戦争日本海海戦において竹島沖での戦闘で、「第4艦船が戦闘を指揮した」との記事に、小生が勉強不足で記したことに関し、コメントをいただきました。ありがとうございます。

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ご指摘されました通り、第4艦船は第4海戦(あるいは第4艦戦)の誤りかと推察いたします。日本海海戦は聯合艦隊とバルチック艦隊との5月27日の最初の遭遇戦(第1海戦)から松島沖(鬱陵島)の第10海戦まで10次にわたって戦われておりますが、このうち第4次海戦は、竹島沖で5月28日午前10時00分から30分まで、戦艦アドミラル・ウシャコフ、装甲巡洋艦ウラジミル・モノマフ、イズムルードの3隻を追った聯合艦隊との砲撃戦をさしていると思われます。

竹島沖の第4海戦に参加した聯合艦隊はいわゆる三景艦を主力とする第5戦隊、戦艦出雲、磐手、浅間などの第2戦隊、巡洋艦須磨、和泉などの第6戦隊の計16隻です。

なお、私の所蔵する東京宝文館発行(1930年発行)の海戦図では1905年当時の地名として竹島に相当する島は「竹島(リャンコート Liancourt)」、朝鮮半島は韓国(大韓帝国ではありません)と表記されています。

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また、地図の指摘も有難いです。

堀さんが第4海戦に参加した艦を、ケアレスミスでしょうが、第2戦隊の「出雲」「磐手」「浅間」の艦種を戦艦としていますが、これは装甲巡洋艦です。他の方から指摘される可能性がありますので、記しておきます。

この「浅間」などは、戦艦は速く引退しましたが、昭和時代になっても、遠洋航海に、また中国戦線に海防艦として第1線に出ていました。